自由法曹団通信:1606号      

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森 一恵 *三重・鳥羽総会に集まろう!・三重特集・その一*
マーシャル研修報告
高橋 徹 「松原民商公園使用拒否国賠事件
〜控訴審でも完全勝利」
半田 みどり 泉佐野市不当労働行為事件・勝利解決の報告
山崎 博幸 「加計学園問題を考える会」岡山で立上げ
原田 敬三 取手市女子中学生自自死事件調査委員会解散の経過とその背景
大久保 賢一 阪田元法制局長官と川口団員の対話に思う



*三重・鳥羽総会に集まろう!・三重特集・その一*

マーシャル研修報告

三重支部  森   一 恵

第一 はじめに
 私は二〇一七年二月二六日から三月三日まで日本国際法律家協会主催のマーシャル研修に参加した。マーシャル諸島は、アメリカの水爆実験によって甚大な核被害を受けた多数の環礁からなる国家である。一九五四年三月一日のマーシャル諸島・ビキニ環礁での水爆実験では、日本の遠洋マグロ漁船第五福竜丸も被爆し、多量の放射性降下物を浴びた。第五福竜丸は検査と放射能除去が行われた後に、三重県伊勢市大湊町の造船所で改造されており、三重県にも縁がある。
 これから私がマーシャル諸島で見聞した出来事をご報告させていただきたい。
第二 国会議長との面談
 二月二八日の昼には、マーシャル諸島共和国の国会議長で、被爆地であるロンゲラップ環礁選出の国会議員でもあるケネス・ケディー氏と面談した。
 ケネス氏は、アメリカとマーシャル諸島共和国との核実験補償問題について、ネバタ州で行われた核実験に対する補償と比較して不公正であると語った。その一方でケネス氏は、アメリカとマーシャル諸島共和国とは兄弟の関係にあるとも語り、アメリカに経済的に依存せざるを得ないマーシャル諸島共和国の難しい立場を実感した。
第三 核レガシー会議
 三月一日の核被害者追悼記念日当日の午後には、核レガシー会議(Marshall Islands Nuclear Legacy Conference)に出席した。
 基調講演の講演者は、元外務大臣トニー・デ・ブラム氏であった。トニー氏はマーシャル諸島共和国が国際司法裁判所に各ゼロ裁判を提訴した当時の外務大臣であった。トニー氏は、アメリカはマーシャル諸島共和国に対して核被害に関する調査の十分な情報開示を行うべきであること、被爆や故郷を離れることに直面しても前を向いて進まなければならないことを説得的に語った。
 パネルディスカッションでは、四人の被爆者による核被害の実体験が語られた。爆発音が聞こえた状況、キノコ雲が発生した状況、魚の死骸が発見された状況等、実体験を聴くことができたことは貴重な経験であった。
 ゲスト講演の一人目は、明星大学の竹峰誠一郎先生の講演であった。竹峰先生は、核被害は、認定されているビキニ・エニウェトク・ロンゲラップ・ウトリックの四環礁に止まらず、他の地域にも及んでいることをわかりやすく説明していた。
 ゲスト講演の二人目は、ビル・グラハム氏の講演であった。ビル氏はアメリカとマーシャル諸島共和国との核実験補償問題に関する一七七条協定(177Agreement)について、不備があると指摘した。アメリカ政府は補償問題に関して一七七条協定で解決済との態度をとっており、アメリカ政府に対して、新たな補償や賠償を求めるのは難しい状況である。新たな補償や賠償を求めるための適切な法律構成はないかと思案しながら、講演を聴いていた。
第四 終わりに
 マーシャル諸島は太平洋に浮かぶ、サンゴ礁が美しいのどかな島であった。このような島で六七回の核実験が行われ、甚大な核実験被害が発生したことに何とも言えない憤りを感じた。二〇一七年七月七日に国連で核兵器禁止条約が採択されたが、核兵器のない世界の実現は「唯一の被爆国」である日本国民だけでなく、核実験被害を受けたマーシャル諸島の国民の願いでもある。
 私は今回マーシャル諸島で見聞したことを、日本政府が核兵器禁止条約に加入するよう働きかけを行っていくことや非核三原則の法制化等の核兵器の禁止を求める今後の取り組みに生かしていきたい。


「松原民商公園使用拒否国賠事件
〜控訴審でも完全勝利」

大阪支部  高 橋   徹

一 はじめに
 表題の事件については、自由法曹団通信の一五八〇号に、一審判決の報告を掲載して頂いたので、今回は、その続報です。
 平成二九年七月一四日、大阪高等裁判所で、一審判決を全面的に維持する完全勝利の控訴審判決を獲得しましたので、報告します(大阪高等裁判所平成二八年(ネ)第三二三九号損害賠償請求控訴事件)。
事案の概要は、以下のとおりです。松原民商は、創立五〇周年を記念して、民商まつりの開催を計画し、松原中央公園の使用許可を申請しました。これに対し、松原市が公園使用を不許可とする決定をしたため、民商まつりが開催できなくなりました。不許可の理由は、市の後援等承認がなく、公園の管理上支障があるというものでした。そこで、松原民商は、不許可決定の違法を主張し、主として非財産的損害の賠償を求め、松原市を被告として、国家賠償請求訴訟を提起しました。
 少し状況を説明しますと、松原市には、都市公園条例があり、公園の独占使用は許可制ですが、不許可事由として、(1)公序良俗違反、(2)暴力団関連、(3)公園管理上の支障の三つを定めています(多くの地方自治体で同様の定めが置かれていると思います)。これらの不許可事由に当たらなければ、公園の独占使用も許可されるはずで、これまでも公私の団体が種々のイベントを開催してきました。
 ところが、平成二五年頃から、市は民主団体の公園使用に難色を示すようになり、平成二六年には、都市公園行為許可審査基準という内規を変更し、公園使用の許可要件として、市の後援等承認を得ることを付加しました。これにより、市の後援等承認を得ないと、公園使用が許可されないという仕組みができあがってしまいました。その後は、市当局が気に入った団体は、市の後援等承認を得て、公園使用も許可されるのですが、市当局の気に入らない団体は、市の後援等承認を得られず、公園の使用も認められないという事態となりました。松原民商や労働組合が市当局の気に入らない団体として位置づけられたことは言うまでもありません。
二 一審判決
 本件訴訟の中心的な争点は、不許可決定の違法性です。
 一審判決は、まず、松原中央公園が地方自治法二四四条にいう「公の施設」に当たり、市は正当な理由がない限り、住民がこれを利用することを拒んではならず、「管理者が正当な理由もないのにその利用を拒否するときは、憲法の保障する集会の自由の不当な制限につながる」として、市民による公園の使用を集会の自由につながる重要な憲法上の権利と位置づけました。そして、不許可事由の一つである「公園管理上の支障」については、支障が生ずるとの事態が、客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測される場合に限られると厳しく限定しました。その上で、本件において、公園管理上の支障が存したかどうかを検討しました。
 訴訟になると、市も、後援等承認を得ていないという理由だけでは拙いと判断したようで、公園の独占使用により、近隣住民の随時利用が妨げられるから、公園管理上の支障があるなどの主張を展開しましたが、一審判決は、松原中央公園を集会による使用に供することは、公の施設の使命として、当然に想定されており、随時利用への支障についても、通常想定される範囲を超えるものでなければ、公園管理上の支障に当たらないとして、市の主張を排斥しました。
 さらに、一審判決は、公園使用の許可要件として、市の後援等承認を要するとした仕組みについて、集会の目的や主催団体の性格そのものを理由として、恣意的な運用がなされる危険があり、問題であると警鐘を鳴らしました。
 かくして、一審判決は、民商まつりについて、公園管理上の支障がなかったとして(当たり前ですが)、不許可決定を違法であると断じ、市に八〇万円の非財産的損害の賠償を命じました。
三 控訴審判決
 市は、控訴しましたが、控訴審判決は、一審判決を全面的に支持し、市の控訴を棄却しました。
 控訴審において、市は、他の自治体においても、後援や協賛を要するとの基準を設けている例があるから、市長には過失がないとの主張を展開し、さらに他の裁判例と比較して、一審判決の賠償額が高すぎると主張していましたが、控訴審判決は、いずれの主張についても、あっさりと排斥しました。弁護団としては、高すぎると指摘された賠償額を維持できたことに、安堵した次第です。
四 本件訴訟の意義と今後の課題
 一部の裁判例を除き、集会の自由と公園の使用については、会館使用の場合とは異なり(会館は多くが集会専用施設である)、あまり良い判決に遭遇しません。本件の両判決は、市民による公園使用を集会の自由に結びつく重要な権利と位置づけ、正当な理由がない限り、これを許可しなければならず、通常の利用形態であれば、広く公園使用が認められるとした点で有意義です。
 また、本件訴訟の中で知ったことですが、公園使用については、複数の地方自治体において、何らかの制限的な条例や内規を設けているようです。例えば、京都市は、都市公園内行為許可基準という内規を設け、専ら政治的な行為を行うことを目的としないという要件を設けています。千葉県も、審査基準を設け、都市公園で興行を行う場合は、地方公共団体等の後援等を要件としています。もちろん、これらの自治体で、このような内規を適用して、公園使用を不許可としたならば、大問題となるでしょう。実際には、不当に制限される事態には至っていないのかも知れません。
 松原市も、審査基準において、政治的な活動を行うことを不許可事由の一つとして列挙しており、政治的なスローガンを掲げた集会については、公園使用が許可されない可能性があります(これは今後の課題です)。
 松原民商としては、本件の控訴審判決を力に、他団体とも協力して、内規を修正するよう市に働きかけていくことになります。公園における集会の自由を確保することは、安倍政権が改憲策動を本格化する中で、市民の反撃の足場を確保するものとして、重要な意味を持ってくると思います。各都道府県、各市町村において、市民の集会が不当な圧力を受けたり、不当に制限されないよう、公園や会館の集会施設の使用について、今一度ルールを確認しておくことが必要だと思いました。
 なお、担当弁護士は、南大阪法律事務所の松尾直嗣、岩嶋修治、長岡麻寿恵、遠地靖志と私の五名です。


泉佐野市不当労働行為事件・勝利解決の報告

大阪支部  半 田 み ど り

一 事案の概要
 六月二三日、泉佐野市職員労働組合・同現業支部と泉佐野市との間で、一連の不当労働行為の全面解決の合意がなされ、市が救済命令取消訴訟を取り下げた。これからの労使正常化の第一歩となる勝利解決である。
二 一連の不当労働行為
 泉佐野市では、現市長が二〇一一年に就任してから、一方的な給与カットや組合攻撃が展開された。組合が救済命令を申し立てた以下の六件で、大阪府労働委員会は全て不当労働行為を認め救済命令を出した。(3)・(4)事件では、チェック・オフ再開と実損回復、市庁舎玄関への謝罪文の掲示も命じた。
(1)職員基本条例の制定・特殊勤務手当の廃止等の条例改正につき、誠実に交渉せず、合意なく上程
(2)二〇一三年に給与引下げ・夏期休暇の日数削減について、誠実に交渉せず、団交打切り
(3)組合費のチェック・オフに手数料を支払う契約締結を迫り、団交を拒否
(4)(3)の契約をしなかったことを理由にチェック・オフを一方的に中止し、団交を拒否
(5)二〇一四年の組合事務所の使用料減免申請を不承認とし、二年度分の使用料を納付しなければ許可を取り消すとし、団交を拒否
(6)二〇一四年二月、給与カットの五年延長を提案し、誠実に交渉せず、合意なく上程
三 地裁・高裁の判断
 市は、(1)・(2)事件、(5)事件は再審査→取消訴訟、(3)・(4)事件・(6)事件は取消訴訟を提起した。
 二〇一六年五月、大阪地裁判決は、(3)・(4)事件につき、不当労働行為を厳しく断罪した。しかし、地裁は、混合組合の申立人適格は認めつつ、労働委員会で救済を求められるのは労組法適用組合員に限られるとし、府労委命令を一部取り消した。高裁では、混合組合は、地公法適用組合員に関する事項は不当労働行為救済の申立人適格もないとし、また、実損回復の命令も取り消し、救済の範囲を狭めた。
四 合意の成立、訴え取り下げ
 (3)・(4)事件の上告審が係属する中、地裁係属中の(6)事件で、裁判長の打診から、協議が重ねられ、下記の合意が成立し、全ての取消訴訟が取り下げられた。
(1)市は、各命令において府労委・中労委が不当労働行為を認定したことを受け止め、組合に対し、今後不当労働行為を行わないことを誓約する
(2)市と組合が相互理解に立って円滑な労使交渉の確立に努め、市は、団交申入について、合意達成の可能性を模索する姿勢を持って、根拠となる資料を可能な限り提示して説明を尽くすなど誠実に対応することを約束する
(3)市は、事務手数料を徴収することなく、チェック・オフを再開し、組合は、チェック・オフ中止により生じた実損について、市に対する金銭債権を放棄する
(4)市は、平成二五年度ないし二九年度の組合事務所使用料の全額免除の減免申請をいずれも承認する。
五 合意の意義
 市のしたことは、一つの団結体たる組合への支配介入であった。しかし、裁判所は、いわゆる「支払委任」論に引きずられ、地公法適用職員と労組法適用職員のチェック・オフは不可分とは言えないとして、公務員労組に分断を持ち込む誤った判断をした。今回の合意は、この不当判決を克服したものである。
 また、組合と市民が共闘して解決を勝ち取ったことも重要である。
 一九四八年四月の結成以来、組合は、「住民の繁栄なくして自治体労働者の幸せはない」をスローガンに、職員の賃金・労働条件の向上だけではなく、市民と共闘し住民サービスの維持・向上を目指し活動してきた。
 市長は、組合攻撃で人気取りをし、組合は、市長に煽られた一部の市民からも中傷された。このような逆風の中で組合が団結を守り、市民も共に怒り闘ったことが、市政を正すことにつながったのである。


「加計学園問題を考える会」岡山で立上げ

岡山支部  山 崎 博 幸

一 震源地岡山
 七月中頃、東京のテレビ局の記者が私のところに「加計学園」について取材に来た。マスコミ関係者が東京から岡山に次々と取材に来ているらしく、誰かから私のことを聞いたらしい。しかし私が知っている情報は、一ヶ月前に加計孝太郎氏が街を歩いているのを見たとか、かつて孝太郎氏がよく行っていたクラブがあったが、今はつぶれてない、といった何の役にも立たない情報ばかりである。記者が持っている情報量の方が遙かに多かった。岡山ではこれまでさほど大きな話題にならず、獣医学部新設にからむ問題をよく知っている人は私の周りにはいない。しかし毎日のように加計学園の名がテレビ新聞で流れていることや、今治で工事をしている業者が岡山の建設会社であるといったことなどから、岡山市民の間で次第に疑問の声があがってきている。そこで、有志の間で先ず「加計学園問題を考える会」を立ち上げようということになった。考える会は、地元岡山出身の科学者、獣医師、劇作家、登山家、弁護士など七人が呼びかけ人となり、九月九日に第一回を開催することとした。第一回の講師は、文科省官僚OBの寺脇研氏を予定している。
二 「考える会」で考えること
 加計学園の問題はいくつかあるが、大きく分けて二つある。
 一つは、前川喜平前文科省次官が言う「教育行政の公正公平が歪められた」とは具体的にどのようなことを指すのか。これまで国会やマスコミで多くの資料や事実関係が明らかにされてきた。政権側は「すべて適切に行われた」と居直っているが、改めて文化省OBや関係者の話を聞く必要がある。
 もう一つは、加計問題の根底に横たわる「国家戦略特区」の本質と危険性を明らかにすることである。この点を解明した著書として「国家戦略特区の正体」(郭洋春立教大学教授、集英社新書)があり、大変わかりやすく説明されている。雑誌「世界」八月号でも特集が組まれている。国家戦略特別区域法は特定秘密保護法の影にかくれてこっそりと成立した法律であるが、知れば知るほど大暴走の法律である。
三 憲法にドリルで穴を開けさせてはならない
 前掲著書等で指摘されている国家戦略特区(以下戦略特区という)の問題点は概略次のとおりである。
(1)戦略特区は安倍政権のトップダウン方式によって推進され、国会のチェックを受けず、特区内は治外法権となっている。特区法は安倍首相に対して「全権委任」の構造となっている。
(2)戦略特区諮問会議には竹中平蔵を含む五人の民間人が参加し、ワーキンググループは九人全員が民間人で構成されている。例えば、神奈川県の特区で、規制緩和された家事支援外国人受入れ事業に竹中平蔵が会長を務めるパソナが参入しているが、このように戦略特区は一企業の利権のために使われている。加計学園の獣医学部もそのひとつである。
(3)安倍首相は「岩盤規制」に穴を空けると言っているが、ここで問題とされる「規制」とは、医療、農業、教育、雇用など、極めて公共性が高い分野であって、国民生活を守るための規制であり、これを破壊することは国民の基本的権利を崩壊させることとなる。つまりドリルの刃先は憲法に向けられているのである。
(4)戦略特区内で、労基法の労働条件を緩和するといった構想は一国二制度を持ち込むこととなり、憲法九五条(特別法の住民投票)に反する。
 現時点での私の理解はここまでであり、今後「考える会」のなかで深めていくこととなる。「考える会」は、加計学園に疑問を持つ人、もっと知りたいと思う幅広い市民の集まりとしている。呼びかけ人をさらに拡大し、学習会をシリーズ化して取り組むこととしている。


取手市女子中学生自自死事件調査委員会解散の経過とその背景

東京支部  原 田 敬 三

(はじめに)
 本年五月二四日、茨城県取手市でのいじめ自死事件について、教育委員会が昨年三月「いじめのよる重大事態」でないとの判断をした、そのことを問題にされた取手市教育員会がその判断を撤回したというュースが流れた。
 学校事故に関わる関係弁護士らから「なぜ撤回することになったのか、この教育委員会ときっちり対談するとかの機会が持てないでしょうか。なぜ重大事態でないと判断したのか、なぜ撤回したのか。謝罪ですむ問題ではなく、その理由がしっかりしていなければ、誰も信用しません。」という当然の疑問が寄せられている。
 そこで進行中の事件ではあるものの、担当弁護団(団員の小笠原彩子弁護士。他二弁護士の計四名)を代表して経過を報告します。
(経過)
 取手市の公立中学三年の中島菜保子さんが自死したのは、平成二七年一一月一〇日。この件について、両親から弁護士に支援要請があったのは、翌年一月二三日でした。ご両親は、自らの調査の結果、いじめを理由とした事件であると同時に、担任教師の誤った指導が原因で自死したのに、学校が認めようとしない、そこで、いじめを認定させる為の第三者委員会の設置を求めたいと、相談に来られた。
 とくに事件当日の「ガラス破損事件」は直接の自死の契機になるもので、三年生時の春から続いていたいじめに担任が気づかず、いじめ加害生徒二名にいつも連れまわされ、自死当日も、この二名がガラス破損事件を起こしたのに、担任は三名一緒に事件を起こした者として「弁償について、保護者に確認します。」と一方的に申し渡している。
 同時に、いじめについては、日記・交換日誌の書き込み(「ナオって、うんこ、臭い。」と春から書き込みがなされている)、さらに生徒約二〇名からの聞き取りで詳細が把握できていた。
(第三者委員会設置)
 ご両親の要請を受け、取手市教育委員会に、第三者委員会設置を要請した。八月八日には、教育委員全員に「いじめ防止対策推進法の趣旨を全うする為の申し入れ書」を送付した。その内容は、第三者委員会の委員の決定については当方と相談する、うち一名は、当方推薦委員である事、女性委員を入れることなどである。
 しかしこの申し入れは無視された(補足(1))。女性委員が、一〇月に追加選任されたが、これも一方的人選であった。他方弁護団は一二月には、経過に挙げた事件内容を四二頁にまとめて、第三者委員に提出した。
(第三者員会解散に向けた動き)
 ちょうど、三月に「いじめ防止対策基本法の三年目見直し」為の国会の院内研究会が開かれ、これに遺族が出席し、「自分のケースは、いじめ防止対策基本法二八条の調査委員会でない」と発言し、文科省にも告知した。
 その後弁護団は、当事者の認識を調査したところ、教育委員会議事録で「いじめによる重大事態に該当しない」と決議し、そのもとで調査員会を立ち上げたことを確認した。弁護団は、五月二九日に教育委員会に調査委員会の解散を申し入れ、同時に委員各人には調査の無期延期を申し入れた。
 同日、文科省に対し、今年三月発表の文科省のガイドラインにも反した調査方法・調査内容であると説明し、同時に同省内で記者会見した。
 この件がマスコミ報道で伝わるや、取手市議会の各会派が問題としてとりあげ、弁護団は説明に回った。遺族も勇気を出して氏名を顕し、マシコミに訴えた。その結果、五月三一日には、TV各社のカメラの前で、教育長が遺族を訪問し謝罪した。遂に、六月一日に、第三者委員会の解散する予定との連絡が入った。
(県知事のもと新調査員会発足へ)
 その後、取手市教育委員会との信頼関係が破綻している中、新しい調査員会をどのように立ちあげるか。県との間で、どのように調査員会を立ち上げるかの模索協議が続いた。その結果、八月四日 、県教育委員会から、「県知事のもとで調査委員会を立ち上げる」との回答を引き出すことができた。「取手市の調査権限を茨城県に委託する」(地方自治法二五二条の一四の適用)という手法に拠ったという。
 「委員については遺族と協議させていただきます。」「事務局は知事部局に置きます。」等、取手市教育委員会の元では実現しなかった枠組みが回答に含まれている。
 弁護団の目標は、最終的には正しい調査結果の獲得である。加害生徒と担任についての調査は行われていない。これからの遺族側からの委員推薦を控え、新委員会発足に向けて、ご支援をお願いしたい。
(補足)
(1)六月二八日、委員名簿を茨城新聞にて知る。
 そこで知ることになった選任された各委員は、茨城大学教育学部学部長、筑波大学教授高橋祥友氏(精神科医。自殺予防学)同校教授中込四郎氏、白百合女子大学教授曽我部和広氏、弁護士会推薦徳田祐介弁護士の各メンバーで、弁護士を除き、茨城県に密接な関係を持つ地元の大学の教職であり、教育関係者である。同じ大学からの二人枠である。茨城大学教育学部は自校の卒業生を各教育委員会に採用してもらう立場にある。女性委員もいない。「公正中立」な結論が期待しにくい委員構成であった。
(2)今年四月一四日になり、取手市教育員会のHPで「いじめによる重大事態でない」として調査委員会を立ち上げたことが判明した。
 それまでは、本件保護者、弁護団、学校の保護者ら、市議会議員、さらに恐らくは選任された各委員も含め、誰もが「いじめ防止対策基本法二八条の委員会」であると誤信していた。


阪田元法制局長官と川口団員の対話に思う

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 「『法の番人』内閣法制局の矜持」と題する本を読んだ。サブタイトルは「解釈改憲が許されない理由」である。テーマは、解釈変更による集団的自衛権容認批判である。二〇〇八年に自衛隊イラク派遣差止訴訟で画期的な違憲判決を獲得した川口創団員が、二〇〇四年から二〇〇六年(小泉政権後期)に内閣法制局長官であった阪田雅裕さんにインタビューするという形式で、阪田さんの考えを聞きだしている本である。二〇一四年二月二〇日に大月書店から発行されている。集団的自衛権行使容認の閣議決定は、二〇一四年七月一日だから、この本はこの閣議決定よりも前の発行である。伊藤真さんは「立憲主義を守るという信念に満ちた阪田さんの言葉に、護憲・改憲の立場を超えて耳を傾けてほしい」と本書を推薦している。
 ところで、阪田さんは、川口団員もいうように「護憲の立場から九条を守れ」と主張している人ではない。むしろ、「日本が国連の常任理事国になろうといった場合に、軍事力の行使ができないということが軛になるという考えがあってもおかしくない。私は、そうした意見を否定するのではなく、そういうニーズがあるのなら、ぜひ九条を改正してください、と申し上げているにすぎません。」というスタンスである。
 そして、「改正を議論すること自体ダメという姿勢は、むしろ国の在り方についての議論を歪めます」として、日弁連などの姿勢を批判しているところでもある。ちなみに、川口団員は、この阪田さんの批判について、「肝に銘じておきます(笑)」と応じている。この様に、阪田さんと川口団員の間には政治的立場の違いが存在するのである。
 その阪田さんは川口団員について「教条的な左翼弁護士をイメージしていたが、見事なまでに裏切られた」と評価し、川口団員は「イラク派遣違憲訴訟の時にも、内閣法制局の憲法解釈の論理的強さを感じてきた」としている。二人の間には、世代(一九四三年生と一九七二年生)や政治的スタンスを超えて、知的紐帯が成立しているのである。現憲法の解釈として集団的自衛権を容認することは立憲主義に反するという紐帯である。この立憲主義の観点からの意見(違憲)表明と行動が安保法制反対運動に大きな役割を果たしたことは私たちのよく知るところである。
 しかしながら、問題は、安倍首相が二〇二〇年までに九条を含む憲法改正を行うとしている現在の状況化で、阪田さんのような立憲主義者とどのように共同できるのかである。川口団員と阪田さんが新たなエールを交換することができるだろうかということでもある。
 阪田さんは、日本が軍事力の行使をしたいというのであれば九条を改正してくださいとしている。九条を改正して、自衛隊を海外で活動させることには可能であるとしているのである。阪田さんは、そのことについて賛成も反対も言っていない。けれども、九条を改正して、日本が軍事力を保有し、海外での武力行使をおこなうことができるように憲法を改正することは憲法改正の限界を超えるとは言っていないのである。
 私は、「国家設立の目的は、個人の尊厳と幸福追求権の保障である。これは憲法内容を限界づける。国家創設の社会契約である憲法は、個人の尊厳と幸福追求権と本質的に両立しえない権力を国家に与えることはできない。人民の殺傷を必然にする戦争をする権力、そのための軍隊を設置する権力は国家に与えられない。」、「憲法九条は、このような立憲主義の帰結と個人の尊厳の保障を原理とする。憲法改正権力(民主主義)もまた、このような意味の立憲主義に限界づけられる。」という広渡清吾さんの原理的立憲主義を紹介したことがあった(団通信一五六八号・二〇一六年八月一日)。
 この広渡説と阪田説を対比すれば、どちらが徹底した立憲主義かということがわかるだけではなく、立憲主義と非軍事平和主義、更には民主主義を関連させて理解することの重要性にも気づかされるのである。
 私は、人類がコントロールすることのできない最終兵器を手に入れてしまっている「核の時代」にあって、九条の改正は、単なる政策選択の問題としてではなく、根本規範のありようとして考えられるべきテーマだと思うのである。そして、憲法九条は決してユートピア思想だとは思わない。現に軍隊のない国は二六カ国も存在するし(国連加盟国は一九三)、人間は相互の殺傷と破壊でしか問題を解決できないような愚かな存在だとも思わないからである。また、個人の人権は国家に優先するという天賦人権論に賛同しているところでもある。私は、九条はユートピア思想だといい、天賦人権論はとらないという自民党の改憲論とは根本のところで相容れないのである。
 川口団員と坂田さんの対話を読みながら、ふとこんなことが思い浮かんだのである。川口団員ありがとう。

(二〇一七年六月一二日記)