自由法曹団通信:1527号      

<<目次へ 団通信1527号(6月11日)


内藤 功 *改憲・戦争法制阻止特集*
戦争法案を斬る視点
森 孝博 グレーゾーン事態と三つの閣議決定
松島 暁 日米同盟の再々定義と新ガイドライン(上)
岩佐 英夫 「丸腰の憲法九条で、本当に大丈夫?」
山崎 徹 尖閣諸島問題にどう向き合うか
須藤 正樹 戦争法制阻止の取組みでの「法制の必要性」批判の重要性
毛利 正道 全国各地から、すべての実践を最大多数の為政者・メディアに届けよう
斉藤 耕平 五・三一オール埼玉総行動は熱かった!
黒岩 哲彦 東京・足立区での「戦争はいやだ」の一点共闘の取り組み
―『戦争はいやだ!足立憲法学習会』
中谷 雄二 愛知における戦争法制反対の共同行動
宮尾 耕二 奈良支部の講師派遣活動の取り組みについて
尾崎 彰俊 「戦争法案反対」京都支部の取り組み状況
大河原 壽貴 「地方自治の真価が問われる―『海外で戦争する国づくり』と自治体・自治体労働者」を発表しました。
矢ア 暁子 戦争法制阻止の運動での工夫
金田 健太郎 「東京法律事務所の戦争法案阻止の取り組みと団発行のリーフレットの活用」
飯田 美弥子 みややっこ、その後
鷲見 賢一郎 衆院厚労委・派遣法「改正」案審査参考人雑感
馬奈木 厳太郎 都司嘉宣・元東大地震研究所准教授の尋問が行われる!
〜「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟第一二期日の報告
後藤 富士子 「護憲」と「キャリアシステム」
― 弁護士は、日本国憲法を「実現」してきたか?
山口 真美 *五月集会特集*
広島・安芸五月集会のご報告
永尾 廣久 五月集会、眠れない夜に・・・
改憲阻止対策本部 戦争法制阻止に向けてたたかいを強めよう!
二〇万部完売。ご好評につき一〇万部増刷しました!
リーフレット「平和な戦後が終わる」の普及のお願い



*改憲・戦争法制阻止特集*
戦争法案を斬る視点

東京支部  内 藤   功

日米同盟調整機構の設置
 四月二七日の日米軍事指針(ガイドライン)と、同日の政府説明資料で、法案の正体が浮き彫りになった。
 「指針」によると、日米同盟調整機構(メカニズム)を平時から設置、活動開始する。日米間で、平時から、情報共有、情勢認識・状況評価の共有、政策・運用面の調整、対応・実施方法の調整をする。
 情報通信システム、「共同作戦図」を設置、使用。定期的な訓練、演習をするなどの施設整備をする。
 軍事面での、米軍と自衛隊の運用の調整のあり方と、政策的な方向性も決める。平時から、「共同作戦計画策定メカニズム(機構)」を設置、策定に当たる。
 これは、日米共同の戦争準備・推進機構である。日米一体化は強まり、米側の要求は、断れない仕組みである。平時から、戦争状態へ移行するための「切れ目のない」仕掛けである。米国の戦争に巻き込まれる危険は強まる。
 「重要影響事態」とか「存立危機事態」との判断も、日本政府は、自主独立の立場ではできず、「同盟調整機構」での米側の意向に従うことになろう。
防衛出動・武力行使へ誘導する仕掛け
 米軍を支援するための出動法案を、恒久法(国際平和支援法)一本にまとめずに、複数に分けた。「重要影響事態」「国際平和共同対処事態」「国際連携平和維持活動」「米艦隊との共同演習中生起した武器防護事態」等である。
 これら「各種事態」は、非常に重なり合っている。一般国民には、難解複雑でわかりにくい。だが、結局、これらはすべて、「存立危機事態」「武力攻撃事態」での「防衛出動」と「武力行使」(つまり戦争状態)へと移行させるための仕掛けである。「防衛出動」「武力行使」へ誘導するための「ベルトコンベア」の入り口の仕掛けである。
 たとえば「重要影響事態」では、日本周辺に限らず、世界各地で、武力紛争が起き、又は起きるおそれがあり、「日本の平和と安全に重要な影響が及ぶ」と政府が判断すれば、(同盟調整機構の調整の下で)自衛隊を米軍支援に出動させ、後方支援、協力支援するという仕組みである。補給、輸送、医療はじめ支援活動は、戦闘現場以外はどこでもできる。
 弾薬、燃料、糧食、医薬品、兵器部品はじめあらゆる必需品の支援にとどまらず、戦況の推移にともない、米艦隊の武器防護・情報収集・警戒監視・偵察、機雷除去、艦船護衛、船舶検査、捜索救助と拡大して行くであろう。
 敵対勢力は、自衛隊を米軍と一体と見なして攻撃を加えてくる。これに対して反撃し武器使用すれば、交戦状態に発展する。米国及び日本の国民と領土にテロを含む武力攻撃が及ぶ。その段階で、「密接な関係にある米国にたいする武力攻撃があり、日本の存立を脅かす事態」として、「防衛出動」を発令する(自衛隊法七六条)。「防衛出動した部隊は必要な武力を行使できる」(隊法八八条)。ここまでの推移を「切れ目なく」「スムーズに」できるようにする仕掛けが戦争法案である。
 日米軍事指針では、戦争法案のような複雑難解な分類はしていない。「アジア太平洋地域及びこれを超えた地域の平和と安全のための国際的活動への参加」と一括している。日本は、それに「最大限の協力」及び「広範な事項の協力」をする。その協力の内容は「同盟調整機構で調整する」と一任している。これが戦争法案の「各種事態」の正体である。戦争法案は難解複雑に見えるが、新軍事指針から見れば、本質が分かり易い。
出動した部隊の活動は無限定
 米軍支援のため、出動した部隊の現地での活動は、無限定である。政府答弁は、「米側のニーズ」に応ずると認めている。
 戦争法案には、事例がいくつか例示されている。しかし、軍事指針には、これらの事例の例示の後に、「これらに限られない活動」と、いちいち丁寧に書き加えている。結局、無限定の、米側のニーズに応じた活動が、出動部隊には求められる。
事の本質は、米国の戦争のために、自衛隊員、国民が犠牲となる問題
 「存立危機事態」は同時に「武力攻撃事態」になる。四月二七日の政府と与党の協議で、政府が明らかにした。「主要な事項に関する基本的な考え方について」と題する政府提出資料は、「現実の安全保障環境を踏まえれば、「存立危機事態」に該当するような状況は、同時に「武力攻撃事態」にも該当することが多いと考えられることから、その場合には国民保護法が適用されることになる。」という認識を示した。
 自衛隊員と家族、一般国民、地方自治体が、どのような立場になるのか。これが戦争法案の核心である。
● 「存立危機事態」「武力攻撃事態」で、「防衛出動」が下令されれば、「わが国を防衛するため必要な武力を行使できる」(隊法八八条)。その「武力行使」には「国際の法規慣例の遵守」と「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」という制約が課されるのみである。世界列強と同様の「武力行使」ができることになる。「武力行使」とは、国家の実力・暴力(殺傷、破壊力)の最大限の行使を意味する。憲法九条一項が厳に禁じたところである。
 防衛出動が下令された場合、自衛隊員が「米国の戦のために命を捨てるのはいやだ」として応じなければ、七年以下の懲役・禁固の対象となる(隊法一二二条一項)。家族、友人などが、「イスラム国との戦闘に行かせたくない」と働きかけ、引き留めれば、教唆、幇助として、同罪とされる。
● 自衛隊が海外で戦闘し、国民はテレビで観戦するという事態ではない。国民保護法が適用される。同法は、自衛隊はじめ国家権力で、国民の自由を規制する法律である。国民に銃を向ける「公共秩序維持活動」(隊法九二条)、国民を動員する「物資・土地・施設・の収用命令」「医療・輸送・土木建築の労務への従事命令」(隊法一〇三条)が、まず適用実施される。
● 地方自治体を国民、住民を動員する実施機関にする。新軍事指針では、「中央政府機関、地方公共団体の機関の有する権限と能力、民間の有する能力を適切に活用する」「民間空港、港湾を含む施設を、(米国の)一時的使用に供する」としている。沖縄県知事と沖縄県民の、新基地建設に反対する運動は、戦争法案の本質を見極めたものである。
戦争法案以外に呼びようがない
 これを「平和」と「安全」の法制等というのは、国民を欺くものだ。米議会で、安倍総理は、夏までの成立を誓約した。主権者国民と国権の最高機関国会を無視する暴挙だ。戦争法案の正体が国会論議で露呈するのをおそれているのであろう。夏までに成立の「背水の陣」は、政権の「命取り」となるだろう。大阪の住民投票が示した「独裁政治」への批判、七月の沖縄県が示す、水面埋め立てへの断固たる意思、八月一五日総理談話に対する内外の懸念。戦争許さぬ一点での団結を広げ、「戦争内閣」を「戦争法案」ともども退場に追い込むときだ。


グレーゾーン事態と三つの閣議決定

東京支部  森   孝 博

一 戦争法案と同時に決定された三つの閣議決定
 安倍内閣は、二〇一五年五月一四日の臨時閣議において、戦争法案(「平和安全法制整備法案」と「国際平和支援法案」)の閣議決定をするとともに、一般案件として以下の三つの閣議決定を行った。
(1)我が国の領海及び内水で国際法上の無害通航に該当しない航行を行う外国軍艦への対処について
(2)離島等に対する武装集団による不法上陸等事案に対する政府の対処について
(3)公海上で我が国の民間船舶に対し侵害行為を行う外国船舶を自衛隊の船舶等が認知した場合における当該侵害行為への対処について
(以下、上記三つの閣議決定をまとめて「二〇一五年五月一四日閣議決定」という。)
 これらは、法案とは別に一般案件として閣議決定とされている。しかし、二〇一四年七月一日閣議決定(「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」)の中の「武力攻撃に至らない侵害への対処」を具体化したものであり、同じ日に閣議決定された戦争法案と切れ目なくつながった関係(一体の関係)にある。
 二〇一四年七月一日閣議決定は、「切れ目なく(シームレス)」として、集団的自衛権の行使容認、自衛隊の海外派兵の拡大・自由化とともに、武力攻撃事態に至らない平時の中にあえて「グレーゾーン事態」という領域を作り出し、自衛隊の活動領域を拡大させようとしているところ、この部分を受けて、二〇一五年五月一四日閣議決定は、自衛隊の治安出動や海上警備行動等の発令に必要な閣議決定手続を簡略化するなどして、早期・迅速な自衛隊の投入を可能としようとしているのである。また、「グレーゾーン事態」の発生前からの自衛隊等による情報収集・警戒監視・偵察活動の態勢強化、連携強化も謳われている。
 その背景には、自衛隊の役割や活動領域の拡大によって、海上における日米共同の軍事プレゼンスを高め、主に中国の海洋進出に対抗しようとする狙いがあると考えられる。二〇一五年四月二八日に改訂された日米新ガイドラインにおいて、日米同盟の抑止力及び能力を強化するための「平時からの協力措置」として、自衛隊と米軍による「情報収集、警戒監視及び偵察」や「海洋安全保障」などが盛り込まれており、これを受けた日本側の対応の具体化が二〇一五年五月一四日閣議決定と位置付けられるのである。
 しかし、この閣議決定は、重大な問題や危険性を孕んでいる。
二 事態の深刻化・悪化を招く危険性
 平時において、国内における人命若しくは財産の保護又は治安の維持を行うのは、警察もしくは海上保安庁(海上における警察機関)である。そして、「グレーゾーン事態」も、武力攻撃事態に至らない平時であり、警察権の行使や外交交渉によって対応すべき事態である。自衛隊法上も、警察や海上保安庁によって対応することができないごく例外的な場面に限って、自衛隊に警察任務を行わせるものとされている(治安出動〔自衛隊法七八条、同八一条〕、海上警備行動〔同八二条〕など)。
 このように自衛隊の活動が抑制的・例外的なものとされているのは、強力な武器を装備する自衛隊が出動することは、武力による威嚇や武力行使となるおそれがあり、また、武器使用等の判断を誤れば重大な国際問題や軍事紛争にも発展しかねない危険を孕むからである。
 それにもかかわらず、「グレーゾーン事態」を作り出して、そこに自衛隊を積極的に投入するということは、警察や海上保安庁による対処や外交交渉といった本来なすべき解決策を放棄して、上述した危険を増大させることになりかねない。とりわけ二〇一五年五月一四日閣議決定は、領土や領海といった極めてセンシティブな国際問題が関わる場面、すなわち、慎重な警察権の行使や外交努力による解決が最も要求される場面において、自衛隊を投入して解決を図ろうとするものであり、事態を悪化させる危険がとくに大きい。
 例えば、二〇一五年五月一四日閣議決定は、日本の領海で国際法上の無害通航に該当しない航行を行う外国軍艦が存在する場合、海上警備行動を発令し、自衛隊の部隊により退去措置を行うことを基本としているが、その対象は外国軍艦であり、自衛隊の部隊を対峙させることは国家間の武力衝突を誘発する危険性が高い。また、国連海洋法条約一九条の無害通航に該当しない航行といっても、その態様は様々であるにもかかわらず、自衛隊の部隊投入を基本とするというのは、海上警備行動の発令要件である「特別の必要がある場合」(自衛隊法八二条)を形骸化させ、警察や海上保安庁による対処や外交交渉による解決を放棄するに等しい。
 また、離島等に対する武装集団の不法上陸事案についても、自衛隊の出動により解決を図ろうとすれば、それは武器使用による迎撃や掃討、奪還といった活動を行うことにつながり、多数の犠牲が生じるおそれがある。そこに領土問題などが絡めば、他国が介入する事態をも招き、武力行使や戦争に至る危険性もある。
三 自衛隊の早期投入のために内閣による熟慮を放棄
 二〇一五年五月一四日閣議決定には、自衛隊の早期投入という結論ありきで、閣議決定手続を形骸化するという問題もある。
 自衛隊の治安出動や海上警備行動等の発令のために閣議決定が必要となるところ、二〇一五年五月一四日閣議決定は、「特に緊急な判断を必要とし、かつ、国務大臣全員が参集しての速やかな臨時閣議の開催が困難であるとき」は、電話等によって各国務大臣の了解を得て閣議決定を行うことができるとする。また、連絡を取ることができなかった国務大臣に対しては、事後速やかに連絡を行えばよいとする。国家安全保障会議における審議等を行う場合も、電話等により行うことができるとする。
 電話等によって各国務大臣の了解を得ることができるとすることは、内閣の合議であるはずの閣議を形骸化させることになる。また、連絡を取ることができなかった国務大臣に対しては事後速やかに連絡を行えばよいとすることは、全員一致の例外を設けるものであり、行政権の行使にかかる内閣の連帯責任原則(憲法六六条三項)に抵触する。なにより、二〇一五年五月一四日閣議決定が想定する事態は、武力衝突の発生等を避けるために極めて慎重な判断が求められる事態であるにもかかわらず、合議による熟慮を放棄することは、内閣としての職責を放棄するに等しいといわざるをえない。
四 自衛隊の早期展開のために現場自衛官へのチェック機能も犠牲に
 こうした自衛隊の早期投入は、二〇一五年五月一四日閣議決定と相まって、防衛省設置法「改正」という側面からも進められつつある。二〇一五年五月一五日の衆議院本会議で自民、公明などの賛成多数で可決された防衛省設置法「改正」案は、防衛官僚(文官)が主体の内部部局にある運用企画局を廃止して自衛隊の部隊運用を統合幕僚監部に一元化しようとしている。また、防衛大臣が統合幕僚長等に行う指示や承認、統合幕僚監部等の監督を内部部局が補佐するという規定も削除しようとする。
 これは自衛隊のシビリアンコントロールの根拠とされてきた文官統制を廃止して、自衛隊の部隊運用等の迅速化を図るものである。二〇一五年五月一四日で治安出動や海上警備行動の発令が迅速化され、さらに防衛省設置法「改正」で発令後の部隊展開等も迅速化されることになるが、そのために犠牲とされるのは内閣による熟慮や現場自衛官へのチェック機能であり、歯止めなき自衛隊の出動、そして武力衝突や犠牲者の発生につながりかねない。
五 おわりに
 以上のとおり、二〇一五年五月一四日閣議決定や防衛省設置法「改正」案は、「国民を守る」ことにはならず、むしろ私たちの安全を損なうものであり、二〇一四年七月一日閣議決定や戦争法案とともに撤回・廃止とされるべきである。


日米同盟の再々定義と新ガイドライン(上)

東京支部  松 島   暁

一 アメリカの転換と安倍訪米
 上下両院議会での四五分にわたる英語のスピーチ、それに対するスタンディングオーベーションなど、先の安倍訪米は、官邸筋はじめ「大成功」と評価されている。
 確かに、前回、二〇一三年の訪米と比較すれば、アメリカの歓待ぶりは明らかだ。前回は、議会での演説はもちろん共同記者会見すらなく、出された共同声明もペラ一枚という素っ気ないもので、オバマ政権の対応は「非礼」といわれても仕方のないものであった。ところが今回は、直前にミッシェル・オバマが来日、日の丸カラーのドレスで日本を行脚、共同記者会見でオバマは片言の日本語で「オタガイノタメ」と語る等、そのサービスぶりは目を見張るものであった。
 この豹変ともいうべき対応の変化は何によってもたらされたものか。
 第一の要因は、AIIB不参加の見返りであろう。日本はアメリカとともに中国提唱のAIIBに参加しないことを表明した。アメリカの盟友イギリスを含むEU諸国が多数参加しているにもかかわらず、アメリカとともに孤塁を守ったのである。
 第二の背景的要因は、ウクライナ・中東情勢に由来する、アメリカのリバランス政策の修正だと考える。アフガニスタン撤退を終えアジアにシフトするアメリカのリバランス政策が、ロシアのクリミア併合やISの活動など、力の配分をアジア一辺倒とはできない事情が生れている。
 第三が、南シナ海を中心とする中国の力による現状変更の動き、覇権的行動とそれに伴う米国の対中国評価の変化である。この間の南シナ海における中国の海洋支配の進展をアメリカは看過できないと考えるようになった。このアメリカのメッセージは、様々なチャンネルを通じて中国に送られているにもかかわらず、中国はこれに応じていない。去る五月一六日、北京を訪問したケリー米国務長官は、王毅外相と会談、南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島で中国が岩礁を埋め立てていることに強い懸念を表明したのに対し、王外相は「埋め立ての場所は中国の主権の範囲内だ」とこれをはねつけたのである。
二 日米同盟の再々定義と新ガイドライン
 今回の安倍訪米及び2+2(新ガイドライン)によって一九九七年旧ガイドラインは新ガイドラインにその座を譲るとともに、日米同盟は新たなステージに進んだ(再々定義)。
 初めてガイドラインは、一九七八年の「日米防衛協力のための指針」(旧々ガイドライン)で、そこでは、(1)侵略を未然に防止するための態勢、(2)日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等、(3)日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える日米間の協力、という簡明なものであった。量的にも新ガイドラインの一〇分の一程度の取決めで、内容も日本有事が中心で、「極東における事態」(「極東」とは、在日米軍が日本の施設及び区域を使用して武力攻撃に対する防衛に寄与しうる区域で、この区域は、大体、フィリピン以北並びに日本及び周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下にある地域を含むというのが政府答弁である。)については、単に「日米両政府は、情勢の変化に応じ随時協議する」とあっただけである。
 この旧々ガイドラインの改訂版が一九九七年ガイドライン(旧ガイドライン)であった。
 北朝鮮のNPT(核不拡散条約)からの脱退表明、IAEA査察官の引きあげにともない、米クリント政権は、国家安全保障会議(NSC)を招集、陸軍部隊と海兵隊や大規模な空軍戦力も投入を検討するなど、朝鮮半島は開戦寸前にまで至った。カーター元大統領と金日成主席の合意で直前に回避されたのであるが、この朝鮮半島危機に際し、アメリカ軍からは一〇〇〇項目に及ぶ支援協力要請が打診されたが、そのほとんどが当時の法律ではできないことが判明した。まさに日米同盟は「漂流」状態にあると認識された。その日米同盟を新たに再定義したのが、一九九六年四月の橋本・クリントンの「日米安保共同宣言−二一世紀に向けての同盟」と一九九七年ガイドライン(旧ガイドライン)だった。
 朝鮮有事ないし台湾有事を想定した、旧ガイドラインは、(1)平素から行う協力、(2)日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等、(3)日本周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合(周辺事態)の協力の三つから構成され、日米同盟は、日本の安全の確保にとアジア太平洋地域における平和と安定を維持するためと位置付けられた。その意味において、それまでの「極東」の平和と安定のための基地提供という安保条約の範囲を逸脱し、日米関係の変質を生ずるものであった(日米安保ないし日米同盟の再定義)。
三 新ガイドライン−「リージョナル」から「グローバル」へ
 今回の安倍訪米と2+2では以下の公式文書が取り交わされた。(1)四月二八日の「日米共同ビジョン声明」、(2)四月二七日発表の「日米安全保障協議委員会共同発表-変化する安全保障環境のためのより力強い同盟 新たな日米防衛協力のための指針」、(3)「日米防衛協力のための指針」、これらには、日米同盟を再々定義し、日米同盟の役割を地域(リージョナル)から世界(グローバル)なものへと拡大する、日本の未来にとって極めて危険な内容が含まれている。
 共同声明は、戦後の日米同盟が成功裡に発展してきたと絶賛する。「日米両国は、共に、冷戦に打ち勝つとともに、その余波に対応するのに寄与し、二〇〇一年九月一一日の同時多発テロ以降のテロとの闘いにおいて協働し、世界金融危機後の国際金融構造の強化のために協力し、二〇一一年三月一一日の悲劇的な東日本大震災及び津波のような自然災害に対処し、北朝鮮の核及びミサイルの脅威並びに人権侵害及び拉致に立ち向かい、イランの核計画についての懸念に対処するために協働し、国境を越える複雑な課題に対処するために協力して」きたと、その成果を誇ったそのうえで、新指針によって強化された日米同盟が、「アジア太平洋地域の平和及び安全の礎として、また、より平和で安定した国際安全保障環境を推進するための基盤としての役割を果たし続ける」ことを確認している(共同発表)。
 一九九七年の旧ガイドラインが、日米同盟を「日本の安全確保にとって必要不可欠なものであり、アジア太平洋地域における平和と安定を維持する」としていたもので、地理的制約からこれを解き放ち、日米同盟の役割をアジア太平洋地域から世界に拡張したという意味において、日米同盟の再々定義を意味する。
 この再々定義にともない、日米両国の役割及び任務も更新されることになった。
 共同声明は、「新たな指針は、同盟内の各々の役割及び任務を更新するとともに、日本が地域の及びグローバルな安全への貢献を拡大することを可能にする」としている。旧ガイドラインが平時と日本及び周辺地域における有事に際しての役割と任務を取りきめたものであったのに対し、新ガイドラインはグローバルな領域での役割分担への改定・更新だとしている。
 日米の防衛(軍事)協力対象の範囲を、「日本の平和と安全(IV)」、「地域とグローバルの平和と安全(V)」、「宇宙とサイバー空間(VI)」と、それまでの周辺地域から全世界と宇宙・サイバー空間にまで拡大し、かつ、「日本の平和と安全」の中に、「A 平時からの協力措置」、「B 日本の平和及び安全に対して発生する脅威への対処」、「C 日本に対する武力攻撃への対処行動」に加えて、「D 日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」を組込み、他国への武力攻撃を日本の平和と安全にかかわる項目としている。


「丸腰の憲法九条で、本当に大丈夫?」

京都支部  岩 佐 英 夫

一 “武力で紛争は解決できない”は世界の常識になりつつある。
 アフガニスタン戦争(二〇〇一年一〇月〜)、イラク戦争(二〇〇三年三月〜)開始から一〇数年も経過し、膨大な現地住民の死傷者、及び米英軍のみならずISAF等の部隊の兵士にも多くの犠牲者を出しPTSDも膨大な数にのぼっているのに、未だに治安は回復せず、むしろ悪化すらしており連日テロが発生し、遂には“イスラム国”の誕生・拡大となってしまっている結果をみれば明らかである。
 “イスラム国”は、米英のフセイン政権打倒後の占領政策が宗派対立や民族対立を利用した分断による支配政策によるという面と同時に、根本的には戦争による荒廃と格差貧困の拡大に対する民衆の不満の増大に土壌があること、紛争解決の根本的解決のためには格差貧困の解消こそ必要であることは、多くの識者が指摘するところである。
二 憲法九条の精神に基づく真の平和的国際貢献こそ紛争解決の鍵
(1)どの世論調査でも、憲法九条については改憲反対が多数である。
 しかしながら、他方で、“戦争はイヤ、憲法九条も賛成”、“でも、丸腰の憲法九条で、本当に大丈夫?”という不安を覚える人も少なくないのも事実である。
(2)戦争立法を根本的に批判・克服するためには、“憲法九条の精神に基づく真の平和的国際貢献こそ紛争解決の道”という点を具体的事実に基づいて確信をもって語り広めることが極めて重要である。
 単に、抽象的に「憲法九条に基づく平和外交」と繰り返すだけでは展望は出て来ない。この点で、二〇一五年四月二五日に京都弁護士会が主催した講演会で、元自衛官の泥憲和さんが話された内容は、きわめて具体的であり、私も深い感銘を受けたので、その内容を以下に紹介したい。ちなみに憲和は「憲法・平和」でなく、「憲兵・昭和」の意味だそうである。
(3)泥憲和さんは、もと自衛隊ミサイル部隊に所属した経験を持つ方であり、そうした経験を有する人が、“軍事的対応でなく、憲法九条こそ真の紛争解決の道”と確信をもって語られた内容は、深い説得力をもっていた。具体的内容の概要は以下のとおりである。
(4)フィリピンのミンダナオ島では、独立を求めるイスラム系モロ族の「モロ解放戦線」が独立を求めて政府軍との間で二〇〇〇年代前半から約一〇年にわたる武装闘争・内戦が続いてきた。たびたび停戦協定が結ばれては破れていたが、二〇〇四年に何度目かの停戦協定が結ばれてアジアの国の軍隊を中心に停戦監視団が組織された。しかし、日本政府は自衛隊を送らず、フィリピン政府の要請で文民であるJICAを送った。自衛隊ではなく、JICAを派遣したのは、当時、周辺事態法・船舶検査法等に対する国民の強い反対があったという背景がある。
(5)何故ゲリラは闘うのかを考え、根底に貧困の問題があると考え、日本政府はミンダナオ島に経済協力を行うことにした。
 JICAの人々はゲリラ地域の村々に丸腰で入った。軍服で入ったら、たちまちゲリラに狙われる。丸腰の文民だからこそ入っていけた。
 彼らは、村人の望みを聞いた。現地住民がまず要望したことは、内戦で政府軍に学校を破壊されてしまい「学校がない」、「金を稼ごうにも仕事がない」であった。
(6)JICA日本国内によびかけ、日本各地の若者が寄付金を集め、それで学校を再建した。しかし、運営は地元住民に委ねた。校区にはイスラム教徒のみでなくキリスト教徒もいる。運営を任された保護者達は宗教に関わりなく子供のことを考え、親の気持ちに変わりはないことに気付き、次第にわだかまりは消えていった。
 仕事を創る問題については日本政府の資金援助で職業訓練校をつくり、電気がなくても動く足踏みミシンを援助した。
 内戦で荒れはてた田畑を復興し食料を確保するために、日本から農業指導員を招き農業技術を教え、お金がなくて化学肥料を購入できない農民にミミズの活用法も教えた。こうして食糧生産が回復し、売れるほどになった。農村が豊かになると帰農するゲリラも現れたという。豊かな水産資源活用のための漁業指導も実施した。
(7)こうした努力を一〇年間近く続ける中で地域の空気が大きく変わっていき、ある日、子供たちが、イスラム教徒もキリスト教徒も一緒に平和デモを実施した。こうした変化に、ゲリラも日本人を攻撃するなど到底できないという空気になり、日本の平和戦略に巻き込まれていった。
(8)この成果を踏まえて、日本の外務省が仲介に直接乗り出し、ゲリラと政府の秘密交渉の場を提供した。いくつかの困難もあったが、日本政府の説得でフィリピン政府から譲歩(「自治政府の承認」、「バンサモロ自治政府」という名称)を引き出した。こうして二〇一四年三月、単なる停戦協定ではなく「包括的和平協定」締結に遂に成功した。
 東京に来たゲリラの幹部は「日本に来て広島にも長崎にも行った。そして日本の人々が心から平和を愛していることを知ったんだ。私の国もいつか、日本のように平和で豊かな国にしたい」との願いを込めて誕生した自分の娘に“ヘイセイ(平成)”と名付けたという。
 泥さんは、この素晴らしい成果は、まさに憲法九条の力であると断言された。
(9)以上の記述は、泥さんの講演のメモ及び泥さんの著書「安倍首相から『日本』を取り戻せ!」(かもがわ出版 二〇一四年一一月二〇日 一八〇〇円 税別)の内容を参考にしている。
(10) 日本の外務省は、こうした素晴らしい成果をあげているのに、不思議なことに、国民にも対外的にも殆ど宣伝していない。「いじましい、みっともない憲法」などと述べている安倍首相のもとでは、外務官僚も「憲法のおかげで、こんなすばらしいことができました」とは言えないだろうと泥さんは指摘している。
 国連の軍縮担当の仕事をされた自民党の猪口議員も、憲法九条を持つ日本の発言には、多くの国が耳を傾けてくれると、かって語っておられたことも改めて想起している。
(11)それでも、やっぱり中国の動きが心配という人も多い。私は、尖閣諸島問題については、ドイツの取組みに真摯に学ぶことが極めて大切だと思う。ドイツとフランスは中世以来、そして近世・現代にかけても普仏戦争・第一次及び第二次世界大戦と、数百年にわたり敵対関係にあり、石炭・鉄鋼資源地帯をめぐる領土紛争も続いた。第二次大戦後、ドイツが近隣諸国と平和な関係を築くためには、歴史認識に真摯に向き合い、戦犯の追及・賠償責任も含め、徹底した反省を態度・実行で示す以外に道はなかった。領土問題については発想を大転換し、ベネルックス三国の協力も得て「石炭・鉄鋼共同体」として共存共栄をはかる道を探った。これがECの出発点であり、EUに発展したのである。尖閣について、「共同開発」の合意に到達するところまで行ったこともある。再度、私たちは、原点にかえって北東アジアの平和を探求する必要があるのではないだろうか。


尖閣諸島問題にどう向き合うか

埼玉支部  山 崎   徹

一 はじめに
 安倍政権は、安全保障環境の変化を理由として、日本の安全保障法制の全面的な改変を目指している。そこで言われる安全保障環境の主要な変化は、米国の地位の低下と中国の台頭であり、軍事力を増強させた中国の海洋進出である。中国公船により繰り返される尖閣諸島周辺の領海侵犯は、その具体的な現れとされる。
 しかし、中国の海洋進出に対して、軍事力や軍事同盟を強化して対峙することが果たして日本の安全保障戦略としてあるべき姿なのであろうか。
二 日中関係の経緯
 戦後の日中関係は、米国占領下におかれ西側陣営として国際社会に復帰した日本と、朝鮮戦争を経て米国と対立することになった中国という構図で始まった。日本は、一九五二年に同じく西側陣営となった台湾の中華民国と国交を結んだため、中国との国交正常化は、米中和解が動き出した一九七二年まで待たなければならなかった。
 日中国交正常化後、日本は対中ODAを開始して中国の安定的な発展を期待するとともに、日中の経済交流も拡大していった。一九七八年には、日中平和友好条約が調印された。
 一九八〇年代は、中国の最高実力者・ケ小平の下で、経済の改革と開放が進められた。中国の資源と市場拡大を求める日本と、経済協力を求める中国との利害が一致し、政府間でも良好な日中関係が生まれた。一九九二年には、ケ小平が「南巡講話」のなかで改革開放を宣言し、日本を含め海外企業が直接投資を増加させ、中国が経済成長の時代に突入した。これ以後、日中の経済関係は相互依存化が急速に進むことになる。日本の貿易総量は、二〇一一年には、米国が一一・九%であるのに対し、中国は二〇・六%となっている。
 政府間では、一九九〇年代以降、歴史認識問題や台湾問題などで摩擦が発生するようになったが、一九九八年には江沢民国家主席が来日し、「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」が発表された。さらに、二〇〇八年には、胡錦濤国家主席が来日し、「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」が発表された。
 しかし、その後、中国国内では中国が日本に譲歩しすぎではないかとの批判が高まり、他方、日本国内では中国の軍事的台頭への脅威が煽られ、歴史認識問題、尖閣諸島問題などを契機に日中関係の政府関係は一気に冷え込んでいった。
三 中国の戦略変化
 中国は、この二〇年余り、経済力の増大とともに、軍事力を著しく増強させた。経済力では、二〇一〇年には、GDPが五兆九〇〇〇億ドルを超え世界第二位の経済大国に躍り出た。二〇一五年の軍事費は、一六兆九〇〇〇億円で、前年比一〇・一%増、五年連続して二桁の伸び率となっている。
 また、胡錦濤政権の終期である二〇〇九年以降、中国指導部は「核心的利益」に関する主張を強め始めた。習近平国家主席は、「われわれは平和発展の道を堅持するが、決して国家の核心的利益を犠牲にすることもできない。」と強調している。
 中国は、東シナ海で日本との尖閣諸島めぐる領有権紛争、南シナ海でベトナム、フィリピンとの島嶼をめぐる領有権紛争を抱えている。中国はこれらの地域を「核心的利益」として扱い、尖閣諸島に関しては、二〇一二年に日本政府が国有化したことを契機に、中国公船の領海侵入が相次ぐようになった。
 習近平政権の長期戦略は、米国や日本との本格的な衝突は避けつつ周辺地域での経済的、軍事的な存在感を高め、徐々に米国のアジアにおける影響力を排除することにあるとみられている。
四 尖閣諸島問題の経緯
 一九世紀後半から、日本政府は、西洋諸国と交渉を重ねながら日本の国境を画定させてきた。尖閣諸島については、一八八五年から沖縄県当局を通じて現地調査を行い、これが無人島であるというだけでなく清国の支配が及んでいる痕跡がないことを確認した上で、一九九五年に日本が閣議決定により尖閣諸島を沖縄県に編入した。
 しかし、この編入は、まさに日清戦争の最中の出来事であった。日清戦争は日本の勝利に終わり、下関条約によって台湾、澎湖諸島は日本に割譲されて日本の植民地となった。
 戦後、サンフランシスコ講和条約によって沖縄の施政権を米国が掌握し、以後、一九七二年まで米国が琉球政府を置いて沖縄を統治した。この統治範囲に尖閣諸島も含まれていた。
 一九七二年の沖縄返還に際して、沖縄の施政権が米国から日本に返還されたが、そこにも尖閣諸島が含まれていた。しかし、一九七一年には台湾と中国が尖閣諸島の領有権を主張していた。中国は、「尖閣諸島は、台湾に付属する島嶼として、中国固有の領土である。日本は、日清戦争に乗じて不当に中国からこれを奪った。」と主張した。米国は、行政権を返還するのであって、領有権は当事国で解決するべきだとの立場を取った。
 一九七二年の日中国交正常化に際しては、田中首相と周恩来首相は尖閣諸島問題を棚上げする事実上の合意をし、一九七八年の日中平和友好条約締結の際にも、園田外務大臣とケ小平副首相との間で問題を棚上げする暗黙の了解があった。
 一九九二年、中国は領海法を制定して、南シナ海の西砂諸島、南砂諸島とともに、東シナ海の尖閣諸島を自国の領土と明記したが、日本政府は、公式に抗議をしたにとどまった。
 しかし、二〇一〇年以降、尖閣諸島をめぐる両国の対立が厳しさを増すことになる。
 二〇一〇年には、尖閣諸島周辺の領海で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、船長を日本が逮捕するという事件が起こり、二〇一二年には、日本政府が魚釣島など三島のを国有化に踏み切った。以後、中国は自国の領土としての尖閣諸島の監視活動を強化し、公船の領海侵入が相次ぐようになる。
 二〇一三年一月には、東シナ海で中国海軍艦船が海自護衛艦に火器管制レーダーを照射する事件が起こり、同年一一月には、 中国が尖閣諸島を含む東シナ海に防空識別圏を設定したと公表した。二〇一四年五月には、中国軍戦闘機が東シナ海中部で自衛隊機に異常接近する事件が起こった。
五 尖閣諸島問題へのあるべき対応
 尖閣諸島問題について、安倍政権は、自国の自衛力を高めるとともに、日米同盟の抑止力を強化することによって対応しようとしている。尖閣諸島が中国の武装漁民に占拠された場合には、中国からの武力攻撃がなくても、その奪還のために「治安出動」ないし「海上警備行動」として自衛隊を投入することを想定している。
 しかし、そのようなことになれば、中国も自国民保護を理由に軍隊を出動させることになり、米国を巻き込んだ軍事衝突を招きかねない。日本は、戦後七〇年を経て、再び領土と国益のために多数の人命を犠牲にする瞬間を迎えることになる。
 領土問題に関して、重要なことは、当事国が、軍事的緊張を高める行動を自制し、問題の平和的、外交的解決を図る立場に徹することである。そのために、国際法に則り、「協議と対話」を通じて領土問題を解決する話し合いの枠組みを作る必要がある。
 日本と同じく中国との領有権問題を抱えているASEAN諸国は、南シナ海海域での行動に法的拘束力を設ける「行動規範」の策定によって、領土問題を平和的・外交的に解決しようとしている。
 二〇一四年一一月には、二〇一二年五月以来、約二年半ぶりに日中首脳会談が実現している。安倍首相と習近平国家主席は、この会談で、両国が一致できる点について利益を共有する「戦略的互恵関係」に基づき、両国間の関係改善に向けて踏み出していく方針を確認した。両国が、二〇〇八年に確認された「戦略的互恵関係」の立場を改めて確認し合ったことは重要である。
 その際の「合意文書」では、尖閣諸島問題に関し、「双方は、尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた。」と明記された。
 二〇一五年に入り、両政府間では、海上での偶発的衝突を避けるための連絡体制「海上連絡メカニズム」の運用に向けた協議が始まった。同年四月二二日には、再度、日中首脳会談が行われ、「戦略的互恵関係の推進」や「日中間の対話と交流の促進」で一致した。
 変化する国際情勢のなかで憲法九条を持つ日本に求められているのは、尖閣諸島問題を平和的に解決する外交戦略を探究することであり、これとは真逆の道である安倍政権による憲法九条の破壊、軍事大国化を許してはならない。


戦争法制阻止の取組みでの「法制の必要性」批判の重要性

東京支部  須 藤 正 樹

 戦争法制反対のビラまきや演説等をしている時、相当数の国民、特に若い人の無反応ぶりにビックリさせられることがある。その理由として、喧伝される「わが国を取り巻く安全環境の変化」、特に中国の軍事大国化、その目に見える形の膨張戦略が影を落としているように見える。この点、団の意見書では、「『中国の台頭』などはそれ自体としては事実だが、人口も国土も資源も大きな国が、大きな経済力や政治力をもつのは自然なことであり、問題はその事実とどう向き合うか、軍事プレゼンスを拡大して軍事的に対峙するのがあるべき方向か?である」と批判する意見を紹介している。
 このような冷静な視点は事の本質をつくものではある。しかし私たちは、今、多数を獲得するための運動の最中にいる。嫌中で感情的になっている人や日々の忙しい勤務で考える余裕がない人の中にも、「戦争法制は自分や国民の利益にはならない。反対だ」という認識をぜひとも広げなければならない。今後、東・南シナ海での中国の海洋権益拡大は急ピッチで進み、尖閣列島周辺などの領海侵犯、領空侵犯、南沙・西沙諸島での岩礁埋立て、軍用飛行場建設など、中国の「主権維持行為」は継続するだろう。これがエスカレートした場合、島嶼上陸事態、潜水艦の領海徘徊、空母出動なども、あり得ないことではない。
 その対処としては、外交戦略の駆使、東南アジア諸国連合のような地域の平和協力の枠組みの北東アジアへの拡大等は、重要かつ効果的であろう。同時に軍事的防衛という観点でも、このような東・南シナ海での事態に対しては、本来は個別自衛権の範囲で位置付けられ、従来からの自民党政府の「専守防衛」施策で対応できる事柄のはずで、自衛隊を含む警察権に基づく海上警備活動等の強化で対処しなければならない問題で、現に今もしている。これは新々日米ガイドラインも、個別自衛の点では、主体的に自衛隊が防衛し米軍が支援するという旧来の内容とまったく変わらないことでも裏付けられる。もっとも実際に安倍内閣が予定しているグレーゾーン事態での治安出動・海上警備行動の手続迅速化をはじめとする武力攻撃予測事態の対処策は、「武力には武力を」という軍事対応一辺倒で、将来展望がなく、かつ一発触発の事態を招きかねない危険な施策である。
 重要なのは、警察活動や個別自衛権で処理できるグレーゾーン事態等への対処の部分を除けば、戦争法制は、わが国周辺の「安全環境の変化」を口実に、日本をアメリカに深く従属した形で軍事大国化させるものであることである。安倍首相の言う日米同盟の「血の同盟」化は、テロや非対称戦争には無意義で、大量核兵器保有国には効果がない「抑止力」強化を旗印に、我が国が武力攻撃を受けたり、その危険が発生したりする場合以外で、米軍等と共同で軍事行動することを主な対象とする法制に結実している。第一に集団的自衛権の行使という形で海外で戦争すること、第二に恒久派兵法をつくり多国籍軍等のために戦地での兵たん活動をすること、第三に世界中の軍事紛争地域で武力行使を伴う治安維持活動に自衛隊を従事させること、これが内容である。喜ぶのは、戦争に行かない右翼政治家と軍産複合体の支配者達、苦しむのは、紛争地域の民衆と自衛隊員、軍事体制に動員され戦費のツケを負担させられテロにおびえる国民、と言う構図になる。法制の危険性、違憲だけでなく、その必要性の欺瞞を暴露しなければならない。

二〇一五・六・三


全国各地から、すべての実践を最大多数の為政者・メディアに届けよう

長野県支部  毛 利 正 道

 二〇一三年以来、現在までの四次に亘る秘密法・戦争法県民投票の提起を逐一記者レクを開いて行い、「声なき声を為政者に届けたい」と各紙で毎回大きく報道され、それを見た県民が多くの意見投票を次々に寄せてくれた。昨年五月には、それまでの「秘密法県民投票」に寄せられた三〇〇名の意見をまとめて、「安倍首相への手紙」と題して出版し、同時に、五名で議員会館を周り七一七名全国会議員に手渡しで届けた。続いて、冊子「安倍首相への進言」をご当人や県関係議員に送付した。これら経験から、あらゆる我々の動きをできるだけ多くのメディア・為政者に届けることの重要性を皮膚感覚でも得た。本を届けながら自民村上誠一郎氏と直接少しでも話したことが、戦争法案を決めた総務会での彼の勇断に繋がったかもしれない、というように。
二 我々の実践を逐一メディアに
(1)できるだけ広範な母体「海外での戦争に道を開く閣議決定白紙撤回=諏訪湖・八ヶ岳地域ぐるみの会」につき、昨年七月の結成呼びかけ・八月結成大会報道記事・一二月大集会事前記事・同報道記事・本年三月地元二紙意見広告募集・五月意見広告の全国会議員への送付・五月法案学習会事前記事・同報道記事・地元六地方議会への陳情書提出など、逐一三ないし六紙に掲載されている。その都度、写真に写るパネルを用意して臨む。諏訪地域でのこれ以外の多数の動きも次々に大きく報道されている。多くの場合、同じ企画について、事前のレクチャーによる事前紹介記事と当日の報道記事の二回とも記事になり、場合によっては、その途中の小さな準備活動も報道される。
(2)県民投票の動きも、秘密法国会以来、少なくとも一〇回以上報道されるなかで、この六月一日の毎日新聞長野県版大型コラム「人ふでがき」に、「声なき声を為政者に」とのタイトルで私が登場することに繋がり、それが、次の県民投票を励ましている。
(3)これらは、地元メディアに対するものだけであるが、今後は、在京のテレビキー局・全国紙本社にも、できるだけ、上記の如き地方の動きを、これを報道している記事とともに届けて行きたい。
三 そして、最大多数国会議員・特別委員会全委員・全内閣閣僚に届けよう
(1)全国各地での戦いの姿をできるだけリアルに為政者に届けよう。そうしないと懸命の努力も伝わらないかも知れない。地元二紙に憲法記念日に掲載した意見広告を、A3両面に印刷して七一七名全国会議員に郵送料六万円未満にて郵送した。このように全国各地の動きを国会議員などに全国各地から波状的に届けていくことが大事である。意見広告は、なにも全紙面でなければならないわけでなく、氏名を掲載しなければならないわけでもない。一万円くらいの小さな広告を連日打つこともできる。それらの動きを、最大多数の為政者に届けよう。
(2)この観点は、地方で次々にメディアに登場する我々の動きを、そのメディア記事とともに為政者に届けることにも広がる。独自に工夫した六地方議会への陳情書を、その陳情をしたとの新聞記事とともに為政者に届けるというように。
(3)全国各地から波状的に届く郵便物は、開封もされずに捨てられる確率が小さいのではないか。推進勢力にブレーキをかけるだけでなく、抵抗勢力を大いに励ますであろう。
(4)最後に。まだ間に合うところは、ぜひ、地方議会に陳情・請願を出して欲しい。五月一五・一六日に改憲阻止MLに私が送った陳情書案も参考にして欲しい。


五・三一オール埼玉総行動は熱かった!

埼玉支部  斉 藤 耕 平

 去る五月三一日、さいたま市の北浦和公園で、「集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回を求めるオール埼玉総行動」が開催されました。それなりに新聞等で報道もされたので、ご存じの方も多いかもしれません。
 この集会は、「オール沖縄の運動を埼玉でも」を合い言葉に、一〇一人の呼びかけ人と、県内四一団体、二五個人で昨年秋に発足した実行委員会が企画したもので、自由法曹団埼玉支部も幹事団体として参加し、支部事務局長である私も副実行委員長として名前を連ねさせていただきました(団員からは、竪十萌子弁護士も副実行委員長として参加しています)。
 プレ企画の位置づけで今年二月に開催した屋内集会が会場のキャパシティを超える一五〇〇名の参加者を集めたので、必ず成功できるという意気込みで臨んだ集会でしたが、前日まで雨の予報が続き、本当に人が集まるのか、最後まで不安でした。ふたを開けてみるとまさかの晴天となり、最終的には一万人を超える参加者が北浦和公園に集結しました。弁護士会関係の参加者も二五〇人近くとなり、埼玉でこれまで弁護士が取り組んできた集会では最大規模であったと思います。ふだんこのような集会でお目にかかることのない方々が参加されていたりして、とても新鮮でしたし、弁護士の意気込みを感じました。
 小出重義実行委員長(元埼玉弁護士会会長)、石河秀夫埼玉弁護士会会長のあいさつの後、日弁連憲対本部長代行の山岸良太弁護士からも、連帯のあいさつをいただきました。日弁連主催でない集会で日弁連の立場から発言があるのは、例がないことだと思います。当日リレートークを予定していた鳥越俊太郎さんが、急遽体調を崩し不参加となってしまったことが残念でしたが、もと自衛隊員の泥憲和さんの「立場や思想を乗り越え、目の前の聞きに立ち向かおう」という呼びかけや、登壇した女子高生の「みんな殺したくないし、殺されたくない」という悲痛な訴えが印象的でした。
 アピール文採択、竪団員の閉会あいさつ(私は準備のため直接聞けなかったのですが、とてもよかったと評判でした)ののち、三方面に分かれてのパレードが始まりました。みな思い思いの出で立ちで、横断幕やプラカードを掲げながら、「九条こわすな」、「戦争させない」と訴えを続けました。約一万人がさいたま市街をほんとうに練り歩きましたので、相当のインパクトがあったと思います。約一時間のパレードで、相当日焼けしましたが、これまで経験したパレードと比べて、受け入れる反応が多かったように見受けました。
 集会は成功裏に終わりましたが、運動がこれでおしまいというわけではなく(当たり前ですね)、実行委員会は今後も継続して活動していくことが決まっています。是非ともご支援をよろしくお願いいたします。
 最後に、この集会の実行委員会の中心として尽力しておられた埼玉中央法律事務所の山本政道団員が、一万人の参加者を見ることなく、今年二月にお亡くなりになりました。この集会の成功を、何よりの追悼とすることができたと思っています。


東京・足立区での「戦争はいやだ」の一点共闘の取り組み
―『戦争はいやだ!足立憲法学習会』

東京支部  黒 岩 哲 彦

足立区政史上はじめての取り組み
 足立区では「戦争はいやだ」の一点で『戦争はいやだ!足立憲法学習会』を立ち上げ、医師、住職、弁護士、作家、元大学教授、元教師、団地自治会会長、会社経営者、社会運動家などの個人、東京土建足立支部、医療法人健和会グループ、足立革新懇、九条の会足立連絡会、平和憲法を守る足立の会、足立区労連、足立区職労、希望のまち東京イン東部、北千住法律事務所などの諸団体、日本共産党区議団、民主党議員(個人)、区議会に議席がない新社会党、社会民主党、緑の党など思想・信条や党派の違いをこえた人々が参加しています。
キーパーソンの弁護士中山武敏さん
 中山さんは足立区在住で狭山事件主任弁護人です。私が中山さんと共同をしたのは空襲被害者の救済の取り組みからです。被害者の皆さんは二〇〇六年に訴訟提起を決意しましたが受任する弁護士が見つからず、作家の早乙女勝元さんが見るに見かねて隣人の中山さんに弁護を依頼し、中山さんが私に声をかけました。中山さんが弁護団長、私が事務局長として二〇〇七年三月九日の東京地裁への第一次訴訟提起から二〇一三年五月の最高裁の不当決定までの裁判闘争を闘い、現在は被害者救済立法に向けての取り組みをしています。(闘いの詳しい経緯は東京大空襲訴訟原告団『東京大空襲訴訟原告団報告集―援護法制定をめざして―』を是非ともお読み下さい。)中山さんは二〇一二年と二〇一四年の東京都知事選挙で宇都宮健児候補の選対本部長などをつとめ、私は弁護士の会事務局長として活動しました。現在は北星学園・植村隆さん名誉毀損訴訟では中山さんが弁護団長・私が副団長として活動をしています。
東京都知事選挙の教訓と憲法問題での一点共闘の取り組みの開始
 二〇一四年二月の東京都知事選挙は足立区でも共同の取り組みが前進しましたが、伝統的な保守岩盤は分厚く、低迷して困難を抱える中小零細企業家や自営業者層が公共事業や補助金を期待し舛添候補に投票したので、宇都宮候補の得票率は多摩地域に比べて低い結果でした。
 中山さんは都知事選挙での共同の前進と投票結果を踏まえ、「戦争はいやだ」の一点共闘の憲法運動を提唱しました。
 二〇一四年七月一一日に中山さんや私など一〇人ほどの有志が呼びかけて準備会を開き、八月七日にはおよそ四〇名で『戦争いやだ!足立憲法学習会実行委員会』を発足しました。実行委員長に中山さん、事務局長に東弁公設法律事務所の弁護士法人北千住パブリック法律事務所副所長弁護士(狭山事件弁護団)が就任し、事務局次長三人に私と健和会職員、東京土建足立支部書記長が就任して事務局長を支える態勢としました。実行委員会は恒常的なものとし、ホームページを開設して、足立区民に広く参加を呼びかけました(http://adachi-kenpo.tokyo/)。
第一回学習会(二〇一四年九月二五日)と緊急学習会(二〇一五年三月二六日)
 二〇一四年九月二五日に第一回学習会を行い、足立区役所庁舎ホールに定員を超える区民が集まりました。社会民主党福島みずほ参議院議員、日本共産党吉良よしこ参議院議員、加藤晋介弁護士(新社会党副委員長)がメイン講演をし、日本共産党区議と民主党区議が発言をしました。
 二〇一五年三月二六日には元法政大学教授の五十嵐仁さんを講師に緊急講演会『対決 安倍政権―暴走阻止のため』を行い、一〇〇名以上が参加をしました。
第二回学習会(二〇一五年六月六日)
 二〇一五年六月六日の第二回学習会は『ストップ!戦争への道〜憲法を変えて戦争する国にしますか?』を行い、六五〇人が参加をしました。第一部は伊藤 真さん(日弁連憲法問題対策本部副本部長)が立憲主義・自民党改憲草案批判、戦争法制批判を情熱的に語り、第二部では、辺野古の闘いに参加した福祉法人の青年労働者、中国残留孤児、教科書問題について元教員、山谷で活動する宗教者が戦争に反対する活動と思いを発言し、第三部は作家の早乙女勝元さんが東京大空襲から七〇年の今、歴史を追体験して声なき声を理解する想像力を持ち国民的共同を追求することを訴えました。
区民の共同の手ごたえと課題
 五月一七日投票の区長選挙は区民運動の広がりでは新鮮な経験でした。足立革新区政をつくる会は四〇歳の斉藤まりこさんを擁立しました。新婦人や年金者組合、生活と健康を守る会などの女性と中高年パワーは伝統的に強力ですが、新たに保育園の待機児童問題や学校給食放射問題などに取り組むママさん・パパさん世代が運動に参加して、運動が全世代的にひろがったことを実感しました。希望のまち東京イン東部の方との共同もさらに深まりました。
 しかし、下町の伝統的な保守の立場の方との共同はこれからの重要で切実な課題です。「戦争はいやだ!」の一点で、中小零細企業家や自営業者、町会長、商店街理事長などの方との対話を追求したいと思います。


愛知における戦争法制反対の共同行動

愛知支部  中 谷 雄 二

 「戦争法制」に関する与党協議が行われていた三月初旬、愛知県内でも様々な団体による戦争法制反対の集会やデモ、学習会の企画が計画されていました。しかし、これまでと変わらず各団体がバラバラに反対を訴えるものばかりでした。「この国の岐路ともいう時期にそれぞれがバラバラで小規模な内輪の集会・デモをしていては駄目なのではないか。平和委員会や戦争をさせない一〇〇〇人委員会、県内各地の九条の会などに呼びかけて共同で大規模集会やデモを法案上程前に開催しよう」との呼びかけを個人名で行いました。職場では対立する労働組合等の諸団体や市民がともに行動することは、愛知では秘密保護法反対運動で、先行していました。しかし、これは「秘密保全法に反対する愛知の会」という市民団体が主催する集会やデモに参加していくというものでした。それを一歩乗り越えて、共同して行動する中で共通する課題での統一の行動を模索する必要があるのではないかという思いがありました。これに対する反応は思った以上によく、安保破棄実行委員会は、「自らすでに計画していた四・二八集会の場所も集会の趣旨も内容も全てこの共同行動に任せる」と言ってくれました。戦争をさせない一〇〇〇人委員会も組織的に動員をかけるには日程が足りないが協力すると言って、積極的に戦争法制反対の共同行動を模索しようという動きが始まりました。
 法案上程前の四月二八日に「戦争法制反対、辺野古新基地建設中止」をスローガンに大規模集会とデモ、それに引き続く連続行動をしようと発案し、これを受けて「安倍内閣の暴走を止めよう!連続行動実行委員会」を結成することにしました。呼びかけ人は各団体のバランスを考慮した肩書きなしの個人と大学生(大学の先生に声を掛けていただいた団体に所属しない学生)、連続行動実行委員会のうちあわせに参加した個人の一〇数名で行い、その後、賛同者を募り一か月ほどの間に四〇〇人を超える方の賛同が得られました。
 四月二〇日には、この運動を全国の戦争法制反対、安倍内閣の暴走を止めようという運動と連携するために、私の個人名で「安倍内閣の暴走を止めよう!全国行動」を呼びかけました。
 四月二八日の集会・デモは七六〇人の参加でした。四〇〇〇人を集めた秘密保護法の強行採決後の抗議集会には及ばないものの、昨年各団体が開催した集団的自衛権行使容認の閣議決定に抗議する集会を遙かに上回る熱気と人数でした。この集会の準備の過程で、大学生にはメーリングリストの作成、当日のアピール読み上げ、写真撮影と大活躍していただきました。また、集会に参加はできなかったが、道を挟んで高校生がこの集会の様子を見に来ていました。連続街宣、五月三日の憲法集会の後のデモは、右翼の妨害(デモ隊の左右から右翼がハンドマイクで罵声を浴びせる)中で約一〇〇〇人の参加で行いましたが、それだけの人数が一団で緊迫感をもってデモ行進をし、名古屋の繁華街は一時騒然とした雰囲気に包まれました。デモ参加者は、口々に「よかった」「良いデモ」だったと興奮気味に語り、「またやろう」という感想が寄せられました。
 連続行動実行委員会は、憲法記念日後に集まり、「安倍内閣の暴走を止めよう!共同行動」と名称を変え、戦争法制反対のために今夏頃までの継続を決めました。実行委員会として、各団体が計画している企画を成功させるために相互に協力・支援すること、六月一四日に計画されている愛知県弁護士会の集会の成功のために力を尽くすこと、閣議決定の行われた七月一日に集会・デモを開催することを確認しました。
 もちろん、このような共同行動が何の問題もなくできたわけではありません。途中の段階では元々の呼びかけ人であった私が、「一切、手を引く」と言う場面もあるなど、何時決裂してもよい場面もありました。しかし、現在の情勢に危機感を抱く多くの人々の協力により共同行動は継続しています。しかも、派生的に呼びかけた「全国行動」は、全国の団員の協力もあり、一七都道府県七三イベントまで短期間に広がりました。この運動は、地方のこれまで広く紹介されなかった運動をブログで紹介したため、地域での市民の活動を元気づけたようです。愛知の共同行動実行委員会も七月一日の行動をこの全国行動に位置づけることに決定し、改めて全国に「安倍内閣の暴走を止めよう!全国行動」への参加を呼びかけています(http://tomeyou.exblog.jp/)。是非、この行動にも参加表明をしてください。全国で戦争法制反対のこれまでにない大きな運動を起こしましょう。


奈良支部の講師派遣活動の取り組みについて

奈良支部  宮 尾 耕 二

 奈良支部の宮尾です。ささやかな地方の取り組みで恐縮ですが、ご報告させていただく次第です。
 昨年七月の閣議決定を受け、当支部でも学習会講師活動に取り組み、それなりの数はこなせました。ただ、学習会の日程が、ことごとく休日に集中したため、負担が一部に集中しました。最近の若い先生方は、家事・育児などの関係で、なかなか休日返上というわけにいかない。それゆえ、一部の団員しか講師ができないという状況が生じた訳です。そこで、今回いよいよ法案審議の大山を迎えるにあたって、若手の体育会系事務局長(失礼!)が中心となり、皆で負担を平等にするよう、休日対応の「講師当番表」を作りました。これなら、老若男女を問わず、待機できます。早速申込みが続いているようで、今後が楽しみです。
 とはいえ、今回の戦争法案は、正直、講師初心者には手強い代物です。そこで、私が実際に講師として話をしてきた内容を文章にし、パワーポイントと合わせて支部のMLに配信しました。「勢い余って」全国の憲法MLにも配信しておりますので、ご笑覧いただいた方もおられるかもしれません。
 私が講師活動を重ねる中で感じているのは、一般の方々にこの難解な法制を理解していただくには、「急がば廻れ」で、(1)国際法(国連憲章)の基礎知識(武力不行使原則とその例外・実例)及び(2)歴代政府が自衛隊を「合憲」としてきた理屈(その裏返しとしての憲法的縛り)についてきちんと説明するのがコツだと思います。時間に余裕があれば、(3)立憲主義について説明してもいいでしょう。なぜなら、これらは、いずれも義務教育できちんと教えられていない事柄だからです。
 ただ、ここさえ押さえれば、あとはそれほど難しくありません。なぜなら、一見複雑極まる法案も、突き詰めれば「二つのゴマカシ」だけで成り立っているからです。一つめは、従前の解釈では「我が国自身が武力攻撃を受ける場合」と「他国が武力攻撃を受けている場合」とでは本質的に異なるはずなのに、言葉遊びのような理屈で、「一緒だ」と強弁している点です。二つめは、「兵站(へいたん)」という重要な軍事行動を「後方支援活動」といいかえて、国連憲章ないし九条一項の「武力の行使」ではないと強弁している点です。また、「グレー」にしてはいけないものを「グレー」と大騒ぎしている点を三つめに加えていいかもしれません。そして、このようなゴマカシの上に成り立つ強引な論理だからこそ、特定秘密保護法との合わせ技により、「政府の腹一つ」で国際法違反の戦争に参加することすら可能となる「隙間」が出てくる訳です。
 国会の論戦も既にヒートアップしているようですが、なんとしてもこの悪法の成立を阻止すべく、地方からも運動を作ってゆきたいと考えています。共に、頑張りましょう。


「戦争法案反対」京都支部の取り組み状況

京都支部  尾 崎 彰 俊

一 はじめに
 五月一四日、安倍政権は、日本国憲法の平和主義に真っ向から反する戦争法案を閣議決定し、翌日国会に提出しました。国会に提出した際の記者会見で安倍首相は「日本が再び戦争をする国になるといった誤解があります。しかし、そんなことは断じてあり得ない。」「自衛隊が武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは、これからも決してありません。」などと発言し、法案が成立しても戦争は起きないかのように述べています。
 しかし、法案の中身を読めば、自衛隊の活動範囲が拡大し、日本が戦争に巻き込まれるどころか、戦争に参加することは明らかです。
安倍内閣が法案の中身を明らかにしないまま、国会での成立を狙う中で法案の危険性を暴露し法案を廃案に追い込むために京都支部での取り組み状況を報告します。
二 京都支部の取り組み
戦争法制に関する学習会開催状況
 京都支部では、二〇一二年の支部総会以降、一人一回憲法学習会の講師を担当しようということで、積極的に憲法学習会を行ってきました。
 今国会で戦争立法が重大な問題となっていることを受け、「戦争立法」をテーマにした学習会講師活動を行うことにし、今国会中に支部員は、一人一回講師を担当することを目指しています。
 「戦争立法学習会」を広めるために、五月一日に発行した支部通信と同時に「戦争立法講師引き受けます!」のビラを京都府下のこれまで憲法学習会を依頼していただいた団体に配布しました。その結果、京都府全体から、「戦争立法」をテーマにした学習会の講師要請が担当者を探すのが大変なほど多数来ています。
 京都支部全体での「戦争法案学習会」の講師状況は次の通りです。
 五月八日〜六月五日現在まで三八回
 六月六日〜八月末まで六〇回(予定)
 担当団員数二二人。一人で一〇数件を担当する団員もいます。
 このように、多数の依頼が来たのは、憲法学習会講師活動を支部として取り組み続けた結果、団員の個人的なつながりができたことと、憲法学習会をするなら自由法曹団に依頼すればいいと思っていただけたからではないかと思います。今後も、このつながりを生かしてさらに戦争立法の問題点を広げていきたいと思います。
京都支部で戦争立法反対ビラを作成
 学習会活動を行う中で、戦争法案が成立すれば、具体的に何ができるようになるのか分かり易く知りたいという質問が多数でます。この質問に答えるために、京都支部では、一目でわかる戦争法案の問題点をテーマにビラを作成しました。今後学習会、街頭宣伝で配りたいと思います。
新聞への寄稿
 地元の週刊新聞京都民報に憲法担当の支部員六人で分担し、【徹底批判戦争法案】を連載しています。七月中頃までに終了する予定です。テーマは(1)総論(2)グレーゾーン事態(3)恒久法(4)PKO(5)集団的自衛権(6)まとめとなっています。
二 他団体との共同の取り組み
街宣活動

 共同センターや憲法会議とともに毎月一回街宣活動を取り組んでいます。また、弁護士会も独自に街宣活動に取り組んでおり、団員が積極的に参加しています。憲法九条の会では、五月九日に京都府全体で宣伝に取り組みました。京都府全体で、約一〇〇箇所、参加者数約七〇〇名の参加の街頭宣伝を行っています。
六月一三日集会。
 約二〇団体で戦争立法反対の一点で実行委員会を結成し、四〇〇〇人規模の集会を予定。呼びかけ人形式で一万人の呼びかけ人を目指しています。この集会だけで終わらず、六月一三日以降も、デモ、集会を継続的に行う予定です。
 安倍政権は、戦争法案の問題点を隠したまま、今国会での成立を狙っています。法案の欺瞞を暴き広めるため、街宣活動、戦争法案学習会を全力で頑張っていきます!!


「地方自治の真価が問われる―『海外で戦争する国づくり』と自治体・自治体労働者」を発表しました。

京都支部  大 河 原 壽 貴

 自治労連弁護団では、表題のとおり、弁護団意見書として「地方自治の真価が問われる―『海外で戦争する国づくり』と自治体・自治体労働者」を発表しました。
 自治労連弁護団では、昨年末の総選挙後、「戦争法案」の与党協議が再開したことを受けて、戦争法案の危険な内容と、すでにできあがっている有事法制と相まって、自治体と自治体労働者が戦争への協力を求められることになることを、自治体労働者に広く知らせる必要があると判断し、意見書の作成、発表を行うこととなりました。
 意見書では、まず、今回の戦争法案によって、自衛隊の海外派兵の場面や、海外派兵時の活動地域、活動内容が、従前より質的にも量的にも大きく変化し拡大すること、存立危機事態には日本への武力攻撃がなくとも自衛隊による武力行使がなされることなどを指摘しています。その上で、すでにできあがっている有事法制の下で、自治体や自治体労働者が戦争法制の中に組み込まれ、戦争に協力させられる体制となっていること、これまでは、有事法制が現実に発動することはなかったが、今後、戦争法制の下で現実に有事法制が発動し、戦争協力が具体化していく可能性が飛躍的に高まっていることも指摘しています。
 意見書では、次に、有事法制下での自治体や自治体労働者の戦争協力に加えて、国民保護法による国民統制、国民の戦争協力体制が今後進んでいき、国民保護計画が現実に発動する可能性について指摘しています。さらに、今回の戦争法案では国民保護法は改正の対象とはなっていませんが、これまでの国民保護計画や国民保護訓練によって、自治体による住民の避難や救援と、アメリカ軍・自衛隊による作戦行動が矛盾衝突することが明らかになっており、政府の自治体に対する指揮命令権や国民の権利制限を明記するような改正が狙われる危険を指摘しています。
 そして、意見書では、戦争法案や有事法制、国民保護法の危険性に加えて、秘密保護法の施行や憲法改正の動き(憲法九条や国家緊急権)など、戦争する国・できる国へと向けられた動きも指摘をした上で、自治体から平和な日本とまちづくりを進めていくことを呼びかけています。国の防衛や外交といった事柄であっても、地域住民の暮らし・安全に関わる施策については、地方自治体が地域住民のために国に対して意見を述べることや、国の計画・立法手続き参加すること、独自に条例を制定したり宣言を行うことなどは地方自治体の権能であり、旺盛に取り組んでいただくよう呼びかけています。その例として、集団的自衛権行使を容認する解釈改憲を行わないことを求める意見書を議会で可決した自治体や、東北六県市町村長九条の会連合による「憲法九条を守り、『戦争法案』に反対する緊急アピール」を紹介しています。
 この意見書は、大阪支部の河村団員、神奈川支部の穂積団員と私が主な執筆を担当しました。若干言い訳めいた話をさせていただくと、三月に出された与党協議のとりまとめ案から、四月の政府・与党協議、五月の閣議決定・法案提出というように、情勢が刻々と動き続ける中での執筆となりました。その後の国会審議の中でも、戦争法案をめぐる情勢は動き続けいています。そのため、分析が不十分な点や情報が更新されていない点などもあります。そのような不足な点については、ご指摘をいただければと思いますし、今後、国会での審議を踏まえての追補なども必要になろうかとも思いますが、現時点における、地方自治体と自治体労働者に向けた戦争法案に関する文書ということで、是非、全国の団員の皆さんには、各地の自治体労働者や労働組合に向けた学習資料、自治体との懇談資料として、大いにご活用いただければと思います。


戦争法制阻止の運動での工夫

愛知支部  矢 ア 暁 子

 市民にどう働きかけるか。五月集会の憲法分科会では言えなかったことを投稿する。
ターゲットを意識すること
 まずは働きかける相手すなわち「ターゲット」を必ず意識すること。まずは三〇代〜四〇代をターゲットにするといいと思う。三〇代〜四〇代を狙えば上も下もついてくる。しかも三〇代〜四〇代はインターネットに親しんでおりタイムリーな情報収集や発信に長けていて、三・一一以降の新しい市民運動の担い手として、さらに厚くなりうる。
 戦争法制に対して(1)強い関心がある人に対する働きかけについては、後述する。(2)完全に関心がない人はひとまず諦めよう。まず働きかけるべき相手は、(3)関心はあるが知らない人と、(4)関心がありある程度知ってもいるが特段行動には出ていない人だ。見落としがちだが彼らは実際には「有関心層」。(3)には「知ってもらう」こと、(4)には「騒いでもらう」ことを目標にする。
どう知らせるか
 人が情報を得るパターンは、自分で調べるか、人から教えられるかである。若い世代に知り合いがいないときは、街頭やネット上で不特定多数の他人に向けて発信しよう。
 街頭で(無理やり)情報を伝えるには、言葉を聞かせる、印刷物を配って読んでもらう、プラカードや横断幕を見せる、という手段があり得る。
 演説では、裁判員裁判のように、専門用語は使わず短い文で話すのがよい。難しいが、ぐっと伝わりやすくなる。ただ、裁判員と違って通行人はこちらを見ていないので、こちらに注意を向けさせる工夫が必要だ。経験上、「演説っぽくない」要素を入れるとよいと思う。たどたどしい話し方、演説の合間に言葉につまったような沈黙、一人芝居、方言を使う、ジョークを言う、など。そうすると、あれっこの人達何やってるんだろう、と顔がこっちを向く。
 さらに、人間の判断は見た目や雰囲気の印象に大きく左右されるから、姿勢や身なりにも、特に口調や表情には気をつけたい。街中で顔をしかめて怒鳴っている人を見て好印象をもつ人はいない。熱を込めても怒鳴ってはいけない。
 配布物やプラカード等は、ターゲットにとって魅力的である必要がある。熟練活動家にとってさえ「ないよりまし」のチラシや横断幕では、通行人の心を惹くことはできない。文言や色やフォント等に改善の余地はないか、考えるべきだ。
 また、ターゲットの三〇代〜四〇代は、ほぼ一〇〇%インターネットを使っている。インターネットを諦めると、ターゲットとつながる機会を九割方失う。その場合は、街頭での偶然の出会いを一層充実させよう。
騒いでもらう
 騒ぎたくなるくらい危険性を知ってもらおう。そのうえで、騒ぎたくなった人が騒ぎやすい条件を整えることも重要だ。行動に移すにはハードルがいくつもある。政治的な言動をすることへの恐怖感、仕事や子育てで疲れ切った体、お金のなさ、時間のなさ。貴重な時間やお金を、娯楽や休息でなく「戦争法制の危険性を訴えること」に割くのだ。それに値する魅力と気軽さが両方重要だと思う。
 拡散用の宣伝物は、誰かに教えたくなる面白い内容を備えているか。ネットにアップしているか。大人数を集めたいイベントは、参加したくなる目玉はあるか。友達を誘いやすい気軽さはあるか。参加しやすい曜日や時間帯か。工夫の余地がある。
強い関心のある人のパワーアップ
 戦争法制に関心が強く活動をしている人とは、さらにパワーアップするための筋トレゼミをやってはどうか。「中国に攻められたら」「アメリカに守ってもらわないと」などの言説は、きちんと筋道だって話し合ってみると、かなりあやふやな言説とわかるから、避けずに自分たちで議論してみるといいと思う。


「東京法律事務所の戦争法案阻止の取り組みと団発行のリーフレットの活用」

東京法律事務所  金 田 健 太 郎

 連休明けに戦争法案が国会に提出されることになる、法案成立阻止に向けて取り組みを強化しようと、四月一六日に臨時で所内憲法委員会を行いました。そこで連休明けに団作成のリーフ(「平和な戦後が終わる」)が完成することを知り、それをすぐに活用することを決めました。そして、事務所九条の会として通常以上に宣伝を強化すること、地域との連携を強化すること、事務所の依頼者に団リーフを普及することも決めました。
(1)事務所九条の会の取り組み
 当事務所では、毎月「九の日」に月一回の駅頭宣伝を行っていますが、その宣伝回数を増すこととし、五月一二日を初めに五月と六月中は「九のつく日」、九日、一九日、二九日に宣伝することを決めました。日常的に「九の日宣伝」は、当事務所の近くに事務所を構える民放労連(民間放送局で働く労働者でつくる労働組合)の方達と行っており、毎回、約二〇名が参加、四〇〇枚〜五〇〇枚のリーフを配布しています。
 また、団リーフの表紙を拡大したプラスターを宣伝時に使用し、通行人の注目を集めることにも成功しています。
(2)地域との連携の強化
 事務所のある新宿区では、昨年七月の集団的自衛権行使容認の閣議決定を機会に「みんなの新宿をつくる会」という憲法・平和・民主主義擁護のための地域組織がつくられました。これまでも数回、宣伝を行ってきました。最近では五月一五日の夕方に新宿西口で宣伝を行いました。通常は五〇名から六〇名の参加ですが、今回は総勢一二二名の参加、弁護士・区議会議員が交合にマイクを握り戦争法案反対を訴え、宣伝物は二九〇〇部(団リーフも数百部)を配布、書名も二五九筆集めました。
 今月一八日には、区内三コースで練り歩きを企画しており、当事務所が四谷コースの中心となり、現在準備中です。七月二六日には、集会・デモも予定しており、昨年新宿区長選に立候補した当事務所の岸松江弁護士を推薦してくれた個人・団体の方にも協力を要請しています。
(3)事務所たよりを活用して依頼者に普及
 年間三回程度、発行をしている「事務所たより」を、五月末に依頼者宛に約一万八〇〇〇部送りました。その時に団リーフとリーフ注文書を同封したところ、当事務所に約九〇〇〇部の注文が入っています。
 これまで、当事務所は団リーフを二万六〇〇〇部注文しており、弁護士が学習会で講師を行う際にも、団リーフを積極的に活用しています。
 現在、団リーフが三〇万部発行されるなかで、自民党が「平和安全法制の整備」なる宣伝物を一〇〇万部普及させようとしていることを知りました。今国会中、当事務所は自民党の勢いを上回るべくさらに団リーフを普及させ、戦争法案廃案に向けて取り組んでいきます。


みややっこ、その後

東京支部  飯 田 美 弥 子

一 団通信を書いている暇もない日々
 ご無沙汰しています。「八法亭みややっこ」でございます。昨年の団総会の前に投稿してから、時間が経ってしまいました。
 五月集会では、「全国制覇は達成したの?」などという声をお掛けいただきました。残念ながら、未達成です。まだあと七県(本州では和歌山・岡山・鳥取、四国では香川、九州では佐賀・宮崎・沖縄)残っております。
 では、勢いが止まったのかと言うと、そうではありません。
 月五回のペースで、口演予定が入っています。年内に通算一〇〇口演を記録するのは必至ですが、まだ申込みがあるため、どこがその記念すべき?一〇〇口演めになるかは、なお流動的です。
 今週は、衣替え休暇なので、久しぶりに原稿を書こうかと思い立ちました。
二 地方での高座&新聞報道
 年頭、全国商工新聞に、京都大学の岡田教授、全商連の太田副会長との鼎談記事が見開きで掲載されました。ピンクの着物が新春らしいと好評でした。
 本年二月六日付東京新聞の「この人」欄に「落語調で護憲を訴える弁護士」と紹介されました。この日、文化放送(ラジオ)の番組で、パーソナリティの吉田照美さんが、この記事をタイトルコールに使ってくださったそうです。事務所を訪ねてきた業者さんに教えられ、慌てて、ネットで検索すると、リツイートの連続で、そもそもの発信元まで辿り着けない状態でした。
 私が受験指導をした宮腰団員のお招きで、千葉県船橋市で口演をしたところ、かの地では後日、「みややっこ勝手連」ができたようです。
 北海道(苫小牧市)、秋田、高知、いずれでも歓迎していただきました。苫小牧民報、秋田魁新聞、毎日新聞秋田版、高知新聞にそれぞれ記事が掲載されたようです。
 北陸新幹線開通の翌週、青年法律家協会北陸支部からの招きで、金沢市(石川)に伺いました。朝日新聞金沢版に、記事が掲載されました。前日が勿体ないので富山でも口演させてもらっていました。
 四月は、いわき市(福島)、栄村(長野)、宮古市・盛岡市(岩手)と、被災地を訪ねました。桜の花を何度も眺めることができました。
 いわきでの口演の様子が、民医連新聞に掲載されました。栄村では主催者の知らないところで、ミニコミ紙に掲載されていた、と紙面を送っていただきました。盛岡市での口演の後、着替える私を置いて、集会参加者はパレードに出発。パレードの写真が、岩手日日新聞の紙面を飾っていました。
 地方で口演をすると、「東京の弁護士が落語で」というキャプションで紹介してもらえるので、得した気分になります。
 五月は、静岡、山形、京都(亀岡市)、奈良(橿原市)に、それぞれ初見参。静岡ではしんぶん赤旗、奈良では毎日新聞としんぶん赤旗の、それぞれ地方版に記事が掲載されたようです。
 今月以降は、宮城(岩沼市)、徳島、青森、長崎、大分…と、初見参がしばらく続きます。
 二度目三度目のところもあり、埼玉に至っては、東京を除くと全国最多七回の予約が入っております。長野が五回と続いていますが、県の面積を考えれば、埼玉は「呼び過ぎ」の感じがします。
三 ラジオ出演等
 毎日新聞五月二日付夕刊の「人模様」欄に、紹介記事が掲載されました。担当記者が、憲法記念日の前日に掲載する、という拘りをお持ちでした。
 三月の富山での口演を新聞報道で知った、富山出身の立川志の輔師匠(NHK「ためしてガッテン」の司会者でお馴染み)から、ご本人のラジオ番組への出演依頼がありました。びっくりしました。
 収録は五月一一日でした。初めてのラジオ収録を経験した三日後、今度は、J―WAVEというFM局から、生放送の依頼が入りました。団の五月集会の直後、すなわち、大阪の住民投票の直後の放送ということです。住民投票の結果を心配しながらも、出演することにしました。
 一九日夜の生放送。急遽、フェイスブックで告知して、臨みました。パーソナリティは元NHKアナウンサーの堀潤氏。改憲の是非が話題だったので、堅い話になりましたが、最後は小咄で締めくくらせてもらいました。リスナーの反応は、「大阪都構想並みに真っ二つ」だったそうです。
 東京では、三一日朝に志の輔ラジオの放送があり、放送中から、ツイッタ―やフェイスブックで話題になりました。
 志の輔ラジオ出演を機に、三月の秋田口演の画像をDVDとして販売することにしました。みややっこ本と同じ、花伝社で扱っています。
四 今後は…?
 以上のとおり、どこでの口演も無駄になることなく、次々とみややっこの輪が広がっています。懐かしい友人知人親類などに会えてもいます。
 ありがたいことです。
 また、八月一五日には、高知市の招聘で口演をするところ、同市では、憲法記念日に落語家が改憲落語をして、それをNHKがニュースで報道したそうです。八月一五日のみややっこ口演も、是非、NHKニュースで報道して欲しいものです。そうでなければ、公正とは言えないこと、明らかです。地元の皆さんには、そのような運動を盛り上げてくださるようお願いしたいです。
 このように、みややっこは引き続き盛り上がっておりますが、私の体力と事務所の対応能力が限界に近付いている、という問題があります。
 DVDの活用を優先にお考えいただきたいと思います。
 団員の皆さんにも、遠慮なく私の肩の荷を引き取って(剥ぎ取って)くださるよう、お願いする次第です。総がかりで改憲を阻止しましょう!

二〇一五・六・三


衆院厚労委・派遣法「改正」案審査参考人雑感

東京支部  鷲 見 賢 一 郎

一 派遣法「改正」案審査の参考人
 二〇一五年五月二八日、衆議院厚生労働委員会で、労働者派遣法「改正」案の審査のための参考人として意見陳述をする機会がありましたので、報告します。
 参考人は、自民党、公明党、民主党、維新の党、共産党の推薦の五人で、私は共産党推薦の参考人です。衆議院事務局から「会議録に転載しますので、肩書は略さず、組織名からご記入下さい。」と言ってきましたので、何人かと相談して、「自由法曹団常任幹事 弁護士 鷲見賢一郎」の肩書にさせていただきました。
 当日は、午前九時から一一時五五分までで、最初に、参考人五人が一人一五分ずつ意見陳述をし、その後、上記五党の国会議員各一人が二〇分ずつ各参考人に対して質疑をし、各参考人が回答しました。
 意見陳述用の文書等も提出できるとのことでしたので、「『生涯派遣・正社員ゼロ』法案の仕組み 何故、私たちは労働者派遣法『改正』案を『生涯派遣・正社員ゼロ』法案と呼ぶのか?」とのタイトルの本文一二頁の冊子を作って提出しました。この冊子は、当日、厚生労働委員全員に配布されました。
 なお、この冊子は、自由法曹団のホームページに掲載させていただきましたので、関心がおありの方はお読み下さい。
二 当日の意見陳述と質疑
 前日、意見陳述の練習をしました。前記冊子の重要なところを読んで意見陳述をする練習をしてみたのですが、全然迫力がありません。それで、当日は、冊子を読み上げるようなことはせず、論点にそって、対話をするように意見陳述をすることにしました。
 冒頭、「自由法曹団といいますのは弁護士の団体でして、全国で二千名ほどの弁護士でつくっている団体でありますが、今回の労働者派遣法『改正』案については廃案をお願いしたい、要求したいという決議も何度か上げておりまして、私もそういう考えではあります。」と、自由法曹団の紹介をしました。
 意見陳述は、(1)「現行法の業務単位の派遣受入期間制限と『改正』案の事業所単位の派遣受入期間制限、個人単位の派遣受入期間制限の意味や機能の違い」、(2)「『労働契約申込みみなし制度』のうちの、『業務単位の期間制限違反の派遣受入の場合』の廃止の問題点」、(3)「均等待遇原則が採用されていないことの問題点」、(4)「雇用安定措置が実効性がないこと」、(5)「『改正』案の下では派遣労働者が激増すること」等について、自分の経験や実感を大事にして陳述しました。
 意見陳述の後の参考人質疑では、自民党と共産党の議員から、(1)「『改正』案の一番のポイントは何だと考えているのか?」、(2)「労働者側にも多様な働き方や派遣労働のニーズがあるとの主張をどう思うか?」等の質疑がありました。
 当日の意見陳述や質疑への回答では、あまり緊張しませんでした。一方で、「改正」案に賛成の議員にも耳を傾けてもらえるような話し方をしようと思いましたが、他方で、言うべきことははっきり言おうと思いました。そうはいっても、もたもたしたところもあり、果たしてうまくいったかどうかわかりません。
 なお、インターネットで「衆議院インターネット審議中継」を検索していくと、当日の審査のビデオを見ることができるようです。
三 今後の課題
1 「業務単位の派遣受入期間制限」がなくされる意味
 私が強調した「業務単位の派遣受入期間制限には派遣労働者の直接雇用を促進する機能があること」は、翌日の五月二九日の衆院厚労委の派遣法「改正」案の審査で、民主党の大西健介議員や阿部知子議員により、塩崎恭久厚生労働大臣に対する質問に引用されました。
 今後、「改正」案の「業務単位の派遣受入期間制限をなくし、直接雇用の機会を奪う仕組み」をもっともっとわかりやすく説明していくことが重要です。
2 「事業所単位の派遣受入期間制限」がまったく機能しないこと
 「改正」案は、事業所単位では、三年ごとに過半数労働組合等の意見を聴取しさえすれば、派遣受入を永続的に継続できることを認めています。事業所単位の派遣受入期間制限が、まったく意味のないことを明らかにすることが重要です。
3 「個人単位の派遣受入期間制限」が持つ意味
 「改正」案に新たに設けられる個人単位の派遣受入期間制限には、派遣労働者の直接雇用を促進する機能は、まったくありません。それどころか、個人単位の派遣受入期間制限には、派遣労働者の従属化をますます進行させ、かつ、派遣先の派遣切りを自由化する機能があります。
 今後、個人単位の派遣受入期間制限の持つ危険な意味をもっともっと明らかにすることが重要です。
四 おわりに
 今回の参考人の意見陳述にあたっては、団員や専従事務局の方に援助していただきました。また、私の陳述内容のほとんどは、団内の議論に基づくものです。
 労働者派遣法「改正」案を必ず廃案にしたい。今、その思いを強くしています。


都司嘉宣・元東大地震研究所准教授の尋問が行われる!
〜「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟第一二期日の報告

東京支部  馬奈木 厳太郎

一 『永続敗戦論』の白井聡さんも参加した事前集会
 五月一九日、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の第一二回期日が、福島地方裁判所において開かれました。この日も、国と東電は書面を提出しました。
 国の書面は、予見可能性の対象について、今回の地震津波と同規模の地震津波が福島第一原発に到来することであり、地震動についての予見可能性が単独で問題となるものではなく、長期評価についても、福島第一原発に影響を及ぼす津波地震の発生自体が不確定だったとするものです(準備書面一二)。
 また、経産大臣は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針の安全性にかかわる事項を技術基準適合命令により是正する規制権限を有しておらず、平成三年の内部溢水事故は規制権限不行使の違法を根拠づけるものではないとしています(口頭陳述要旨)。要するに、国の主張は、事故は予見できなかったし、是正権限もなかったので、何らの違法もないというものです。
 東電は、中間指針は合理的で相当であるから、それ以上の賠償責任はないとし(意見陳述書)、そうした中間指針が重視する要素に従い原告本人の損害も考慮されるべきであり、自死など個別性の強い原告は尋問対象とすべきではないとしています(原告本人尋問に対する意見書二)。要するに、過失などの責任論は関係ない、中間指針を超える被害は認めないという主張です。
 期日当日は、未明までの小雨もやみ、あぶくま法律事務所前には二五〇名の方々が集まりました。前回に続き、元ラジオ福島アナウンサーの大和田新さん、元NHKキャスターの堀潤さん、東京演劇アンサンブルの劇団員が駆けつけたほか、「原発なくそう!九州玄海訴訟」弁護団から東島浩幸団員、原発事故被害救済千葉県弁護団から藤岡拓郎団員も参加されました。さらに、『原発と大津波 警告を葬った人々』の著者である添田孝史さん、かもがわ出版編集長の松竹伸幸さんも参加され、法廷に入りきれなかった方々が参加する講演会の講師を務めた京都精華大学の白井聡さんも横断幕を持ち裁判所まで行進されました。
二 都司証人に対する主尋問と裁判長の交替
 この日は、都司証人に対する主尋問が実施されました。
 地震津波が専門の都司証人は、海岸や陸上の地形が津波の動きに影響を与えるとし、福島第一原発の建屋の配置について、「津波を知っている人からすると、津波が高くなる一番危ない場所に配電盤など電源を維持するための重要機器が置いてあった」と指摘しました。
 証人自身も参加した地震調査研究推進本部が二〇〇二年にまとめた「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価」(長期評価)については、「明治三陸沖地震(一八九六年)と同様の津波が日本海溝沿いの三陸沖から房総沖にかけて発生する可能性がある」とした点の重要性を説明。三陸沖北部から房総沖の海溝寄りプレート間大地震(津波地震)についての発生領域の信頼度が「やや低い」とされている点について、評価に用いたデータが少ないことから日本海溝沿いのどの位置で発生するか想定震源域が特定できないだけであり地震発生の予見自体を否定するものではないこと、逆に領域内で想定地震(明治三陸沖地震)と同様な地震が三回以上発生しており規模の評価については「信頼性は高い」とされていることから、万が一にも事故が起こらないようするという安全性を確保する観点に照らせば、長期評価は無視できない知見であったとして、「国と東電が、わずか四〇〇年程度の歴史資料から福島沖に津波地震は起こらないと想定し、対策を取らなかったことが今回の事故を招いた」と証言、国と東電は原発の敷地高さを超える津波の到来を予見することができたと述べました。翌日の各紙は一斉に、「津波地震は想定可能」、「高い津波も想定すべき」、「福島第一事故 予見可能」といった見出しで証言内容を報じました。
 また、この期日からは、裁判長と右陪席が交替し、それに伴い弁論が更新され、訴訟の目的、争点、現在の到達を整理するため、原告、被告双方が意見陳述を行いました。
 中島孝原告団長は、「福島に問題はないという東電の発言は看過できず、再稼働を進める政府の姿勢は許しがたい。社会進歩と正義の名の下、被害者と国民の思いに応える判決を」と陳述。子どもを抱えて滋賀に一時避難し、現在、二本松市に戻り生活する佐久間康恵さんが、「毎日、放射能の影響におびえながら暮らしている。事故前のように自然とともに過ごす普通の生活がしたい。事故を起こした国と東電の責任を追及する」と言葉に詰まりながら訴えると、ハンカチを目に当てる人やすすり泣く声が法廷内に響きました。
 原告側は、改めて放射線の影響、原告らの被害、国の規制権限不行使の責任、津波の予見可能性について主張し、国と東電の責任を追及しました。
 これに対し、国は、「福島第一原発は建設当時、想定できる最高の安全基準で作った原発で、今回の地震は想定外。そもそも当時の国の規制権限には限界もあり法的責任はない」と責任逃れの発言に終始しました。東電も、「低線量被爆による健康被害は肥満、喫煙、野菜不足と比べても影響はない。賠償基準を定めた“中間指針”は学識経験者が作成した合理的なものだが、東電はそれ以上の賠償をしてきた」と、被害隠しの主張を展開しました。
三 次回期日に向けて
 次回期日では、都司証人に対する反対尋問が行われます。弁護団は、すでに反対尋問対策に着手しており、あわせて検証の実施に向け地元自治体との協議も行っています。
 事故後、初めて福島を訪れ、生業訴訟に触れた白井聡さんは、生業訴訟について、「筋を通すこと、つまり、国と東電に真正面から責任を認めさせること、これが狙いなのである。それはすなわち、私が“侮辱の体制”と呼ぶものに対して、真正面から戦いを挑み、勝利するということ」とし、「私ももちろん、できる限りの力添えをする」と決意を語られています。引き続き、生業訴訟にご注目ください。


「護憲」と「キャリアシステム」
― 弁護士は、日本国憲法を「実現」してきたか?

東京支部  後 藤 富 士 子

 離婚に伴う子の監護権紛争の現状は、法治国家とは言えない様相を示している。「子の引渡し」について、動産と全く同じ方法で強制執行が行われる。執行不能になると、親権者でもある片親を「拘束者」として人身保護命令を発し、嫌がる子を差し出さないからと勾留される。「引渡し」につき「一日三万円」とか支払不能な間接強制決定がされ、賃金に差押される。等々。
 ごくありふれた離婚紛争にすぎないのに、何故これほどまでに異常な辛苦を当事者・関係者が強いられるのかを考えると、離婚後の単独親権制が法的主柱になっていることは疑いがない。しかし、離婚前でも単独監護を権力的に強制する法運用がされている現状では、単独親権制を廃止する立法論が実務の現場から出てくるはずもない。また、家庭裁判所は、司法的機能というよりケースワーク的機能を発揮させることを目的として設置されたにもかかわらず、「紛争を法化」してしまって、「実態としての紛争」を解決不能にしている。
 こうした現状を見ると、結局は、司法を運用する「法曹の質」の問題と思われる。すなわち、「実態としての紛争」の全容を把握する能力がなく、倫理的なバランス感覚に乏しい、「判例」という「実務マニュアル」だけが頼りの「幼稚な法曹」ばかりである。
 憲法七六条三項は、「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定めている。しかるに、「他の法律に特別の定めのある場合を除いて、一人で裁判をすることができない」とか、「同時に二人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない」と裁判所法二七条で規定された「判事補」は、憲法七六条三項にいう「裁判官」ではあり得ない。また、憲法八〇条一項で定められた「任期一〇年」というのも、キャリアシステムと相反する。
 すなわち、現存する下級審の裁判官は、弁護士任官者を含めて、自らの存在規定を憲法に求めることはできないのであり、現行裁判官制度が日本国憲法に反していることは自明である。日本国憲法が描く裁判官像は、「成熟した法曹」「大人の法曹」であり、それは「判事補制度の廃止」によって供給可能になるはずである。
  換言すると、来年一一月に七〇歳を迎える日本国憲法は、未だ実現されていないのである。
 『週刊金曜日』五月一五日号で雨宮処凛さんが「憲法にリアリティを取り戻す」と題して書いている。憲法には、私たちの様々な権利について書いてあるが、今の日本で「権利」や「人権」が守られているのはごく一部、という現実がある。ブラック企業で暴力にさらされている人に「人権」といっても何も響かない。ホームレス状態で今日明日の食べ物に必死になっている人に「生存権」の話をしてもシラケる。だからこそ、リアリティを失った「憲法」にリアリティを取り戻すこと。「憲法を守ろう」とか「憲法が大切」と訴えると同時に、権利が侵害されている人たちの権利を取り戻す手伝いをすることの地道な積み重ねからしか始まらない、という。
 裁判官制度をとってみても、日本国憲法はリアリティを失っている。日本国憲法が描く裁判官像を実現するために、弁護士は何をすべきか?
 司法試験合格者の増大、法科大学院の教育など、基本的要素の改革により、条件は生まれている。個々の弁護士が特定の専門分野をもつことによって「紛争解決の水準」が向上し、判事補制度を廃止して法曹一元に道を開くことができる。「護憲」を言いながら、「司法試験合格者を減らせ」とか「法科大学院を相対化せよ」というのは、全く矛盾している。結局、日本の弁護士が、裁判官制度について日本国憲法にリアリティを取り戻すことを自覚しなければ、何も始まらないのである。

二〇一五・五・二一


*五月集会特集*
広島・安芸五月集会のご報告

事務局長  山 口 真 美

一 はじめに
 本年五月一六日から一八日にかけ、広島県・宮島において、二〇一五年五月研究討論集会が開催されました。被爆地として戦後七〇年にわたって核兵器の廃絶と平和な世界の構築に向けてメッセージを発信し続けてきた広島の地に、全国から四六八名の参加者が集まり、経験交流と熱心な討論が繰り広げられました。
 詳細はおって団報にて報告いたしますが、取り急ぎ概略についてご報告いたします。
二 特別企画「辺野古新基地建設阻止に向けて」
 特別企画「辺野古新基地建設阻止に向けて」では、荒井新二団長の挨拶の後、赤嶺朝子団員から、新基地建設をめぐるたたかいの現状についての報告があり、引き続いて新垣勉団員から埋立承認の取り消し・撤回に向けて予想される国の対抗策と沖縄県の対応ついての報告があり、これを受けて活発な討論が行われました。最後に今村幸次郎幹事長から討論のまとめと運動の行動提起があり、「米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念させる」というオスプレイ配備に反対する沖縄県民大会実行委員会、沖縄県議会、沖縄県市町村関係四団体、市町村、市町村議会の連名の建白書の一致点で団結し、全国で取り組みを行い、世論を広げていくことが確認されました。
三 全体会(一日目)
 全体会の冒頭、大阪支部の杉本吉史団員と広島支部の竹森雅泰団員が議長団に選出されました。荒井新二団長の開会挨拶に続き、広島支部の石口俊一団員(支部長)から歓迎の挨拶がありました。
 来賓として、地元広島弁護士会から木村豊会長、日本共産党から仁比聡平参議院議員にご挨拶をいただきました。
 この後、東京大学大学院総合文化研究科の高橋哲哉教授の記念講演があり、今村幸次郎幹事長から、安倍政権による戦争法制とのたたかい、労働法制の改悪阻止のたたかい、盗聴法拡大・司法取引制度導入阻止のたたかいなど、現在団が取り組んでいる重要課題についての基調報告と、分科会の討論へ向けた問題提起がなされました。
四 記念講演
 全体会では、東京大学大学院総合文化研究科の高橋哲哉教授を講師に迎え「右傾化する安倍政権とどう立ち向かうか 〜戦後七〇年を振り返って」と題した講演を行いました。講演では、靖国神社に固執する安倍首相の目的が日米同盟を血の同盟とし、靖国神社で戦死者を顕彰することで国のために命を投げ出す国民をつくることにあるとの指摘がありました。また、全権委任法によってワイマール憲法を無力化したナチス・ヒットラー政権の方法を紹介しつつ、憲法解釈の変更と戦争法制によって憲法を破壊しようとする安倍政権の危険性が語られました。また、第二次世界大戦下の日本の「修身」の教科書で吉田松陰が愛国教育の教材として利用され、大陸南進論の祖ともてはやされた事実を示しつつ、安倍政権が「教材」に吉田松陰を取り上げるという形で、戦争するための愛国教育を国民に浸透させようとしていることについてお話がありました。安倍政権の危険な手法に警鐘を鳴らす高橋教授のご講演は具体的でたいへんわかりやすいものでした。憲法が掲げてきた平和、人権、民主主義を根底から覆す安倍政権の暴走を絶対に認めてはいけないという高橋教授のメッセージは、全国で日々安倍政権の戦争する国づくりの策動とたたかっている団員にとって大きな力になったことと思います。
五 分科会
 今回の分科会も従前どおり、経験交流と討論とを交えて行われました。分科会の概要は次のとおりです。
1 憲法分科会(一日目、二日目)・選挙制度(二日目)
 憲法分科会は、二日間にわたって討論が行われました。
 一日目は、山崎徹団員から「日本をめぐる安全保障環境の変化について」というテーマで報告があり、続けて松島暁団員から「日米新ガイドラインの改定について」というテーマで報告を受けた上で、情勢について討論しました。
 その後、田中隆団員から「戦争法制の構造と論点・問題点」について報告があり、国会で審議が始まった戦争法制について熱い討論が行われました。
 二日目は、山口真美事務局長から「戦争法制阻止のとりくみ」として団として今後とりくむべき運動について報告を行い、各支部の団員から取り組んでいる運動や今後予定している運動について報告がなされました。各地域の支部、ベテラン、若手とバラエティーに富んだ団員から様々に工夫した運動が報告されました。
 二日目の討論では、前日深夜に反対多数で勝利した大阪都構想についても、支援のお礼と勝利の報告がなされました。
2 労働分科会(一日目、二日目)
 本分科会は二日間に亘って行いました。
 初日は労働法制改悪問題がテーマでした。通常国会で審議中の労働者派遣法「改正」案と労働基準法「改正」案(残業代ゼロ案)について、討議しました。両法案とも悪法であって、その成立を阻むためにどうやってたたかっていくかということをテーマに、各地域の団員から積極的な発言がありました。またこの分科会の参加者からは、例の「一〇・一問題」文書や経済人との会合での「とりあえず(法案を)通す」などと発言した塩崎厚労大臣について辞任要求をすべきだ、という声が多くあがり、その後、団全体で辞任要求の申し入れを行うことになりました。また、今国会での審議にあわせて、各地域でそれぞれが活動していくということで意思統一がなされました。
 二日目は地域での労働裁判についての討議でした。非正規切りや各地域の解雇闘争等について積極的な発言がありました。
3 治安警察分科会(一日目、二日目)
 本分科会は、二日間にわたり開催され、一日目は、盗聴法の改悪と司法取引の導入を含む刑事訴訟法等の改正法案について、二日目は、弾圧事件「倉敷民商事件」について討論が行われました。
 一日目は、刑事訴訟法等の改正法案の情勢の認識の共有と今後の運動の方針等について、討議が行われました。五月集会終了後まもなく衆議院の法務委員会で審議入りする状況にあること、えん罪被害者が反対の声をあげていること等の影響により、共産党のみならず民主・維新を含めた野党が反対にまわる状況になってきたことから、位置づけとしては対決法案になっていることが確認され、今後の運動としては、マスコミに報道を促すこと、法務委員の議員の地方事務所に働きかけること等が確認されました。
 二日目は、倉敷民商事件について、判決内容の報告と控訴審でのたたかい方について討議され、控訴審においては、最高裁を意識して新しい争点を提起すべき等の積極的な意見が出されました。
4 教科書分科会(一日目)
 前半は、育鵬社の中学の公民及び歴史教科書の問題点について、現在、教科書PTで作成を進めている意見書に沿って、各担当者から報告がなされました。育鵬社の教科書は、権利よりも義務を強調し、天皇制について大日本帝国憲法下のそれと連続性のあるものと捉え、それ故に国民主権を軽視し、さらに愛国心を強制するなど、日本国憲法の理念を蔑ろにした問題のある内容であることが確認されました。
 後半は、各地からの報告がなされ、過去に採択がなされてしまった地域を中心に、その経験を生かすとりくみが報告されました。育鵬社の教科書が採択されたことがない地域についても、危機感を持ってとりくむ必要性が確認されました。
 最後に、小林善亮団員から、(1)展示会へ参加してアンケートで反対の意見を表明すること、(2)教育委員会に要請を行うこと、(3)地域で学習会や街頭宣伝を行うこと、などの行動提起がなされ、今後につながる分科会となったことと思います。
5 原発分科会(一日目)
 福島第一原発事故から四年が経過し、政府による原発の再稼働の動きが具体化する一方で、司法においては原発を止める動きが出てきています。今年の分科会では、裁判官として、また弁護士として原発訴訟にかかわった井戸謙一弁護士(滋賀県弁護士会所属)を講師にお招きして、「脱原発と司法の役割」と題してご講演をいただきました。 
 講演では、原発訴訟においては、原発による過酷事故のリスクは今や誰も否定できず、そのリスクを社会が受け入れるべきかどうかということが問われており、その答えが出せるのは科学者ではなく司法の役割である、この国の将来を左右する判断を裁判官に決断させるためには、圧倒的な世論の支持が必要であるという指摘をされました。その意味で、原発事故被害の実態を風化させずリアルな現実を裁判所に伝えていく活動が不可欠だということです。
 次に、団員から被害救済訴訟の現状と課題を報告いただきました。 最後は、原発の問題は究極的には核エネルギーと人類存亡の問題であり、人類は核と共存できないこと、核の廃絶こそが人類の目指すべき道であることを戦後七〇年の被爆地広島で確認しました。
6 リニア特別分科会(一日目)
 二〇二七年に東京―名古屋間を最速四〇分で結ぶリニア中央新幹線への関心が高まっています。一方で、リニア建設による自然破壊などに不安も感じる住民も多くいます。
 本分科会は、関心が高まりつつあるリニア中央新幹線の問題を団内にも提起するきっかけになることを意図して開催しました。
 当日は、四〇名近い参加があり、東京、神奈川、山梨、長野、名古屋といったリニア開通駅近郊の事務所から多数の団員が参加しました。
 冒頭に環境訴訟に取り組んできた関島保雄団員から、リニア建設が複合的な問題を抱えていることについて基調報告がありました。リニア建設は、(1)断層破壊、多大な残土処理、水源枯渇などの自然環境・生活環境の破壊、(2)高速移動がもたらす地域経済への影響、(3)莫大な電力消費と原発増設、(4)電磁波による人体被害といった多岐にわたる問題を抱えています。開通駅近郊の事務所の団員からも、こうした問題について、地域住民から疑問や不安が続出していると発言がありました。
7 ヘイトスピーチ分科会(二日目)
 本分科会は、我が国で現在大きな社会問題となっているヘイトスピーチに対してどうたたかっていくかということをテーマに開催しました。
 分科会ではまず、新大久保等で行われているヘイトスピーチデモの動画を上映し、また在日の弁護士の方に発言をしてもらうなどし、被害の実態の紹介を行いました。その上で、運動論として、大阪市での条例案作成に参加している団員の発言や法規制の是非についての団員から発言等をしてもらいました。
 参加者の方がみな大きな関心をよせていたからか、二時間強の時間では収まりきらず、もっと多くのかたから発言を戴けなかったのは残念でした。ですが、このことが本当に深刻な社会問題であって、法規制の是非の観点のみで語るのではなく、どうやって立ち向かっていくかというのを考えさせられる分科会になったかと思います。団としてヘイトスピーチの問題に取り組んで行くためのきっかけにしたいです。
8 貧困・社会保障分科会(二日目)
 本分科会は、住まいの問題を中心テーマに開催しました。
 前半は、NPO法人自立生活サポートセンターもやい理事で貧困問題で数多くの著作があり現在も第一線で活躍する稲葉剛さんにご講演をいただきました。講演では、居住の実態調査から、若者を中心に脱法ハウス問題などの多様な問題が相互に関連する構造やその背景事情など分かりやすく解説していただきました。
 また、後半では、千葉県銚子市で起きた県営住宅母子心中事件についての報告、意見交換を行いました。冒頭では本年一月一九日の要請行動の様子などの報道映像を流し、その後、千葉支部の藤盛夏子団員、田村陽平団員、東京支部の林治団員がそれぞれ銚子市、千葉県の対応について報告しました。なぜこのような悲惨な事件が起きてしまったのか、会場からも自治体の消極的対応等を疑問視する意見などが寄せられました。
 その他、十分な時間が取れずにご迷惑をお掛けしましたが、生活保護の基準引き下げ訴訟の全国的取組などの各地のご報告もありました。参加者は若手団員を中心に七〇名を超え、団として今後も貧困問題への積極的な取り組みが期待できる、充実した分科会となりました。
六 全体会(二日目)
 分科会終了後、全体会が再会され、次の一〇名の全体会発言がありました。テーマと発言者は次のとおりです。
(1)大阪都構想をめぐるたたかいと勝利
   大阪支部・上山勤団員
(2)沖縄・辺野古新基地建設阻止に向けた全団的支援を訴える
   沖縄支部・仲山忠克団員
(3)北星学園大学に対する攻撃への対処
   北海道支部・郷路征記団員
(4)盗聴法拡大・司法取引制度導入阻止のために全力で取りくみを
   東京支部・加藤健次団員
(5)労働法制(労働者派遣法・労働基準法)改悪と今後の取り組みについて
   東京支部・三浦祐哉団員
(6)「つくる会」系の教科書の採択を許さないとりくみ
   大阪支部・辰巳創史団員
(7)福島第一原発事故被害救済と原発ゼロ社会の実現を目指して
   東京支部・柿沼真利団員
(8)倉敷民商弾圧事件の経過と今後の課題について
   岡山支部・則武透団員
(9)世界最初の被爆地広島から核廃絶に向けての取り組みを報告し、連帯を訴える
   広島支部・佐々木猛也団員
(10)戦争法制を阻止するために
   東京支部・田中隆団員
 全体会発言に引き続いて、次の九本の決議が執行部から提案され、会場の拍手で採択されました。
(1)戦争法制の制定を許さず、平和国家としての歩みを堅持することを求める決議
(2)辺野古新基地建設の断念を求め、海上保安庁の過剰警備に対して抗議する決議
(3)冤罪防止に逆行し、監視・密告社会をもたらす盗聴法拡大、司法取引制度導入を阻止する決議
(4)労働者派遣法「改正」案と労働基準法等「改正」案の廃案を要求する決議
(5)「つくる会」系(育鵬社版・自由社版)の歴史・公民教科書の採択を許さない決議
(6)福島第一原発事故による被害の全面救済の実現及び原発推進政策からの即時撤退を求める決議
(7)TPP(環太平洋連携協定)交渉からの早期撤退を求める決議
(8)リニア中央新幹線計画の中止を求める決議
(9)司法修習生に対する給費制復活を求める決議
 以上の決議が採択された後、拡大幹事会が開催され、新人団員の入団が拍手で承認されるとともに、改憲阻止対策本部の拡充が確認されました。
 続いて、今年一〇月の総会開催地である宮城県支部の庄司捷彦団員から、開催場所となる宮城蔵王の紹介と歓迎の挨拶がありました。
 最後に、広島支部の池上忍団員から閉会の挨拶が行われ、全てのプログラムが終了しました。
七 プレ企画について  
 例年どおり、五月集会の前日(一七日)に、プレ企画がもたれました。
1 将来問題
 若手団員交流集会「どう稼ぐ、どう活動する」その二と題して、六〇期以降の若手団員を対象に「稼ぎ」と「活動」をテーマに交流会を開催しました。「若手団員」交流会という打ち出しでしたが、三〇期、四〇期代からも多数参加し、計三〇名の参加がありました。
 前半のテーマ「弁護士としての財政基盤の確立のために」では、自由法曹団の特徴を活かしながら、稼ぎと活動のバランスをとりつつ、どう財政基盤をつくっていくのか、といった問題設定で意見交換を行いました。
 後半のテーマ「活動参加」では、若手団員の要求や発想を生かしながら、支部や事務所の活動を盛り上げて、広い参加を得るようにするにはどうしたらよいか、といった問題設定で意見交換を行いました。
2 新人学習会
 新人弁護士学習会は、大ベテランの佐々木猛也団員(二一期)と若手の西川研一団員(六〇期)に講演をしていただきました。
 佐々木団員は、団員として取り組んだ原爆症認定訴訟・核兵器廃絶運動などをテーマに、長年にわたる経験に基づいてお話をいただきました。特に、「私は原爆が炸裂するのを見ました。」とご自身の五歳のときの鮮明な記憶をお話いただき、原爆、核兵器の悲惨な実態がひしひしと伝わりました。
 西川団員は、ダンス営業規制によって逮捕・起訴された被告人に寄り添い、無罪を勝ち取っただけでなく、それをきっかけに法改正運動につなげていった経験を、ありのままに語っていただきました。成功した部分だけではなく、もう少しこうしたらよかったという反省点も本音で語っていただきました。
 対照的なお二人の団員の話に、新人弁護士は熱心に聞き入っていました。
3 事務局交流会
 今年の事務局交流会では、まず、広島の団員から原爆症認定集団訴訟の取り組みの報告をしていただき、地元広島の女性から被爆体験を語っていただきました。一四歳の時の壮絶で地獄のような体験をとてもリアルに具体的にお話していただき、会場からはすすり泣く声も聞こえました。参加者の胸には様々な思いが沸き起こったことでしょう。当時は「生き残ったことが恥ずかしい」、「生きていてはいけない」という思いを持ったそうです。その後も、原爆症に苦しみ、戦争の苦しみは七〇年経った今でも何も終わっていない、今の政治は「いつか道」であり、絶対に繰り返してはいけないということを訴えておられました。次に、団事務所が地域とつながるためには事務局として何ができるかという議論がされました。地域行事への参加や、顧問先などのあいさつ回りや、事務所周辺への宣伝広告の全戸配布など、事務局員ならではの取り組みが報告され、分散会でも活発な意見交換がなされました。
八 最後に
 安倍政権は、昨年七月一日に立憲主義を踏みにじって閣議決定のみで「集団的自衛権」の行使を容認するよう憲法解釈を変える暴挙を行い、今国会において戦争法制の成立をねらっています。「戦争法制」は、集団的自衛権の行使容認を法制化し、アメリカの戦争に自由に自衛隊が参戦する途を開くものであり、日本を戦争する国にしようとするものです。戦争法制とあわせて盗聴法の拡大や司法取引の導入を目論んでおり、日本を監視・密告社会にし、戦争に反対する国民の声を封じ込めようとしています。沖縄・辺野古での新基地建設の強行、原発の再稼働、雇用ルールを破壊する労働時間法制の改悪、TPPの早期妥結、年金や社会保障の切り下げなど、国民を犠牲にする政策を続けています。五月集会では、こうした情勢を受けて、全体会及び八つの分科会において、いずれもたいへん熱心な討論が繰り広げられました。今回の討論集会が団員一人一人の全国各地での今後の活動にとって役立ちうるものになったのであれば主催者側としてたいへんうれしく思います。
 最後に、今回の五月集会も、地元広島支部の団員の皆様、事務局員の皆様方の多大なるご尽力によって成功しました。執行部一同、御礼申し上げます。ありがとうございました。


五月集会、眠れない夜に・・・

福岡支部  永 尾 廣 久

眠れない夜になりそう・・
 五月一七日(日)夜は遅くまでテレビの前にいた。日ごろはまったくテレビを見ない私だが、この日は広島・宮島での五月集会に来ていて、同期(二六期)の弁護士六人と一緒にテレビにかじりついていた。大阪都構想についての住民投票の開票結果をみるためだ。
 夜一〇時すぎに始まった開票速報は橋下への賛成が二%ほども上回っていた。こりゃあダメだ、一斉にため息がもれた。今夜は眠れないな・・・・。
 この住民投票は大阪都構想への賛否を問うものだが、憲法改正国民投票の予行演習としても位置づけられていた。つまり、白を黒と言いくるめるマスコミ操作の効果ほどを、そして、どれだけのお金をかけたら国民をごまかせるのかという壮大な実験場でもあった。だから、私にとっても負けられない、負けてほしくない住民投票だった。大阪市民でなくても、じっとしていられない気分だった。
 その後、ちょっと席を外して別室に行っていると、テレビの前で歓声があがっているのが聞こえてきた。何だろう、何が起きたのか不審に思って戻ると、逆転したという。そして、それは本当だった。ついに夜一〇時半すぎに、NHKは反対が賛成を上回るというテロップを流した。まだそのときの票数では賛成のほうが反対を上回っていた。それなのに、いったいどうなっているのか・・・。
 私の経験では、開票所では賛成と反対を別の山に分けるので、遠くから見ていると、どちらが多いのか一目瞭然になっている。だから、NHKもきっと開票現場の状況を確認して、うち出したのだろう。
 実は、五月集会の会議のなかで大阪のI団員が、今日は反対票が圧勝するという楽観的見込みを述べていた。マスコミの事前予測では賛否は伯仲していて、しかも賛成がまき返しているということが報じられていた。だから、私は大変心配していたのだった。
 安倍首相は、投票日直前にひそかに関西に来て、大阪の経済界に圧力をかけた形跡があるというニュースも流れていた。そして、安倍政権が創価学会本部に圧力をかけた結果、今回の住民投票が実施されることになったという経緯もある。お金の力は恐ろしい。
 結局、一万票の差で反対が勝った。本当に良かった。これで眠れない夜はなくなり、この日も、ぐっすり眠ることができた。
 驚いたのは、橋下市長の敗北記者会見だ。夜一一時一〇分すぎから記者会見が始まったので、私はその前半だけ見た。なんと橋下は笑顔で登場し、記者会見の最中、その笑顔を崩すことは一度もなかった。結局、橋下にとって都構想が実現できるかどうかなんて、どうでも良かったのだ。本気で実現しようと思っていたのだったら、ここで悔し涙を流すべきだろう。自分の個人的な思いが実現できるかどうかだけだったからこそ、こんな空虚な笑顔を見せることができたのだ。政治家として失格であるというだけでなく、橋下は人間として信用できない。にもかかわらず、今なお橋下をもてはやす勢力がいるのは本当に怖い。また、橋下は民主主義に貢献したというようなことも言っていた。橋下のいう民主主義は単純な多数決原理でしかないと思う。そこには、政治は弱者の生活と権利を守るという視点はまったくない。
団通信の現況
 五月集会では毎年恒例の団通信の一年間のまとめが配布された。団員が増えているのに投稿数が低迷、減少傾向にあるという。これは本当に困ったことだ。常連投稿者である私からしても、もっと面白い記事を読みたい。山口の内山新吾団員が今度、日弁連副会長になったので、たまには副会長の目から見た記事を書いてほしいものだ。内山団員の文章は、いつも面白いから期待している。
 また、HPへの団外からのアクセスも八万件が七万件へ、一万件も減っている。これもまた、とても心配だ。国民の関心が自由法曹団に向かないなんて、この情勢で考えられないことだと思う。
 投稿者の最多は、今回も我が二六期(一九六通)だった。次は三一期(一七八通)、四〇期(一六四通)、五三期(一六〇通)。
 地域的には、いつものことだが、四国(一六通)、北海道(六六通)があまりに少ないと思う。愛知支部(八七通)も意外に低いのに驚く。そして、兵庫県支部がわずか三七通というのも寂しい。
 田中隆・広報委員長は積極的に投稿を求めている。私も全国各地の、いろんな世代のさまざまな話題を団通信を通じて知りたいと思っている。
 それにしても、難しい内容を、難しいまま書いている記事が多い。もっと、分かりやすく書いてほしい。石田法子団員(大阪弁護士会の前会長。私と同年生まれ)が、日弁連の文章は難しすぎると日弁連副会長退任の辞に書いていたが、まったく同感だ。モノカキを自称する私にとっても、弁護士の文章には難解すぎる表現が多すぎる。もっと工夫と努力を求めたい。
石川元団長のイラン旅行
 この五月ゴールデンウィークに石川元也元団長がイランへ旅行してこられたという。「えっ、危なくなかったのですか?」と、思わず訊き返した。
 日本人の多くは、いま、イランやイラクは危険地帯だと考えていると思う。石川団員も、旅行に行く前は、いささか不安があったようだ。ところが、イランに着いてみるとそんな不安はたちまち吹っ飛んだという。フランスやドイツなど、ヨーロッパからの大量の観光客で観光地は一杯だったらしい。そして日本人観光客はほとんど見かけなかったという。安倍内閣の情報操作は、こんなレベルまで私たちを左右しているのだ。
 治安の心配は無用。ただし、イラン国内ではアルコールは厳禁で、実際に飲めなかったという。ガイドがこっそり飲ませようなら、それが発覚したら仕事を奪われてしまう。そんなリスクがおかすガイドはいない。なるほど・・・。
 まあ、それにしても延々とバスの旅行だったようで、石川団員の元気には脱帽。
 いま、中国にも韓国にも日本人観光客が激減しているようだ。日本へは大量の中国人観光客が来て、例の「爆買い」が話題になっている。
 こうみると、日本人は政府のマスコミ操作にあまりにも弱いような気がする。安倍の言いなりに動いている日本人が、なんと多いことか・・・。みんな、もっと海外に出かけよう。交流しよう。
 戦争を起こさせないためには、「上」がどうあっても、「下」でしっかり交流し、親しくなっていることが大切。そこが今の日本には弱くなっている。これでは、いけない。
 以上、五月集会の報告でした。


戦争法制阻止に向けてたたかいを強めよう!
二〇万部完売。ご好評につき一〇万部増刷しました!
リーフレット「平和な戦後が終わる」の普及のお願い

改憲阻止対策本部

 自由法曹団で五月一二日に発行したリーフレット「平和な戦後が終わる」がご好評をいただいています。初刷り五万部が一週間で完売、二刷りも五月いっぱいでほぼ完売となり、緊急に増刷することにした一〇万部も即日完売。さらに一〇万部を増刷することにしました。
 五月二六日からは戦争法制の本格審議が始まりました。戦争法制が成立すれば、自衛隊は、アメリカが起こした戦争に荷担するため、いつでも、どこでも、切れ目なく世界に派兵されます。しかし、世論調査の結果を見れば、日本国民が戦争法制の成立を望んでいないことは明らかです。戦争法制の危険性を広く国民に訴え、日本全国で法案の成立を阻止する運動を大きな波にし、戦争法制に反対する国民の声で国会を取り囲みましょう。
 リーフレット「平和な戦後が終わる 安倍政権の戦争法制づくり 戦争で平和が創れますか?」は、A4版のフルカラー両面刷りです。自由法曹団のホームページで表紙をご覧いただけます。「いつでも、どこでも、切れ目なく」自衛隊をアメリカの戦争に荷担させる危険性を明らかにした内容です。
 街頭での反応もよく、わかりやすい、配りやすいとたいへん好評です。リーフレットをいっせいに依頼者に送付するとりくみをしている法律事務所もあります。法案の危険性を訴える宣伝ツールとして、ぜひ、ご活用ください。多数のご注文をお待ちしています(ご注文は団本部までお寄せください)。
 計二〇万部増刷となりましたので、一枚当たりの単価を五円にできました。
*三刷りからは一枚五円です。
(郵送費は、別途御請求いたしますので、御負担お願いいたします。)
*一〇〇〇枚以上をまとめてご注文の場合は送料無料です。
*御注文の順に発送いたします。ぜひ、お早めに御注文ください。