自由法曹団通信:1615号      

<<目次へ 団通信1615号(11月21日)


加藤 健次 安倍九条改憲阻止のために、
各地の経験を団通信で交流しよう!
荒井 新二 退任の辞
湯山 薫 あっという間でした
久保田 明人 次長退任のご挨拶
岩佐 賢次 団本部事務局次長を退任しました。
種田 和敏 次長退任のご挨拶
大住 広太 ※三重・鳥羽総会特集 その三
第二分散会へ参加しての感想
伊藤 嘉章 二〇一七年三重総会一泊旅行記
その一 総会に行くまでの見聞
副題「式年遷宮と林業振興」(前編)
守川 幸男 三重・鳥羽総会の議案書と討議で考えたこと
九項目(後編)
佐藤 博文 戦場で兵士は、どう殺し・殺されるか
―現代の戦闘と兵士の命(救命)―
(二)戦場における救命医療
森 信雄 エミレーツ航空・解雇無効判決について
諸富 健 非正規職員と正規職員の格差是正!
〜旧パート法八条違反を認めた京都市立浴場運営財団事件
後藤 富士子 法科大学院の再生
─「二回試験」廃止+「OJTセンター」創設
大久保 賢一 朝鮮半島での武力行使は
絶対に避けなければならない
黒岩 哲彦 新刊案内
編者 井上英夫・藤原精吾ほか
『社会保障レボリューション 命の砦・社会保障裁判』(二〇一七年九月三〇日発行 高菅出版)



安倍九条改憲阻止のために、
各地の経験を団通信で交流しよう!

幹事長  加 藤 健 次

 総会に参加された皆さん、お疲れ様でした。総選挙投票日と台風に「直撃」されるという総会でしたが、安倍九条改憲阻止の運動について、活発な討論が行われました。
 総選挙の結果、いわゆる改憲勢力は国会の八割近くを占めました。しかし、この多数は、小選挙区制や野党の分断などによる虚構の多数にほかなりません。また、公明党など改憲派といわれる政党の中でも、さまざまな矛盾が存在しています。私たちが国民の中に深く分け入って、九条改憲反対の声を顕在化させていくことで、国会での改憲発議を阻止する条件は十分にあります。
 総会後、一一月三日の「安倍九条改憲NO!全国市民アクション実行委員会」の呼びかけによる全国での取り組みを始め、各地で学習、宣伝活動、三〇〇〇万人署名などの運動を実践していることと思います。
 その中で、私が検討し、認識を深めていくべき論点も出されているのではないでしょうか。「憲法九条一項、二項はそのままにして、自衛隊を書き込む」改憲の危険性をどうやって説得的に論じるのか。北朝鮮問題の解決方向をどう考えるのか。こうした問いかけに対して、試行錯誤しながら実践し、討論することによって、運動を広げる力を大きくしていくことが求められています。先日の改憲阻止対策本部の議論でも、学習会での悩みや工夫が率直に議論されました。
 そこで、団通信を通じて、全国各地の実践例、学習会で出された質問と対応、様々な悩みなどを率直に出し合い、団全体の運動を強化していくことを呼びかけます。


退任の辞

東京支部  荒 井 新 二

 本年の総会は、総選挙投票と台風襲来が重なったにもかからわず、多数の参加をいただき成功裏に終わりました。交通の途絶のため引き返さざるを得なかった方も少なくなくおありでした。みなさまの熱意に深く頭を垂れます。
 団長の間、まさに山あり谷ありの三年間でした。途中で二度の入院をし、ご迷惑をおかけしまた。今村幸次郎・加藤健次両幹事長らに助けられ、常幹や全国の団員から温かい激励もいただきました。お詫びとともに本紙をおり借りて深謝します。
 退場は、安倍首相と一緒に、としたかったのですが、情勢は許してくれません。安倍は辞めず、それどころか一緒の退任予定の西田穣事務局長が続投することになりました。西田さん所属の法律事務所から抗議をいただきましたが、何とも言い訳も立たず自省することしきり、深くお詫びします。
 古希団員となられた静岡の大橋さんが、団員ひとりひとりが自由法曹団である気概を持て、という趣旨のことを言われましたが、私もつくづくそう思います。一団員に戻り、努力を続けていくつもりです。これからもどうぞよろしく。三年間ありがとうございました。


あっという間でした

神奈川支部  湯 山   薫

 自由法曹団事務局次長を引き受けたのは、故阪田勝彦団員を偲ぶ会の席上でした。当時の幹事長今村幸次郎団員と、前事務局長の山口真美団員にお声掛けいただきました。すごく迷ったのですが、任期途中の一二月から次長に就任することになりました。私に出来るのかなと不安もあったのですが、執行部や専従のみなさんと力を合わせて色々な取組ができたと思います。あっという間の一年一〇ヶ月でした。
 女性部、市民問題委員会、憲法会議、マイナンバー制度反対連絡協議会等の担当次長となりました(後半では改憲阻止の次長もしました。あまり働けてなかったのですが・・・。)。わからないことだらけで、あたふたしてしまうこともありましたが、委員会のみなさんに助けていただきました。市民問題委員会では、マイナンバー問題や共済問題、カジノ問題など全然知らなかったことを沢山勉強させていただきました。
 また、私は、女性部の事務局長を兼任していたので、なんとしても女性差別問題を「女性部」マターではなく、団全体で取り組んでいきたいと考えました。そして団本部主催の学習会を三回企画しました。特に、憲法二四条を骨抜きにする家庭教育基本法案について、二宮周平先生をお呼びしておこなった学習会は、日曜日にもかかわらず、七〇名以上が参加してくださいました。五月集会でも、性差別等に関する分科会を企画しました。女性だけでなく男性団員も参加した有意義な分科会になったと思います。来年、女性部は五〇周年を迎えます。男女関係なく差別の問題に取り組みたいと考えています。
 みんなで飲みに行くのも楽しかったです。メガハイボールはまた飲みたいですねえ。唐津では飲み過ぎましたが・・・。
 事務局次長になって、色々な先生方とお話しすることが出来ました。様々なことを教えていただける貴重な体験でした。せっかくの体験を無駄にしないように、これからも色々な活動に参加していきたいと思っています。
 西田事務局長と一緒の卒業にできなかったのは残念ですが、あっという間の楽しい次長生活でした。みなさま、ありがとうございました。


次長退任のご挨拶

東京支部  久 保 田 明 人

 一〇月の三重鳥羽総会で本部次長を退任することになりました。
 私の事務所では、団に間断なく本部次長を献上するというのが慣例で、私の事務所からの次長前任や前々任の憔悴し、ヤサグレていく様を間近に見ていた私としては、自分も団に生気を吸い取られてしまうのではないかと就任前はおそろしくて夜も眠れませんでした。しかし、いざ次長の任を務め出すと、一緒に活動する事務局メンバーにも担当する委員会の皆様にも恵まれ、次長をしなければ経験できなかったであろう経験もでき、楽しく取り組むことができた二年間で、恐れる必要などなかったなと今では思います。と言いつつ、団長・幹事長・事務局長の仕事量に比べれば米粒ほどしか仕事していませんし、生来の適当さもあって、任期中は本当に呑気にやらせていただきました。
 在任中は、いくつかの委員会を担当しましたが、特に、盗聴法・刑訴法等改悪阻止対策本部と共謀罪阻止対策本部での取り組みが印象的です。一六年の盗聴法・刑訴法等改悪、一七年の共謀罪法では、議論を重ね、意見書等を作成し、集会やデモを催し、国会議員へ働きかけるなどの法制定に対する一連の取り組みに関わることができ、得難い経験をすることができました。
 また、ものぐさな私としては、(事務局として半ば強制的に)全国の団員の活動を垣間見ることができる機会を多く持つことができたことも、視野を広げるよい経験になりました。
 そのような経験を通して、市民の人権擁護のため、権力の横暴を許さないために議論し、実際に行動する専門家集団である自由法曹団の力強さを改めて感じました。
 旅をしなければ息ができない性分なので、任期中は死んでしまうのではないかと思いましたが、振り返ってみると、インド、ネパール、アラスカ、モンゴルと、いつも以上に旅に出ていた気がします。今後も大いに旅をしつつ、改めて魅力を実感した団にも一団員として陰ながら活動していきたいと思います。
 二年間、ありがとうございました。


団本部事務局次長を退任しました。

大阪支部  岩 佐 賢 次

 この二年間を一言で表すと「団員ライフを満喫しました。」に尽きると思います。
 大阪支部五〇周年の記念誌では、当時、次長一年目の私は、「団本部事務局次長の仕事は愉しい!」とのタイトルで団本部事務局次長の仕事の中身を簡単に紹介し、事務局次長の仕事がいかに愉しくやりがいのあるものかを書きました。二年間終わっても、そのタイトルどおりに思えることは大変喜ばしいと感じると同時に、「愉しかった!」と過去形になることには一抹の寂しさも感じます。
 この二年間を振り返るに、まず担当した委員会のことが頭に浮かびます。原発問題委員会を中心に声明案、決議案を悪戦苦闘しながらも数多く起案したのは、今では良き思い出です。国際問題委員会では、TPP問題やNLG(ナショナルローヤーズギルドというアメリカの人権弁護士の団体)の活動を中心に学習でき、視野が広がりました。部落問題委員会では、声明、意見書づくり、学習会、市民団体と連帯した院内集会、議員要請行動など、悪法反対運動の一通りのことを経験できました。森友問題では、期せずしてインターネット上で有名になってしまいましたが、弁護士、学者、メディアの関係者などいろんな人々とつながりができたことは、思わぬ収穫でした。
 こうして振り替えると、団員各自の英知の結集によって、事務局次長の仕事も含め、団本部の活動が支えられているということが改めてよく分かります。
 私事ながら、息子が任期と同じ二歳の誕生日を迎えました。元気に育ってくれているのは何よりですが、私が「ただいま」と言って帰っても「お帰り」とは言ってもらえず、「こんばんは」と言われてしまいます。トイレに行っただけでも、「パパ、お仕事?」と妻に言ったりするようです。この辺の関係修復が、喫緊の課題となりそうですので、しばらくは父親ライフを満喫したいと思います。
 みなさま、二年間どうも有り難うございました。


次長退任のご挨拶

東京支部  種 田 和 敏

 事務所に入るときの面接で、次長が何かもわからずに、「自由法曹団の次長になりますかと聞かれたら、どう答えますか?」という悪魔の質問にYESと答えたときから、声がかかれば、次長を引き受けるつもりでした。そんな経緯で、声をかけられたときには、悩むことなく次長になりましたが、早いもので、次長になってから、もう二年が経ちました。なったときは長いと思った二年も、終わってみると、あっという間のことでした。その間、いろいろな方に支えられ、お手数をおかけして、なんとか乗り切ったというのが実感です。他方、自分で言うのもなんですが、次長がいなければ、団の運営に支障があることも実感しました。その意味でも、充実した二年間だったと思います。
 私がなったときも、そうですが、いま思うことは、次長が少なすぎるということです。私は、次長をやって、とてもよかったと思っています。その点で、他の人にも、是非、次長をやってほしいと思います。ただ、現実は厳しく、次長のなり手が多いわけではありません。次長が増えるように、報酬の増額など可能な対策をとるべきだと思います。改憲の問題など、事態はより深刻さを増しているのに、次長が少ないようでは、団の活動を維持することは困難ですし、場合によっては、少ない次長に負担がかかりすぎるような現状が続くようでは、次長制度の根本を考え直す必要もあるかもしれません。
 いずれにしても、二年間、次長として、お世話になりました。今後は、また一団員として、平和を守るために、九条改憲に断固反対し、私ができることを考え、行動していきたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いします。


※三重・鳥羽総会特集 その三

第二分散会へ参加しての感想

東京支部  大 住 広 太

 自公が三分の二を超える議席を獲得することが明らかとなった翌朝の分散会は、この情勢の中でどのように改憲勢力と対峙するか、という基調報告から始まった。多くの方は、昨夜遅くまで選挙速報を見ていたであろう(執行部が用意してくれたパブリックビューイングの部屋には、当初はそれほど集まっていなかったものの午後一一時頃には多くの人が集まってきていた。)。これを受けた発言も、選挙結果をどう見るか、今後どのように活動すべきか、ということが多かった。
 確かに野党の分裂、北朝鮮の挑発行動、台風による投票率の低迷など、与党有利に働く事情も多々あったものの、森友加計問題、共謀罪等の国会論戦でのあまりにもお粗末な答弁、自衛隊文書廃棄問題、九条改憲など、政治への関心が薄い人でも与党への強い不信を抱くべき事情は相当あったはずである。このような中でも、与党が圧倒的多数を取ってしまう大きな原因が小選挙区制にあるとの発言もあった。「選挙に行っても意味がない」、「政治に関心がない」という理由で投票をせず、自身が支持する候補者への投票が無駄になってしまうという無力感が大きく影響しているのではないかと思う。
 一方で、市民と野党の共同に対しては高く評価すべきとの発言も多かった。政権与党が三分の二を超え、改憲勢力の議席が多数を獲るに至ったことに大きく落胆していたが、野党分裂を乗り越え立ち上がった立憲民主党や無所属が大きく議席を伸ばした。野党分裂がなされながらも、希望の党による民進党吸収によって改憲勢力の大連立を阻止したことは評価すべきとの発言もあった。
 今後は、九条改憲を阻止するため、市民との共同を背景に、改憲発議をさせない活動が何より大事になる。改憲勢力が改憲の策動を始めることは間違いがなく、危機感を持って運動に取り組んでいかなければならない。急造でありながら市民と野党の共同が成立し、一定の成果を収めたことは評価しつつ、どのように共同の運動を広めていくか議論をしなければならないと思う。
 また、若手からは、いかにして改憲・加憲の危険を訴えていくか、という観点からも発言があった。これまで積極的に憲法の学習会などに参加してきた人でさえ、憲法九条に自衛隊を明記するということの危険性を認識できていないことがあるとのことであった。我々にとっては、安保法制が施行された今、加憲によって自衛隊が憲法上の根拠を持つことになり、これまでとは全く性格が異なることになるであろうことは想像がつくところである。しかし、市民においてはそこまでの共通認識を作るまでにはなっていないのであろう。これからの我々の活動が持つ意義の大きさを改めて認識させられる分科会であった。


二〇一七年三重総会一泊旅行記
その一 総会に行くまでの見聞
副題「式年遷宮と林業振興」(前編)

東京支部  伊 藤 嘉 章

一 期日前投票
 一〇月二二日(日)(総会の当日)自宅近くのバス停から午前六時二分発のバスに乗る。もちろん、期日前投票をすませ、飯田美弥子候補に激励の電報を打ったうえです。
 期日前投票の会場は平日でも混んでおり、職員が「会場が狭くて申し訳ございません。」とひたすら謝っていた。
二 枝野代表の追っかけ
 総会前日の土曜日は、立憲民主党の枝野幸男代表の追っかけをやった。まずは、自分が期日前投票をした東京二二区の三鷹駅南口に行ってみた。支援者が群がるペデストリアンデッキから枝野代表と立憲民主党の候補者を見下ろし手を振る。候補者もこちらを向いて笑顔で手を振っている。次は東京一区の新宿駅のバスタに行く。寒い日にもかかわらず熱気がある。バスタ前の歩道は支援者でいっぱいで、歩く余地がない。向かいの歩道も、また歩道橋も人だかり。バスタの二階からガラス越しに演説をきき始める。ガラスで声がよく通らないので、下に降りて遠くから聞くことにした。最後に、枝野代表の選挙区の埼玉五区に行く。大宮駅東口のロータリーを取り囲むように聴衆が集まっている。私自身も枝野コールに加わってから帰る。中には、「お前、民主党の時に何やっていたんだ。名前をかえただけじゃないか」という野次があった。
 三ケ所とも枝野代表の応援演説の内容は同じ。「格差が多くの国民の購買力を減らし、景気の回復につながらない。今の政治は国民を分断し希望のない社会になっている。これをあらためなければならない。」「北朝鮮の問題があるが、日本の領海、領土を攻められたら個別的自衛権で対応する。日本が攻められてもいないのに、外国で戦争をするという集団的自衛権。これは歴代の自民党政権が否定してきたことだ」。
 この限りでいえば、枝野代表も歴代の自民党政権を評価していることになる。以下は、私見だが、国土の均衡ある発展と福祉元年を標榜した田中角栄政権は、今からすれば、あれは社会主義政権だったのではないか。当時は、社会保険の健康保険の本人は一〇割給付であった。たしか、修習生のときに共済組合の保険証をもって歯医者に行ったら治療費は無料であった。田中政権から鈴木善幸政権までは、専守防衛の他、中間層を作り出す社会主義政権であったとの評価ができるのではないかと思う。
三 別宮伊雑宮と朱印
 一〇月二二日午前九時二五分、名古屋駅から近鉄特急に乗り、まずは、鳥羽に向かう。この間の電車賃は、特急料金込みで三〇三〇円であった。三重県は南北に長いようだ。鳥羽駅で近鉄志摩線の各駅停車に乗り換え、上之郷駅で降りる。小雨の中を皇大神宮(内宮)の別宮のひとつ「伊雑宮」を参拝する。正面の鳥居をくぐると、すぐ左に派出所があって、お巡りさんが荷物を預かってくれるという。ここは、志摩の国の一の宮なのか。齋藤茂樹「珠玉の「一宮」謎解き紀行」一一六頁も同様の疑問を呈する。でも、全国一の宮会が作成した朱印帳には、伊雑宮の用紙があるので、そこに朱印をいただく。ここの朱印は、伊雑宮というスタンプと日付の記入だけのシンプルなものであった。
四 作法にもとづく外宮の先参り
 上之郷駅正午発の電車に乗る。台風が近づいており「強風のため電車の運転を見合わせることがあります。」とのアナウンスが何度も流れる。鳥羽駅を通過して伊勢市駅で降り、伊勢神宮の外宮に行く。崇敬会作成の朱印帳を買ったうえで外宮の朱印をもらう。ここでも、外宮というスタンプと日付だけであった。外宮の正宮を見る。撮影禁止となっている。警備員もいる。ルールは守らないといけないことになっている。大きな柱の根元に銅板がまいてある。何のためか。これをネタに明日の内宮見学時に案内人に質問しよう。(続)


三重・鳥羽総会の議案書と討議で考えたこと
九項目(後編)

千葉支部  守 川 幸 男

五 性犯罪に関する刑法改正について
    ―再び下限の引き上げ問題について

 議案書では「性犯罪重罰化に対して反対の意見もあった」としか記述がない(二五ページ)し、頭書の論点についての指摘もない。財物犯である強盗罪より性的自由に対する侵害が軽いのかと批判されるが、強盗罪も含めて、そもそも酌量減軽してまで、下限以下の、しかも執行猶予判決のケースが何割もある現状での下限引き上げの妥当性が、法律実務家、在野法曹の立場から問われていた。むろん、それらの中には、声すらあげられなかったことを、抵抗しなかったと不当な判断をされた例があると思う。また、悪質な事例についてはきびしく罰すべきことは当然であり、暴行、脅迫要件を撤廃しなかったことは批判されるべきである。
六 「超監視社会」を受け入れる国民を
    どう説得するのかの意見交換を

 一〇年前の人権大会でも同様のシンポと決議があったが、今年の日弁連人権大会シンポジウムの第二分科会と第二決議で、その後一〇年を経て、超監視社会のすさまじい実態が明らかとなった。
 議案書では二六ページで問題点を簡潔に指摘している。しかし、二つの人権大会でいずれも私が発言したのは、監視や重罰化を受け入れたり支持する国民をどう説得するかであったし、一二年前から一〇年前にかけて、団でも同じ問題意識の分科会を開き、私も三回ほど団通信で問題提起したのもこの点である。すなわち
(1)一方で権力に情報を集中してその情報を隠蔽し、他方、超監視社会のしくみで主権者国民をがんじがらめにし、横の連帯を断ち切ることの恐ろしさをトータルに理解することが重要である。
(2)安心・安全のために治安、監視強化、重罰化に賛成する国民をどう説得するのか。むしろ、安心・安全のためにそれらは決して効果的ではなく逆であることの議論が必要である。
 すなわち、権力の冷酷さ、恐ろしさ、暴走による被害の甚大さは、テロや凶悪犯罪による被害の比ではなく、小さな安心、安全すら吹き飛ばして個人の尊厳が根こそぎ奪われる、というその行きつく先についてトータルに分析して、在野法曹としての役割を発揮した説得が必要、というものであった。
 なお、人権大会第二分科会で私の質問に対して、メールやスマホとか個人情報を、国や大企業に知られることに無関心な人も、友人に見られたら怒るという落差を指摘する回答があった。また、国民の自律的判断を奪う、短期的ではなく長期的視点で見る、という指摘もあった。参考になるものであった。
 人権大会決議や団の議案書でこの点に触れるのはむずかしいが、戦争と平和の問題でも、抑止力を支持する国民が多いことと共通する国民意識であって、これらをどう説得するか抜きに国政の変革も難しいと思う。団こそぜひなんらかの形でこの問題を議論すべきと思う。
七 GPS裁判と堀越事件の集団尾行
 最高裁がGPS捜査について、令状が必要な強制処分にあたるとした(二六ページ)。その理由として「私的領域に侵入されない権利」と判示した。
 GPS装置は睡眠、休息も食事も必要ない。その点で大きな違いはあるものの、堀越事件の長期にわたる集団尾行は、こっそり行われ、直接的な強制性はないことや、まさに「私的領域への侵入」という点で共通する。最高裁判決の射程を広げるための検討が求められている。
八 「生産性の向上」は何を意味するのか
 議案書で、「働き方改革一括法案」(八本の法案)のうち雇用対策法の目的に、労働条件の向上などでなく、「生産性の向上」とされていたことに対してきびしい批判がある(三三ページ)。重要な指摘であるが、現在「生産性革命」と「人づくり革命」などと宣伝されていることとに照らせば、これは、「一億総活躍社会」「女性活躍社会」とセットでありそのまやかしを示すものである。
九 LGBTと憲法上の位置づけ
 LGBT問題は憲法一三条の問題としてとらえるのであろうか。一四条や二四条も関連するであろう。しかし、議案書(六三ページ)では憲法上の位置づけがされていない。日弁連レベルでもまだ深まっていないようである。少し議論したらよいと思う。


戦場で兵士は、どう殺し・殺されるか
―現代の戦闘と兵士の命(救命)―
(二)戦場における救命医療

北海道支部  佐 藤 博 文

銃創に対する対応力
 小銃やIEDにより手足に受けた銃創に対して、日本には対応能力がない。日本は銃器による犯罪が稀な安全な国であり、そのため医療従事者の多くは、実際の銃創を見たことがなく、銃弾が身体に命中した際は、弾丸直径ほどの孔が穿かれる程度と認識している。人が死ぬのは脳や心臓等に孔が空くことで死亡する、手足に銃弾を受けても死亡しない、防弾べストによって保護される部位は銃弾を受けても損傷しないと思いこんでいる。
 確かに拳銃弾ではこの認識はある程度当てはまるが、小銃やライフル銃のような高速弾は、四肢に命中した場合でも致死傷になりかねず、短時間に死に至るおそれがある。高速の銃弾が身体に命中した際の衝撃力は凄まじく、血管や神経組織を破壊し尽くし、広範囲の組織の欠損をもたらす。銃弾が骨盤を粉砕した場合の出血量は一五〇〇〜二〇〇〇mlになり、止血の難しさも加わり、より致命的となる。
戦場で救急医療は不可能
 手足に受けた銃創は、第二次世界大戦直後までは、治療のため手足を切断することが多かった。これは細菌が傷口などから体内に入って、組織が壊死する感染症を引き起こすので、早期に切除しなければならないからである。
 感染の影響が出始めるのは感染後六時間から八時間であり、臨床医学にて感染面でのこの時問を「Golden hour/ゴールデンアワー」と呼んできた。
 平時の救急医療体制では、受傷後、感染の影響が出始める前に壊死した組織の切除等の治療を開始することが可能であるが、戦場においては、受傷後六時間から八時間以内に本格的な治療を受けられることはほとんど期待できない。
相模原障害者施設殺傷事件を例にすると
 この事件(二〇一六・七・二六)では、一九人が死亡、重傷の二〇人を含む負傷者二六人が発生した。犯人はわずか一時間ほどで四五名の首を切りつけ、一人あたり二分と要さずに深さ四〜五cmに達するほどの致命傷を与えた。この犯行に対し、救急隊の先発が現地に到着したのは犯人が現場から走り去ってから一五分後。最初に負傷者を搬送できたのは通報から約一時間半後、事件発生から四時間を経ても救急搬送が終わらず、負傷者二六人全員の病院への搬送が完了したのは、事件発生から約五時間後だった。四二個の救急隊と四台のドクターカー、一三五人を動員して対応した。
 この時間記録のみでも平時の目標である「プラチナの一〇分(受傷直後の応急処置)、ゴールデンアワー(受傷してから一時間以内の手術開始)」は、数名単位での重傷者が発生する事態では、とても達成できない。
 常に集団で行動し、戦闘行為にまき込まれる可能性がある派遣隊員が置かれた状況も同じである。
TCCC(戦術的戦傷救護)
 日本の自衛隊は、受傷してから一時間以内に外科手術を受けられることはあり得ない実態にある。
 また、プラチナの一〇分(受傷直後の応急処置)について、第一線救護能力強化のための標準化がなされており、その代表は米軍のTCCC(Tactical Combat Causality Care/戦術的戦傷救護)である。旅団内で発生した負傷者をどのように取扱い、その生命を維持しながら、いかに治療と後送、医務コマンドを担う上位部隊「地域軍」に引き渡すかについて、米軍全軍で標準化したものである。
 米軍では五六項目あり、約二年おきに改定され、全職種、全将兵に必須事項として教育される。これに対して、自衛隊員は、たった二項目しか教育されていない。日本の救急救命士でも三一項目にすぎない。
 骨盤が最も狙われ、高速小銃弾は弾丸直径の二〇倍から、三〇倍の範囲を破壊する。ところが自衛隊が携帯する止血帯が適用できるのは、上腕部の半分から手側、大腿部の半分から足側のみで、それ以外の外傷には対応できない。
自衛隊員が携行する救急品
 陸自が全隊員に支給している救急品は、止血帯と止血用の圧迫包帯を一個ずつである。これでは、たった一か所の貫通銃創にも対応できない。英軍は全将兵に止血帯を二個、包帯を二個支給し、その他の救急品は部隊用救急品として四人に一セットの割合で装備しているという。
 しかも、救急品は普段から手にして学んでいなければ使用法に精通できない。海外派遣前は様々な準備で余裕がない、そのような時のにわか勉強で正しく使用できるはずもない。
南スーダン派遣と自衛隊員・家族
 以上のとおり、自衛隊には、現代の戦闘に対応した、負傷した兵士を救護する体制がない。「専守防衛」の自衛隊にとって、海外での地上戦闘は想定外であったから、当然のことである。このような状況で派遣することは、人権保障(憲法一三条)の見地から許されることではなく、自衛隊員・家族にとって、堪えがたいことである。
 憲法九条一項が武力行使を禁じ、二項が「戦力」を持たないとしたのは、こういう「殺し・殺され」方をされる兵士を二度と作らないということであったはずである。
 しかも、南スーダンの軍事的に緊迫した情勢下でも、安倍政権は、実態を隠蔽して(「日報」問題で明らか)、派遣期間を延長し、駆けつけ警護等の新任務を付与したわけで、自衛隊員の命、家族の人権を蔑ろにした許しがたい行為というほかない。


エミレーツ航空・解雇無効判決について

大阪支部  森   信 雄

 以前報告したエミレーツ航空・組合員整理解雇事件につき、二〇一七年一〇月二三日、大阪地方裁判所(裁判長:内藤裕之)が解雇無効の判決を言い渡したので報告する。
一 事案の概要
 念のため、改めて事案の概要を説明する。
 西日本支店は日本におけるコールセンター業務を担っていた。
 二〇一三年一月、パワハラ及び残業代未払問題を契機に三名の従業員が航空労組連絡会航空一般労働組合スカイネットワーク大阪支部に加入し、分会を結成した。
 会社は、経営合理化策の一環と称して、同年五月、中国・広州コールセンターに日本語デスクを開設し、大阪コールセンター宛の電話が転送されるようになった。組合は、業務量減少に伴うリストラの危惧を持ち、会社に問いただしたが、会社は「雇用は保障され、配転もない」旨回答した。
 同年六月以降、パワハラ及び残業代未払問題を議題として団交が行われたが、二〇一四年三月になっても未解決のままであった。組合は引き続き会社の責任を追及したが、同年五月、会社は、組合との事前協議もないまま突然大阪コールセンター等の廃止を発表し、廃止対象部門所属の従業員一三名(組合員三名を含む)に希望退職等の選択肢を提案した。三つの新設ポジションの応募期間は二日、希望退職の応募期間は二週間であった。
 組合は、団交が開催されるまで提案の凍結を求めたが、会社は無視し、本来の応募期間経過後に初めて団交が開かれた。
 組合は労使協議による解決を求めたが、会社は応じず、組合員以外の従業員は新設ポジションに異動したり、希望退職に応じた。残された組合員三名の処遇が問題となったが、会社は何ら手当てをせず、同年六月、大阪コールセンター廃止を強行し、従事すべき業務がなくなったとして組合員三名に自宅待機を命じ、同年九月に解雇した。
 そこで、整理解雇の要件を欠き無効であるとして、大阪地裁に提訴した。
二 大阪地裁判決(二〇一七年一〇月二三日)
 まず、「人員削減の必要性」について、本件解雇が会社の戦略的な経営合理化策であるとした上で、会社の経営判断に委ねられるから、必要性が全くないとは言えないとしつつ、二六期連続黒字を計上していること、解雇後も全世界の従業員に対し賞与とは別のプロフィットシェア(利益還元)を支給していること等に鑑み、人員削減の必要性、緊急性が高かったとは言えないとした。また、会社は、「日本路線は赤字である」と主張していたが、独立採算制が採用されていないこと等を理由に、全社的に検討すれば足りるとした。
 次に、「解雇回避努力義務の履行」について、会社が一定の回避努力をしていたこと、希望退職は必ずしも日本支社全体で行う必要はないとしながら、人員削減の必要性、緊急性が高くない中で要求される高度の解雇回避努力義務を履行しているとは言えないとした。
 他方、「人選の合理性」及び「手続の相当性」については、不合理、不相当とは言えないと判断した。この点は問題である。
 しかしながら、最終的に総合考慮して、無効と判断したのであり、「人員削減の必要性」と「解雇回避努力」の二点で勝負があったと言える。
三 速やかな解決をめざして
 残念ながら、会社は控訴した。仮処分決定、地裁判決と続いた整理解雇無効の判断枠組みが覆されることはないはずであるが、油断することなく、控訴審も勝ちきりたい。
 そして、組合員の速やかな職場復帰をめざして引き続き奮闘する所存である。
(弁護団は、豊川義明団員及び谷田豊一団員、佐々木章弁護士と筆者である)


非正規職員と正規職員の格差是正!
〜旧パート法八条違反を認めた京都市立浴場運営財団事件

京都支部  諸 富   健

一 はじめに
 九月二〇日、京都地裁(藤田昌宏裁判長)は、一般財団法人京都市立浴場運営財団(以下「財団」と言います。)に勤務していた嘱託職員四名について、職務の内容が正規職員と同一の短時間労働者であるとして旧パート法八条違反を認め、正規職員のみに認められていた退職金規程に基づいて、退職金相当額の損害賠償を認めました。旧パート法八条(現九条)違反を認めた事例は、ニヤクコーポレーション事件(大分地判平成二五年一二月一〇日労判一〇九〇号四四頁)に続いて二例目です。
二 事案の概要
 京都市では、市立浴場の運営を運営協議会に委託していましたが、平成一〇年に京都市が全額出資して財団を設立しました。財団は、平成二七年三月末をもって解散しましたが、退職金の支払いに充てる財源を十分に確保していませんでした。また、嘱託職員には退職金規程が存在せず、退職金が一切支払われませんでした。しかし、正規職員と嘱託職員とでは、嘱託職員の方が勤務時間が三〇分短く、勤務日数が週一日少ないことを除けば、業務内容も責任の程度も全く同じでした。嘱託職員の中には主任になる者もいました。
 そこで、正規職員については未払退職金を、嘱託職員については退職金規程に基づく退職金相当額をそれぞれ請求したのが本事案です。なお、財団の設立・運営・解散に京都市が一貫して関与してきたことから、京都市に対しても責任を求めました。
三 判示
 まず、原告嘱託職員らについて、少ないものでも五回、多いもので一三回更新されていること、嘱託職員の職務の内容は恒常的なもので、かつ正規職員の職務の内容と全く同じであり、契約の更新手続も形骸化していたと評価し得る程度に至っていたことなどの事情に照らして、原告嘱託職員らと財団との労働契約は旧パート法八条二項(期間の定めのない労働契約と同視できる有期労働契約)に該当すると認めました。
 そして、上述した嘱託職員の事情を踏まえ、正規職員と嘱託職員との間での人材活用の仕組み、運用が異なっていたわけでもないとして、原告嘱託職員らが旧パート法八条一項所定の「その全期間において、正規職員と職務の内容及び配置の変更の範囲が同一の範囲で変更されると見込まれるもの」に該当すると認めました。その上で、正規職員に退職金が支給されるのに対し、原告嘱託職員らが何ら退職金を支給されないことについて合理的理由は見当たらないとして、旧パート法八条一項が禁ずる短時間労働者であることを理由とした賃金の決定に関する差別的取扱いであって違法であるとしました。
 もっとも、旧パート法八条一項違反によって退職金規程に基づく退職金請求権が発生することは認めず、不法行為を構成するものとして、同規程に基づく退職金相当額を損害としてその賠償請求を認めました。
 なお、京都市については実質的な経営者であるとは認められないとして、その責任を否定しました。
四 さいごに
 本件では、正規職員も嘱託職員も全く同じ働き方で、人材活用の点でも異なるところは全くありませんでしたので、旧パート法八条一項違反の認定は当然と言えます。ただ、その効果として退職金相当額の損害賠償請求を認めたことは画期的と言えるでしょう(ニヤクコーポレーション事件でも退職金の不支給は差別的取扱いだと認定しましたが、原告が退職を主張していなかったためその損害は認められませんでした)。
 労働契約法二〇条に基づく裁判が各地で闘われていますが、裁判所は有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違を不合理であるとはなかなか認めません。認めても早出残業手当(メトロコマース事件・東京地判平成二九年三月二三日)や年末年始勤務手当・住居手当(日本郵政事件・東京地判平成二九年九月一四日)など、格差是正にはまだまだ不十分なものに留まっています。
 安倍政権による「働き方改革」ではパートタイム労働法制や有期労働契約法制も改正対象になっていますが、裁判でも無期労働契約との格差是正が実現できるような真の同一労働同一賃金の実現が求められます。本件が、非正規労働者の権利を実現していく上で、一石を投じるものになれれば幸いです。
 なお、本件は中村和雄団員と当職で担当しました(正規職員一人のみ控訴しましたが、嘱託職員を含めてその他の原告については確定しています)。


法科大学院の再生
─「二回試験」廃止+「OJTセンター」創設

東京支部  後 藤 富 士 子

一 司法試験と法科大学院の惨憺たる現状
 制度開設当初七四校あった法科大学院は、三五校が学生の募集を停止し(廃止を含む)、残存するのは三九校になり、四七都道府県中三三県(七割)に法科大学院が存在しない。
 今年の司法試験合格者は一五四三人で、新試験に移行した二〇一二年以降、最少だった。合格者のうち七四校ある法科大学院の修了者は一二五三人で、合格率は二二・五一%。法科大学院を経ずに予備試験を通過した受験者四〇〇人のうち二九〇人が合格し、合格率七二・五〇%。通算合格率は二五・八六%。男性一二二八人、女性三一五人(二〇・四一%)。年齢二一〜七一歳で平均二八・八歳。
 また、今年の司法試験受験資格を得た予備試験合格者は四四四人で、前年より三九人増。予備試験受験者数も前年より三〇一人多い一万七四三人で過去最多。合格者四四四人のうち、今年一月の出願時点で高校生一人、大学生二一三人、法科大学院生一〇九人で、若年化が顕著である。予備試験は経済的事情で法科大学院に通えない人や社会人のために設けられた制度なのに、法科大学院で二年(法学未修者は三年)過ごさずに司法試験を受けられるため、「時間もお金も節約できる」と「抜け道」化している。
 この現状は、法曹養成制度として法科大学院制度が危機に瀕していることを示している。大学一〜二年生で予備試験から司法試験に最終合格する者をみれば、法曹教育は国営統一修習だけになる。これでは、法曹の多様性と質の向上とを目指した法科大学院という法曹養成制度が水泡に帰する。
二 岐路に立つ法科大学院
 日本の司法試験は、司法修習生の資格を得る国家試験である。法曹資格を得るには、司法修習終了の「二回試験」に合格する必要がある。法曹資格取得までの道のりをみると、司法試験合格者は年一五〇〇人程度に限定され、国営統一修習は、修習が無料で提供されるだけでなく、修習に専念するためと称して報酬?給与?が支給される。このような法曹養成制度によって多様で質の高い法曹が生まれるかは別として(生まれるはずがないけれど)、ごく少数者に異常なまでの特権を付与する規制によって成立している制度であることが看取できる。それは、法曹資格の特権階級性と表裏一体の養成制度なのであり、主権者である国民にとって、「職業選択の自由」と「機会の公平」が著しく損なわれる。
 このような法曹養成制度を抜本的に改革するために、司法試験合格者三〇〇〇名、法科大学院制度ができたはずである。しかるに、弁護士層の合格者減員や統一修習充実・給費制復活の守旧的要求により改革の根幹が捻じ曲げられる一方、「時間もお金も節約できる」予備試験制度のために、法科大学院制度が維持できなくなっている。
 そこで、どうするか?が問題になるが、文科省の新政策「LL7」構想は、七つのリーディング・ロースクール(東京・京都・一橋・神戸・慶應・早稲田・中央)を中心にした「法学部五年制」案ともいわれる。その要点は、(1)法学部に法曹コース(二年)を設置し、法学未修者は基本的にここで学ぶ、(2)法曹コースで学んだ学生は、早期卒業・飛び入学の制度を利用することにより、三年で学部を修了して法科大学院の既修コース(二年)に進学する。事実上の五年一貫教育、(3)未修者コースを置かない法科大学院も認められるようになり、未修者教育はこれまで成果をあげてきた「拠点校」に集中する、というもの。私見によれば、この案は、法科大学院の「生き残り」策であろうが、このような形で「生き残らせる」意味があるか疑問である。
 これに対し、「LL7」構想が「多様な人材を法曹界に迎え入れる」という改革理念に逆行するとして、法科大学院修了を司法試験の受験要件から外す案が提唱されている。しかし、それは「予備試験」を主たる試験にして法科大学院を圧殺するだけで、そもそも「多様な人材を法曹界に迎え入れる」という理念をもたないに等しい。単に法曹資格という特権を取得する者にとっての規制緩和であり、多様性も質も期待できない。
 いずれにせよ、「法科大学院の生き残り」「法曹資格という特権を取得する者にとっての規制緩和」という議論は、法曹を必要としている主権者である国民を無視している。それが致命的欠陥であり、それを克服しない限り、日本の法曹に未来はない。
三 国民が必要とする数と質の法曹を養成するために
 法科大学院で適切な法曹教育を受け、修了者の七〜八割が法曹資格を取得できるようにならない限り、法曹養成制度としての法科大学院が健全に存立することはできない。そして、法曹人口増員とセットになった法科大学院が導入され、「新六〇期」に接したとき、私は、「新しい時代の到来―統一修習の終焉」を実感した(団通信No.一二二六)。
 ところが、司法試験合格者数の減員とセットになって法科大学院が地盤沈下著しく、本来の制度として維持できなくなっている。この危機を脱出するには、法科大学院創設時の原点に戻って、「新しい酒は新しい革袋に」を突き詰めることである。
 そもそも法曹養成の主軸を担うものとして法科大学院が設置されたのだから、法科大学院修了者が受験するのは、法曹資格試験であるべきである。すなわち、国営統一修習修了「二回試験」合格を法曹資格要件とするのを廃止すれば足りる。そして、現在の司法研修所は、法曹資格を取得した者のための「OJTセンター」に衣替えすればいい。そうすれば、多様で個性豊かな多数の法曹が、それぞれの専門分野で国民の期待に応えて、生き生きと活躍するようになり、「希望の裁判所」が生まれるのではなかろうか。それこそが、国が国民に責任を負うべきことである。

〔二〇一七・一一・一〇〕


朝鮮半島での武力行使は
絶対に避けなければならない

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 一一月一一日、日本反核法律家協会は、「朝鮮半島の非核化のために」と題する意見交換会を主催した。韓国の弁護士の崔鳳泰氏、朝鮮大学校教員の高演義氏、在日三世の弁護士金竜介氏、明治大学(国際法)の山田寿則氏、立命館大学(平和学)の山根和代氏をパネリストとしての討論がメインである。
 核兵器禁止条約が採択され、「核兵器のない世界」に向けて、画期的な一歩が踏み出されているが、他方では、米国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の対立が激化し、朝鮮半島での核兵器の使用も含む武力衝突が懸念されている状況の中で、私たちが何なすべきかを探求しようという試みであった。
 ここで紹介したいのは、朝鮮半島での武力衝突が起きれば、「全てが破滅する」という、崔さんと高さんの一致した意見と、金さんの「日本国内で、朝鮮人に対するジェノサイドが起きる」という懸念の表明である。文韓国大統領と被爆者を当事者とする事案で共同代理をしたことがあるという崔弁護士も、北朝鮮の主張をよく知る高さんも「全ての破滅」を予想しているのである。金さんは、日本人による在日同胞に対する大量虐殺を本気で心配しているのである。
 私は、この不安や恐怖を杞憂としてスルーすることはできない。なぜなら、私は「三光作戦」、「原爆投下」、「ベトナム・ソンミ虐殺」、「イラク・ファルージャ虐殺」など戦時における無差別な残虐行為を知っているからである。また、関東大震災時の「朝鮮人虐殺」を小池都知事が無視しようとしていることを目の当たりにしているからである。そして、私は、狂気の集団が在日の人たちを襲撃する事態は起こりうると思うし、起きてしまえば、私にはそれを止める力はないからである。
 トランプ米国大統領は、核兵器発射装置の入ったかばんを持ち歩きながら、「北の核」を非難し、日本や韓国に大量の兵器を購入させている。米国の軍事産業の株は上がっているという。安倍首相は「トランプ親子の靴をなめた」などと揶揄されながら、米国の方針を丸呑みしている。「国難」をいいながら、ゴルフ場のバンカーでコケている姿を外国メディアに晒すような人物が、日本国の最高政治権力者なのである。そして、日本の軍事費は毎年増加している。
 私たちは、どんなことがあっても、朝鮮半島での武力行使を止めなければならない。それは、私たちが被害者になるかもしれないというだけではなく、再び、加害者になることを意味するからである。具体的には、自分では直接手を下さないとしても、米国の情け容赦のない殺戮と破壊を支えるという形や、偏狭と狂気にからめとられた日本人グループの在日朝鮮人に対する暴虐を阻止できないという形での加害行為に及ぶことになるのである。
 更に問題がある。仮に朝鮮半島での武力行使が起きなかった場合、その理由を北朝鮮が核兵器を持ったからだということにしてはならないということである。もし、その論理が普遍性を持つようなことになれば、核兵器は安全保障の切り札ということになってしまうからである。「核抑止論」が正夢になってしまうことは避けなければならない。
 そうならないためにどうすればいいか。武力行使を止めるための運動と核兵器をなくすための運動を同時に進めることである。ここでも、憲法九条の非軍事平和主義の完全実施と核兵器廃絶運動の融合が求められている。「核の時代」に生きる私たちに課せられた二つの任務である。

二〇一七年一一月一四日記


新刊案内

編者 井上英夫・藤原精吾ほか

『社会保障レボリューション 命の砦・社会保障裁判』(二〇一七年九月三〇日発行 高菅出版)

東京支部  黒 岩 哲 彦

 藤原精吾団員や井上英夫金沢大学名誉教授ほかの皆さんの編集による『社会保障レボリューション 命の砦・社会保障裁判』が出版されました。本書は、朝日訴訟、堀木訴訟の闘いに学び、そして社会保障裁判の今を語るものです。なお、私も年金引下げ違憲訴訟について簡単なコラムを執筆しました。
一 書名と表紙絵の衝撃
 出版記念会が二〇一七年九月三〇日に兵庫県神戸市で行われ、私は本書をはじめて手にとりました。書名は「レボリューション」(革命)、表紙絵はジェーヌ・ドラクロワによって描いた一八三〇年のフランス七月革命の民衆を導く自由の女神です。今の時代に「時代錯誤」ではないかと思いました。しかし、編者の井上名誉教授は「はしがき」で、「若者をはじめ多くの人々が闘い、運動そして裁判を聞くと一歩引いてしまう。そんな時代にあえてレボルーションすなわち革命を掲げたのは、改憲、「戦争法」そして「共謀罪」と戦前を思わせる時代状況からである。」としています。本書が、社会保障裁判そして社会保障「革命」・レボリューションの引き金となり、人権としての社会保障確立、人権、民主、平和日本の国づくりに貢献するものであることは間違いがありません。
二 社会保障裁判の百科事典
 本書の内容は、序章は藤原団員の「社会保障裁判の展開と権利としての社会保障、第一章は、朝日訴訟をテーマに、新井章団員の「朝日訴訟一〇年の闘い」と労働者・労働組合の闘い、第二章は、堀木訴訟をテーマに藤原精吾団員の「堀木訴訟が拓いた道」や「若者世代からみた堀木訴訟」など、第三章は障害のある人と裁判、第四章は生活保護裁判の新しい波、第五章は年金引下げ違憲訴訟、第六章は井上名誉教授の「課題と展望」です。
三 故小川政亮先生のビデオトーク
 社会保障法学の泰斗であられた社会事業大学名誉教授の小川政亮先生は二〇一七年五月七日に九七歳で逝去されました。小川先生はエンディングノートに「偲ぶ会をやるなら、社会保障状況についての会に」と書かれました。小川先生の遺志を継ぎ、二〇一七年一一月五日には「小川先生を偲び、社会保障を語る会」が催されました。
 小川先生は、朝日訴訟東京地裁判決五五年、堀木訴訟提訴四五年を記念して二〇一五年一一月一日に神戸で開かれた「人間のくらしと平和を守る市民集会」にビデオトークをされました。インタビューアーは藤原団員です。小川先生は、朝日訴訟との出会い、朝日訴訟の一審段階での証人を遠慮したことを大変に悔やんだことと二審段階で証人として出たこと、堀木訴訟での忘れられないこと、そして社会保障をめぐる今日の情勢について「朝日さんたちの時は一人がやったわけですけど、今では一〇〇〇人を超える人たちが全国で訴訟を起こしている。これはやっぱり、朝日訴訟の一審判決の大きな影響力がいまだに及んでいる。それを拡大していかなければという運動をして発展しているだなを思っているのです。」と静かに語られました。私は集会に参加して小川先生のビデオトークを拝見しました。小川先生の毅然として姿勢に強い感銘を受けました。本書には小川先生のビデオトークが収録されています。
四 知恵と理論と運動のノウハウが詰まっている
 安倍政権の現在の社会保障への攻撃と社会保障裁判を通して闘うには、政治的・社会的・経済的分析、法理論・法解釈、国際人権論、司法の役割論、運動論など新たな探求が求められています。本書は、社会保障裁判の手引書・マニュアル書でもノウハウ本でもなく、困難な社会保障裁判の勝利に直ちに役立つわけではないかもしれまんせん。しかし、藤原団員が「あとがき」で「本書は社会保障裁判をたたかっている当事者、弁護士、研究者から寄せられた原稿には、闘いを通じて得られた知恵と理論と運動のノウハウが詰まっている。朝日訴訟と堀木訴訟は過去の「歴史」でではない。運動の発展法則の理論深化の経過などが語られている。のっぴきならぬ生活の必要が運動を生み、運動をさせる。そして、運動と研究の担い手を育てる。」と書かれている通りだと思います。
 人権としての社会保障裁判を闘っている団員、そして安倍政権の社会保障への攻撃を許さない運動を取り組んでいる皆さんに是非とも読んでいただきたいと思います。
【九月三〇日の出版記念会で発表された「くらしー」】
(1)権とケンの駄洒落。(2)堀木訴訟の全盲の堀木フミ子さんの盲導犬ドルシーが八二年七月七日の最高裁大法廷不当判決に大法廷で「ワンワン」と鳴いた。
(3)☆は最高裁判決が「七月七日」で七夕判決を言われている。
(4)Rは権利。(5)耳が二五条