自由法曹団通信:1586号      

<<目次へ 団通信1586号(2月1日)


鈴木 雅貴 東北ブロック総会・市民連合との交流企画の報告(下)
後藤 富士子 「単独親権制」の正体(下)
大久保 賢一 「『兵士の視点』も理解を」が意味すること
永尾 廣久 お正月の正しい過ごしかた(下)



東北ブロック総会・市民連合との交流企画の報告(下)

福島支部 鈴 木 雅 貴

五 意見交換(続き)
 先ほど、④意見交換は懇親会で行ったと説明したが、団員三四名、市民連合二一名の計五五名が参加し、交流企画の出席者のほとんどが宿泊付き参加であったことから、懇親会で意見交換をすることに支障はなかった。
懇親会(一次会)の二時間は、単なる酒席ではなく、団員、市民連合双方の白熱した意見交換の場となった。
 また、市民連合の出席者は、多才であり、岩手と宮城がデュオを組み、四曲も!披露していただいた。司会の私には、事前に一曲歌いたいとの申し出しかなかったが、進行の都合上、曲数が増えたことにまず驚いたが、それ以上に演奏と歌のうまさに驚いた。宮城の出席者は、仙台のうたごえ喫茶のマスターだった人とのことである。幹事長と宮城の団員数名がステージに上り、ともに歌っていた。
 他の市民連合の出席者は、民謡を披露し、会場を沸かせていた。
 その後、会場を宿泊部屋に移し、二次会、三次会、四次会と団員と市民連合との交流は続いたが、参加者全員が楽しく飲み・生演奏で歌い・笑いしていたが、これ以上の他言はしないこととする。

六 最後に
 市民連合との交流企画の紹介に本稿の多くを割いたが、それは団と市民連合との交流を進めてみては?という趣旨である。懇親会の紹介も、交流を勧める意味という趣旨で記載させていただいた。支部単位、ブロック単位での交流、さまざまあり得ると思う。
 最後に、本ブロック総会にご協力いただいたすべての団員の先生方に感謝申し上げます。


「単独親権制」の正体(下)

東京支部 後 藤 富士子

三 親権を制限する法律上の根拠(続き)
 民法八二〇条は「親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」としている。そして、家庭裁判所が父または母の親権喪失審判をできる場合の要件として、虐待、悪意の遺棄、親権行使が著しく困難または不適当であることにより子の利益を著しく害することをあげ(同法八三四条)、親権停止については、親権行使が困難または不適当であることにより子の利益を害することである(同法八三四条の二)。なお、親権喪失・停止の要件が専ら親権行使としての監護にあるから、親権とは別に監護権だけを喪失・停止させることはできない。そうすると、民法が定める親権喪失事由はおろか親権停止事由もないのに、「子の福祉」を理由にして片方の親の親権を喪失させる単独親権制は、民法体系に整合しない。
さらに問題なのは、離婚前の別居した夫婦間で子の監護に関する紛争が生じた場合、父母の共同親権に服する子について、家事事件手続法に基づき「監護者指定」「子の引渡し」を命ずる保全処分や本案審判がされることである。そこでは、「監護者指定」は「単独監護者指定」であり、片方の親の監護権を喪失させることによって、他方の親への「引渡し」を命ずることを可能にする。そして、「子の引渡し」を命ずる保全処分や本案審判は、当該親の親権を実質的に制限する権力的効果を有しているが、その実体法上の根拠は見当たらず、法定手続を保障した憲法三一条に違反する。
 また、児童福祉法でも、「児童の福祉」の名の下に、親権行使が容易に制限されている。たとえば、同法三三条の一時保護は親の同意がなくても行える強制処分であるが、保護した児童に対し、児童相談所長は、監護、教育および懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができるとされている(同法三三条の二第二項)。また、同法四七条三項でも、児童施設に入所中の児童について、親権者がいても、施設長は、監護、教育および懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができるとされている。これらの規定により、現実には、親権の内容である監護、教育、懲戒の権限が親から剥奪されて児童相談所長や児童施設長に移されるに等しい。しかし、なぜそのような権限移転が可能になるのか民法には規定がなく、専ら「児童の福祉」が「錦の御旗」になっている。

四 「国親思想」の克服 ― 親の「子育てする権利」の確立
 私が日常的に実務の中で感じている「不思議」は、一応、形式的には法律に基づいて行われているにもかかわらず、法適用の結果としてもたらされる「現実」があまりに法の理念とかけ離れていて、当事者にとって耐えがたい苦しみになっている現象である。「単独親権制」も「監護者指定」「子の引渡し」も、裁判所が「子の福祉に適う」として国家権力を行使している。児童福祉法の措置でも、「児童の福祉のため必要」として公権力が行使される。
 しかしながら、「子の引渡し」の執行の現実をみると、こんな裁判をした裁判官には子どもがいないのか?どんな子育てをしているのか?と疑うほど「顔が見えない権力者」である。そして、親子ともども著しい心的外傷体験となり、容易に回復できない。
 ところで、「選択的夫婦別姓」論者は、論理が共通する「単独親権制廃止」ないし「離婚後も共同親権制」に賛同するかというと、現実にはそうとは言えない。むしろ、単独親権制維持論者が多いように思われる。それは、なぜか? 答えは簡単である。幼い子どもを現に監護するのは主に母親であり、戦前は虐げられていた母が離婚後の親権者になる道が開かれ、男女同権になったからである。「選択的夫婦別姓」論は、法律婚制度の仲間入りを主張するところがミソで、あたかも「名誉白人」を想起させるが、婚姻時の氏の選択で「弱い立場にある妻」が法律婚による国家の保護を要求する。この点が、「弱者である子ども」の福祉を国家が保障するという「国親思想」と共通する。
 しかしながら、事実婚によって旧姓を維持できるのに、法律婚の保護を受けるために旧姓を棄てざるを得ないという女性が、社会制度を変革する力を持っているとは思えない。また、単独親権制廃止をともに闘おうとせず、むしろ単独親権制を「女性の既得権益」として維持しようとしているように見える。一方、「事実婚」の場合は、最初から父母のどちらか一方の単独親権が強制され、父母の共同親権にする方途はない。このことに照らすと、旧姓を保持するために「事実婚」を選択した夫婦なら、「単独親権制廃止」に共感するのではないかと思われる。
 憲法二四条が規定する「個人の尊重と両性の本質的平等」という理念は、「国親」をアテにしないで自立した個人にしか実現できないものである。そして、未婚・離婚にかかわらず、父も母も「子育てする権利」を公権力に奪われないようにすることが出発点ではなかろうか。すなわち、「子の福祉」の名による公権力の介入と引換に「私生活の自由」が奪われることを悟るべきである。
(二〇一七年一月九日)


「『兵士の視点』も理解を」が意味すること

埼玉支部 大久保  賢 一

 中西寛京大教授が、一月一五日付毎日新聞朝刊の「核廃絶の理想と現実」と題するコラムで「兵士の視点」も理解を、と主張している。概略以下のとおりである。

 兵器は犠牲者にとっては人殺しの道具であるが、兵士にとっては自らと愛する人を守る手段である。核兵器は、平和運動家にとって最悪の非人道的兵器である一方で、軍事戦略家にとってはその脅威によって戦争を回避することを可能にする兵器でもある。核兵器禁止条約に対する日本政府の立場は、まさにこの犠牲者と兵士の視点で引き裂かれている。禁止条約は核兵器廃絶を目指す取り組みであるから、日本政府がこの条約の精神に反対することは困難である。しかし、「兵士の視点」から考えた場合、化学兵器や対人地雷と同列に扱う条約案は現実性を欠くだけではなく、核廃絶にとってもマイナス効果を持つかもしれない。核兵器国は条約に賛成していないから、発効する可能性はないので宣言的文書にしかならない。核抑止は絶対的なものではないが心理的効果を持っており、それは軍事政策全般に及んでいるので、補助的な役割しかない兵器とは根本的に異なる。核兵器だけ取り出して削減する計画は、一定程度進んでも、国際情勢を不安定化するなら大きな揺り戻しをもたらす危険性を持つ。日本人の核廃絶の願いは真摯なものだが、そうであればこそ「兵士の視点」を理解する努力も必要となる。

 結局、氏は、核兵器の廃絶はいうけれど、国際環境の現実の中での核兵器の役割を考えれば、核兵器禁止条約は非現実的であるだけではなく、負の役割を果たすことになるとしているのである。核兵器禁止条約の交渉開始に反対している日本政府の姿勢を、「兵士の視点」から理解しようという理屈でサポートしているのである。

 こういう論稿を読むのは不愉快だけれど、このような議論を乗り越える論理と運動が求められているのであろう。

 氏は、兵器は自身と愛する人を守るものだという。そこには、国家によって戦場に送り出された兵士が、兵士相互の殺傷を強制される戦争という不条理についての視点は全くない。「兵士の視点」をなくすという視点がないのだ。
 また、戦闘行為において、無差別兵器や残虐兵器などの使用は禁止されているという国際人道法の視点もない。核兵器は平和活動家にとってだけ非人道的兵器であるのではない。核兵器は、無差別なだけではなく、兵士を残虐に殺傷する兵器でもある。こういう「兵士の視点」も必要なのである。

 氏は、日本政府は犠牲者と兵士の視点との間で引き裂かれているという。けれども、引き裂かれてなどいない。政府は、核兵器国と非核兵器国のかけ橋の役割を果たすなどというけれど、核兵器国と歩調を合わせ、条約交渉の開始に反対しているのである。氏の議論は政府の態度を免罪するものである。
 氏は、禁止条約は非現実的だとか、無意味だとか、マイナスの役割を果たすなどという。もし、この禁止条約の交渉開始が、国際政治の上でその程度の影響しかないのなら、核兵器国としても放っておけばいいだけの話であろう。けれども、アメリカは、核兵器禁止条約交渉開始決議に反対するよう同盟国に必死に働きかけたのである。アメリカは交渉が開始され、核兵器を違法としその廃絶を求める条約が成立すれば、核兵器の違法性が確立され、その使用のみならず、配備や移転などにも支障がでることを恐れているのである。このように条約交渉の開始決議は、アメリカに大きなインパクトを与えているのである。そのこと自体が、この条約の国際政治に与える影響の大きさを物語っているといえよう。氏の議論は、禁止条約の成立に水をかけようとする姑息なものなのである。

 氏は、核抑止は絶対的ではないが、心理的影響はあるとしている。絶対的な抑止力などそもそもあり得ないし、核抑止論は心理的要素に依存する「理論」である。そして、氏は、核兵器は「戦争を回避することを可能にする兵器」であるかのように言っている。氏は、典型的な核抑止論者なのである。核兵器は、自分と愛する人を守るものであることを忘れるな、核兵器禁止条約を急いではならない、とお説教しているのである。私は、このような言説に騙されない。

 私は、「兵士の視点」をいうのであれば、核兵器の合理化ではなく、見ず知らずの人を殺傷することを強いられないこと、生まれてきたことを呪うような殺され方をしないこと、戦場の体験をトラウマにしなくて済むことなどを考えることだと思う。
 そして、氏には、学問研究の成果を、現実のあれこれの説明や政府擁護ではなく、非人道的で不条理な現実を改革し、核兵器の一日も早い廃絶のために生かすことを期待したい。
(二〇一七年一月一七日記)


お正月の正しい過ごしかた(下)

福岡支部 永 尾 廣 久

知ってトクする法律知識(続き)
 交際中の男女で、婚約までしていたわけではありませんが、女性が妊娠して中絶したというとき、女性は男性に損害賠償請求できるという東京高裁の判決があるというのを恥ずかしながら私は知りませんでした。黒崎合同の田辺匡彦団員の解説で教えられました。慰謝料や治療費等の二分の一の請求が認められています。
 年金の「三号分割」というのがあるのですね。きづかわ共同のQ&Aで知りました。平成二〇年四月一日以降に結婚したカップルが離婚するときには、合意や裁判所の決定によらず、被扶養者とされていた配偶者は年金事務所に分割請求すると、支払実績の二分の一が自動的に分割されるのです。離婚して二年以内に手続をしなければいけません。

多彩な趣味に目を見開かされて・・・
 名古屋第一には合唱部があり、なんと全国発表会に出場したといいます。信じられません・・・。所内懇親会の余興からスタートして、信州で合宿し、名古屋中地区「うたごえフェスティバル」コンクールに出場したところ、なんと県発表会へ。そして、県発表会でも、まさかの上位での全国発表会へ選出されたのでした。「仲の良さや楽しさが伝わってくる」「開放感のある伸びやかな歌声」と評されたのですから、たいしたものです。夢心地のまま参加した全国発表会では惜しくも入賞なりませんでしたが、いやはや、すごいことです。
 東京南部には「山部」があります。佐藤誠一団員を部長とし、昨年は二泊三日で八ヶ岳を縦直したのでした。いまは山小屋には掛け流しの温泉まであるのですね。高山植物の銀竜草やリンドウなど、目の保養になりますよね。
 三重合同の表紙写真は青空の下に映えるカルカッソンヌの古城です。私も事務所三〇周年記念誌の表紙に同じような構図の写真を載せました。私と同世代の村田正人団員は私と同じようにフランスに何度も行っているようです。私がカルカッソンヌに行ったときには、にわか雨に降られてしまいました。石坂俊雄団員は私と同期(二六期)ですが、長年のトライアスロン走者です。七〇歳になるけど、まだ出場するのかと訊かれて、八〇代の人だって参加しているから、まだ当分は出るつもりだと答えています。その精悍な顔つきは、いかにも若々しく、とても七〇歳とは思えません。
 団員の結婚式の写真はニュースによく紹介されていますが名古屋の倉知孝匡団員は、振袖の女性がヴァイオリンを弾くそばで和服でクラシックギターを弾いています。もちろん女性は新婦ですが、「眠っていた母の振袖」とのこと。うらやましい限りです。
 小倉南の高木健康団員の「ズッコケ三人組」も笑わせます。北九州市長選挙に立候補した高木団員と前田憲徳団員、そして三輪氏の三人が「平和のための戦争展」のとき、ギターを弾きながら歌い、これからもガンバローとこぶしをふりあげたのでした。その心意気や良し、ですね。
 東京の若手弁護士二人(江夏大樹・岸朋弘両団員)による「けんぽう漫談」も面白い企画です。落語で憲法を語って頑張っている飯田美弥子団員に続いて、漫談で憲法を語るなんて、実にすばらしいアイデアと実行力です。今後の大活躍を期待します。
 最後に、団員の消息として。東京駿河台の上柳敏郎団員は国際的にも活躍していますが、今年はローエイシア東京大会の組織委員会事務局長として活動中です。FBで今年は還暦を迎えると知り、もうそんな年齢になったのか、道理で私も古希が近いはずだと自覚したものです。そして、土井香苗さんが弁護士登録を抹消して、ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京のディレクターとして活躍しているとのことです。