自由法曹団通信:1642号      

<<目次へ 団通信1642号(8月21日)


岩城 邦治 ※福岡・八幡総会に集まろう!福岡県特集※
炭鉱労働と筑豊じん肺訴訟の跡を
見ていただけると幸いです。
田上 普一 原発なくそう!九州玄海訴訟の現状
〜放置される住民避難〜
久保木 太一 法律家六団体半日合宿
〜渡辺治先生基調講演要録
松島 暁 自衛権と立憲主義 
木村晋介団員の疑問に応えて
大久保 賢一 「資本主義の下での軍備撤廃は空想的」か?



※福岡・八幡総会に集まろう!福岡県特集※

炭鉱労働と筑豊じん肺訴訟の跡を
見ていただけると幸いです。

福岡支部  岩 城 邦 治
(西日本じん肺弁護団団長)

 団全国総会にご参加のため福岡にお集まりの皆さん、心より歓迎いたします。
 福岡はじん肺訴訟草分けの地です。せっかくの機会ですので、少しだけじん肺訴訟のことを振り返っておきます。
 一九世紀後半から二〇世紀後半にかけて一〇〇年、北部九州には大小の炭鉱が林立し地底から日本資本主義の成立を支えてきました。官営炭鉱から払い下げられた三池炭鉱の石炭を三井物産により上海航路の船に売り、その代金を三井銀行にプールして三井財閥を築いた三井鉱山、グラバーから高島炭鉱の払い下げを受け、高島炭鉱事件もなんのその、三菱財閥を築いた三菱鉱業、筑豊地場の炭鉱経営から筑豊御三家と呼ばれるようになった貝島、麻生、安川や狸掘りの小山から次々に炭鉱を増やしていった伊藤伝衛門などなど。
 しかし彼らの繁栄を支えた者は、自らの労働力以外に売るものを持たず、身を粉にして働いて支えてきた炭鉱労働者たちでした。彼らは、地底の暗闇の下で働きずくめに働いて、そのあげくじん肺となり、ボロ雑巾のように捨てられました。
 彼らは、苦しい息をつきながらも「俺たちはボタ山のボタではない」と立ち上がり、じん肺訴訟を起こしました。その目的は、当然の賠償を求めることのほかに、「訴訟によってじん肺の責任が誰にあるのかを明らかにする」「責任を明らかにして、その責任者にじん肺根絶の制度を作らせる」というものでした。そのため、消滅せずに残っていた企業とともに、国も被告としました。かつて認められることのなかった「行政の不作為の違法」責任も訴訟の柱に立てたのです。
 訴訟には一八年四カ月という途方もない年月を要しましたが、二〇〇五年四月に筑豊じん肺最高裁判決という画期的な判決をつかみ取ったのです。資本主義百年の加害と被害の関係を明らかにするとともに、その関係を放置してきた国の責任をも明らかにしたのです。
 筑豊から炭鉱が消えて四〇年が経過し、そのあとを見たり聞いたりすることも困難になっています。その語り部のほとんども亡くなりました。しかし、せめて炭鉱労働者のじん肺問題を通じて、日本資本主義百年の歴史に取り組んだ被害者と家族のいたことをいくらかでも振り返っていただけると幸いと思い、この文をまとめてみました。


原発なくそう!九州玄海訴訟の現状
〜放置される住民避難〜

福岡支部  田 上 普 一

 「原発なくそう!九州玄海訴訟」は、二〇一二年一月三〇日の提訴以来、約六年半が経過しようとしている(以下「九州玄海訴訟」という)。玄海原発全基の廃炉を求めて九州電力及び国を訴えたこの裁判は、「原告一万人で世論を変える」を合言葉に追加提訴を重ね、原告数は現在一万三〇〇人(二〇一八年八月一〇日現在)、四七都道府県のみならず海外にも原告がいる。
 この訴訟では「闘いは法廷の中のみならず」を方針に、裁判と運動が一体となって世論喚起することを目標としている。そのため、裁判では、要件事実の枠に収まることなく、福島第一原発事故の被害を詳らかにした上で、原発のありとあらゆる問題点を指摘してきた。
 玄海原発の周辺三〇キロ圏内には、八自治体約二六万人が居住し、そのうち一七の離島には約一万九〇〇〇人が居住していることから、弁護団・原告団は住民の避難計画の問題点に精力的に取り組んできた。
 住民避難の困難さは、東京電力福島第一原発事故によって浮き彫りとなった。仮に百歩譲って、原発を再稼働させるというのであれば、実効性のある避難計画の存在が欠かせない。
 ところが、現行の新規制基準は、重大事故が発生することを前提にした原発施設内での重大事故対策を電力会社に求める一方で、施設外での住民の避難計画を含めた防災計画を規制要件としていない。アメリカの規制基準では、実効的な防災計画の存在が規制要件となっているが、東京電力福島第一原発事故の惨禍を経験した日本では、今なお、実効的な防災計画の存在が規制要件となっていないのである。
 国がこのような枠組みを採用したのは、実効的な防災計画を立案することは不可能であり「再稼働のためにする新規制基準」の規制要件に加えてしまうと原発の再稼働が不可能になるからに他ならない。一応、国は、新規制基準とは別に、原子力災害特別措置法によって内閣総理大臣が防災計画を適切であると確認・了承するという形でお茶を濁しているが、了承された住民避難を含む防災計画は、まさに絵に描いた餅に他ならず、計画の実効性はない。
 一方で、住民避難の責任を負担している玄海原発の三〇キロ圏内の地元市町村は、離島からの避難を含めた住民避難の困難さを痛感しており、三〇キロ圏内八自治体のうち四自治体は、住民避難の困難さを理由として、現在も玄海原発の再稼働に反対している。
 我々は、避難計画の不備などを理由に玄海原発の再稼働禁止の仮処分を申立てたが、残念ながら、本年三月二〇日、佐賀地裁はこれを却下した。この却下決定では、避難計画の不備に関し、我々が主張した具体的な不備には一切言及せず、法令等の定めを延々と並べたてた上で、原子力防災会議が防災計画を合理的と確認・了承している以上は、不適切な点があるとは認められないと述べた。
 佐賀地裁は、我々が提出した避難計画の不備を示す多数の疎明資料を完全に黙殺したのである。形式面だけ整えていれば良いとする佐賀地裁の姿勢は、住民防護の最後の砦である避難計画を蔑ろにするものであり、ひいては、国民の人権を守るという司法の役目を放棄したものと言わざるを得ない。我々は四月に即時抗告を申し立てており、現在、事件は福岡高等裁判所第五民事部に係属している。
 残念ながら仮処分は敗訴したが、政府内でも外務省の気候変動に関する有識者会合が政府の原発政策に疑問を呈するなど脱原発のうねりはますます大きくなっている。
 今後も、我々、原告団・弁護団は、地元住民や自治体が危惧している避難計画の問題点を、法廷の中だけにとどまらず、地元自治体への質問状・要望書の提出、首長や防災担当者との意見交換会という活動を通じて、広く世論に訴えかけていく運動を発展させ、玄海原発をはじめとした全ての原発廃炉を目指して頑張る次第である。
これからもぜひご注目・応援いただきたい。


法律家六団体半日合宿
〜渡辺治先生基調講演要録

東京支部  久 保 木 太 一

一 はじめに
 平成最後の夏、八月四日、法律家六団体が半日合宿を開催した。お盆期間中の一泊を伴う合宿であった去年に比べて、参加者の負担は減ったには違いない。しかし、それでも二時間一五分(長編映画並みの長さ)の渡辺治一橋大学名誉教授の基調講演、その後一〇分の休憩を挟んだ上での二時間の討論、というスケジュールはハードだった。これは愚痴ではない。ある程度オーバーロードがあってこそ、鍛えられる場であり、合宿なのだ。このイベントは、宿泊がなかったとはいえ、「学習会」ではなく、たしかに「合宿」であった。
 本稿では、合宿冒頭の渡辺治教授の基調講演のみを紹介する。紙面の都合はもちろんあるが、それ以上に、講演会当日、私のメモをとる集中力が後半まで保てなかったことの方が大きな要因である。
二 安倍改憲の現段階
 改憲問題にとって二〇一八年が最大の分岐点になると思われたが、スケジュールに大きな誤算が生じた。市民運動と野党の追及の力であり、この成果には確信を持たなければならない。
 気の早いマスコミは、「安倍改憲挫折」と言っているが、これは間違っている。安倍は諦めていない。安倍政権が存続している限りは改憲を拒めない。三〇〇〇万人の声で発議を止め、安倍首相を退陣させないといけない。
三 安倍改憲の狙い
 安倍改憲は安倍首相の個人的な趣味ではなく、戦後のアメリカと保守勢力の改憲への宿願の集大成である。
 とはいえ、やはり「安倍改憲」と呼ぶにふさわしいのは、安倍首相のリーダーシップがなければ今回のような改正案は出てこなかった。
 なぜ九条なのか。戦争法の強行採決によっても、市民と野党の共闘、総がかりの運動の力によって、以下の三つの壁は未だに超えられていない。
(1) 戦争法全面発動ができない(国連南スーダンPKO派遣問題)
(2) アメリカの戦争の全てに加担できない、多国籍軍の参加もできない
(3) 軍刑法、軍事特別裁判所が作れない
 この壁を越えるためには、解釈改憲では限界があり、九条改憲が必要。
四 どうやって改憲を実行しようとしているのか?
 前提として、今回のいわゆる「加憲論」は、市民と野党の共闘によって築かれた壁がなければありえなかった。この壁を意識して一項と二項が残された。
 過去に六〇以上の改憲論が様々なところから出されたが、そのうちでいわゆる「加憲論」は七つくらい。その中で、今回の安倍改憲案に近いのは、二〇〇二年から二〇〇六年にかけて公明党党大会で出されたものである。官邸はこれをそっくりそのままもらっている。また、教育無償化が突如示されたのは、維新を念頭においている。
 安倍改憲案がこのような形となったのは、市民と野党の共闘の力によって民主党(当時)が改憲反対の立場となったことが大きい。民主党は、結党以来一度も改憲反対とは言っていなかった党であったが、岡田代表のときに初めて改憲反対と言った。
 当時の二大政党制のもとでは、改憲に民主党の賛成が不可欠であり、与野党が協力して改憲案を作ることが想定されていた。改憲手続法の根底にもこの考えがある。戦争法反対の運動の中で民主党の態度がひっくり返ったことが、改憲を困難にしている。
 そこで、公明党と維新を抱え込まなくならなくなった。とりわけ、九条問題については公明党(特に創価学会婦人部)が手強い。しかし、市民運動が盛り上がっている限りは公明党は不確かな同盟者である。
 強行採決をすれば支持率が下がることは実証されている。国民投票で勝てなくなる。一進一退の状況となっている。
五 九条改憲の危険性
 安倍政権は、改憲しても「変わらない」と言っているが、これは真っ赤な嘘である。
 日本国憲法は、軍も戦争もない珍しい憲法である。これが「普通」の憲法になったらどうなるか。たとえば、日報隠蔽問題だが、これは問題ではなくなる。飛来するオスプレイの数を市民がウォッチしたり、基地の前で記念写真を撮とれたりするのは、他国では当たり前ではない。これは日本国憲法が軍隊を認めていないからだ。
 そして、安倍首相が政治生命をかけて改憲に挑戦しようとしているのは、何より戦争法の全面発動、米軍との共同作戦を完遂するためである。
六 安倍改憲と朝鮮半島
 板門店宣言、米朝首脳会談は歴史的転換である。
 他方、日本の役割はとても大きい。朝鮮半島での合意を不可逆的にするためには、北朝鮮が独裁国家であることに鑑み、北朝鮮の国民には期待できない。日本と韓国が協力して責務を負わなければならない。また、朝鮮半島問題を北東アジア、そして世界全体に拡大しなければならない。これも日本と韓国に期待される役割だが、日本はG7の一員でもあり、特に重要な役割を担っている。
 現在、北朝鮮の脅威を引き続き煽って軍事費を膨張させていく安倍政権の政策は、北東アジアの平和にマイナスの効果を与えている。だからこそ、安倍改憲NOは北東アジアに対して大きなメッセージになる。さらにいえば、野党連合政権を作れば、日本は六カ国協議の中でも役割を果たせる。
七 安倍改憲阻止の運動の重点
 改憲阻止のための運動が重要である。これは万が一発議されたときには国民投票の場面においても力になる。
 改憲手続法は、与野党の協議を念頭に作られているので、発議の場面では与党の強行突破に不利である。他方で、改憲阻止の運動は、国会の追及との連携がないため、今までの運動の強みが生かせない部分もある。
 他に、前述した九条改憲の危険性と安倍政権が朝鮮半島情勢に逆行していることを国民に伝えることが重要。
八 憲法の生きる日本を
 これだけのスキャンダルにもかかわらず安倍政権の支持が下げ止まっているのは、安倍政権に代わる政権構想が示されていないから。安倍改憲を阻むのは重要だが、それだけだと現状維持にとどまる。次が石破になってもしょうがない。野党連合政権を作らなければならない。
 安倍政権の提供していた料理(政策)に変えて、私たちの提供する料理を考えなければならない。それだけではなく、料理を盛るお皿(実現手法)が必要である。
 連合政権について、「野合」という反対意見あるが、各党で終着点が違うのは当然。違わないのなら同じ党でやればいい。終着駅が遠くても途中まで一緒に行くことが重要。共産党は博多に行きたくて、立憲民主は京都に行きたいのだとすれば、新大阪まで一緒に行けばいい。共産党は博多に行くと言っているが、一人では新大阪まで行けない。終着点は共同の過程で変わっていくかもしれない。自民党と公明党だって終着駅が全然違うが、この二〇年で両者とも変わってきている。それが大事。共産党がどんなに良いことを言ったとしても共同しないと博多には行けない。飛行機で行けるだなんてバカなことは言わないで欲しい。
 戦争法廃止、戦争法前の水準に戻すことについては一致できるはず。
 民主党政権は多くの教訓を残した。まず、国民に依拠する姿勢が弱かった。普天間も消費税も、国民に何も聞かないままで当初の姿勢を変えてしまった。さらに、共同に関する姿勢がゼロだった。仮にこの時代に市民と野党の共同ができていたら変わっていたと思う。
 野党連合政権の三つの柱は、@平和外交、A福祉国家型財政、B立憲主義・民主主義の回復。見た目が良い料理ではなく国民が必要とする料理を作るべきである。
 具体的には、たとえば、情報公開制度を充実化させる。また最高裁判所裁判官人事についての制度を変える。それだけでも日本の民主主義は大きく変わる。
九 むすびにかえて
 国会の追及をテコにできないのは不利であるが、市民の力で三〇〇〇万署名を集める。地域で共同し、自民党議員の発言も使いながら、改憲阻止まで頑張る。
 安倍政権は、今年の臨時国会で改憲原案を頭出しし、来年通常国会の初期で改憲発議というのも狙っているが、それができなくても参議院選で勝って二〇年末までの改憲、ということも考えている。
 来年、再来年と長丁場になるかもしれない。運動体は生前退位していられない。発議阻止の三〇〇〇万の運動を腰を据えてやり、その中で国民一人一人を変えていかなければならない。これが安倍政権を潰す唯一の力である。


自衛権と立憲主義 
木村晋介団員の疑問に応えて

東京支部  松 島   暁

一 はじめに
 木村晋介団員(以下、「木村さん」と呼ばせていただきます)から、団五月集会特別報告集の「日本国憲法における自衛権・一三条や立憲主義は自衛権を正当化できるか」というわたしの論稿について、団通信上で二度にわたり質問ないしご意見をいただきました(一六三三号、一六三九号)。
 本来であればもっと早く回答すべきところ、わたし自身の怠惰と木村さんが提起された問題への回答の難しさから、今に至ってしまいました。申し訳ありません。
二 木村さんが提起された問題
 木村さんの疑問は二点かと思います。
 一つが、制憲権者の特定の価値観の強制だとする「立憲主義」はそもそも正当かとの疑問で、一六三三号の「立憲主義はそれほど正しいのか」はこの点を指摘されています。
 二つ目は、わたしが、制憲権者の意思は自衛軍も含めて軍備・武力装置を持たない非武装・非軍事であったことは明白だとした点について、はたしてそうなのかという疑問で、こちらは一六三九号「制憲権者の意思は一致していたか」で木村さんの見解を表明されています。
 もともと特別報告集が三〇〇〇字以内であったことと、同稿の力点が、口当たりの良い「憲法一三条」や「立憲主義」を持ち出して自衛権をを肯定する近ごろの議論(長谷部恭男氏や木村草太氏らの議論)への警鐘にあったため、木村さんご指摘の疑問をもたれたことも当然かと思います。
三 制憲権者の意思について
 「立憲主義の正当性」については、回答がより困難であるため後にさせていただき、先に、制憲権者の意思について述べさせていただきます。
 特別報告集では「制憲権者」という用語を使いましたが、ご指摘のとおり厳密な法的概念としては使っていません。日本国憲法の制定に現実に「携わった」あるいは「関与した」人々という程度の意味で用いたものです。この関係者として、マッカーサーをはじめとするGHQ、天皇裕仁やその取り巻き、吉田茂や金森徳次郎ら政権担当者、そして初めての普通選挙により国民から選ばれた国会議員及び彼ら彼女らによって構成された制憲議会を想定して、これらの人々の多数意思を「制憲権者の意思」と表現したものです。
 もちろん日本国憲法制定に際して、自衛権をも放棄し自国を完全に武装解除してしまうことについて、異論や反対意見があったことはそのとおりです。
 衆議院憲法草案審議で野坂参三議員(日本共産党)が、戦争の一般的放棄ではなく、侵略戦争の放棄が的確ではないかと問うたのに対して、吉田茂首相は、「近年の戦争は多くは国家防衛の名に於て行はれたることは顕著なる事実であります。如に正当防衛権を認むることが偶々戦争を誘発する所以であると思ふのであります。正当防衛権を認むると云ふことそれ自身が有害である」と答弁しました。有名な野坂・吉田論争です。
 安倍首相の祖父・岸信介も、憲法の非武装など論外だが、日本が独立しGHQの支配が終われば憲法を改正し自衛軍を保有すればよいと考えていました(現実には、岸のこの目算は大きく狂うことになるのですが)。
 わたしが言いたかったことは、少なくとも当時、先述の「関係者」の認識において、いま制定しようとしている、あるいは受け入れようとしている日本国憲法が、自衛軍も含めて軍備・武力を持たないことを定めたということについては共通しており、この点で異論があったとは思われません。野坂、岸にしろ吉田にしろ、もちろんGHQや天皇も憲法ないし九条解釈において自衛権を認めるとの理解はしていないと考えます。
 木村さんが指摘されるように、国民意識として「戦争放棄までは不必要」との意見はあったでしょうし、将来展望としては自国防衛のための軍隊をもつ必要があると考えていた人の割合は、GHQの検閲下であることを考慮すれば、もっと多くであった可能性も否定できないと思います。
 しかし、当時の国民意識あるいは将来の国防=安全保障政策がどうであろうとも、確定された法規範=憲法の意味内容は、非武装で軍事部門はもたないということであり、この点、制定に関与した人々の認識は共通だったと思われます。
 もっとも立憲主義を正当化する根拠を社会的合意(社会契約)に求めるとすると、制定に関与した人々だけではなく、社会的合意の相手方、国民意思が大きな問題となりそうなのですが、この点はあまりつめて考えてはいません。
四 立憲主義は正当か
 もう一つの疑問、「立憲主義」を「憲法に化体された多数者(制憲権者)の意思を憲法を通じて現在の多数者に強制すること」とすることについては、その通りとされたうえで、制憲時の多数意思が、なぜ現在の多数意思を拘束するのか、それは正当なのかを木村さんは問われています。
 「人間には人間を所有する権利はない。同様に、いつの時代の世代も、その後につづく代々の世代を所有する権利はない」(トマス・ペイン)、あるいは、「地上は生ける者の使用権に属し、死者にはなんらの権限も権利も持たない」(トマス・ジェファソン)、これは立憲主義に対する根源的批判であり、この批判を踏まえての木村さんの提起かと思います。なお、「九六条改正反対派の人たちは憲法を守れと言うが、彼らこそ憲法を守っていない。どのような考えが正しいかを国民の判断に委ねる。これが日本国憲法だ」という橋下徹の意見も、判断を国民=現在の多数者の意思に委ねるべきだという意味で立憲主義批判の一種でしょう。
 この点については、「立憲主義の法理論はこの問題と今日に至るまで格闘してきた」(青井未帆『「改憲」の論点』)といわれるほどの難問であり、回答に困難をきわめます。ただ、ここ数年、なんらの格闘もなしに「立憲主義」を流行語のように口にする人々の多いことに、個人的には危惧感を覚えており、特別報告集で「立憲主義を口にする論者のどれくらいが、この批判を踏まえてもなお立憲主義を支持しているのか、やや心許ない」と記したのはこの危惧感に由来するものです。
 立憲主義を、憲法(法規範)が国家権力を縛るものだと形式的に理解するならば、憲法「改正」は立憲主義の問題ではなく、改憲案を支持するか否かという政治的問題になってしまいます。安倍九条改憲がテーマとなっているとき、これを政治問題とし立憲主義の議論から排除しようとする弁護士会の一部の議論は、この立憲主義の形式的理解に由来すると考えます。立憲主義は政治的中立主義ではないのです。
 木村さんへの回答ですが、わたしとしては、この世は過去の人のものでもなければ現在の人のものでもない、過去の多数者の意思に現在の多数者の意思が優越するものでもないし、逆に、制憲時の国民の判断が、その後に生じた国民の判断よりも相対的にいつも正しいとも考えてはいません。むしろ制憲時に憲法が採用した(制憲時の多数者が了解した)価値・原理そのものの普遍性(優位性・将来性・説得性)こそが重要と考えます。その価値・原理に、歴史環境の変動に耐えうる、歴史を超えた普遍性があるならば、その価値・原理は後世の人々によって受け入れられるだろうし、それ程でもなければ、いずれ後世の多数者により否定ないし変容されてしまうでしょう。わたしは規範化された価値・原理の内実こそが重要であり、この限度で立憲主義は正当だと考えています。
 かつて奥平康弘先生が憲法を「世代を超えた共同のプロジェクト」とされていました。前世代が優先とか後世代が優越するではない共同の作業だという意味で、青井先生も「世代を跨いだ取り組み」(同書)とされ、同じことかと思います。日本国憲法の採用した平和主義・非武装の原理に共感し、これを支持した後世の人々の護憲運動や平和運動、恵庭・長沼その他の憲法訴訟を通じて「共同のプロジェクト」が遂行されてきました(逆に、この原理を受け入れない人々の力により事業の未完や挫折もあるでしょう)。
 憲法に化体される価値・原理は、万国共通(同一)ではなく、制定時の時代状況や制定国のおかれた国際的・国内的環境によって多様であり、その国柄と時代を反映しています。二〇世紀なかばに制定された日本国憲法は、欧米人権宣言の系譜に位置するとともに、アジア太平洋戦争における加害国であり敗戦国であるという日本固有の歴史を反映した憲法として、人権保障と平和主義が規範化されました。しかも、この規範化された平和主義は、単なる平和主義ではなく、九条二項で「戦力」を持たないとし、統治機構としても非武装・非軍事に純化した体制をとっています。戦後、憲法を改正し再武装したドイツ(西ドイツ)は、六五条a、一一五条a〜lで緊急事態や指揮統制権を含め軍備に関する詳細な規定を置きましたが、日本国憲法は、このような規定をまったく置いていません。日本国憲法の統治機構そのものが軍事や軍備を想定していないからです。
 わたしは、ここまで徹底した価値・原理を規範化しているがゆえに憲法を擁護するし、立憲主義を支持しています。立憲主義としては邪道かもしれません(なお、平和主義と立憲主義との関係については以前、団通信(一五一一号)に投稿したことがありますので、よろしければご参照ください)。
 憲法に規範化された徹底した平和主義原理が、どの程度の「普遍性」があるのか(かなり傷付いてはいるものの七〇年は持ちこたえたとはいえるでしょう)、近い将来の多数者によって否認、変容させられてしまうのか、断定的なことはいえませんが、戦争を知る世代から伝え聞いた戦時期の話、わたしの学生時代とほぼ重なるベトナム戦争、シリアやイエメンなど今世界中で起きている戦争の惨禍を見聞きするにつけ、世界標準からすればきわめて異端な存在である非軍事・非武装の日本の平和主義こそがかえって普遍的価値を有しているのではないかと考えるようになりました。
五 「国民に寄り添うとは」理想主義と現実主義
 木村さんは、九条二項誕生後、無防備平和の理想が実現したことはなく、九条二項が本当に戦力による日本防衛を一切禁じているとすれば、この条項は一度も効力を発揮してはいないことになるとされたうえで、「平和運動の側は、こうした事実を冷徹にみつめ、個別的自衛権のための戦力を必要とする大多数の国民に寄り添いながら取り組まれるのがよろしいのではないか」とされます。
 「国民に寄り添」うという意味がやや不明確ではあるのですが、平和運動の側も国民意識を敵視しているわけでもなければ、国民多数の意識も非軍事・非武装の論理を敵視しているのではなく、それは望ましいが現実には難しいのではないかと考えているのであって、理想や理念それ自体においては敵対関係にはないからです。その意味では、憲法解釈学は別として、国民意識ないし実践課題としては個別的自衛権を認めるか否かが大きな障害になるとは考えません。
 何がなんでも非武装・非軍事と考える理想主義的な平和運動の存在があって初めて、国民意識の多数意識としての専守防衛ないし個別的自衛という現実主義的世論が形成されているのであり、徹底した平和意識とそれを取り巻く穏健な防衛意識によって、この国が米・英・仏・中・露などの「普通」の軍事大国となることを防いできているのだと考えます。
 以上、木村さんの疑問にどの程度応えることができたのか、心許ないのですが、現時点でのわたしの応答とさせていただきます。


「資本主義の下での軍備撤廃は空想的」か?

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 「核兵器などの残虐兵器・大量破壊兵器を一般の軍備と区別してその禁止を主張することは資本主義の下でも可能だし、実際に実現しうるが、資本主義の下で軍備撤廃を主張することは空想的である」との主張がある。この主張はまた「『全面完全軍縮』を平和運動の綱領的要求とし、核兵器廃絶をその一部に位置づける主張は、核兵器廃絶の問題を軍備撤廃という、資本主義の下では実現不可能な空想的目標に解消することで、結局は、棚上げ論の一種に属する」という結論も導き出している。
 私は、この主張に接したとき、核兵器廃絶と軍備の完全撤廃とを分別することや、資本主義の下でも核兵器を廃絶できるという部分は賛成だけれど、「資本主義の下では、軍備撤廃は実現不可能」という部分には、強い違和感を覚えたのである。その理由は、憲法九条二項は軍備の全廃を規定しているし、世界には軍隊のない国が二六カ国存在するからである。この主張によれば、資本主義国日本で軍備撤廃を主張することは空想的ということになるし、資本主義国である二六カ国に軍隊がない事実を無視することになってしまう、という違和感である。
 私はこの「資本主義の下では、軍備撤廃は実現不可能である」という命題についての意見をI弁護士やW名誉教授に求めた。二人の反応は「誰がそんなことを言っているの」、「それは間違っている」というものであった。私の違和感を共有してもらったといえるだろう。
 私がこの命題に接したのは、一九八五年七月、日本共産党が開催した「核戦争阻止・核兵器廃絶国際シンポジウム」での不破哲三委員長(当時)の原稿である(「前衛」五二五号・一五七頁以下)。
 このシンポは、五万発以上の核兵器が存在し、その一パーセントが使用されただけでも「核の冬」が到来するとされている状況の中で、核戦争阻止とその危険の根源を取り除く核兵器廃絶を緊急中心の課題としていた。敢えて整理すれば「核兵器廃絶は世界政治の第一義的課題」、「核戦争の脅威を根本的に取り除く唯一の道は核兵器の廃絶」となるであろう。昨年七月に採択された核兵器禁止条約の三二年前にこれらのことが議論されていたことは、刮目に値する。ちなみに、私がこの不破論稿に接したのは日本共産党の核兵器政策を再確認しようしていた昨年七月のことであった。
 本題に戻ろう。不破さんは、核兵器と一般の軍備を区別しろ、核兵器廃絶は資本主義の下でも可能だ、としている。その議論の背景には、「帝国主義の打倒なくして核兵器廃絶はありえない」という、帝国主義や資本主義が存在している間は、核兵器をなくすことができないという「敗北の立場」に対する批判がある。そして、吉岡吉典政策委員会責任者(当時)は、第一段階で通常兵器を削減し、第二段階で通常兵力を解散全廃し、第三段階で核兵器廃絶を呼び掛けるフルシチョフソ連首相(当時)の主張を、核兵器廃絶を通常兵器全廃後にしてしまう「事実上の棚上げ論」として批判している(前同二四五頁)。二人の議論の共通項は、軍備一般はともかくとして、核兵器の廃絶は資本主義体制の下でも可能であるからそれを先送りしないで、現実政治の優先課題としようということである。
 その可能性を補強する歴史的事実として、宮本顕治議長(当時)は、レーニンが、第一次世界大戦で使用された毒ガスその他の残虐兵器を、他の通常兵器と区別して、その即時禁止を提案したことに触れている(前同二一頁)。
 私は、通常兵器と核兵器などの無差別で残虐な兵器とを区別し、後者を禁止することに違和感はない。また、国際人道法(戦争法)の成立過程もそれなりに承知しているつもりである。だから、軍備一般の廃絶と区別して、核兵器の禁止を喫緊の課題とすることに賛成だし、それを前提に行動しているつもりでもいる。
 けれども、軍備一般の廃絶は資本主義体制の下では無理だといわれると首をかしげざるをえないのである。レーニンは「軍備撤廃は社会主義の理想ではあるが、資本主義の下では不可能としていた」という例を引かれてもその疑問は変わらないのである。
 私は、このシンポで、日本共産党の幹部たちが、核戦争阻止と核兵器廃絶の喫緊性を強調するあまり、日本国憲法九条二項の実現は生産手段の社会化が実現するまでは無理だと主張していると思いたくないけれど、疑問は解消されていないのである。併せて、志位和夫現委員長は、「核の時代にあって、武力で紛争を解決しようとすれば、戦争が文明を滅ぼすことになる」との主張を肯定的に紹介している(「綱領教室」三・新日本出版社・一〇一頁)こととの整合性も知りたいところである。
 誰か私の素朴な疑問に答えてもらえないだろうか。核兵器の廃絶は資本主義社会でも可能だが、軍事力一般の廃絶は資本主義社会では不可能かどうかは「核兵器のない世界」と「九条二項の世界化」を実現するうえで、興味深い論点のように思うからである。

(二〇一八年七月一六日記)