<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2002年9月

裁判員制度はどうあるべきか

−自由法曹団の提言−

自 由 法 曹 団


目次

提案にあたって

国民の司法参加制度導入における基本的視点


国民の司法参加の意義


すべての訴訟類型に陪審制導入を


最終意見の評価

裁判員制度導入に際して不可欠の前提条件


国民参加の形骸化を許さない


直接主義・口頭主義の実質化


被告人の裁判を受ける権利・弁護権の十分な保障

裁判員制度の設計に対する自由法曹団の意見


人数比


直接主義・口頭主義について


被疑者・被告人の防御権の保障−連日的開廷を可能にする制度的保障



(1)公判準備のための十分な期間保障



(2)検察官手持ち証拠の事前・全面開示



(3)速記制度


刑事司法の抜本的改革



(1)被疑者・被告人の身柄拘束に関する問題



(2)被疑者の取調べの適正を確保するための措置について


公判に至る手続について



(1)証拠開示及び答弁期日



(2)公判準備手続の実施



(3)証拠能力判断


裁判員選定手続


説示のあり方


評議・評決


重大事件及び否認事件を対象とする

10
その他国民参加を実質化する方策

11
控訴審

全ての訴訟類型に国民参加を実現すべき




提案にあたって

自 由 法 曹 団
団 長  宇賀神   直

 今、政府の「司法制度改革推進本部」は「裁判員制度・刑事検討会」において裁判員制度と刑事裁判のあり方の具体的内容を論議している。司法制度改革審議会の最終意見書は裁判員制度の新設を提起し、その裁判員は具体的事件ごとに選挙人名簿から無作為抽出した国民から選出され、裁判の審理に参加し職業裁判官と基本的に同じ権限「評議権」を持ち裁判官と共に有罪・無罪の決定及び刑の量定を行なう、としている。しかし、裁判官と裁判員の人数比率、表決方法等具体的な制度設計は白紙の状態である。その具体的内容を決めるのが先の検討会である。そのため、検討会の検討の課題と方向が極めて重要である。
 司法制度改革審議会は国民の司法参加の重要性を強調し、そのためには国民の訴訟手続への参加が必要である、と言って裁判員制度を提案した。
 自由法曹団は国民の具体的な裁判に参加する制度として陪審制の導入を提起してきたが、審議会はそれを採用しなかった。しかし、裁判員制度は国民が具体的な訴訟手続に参加する制度として現状よりは改善されるものとして評価するものである。
 しかし、その具体的内容如何によっては現在でも形骸化している刑事裁判を一層悪い方向にさせる危険がある。それは国民の司法参加という名で、あるべき刑事裁判の制度改革を後方に押しやるものである。
 私たち自由法曹団は、裁判員制度は第1に幾分でも陪審制に近いものであること、第2に刑事に限らず全ての裁判に適用することが必要である、と考える。その立場に立って具体的内容を提案する次第である。
 私たちは裁判員制度を新設するにあたって、裁判員に選ばれた市民が裁判の進行や証拠の評価などについて、十二分に判断出来るいわゆる直接主義、口頭主義が貫かれること、裁判の結論の評価に当たって職業裁判官と実質的に同等の立場にあることが必要であると考える。
 それらの問題点について提案の内容を深く検討するよう、御願いする次第である。


第1 国民の司法参加制度導入における基本的視点


1 国民の司法参加の意義

 現在の日本の司法は、憲法で保障された国民の権利を実現する「人権の砦」としての役割に背く重大な問題を抱えており、官僚司法の弊害は極限に達しています。官僚裁判官による国民の良識に反する判決は、民事、刑事、行政、労働などあらゆる類型の裁判で後を絶ちません。
 労働裁判においては、大企業の利益を優先させ、憲法や法が保障する労働者や労働組合の権利を無視した非常識な判決が後を絶たず、行政訴訟についても、住民提訴事件の多くは門前払いされ、実体審理に入った事件もほとんどが原告敗訴しているのが実情で、行政に対する司法のチェック機能は全く形骸化しています。
 刑事裁判においては、ひとたび起訴されれば99%を超える異常な有罪率のもと「絶望的」といわれて久しく、「疑わしきは被告人の利益に」の原則は完全に形骸化し構造的に冤罪が生み出されています。一般市民事件や消費者事件においても、国民の良識とかけ離れた、国民の願いに背く判決は後を絶ちません。
 こうした現在の官僚司法を抜本的に転換し、国民のための司法を実現するには、裁判官制度の改革と並んで、主権者国民が司法に直接参加することが必要です。
 司法は裁判という形で市民の権利を実現し、何が正義かを明らかにする社会において極めて重要な決定過程です。その決定過程が一握りの官僚裁判官に独占され、決定過程から市民が全く排除されていることは、民主主義社会における司法のあり方として極めて異常です。司法が国民の良識にかなった、国民の権利の砦にふさわしい役割を果たすには、ひろく国民が訴訟手続に直接参加し、裁判内容の決定に関与する制度が構築されるべきです。


2 すべての訴訟類型に陪審制導入を

 私たちは、国民の司法参加の最も徹底した制度である陪審制度を基本に据えて、民事、刑事、行政、労働等、全ての訴訟手続に国民が参加する制度を早急に具体化すべきであると考えます。
 陪審制度は、国民の中から無作為抽出で選ばれる陪審員のみによる評議によって、刑事事件の有罪・無罪、民事事件の勝訴・敗訴の結論を決める制度です。普通の社会生活をおくり、多様な経験を持つ多数の市民が、対等な立場で議論をして裁判の結論を決めるこの制度は、最高裁の官僚統制のもとにおかれ、社会経験も限られた、少数の職業裁判官のみによる判断に比較してはるかに優れています。そして何より、裁かれる国民の目線・視点にたった判断、国民の良識を反映した判断が実現する可能性が大きく広がります。
 国民参加の制度としては、陪審制のほかに、職業裁判官と市民が合議をして裁判の結論を決する「参審制」があります。しかしこれは陪審制と比較して極めて不十分な国民参加形態といわざるを得ません。
 陪審制度が事実問題について陪審員の評議に最終判断が委ねられている制度であるのに対し、参審制度は判決の最終判断のイニシアティブと責任が裁判官に帰属する制度であり、諸外国の運用実態からみても国民の主体的・実質的関与が十分に確保されているとはいえず、形式的な国民参加となる危険性が高い制度です。
 日本の司法を抜本的に改革するためには、最も徹底した国民の参加制度である陪審制度が導入されるべきであり、民事・刑事・行政・労働などすべての裁判において、国民の選択制を基本として陪審制度を実現すべきです。


3 最終意見の評価

 最終意見は「司法の国民的基盤を更に強固なものとして確立すべく、国民の司法参加を拡充する」とし、「訴訟手続は司法の中核をなすものであり、訴訟手続への一般の国民の参加は、司法の国民的基盤を確立するための方策として、とりわけ重要な意義を有する。すなわち、一般の国民が、裁判の過程に参加し、裁判内容に国民の健全な社会常識がより反映されるようになることによって、国民の司法に対する理解・支持が深まり、司法はより強固な国民的基盤を得ることができるようになる」としました。最終報告が国民の司法参加、なかでも訴訟手続への国民参加を重要なものとして位置付けた点は評価すべきであると考えます。
 最終意見は上記のような基本的方向性を示したうえで「このような見地から、差し当たり刑事訴訟手続について(中略)、広く一般の国民が、裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的・実質的に関与することができる新たな制度を導入すべきである」とし刑事重大事件に限って、「裁判員制度」を導入することを提起しました。
 陪審法停止以降、一般国民が直接裁判に参加する制度がまったく存在しなかった日本の司法制度において、戦後初めて一般国民が司法に参加する制度の導入を提起した点では、一歩前進と評価できます。特に、裁判員を、選挙人名簿から無作為抽出した一般国民から選任するとした点、裁判員は評決権を有し裁判官と基本的に対等な権限を持つとした点は、広範な国民による実質的な参加を提起するものとして、重要です。
 しかし、官僚主義的司法の弊害が極限まで達し、陪審制の実現を求める大きな世論が沸き起こったにもかかわらず、審議会が陪審制度の導入を一切見送り、わずかに刑事重大事件にのみ裁判員制度を導入するという、極めて限定的な国民の司法参加を提起するにとどまったことは、不十分といわざるを得ません。前記のとおり、現在の日本の官僚制度を根本的に転換するためには、全ての訴訟類型に司法参加制度を導入すべきであり、中でも、最も徹底した国民参加の制度である陪審制度の具体化が必要です。
4 以上の基本的視点から、自由法曹団は、平成16年法制化が予定されている「裁判員制度」について、陪審制度に近い、国民の実質的参加が真に確保される制度として具体化されること、第二に、刑事に限らずすべての訴訟類型への導入を具体化すること、が必要であると考えます。


第2 裁判員制度導入に際して不可欠の前提条件

 最終意見の提起した「裁判員制度」は、選挙人名簿から無作為抽出される一般国民を母胎として具体的事件ごとに選出される裁判員が評決権をもって評議し、評議においては裁判官と基本的に同等の権限を有し、裁判官とともに有罪・無罪の決定及び刑の量定を行なうものです。裁判員と裁判官の人数比率、評決方法等具体的な制度設計が全く白紙の状態であり、制度設計はこれからです。
 裁判員制度には、陪審制度につながる司法民主化の方向性への前進面がある一方で、具体的制度設計及び運用によっては、以下の通り国民参加が形骸化し現行刑事司法の重大な改悪につながりかねない危険性もあります。


1 国民参加の形骸化を許さない

 「裁判員制」では一般市民と職業裁判官が評議をして結論を決めることになりますが、特別の専門的知識・経験を持たない一般市民が評議において職業裁判官と対等な議論を展開できるか危惧があり、職業裁判官の過度の影響とイニシアティブに基づく結論となる危険性があります。そして、実際の評議において職業裁判官と裁判員の対等かつ実質的な議論による結論が得られたか否かは「評議の秘密」により一切検証不可能です。「裁判員制度」同様、一般市民が参加する参審制度を採用しているフランスでは職業裁判官の過度の影響を考慮し、一般市民との対等な議論を実現するため、職業裁判官3名に対して9名の参審員が加わって12人で審理・判決する制度を採用していますが、そのフランスの参審制度ですら職業裁判官の過度の影響が指摘されています。
 最高裁はこれまでの審議会に対する意見表明の機会のたびに、国民の司法参加を敵視し、これを阻止する態度を鮮明にし、国民の事実認定能力に対する露骨な不信感を示してきました。このような最高裁による中央集権的官僚統制が個々の裁判官に及んでいる現在の日本の官僚司法の実情に照らせば、個々の事件で「評議の秘密」が確保された評議過程において、裁判官が市民の影響力を徹底的に排除し、裁判員を名目的な飾り物にし、国民参加を形骸化させようとする危険性が高いといわざるを得ません。
 そのような形だけの市民参加は、かえって不当判決を主導した職業裁判官の責任を免罪し、裁判批判を封じ込め、裁判所の問題性を糊塗する負の役割を果たすこととなります。


2 直接主義・口頭主義の実質化

 一般市民である裁判員が実質的に裁判に参加するには、裁判員に理解可能な公判中心の直接主義・口頭主義の審理が行われることが不可欠の前提であり、現在の「調書裁判」では、裁判員の事実認定に対する実質的な関与は不可能です。直接主義・口頭主義の実現は、実質的な国民参加の必要条件であり、かつ、絶望的といわれて久しい現在の調書裁判の根本的変革であり、さらに国民に分かり易い裁判を実現するために極めて重要です。しかしながら、実際の運用において検察官が書証中心の立証を改めず、裁判所が伝聞法則に関する従来どおりの運用を続けるならば、従来どおりの調書裁判主義が罷り通ることとなります。これでは裁判員は公判廷における心証形成をなしえず、事実上事実認定を裁判官に白紙委任し量刑判断のみにわずかに裁判員の意見を反映するという事態になりかねません。それでは国民の司法参加は完全に形骸化するうえ、調書裁判主義は根本的になんら変革されないこととなります。


3 被告人の裁判を受ける権利・弁護権の十分な保障

 一般国民が裁判に参加し公判で心証を形成して判断することを可能にするため、裁判員制度では短期間での集中証拠調が想定されます。当事者が協力して連続開廷等の態勢をとる必要も生じることになります。
 しかし、第1に「刑事司法制度の改革」の項で述べるとおり、現行の被疑者・被告人の人権、当事者性を無視した捜査や身柄拘束の実態を抜本的に転換することなしに集中審理を行うことは、被告人に過大な負担を課すもので容認できません。
 第2に、「裁判員の負担」を理由として、裁判所が「迅速化」を強調し、訴訟指揮等を通じ、十分な弁護側の立証活動や反対尋問権の行使を制限する危険性があります。
 私たちは、裁判員制度の導入にあたって被告人の防御権、弁護権が侵害されることは絶対に容認できないと考えます。
 いうまでもなく刑事裁判は被告人に対し、国家権力が刑罰権を科しうる強力な権力発動を伴う司法作用であり、刑罰権行使は、死刑、無期,有期懲役という極めて過酷な人権侵害を伴います。それゆえに刑事裁判には無実の者に誤って刑罰を科すことのないよう、慎重な手続により被告人の十分な防御権、弁護権が保障されたうえで行われなければなりません。
 国民の司法参加を実現するのは、何よりも納得のいく公平・公正な裁判を保障するためであり「国民参加」のために、裁判の当事者が犠牲を被ることは本末転倒です。
 粗雑な刑事手続により刑事被告人の権利が侵害され冤罪が拡大することは、絶対に容認できません。


第3 裁判員制度の設計に対する自由法曹団の意見

 裁判員制度に関する自由法曹団の提言は以下のとおりです。


1 人数比

裁判官の人数は1名に限定し、裁判員は9名以上とする。

 裁判員制度が実質的な国民参加の制度となるためには、裁判官の意見に抑圧されて国民の意見が封じ込められることのないような人数構成を確保することがきわめて重要です。裁判官と裁判員の経験と知識、立場には圧倒的な差があり、実質的な対等性を確保するためには、職業裁判官に比較して裁判員が圧倒的多数とすべきです。
 裁判官は3名参加することが念頭に置かれていますが、現在の「部」制度のまま、上下関係のある職業裁判官が3人そろって事前に意思統一して「評議の秘密」が確保された評議に臨めば、裁判員の意見を誘導、封殺して職業裁判官の思いどおりの結論に導くことは極めて容易です。
 そもそも裁判員制度は「陪審に限りなく近い」制度であるべきで、この点に立脚すれば職業裁判官の関与は限定されるべきであり、職業裁判官の人数は1名とすべきです。
 これに対し裁判員は最低9名は必要である考えます。裁判の経験を有しない一般市民と職業裁判官の力の社会的影響力の差は圧倒的であり、評議において市民が萎縮することなく自由かつ対等に職業裁判官と議論し、判決に影響を及ぼすには圧倒的多数の国民参加が不可欠です。
 国民の参加により社会の良識を裁判に反映させるためには、性別、年齢、社会的経済的地位、経験の異なる多様な人間が参加すべきであり、これらの要否において偏った少数の国民の参加では国民参加の正当性を確保することはできません。地域社会の公正な代表といえるには、裁判員の数は9人以上でなければならないと考えます。
 最終意見は「裁判員・裁判官のいずれかの多数のみによって被告人に不利な結論を出すことはできないものとすべきである」としています。この要請は、裁判官が1名でも確保できます。即ち、後述のとおり、裁判員の多数で有罪の結論となっても裁判官が無罪と考える場合は、有罪の結論を破棄して無罪にできる制度とすべきです(二重の保障)。この二重の保障はデンマークの陪審制において制度化されており、アメリカにおいてもしばしば行われるシステムです。


2 直接主義・口頭主義について

直接主義・口頭主義の徹底を図るため、刑事訴訟法の321条以下を抜本的に改正する。

 調書裁判主義を抜本的に転換し、直接主義・口頭主義が実現することは、裁判員制度の核心部分であり、これが実現しなければ国民の主体的・実質的関与など到底不可能です。そのために、調書裁判主義が蔓延する現在の実務は抜本的に改革すべきです。自由法曹団は以下の法改正・改革が必要であると考えます。
@ 職業裁判官・裁判員が調書を閲読して心証形成することを禁ずる。
 書証の取調は、検察官・弁護側の合意書面及び伝聞例外書面を公判廷で朗読する方法に限定する。
A 321条1項2号、322条、323条3項の廃止
B 被告人の自白調書の検察側による328条による請求は、事実上弾劾証拠にとどまらず実質証拠として機能することになるため、これを認めない。


3 被疑者・被告人の防御権の保障−連日的開廷を可能にする制度的保障

被疑者・被告人の防御権を期間的にも実質的にも十分保障することが不可欠の前提条件である。

 裁判員制度では、連日的開廷による審理が想定されています。しかし、その前提として被告人の防御を期間的にも実質的にも十分保障することが不可欠です。これが保障されなければ、被告人の防御権を著しく侵害する拙速裁判となる危険性は大きいといえます。連日的開廷の前提として以下の制度確保が重要です。


(1)公判準備のための十分な期間保障
 弁護人・被告人の公判準備のため、必要十分な準備期間が保障されるべきです。


(2)検察官手持ち証拠の事前・全面開示
 以下のとおり事前・全面開示が不可欠です。
@ 検察官は公訴提起後直ちに、遅くとも答弁期日の2週間前までに捜査過程で収集された全証拠のリスト及び全証拠を弁護側に開示する義務を負う。この検察官開示義務は法定すべきである。

 なお、検察官手持証拠の全面開示は、国際人権B規約14条3項が保障する刑事被告人の権利であり、1998年国連規約人権委員会第4回締約国報告書勧告からも当然実施されなければならない(同委員会は、パラグラフ2 6において、被告人が弁護権を害されることのないまでにすべての関連証拠資料にアクセスできる法と実務を、国は規約14条3項の補償に従って確保するよう勧告する、としている)。
 全面開示の弊害を指摘する意見があるが、現在少年事件においては事前・全面開示が実現しており、その運用上特段の弊害も発生していない。検察官手持証拠の非開示により無辜の処罰がなされる危険性のほうがはるかに重大である。

A @記載の開示義務に反して検察官手持証拠が開示されない場合の司法救済手続を設ける。この手続は、弁護側が証拠開示請求を行い、裁判所が判断するプロセスとし、公判手続前に行なわれるものとする。

 被告人が起訴後も身柄拘束され、接見交通権も十分に確保されず打ち合わせが行なえないとすれば、連日的開廷に対応するための防御権行使は十分になしえません。この点については5で詳しく述べます。


(3)速記制度
 被告人・弁護人の防御活動を保障するために速記制度を充実する。
 いずれも被告人の十分な防禦権保障のために不可欠です。


4 刑事司法の抜本的改革

刑事手続の全過程を通じ、被疑者・被告人の防御権、弁護人の弁護権を保障する抜本的改革を行う。

(1)被疑者・被告人の身柄拘束に関する問題
 この問題について最終意見は「被疑者・被告人の身柄拘束に関しては、代用監獄の在り方、起訴前保釈制度、被疑者と弁護人の接見交通の在り方、令状審査、保釈請求に対する判断の在り方など種々の問題の指摘がある」としながら、「そうした指摘をどのように受け止めるかについては、現状についての評価の相違等に起因して様々な考え方がありうることから、直ちに具体的結論を得ることは困難である」とするにとどまっています。そして、結論として「制度面、運用面の双方において改革、改善のための検討を続けるべきである。」と述べるだけです。最終意見は結局のところ、これらの点については、すべて問題を「先送り」して、具体的な改革についての提言をなすことを放棄してしまっています。
 しかし、ここであげられている「問題点」は、「人質司法」の内容そのものであって、現在の刑事司法の病理の一つの中核をなす問題点であると同時に、国際人権(自由権)規約委員会からも厳しくその改善を指摘されている事柄です。そこで、これらの抜本的な改革について提言します。
@ 代用監獄の廃止
 わが国では、国際的に批判の的となっている代用監獄が未だに存置されているため、被疑者は捜査機関の下で身柄を拘束され、自白を追求する仕組みとなっている。この代用監獄制度が虚偽自白を誘発させ、冤罪の温床となっていることは、多くの冤罪事件の教訓とするところである。したがって、代用監獄は直ちに廃止されなければならない。
A 保釈の原則化
 現行刑訴法においても保釈は被告人の権利であり、それが原則であるのが建前である。しかしながら刑訴法89条4号の罪証隠滅のおそれの無限定な運用等によって、保釈請求は著しく制限され、被告人の権利とはほど遠いものになっている。また保釈保証金が極めて高額であることも保釈制度を形骸化する一因となっている。したがって、保釈を原則化するために、以下の措置が不可欠である。
 a 刑訴法89条1号を「被告人が死刑にあたる罪を犯したものであるとき」に改正する。
 b 刑訴法89条4号を削除する。
 c 保釈保証金の決定にあっては、被告人の資力に十分に配慮し、資力の乏しいものが保釈を受けられないことのないような運用とすること。
B 起訴前身柄拘束期間の短縮
 ひとたび犯罪の嫌疑をかけられ逮捕された者は自白しない限り23日間身柄拘束され、代用監獄において24時間警察の支配下に置かれ、自白を強要される。そのような人質司法が構造的な冤罪を作り出している。この根本原因である起訴前の身柄拘束期間を大幅に短縮することが重要である。
C 起訴前保釈制度の創設
 現行刑訴法では起訴前の保釈制度はない。しかしながら、起訴前と起訴後とで保釈の取り扱いを変える理由はまったくない。したがって、起訴前保釈制度を創設すべきである。
D 勾留執行停止への権利性の付与
 現行刑訴法では勾留執行停止には権利性はなく、被告人は単に職権発動を促すに過ぎないとされている。勾留執行停止に権利性を付与し、被告人において裁判準備の必要性がある場合、広く執行停止を認めることを明確にすべきである。
E 接見交通権の実質化
 弁護人の接見交通権は憲法で保障された重要な権利であるにも関わらず、現行刑訴法39条3項は対立当事者である検察官等の捜査機関にこれを制約する権限を認めており、これが接見妨害の要因となっている。したがって、刑訴法39条3項を削除すべきである。
 現行では拘置所における接見は執務時間内に限られており、休日接見も極めて例外的にしか認められていない。この運用を抜本的に改め、執務時間外・休日においても接見を完全に自由化すべきである。
 仮監の接見室等の設備の大幅拡充、検察庁における接見室を設置ないし拡充し、これらの接見についても自由化しなければならない。
F 令状審査の実質化
 令状審査においては、法令の要件を十分に吟味しなければならないことは言うまでもないが、現行ではこれが全くといって程機能していない。この一つの要因は、令状当番の裁判官が短時間に大量の審査を行わざるを得ないことが挙げられる。裁判官を大幅に増員し、裁判官が十分な審査ができるような制度的保障を行うことが不可欠である。


(2)被疑者の取調べの適正を確保するための措置について
 最終意見において「被疑者の自白を過度に重視する余り、その取調べが適正さを欠く事例が実際に存在する」「わが国の刑事司法が適正手続の保障の下での事案の真相解明を使命とする以上、被疑者の取調べが適正を欠くことはあってはならず、それを防止するための方策は当然必要となる」という認識を示したのは正当です。こうした認識を前提として、取調べの適正化を積極的に押し進める必要がありますが、問題なのは、抽象的な論評にとどめずに、そのための具体的方策をどう提案するかです。
 取り調べ課程で、被疑者・被告人に違法行為が行われたり、自白を強要することが後を絶たないのは、それが「密室」で行われているからにほかなりません。したがって、それを防止するには、取り調べ状況の録音・録画や弁護人の立ち会いを認めることによって、取り調べ課程を可視化(客観的状況を第3者が認識可能なものとする)していけばよく、こうしたことは諸外国では既に取り入れられています。
 最終意見は「取調状況の録音・録画や弁護人の取調べへの立会いを認めるべきとの意見」については、「現段階でそのような方策の導入の是非について結論を得るのは困難であ」るとして、「将来的な検討課題」へと棚上げしていますが、被疑者の実質的対等当事者性を無視した被疑者の取り調べの実態を抜本的に改善しない限り、自白偏重・調書裁判という日本の刑事司法の病根を断ち切ることはできず、そのようなもとでの裁判員制度は現行刑事司法の枠内での極めて不十分なものになる重大な危険があります。
取調べの可視化・適正化を図る改革が必要であり、そのためには以下の点が不可欠です。
 1) 取調状況の全過程のビデオ・テープ録画・録音
 2) 弁護人の取調べに対する立会権の保障
 3) ミランダ法則(弁護人選任権・弁護人の取調立会権の十分な説明と、右権利を熟知した上での放棄なくしてなされた取調は違法であり、採取された自白は証拠能力が認められないとする法則)の導入


5 公判に至る手続について

全面的な証拠開示と十分な公判準備手続きを行ない、被告人の防御権のための準備を保障する。

(1)証拠開示及び答弁期日
 検察官は公訴提起後直ちに、手持ち証拠及びリストを弁護側に開示する。
 右開示後、公訴事実に関する認否を行なう答弁期日を設定する。


(2)公判準備手続の実施
 裁判員が立ち会う公判廷で直接主義・口頭主義に基づく集中審理を行なうためには、事前に当事者双方の主張立証内容を整理する公判準備手続を必要とする。被告人の防御の観点から以下の点が重要である。
 @ 公判準備手続は、答弁期日、証拠開示及び証拠開示請求手続、公判準備期間を経た後に実施される。
 A 公判準備手続では以下の手続を実施する。
  @ 争点整理(求釈明や回答を含む)
  A 証拠調べ請求手続(当事者双方)
  B 証拠の採否に関する決定手続(証拠能力の判断含む)
  C 公判期日の確定
 B 予断排除・裁判員と裁判官の実質的対等性確保の見地に照らし、公判準備手続の内容に公判担当裁判官・裁判員は関与しない。公判を担当しない裁判官が公判準備手続のみを担当する。


(3)証拠能力判断
証拠能力判断は原則として公判準備手続において行い、裁判員及び公判担当裁判官は証拠能力判断に関わらない。但し、証拠能力の違法性に関する基礎的事実が争われ事実認定が必要となる場合においては、公判段階において証拠能力判断を行なう。この場合、裁判員は基礎事実に関する認定に関与し、認定された事実を前提とする証拠能力の法的判断は公判担当裁判官の専権とする。


6 裁判員選定手続

裁判員は地方選挙の選挙人名簿に基づき、無作為抽出とし、抽出された候補者から以下の選定手続を経て選任されるものとする。

@ 公正な裁判員の選定のために、十分な選定手続を保障する。
A 裁判員候補者のバイアスの有無をチェックするために、裁判官だけでなく、弁護人・検察官に裁判員候補者への質問権を保障する。
B 弁護人・検察官による一定数の専断的忌避を認める。


7 説示のあり方

評議に先立ち職業裁判官は裁判員に対して、無罪推定の原則、黙秘権、適正手続保障の重要性、刑事訴訟の諸原則の説明、事実認定・評議にあたっての注意、争点整理に関する説明を十分に行なう必要がある(説示)。
説示は公判廷において当事者立会いのもとに行なわれることとし、評議では説示の内容に反する議論をしてはならない。
説示内容は、当事者の意見を聞いて協議のうえ決定できるものとし、当事者は説示の 違法・不当につき異議申立権を有し、また、説示の違法・不当は 絶対的控訴理由とする。

 密室での評議における裁判官の裁判員への影響力行使を可視化し縛るため、説示は公開法廷で行い、当事者が説示の適否をチェックしうるものとすることが必要です。
 説示においては
 @ 無罪推定など刑事裁判の原則
 A 裁判員は評議において裁判官と対等であり、裁判官の意見が正しいとは限らず、裁判官に従う必要がないこと
 B 争点整理
 C 法律適用に関する説明
を行い、説示内容は両当事者の意見を十分に反映させ、説示の違法・不当は絶対的控訴理由とする必要があります(アメリカ陪審制と同様)。


8 評議・評決

国民の主体的実質的関与を徹底するとともに「疑わしきは被告人の利益に」の原則に立脚した評議・評決を確保する。

@ 評議方法
 評議の議長は裁判官が行い、裁判官は、主に説示の補足と論点整理を行なうものとし、十分に裁判員の意見が述べられる前に自分の意見を述べてはならない。
A 評決の原則
 事実認定に関する評決はすべて裁判員のみで行なう「独立評決」制とする。裁判員の評決が有罪でも職業裁判官が無罪と考える場合は、これを破棄できる。量刑に関しては裁判官と裁判員双方が評決に加わるものとする。量刑に関し、裁判員の多数による量刑評決があった場合、それが著しく不当に重いと考える場合、裁判官はこれを破棄し自ら量刑を行なうことができる。
B 評決方法
 a 評決は無記名投票にする。
 b 有罪評決には、10分の8以上の多数が必要とする特別多数決制にし、上記多数が得られない場合はこれを無罪とする。
   (疑わしきは被告人の利益に)
 c 量刑評決は単純多数決制とするが、死刑・無期判決の場合は、全員一致を必要とする。
 d A記載のとおり、職業裁判官の破棄の権利を認める。


9 重大事件及び否認事件を対象とする

裁判員制度を重大事件の他、全ての否認事件に導入する。被告人の選択を認める選択制とする。

 最終意見は、裁判員制度は刑事重大事件を対象とするとし、被告人の選択権を認めないとしていますが、なぜ裁判員制度が重大事件に限定されるのか、合理的な理由は皆無です。また、重大事件では裁判員制度しか選択できず、その他の事件では被告人がいかに希望しても裁判員制度の裁判を受けられないという根拠は全くありません。
 最終意見は選択制を認めない理由を「新たな参加制度は、個々の被告人のためというよりは、国民一般にとって、あるいは裁判制度として重要な意義を有するが故に導入する」としていますが、これは本末転倒の議論であり、刑事裁判においては手続により不利益を受ける可能性のある被告人の裁判を受ける権利・防御権こそ最大限尊重されるべきです。
 対象事件を重大事件のほか、全ての否認事件に拡大し、被告人が希望すれば裁判員制度における裁判を受けうる選択制とすべきであると考えます。
 なお、裁判員制度において上記1〜8がすべて実現し、かつ被疑者・被告人の防御権を後退することのない運営が確保されるとなれば、重大事件について選択性によらず全ての事件を裁判員裁判とよるとすることも、その時点において検討に値します。
 一方、「最終意見」は、裁判所の判断による裁判員制度の除外手続きを認める余地を残していますが、これは恣意的判断を許す危険が高く、容認できません。


10 その他国民参加を実質化する方策

 以下の方策が最低限必要です。
@ 裁判員の質問権を認める。
A 裁判員が一定期間裁判に拘束されることを考慮し裁判員に対し裁判に専念するための経済的、身分的な保障制度を設ける。


11 控訴審

1)検察官による事実誤認・量刑不当を理由とする上訴は認めない。
 控訴審の審理は、被告人の上訴と、検察官による法令違反を理由とする上訴に限定される。
2)上記(1)を大前提として、控訴審の手続は続審とし、職業裁判官のみによる判断を行うものとする。

 控訴審については、検察官上訴を容認し、憲法39条の定める二重の危険の保障が侵害されている現状を改めることが何より急務です。
 直接主義・口頭主義を徹底した国民参加による一審重視の関心に立ち、上記の提言をします。


第4 全ての訴訟類型に国民参加を実現すべき

 最終意見は、国民の司法参加の重要性、とりわけ訴訟手続への国民参加の重要性を指摘しながら「差し当たり」として刑事重大事件への裁判員制度の導入を提起するのみで、他の訴訟類型については何ら国民参加の具体的提起をしませんでした。これは極めて無責任といわざるを得ません。官僚司法の弊害は刑事事件に限らず、民事・行政・労働など全ての事件に顕在化しており、事態を漫然と放置することは許されません。全ての訴訟類型において市民参加の制度構築が具体化されるべきです。
 特に、労働裁判については労働参審制の導入が具体的に審議されたにも関わらず、具体化されず、最終的には「雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有するものの関与する裁判制度(ヨーロッパ諸国で採用されている労働参審制を含む)の導入の当否についても早急に検討を開始すべきである」とするに止まりました。
 また、官僚裁判官による行政追随の判決が後を絶たず、本来最優先で国民参加を実現すべき行政事件について、最終意見は「司法の行政に対するチェック機能を強化する方向で行政訴訟手続を見直すことは不可欠である」との認識を示すのみで、そのための具体策を一切提起せず、国民参加制度の導入を全く具体化していません。
 今後の立法作業では全ての裁判における市民参加を具体化すべきですが、特に労働・行政事件に関しては、最終意見を一歩進め、必ず、国民参加制度が創設されなければならないと考えます。




裁判員制度はどうあるべきか
−自由法曹団の提言−
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 2002年9月
 編 集  自由法曹団司法民主化推進本部
 発 行  自 由 法 曹 団
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