自由法曹団通信:1519号      

<<目次へ 団通信1519号(3月21日)


井上 正信 *改憲・戦争法制阻止特集*
安全保障法制改正が描く自衛隊海外派遣相関図
藤本  齊 「存立事態」における自衛攻撃とは何か
―与党それぞれの矛盾とその相互の矛盾
矢ア 暁子 立場の異なる人々との共同・世代継承
(憲法討論集会での発言要旨)
宮本 亜紀 憲法討論会in奈良
非戦・平和への提言案をめぐって白熱
古田 奈々 大分での集団的自衛権行使容認反対活動
講演会・パレードについて
楠本 敏行 大分県弁護士九条の会の結成とその活動
高木 野衣 安倍首相にチョコとメッセージカードを贈りました♪
泉澤  章 *盗聴法拡大・司法取引制度導入阻止特集*
「司法取引」とあらたな冤罪の危険性
大森 典子 シンポ『「慰安婦」問題と日本社会・メディア』に集まろう



*改憲・戦争法制阻止特集*

安全保障法制改正が描く自衛隊海外派遣相関図

広島支部  井 上 正 信

第一 政府、与党協議で姿を現した安全保障法制改正法案が想定する自衛隊海外派遣の仕組み
(二〇一五・三・一三政府与党協議を踏まえて)
 地球上のどの地域で発生した事態でも(グローバルに)自衛隊を派遣する。
 それぞれの安全保障法制が重層的に重なり合いながら、あらゆる事態に「切れ目なく」自衛隊を派遣する法制となっている。各法制が適用される事態に着目して整理すると分かりやすい。
第二 自衛隊が海外派遣される各種事態
 国連安保理決議で創設されたPKOの事態
 南スーダンPKO、東チモールPKOなど
 国連安保理決議による軍事的措置の事態
 湾岸戦争型の多国籍軍、第二次朝鮮戦争も
 国連安保理決議のない場合の事態
 対テロ戦争の有志連合(イラク・シリアのISに対する空爆と地上戦闘)
 人道的介入(一九九九年のNATOによるユーゴスラビア空爆)
 集団的自衛権行使の事態(日本以外の国が集団的自衛権で対処している場合)
 湾岸危機(一九九〇年イラクのクゥエート侵略に対する「砂漠の楯作戦))、アフガン戦争
*安保理決議六七八号で武力行使権限が授権されるまでの事態を湾岸危機と称している。この段階の多国籍軍の軍事行動の根拠は、クゥエートとの集団的自衛権とサウジアラビアの要請による軍隊の派遣である。
五 その他の事態
 国家分裂で引き起こされる内戦(ウクライナ危機、イエメンクーデタ)、国家崩壊の危機をはらむ内戦(シリア内戦)、破たん国家での国際テロや武装勢力による武力紛争、海賊(ソマリア内戦)
第三 安保法制改正が想定する各種事態での自衛隊海外派遣の仕組み
一 恒久法
 「国際の平和と安全の維持に係る国際社会の取り組みに我が国が主体的かつ積極的に寄与する」(国際平和協力法案第一条)ことが目的となると思われる。
 適用される事態は第二の二、三、四、五の事態。
 これらの事態で、グローバルに(どこへでも)「切れ目なく」自衛隊が他国軍隊への後方支援(戦闘現場近くまで)、後方支援は兵站物資の輸送、負傷兵の治療、弾薬の提供・空爆作戦中の航空機の修理や給油・爆弾・ミサイルなど弾薬の装填(ISへの空爆支援も可能だ)、捜索救難。戦闘地域での後方支援となるので、敵国軍からの攻撃も想定される。原則は活動の、休止、中断、撤退になるが、敵国軍から追い打ちをかけられれば反撃する。
*国連安保理決議による集団的措置の場合、「自衛の措置三要件」に該当すると判断すれば、改正自衛隊法と改正武力攻撃事態法を適用し、それ以外の事態では恒久法を適用する。
二 周辺事態法改正
 「我が国周辺地域」を削除し「我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態(重要影響事態と仮称)」(事態発生場所には地理的制限なし―グローバル)であれば、その事態へ軍事的対処をしている他国軍隊への後方支援(戦闘地域において戦闘現場付近まで)。自衛隊が攻撃されれば正当防衛により反撃。後方支援活動には、弾薬の提供、作戦行動中の艦船・航空機への給油、戦闘機への爆弾・ミサイルなど弾薬の装填、捜索救難を含む。
 周辺事態法は名称変更し「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律(重要影響事態法と仮称)」
 重要影響事態法が適用される事態は、第二の二、三、四、五記載の事態。
恒久法との適用関係
 いずれも適用範囲はグローバル。「重要影響事態」は「国際の平和と維持に係る国際社会が取り組む事態」とかなりの部分が重なる。その場合は、その事態に応じて使い勝手の良いどちらかを適用する。但し、派遣要件は、「重要影響事態法」が我が国の国益判断で可能なだけに恒久法よりは緩やかだ。
存立危機事態との適用関係
 「存立危機予測事態」を設けるとすれば、それは「存立危機事態」の前段階で、「切れ目なく」存立危機事態へ移行しうる事態。「存立危機予測事態」は「重要影響事態」と重なる。「重要影響事態」で重要影響事態法を適用してグローバルに海外派遣され他国軍隊を支援している自衛隊は武力行使はできないが、事態の進展で「存立危機事態」になれば「切れ目なく」改正された自衛隊法、武力攻撃事態法で「存立危機事態」対処=武力行使となる。「存立危機予測事態」を設けなくても、「重要影響事態」が「存立危機事態」となれば同じことになる。
国連安保理による軍事的措置の事態、国連PKOとの適用関係
 「重要影響事態」で重要影響事態法により海外派遣された自衛隊が活動中に、その事態に対処するため国連安保理が軍事的措置を決議すれば、「存立危機事態」を認定すれば改正された自衛隊法、武力攻撃事態法を適用して武力行使を行い、そうでない場合には恒久法を適用して「切れ目なく」自衛隊は多国籍軍の後方支援活動を行う。
 「重要影響事態」が収まり、武力紛争再燃を防止するため、国連安保理がPKOを創設したら、自衛隊は改正PKO法により「切れ目なく」参加。
三 周辺事態船舶検査法改正
 「重要影響事態」へ適用する。「周辺地域」ではなくグローバルに適用可能。
 法案の名称も「重要影響事態船舶検査法(仮称)」となるのであろう。
 停船命令、回航命令に従わない場合船体への危害射撃を可能にする(これを可能にするか現時点では不明)。国連安保理の集団的措置としての船舶検査が決議されれば、旗国の同意は不要になる。
 当初の政府案よりも政府与党協議の結果強制的な要素が薄まりつつあるが、強制的な船舶検査は国際法上は武力行使だ。
*湾岸危機の際に多国籍軍が行った船舶検査がどのような作戦であったかを記述する「湾岸戦争最終報告書 議会への報告」の一部をPDFで添付します。海上阻止作戦という特殊部隊が対応し、対象船舶を二隻の軍艦が取り囲んで行うものです。
恒久法との適用関係
 恒久法が適用される事態である「国際の平和と安全の維持に係る国際社会が取り組み事態」での改正周辺事態船舶検査法の適用は断念した。しかし、「国際の平和と安全の維持に係る国際社会の取り組み事態」と「重要影響事態」とは重なる事態であるから、恒久法の適用→重要影響事態法適用=重要影響事態船舶検査法適用と「切れ目のない」法制になりうる。
 「国際の平和と安全の維持に係る国際社会が取り組み事態」に対して、国連安保理決議がなされたら、「切れ目なく」二つの法律が適用され続けることもありうる。
「存立危機事態」との適用関係
 「重要影響事態」が「存立危機事態」となれば、「重要影響事態」での船舶検査活動を行っている自衛隊は、改正「武力攻撃事態における外国軍用品等の海上輸送規制法」を適用して、「切れ目なく」戦時臨検類似の強制的船舶検査=武力行使を行う。
*現時点で「武力攻撃事態における外国軍用品等の海上輸送規制法」の改正を政府が断念したとの報道は毎日一社だけある。まだ断言できる段階ではないので、安保法制改正の対象となり得るものとして、改正されることを前提に検討しておくべきであろう。
四 自衛隊法、武力攻撃事態法改正(存立危機事態)
 集団的自衛権行使や国連安保理による軍事的措置の事態で、グローバルに自衛隊が武力行使する。集団的自衛権行使の事態が国連安保理による軍事的措置の事態へ移行すれば、自衛隊は「切れ目なく」武力行使を続ける(一九九〇年湾岸危機が一九九一年湾岸戦争へ移行した例)。
 閣議決定が「自衛の措置三要件」ではなく「新自衛権発動三要件」にしなかったのはなぜだったか。「新自衛権発動三要件」とすれば、国連安保理の集団的措置は含まれないことになるからだ。
武器防護のための武器使用と存立危機事態の適用関係
 グローバルな範囲で平時に自衛隊と共同行動をとる他国軍隊に対して侵害行為があれば、自衛隊は防護活動を行う。その事態が武力攻撃に至れば「切れ目なく」存立危機事態または武力攻撃事態として集団的自衛権又は個別的自衛権により武力行使。
五 他国軍の武器防護のための武器使用(自衛隊法改正)
 平時の共同訓練や弾道ミサイル防衛活動中の他国軍への国籍不明船舶などによる侵害行為に対して、自衛隊法第九五条武器防護のための武器使用と類似の活動を行わせる。
 その際、他国軍が第三国との武力紛争に至れば、我が国は「切れ目なく」他国との集団的自衛権行使あるいは個別的自衛権行使を行う。そのような事態には地理的限定はなく「グローバル」だ。
六 PKO協力法改正
 安全確保活動、人道復興支援活動を入れて、かつ、任務遂行のための武器使用を可能にし、派遣要件も「国際機関(国際赤十字など)や地域機関(EUなど)、国連の主要機関の支持・称賛」と拡大しようとしており、PKO参加五原則も緩和しようとしている。
重要影響事態法、自衛隊法・武力攻撃事態法改正との適用関係
 重要影響事態や存立危機事態が収束し、戦後復興とそのための治安維持段階へと事態が進展すれば「切れ目なく」改正PKO協力法が適用される。
第四 日米同盟との関係
 日米同盟は、陸・海・空・宇宙空間において上記すべての我が国の活動、自衛隊の活動の基軸(駆動装置またはインフラ)となる。
   輸送、警戒監視・情報協力・偵察活動(ISR)での協力(後方支援)、武力行使、武器使用での協力
   輸送、警戒監視・情報協力・偵察活動(ISR)での協力(後方支援)、武力行使、武器使用での協力
   輸送、ISRでの協力(後方支援)武力行使、武器使用での協力
 宇宙 ISRでの協力
 多国間協力  日米同盟を介して、他国軍隊との協力(米国を介在させた日韓の軍事秘密情報協力など)、平素から日米同盟を基軸にした米国の同盟国との協力(オーストラリア、フィリピン、タイなど)、米国の友好国との協力(ベトナム、インド)など


「存立事態」における自衛攻撃とは何か
―与党それぞれの矛盾とその相互の矛盾

東京支部  藤 本   齊

一 「存立事態」における自衛的先制攻撃
 「存立事態」を実定法化するべく政府与党協議が進行しています。仮称だとして「新事態」だとかに名を変えるかもなんて言ってますが、「存立事態」とは閣議決定からくる「論理」をある意味的確に表したともいえる表現であって、その呼び名を「変える」とは、「更にゴマカス」ということでしかないでしょう。
 「存立事態における自衛攻撃」とは何か。それを端的にイメージするには、これまた、日本史上に典型的な例が存します。パールハーバー真珠湾攻撃がそうでしょう。あの年、一九四一年の夏頃からの日本は明らかに「存立事態」に遭遇していた(少なくとも戦争指導部にとっては、)と言えます。だって、彼らにとっての日本は既にニッチもサッチもどうにもこうにも行かなくなっていたのです。中国と泥沼の戦争の最中で、米英蘭その他からも、特にこの時期には焦眉の日米協議において、日中戦争の停止と大陸からの撤退を迫られ、経済制裁として石油の禁輸措置を執られて包囲され、かくては軍隊のための燃料さえもが枯渇し、何としてでも南方の石油資源を押さえでもしない限り日本は生きていく術を失うという(それで何とかなったろうとも思えませんが。)、正しく「存立事態」にあったわけです。「満州」を日本の「生命線」として何が何でも維持しようとする限り、如何ともしがたい切羽詰まった事態にあったのです。これぞ「存立事態」!ともいうべきこの事態にある以上、突破口は、存立事態における自衛のための急襲による先制攻撃しかないとなるわけです(実際の急襲は、陸軍によるコタバル上陸侵攻の方が先な様ですが、ま、計画としては同じ。)。石橋湛山が言ったように満州等を放棄しない以上は事の必然だったのです。日本はこれを自衛のための戦争とし、そのための先制攻撃としたわけです。当時は集団的自衛権という言葉はありませんでしたし、ことの本質から言っても、要するに個別的自衛権の行使としての先制的武力攻撃ということになります。
 先制的自衛攻撃?どう見ても形容矛盾としか言いようのない言葉なのですが、確かに一部に一定の範囲内ではこれを認めるとする考え方が存在はします。予防攻撃はダメだけどね、と言うわけです。閣議決定の論理を使って言うとすれば、前者は既に存立事態とも言うべき状況にある以上当然、後者は未だ存立事態に至ってもいないのに、ということになるからというわけです。このどっちになるかという形で争われたケースとして、イスラエル空軍によるイランの原子炉の爆撃破壊がありました。ま、見事に成功させたイスラエルはこれを「先制的自衛攻撃」だと言ったのですが、国連は全く認めず、強くこれを非難すると共に賠償もせよと極めて強い調子の決議をしました(戦後現代の戦争においては、この例だけでなく、曲がりなりにも宣戦布告が問題とされた真珠湾等とは違って、宣戦布告ルールとは随分乖離していることにもご注意下さい。戦前でも満州事変や日中戦争等侵略戦争は大概そうでした。)。
 こうして、自衛というときに、ないしは、自衛と言ったところで、それが存立事態的概念と一緒になるときは、結局それは相手方の武力行使とは切り離されて先制攻撃を容認する論理に繋がらざるをえないという一般論が、歴史的にも存在してきたわけです。
二 集団的自衛権と先制攻撃――安倍自民党の論理
 集団的自衛権の直接単純典型的な行使場面での戦争への介入は、相手国からみれば、自分がこれまで攻撃をしているわけではない他国からの攻撃ですから、当然、横合いから「先制攻撃」を受けたことになります。でもこの横合いからの攻撃を、先制的な「自衛権」の行使としての武力攻撃だと言うのは如何にも変でしょう。だって、この場合、「他衛」なんですもの。安倍流の論理である集団的自衛権の行使だという説明で行く限り、これは、相手国から見れば、日本からの自衛権行使ではないところの、即ち「他衛」のための先制攻撃(要するに私が『団通信』一五一四号で書いた第一次世界大戦での日本の青島・南洋諸島占領戦と同じ)となります。この関係については、団が出した「徹底解剖イチからわかる安倍内閣の集団的自衛権」の中でも黒澤有紀子団員が一所懸命に書いているとおりです。別の言い方をすれば、安倍の本来の狙いである集団的自衛権行使の論理は、実は、パールハーバーよりも攻撃的な、即ち、自国自衛の論理さえ投げ捨てたところの先制的戦争目的の正当化の論理だったのです。
 九条のある憲法をもつ国の論理として、自衛を超えても先制攻撃が認められるという論理をねじ込もうとする、ここに安倍流集団的自衛権論の隘路・矛盾があります。閣議決定が、集団的自衛権だとは言い張り続けはするが、何だか個別的自衛権の論理のあたかも枠内でもあるのかも知れんと人を惑わし得る「存立事態」論的説明を付加せざるをえなかったのも、だからです。しかし、成功はしていません。何故なら、相手国からの日本に対する武力行使の有無とは関係しない、自国政府の一面的判断の側から見ただけの主観的な「存立事態」でしかないからです。要するに「専守防衛」ですらないのです。安倍流の論理や説明は、本来この隘路・矛盾から脱し得られるわけがないのです。
 個別的自衛権の行使であれば論理必然的に先制攻撃が正当化されるかというとそんなことはなく、一定の範囲でそう考える考え方があるというに止まります。ましてや、自衛のためでもない場合の先制攻撃がやすやすと正当化されるわけがありません(国際社会が国連決議の有無を問題にするのも、だからです。)。集団的自衛権の名の下に横合いから先制攻撃を受けた相手国は、壊滅的なまでの反撃を徹底遂行することが当然の権利だと主張し、ありとあらゆる反撃を遂行しようとするでしょう(パールハーバーに対する米国と同じというか、それ以上にです。)。この反撃関係についても黒澤団員は書いていますが、集団的自衛権という安倍流論理は、かくして、旧日本軍以上の先制攻撃正当化の論理を孕んでいるところの、憲法違反どころの騒ぎではない危険極まりないものに、歯止めなく突き進みうるものになっているのです。ところで、この、集団的自衛権行使の名の下に、先制攻撃どころか、トンキン湾事件という自作自演の謀略までやって侵略戦争を遂行し結局敗北し彼我に悲惨で痛切な禍根を残した例が、まさに、アメリカのベトナム戦争だったのです。
 追求の論戦と宣伝は、安倍流論理が逢着せざるをえないこの隘路、矛盾を曖昧化して、マヤカシとゴマカシで逃げ切ることを許さないように締め上げるものでなければならないでしょう。
三 個別的自衛権と先制攻撃――公明党の論理――「専守防衛」は
 ところで、そこで与党公明党です。同党は、閣議決定は、個別的自衛権の範囲内に押し戻したものだ、そこが平和の党としての貢献なのだと言っています。ホームページでも一所懸命その説明をしています。なるほど、公明党の説明は、安倍流の説明とは違います。与党間に大きな矛盾が存在していること自体は確かです。でも、今後もそれで成功していくか、特に「存立事態」の実定法化ということになってきたときにどうかという点では、さてどうでしょう。ここでも大変な隘路・矛盾が待ち受けています。
 公明党は、集団的自衛権行使は認めたわけではないのだ、ましてやその先制的武力行使は論外だ、はなから枠外だというわけですから、ここでまず自公の、即ち与党間の表向き議論は衝突するはずです。
 しかも、実は、新たに仮称「存立事態」を実定法上も設定して、その場合をも個別的自衛権なのだと説明するとなると、大変な矛盾に公明党の議論は逢着します。その「存立事態」は、未だ日本に対する武力行使はない状態、即ち、真珠湾直前の状態と同じです。この時に、日本自衛隊が攻撃すると、武力の直接行使としては当方からの一方的攻撃、即ち先制攻撃となります。従ってこれを説明しようとすると、戦前日本と同じく、「先制的自衛攻撃」としての武力行使だと、そして予防的行使は認められないにしても先制攻撃は自衛のためには認められるのだと言わざるをえなくなります。先制的自衛攻撃?この形容矛盾的弁明論、それは、ブッシュのイラク攻撃がそうでした。彼はあの先制攻撃を個別的自衛権の行使として説明したのです。公明党的説明は、それが安倍流の危険性を個別的自衛権の枠内に制限させようとしたものだといくら弁明してみても、逆に、相手方の武力行使がなくても存立事態においては個別的自衛権の先制的行使ができるのだという説明に奉仕することに繋がらざるをえなくなるのです。要するに、戦前日本やイラクのブッシュと同じになるのです。それは、公明党の意図するところなのでしょうか、それとも、意図せざるところなのでしょうか。しかし、それがいずれであれ、論理として確実にこう繋がらざるをえないのです。ここが公明党流議論の最初の隘路、矛盾です。
 しかも、その上に大問題なのは、実は、ところで、ところが、公明党は今も「専守防衛」の旗をおろすことは平和の党としての誇りにかけてしないのだとホームページでも言明していますし、あの閣議決定も「専守防衛」の枠内なのだと言い続けて来ました。だが、実定法で「存立事態」を武力攻撃は未だしの段階と定めたうえで、出撃するとなると、これはどう見ても「専守防衛」ではないことが条文上も明らかになる、というか、明らかにせざるをえなくなります。だって、武力攻撃は未だ受けてもないのに、しかも、場合によっては日本から遠く離れた所で、「先制的自衛攻撃」だと言って先制攻撃しちゃうわけだから。
 公明党の論理も、かくして党の存立の根幹にかかわる重大な隘路、矛盾に逢着します。正しく公明党にとっての「存立事態」ではないでしょうか。
 この辺から、次の第四項で予定していた与党間の矛盾の話にもなっていきますが、公明党は、「存立事態」的歯止めで枠をはめて個別的自衛権の論理の上に引き戻したのだという言い方をすることによって、結局、「専守防衛」とはもはや言ってはおれない事態に自らを引きずり込んでしまっているのです。これは、かえって危険で、より突出した論理、即ち謂わば、ホルムズをにらんで、パールハーバーを再現しうる論理になっている側面があるのです(だって、パールハーバーもその論理は個別的自衛権だもの。)。
 小沢隆一さんが、『前衛』四月号六九頁で「閣議決定が容認した集団的自衛権行使は、個別的自衛権に引き付けて論ずることで『限定』行使を装いながら、実際のところは限定性を確保する条件が機能せず、個別的自衛権の論理を集団的自衛権行使にオーバーラップさせたことによって、集団的自衛が他国防衛より自国利害の確保を主眼に置いて用いられるようになっている。これは、『個別的自衛権としての武力の行使』の理屈が昂じると、それ自体すぐれて危険な牙となることを意味していよう。」と述べていますが、要するに、言わんとしていることは、そういうことでしょう。
 「存立事態」の実定法化は、かくて、九条どころか、「専守防衛」自体と整合しえないことを露呈することになるでしょう。「専守防衛」ならいいのかという議論は今はおくとして、この事態の下でその旗はおろさないという以上は、ここの矛盾に誠実に対応すべきでしょう。そうでなければ、結局、明白なマヤカシとゴマカシの論理を孕まざるをえなくなって行くしかなくなるでしょう。
 ここに、安倍との間の矛盾が存在すると同時に、公明党自身の痛切な矛盾が存在し、既に多くの人々からその点での強い指摘がなされているとおりなのです。同党にとってもきっと正念場、正に「存立事態」となりかねません。
四 自公それぞれの矛盾と自公相互の矛盾
 かくして、与党のいずれもが、それぞれその論理それ自体の中に厳しい矛盾を抱えざるをえず、しかも、その与党相互の間にもまた、論理では到底こえられない矛盾が横たわっているのです。内閣法制局の言はよく見てみるとその間をフラフラせざるをえないものともなっています。
 私たちの論戦と宣伝では、それら諸点の暴露がもっと必要でしょうし、また、最大の弱点であるそこの曖昧化とゴマカシに逃げむこと(例の「切れ目のない行動の自由」とは、「切れ目」即ち曲がりなりにもの「歯止め」なしという意味で、ずるずるっとどこまでも続いて行ってしまう曖昧化された状態のことです。)を許すかどうか、そこが当面の勝負です。


立場の異なる人々との共同・世代継承
(憲法討論集会での発言要旨)

愛知支部  矢 ア 暁 子

一 やればできる!立場の異なる人々との共同
(1)
直面する極めて深刻な憲法の危機に対しては、立場の違う人々と共同して立ち向かう必要がある。
(2)一月一七日に愛知県弁護士会が行った集団的自衛権行使反対集会・パレードは、まさにその実践だと考える。参加した弁護士は三五〇人。普段はいわゆる「企業側」で業務を行う弁護士がたくさん参加したのがかつてない特徴だ。私と一緒に司会をした人は、どちらかといえば改憲派とのこと。労働組合でも、連合愛知傘下の組合と愛労連傘下の組合とが同じ場に集った。
 秘密保護法の分野でも、全国六二団体が加入する「秘密法に反対する全国ネットワーク」に注目してほしい。共産系、社民系、新左翼系、解放同盟系の人々や、住基ネット、盗聴法、脱原発、九条の会その他の既存の運動を軸にした人々、ふだんは小さな点で対立し、ともすれば互いの陰口を言い合ってきた人々が、秘密保護法廃止の一点では一緒に行動している。
(3)異なる立場の人々との共同は、できる。なぜできるのか。それは相手との信頼関係があればこそだと思う。友達ではないが、敵でもない。全てに共感はしないしむしろちょっと嫌いな所もあるが、ある思いでは一致していてその点では裏切らないと信じられる。そういうドライな信頼関係が、運動の「一点」共闘を支えていると思う。
 そして、こうしたドライな信頼関係を作るためには、自分の立場を明確化することが必要ではないか。たとえば自衛隊や安保条約の扱いなど対立点があったとしても、「自分の譲れないものはこれだ」と互いに明確にすれば、じゃあこの範囲なら一緒にできる、ここまでは融通を利かせよう、と詰めていける。また、きちんと話せば、相手の考えを決めつけ「こう行動するはずだ」と無闇に信じて「裏切られた」と勝手に恨むこともなくなる。
(4)考え方の完全な「一致」を求めるのではなく、各々は先鋭的な主張を展開しつつ、互いの立場に配慮しあってドライな信頼関係を作る取り組みが、幅広い立場での共同には不可欠だと思う。
二 世代継承
(1)
一・一七パレードの私にとっての「裏テーマ」は世代継承だった。あらゆる人権活動・市民運動には担い手が激減する世代の「崖」があり、弁護士にも四〇期台に「崖」が存在する(回復していないので「谷」ではない)。五〇期台の終わりから六〇期台の世代は、母数が増えたので若干人数は増えたものの、全体の中での割合は少ないままだ。しかし、一〇年後、二〇年後の護憲運動を担うのは「崖」以降の世代だ。仲間を増やさねばならない。
 東京弁護士会では副会長に立候補した六四期(私と同期)が、会費負担低減のため弁護士会は人権活動から撤退せよとか、色々言っていたようだ。九〇年代から続く不況が人生の大半を占める若手に、そうした主張が一定の共感を呼ぶのは残念ながら当然だろう。
 さらに、入団しなければ就職できないこのご時世。とりあえず入っておくか、という心持ちで入団した団員だって当然いるはずだ。もうそういう時代だ。
(2)どう仲間を増やすか。一・一七パレードでは、かわいいデザインのチラシを作ったり、シュプレヒコールに「集団的自衛権に異議あり!」「ダメダメ!」などキャッチーなフレーズを取り入れたり、とにかく明るく柔らかい雰囲気を作るため真剣に議論した。
 当日は、派閥の動員もあって、デモ初参加の若手がたくさん来てくれた。動員でもいい、「なんとなく解釈改憲はだめだと思う」くらいでいい。一人でも多くの参加者が「なんだ、護憲運動といっても、わりといいもんだな」と思ってくれたら成功だ。私だって最初は歌を歌ったり絵を描いたりしかしていなかった。柔らかさ、わかりやすさは、「最初の一歩」を踏み出してもらうためには必須。そういう取り組みを全国でどんどん追求してほしい。
(3)もちろん、車の両輪のもう一方である鋭く深い運動も不可欠だ。鋭い議論や問題提起、運動がなされなければ自由法曹団である意味がない。そうした議論や運動に加わる仲間を一人でも増やすために、五月集会や憲法討論集会や各地の団の取り組みに団員をどんどん連れてきてほしい。


憲法討論会in奈良
非戦・平和への提言案をめぐって白熱

大阪支部  宮 本 亜 紀

 本年二月二二日、団の憲法討論集会が、奈良で開催されました。前日は拡大常任幹事会(地方常幹・奈良)で、原発、TPP、貧困、給費制、ヘイトスピーチ、治安警察、教科書問題、労働法制等の活動報告及び討論がなされました。私は、その課題の多さに息つく暇がないと感じましたが、すべての根っこは繋がっており、全国の団員の奮闘を私自身の確信にして、団員として常に闘う気概を新たにしました。そして、憲法・平和の課題については、昨年の五月集会に引き続き、その後の〇七〇一閣議決定、一〇〇八日米ガイドライン見直し中間報告、〇二一三安保法制の与党協議開始等の情勢の急激な進行を受けて、一日をかけた憲法討論集会として位置付けられたものでした。分厚い資料と多方面の切り口からの報告は大変充実し、地元で法律家としての分析や見解、講師活動を求められる中で、大変勉強になりました。
 特に、「非戦・平和への提言(案)」についての討議は、各団員の平和憲法と共に闘い、憲法九条を国際平和に生かす人生を掛けた想いが伝わり、胸が熱くなりました。今、この壊憲の危機において、真の平和をめざす道のりを団としてどのように示せるか、市民と協働していけるかが問題です。提案された「非戦・平和への提言(案)」は、戦争の惨禍を踏まえた歴史的経緯、安倍政権の動向や国際情勢について詳細ではありますが、私は、日米安保についての深い言及がなく、自衛隊の存在や個別的自衛権の認否が表れていないように感じました。この提言は、討議を踏まえて再度提案されるとのことなので、憲法討論集会当日の参加者だけでなく、全団員が考え、結成九四年を迎える自由法曹団として、自信を持って社会に問う内容にするべきだと思います。
 また、安全保障関連法案に関する討議は、多数の資料はあったものの、時間が足りずに深められなかったことは残念ですが、与党協議の最中でやっとマスメディアに少しずつ載るようになってきた段階なので、継続して研究して、次回五月集会での討議が待たれます。
 そして、運動論に関する討議では、一月に愛知で、二月に東京三会も加わって横浜で、弁護士会主催で大規模な集団的自衛権の市民集会が持たれた中で、団員が奮闘した経験は素晴らしいと思いました。特に、弁護士会の中で世代継承に困難を感じながらも力を注いだ愛知の経験が印象的でした。若手は給費制廃止と経済的困難の中で、人権擁護と社会正義の実現をめざす自尊心を失いがちですが、とりあえず集会に参加して数千人のパワーを感じるところから始めることに効果はあると思います。日弁連のキャラバン月間で先日、私の地元大阪弁護士会でも集会とビラ配布がありましたが、参加が少なく広げる努力の必要性を痛感しました。
 また、憲法討論集会では、大阪のいわゆる都構想、実態は大阪市廃止・解体構想の住民投票(五月一七日)が、憲法改定の国民投票の前哨戦となるとの発言がありました。大阪支部としても、住民投票運動の法的分析と助言に奮闘しており、デマゴーグを打ち消す宣伝活動に全力を尽くします。全国の皆さまのご支援もどうぞよろしくお願いいたします。


大分での集団的自衛権行使容認反対活動
講演会・パレードについて

大分支部  古 田 奈 々

 平成二七年一月一七日、大分市内で集団的自衛権行使容認反対行動として、講演会とパレードを行いましたので、ご報告します。
 まず、大分支部の活動について簡単にご報告しておきます。大分支部は、自由法曹団員一五名の小さな支部ですが、月に一度ほど会議を行い、護憲活動や労働法制についての討論、教育制度等について、自分達に何ができるか、何をすべきかといった、具体的行動についての討論を行っています。
 一月一七日の講演会は、大分県弁護士会と日弁連の共催、その後のパレードは、大分県弁護士会主催で行いましたが、自由法曹団の団員も、大分県弁護士会憲法委員会の委員や、大分県弁護士九条の会のメンバーとして、そして弁護士会のメンバーとして、参加しました。
 講演は「公開市民講座 今、集団的自衛権を問う!!」という題名で、元外交官の孫崎亨氏をお招きすることにしました。
 せっかく孫崎氏をお招きして、講演会をするのであれば、それとともに外部にもアピールをしたいと話し合い、大分では給費制廃止反対パレード以来のパレードを行うことを決定しました。
 集団的自衛権についての講演会、パレードをすることが決まってからは、孫崎さんとの打ち合わせや懇親会の準備、道路使用許可の申請、動員についてなど、準備はかなり大変でした。
 講演会の前日(一月一六日)には、孫崎さんを囲んで、弁護士一三名が懇親会を開催し、大分名物のふぐを食べながらざっくばらんな意見交換が出来ました。
 孫崎さんは、どのような質問にも誠実かつ機知に富んだ回答や議論をしてくださり、充実した懇親会になりました。
 講演会は一月一七日午前一〇時からでしたが、一〇〇名を超える市民の皆さんが参加してくださり、当初用意していた机や椅子が足らず、あわてて追加で机や椅子を出すような状態で大盛況でした。
 孫崎先生の講演の内容は、集団的自衛権の説明とともに、政府の動きや、安倍内閣の今後の目論見、特定秘密保護法と集団的自衛権との関係等で、非常にわかりやすく丁寧に講演してくださいました。
 講演会終了後には、パレードを開催しました。
 パレードのために市民の方々もプラカードを作って参加してくれた他、日弁連の垂れ幕や、大分県弁護士会で作成した集団的自衛権行使容認反対の垂れ幕をもって、大分の町中を約一五分間かけて行進しました。
 行進中は、「戦争は嫌いだ」などと弁護士が声を上げ、マスコミ関係者も何社か来ていた他、パレードに参加していない市民の方も興味を持っていただきました。
 今後も、「外に出て広く問題を市民の方々に知ってもらうための活動」を続けていきたいと思っております。


大分県弁護士九条の会の結成とその活動

大分支部  楠 本 敏 行

 特定秘密保護法が成立した平成二五年暮れ頃から、支部会議の中で、大分県での弁護士九条の会の結成が話題となり始めました。そして、集団的自衛権に関する議論がかまびすしくなった平成二六年四月、五月、私と岡村正淳弁護士から、弁護士九条の会呼びかけ人への就任を、県弁護士会内の立場の異なるベテラン弁護士一〇数名に対して打診し、結果九名の呼びかけ人が集まり、会結成について打合せを重ねました。
 そして、七月一六日、県内の全弁護士(約一五〇名)に対し、「すでに全国各地で活動する九条の会と呼応して、憲法の掲げる諸原則の後退を食い止め、逆に、これらを主権者である国民一人ひとりが改めて選び取るための活動を行うこと」を目的として、「大分県弁護士九条の会」の結成を呼びかけ、七月三一日には、大分県弁護士会館にて結成総会を開き、二四名の会員で会が発足しました。
 会の活動としては、まず、二回に渡り、「憲法九条を語る〜世代間リレートーク」と題して、七〇代、五〇代、三〇代の会員から、それぞれの憲法にかける思いを語っていただき、その後参加者の間で意見交換をしました。その中で、「私たちは、憲法のことを、夫婦や家族の間で話題にしてきただろうか。」、「親や祖父母から、戦争のことを聞き、語り継いできたただろうか。」という問題が意識されるようになりました。また、飛び入り参加の新老人の会大分支部長高田三千尋氏からは、戦争体験や、戦争について振り返って見ると「日本人は、何と幼稚で、愚かな戦争をしたものか。」を、史実に基づいて語っていただきました。他にも、他の九条の会(竹田市、臼杵市)や立憲議員ネットワークの方等の参加、発言もいただいています。三回目(本年一月)は、二五期会員と六一期会員のスペシャル対談を行いました。その中で、私たちは、戦争の加害について、きちんと向き合うべきではないか、という議論がありました。
 次回は、映画「終わらない戦争」(金東元監督・二〇〇八年)の上映会を企画しています。
 このように、私たちは、まずは弁護士同士の間で、普段話題にしない、憲法や平和について語り合うことを大切にして、活動を始めました。現在の会員三〇名の内、四〇歳未満が八名程度ということが、今後の活動に工夫を要するところと言えます。


安倍首相にチョコとメッセージカードを贈りました♪

京都支部  高 木 野 衣

一 大憲法カフェ〜チョコとお茶で憲法を〜
 二〇一四年二月一四日、明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)では、立憲主義を全く理解していない安倍総理に、チョコレートと芦部憲法を贈りました。しかし、一年たっても安倍内閣の政治姿勢は相変わらず民主主義・立憲主義を無視してばかり。安倍さん、絶対に教科書読んでない(怒)
 というわけで、二〇一五年のバレンタインデーは、四つ同時に憲法カフェを開催して、その参加者から安倍首相へのメッセージいただき、あすわかオリジナルチロルチョコとともに贈るイベントを開催しました。参加人数は約五〇名。二〇代学生さんから七〇代ご夫婦まで、幅広い年齢層の方にご参加頂きました。
 選べる憲法カフェのメニューは、「Love&Peace(九条)」「知りたい!伝えたい!(二一条)」「♂♀そして家族(一四条、二四条」「子どもと憲法」の四つ。自由法曹団の団員も、多数スタッフとして参加しました。
二 それぞれ和やかなムードで、色んな意見が飛び交いました
 まずは、あすわか紙芝居「王様をしばる法〜憲法のはじまり〜」とともに、立憲主義の簡単な解説を行いました。憲法は、国民が国家権力に対して、「国民の人権を守って政治をしなさい」と命ずる決まりであることを確認できたところで、各カフェにわかれ、憲法と今の政治について語り合いました。
 九条カフェは、集団的自衛権に関するクイズに始まり、集団的自衛権の行使が九条に違反すること、秘密保護法によって集団的自衛権を行使する根拠となる事実関係について国民に知らされない危険性があること等を講師から解説した後、今の国際情勢において集団的自衛権が必要なのか、国際平和を実現するために日本の果たすべき役割は何なのか、参加者みんなで語り合いました。
 二一条カフェも、表現の自由に関するクイズに始まり、講師から、表現の自由を逸脱したヘイトバッシングが横行する一方、社会問題に関する学習会に対する施設利用拒否や首相演説中に掲げていたプラカードを没収される一件等、各地で起こる表現行為の抑圧が紹介され、何がおかしいのか、自民党改憲草案で表現行為にどのような影響があるのか、参加者みんなで考えました。
 一四条&二四条カフェでは、講師から「伝統的な夫婦や家族」「ちゃんとした家庭でちゃんとした子どもを作る」等、自民党議員の発言を紹介するとともに、自民党改憲草案で付加された「家族は互いに助け合わなければならない」との文言が、社会保障切り捨てやカップル・家族の多様性の否定に繋がるのではないかという点について、参加者で率直な意見を交換しました。
 子どもと憲法のカフェでは、子どもの世界で起きている様々な問題と基本的人権との関わり、教育は誰の義務であり権利であるのか、教育の重要性などについて、講師と参加者とで語り合いました。
三 四六のアツーいメッセージ
 安倍さんへのメッセージカードには、「とりまきの意見だけでなく、少数派の意見も政治に反映してください」「主権は私たち一人一人にある」「国民の声を聞いて政治を」など、主権者を無視しないで欲しいという言葉がたくさん書かれていました。
 また、各カフェと関連して、「私の愛する日本は世界中の人々から平和を愛する国として尊敬される国です。戦争しないで」「戦争も貧困もない素敵な世界をめざす日本って美しいと思いませんか」「家族の形を押し付けないで」「多様性を認める社会になってほしい」「子どもたちを危険な方向へ行かせないでほしい」など、切実な想いが綴られていました。勿論あすわかからも、解釈改憲や秘密保護法強行採決など、国民不在の政治を厳しく批判するメッセージを送りました。
 今後もあすわかは、権力にとって超めんどくさい奴であり続けるべく、日々アクションを起こしていきたいと思っています。全国の団員の皆様、ぜひとも新人弁護士を採用されましたら、あすわかへの入会を勧めていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


*盗聴法拡大・司法取引制度導入阻止特集*

「司法取引」とあらたな冤罪の危険性

東京支部  泉 澤   章

 今国会で上程されようとしている「司法取引」制度だが、法制審特別部会では「司法取引」ではなく、「捜査公判協力型協議・合意制度」などという長ったらしい名称で呼ばれていた。公表された法律案要綱でも「取引」という言葉は一切使われていない。「取引」という言葉には「妥協」とか「打算」というイメージがどうしてもつきまとう。市民が抱く刑事裁判へのある種の期待=i「真実発見」や「清廉性」だろうか。)に反する表現ゆえ、提唱側はあえて使っていないのであろう。しかし、この制度は、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を申告することで利益を得ようとし、訴追側はその期待する情報に応じて恩恵を与えるというのである。このような制度の実態を見れば、「協議・合意制度」などというごまかしの言葉ではなく、正しく「取引」と呼ぶべきである。
 さて、この「取引」による証拠採取の最大の問題は、言うまでもなく、取引する者による第三者の引っ張り込みや責任転嫁である。法制審特別部会でもこの種の危険性の存在は指摘されてきた。それゆえ、さぞや部会ではこのような危険性について詳しく論議され、検証されてきたのだろうと思えば、まったくそうではない。一部の委員の反論を除けば、そのような危険性は共犯一般にあって司法取引固有ではない、取引者の偽証に対しては刑事罰がある、取引者の供述は反対尋問によって検証が可能などといった説明で終始している。何より問題なのは、そこで述べられた制度の問題点の議論において、これまで現実に発生してきた冤罪の実態がまったくといっていいほど検証されていないことである。
 第三者の虚偽供述によっていわれなき冤罪に落とし込められた例はわが国においても枚挙に暇がない。古くは八海(やかい)事件(三度目の最高裁で無罪確定)のような死刑事件から、最近では美濃加茂市長収賄事件(本年三月、名古屋地方裁判所で一審無罪判決。贈賄側が別件詐欺事件の一部の起訴猶予との「取引」によって虚偽供述をした疑いが極めて濃いと指摘されている。)などの例もある。これらの例は幸いにして有罪を免れた例であるが、アメリカの誤判原因を分析した文献によれば、DNA鑑定という客観証拠によって後に無罪とされた有罪確定者二五〇名の事件のうち、実に二一パーセントが「情報提供者」の供述が有罪根拠となっていたという(ブランドン・L・ギャレット「冤罪を生む構造」日本評論社)。弁護人立会とか取引者への反対尋問が十分保障された制度下においてさえこの結果である。「取引」による冤罪の危険性は、反対尋問権の保障とか虚偽供述への罰則などといった制度で到底回避できるものではない。
 今回の「司法取引」制度にはその他にも、「取引」の対象となる犯罪が取引者とまったく関連性のない(共犯関係にもない)他人の犯罪であること、訴追の恩典を与えるはずの制度に警察の関与が認められていることなど、多くの看過できない問題点がある。足利事件や厚労省事件など重大冤罪を生んだ反省からはじまったはずのこの議論が、結局あらたな冤罪の温床となる制度を生むことを、私たちは断固として阻止しなければならない。


シンポ『「慰安婦」問題と日本社会・メディア』に集まろう

東京支部  大 森 典 子

 四月五日、東京外国語大学で、『「慰安婦」問題と日本社会・メディア』というシンポジウムが開かれます。朝日新聞問題をきっかけに、今日本の社会が直面している問題、特に民主主義の不可欠の柱とも言うべきメディになにが起こっているか、我々は今の日本社会をどう認識し、何をなすべきか、を問うシンポになるはずです。団員の多くのみなさまのご参加を訴えます。
 このシンポは朝日新聞の「慰安婦」問題を巡る記事取り消しについて、同社が第三者委員会を設けて記事の検証をすると発表したことについて、歴史学者や弁護士の有志が危機感をもったことに発しています。この第三者委員会には「慰安婦」問題の記事の検証をするといいながら、「慰安婦」問題の専門家は全く入っていないばかりか、女性の人権の専門家も国際人権の専門家もはいっておらず、逆に明らかに政権側の発言をする委員が複数入っているなど、そもそもこの委員会の検証を朝日新聞は何のために行うのか、というその基本姿勢についての危惧を抱かせるものでした。
 このような状況のもと昨年一〇月九日、歴史学者六名の呼びかけに弁護士二名も呼びかけ人に入り、賛同者約二〇〇名余りの名前をもって、朝日新聞にこの検証委員会の再構成を求めて申し入れを行いました。しかし朝日新聞はそのまま第三者委員会を発足させ、その検証結果を一二月二二日に発表しましたが、やはり危惧したとおり、報告書は「慰安婦」問題の本質の無理解を露呈するものでした。報告書は、この問題が終始「慰安婦」とされた女性の人権と尊厳の侵害の問題であり、女性たちが意思に反してそのようなことを強制されたことが問題の核心であることを理解していません。朝日新聞が「強制連行」問題から女性たちの「意に反した強制性」があったことに「論点ずらし」をしたとのべ、朝日新聞が日韓の和解を困難にしたといったおよそ科学的な議論とは言えないような委員の意見も表示され、到底メディアの社会的な使命をふまえた事実に基づく検証とは言えないような内容も含まれていました。これを受けて行われた朝日新聞の新しい社長の会見でも、これからは「様々な立場、様々な見方」を伝えて行く、という点に重点が置かれていました。私たち申し入れを行ったメンバーにとって、この報告書と朝日の対応は、結局のところ朝日は変質するのではないか、という危惧を生じさせるものでした。
 昨年の朝日の記事取り消し以降の朝日新聞バッシングは朝日だけの問題にとどまらず、健全なジャーナリズムの危機というべき状況をもたらしましたし、NHK問題や選挙期間中に起こった報道機関への「圧力」とも捉えられかねない特定政党からの申し入れなど、今私たちの社会はあの戦前の「大本営発表」の垂れ流しとなった時代に大きく曲がりかけているのではないかと思わずにいられません。
 そこで先に朝日新聞に申し入れを行ったメンバーが呼びかけ人になり、前述のシンポを開くことに致しました。この間歴史学会は学会をあげて今の政権が歴史学の研究成果をふまえず、河野談話の実質的な否定とも言うべき言動を行っていることを厳しく批判してきました。こんどのシンポはこの歴史学会と国際的な人権保障の問題に取り組んできたパネラー、そしてなによりジャーナリスト自身の立場からの発言が予定されて居ます。そしてこの第三者委員会で唯一の女性の委員として、また国際社会が日本のこの問題についての報道をどのように見ているかを客観的なデーターで分析した林委員も参加されます。また勤務する大学への脅迫、家族への脅迫に対して敢然と闘いに立ち上がった元朝日新聞記者植村隆さんの特別報告も有ります。
 このままずるずると戦前に回帰することを絶対にとどめようとするすべての方々と問題認識を共有したいと思います。