自由法曹団通信:1631号      

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田中 隆 地元事務所等への意見書提出行動のお願い
―「安倍改憲」に「草の根」から追撃を
鶴見 祐策 全商連「納税者権利宣言(第五案)」の活用を願う!
小沢 年樹 *書評*
「めざそう!ホワイト企業―経営者のための労務管理改善マニュアル」
ホワイト弁護団著 旬報社
中野 直樹 四〇年越のジャンダルム(一)
大久保 賢一 核兵器の特性の再確認



地元事務所等への意見書提出行動のお願い

―「安倍改憲」に「草の根」から追撃を

改憲阻止対策本部  田 中   隆

自民党改憲素案と憲法改正原案の提出
 三月二三日、自民党憲法改正推進本部は、九条の二を挿入して「必要な自衛の措置」や「自衛隊」を明記する改憲素案を、「本部長一任」で集約しました。選挙制度・「合区」と教育環境整備の素案了承、緊急事態条項・議員任期の「本部長一任」とあわせて、「改憲四項目」についての党内論議が集約されたことになります。
 衆議院なら議員一〇〇人、参議院なら議員五〇人の賛成が憲法改正原案の提出要件であり(国会法六八条の三)、自民党単独で提出することも可能ではあります。しかし、発議に「両議院の総議員の三分の二」の賛成が必要なため(憲法九六条)、「三分の二」を満たすだけの他会派の賛成を得ての原案提出とせざるを得ません。
 とき折しも、裁量労働・データねつ造、森友・文書改ざん、イラク・南スーダン文書隠匿、加計・「首相案件」などが相次いで噴出し、政権支持率は大幅に低下しています。そうしたもとで、素案集約から一か月を経ても、自民党は、憲法審査会に改憲素案を持ち出すことも、他会派との協議・調整にはいることもできていません。
 いっせい地方選・天皇「代替わり」・参院選と続く二〇一九年の政治日程などから、「安倍改憲」の実現にはいっせい地方選前に国民投票を終えるしかないとされています。この「タイムテーブル」のもとで、通常国会で原案提出ができなければ、「安倍改憲」はそれだけで破綻に瀕することになります。
 いまこのとき、反対・批判の声を集中して安倍政権と「安倍政権」をふたつながら葬り去ることは、焦眉の課題です。
緊急意見書と執行・要請
 四月一二日、改憲阻止対策本部は、緊急意見書「『安倍改憲』は戦争への道 自民党改憲素案を批判する」を発表しました。九条改憲について、憲法論・海外派兵論・自衛隊論の三つの視座から検討するとともに、「抱き合わせ」にされた三項目にも検討・批判を加え、一定の資料を付したものです。意見書全文は、自由法曹団HPに掲載していますので、ご参照ください。
 緊急意見書は、自民・公明の与党議員をはじめとする多くの議員やメディアに問題を投げかけることによって、原案提出を阻止することを目的としています。
 そのために、四月二〇日までに全国会議員の議員控室宛に郵送を行い、日本新聞協会加盟のメディア(地方紙を含む新聞社の本社政治部、東京・大阪・名古屋の放送局)などにも郵送提出を行いました。院内集会を行って憲法審査会委員をはじめとする議員事務所への訪問要請を行い(四月二五日)、自由法曹団を含む改憲対策法律家六団体連絡会によるメディア等との懇談での活用や、日弁連関係者への郵送なども検討しています。
 また、意見書を活用した「草の根」からの活動を団をあげて取り組むべく、四月二一日の常任幹事会の討議・確認を経て、すべての支部(支部がないところは法律事務所)宛に、地元議員事務所リストや必要な数の意見書冊子などを送付いたしました。
 国会議員が最も気にするのが「地元の声」であり、このことは「地元からの包囲」で風を変えた安保法制(戦争法)阻止のたたかいが実証しています。与党議員でも「安倍改憲」への賛成を躊躇せざるを得ない局面になっているいま、国会議員の「足もと」を突き動かすため、以下の行動に取り組んでいただくようお願いいたします。
◎ 地元議員事務所に要請・提出を行ってください。
 「リスト」にある地元事務所に、支部・法律事務所(あるいは地元運動体)からの要請を行い、緊急意見書や支部からの要請書などを提出してください。「訪問しての要請・提出」を追求いただき、「遠隔地で訪問が不可能」といった場合には、「架電したうえで郵送」などの方法を講じてください。
◎ 放送局・新聞社への要請・提出を行ってください。
 法律家六団体では、新聞社などとの懇談を継続し、大きな成果をあげています。日本新聞協会加盟のメディアには、団本部から郵送を行っていますが、地方の放送局や中央紙の支局には手が届いていません。支部・法律事務所(あるいは運動体)から、地方局や中央紙の支局、地方紙への緊急意見書の提出を追求し、懇談等を追求してください。
◎ その他
 条件や状況に応じて、地元弁護士会への提出や地元自治体などへの提出をご検討ください。活動の内容・結果等を、同封した「報告書」などで団本部に集約してください
 改正原案の提出を阻止するかどうかは、「五月が勝負」という緊急課題です。意見書提出を含む「草の根」からの行動を組み切って、五月集会に参集されることを呼びかけるものです。

(二〇一八年 四月二三日脱稿)


全商連「納税者権利宣言(第五案)」の活用を願う!

東京支部  鶴 見 祐 策

一 税金に関わる怒りの高まり
 「モリ・カケ」に端を発して安倍政権による政治の私物化が怒りを呼んでいる。連日報道の閣僚や財務省・国税幹部のデタラメに「これでは税金のムダ遣い」「もう税金を納めたくない」と怨嗟の発言が蔓延して当然だろう。重い負担と課税の不公正それに税金の使途に対する国民の関心はこれまでになく高まっている。
二 日本の税制と税務行政の前近代性
 権力の恣意的な課税と刑罰に抗する人民の闘いが、イギリスの「権利章」、アメリカの独立宣言、フランス革命の人権宣言につながり基本的人権保障を支柱とする近代憲法をうみだす原動力となった。日本憲法九七条は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」と述べて「租税法律主義」(三〇条・八四条)「罪刑法定主義」(三一条)を掲げている。
 ところが日本の税制と税務は、戦後も「前近代的」のまま遺された。賦課課税に代えて導入された申告納税制度は、国民主権原理の発現と評価されながら税務の現場では課税権力の恣意と強権が遺漏なく支配してきたのである。
三 「納税者の権利」の確立を目指す運動
 諸外国では「納税者の権利」の法制化が常識である。先進国(OECD加盟国)の中でこれを欠くのが日本だけとなって久しい。
 全商連は、それを日本で求める運動の先駆けとなった。フランス大蔵省の「税務調査における憲章」(一九七五年)の報道に接するや「意見書」を発表した。これを契機に税理士会、政党、業者組織、人権団体など同旨の発言が相次ぐようになった。
 また全商連は、「納税者の権利憲章制定のための税制視察団」(九一年一一月)をカナダとアメリカに派遣している。「視察団」は税務署や不服審判所など関係省庁を歴訪して現職の職員、大学教授、研究者、実務家から精力的に事情聴取を行い大量の関係資料を収集したが、その成果を報告書「納税者権利憲章の制定をめざして」に収録して国内運動に弾みをつけた。九四年には、全商連、全建総連、学者、税理士など団体・個人の参加による「納税者権利憲章をつくる会(TCフォーラム)」が結成されている。
四 立法運動の経過と現状
 このような取組みを背景に二〇〇二年、納税者の権利保障を盛った国税通則法改正案が、民主、共産、社民の三野党の共同で国会に上程されたが、時の政権与党が応ぜず審議未了で終わった。
 二〇〇九年の選挙で勝利した民主党政権は「納税者の権利憲章(仮称)」の制定を閣議決定した。これに危機感を募らせた財務官僚が旧政権党の議員と連動する舞台裏の猛烈な巻返しを展開した。最終的には政権基盤の脆弱に乗じた野党(自民・公明)との密室の協議によって「納税者の権利保障」は骨抜きとされ、課税権力の強化を盛り込む法案へと変質させられた。そして成立した「改正国税通則法」(二〇一一年一一月)では「権利」の文字まで根こそぎに削除された。その「納税者の権利」の再構築を目指す新たな運動がいま始まっている。一六年ぶりの「宣言」は、その時機を得たものと言えるだろう。
五 「納税者の権利宣言」の概要
 全商連は、発表に当たり今日の「自民党政権による『戦争する国づくり』『立憲主義の破壊』を許さない世論と運動を強めるため」に「『税の在り方と使い道』を根本から正す必要性」を強調して次の六つ要求を掲げている。
(一)「憲法理念を徹底する税制の実現」である。
 近時の国家主義的な傾向の台頭や人権侵害の事態の広がりを許さない見地から憲法の平和主義の貫徹とあわせ、家父長制度の残滓である自家労賃の否認(所得税法五六条)の廃止など個人の尊厳と両性の平等にも立脚した真の民主的税制の確立を求めている。
(二)「生活費非課税と大衆的な消費課税の廃止」である。
 かつて大蔵省が「食事メニュー」で正当化を試みたが、それも今では遠い昔話。最低の生活費に食込む課税が永続のまま。劣悪な生活保護基準にも足りない。そこに勤労市民や自営業者に被さる消費税の追打ちがある。憲法二五条に違反する。
(三)「応能負担による公正な課税の確立」である。
 応能負担は平等と公平の原則から要請される。日本の税制は勤労所得や生存権的財産に重く大企業や資産家の投機的取引や不労所得に軽い。優遇税制の減免で独占企業は巨額の内部留保を溜め込んでいる。これの抜本的な是正が求められる。
(四)「主権在民の申告納税制度の擁護発展」である。
 納付すべき税額は納税者の申告によって具体的に確定する。この基本原則が権力によって無視され、強権的な調査、過大な推計課税と重加算税の制裁が濫用されてきた。大企業や大資産家の「税逃れ」が野放しの一方で給与所得者は、源泉徴収と日本特有の年末調整制度により申告権を奪われ、納税者の意識の醸成から疎外されてきた。これの根源的な是正が必要である。
(五)「個人の尊厳擁護と適正手続の貫徹」である。
 納税者を犯罪者扱いの調査や生存権を脅かす徴税の横行が跡を絶たない。「納税者権利憲章」の一刻も早い制定が求められる。
(六)「税金の使途につき発言し監視し是正する権利の拡大」である。
 すでにフランスの人権宣言が掲げている。これこそ給与所得者も含めた今日的な国民の総意と言えるだろう。その目的の制度的な法整備が望まれる。
六 税金問題の集大成
 項目ごとにキーワードの解説や事実を裏付ける図表や資料が添えられており、納税者の権利を目指す運動の指針がわかりやすく示されており、その広い普及が望まれるとともに学習会や集会など現場の参考文献としての活用を勧めたいと思う。


*書評*

「めざそう!ホワイト企業―経営者のための労務管理改善マニュアル」

ホワイト弁護団著 旬報社

東京支部  小 沢 年 樹

 近年、労働基準法無視のなりふり構わぬ労務管理(というより、労務不在)によって、むきだしの利潤追求や労働者使い捨ての企業生き残りを図ろうとする「ブラック企業」が社会問題化され、その是正・根絶のために多くの自由法曹団員が「労働弁護士」としてのスタンスで日々努力を重ねていることはあらためて言うまでもない。
 これに対して本書は、自由法曹団員を含むベテラン・中堅・若手を結集した「ホワイト弁護団」が、かなり長期間の議論と準備を経て世に問うた、「企業経営者にホワイト企業を目指すことを働きかけてブラック企業現象を克服する」という、きわめてユニークな目標を掲げた経営論であり、労務管理ガイドブックである。
 ホワイト弁護団とは、「『ホワイト企業』をめざす企業の経営改善支援を行い、当該企業の中長期的経営の安定化を図るとともに、『ホワイト認証』を推進していくことにより、健全な企業活動による社会発展をめざす団体」である(本書奥付より)。私自身はホワイト弁護団員ではないのだが、弁護団代表がもと団本部事務局次長の大川原栄団員であり、私が長年尊敬してきた事務所の先輩であるとともに、田場暁生団員をはじめ事務所の多数の後輩が本書上梓に関わったことから、団員諸氏に本書のご紹介をすることにした次第である。
 本書の構成は、前半の第一章「ホワイト企業であること―『理想の会社』を目指す」第二章「労働契約の本質とは―経営者の自覚と覚悟」第三章「経営者の義務とホワイト企業実現に向けて―労務管理の基本スタンス」に続き、後半は「労務トラブルQ&A」となっている。ところで、中小企業経営者向けの労務管理に関する書籍としては、少なくない地域事務所・集団事務所がQ&A形式の法律相談本を出しており、本書後半の「労務トラブルQ&A」はそうした法律相談本との形式的共通性を有している。しかしながら、本書前半の三章は、これまでのさまざまな法律相談ガイドブックとも、あるいは経営マニュアル本とも異なる独自の視点に立っており、本書後半のQ&Aにもその精神は貫かれているといってよい。
 私なりに理解したその本書の理論的エッセンスは、
@資本主義経済における経営動機である利益獲得を基本的に認めつつ、利益獲得の背景に存在する企業経営者の「生きがい」「やりがい」「社会貢献」といったモチベーションに焦点をあてていること
A利益獲得手段としての売上増大と経費削減のためには、それぞれブラック的対応とホワイト的対応とがあり、ブラック的対応が労働基準法不在の長時間労働・低賃金の強要であるのに対し、ホワイト的対応は良好な労使関係形成と労働者の経営参加であること
B現代日本の売り手労働市場とSNS環境のもとでは、長期的にみれば良質な安定的労働力と消費者の支持を獲得するホワイト企業こそが、企業価値を増大させて自由競争に勝ち残りうること
C労働契約は必然的に経営者の優越的地位をもたらすが、その優越性は絶対的なものではなく、労働者のたたかいとその成果である労働法・労働判例などによって歴史的・社会的制約を受けるとともに、労働生産性の高度化につながる労働者の能力と意欲向上のための合理的な業務指示・命令の必要性によって、一定の論理的・内在的制約を受けざるをえないこと
D合理的企業経営をすすめるためには、「経営者の論理」とは異なる「労働者の論理」を理解したうえで、基本的には「労働者性善説」、すなわち「標準的労働者は人としてしっかりと働くものである」、との観点に立って具体的労務管理を展開しなければならないこと
の五点に要約できるだろう。
 こうした理論的整理は、これまで数多くの企業経営上の事件を担当し、実務経験を蓄積してきた大川原団員が中心となって問題提起し、ホワイト弁護団の中で十分な時間をかけて練られてきた成果である(定期的に私のブース近くの会議室で議論が交わされていた)。
 しかし、大川原団員の先見性の核心は、ホワイト企業の意義について論ずるだけにとどまらず、これを現実に創出するための「ホワイト認証」システムを構築してきた実践そのものにある(ホワイト認証の詳細については「一般社団法人 ホワイト認証推進機構」のHP参照)。「学生時代に職業革命家を目指していた」という大川原団員のエピソードを、はるか昔の新人弁護士時代からいくどとなく聞いてきた私としては、「この人の本質はおそらくいつまでも変わらないのだろうな」と、あらためて納得している。
 なお、私の読み込みすぎかもしれないが、本書のエッセンスにはネグり=ハートの「<帝国>」や柄谷行人氏の「世界史の構造」「トランスクリティーク」などが指摘する現代資本主義とこれへの対抗運動の特徴が反映しているのではないか、とも思える。とにもかくにも、労使関係に関心のある団員のみなさまには、本書を一度手に取っていただきたい。とりわけ中小企業経営者からの経営相談的事案を担当している諸氏にとっては、今、必読の書といえるでしょう。


四〇年越のジャンダルム(一)

神奈川支部  中 野 直 樹

古地図と心残り
 私の地図箱の中に、昭文社の山と高原地図シリーズの「上高地・槍・穂高」一九七九年版がある。今の道案内としては役立たないが、過去を回顧することに一役を買ってくれる。今は高瀬川には高瀬ダムが造られているが、古地図にはまだダムが存在しない。高瀬川の最上流の湯俣温泉で、湯俣川と水俣川に分岐する。湯俣川に沿って三俣山荘とつながる伊藤新道が実線で記入されているが、今の地図には伊藤新道は通行困難と書かれ、登山道の表記はされていない。水俣川は槍ヶ岳の峻険な北鎌尾根をはさんで千丈沢と天上沢に分かれ、古地図には千丈沢沿いに槍ヶ岳・西鎌尾根の千丈沢乗越に突き上げる宮田新道、東鎌尾根の水俣乗越に至る道が破線で描かれているが、今の地図には存在しない。
 昭文社地図にはガイド冊子がついている。古地図付属の冊子を開くと、「奥穂高岳から西穂高岳へ」(熟達者向き)の項目がある。「『奥穂高登れば西穂が招く、招くその手がジャンダルム』そして『男伊達なら奥から西へ、縦走してみろ娘やろ』と山男の心意気をうたった地元安曇節の文句がある。このコースは奥穂高岳頂上まではとくに危険なところはないが、奥穂高から西穂までは穂高連峰随一の難所である。したがって初心者はもちろん、初めてこのコースの縦走をする人はガイド、または経験者を同伴するようにしたい。」と記されている。もちろん地図本体には破線で表示されたコースである。
 二十歳の夏、大学の同級生と二人で槍・穂の縦走をして最後の計画ルートであったこの西穂への道を前にして、ロバの耳、ジャンダルムと連なる岩稜帯のあまりの厳しい様相に怯み、方針変更し、前穂高岳を経て岳沢ヒュッテへ下った。このときの無念な思いがずっと心の燠となってきたが、再び点火する機会が得られないまま四〇年が経過した。
ジャンダルム
 ネットで検索すると、フランス語で武装警察官という意味らしい。山岳用語に転じて尾根上の通行の邪魔をする岩の意で使われ、元祖はスイス・アルプスのアイガー北東山稜下にあるドーム型の岩稜(二〇〇mの垂直の絶壁)らしいが、穂高のジャンダルムの命名の起源はわからない。
 奥穂高岳から馬の背、ロバの耳、ジャンダルムと続く天に突き上げる鋭利な稜線は、上高地の梓川の岸辺から河童橋越に展望すると絶景であるが、奥穂高からみると恐怖心と克己心が葛藤する迫力満点な山容だ。ジャンダルムの標高は三一六三m。わが国には三〇〇〇mを超えるポイントが二九あると言われている。私が唯一踏めていない地がジャンダルムであった。この点でもいつかは、との思いを抱いてきた地だった。しかし、近時の地図のガイド冊子からはこのコースは削除されており、加齢も加わってますます遠い存在となりつつあった。
チャンス到来
 昨夏、京都の浅野・藤田弁護士と会津の山旅をした際、私がジャンダルムへの片想いを話題にしたところ、二人は二〇一〇年に京都の山グループで西穂高から奥穂高まで縦走した経験があるとの話になった。熾きに火がともった。八月末の週末日程が組まれ、あとは天候次第。
 八月二七日(金)夜、私は沢渡の駐車場で車中泊をして、翌朝五時一〇分発の上高地行きのバスに乗った。京都を深夜に出発して平湯温泉駐車場に移動している浅野さんとラインで連絡を取り合う。三〇分ほどで標高一五〇五mの上高地バスターミナルに到着し、ほどなく浅野さんと合流した。夏シーズンの終わりの週末、登山客・観光客でいっぱいだ。
 青空が広がり、ジャンダルムー奥穂高―前穂高連峰の先端に朝陽が差し込んでいる。六時一五分、河童橋を渡り、岳沢小屋に向かう木道を歩んだ。湿原を流れる清流は木立の姿を映し、その下に岩魚の姿が見える。後ろを振り返ると、白い立ち枯れ木の林立の向こうに霞沢岳(二六四五m)が切り立った壁を見せつける。車道がない時代、上高地へは新島々から八時間ほどかけて登る徳本峠(二一四〇m)を越えて入った。霞沢岳登山道は徳本峠からの一本だけで地図のコースタイムをみると徳本峠から片道四時間もかかる。そういえば、菊池紘弁護士がこの週末、上高地から徳本峠まで登り穂高連峰を展望すると言っておられた。
 木道から本格的な登山道に入り、やがて岳沢の河原石が盛り上がったところに差しかかると、左上手に西穂高岳から奥穂高岳に連続する岩峰が大パノラマとなって眼前を支配した。厳しい岩場に木々が張り付いて緑の衣を着せたところに陽光がコントラストをつけた山岳景観の美しさは、この場所の専売特許である。
 気分満点で快調に高度を稼ぎ、八時一〇分頃、岳沢小屋(二一七〇m)に着いた。上高地を振り返ると、深い緑の向こうに、槍・穂とは対照的な柔らかな線に象られた乗鞍岳と活火山としてごつごつした表情の焼岳の存在もあった。(続く)


核兵器の特性の再確認

埼玉支部  大 久 保 賢 一

はじめに
 トランプ米国大統領は、核態勢の見直し(NPR)を行い、核兵器使用の敷居を低めようとしている。金朝鮮労働党委員長も、核兵器が自国の体制を維持する切り札としている。安倍首相は、とにもかくにも圧力だとして米韓を煽り立てている。そして、非核兵器による攻撃であっても核兵器で反撃して欲しいともしている。彼らは、核兵器を国家安全保障の切り札としているのである。核兵器の使用は、単に彼らだけの問題ではなく、私たちを含む全人類の存在にかかわる問題である。世界の行く末を彼らに委ねることはできない。そのことを考える上でのいくつかの資料を提供したい。
 「核の時代」は、核分裂エネルギーが兵器(原子爆弾・原爆・核兵器)として使用された一九四五年八月六日に始まる。最初に使用したトルーマン米国大統領は、一九四五年八月六日、原子爆弾は宇宙に存在する基本的な力を利用した革命的な破壊力を持つものであり、それが、極東に戦争をもたらした者たちに対して放たれた、と声明している。その声明では、原子エネルギーを解放できるという事実は、自然の力に対する人類の理解に新しい時代を迎え入れるものである、ともされている。トルーマンは、原爆がどのような原理に基づく兵器であるのかを十分に理解していたのである。人類に「新しい時代」が始まったのである。
 その原爆投下に対して、日本政府は、一九四五年八月一〇日、「米機の新型爆弾に対する日本政府の抗議文」を発出している。抗議文は、新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性残虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する罪悪なり、…帝国政府はここに自らの名において、かつまた全人類の名において、米国政府を糾弾するとともに即時かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す、としている。当時の日本政府は、全人類と文明の名において、核兵器の放棄を要求していたのである。ただし、現在の政府はこのようなことをしたのは戦時下だからであって、今は違う見解であるとして、核兵器に依存している。
 一九五五年七月九日発表された、ラッセル・アインシュタイン声明は、水爆について次のように述べている。水素爆弾による戦争は実際に人類の終末をもたらしかねない。もし、多数の水素爆弾が使用されるならば、全面的な死滅が起こるであろう。これはただ少数の者にとってのみ即死であるが、多数の者にとっては病患と崩壊との緩慢な苦しみなのだ。そして、およそ将来の世界戦争においては必ず核兵器が使用されるであろうし、そのような兵器が人類の存続を脅かしている事実から見て、われわれは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されえないことを悟り、このことを公然と認めるよう要請する。したがってまた、われわれは彼らに、彼らの間のあらゆる紛争問題の解決のための平和的手段を見出すよう要請する、としている。トランプ大統領、金委員長、安倍首相に熟読してもらいたいと思う。
 一九六三年一二月七日、東京地方裁判所は「原爆裁判」の判決で次のように述べている。広島、長崎に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法から見て、違法な戦闘行為である。原子爆弾のもたらす苦痛は、毒、と毒ガス以上の物といって過言ではなく、このような残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反している。この判決は、原爆投下は、無差別攻撃であるという観点からも、不必要な苦痛を与えてはならないという観点からも、当時の国際人道法(戦争法)に違反しているとしているのである。核兵器禁止条約の魁となる法的判断である。
  原子爆弾被害者に対する援護に関する法律(被爆者援護法・一九九四年一二月九日成立)の前文にはこうある。
 昭和二〇年八月、広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は、幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず、たとい一命をとりとめた被爆者にも生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し、不安の中での生活をもたらした。当時の国会は、このような認識を持っていたのである。
 国際司法裁判所の勧告的意見(一九九六年七月八日)は核兵器の独自の特性について次のようにいう。
 核兵器は、原子の融合または分裂からエネルギーを得る爆発装置である。核兵器は、膨大な熱とエネルギーを放出するばかりか強力で長期にわたる放射線をも放出する。核兵器は潜在的に破滅的なものである。核兵器の破壊力は時間的にも空間的にも閉じ込めておくことができない。核兵器はあらゆる文明と地球上の生態系の全体を破壊する潜在力を持っている。核兵器の定義的規定として理解しておきたい。
 「二一世紀被爆者宣言」(二〇〇一年六月五日)は次のようにいう。
 あの日、一九四五年八月六日、九日。アメリカが投下した二発の原爆は、広島・長崎を一瞬にして死の街に変えました。生きたまま焼かれ、肉親を助けることもできず、いったんは死の淵から逃れた者も、放射線に冒されて次々に倒れていきました。人の世とは思えない惨状でした。原爆地獄≠ゥら生き残った私たちも今なお心と体の苦しみにさいなまれつづけています。原爆の放射能被害は世代を越えていつまで及ぶのでしょうか。
 二〇一七年七月七日採択された「核兵器禁止条約」前文は次のようにいう。核兵器のいかなる使用もそれがもたらす壊滅的な人道上の帰結を深く憂慮し、その結果として核兵器が完全に廃絶されることが必要であり、そのことがいかなる場合にも核兵器が二度と使用されないことを保証する唯一の方法であり続ける…としている。
小括
 核兵器が初めて使用されてから七二年以上の年月が経過している。世界は、核兵器を全面的に禁止し、その廃絶へと向かいつつある潮流と、あくまでも核兵器に依存する凶暴な勢力との激しい衝突が生まれている。「核兵器のない世界」の実現が先か、新たな核兵器の使用が先か、予断が許されない状況にある。「核兵器のない世界」の実現は、人類にとって、死活的でありかつ緊急の課題なのである。私たちの取るべき選択は、いかなる理由であれ、核兵器の使用などさせない方向である。先人たちが、この間、核兵器についてどのように考えてきたのかを再確認し、新たな知恵を絞り、核兵器に依存する者たちとの戦いに勝利しなければならない。

(二〇一八年二月一七日記)