自由法曹団通信:1587号      

<<目次へ 団通信1587号(2月11日)


鳥飼 康二 東中野「昭和の街ムーンロード」地上げ事件・勝訴判決のご報告
森 信雄 エミレーツ航空不当解雇事件について
川上 麻里江 あや子さんへ
増田 尚 泉佐野市(チェック・オフ)不当労働行為取消等請求上告受理申立代理人就任のお願い
松島 暁 安全保障論の何が問題か―リベラルとの共闘のために
金 竜介 ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早期実施を求める意見書〜自由法曹団員を力づける大阪弁護士会の決意表明
後藤 富士子 「すべての事実を考慮した最善の法解釈」
――イェイツ司法長官代理の抗議
守川 幸男 【書評】
霧山昴著
小説「司法修習生 それぞれの人生」を読んで



東中野「昭和の街ムーンロード」地上げ事件・勝訴判決のご報告

東京支部  鳥 飼 康 二

一.事件の概要
 JR東中野駅の北側に、戦後(昭和二〇年代)から発展し続け、今も懐かしい昭和の雰囲気を残す「昭和の街ムーンロード」という飲食店街があります。そこには、居酒屋、スナック、カラオケ、麻雀荘など、約三〇店舗が密集して軒を連ねており、テレビの刑事ドラマや映画の撮影でも、たびたび活用されてきました。また、毎年一〇月には「秋まつり」が開催され、手品ショー、ジャズライブなどを目当てに、一二〇〇人以上の見物客が訪れ、大変賑わっています。
 ところが、都内各地で進む再開発の波が、「昭和の街ムーンロード」にも押し寄せ、二〇一五年四月、高層マンション建設を目論む再開発業者が原告となって、店主らに立退きを求める裁判を東京地裁に起こしました。
 そして、この裁判(東京地裁平成二七年(ワ)第一二一三七号、同一三四一三号)を、代々木総合事務所の渡部照子、羽鳥徹夫、三浦佑哉、私(鳥飼)の弁護士四名体制で担当することになりました。

二.裁判の経緯
 建物賃貸借契約解約の「正当事由」(借地借家法二八条)として、(1)建物使用の必要性、(2)建物の老朽化、(3)再開発の実現可能性、(4)「昭和の街ムーンロード」の存続必要性、などが争点となりました。
 裁判の中では、建物の老朽化についての一級建築士の専門意見書、東中野駅周辺の再開発計画についての中野区議会議員の陳述書、「昭和の街ムーンロード」の賑わいを紹介する新聞記事など多数の証拠が提出されました。また、存続を求める常連客の嘆願書も提出されました。
 毎回の傍聴席が常連客の皆さんで埋められる中、裁判は進み、二〇一六年九月、本人尋問が行われ、店主らは、一歩も退かない覚悟で、「昭和の街ムーンロード」で商売を続ける意義を裁判官へ訴えました。そして、二〇一七年一月一七日、判決を迎えました。

三.判決
 緊張した空気が張り詰める法廷で、裁判長が、「主文 原告の請求をいずれも棄却する。」と判決を読み上げたとき、歓喜の声がわき上がりました。
 判決では、「原告が意図する再開発は、中野区の計画や他の公共事業に基づくものではなく、原告ないし他の私企業の計画に基づくものである」として、再開発の公共性を否定しました。
 そして、「再開発計画の実現可能性や原告自身が再開発の主体となるか否かについても判然としない」として、再開発の実現可能性に強く疑問を投げかけました。
 また、「その立地である本件飲食店街の雰囲気とともに、店舗内の雰囲気によって営業が成立しているということができ……他所に移転して営業を継続することには大きな困難を伴う」として、「昭和の街ムーンロード」の中で商売を続ける必要性を認めました。
 更に、「劣化の状態は構造上の影響はなく、適切なメンテナンスの実施により倒壊などの危険性はないとも判断されていることからすれば、安全性の観点から明渡し及び取壊しを要する状態にあるということもできない」として、建物老朽化は問題ないと判断しました。

四.今後のたたかい
 東京地裁の判決は、ほぼ私たちの主張を採用した全面勝訴の判決でした。この勝訴判決は、店主本人の強い意思、私たち弁護団の訴訟戦略、常連客の支援、地元商店街の店主たちの支援、この四つの力が一体となって得ることができた勝利です。
 再開発業者(原告)は、東京高等裁判所へ控訴して争ってくると予想されますが、再び四つの力を結集して、勝利(控訴棄却)を得るためにたたかいます。


エミレーツ航空不当解雇事件について

大阪支部  森   信 雄

一 事案の概要
 エミレーツ航空はドバイを本拠とする巨大企業であり、長期にわたり黒字を計上している。
 西日本支店は日本におけるコールセンター業務を担っていた。
 二〇一三年一月、パワハラ及び残業代未払問題を契機に三名の従業員が航空労組連絡会航空一般労働組合スカイネットワーク大阪支部に加入し、分会を結成した。
 会社は、経営合理化策の一環と称して、同年五月に中国・広州コールセンターに日本語デスクを開設し、大阪コールセンターあての電話が転送されるようになった。組合は、業務量減少に伴うリストラの危惧を持ち、会社に問いただしたが、会社は「雇用は保障され、配転もない」旨回答した。
 同年六月以降、パワハラ及び残業代未払問題を議題として団交が行われたが、二〇一四年三月になっても未解決のままであった。組合は引き続き会社の責任を追及したが、同年五月、会社は、大阪コールセンター等の廃止を発表し、廃止対象部門所属の従業員一三名(組合員三名を含む)に早期希望退職等の複数の選択肢を提案した。三つある新設ポジションへの応募期間は二日、希望退職への応募期間は二週間であった。
 組合は、団交が開催されるまで提案の凍結を求めたが、会社は無視し、本来の応募期限が過ぎた後に初めて団交が開かれた。
 組合は労使協議による解決を求めたが、会社は応じず、組合員以外の従業員は新設ポジションに異動したり、早期退職に応じた。組合員三名の処遇が問題となったが、会社は何ら手当てをせず、同年六月、大阪コールセンター廃止を強行し、従事すべき業務がなくなったとして組合員三名に自宅待機を命じ、同年九月に解雇した。
 組合員は、本件解雇は整理解雇の要件を欠き無効であるとして地位保全・賃金仮払いを求めるとともに本訴を提起し、組合は、本件自宅待機及び本件解雇は、職場における組合の影響力を減じさせることを目的としたものであり、不利益取扱い及び支配加入にあたるとして、不当労働行為救済申立てをした。
二 勝利の仮処分決定(二〇一五年三月三一日)
 裁判所は、本件解雇は整理解雇に該当し、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避努力、(3)人選の合理性、(4)解雇手続の相当性の四要素を総合的に考慮して判断すべきとしたうえで、人選及び解雇手続については不合理、不相当とは言えないが、本件解雇は経営戦略に基づくもので人員削減の必要性、緊急性に乏しく、そのような場合にはより高度の解雇回避努力の履行が求められるところ、十分に努力が尽くされたとは言えないとし、これらを総合すれば解雇は無効であるとして、賃金の大部分につき仮払いを命じた。
 人選の不合理性と解雇手続の不当性を認めなかった点に問題があるが、本件解雇を無効と判断したのは評価できる。
三 会社の不当労働行為を断罪した府労委命令(二〇一六年一〇月一一日)
 府労委は、詳細な事実認定を行ったうえ、人員整理の必要性について疑問が残り、自宅待機及び解雇の対象者の選定の合理性に疑問があり、解雇回避努力も尽くしたとは言い難く、手続きについても相当性がないことに加え、会社と組合との間にパワハラ及び残業代未払問題を巡って対立関係にあり、本件自宅待機及び解雇に至る経緯において組合軽視の姿勢が窺われることを考慮すると、会社は、大阪コールセンター廃止を口実として、本件自宅待機及びそれに連続する解雇に及んだと見ざるを得ず、不利益取扱い及び支配介入にあたるとして、@解雇がなかったものとしての取扱い及び賃金相当額の支払い、A謝罪文の手交を命じた。ほぼ完全勝利である。
四 速やかな解決をめざして
 仮処分事件及び府労委事件の勝利により、組合は大きな足がかりを得た。
 本訴での主張整理はほぼ終了し、そろそろ証人尋問という段階に至っている。また、府労委命令に対して、会社は再審査申立を行い、事件は中労委に係属した。
 組合員の職場復帰に向け、速やかな解決をめざしたい。(弁護団は、豊川義明及び谷田豊一、佐々木章(非団員)と筆者である)


あや子さんへ

北海道支部  川 上 麻里江

高橋あや子様
 弘幸さんの命日、二月二二日を前にして、私はまた、弘幸さんとあなたのことを思い出しています。
 昨年、二〇一六年の一二月一一日、北海道大学で「一九四一年一二月八日 北大生宮澤弘幸に何が起きたのか?―構成劇&講演のつどい―」という集会が開かれました。宮澤弘幸さん、あなたの夫になるはずだった弘幸さんが、「スパイ」の容疑で検挙され、二七歳の若さで命を奪われたあの「宮澤・レーン事件」を、北大OBによる「ビー・アンビシャス九条の会」会員を中心とするメンバーが、構成劇にして演じました。私は、この会のメンバーに、演劇の心得があるらしい弁護士ということで(?)出演を依頼されました。
 この劇で、私があなたの役を演じたことは、私にとってとても切ない、しかし大切な経験となりました。

 この劇に出演するまで、私は、弘幸さんの事件について、さほど真剣に知ろうとしていませんでした。もちろん、特定秘密保護法について考えるとき、弘幸さんの事件を知ることは必要不可欠であると知ってはいました。しかし、無知だった私は、弘幸さんが、帝国主義それ自体に疑問を持った形跡がなかったこと、むしろそれが世界を良くするものであると信じていたらしいことをもって、「このエリート青年は、事件さえなければ、きっと侵略者の利害に立っていい暮らしをするつもりだったんだろう」と、彼のことを実に冷ややかに見ていたのです。しかし、弘幸さんの心、戦争は国と国との戦いであって、人と人との間に本当に結ばれた信頼を揺るがすに値しないと見抜いていたこと、自ら主体的に考え、正しいと信じる行動を貫く心を知って、それまでの自分の了見がどんなに狭かったかを知らされたのでした。それどころか、私はあなたの役を演じると決まってから演じ終わるまでの数か月間、本当に、弘幸さんのことが好きで好きで仕方がなかったのです…弘幸さんが信じたもの、考えていたことをもっと知りたいと願いました。弘幸さんは、少し気取っていて、少し危なっかしくて、関心事が多いものだから、いつの間にかどこかに行ってしまいそうな……確かに忘れがたい人だったに違いない、と思いました。弘幸さんが貴重な夏休みを殆ど旅行に費やしてしまうなんて、いったいどうやって寂しさに耐えたものだろうかとか、書籍『ある北大生の受難』に登場する黒田しづという女性に嫉妬をしたりとか、そんなことを考えながら、国家の行為によって弘幸さんを奪われてから、ほかの誰とも結婚することなく九〇年ほどの生涯を過ごしたあなたの気持ちに、少しでも近づこうとしていました。
 客席から聞こえたすすり泣きのうちのいくらかは、間違いなくあなたに向けられたものだったと思います。歴史の中の大切な出来事を誰かに伝えたいとき、自分の問題として身近に捉えてほしいとき、演劇は非常に役に立つのだということを、私は実感したのでした。
 あや子さん。特高が弘幸さんに目をつけていると知ったとき、あなたはどうしたいと思いましたか。弘幸さんが検挙される可能性が高いとわかっていたら、レーン夫妻を慕って訪ねて行くのを止めようと思いましたか。あなたを演じた私の答えは…それでもやはり、弘幸さんには、己の信じるところに従って行動してほしいと望んだだろう、というものでした。あなたは弘幸さんの、広い視野と行動力、そして流されず信念を貫く生き方を、愛していたのではないですか。そういう弘幸さんに、憧れと尊敬の気持ちをもって、生涯この人と暮らしていきたいと、願ったのではないですか。
 平和憲法ができて七〇年が経ちました。弘幸さんのような人たちが、少しは生きやすい世の中になっただろうか、と思いを巡らせています。平和と人権の憲法が、喜びをもって受け入れられてから何十年かが経つうちに、この国の人たちは、平和にも人権にも慣れてしまって、そういったものを、かえって胡散臭いと思ってしまっているような気がします。弘幸さんも信じ、愛していたはずの国家が、時に国民に牙を剥き、命や絆を奪ってしまう場合があることを、忘れつつあるような気がします。ほんとうに、弘幸さんには戦後を生きてほしかった。帝国のエリート青年から、国家に裏切られた経験を土台に、さらに知見を広げて、本当の民主主義国家に日本を作り変える力をもった大人へと変貌する姿を見てみたかったと、心から思います。そしてあなたが、戦後の時代を、どんなに弘幸さんと一緒に生きたかっただろうと思うと、今でも時々涙が出そうになるのです。
 二〇一七年の今、特定秘密保護法はできてしまっているし、政府はさらに「共謀罪」なるものを作って、市民への監視を強めようとしています。一人の国民に「スパイ」の容疑が、人々の間に疑心をもたらし、絆を破壊し、多くの人の人生を変えてしまうものだということが、弘幸さんの事件を通じてよくわかりました。最も悲しかったのは、解放された弘幸さんが、監獄で失った健康を回復できずそのような世の中を再び作りだすことがないように、私たちの努力が問われているのだと思います。
 これからも、特定秘密保護法の廃止に向け、そして政府が戦争の教訓を忘れて突き進もうとしている諸悪法の成立阻止・廃止のための運動を続けることを、約束します。第二の弘幸さんを生まないために、そして、第二のあや子さんを生まないために。


泉佐野市(チェック・オフ)不当労働行為取消等請求上告受理申立代理人就任のお願い

大阪支部  増 田   尚

 全国各地で日夜、労働裁判・労働委員会闘争に取り組んでおられる団員弁護士のみなさまに、昨年一二月二二日に大阪高裁において、労働委員会には地公法適用職員との関係で救済命令を発することはできないとして、大阪府労委命令を取り消した不当判決に対する上告受理申立てにつき代理人に就任いただきたく、お願い申し上げます。

泉佐野市で不当労働行為が繰り返される異常事態
 大阪府泉佐野市では、関西国際空港開発の破綻の影響で、財政が悪化し、労使間での交渉を積み重ねた結果、相当な給与水準の引き下げが行われる一方、財政健全化計画を策定するなど、財政再建の努力が進められてきました。
 ところが、二〇一一年四月の市長選挙で当選した千代松大耕市長は、こうした経緯を無視して、労使間の協議・交渉を経ないまま、自身が選挙の公約で掲げたということのみを理由にして、早期健全化団体から四年で脱却するために、職員の給与を一律二〇%引き下げる条例案の上程を強行し、議会の修正を経て、同年六月に、八〜一三%もの職員給与削減条例を可決させました。
 その後も、千代松市長は、労使協議をしないまま、職員基本条例の制定や退職金削減などの勤務条件を引き下げる条例案の上程を強行したり、組合事務所の減免申請を不承認として一方的に使用料を徴収することを押し付けたりするなどの不当労働行為を繰り返し、六件もの救済申立てがなされました。大阪府労委は、いずれの事件でも、不当労働行為と断罪し、団交応諾や誓約文の手交などの救済を命じました。

チェック・オフ手数料徴求の通告と一方的中止
 本件は、市当局が、突然、チェック・オフにつき手数料を徴収するよう通告し、これについての団交申入れに対して管理運営事項であることを理由に拒否した上、組合側が応じないことを理由にして一方的に中止したことが支配介入や団交拒否の不当労働行為に該当するとして、泉佐野市職労は、救済申立てをしました。大阪府労委平成二七年七月二八日命令は、支配介入・団交拒否の不当労働行為を認め、市に対し、無償でのチェック・オフを再開すること、手数料相当額を組合に支払うことなどを命じました。市は、これを不服として、取消訴訟を提起しました。

混合組合による救済申立てを否定する不当な司法判断
 取消訴訟について、大阪地裁、大阪高裁とも、不当労働行為の成立を認めながら、いわゆる混合組合(労組法が適用される職員と地公法により労組法の適用が除外される職員とで構成される自治体労働組合)が不当労働行為に対する救済を労働委員会に求めることを著しく制限する不当な判断を示しました。
 大阪地裁(内藤裕之裁判長)は、昨年五月一八日、混合組合の申立適格を一般的に肯定しつつ、労働委員会は労組法の適用が除外される地公法適用職員との関係で救済命令を発することはできないとして、地公法適用職員との関係で救済命令を取り消しました。
 大阪高裁(松田亨裁判長)は、昨年一二月二二日、混合組合は、労組法適用職員に関する事項については労働組合として労組法上の権利行使(不当労働行為救済申立て)ができるが、地公法適用組合員に関する事項については労組法上の権利行使をすることはできないとした上で、チェック・オフの法的性格につき、使用者と組合との間の協定に加え、使用者と個々の組合員との間の支払委任が必要であり、チェック・オフの存続は個々の組合員の意思に委ねられており、これに加えて、給与からの天引きも個別に行われているという事実からして、地公法適用職員に対するチェック・オフは、労組法適用職員に関する事項とはいえないとして、チェック・オフ廃止による支配介入や、団交拒否について、混合組合である市職労は申立適格を欠くと判断しました。
 しかし、このような判断は、混合組合の申立適格を認め、自治体労働組合に対する不当労働行為につき労働委員会に積極的な救済をさせてきた運動の成果を否定するものであり、労働委員会制度の趣旨を著しく損なうものといわなければなりません。
 また、チェック・オフの廃止は、一つの団結体である組合に対する支配介入という一つの不当労働行為なのであり、個々の職員に支給される給与から天引きされていることをもって、労組法が適用されるかどうかで職員を分断する考えを容れるべきではないのです。

最高裁での破棄判断をかちとるために
 このように、両判決は、権利救済という実質面において不当であり、法論理上も破綻しているといわざるを得ず、最高裁において破棄されなければなりません。
 市職労は、高裁判決に対し上告受理申立てを行いました。三月一四日の提出期限に向けて、地裁・高裁判決の誤りを是正させるために理由書の作成に鋭意とりくんでいます。
 みなさまにおかれましては、理論面でのご助言とともに、ぜひとも、代理人になっていただき、最高裁に、不当判決への怒りと、自治体労働組合の権利救済を求める声を突きつけていただきたいと存じます。
 代理人の就任にご承諾いただける方は、二月二八日までに、弁護団事務局の増田尚弁護士に、メール(masuda@po.sakura.ne.jp)にて、(1)お名前、(2)事務所ご住所、(3)メールアドレスをお知らせいただきたくお願い申し上げます(件名を「泉佐野市上告審代理人承諾」としていただければ助かります。)。代理人のみなさまには、随時、上告受理申立理由書などをメールにて送付させていただく方法により、訴訟の進行をご報告させていただきますので、ご了承ください。
ご多用中恐縮ですが、自治体労働組合の権利運動の前進のため、お力添えいただきますようお願い申し上げます。
 泉佐野市職労常任弁護団
 弁護士 豊川 義明 弁護士 大江 洋一 弁護士 城塚 健之
 弁護士 増田  尚 弁護士 半田みどり 弁護士 谷  真介


安全保障論の何が問題か―リベラルとの共闘のために

東京支部  松 島   暁

 今はたぶん行われてはいないと思うけれど、私たちの時代(四〇期)には、青年法律家協会(青法協)の合宿が司法研修所への入所直前にあった。入所式の前日かもう少し前かの記憶は定かではないのだが、入所前から青法協準備会に参加しているメンバーや入所後には青法協活動に加わってもらいたいと思う修習生に呼びかけて集まったように思う。
 その入所前合宿の席上、「ミスター青法協」と呼ばれた青法協運動の著名なリーダーが、「青法協というのは、自衛隊を憲法九条に違反し違憲だと考える人だけでなく、合憲だと思う人々も入れる組織です」と発言された(善意に解すれば、青法協の幅広さをアピールする趣旨ではなかったかと思う)。これに対し、ある参加者(現団員)がすくっと立ち上がり、「自分はこの(青法協の)集まりに重大な決意をもって参加を決めてきた。青法協は(九条を含む)憲法を護るために結成された団体だったのではないか。その青法協が自衛隊が違憲でも合憲でもかまわないというのは(何たることだ!といった趣旨ではなかったかと思う。だいぶ記憶が曖昧になっているので)」と、厳しく批判した。
 最近の憲法や自衛隊、安保条約をめぐる議論をきくにつけ、三〇年以上前のこのやり取りを思い出す。
安保条約の廃棄や日米同盟の解消から目を背けてはいないか
 安保条約が日本に役立っていると考える人が八三%、日本の安全を安保条約と自衛隊の組み合わせで守るとするものが八五%、この世論状況からは、安保条約や日米同盟についてあえて異を唱えることをせず、自明の前提と扱うのが無難なのかもしれない。リベラルの人々は、この世論状況を前提に論を構築する。
 昨年の五月集会で「リベラルの安全保障」という講演を行った遠藤乾北大教授は、日本の安全を「日米安保+九条」だと、日米安保を自明の前提とする講演をされた。教授自身は、自由法曹団がもともとリベラルとは一線を画しており、批判的視線に曝されながらのそれであることを充分認識されていたと思われるが、聞き手の方は一部を除いてあまり意識していなかったのではないかと思われる。
リベラルの安全保障論
 リベラルの安全保障論は、個人の安全保障観から出発し、国家の安全保障に対置して人間の安全保障をいう。個人が何を危険と思うかによって安全観が異なり、危険の判断が個人に委ねられる結果、戦争だろうがテロだろうが、あるいは地震や洪水等の自然災害であっても個人が危険だと思えば、保障の対象とされる。安全保障(security)と安全(safety)との間に本質的差異を認めない。
 人為的に引き起こされる戦争やテロ、それ故に人の力により回避可能なそれと、人間の力ではどうしても統御できない自然災害とを安全=安全保障で一括りにするリベラルの主張それ自体受け入れ難いのであるが、問題はその先にある。安全観における「神々の争い」である。安全・危険の判断を個人の判断に委ねる結果、ある人にとって安全(危険)と思える事柄であっても他の人々にとっては安全(危険)とは思われない事態、価値観の相違による「神々の争い」が生まれてしまう。リベラルそのものは固有の安全観や安全保障観をもっているわけではないため、結局は多数意見がどう考えるかによらざるをえず、八割以上の国民が支持する日米同盟・安保条約を必然的に受け入れてしまうことになる。
リベラルではなぜ闘えないか
 「安保+九条」を基礎とするリベラルの安全保障論は、口当たりが良く現在の国民世論にも受け入れられやすいであろう。しかし、それでは闘えないのである。
 憲法九条が改憲圧力に常にさらされ続けてきた第一で最大の要因は、日米安保の存在にある。朝鮮戦争やベトナム戦争時に日本は、出撃基地や補給基地としてアメリカの軍事作戦に組み込まれていたが、それは安保条約が存在したが故である。冷戦終結後もアメリカは、日米同盟を根拠にグローバルに展開する諸作戦への日本の自衛隊の協力と参加を求めた。安保条約や日米同盟の存在こそが、日本(自衛隊)の活動を拘束する憲法九条に対する改憲圧力として作用してきた。改憲阻止運動と安保破棄・同盟解消の闘いとは表裏の関係にある。日米安保に言及しない護憲の言説は一面的である。
 また、安保破棄・同盟解消なくして沖縄基地の撤去もなしえない。基地によって苦しめられ続けてきた沖縄からなぜ基地が無くならないか。安保条約六条とそれに基づく地位協定二条が存在するからである。安保条約六条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」とし、地位協定二条は、「合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される」と定め、基地の提供が日本の義務とされている(全土基地方式)。この条約(日米間の約束)に手を付けずに基地の返還や解消はありえない。一方で沖縄の基地の実情と不当性を訴えながら、他方で安保条約を肯定することは欺瞞であり、沖縄の基地撤去の必要性を訴えながら、安保条約に触れない講師・講演活動などナンセンスである。
リベラルとの共闘のために 
 冒頭の著名なリーダーの言説は明らかにリベラルのそれである。遠藤北大教授以外にも、孫崎享、寺島実郎、柳澤協二、伊勢崎賢司の各氏らがおり「あすわか」の一部にもその傾向が見られる。
 安保条約についてのスタンスの違いはあっても、戦争法阻止・廃止、改憲阻止の運動においてリベラルとの共闘は不可欠である。そうであるが故に、彼らとの違いを認識したうえでの意識的共同が必要なのである。自らの依って立つ基軸の認識なしの共同は野合に他ならないし、立場が違ってもお互いを尊敬できてはじめて対等な共闘が可能となるのである。
 リベラルについての詳細な分析と評価・批判は、『日米安保と戦争法に代わる選択肢―憲法を実現する平和の構想』(大月書店)の渡辺治、梶原渉両氏の論文を参照されたい。


ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早期実施を求める意見書〜自由法曹団員を力づける大阪弁護士会の決意表明

東京支部  金   竜 介

一 大阪弁護士会の意見書
 大阪弁護士会の「ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早期実施を求める意見書」(本年一月一八日)は、大阪市のヘイトスピーチ条例(大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例)の運用に関し、迅速な審理体制を構築すること、市民の申出を待たずに職権での積極的な対応を行うこと、また、大阪府及び同府内の各市町村に、ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)と両院付帯決議の趣旨に基づく具体的施策を講ずること((1)相談体制の整備、(2)教育活動、広報その他の啓発活動、(3)各地域における継続的な実態調査、(4)条例の制定)を求めるものである。
 差別根絶を目指して活動する多くの自由法曹団員の意思とも合致するものであり、大いに力づけられるものといえる。
二 職権による積極的な対応を求める意義
 同意見書が、大阪市条例につき職権による積極的な対応を求めていることを評価したい。これは、同条例に「市民等の申出により又は職権で行うものとする」との規定がありながら同市が職権発動に消極的であるとの実態を踏まえてのものだ。同意見書によれば「同条例全面施行後も、大阪市庁舎の面前で、一五回にもわたりヘイトスピーチを内容とする街頭宣伝がなされている。にもかかわらず、大阪市は、録音、撮影、聴き取り等証拠保全の措置はおろか、職員による視察すらしていない」との現状だという。
 ヘイトスピーチの標的とされた者が自ら被害の申出をするということは多大な犠牲と苦痛を伴う。それは、被害者が、本来であれば、仕事のため、家族や親しい友人と語り合うため、眠るために使うべき時間を犠牲にすることを意味する。また、ヘイトスピーチの具体的な文言を何度も確認し、それを引用するという作業は、それ自体が恐怖と苦痛の再現であり、セカンドレイプというべきものだ。
 職権での積極的な対応が二次被害を避けるためにも重要だということを大阪の弁護士たちは的確に理解している。

三 各地の自由法曹団員に求めたいこと
 各地の自由法曹団員には、大阪弁護士会の意見書に呼応した行動を求めたい。
 (1) この意見書を各地域の団体に広く普及すること
 反差別の取組みをしている団体のみではなく、例えば、差別の根絶が憲法の体現であるという観点からすると九条の会などの憲法団体、同意見書に教育活動、広報その他の啓発活動とある点から教育団体、地域づくりの団体などにも知らせることが重要である。
 (2) 各地域の弁護士会でも意見書を出すこと
 本意見書の前半は、大阪市条例に関することであるが、後半は全国各地域に当てはまるものだ。各弁護士会において同趣旨の意見書を出すこと、さらに進めて公共施設の利用制限などにも言及するものとすることに団員が尽力することを求めたい。
 (3) 各自治体で条例を制定すること
 条例づくりは各地で検討が進んでおり、弁護士会で条例案を作成する動きも盛んだ。昨年の立法に続き、今年は多くの条例が制定される年にしたいものである。
四 大阪弁護士会の決意に応える行動を
 基本的人権の擁護を使命とする弁護士の団体として、ヘイトスピーチの解消に向けた取組に関する施策に積極的に関与・協力すると宣言した大阪弁護士会の意見書は、自由法曹団の指針ともなるべきものである。この意見書を重く受け止め、さらなる行動をもって大阪弁護士会の決意に応えたい。


「すべての事実を考慮した最善の法解釈」
     ――イェイツ司法長官代理の抗議

東京支部  後 藤 富士子

 トランプ米大統領は、一月二七日、イスラム圏七カ国からの入国を禁じる大統領令に署名した。
 これに対し、司法省トップのサリー・イェイツ司法長官代理は、三〇日、同大統領令が合法だという確信がないとして、公然と批判する通達を司法省内に出し、即刻解任された。
朝日新聞に掲載されたイェイツ司法長官代理の抗議声明(要旨)は、次のとおりである。

 この大統領令には、多くの異議が申し立てられている。司法長官代理として、私には司法省の立場を決める最終的な責任がある。
 私には、司法省の立場が法的に正当であるだけでなく、すべての事実を考慮した最善の法解釈にもとづくことを確実にする責任がある。加えて、法廷での私たちの立場について、常に公正を求め、正しいことを弁護するという司法省の厳粛な責務を果たし続けることを確実にする責任もある。今のところ、私はこの大統領令を弁護することが、私が果たすべき責任と矛盾しないという確信を持てない。大統領令が合法だという確信もない。
 その結果として、私が司法長官代理である限り、適切であると確信できるまで、司法省がこの大統領令を弁護するという意見を示すことはない。

 まことに見事なロイヤーである。
 私が最も共感するのは、「すべての事実を考慮した最善の法解釈」という点である。法を運用するには、単に「法的に正当」というだけではダメで、すべての事実を考慮した最善の法解釈に基づいて運用しなければならない、ということである。そして、それは、すべて法曹である「私」の良心と責任において行われる。こんなカッコイイ職業は、他にないのではないか?
 しかし、このような法律家は、アメリカ型司法ならではの存在だと思う。換言すると、官僚法曹が運用する官僚司法の下では、このように主体性と倫理にあふれる法曹は生まれないだろうし、「すべての事実を考慮した最善の法解釈」という創造的営為もなされない。でも、どちらの法曹が魅力的か、自明であろう。
 翻って、給費制統一修習を喜んでいるようでは、官僚司法の変革はできない。国営統一修習を廃止して「判事補」の供給を不可能にしなければ、裁判所法が描いた「法曹一元判事」が生まれる余地はないのである。
(二〇一七年二月一日)


【書評】
霧山昴著
小説「司法修習生 それぞれの人生」を読んで

千葉支部  守 川 幸 男

今ごろ遅ーい書評である
 昨年の六月一日号に東京支部の原和良さんが、同じく七月と八月の二回に分けて岡山の同期山崎博幸さんが、それぞれ贈呈を受けたお礼に団通信に書評を書いた。週刊法律新聞には、くり返し、新刊紹介としてこれが紹介されているうえ、永尾廣久さんが読んだ本について時々書評を書いている。
 私もおそらくゴールデンウイークあたりに贈呈を受けたはずで、数ページづつ何回かに分けながら、前期修習四月分くらいまでは読んでいたが、昨年夏前から自分の「古稀記念論文集」の編集でそれどころでなくなって年を越した。
四四〇ページを一気読み!?
 一月五日は、事務所に行ってあれこれやろうかとも思っていたが、自宅にもやることはあるし、ということで、午前は録画していた「ヒトラー最期の一二日間」を見て、さて午後は懸案の部屋の片づけをと思ったが面倒になり、この本を久しぶりに手に取った。今日は三分の一くらいまで読むか? というつもりが、四四〇ページをその日の夜までに一気に読んだ。仕事の段取りは早いが読むのは早くない私としては、画期的なことであった。
いきなり男女の別れ話の「プロローグ」から六〇話
 二六期司法修習の前記修習中の毎日を、「プロローグ」から、「それから、そして現在」までの六〇話にまとめている。小説だから虚実織り交ぜているが、控え目ながらベッドシーンと引き裂かれた恋もあり、二人の修習生の死がありで、読み物としてもおもしろい。登場人物に感情移入してしまう。
研修所の青法協攻撃に対する怒りが柱
 四〇数年前の同期の仲間たちの苦悩、周到かつ組織的な青法協攻撃、宮本裁判官再任拒否と坂口修習生に対する罷免攻撃など、一部実名入りで描かれている(詳細は前記のお二人に譲る)。
 男女の仲を引き裂いたのは研修所教官であった。当時の司法問題を知る好資料であり、法律家でなくとも興味深く読める小説である。
資料と記録の保存能力は抜群
 小説家だから資料と記録の保存能力は抜群なのであろう。当時、詳細に日記つけていたのであろうか。私など、本に出てくる集会や学習会のことなどあまり覚えていない。私は昨年秋、短期間に「古稀記念論文集」と「資料編」を出版し、資料の保存能力は相当なものだと思っていたが……これを読んだ永尾さんからは、団通信で、「どちらがより奇人変人なのかを競いあう(?)ライバルだ。」と云われ、大学生のころのガリ版ずりを起こしたことを紹介されたが、永尾さんの方がより徹底している。
 小説のうしろの方に複数回「奇人 変人」とあった。ああ奇人、変人が好きなんだなあ。
いくつかのなぞと知りたいこと
 それにしても四〇数年を経た今ごろなぜ出版したのだろうか。最終章で登場人物の一人について「三〇年たった今」の役職が書かれていた。「そして現在」ではないのだ。一〇数年前に出版の計画があって、事情があってのびのびになったのだろうか。
 実らなかった恋は作者と関係あるのか、友だちのことか、全くの創作か? 千葉の集団事務所に入った「としお」って一体だれだろう。一番よく登場する中心メンバーだが、五回の挑戦で合格したらしいから、まだ古稀まで間がある作者ではない。
 これらを本人から聞いて書くのも野暮だから、各自想像力を働かせながら読めばよい。
 なお、「反法連」メンバーは一人しか出て来ないし、追い込まれて変死した。当然偏った書き方になっていないだろうか。反発もあるのではないかと危惧した。
 また、小説のネーミングが固すぎるので、司法修習生の生活ぶりを題材にしたことがわかるようにしたいのかも知れないが、「青春群像」とか、何か工夫があったらよかったと思うのだが、セミプロとして何か考えがあったのかしら?