自由法曹団通信:1646号      

<<目次へ 団通信1646号(10月1日)


近藤 恭典 *福岡・八幡総会に集まろう!福岡特集*
八幡総会プレ企画
「『勝つまでたたかう学習会』のススメ」
〜集団事件の経験の縦断的・横断的共有をめざして〜
藤本 智恵 「仁比・山添両議員を囲む会」のお誘い
安部 千春 安倍改憲NO 三〇〇〇万人署名
村山  晃 関西建設アスベスト訴訟大阪高裁判決、
二連続で全面勝訴を勝ち取る
西原 和俊 改憲阻止対策本部拡大会議・報告
柴田 健 だいぶ遅めの自己紹介と
沖縄県知事選支援報告
鈴木 兼一郎 神奈川支部学習会
「なにをめざす?『特別の教科道徳』に参加して」
冨田 真平 派遣労働者のためのネット相談・
アンケート等についての記者会見及び各政党への要請活動の報告
森 真子 佐藤(奈良)講演に学んだ八月集会
船尾 徹 自由法曹団女性部
五〇周年記念シンポでの呼びかけ



*福岡・八幡総会に集まろう!福岡特集*

八幡総会プレ企画
「『勝つまでたたかう学習会』のススメ」
〜集団事件の経験の縦断的・横断的共有をめざして〜

福岡支部  近 藤 恭 典

 賢明なる団員諸兄姉はすでにお気づきのとおり、企画のタイトルは、馬奈木昭雄弁護士古希記念論文集「勝つまでたたかう」からきている。同書をご存じない新人団員の方は事務所の書棚を見渡していただきたい。きっとこの戦闘的なタイトルの厚い本があるはずである。   
 同論文集は、馬奈木昭雄弁護士とともに事件に取り組んだ弁護士、研究者、当事者そのほか事件を支えた方々が執筆者となり、取り組んだ事件の経験とそこから得られた英知とを論じたものである。幅広い執筆陣の豊かな経験を横糸に、馬奈木弁護士の「ものの考え方」を縦糸に編むという編集陣の工夫のおかげで、幅広い集団事件(もちろん訴訟にとどまらない)の貴重な記録であるにとどまらず、集団事件における先達の経験と英知を学ぶテキストとしても秀逸な一冊に仕上がっている。                  
 この論文集を読むだけでも得るものは多いが、執筆陣の豊かな経験と英知は限られた紙幅に収まりきれるはずがない。集団事件の経験の縦断的・横断的共有を目指して、わが福岡支部では、数年にわたって、主に若手団員を対象にして、同論文集をテキストに、執筆者を招いての連続企画「『勝つまでたたかう』学習会」を開催した。参加者が多いときで五〇名を超える人気企画で、学習会の回数はのべ一六回を数えた。 
 是非、この「『勝つまでたたかう』学習会」を全国の、とりわけ若手の団員に体験していただきたく、八幡総会プレ企画では、同学習会を特別バージョンでお届けする。 
 各地の団支部においても、支部例会などで様々な集団事件の経験を先輩団員から聞く機会を設けているであろう。しかし、複数の集団事件の経験を横断的に、それも集団事件における本質的な「ものの考え方」を探りながら聞くという機会は多くはあるまい。 
 プレ企画では、論文集の編集の中心であった高橋謙一団員(四一期)をコーディネーターに、集団事件の経験豊富な支部団員によるパネルディスカッション形式で、「被害を語るということ」「多数でたたかうということ」「真の解決とは」などをキーワードにして、「ものの考え方」(これを「馬奈木イズム」と呼ぶ団員もいる)を是非皆様に感得していただくことを目指したいと考えている。 
 若手団員には貴重な学びの機会になるはずであるし、中堅団員にとっては自らのスタイルを再検討する良い機会になるであろう。ベテラン団員には、自らの経験を後進にどう伝えるかをあらためて考えていただく機会にもなるのではないか。 
 全国の多くの団員の参加を心から呼びかけたい。 
 なお、「勝つまでたたかう」論文集であるが、支部に多少の在庫が残っている。このまま寝かしてしまうとそのうち傘寿記念論文集(刊行未定)が出てしまうかもしれないので、今度のプレ企画の参加者には特別割引でお分けしたい。まだ入手していないという方は、会場にて支部団員にお声かけ頂きたい。


「仁比・山添両議員を囲む会」のお誘い

福岡支部  藤 本 智 恵

一 「仁比・山添両議員を囲む会」について
 自由法曹団の総会・プレ企画が、本年は、一〇月二〇日(土)〜一〇月二二日(月)に福岡・八幡で開催されます。私が加入している仁比ネット(仁比聡平参議院議員のファンクラブ)の有志で、福岡・八幡総会の二次会を兼ねて「仁比・山添両議員を囲む会」を下記のとおり開催する予定です。

開 催 日:一〇月二一日(日)
開催時刻:二一時頃〜二二時頃までを予定
(夕食大懇親会後、二三時まで使用できるように会場は確保しています。)
*なお、一〇月二一日(日)の夕食大懇親会後、公式での二次会は予定されていません。
 当懇談会では、団の活動や裁判闘争において国会議員をどのように活用できるのか、その活用方法等を両議員に教えていただくとともに参加者の皆様と意見交換をする場にしたいと考えております。堅苦しい会ではなく、二次会を兼ねて、団員の皆様と楽しく交流ができればと思っています。
 加えて、私事ではありますが、私は、今年から仁比議員が所属する北九州第一法律事務所で働かせていただいています。そんな新人弁護士の私は、国会議員の活用方法と聞いても議員要請しかすぐには思いつきません。議員要請の際に国会議員の方の心を動かすためにはどうすれば良いか、議員要請だけでなくまだまだ国会議員を活用できる場面があるのではないか、私も疑問に思っている点についてお酒を飲みながらざっくばらんに質問したいと思っています。
 また、若手団員の方のなかで両議員のことを知らないという方もいると思います。若手だけど「当然に知ってるよ!」という方、若手と一緒くたにして申し訳ありません。しかし、少なくとも、私は、今の事務所に入所するまで仁比議員を新聞で見たことがあるくらいで、どのような活動をされているのかは知りませんでした。仁比先生すみません。以下のとおり両議員ともに弁護士、国会議員として多くの集団訴訟にかかわっておられます。若手の皆様にも多く集まっていただき、両議員についてより深く知っていただく機会にもなればと思います。
 団総会・プレ企画だけでなく、「仁比・山添両議員を囲む会」にも全国の団員皆様のご参加を心よりお待ちしております。
二 両議員のプロフィール
〇山添(やまぞえ)拓(たく) 参議院議員

 二〇一六年第二四回参議院議員通常選挙において、東京都選挙区より立候補し、初当選、一九八四年京都生まれ
 東京大学法学部卒
 早稲田大学大学院法務研究科修了
 弁護士登録後、東京法律事務所入所
 現在、山添拓法律事務所所属
 学生時代には司法修習生の給費制廃止に反対する「ビギナーズ・ネット」で活動
 弁護士になってからは、福島原発事故の被害賠償事件に取り組む弁護団、過労死弁護団、首都圏青年ユニオン顧問弁護団、国公労連賃下げ違憲訴訟弁護団などで活動
 趣味は、登山、スキー、写真撮影(鉄道写真など)
〇仁比(にひ)聡平(そうへい) 参議院議員
 一九九九年から日本共産党の国政候補者として活動し、二〇〇四年七月参議院選挙において、日本共産党比例代表として出馬し、参議院議員に初当選、二〇一三年七月参議院選挙で再選の二期目
 一九六三年一〇月一六日、福岡北九州市戸畑で新日鉄労働者の家に生まれる
 一九八二年京都大学法学部に入学
 一九九四年弁護士登録後、北九州第一法律事務所入所
 弁護士になってからは、「新日鉄出向無効確認事件」や「福原学園配転無効訴訟」はじめ多くの労働事件とともに、多重債務被害・生活法律問題に取り組む。よみがえれ!有明訴訟弁護団などで活動
 国会議員としては、よみがえれ!有明訴訟、水俣病、川辺川ダム中止、薬害肝炎、トンネルじん肺、ハンセン病問題、給費制等、多くの集団訴訟にかかわる国会議員団の事務局長役として活動
 小中高は吹奏楽部、妻と娘、息子の四人家族


安倍改憲NO 三〇〇〇万人署名

福岡支部  安 部 千 春

一 署名は北九州市で四五〇〇筆
 安倍改憲NO 三〇〇〇万人署名は各法律事務所で取り組まれていると思う。北九州市の法律事務所では九月五日現在、合計四五〇〇筆集まった。
二 郵送での署名のお願い
 黒崎合同法律事務所でも年始の事務所便りと一緒に安倍改憲NOの署名を約三〇〇〇人の相談者・依頼者に送り返送をお願いした。三九二人で五三四筆分の返送しかなかった。
 核兵器禁止のヒバクシャ国際署名は一〇二四筆の返送があった。ヒバクシャ署名は他の人に頼みやすく一人で何名分かの署名が送られてきたが、安倍改憲NOの署名は他人に頼むためには説明が必要なので夫婦二人の署名が多かった。返送してもらった署名が少なかったので相談室に署名を置いて相談者や依頼者に署名をお願いした。署名を断る人はほとんどいないが、話が終わった後で署名を頼むので、弁護士が署名を頼むのを忘れるという問題があった。
 それでも少しずつ集め、五月一五日には七二〇筆となった。一〇〇〇筆を超えなければならない、と思っていたので夏の暑中御見舞の事務所だよりと一緒にもう一度署名を送り返信をお願いした。五七七筆の返送があり事務所の署名は現在合計一三三四筆となった。
 郵送での署名がどれだけ集まるのかは私たち弁護士がどれだけ依頼者・相談者から信頼されて仕事をしたかによる。どれだけ依頼者に寄り添って仕事をしてきたかによる。郵送での署名の返送を相談者・依頼者に頼んでも返送が少ないのは私たち弁護士の仕事に対する評価が低いからである。その意味では相談者や依頼者に署名のお願いをすれば私たち弁護士の仕事に対する評価が分かるので興味深い。
三 街頭宣伝
 平成三〇年一月二八日に八幡地区で安倍改憲NO八幡市民アクションを結成し、当事務所の朝隈朱絵弁護士が安倍改憲がめざすもの≠ニ言う演題で講演した。
 一三〇人が集まった。
 それから毎月第二と第四金曜日の六時から七時まで黒崎駅前の街頭で署名を集めた。同じ時間だと通行人も同じなので後に第四金曜日は第四土曜日の一時に変更した。署名を集めるのに活躍するのは新婦人や民商の女性である。女性は署名してくれそうな人がいると追いかけてしつこく説得をして署名を取る。それに比較して男は私も含めてただ立っているだけなので署名は集まらない。それでもヒバクシャ国際署名のときには私でも一回数名の署名は取れた。ところが今回はなかなか取れない。やはり、安倍改憲NOの署名は難しい。
 私は街頭署名の時に演説もする。私の演説は下手だが、安部先生の演説はわかりやすいとヨイショしてくれる人もいるので続けざるを得ない。弁士は何人かいるが、A医師は毎回参加して長い演説をする。本人は極めて真面目で毎回演説の内容を変えてくる。しかしあまりに長くてダラダラと話すので聞いている署名を取る仲間たちは「早く先生に代わってください」と私に言う。せっかく話しているのをやめさせるわけにはいかない。この方がいるから私の演説の時間が短くてすんでいる。私は感謝している。寒い冬から猛暑の夏、ようやく涼しくなってきたが、署名活動はいつまで続けなければならないでしょうか。(答三〇〇〇万名になるまでです。)


関西建設アスベスト訴訟大阪高裁判決、
二連続で全面勝訴を勝ち取る

京都支部  村 山   晃

企業の責任を認め、一人親方も救済
 八月三一日、大阪高裁第四民事部は、関西建設アスベスト京都訴訟で、被害者二五名全員を救済するという、全面勝訴判決を言い渡しました。一審に引き続き建材メーカーの責任を広く認め、さらに一審では否定された一人親方・零細事業主に対しても国の責任を認める、文字通り全面勝訴の判決でした。
 「完全勝訴ですか?」法廷を出た時、記者の人たちから問われ、思わず「そうです。完全勝訴です」と答えてしまったほど、期待に応えた判決でした。
 引き続き九月二〇日、大阪高裁第三民事部は、大阪訴訟について、一人親方や建材メーカーの責任を認める全面勝訴の判決を言い渡し、大阪高裁が二連続で、国と企業を厳しく断罪することとなりました。
 高裁レベルで言うと、これまでの東京高裁の二つの判決の流れをさらに太くし、国と企業の責任についてゆるぎないものとした画期的な二連続の判決だと評価できます。さらに、大阪訴訟では、製造禁止を怠った国の責任を認め、国と企業の損害負担割合を引きあげるなど、国や企業により重い責任を課しており、判決のたびに内容が濃くなっているのが、この事件の大きな特徴です。大阪訴訟の判決については、大阪弁護団からご報告をいただくこととし、私は、京都訴訟の意義と、私なりに現在の到達点について思うところを述べたいと思います。
京都訴訟の果たしてきた役割
 二年半前、京都地裁は、国の責任はもちろんのこと、初めて企業の責任を全面的に認める判決を言い渡しました。その後、企業責任を認める判決が横浜地裁や東京高裁で相次いで出され企業責任を認める流れが出来ていきました。ただ、ここでの責任の認め方は、京都地裁と違って、部分的なものでしたが、企業責任を認める判決が出されたことが、大阪高裁を後押ししたことは間違いありません。
 大阪高裁判決では、理論的な検討を付加して一審判決とほぼ同じ内容で、一〇社の大手建材メーカーについて、共同不法行為の成立を認めたのです。何としても、京都地裁判決を守り抜きたいと考えていただけに、より厚く認められたことは、うれしくてなりません。
 大阪訴訟の高裁判決も、八社の大手建材メーカーの共同不法行為責任を認めました。どのような場合に、どのような企業が責任を負うべきか、という点については、いずれの判決も基本的に共通しており、業界大手の建材メーカーが法的にも責任を負うべき立場にあることはゆるぎないものとなったのです。
はじめての全面勝訴・全員救済判決
 企業責任でははじめて道を開いた京都地裁判決でしたが、アスベスト被害者の半数近くを占める「一人親方」や「零細事業主」については、労働安全衛生法が、労働者しか保護対象にしていないとして、国の責任を認めませんでした。
 それが、大阪高裁では全面的に認められたのです。
 企業責任と一人親方の両方を認める初めての判決となりました。
 一人親方問題では、今年三月の東京高裁第一〇民事部の判決が先鞭を開いてくれました。この判決も、大阪高裁を後押ししたと思われます。建築現場の規制措置や建材についての規制措置については、国の規制権限不行使で生命や健康が破壊されれば、国賠法上の保護対象として国の賠償責任が認められる、として、一人親方・事業主が広く救済の対象とされ、国の責任期間を早くから認定していることとあいまって、京都訴訟の被害者の全員救済が実現した瞬間でした。
建設アスベスト訴訟の法則=高裁では地裁を上回る判決になる
 これまで四つの高裁判決が出されましたが、いずれの判決も原審地裁判決を大きく上回るものとなっているのが、この事件の大きな特徴です。最初の横浜地裁判決は、敗訴でした。それが高裁では、国も企業にも責任を認める勝訴判決になりました。次の東京地裁判決(国に勝訴)については、高裁では、一人親方を広く救済し、国に対しては、より厳しい判断になりました(企業責任は認めませんでした)。そして、今回の大阪高裁の二つの判決です。いずれも地裁を上回る認容になりました。
 ちなみに大阪訴訟の高裁の裁判長は、横浜地裁で最初の敗訴判決を言い渡した時の裁判長でした。もちろん合議体にもよるのですが、高裁では極めて高い水準の判決を書いたのです。
 裁判官たちが共鳴し、あるいは競い合っているようにさえ見えます。少しでも救済の高い所を目指してです。早く国や企業に解決をするように迫っている、とも思うのです。司法の世界に身を置いて生きてきた者として、「裁判所に希望を持って良い」とも思わせる法則でした。
 しかし、何よりも裁判中に何人もが命を失うという、アスベスト事件の持つ深刻な被害状況が、裁判官の心を動かしていると思うのです。
 それは最高裁もそうあってほしいと思うのですが、希望が絶望に変わることのないよう、闘いを強めないといけません。
早期の解決を目指して
 私たちは、ただちに国や企業に対して「上告するな」と強く申し入れをしましたが、いずれも上告をしています。私たちも、なお完全な判決内容にさせるということを目的に上告をしました。
 今、私たちが求めているのは、裁判によらない解決です。最高裁判所の判断がされる前に、国と企業に解決をさせるのです。
 国は、すでに一〇連敗しています。先日も厚労省で交渉した折に、「これだけ国が負け続けた事例はほかにあるか?」と問いただした時に、「知りません」と答えています。
 ただ、マスコミの扱いは、一審の時より小さいのです。世論をどのように高めていくのか、私たちの力量も確かめられています。


改憲阻止対策本部拡大会議・報告

東京支部  西 原 和 俊

 今通常国会を「改憲国会」とする安倍政権のねらいは阻止されましたが、安倍政権は退陣には至っていません。それどころか、安倍首相は自民党総裁選三選を果たし、改憲発議に執念を燃やしています。少し遅れてのご報告となってしまいますが、そのような情勢のなか、八月三〇日、文京シビックセンターにおいて改憲阻止対策本部・拡大会議が開催されました。平日木曜日の夕方からの開催にも関わらず、全国から四七名の参加者が集いました。
 改憲発議阻止と安倍退陣を実現するため、国内情勢、朝鮮半島情勢及び二〇一九年参院選をにらみながら、今秋から団として具体的に何をすべきか、全国での意思統一を図ることが会議の目的です。本稿では会議の様子と若干の感想を述べさせていただきます。
 会議は、三つのテーマを柱立てとして報告担当者から基調報告がなされ、それぞれについて質疑応答及び活発な討論が交わされました。具体的な報告内容については常任幹事会においても報告されているところですので、紙幅の関係から割愛させていただき、会議の様子を中心に報告いたします。
 柱立ての内容は、@「『安倍改憲』をめぐる情勢と課題」(田中隆団員)、A「米朝首脳会談後の北東アジア情勢と九条改憲〜北朝鮮の非核化とその評価〜」(舩尾遼団員)、B「今、自衛隊は?―憲法へ書き込まれる「自衛隊」その現在の姿」(松島暁団員)です。当初の予定では、各テーマごとに区切って討論の時間を設ける予定となっていましたが、参加された方々の議論が予想以上に活発で後に回されたテーマについて時間が確保できない可能性が出てきたため、急遽基調報告をまとめて行ない、三つのテーマを横断的に討論することとなりました。
 このような進行に至った背景には、発言者の熱意から発言が多少長くなるというのもありますが、改憲阻止に関する今般の情勢についてはテーマを絞って議論するというのが難しく、各テーマから多角的、横断的に論じて初めて説得力が増してくるということが影響していたのではないかと思います。市民にわかりやすく、街頭でも使えるような短いものを、と言うのは簡単ですが、ここに本当に難しさを感じています。会議での発言にもありましたが、団としても先般発表した意見書(緊急意見書「安倍改憲」は戦争への道)よりもわかりやすい、市民向けのリーフレットを作成するのも一つかと思います。東京支部では現在作成に取り掛かっており、早期にみなさまにもご紹介できればと思います。
 会議は予定していた三時間を少し超えるものとなりましたが、まだまだ討論し足りないという雰囲気の中、残念ながら時間の都合上閉会の運びとなりました。行動提起としては、六項目、「一・三〇〇〇万人署名を達成するため、各地でつながりを生かしながら、『声なき声』を掘り起こそう!」、「二・安倍改憲の危険性を訴える網の目の学習会、街頭宣伝、集会に取り組もう!」、「三・地方議員、政党への申入れ・働きかけを!」、「四・マスコミへの申入、懇談を!」、「五・沖縄県知事選でのオール沖縄の勝利を目指して全力で応援しよう!」、「六・対策本部への積極的結集を!」が掲げられました。
 いずれも重要なものですが、最後の加藤幹事長の閉会のあいさつでは、六項目目について、地方の方が集まりやすいということであれば対策本部の方から行くことも考えている、と言及されていました。今回の拡大会議には多数の方が参加されていましたが、中堅・ベテランの団員が多く、地方の若手の参加は寂しかったように思います。様々な制約の都合上、なかなか平日に遠方まで出向くというのは難しい、というのが若手の正直な気持ちかと思います。私自身も東京でなければ参加が難しかったかもしれません。隣県まで来てくれれば時間的にも金銭的にも参加できる!という方も多いかと思いますので、是非、地方からも本部へ声を上げていただき、拡大会議を地方で開催し、若手の活性化にも繋げていければと思います。


だいぶ遅めの自己紹介と
沖縄県知事選支援報告

本部専従事務局  柴 田   健

 団通信上では初めましてとなります。昨年一月より本部専従事務局となりました柴田健と申します。仕事は主に会計と団員情報管理を担当しております。
 簡単に自己紹介をさせていただきます。一九八三年に山形県山形市で生まれました。中学は柔道・高校はレスリングをやっていたので、体だけは大きいです(横に)が、根っこはただの気が弱い男なので、全国の先生方には五月集会や総会で気軽に声をかけていただけたら、うれしいです。今後ともよろしくお願いいたします。
 さて、この団通信が届いている頃には、沖縄県知事選の結果がわかっている頃ですが、九月一六日から一八日まで、県知事選支援と、団本部と東京法律事務所の檄布を届けに沖縄に行ってきましたので、ご報告いたします。
 東京支部の舩尾遼先生が八月一一日に行われた沖縄県民大会の様子をSNSに投稿していたり、また大阪支部の西晃先生が自由法曹団facebookに写真を送っていただいたのを見て、自分も何かしたい!と衝動的に航空便と宿泊先の予約をしたのが、今回の沖縄行きの経緯でした。ついでに九月常幹で寄せていただいた団本部の檄布と、東京法律事務所の檄布を持っていくという重大な任務を任されてしまったので、檄布二つを忘れてはいけないというプレッシャーを背負って、沖縄へと向かいました。
 現地では、沖縄支部支部長の新垣先生、事務局長の仲山先生、ゆい法律事務所事務局の外間さんにご尽力いただき、玉城デニー後援会に二つの檄布と沖縄支部に寄せられたカンパを届けてきました。
 “ひやみかちうまんちゅの会”の照屋大河調整会議議長からは、「非常に厳しい情勢。相手方陣営は、名護市長選時のように期日前投票で勝負を決めると躍起になっている。出口調査にも答えるなという徹底ぶり。動きが遅れた玉城陣営からすれば、これからどう押し返していくかが勝利のカギとなるので、自由法曹団にもさらなるご支援をお願いしたい」とありました。
 世論調査では、翁長知事を評価する八割、辺野古基地は反対が七割を占めていますが、その世論が玉城デニー候補に直接結びつくかというと、そうではないそうです。相手陣営も「翁長知事の後継者はわたしだ」、「基地の問題はわたしが解消する」とごまかしを言い、また「沖縄の問題は基地だけじゃない」との沖縄・自民党のCMが、何回もテレビで流れていました。ネット上でのデマ・ごまかしと露骨な争点隠しにより、知事選に勝利する、そんな印象を受けました。
 そんな中での支援行動は、全戸配布・ハンドマイク宣伝・車どおりが多いところでのスタンディング行動など、いかに玉城陣営の政策を広げていくかにしぼった行動でした。
 炎天下の中での活動はなかなか大変でしたが、日本の民主主義の最前線である沖縄で、また歴史的なこの選挙に少しでも関われたことは、専従者としても貴重な経験でした。
 ふと思い返してみると、昨年もまったく同じ日に東京支部の沖縄調査ツアーで沖縄に行っていました。この時期に「勝つ方法はあきらめないこと」という精神で日々たたかっているウチナーンチュの方々と連帯することは、一〇月からやってくる総会と、臨時国会のたたかいに向けて、自分も負けていられないというモチベーションを与えてくれるような気がします。毎年の恒例にしてみてもいいかもしれないですね。
 最後に、現地でご尽力いただいた新垣先生、仲山先生、外間さん。また、常任幹事会でカンパを寄せていただいた先生方、この場を借りて、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
 以上、だいぶ遅めの自己紹介と沖縄県知事選支援報告を投稿いたします。
※写真は、玉城デニー後援会で檄布をお渡ししたときのものです。


神奈川支部学習会
「なにをめざす?『特別の教科道徳』に参加して」

神奈川支部  鈴 木 兼 一 郎

 八月三日、神奈川支部の主催で、道徳の教科化の問題点を学ぶ学習会に参加しました。今回の講師は、道徳の教科化を考える会代表の宮澤弘道さんをお呼びしました。宮澤さんは現職の教員でもあります。
 学習会でまず印象に残ったのは、科学的な評価を否定する道徳が、正解を教えなければならない授業の教科として入ってくること自体、そもそも無理があるとの指摘でした。
 たしかに、道徳の教科書を見ると、「家族の大切さ」「仲間を思いやる気持ち」など正解らしきものが書いてありますが、科学的な評価はできないものです。そのときに、「正解」とされているものは誰にとって正しいものかというと、教科書の検定をした教育委員会であり、ひいては国が決めたものです。国が国民に「正解」を教えることがどれほど国にとって都合のいいことか、当たり前のことですがハッとさせられました。
 科学と同様、人権も、一人一人個人を尊重する面で他人との調和やルールの順守を求める道徳は相容れないことの指摘もありました。
 教科として「正解」を教えるべきでない、道徳教育ではどうしても個人の尊重が「他人」「ルール」のなかで語られてしまうことは忘れてはいけないと感じました(有名なかぼちゃのツルの話や星野くんの二塁打もその意味で問題が大きいといえます)。
 また、宮澤さんからは現場の教員は過重労働によって思考を停止させざるを得ないからなのか、そもそも問題意識を持つことができていないのか、現場の教員からこれを問題視する声がほとんど聞こえないとおっしゃっておられ、震撼しました。
 むしろ、テキストは充実していて、一定の情報を打ち込めば生徒の道徳の評価欄にコメントを書く教材を使って、困らずに道徳の評価をしてしまうといいます。道徳教科の評定の全国平均を出すことも出来るということでした。
 このような現場の実情はなかなか知ることはできず、私を含めて団員からは驚きの声が聞こえていました。教える側の教員の注意を喚起し、合わせて、過重労働など意識喚起を阻害する要因も解消していかなければならないように思います。
 さらに、現場に関わる宮澤さんの話で興味深かったのは、道徳を教える場面での生徒の反応でした。
 道徳教材で「手品師」という話があります。
 〜売れない手品師がある街で小さな男の子と会い、手品を楽しんでもらった。次の日にもそこで男の子に手品を見せる約束をしたものの、その日、次の日にある大劇場での仕事が舞い込んできて、手品師は迷ってしまう〜
 宮澤さんは教育の実践として、最後の結論部分まで読まず、この結論前のところで生徒に考えてもらう「中断読み」という方法をとります。すると、自分が手品師ならばどうする?という問いに対して、生徒からは「大劇場に男の子を招待する」など様々な意見が出るそうです。
 しかし、この教材はこう続きます。
 〜「ぼくにはあした約束したことがあるんだ。」といって、次の日も男の子一人だけの前で素晴らしい手品を演じていました。〜
 〜「手品師の迷いと決断を通じて、誠実であることのすばらしさについて考える」〜
 ここまで読むと、生徒は誠実さを貫いた手品師が正しい、と結論を変える子が多いそうです。
 生徒が正直で「正解」に引きずられやすいことや、「正解」が生徒の柔軟な発想を奪ってしまうことが端的に分かるエピソードに思われました。
 中断読みすらせず、最初から通して読んでしまったらどうなるか。生徒は「正解」により引きずられ、多くの「正解」者のなかで、数少ない「不正解」を出した生徒の柔軟な発想は同調圧力で潰されてしまうことは明らかです。
 道徳の教科化の問題点は把握しているものの普段現場の状況が分からないなかで、現職の方から話が聞け、大変貴重な機会になりました。弁護士からも積極的にこの問題点を広め、宮澤さんのような方が増えてもらう必要を感じました。

(突然ですが)最後に宣伝です。
 神奈川支部では道徳の教科化の問題点を指摘したリーフレットを作りました。学習会での活用や、関係団体への配布をしていただけるものになっています。一部一〇円、一〇〇部以上の申込みで一部八円となりますので、ご興味おありの方は川崎北合同法律事務所の林裕介先生までご連絡をお願いします。
(川崎北合同法律事務所・電話番号〇四四-九三一-五七二一)


派遣労働者のためのネット相談・
アンケート等についての記者会見及び各政党への要請活動の報告

大阪支部  冨 田 真 平

 二〇一七年九月より実施している派遣労働者のためのネット相談及びアンケートにこの間多数の派遣労働者の声が寄せられていること及び二〇一五年の派遣法改正から三件が経過し見直しの時期を迎えることを受け、非正規労働者の権利実現全国会議(非正規会議)のメンバー及び申込みみなし規定(四〇条の六)の裁判を闘っている派遣労働者一名で、二〇一八年八月三一日、厚生労働記者クラブで記者会見を行い、また派遣法見直しについて、各政党への要請活動を行った。
 上記ネット相談については、昨年の総会や今年の五月集会で報告したが、本年の八月末までに二五〇件以上のアンケート回答及び一二〇件を超える相談が寄せられた。特に本年七月以降は三年の期間制限によって更新を拒否されたという派遣労働者の相談が増加した。また、アンケートの自由記入欄には、「だれのための派遣法改正だったのか?」「派遣で三年働いたら自動的に派遣先に直接雇用してくれる制度にしてほしい」「本当にモノ扱いというのが実感です。」「(一六年間今の職場で働いていたが派遣切りにあい)正直この一六年間が実に悔しく感じる」など派遣労働者の生の声が寄せられた。
 記者会見では、上記のようなアンケート結果や相談内容、派遣労働者の生の声を紹介し、二〇一五年の派遣法改正によって直用化がほとんどすすまず、ほとんどの派遣労働者が三年の期間制限で切られている一方で、企業側は人を変えて派遣を受け入れ続けている現状、直用の際の派遣会社への手数料なども直用を妨げる要因になっていることなども訴え、事業所単位の期間制限の延長を認めず、人単位の期間制限を撤廃し業務内容にかかわらず同一部署における派遣受け入れ期間の制限を三年とするなどの改正が必要であることを訴えた。
 また、二〇一五年一〇月に施行された直接雇用申込みみなし制度も施行から三年経過し同様に見直しの時期を迎えていることを踏まえ、兵庫、大阪、名古屋各地裁でのみなし規定裁判の状況を報告するとともに、主観的要件が労働局の指導に当たって障害となっている現状なども報告し、みなし規定についても主観的要件をなくすなど改正の必要性があることを訴えた。
 記者からはアンケート結果や相談内容、派遣法改正の内容などについて質問が多数あり、翌日朝日新聞や赤旗に掲載されるなどマスコミでも取り上げられた。九月末にはNHKで当事者の声とともに報道される予定である。
 記者会見の前後には、自民党、公明党、共産党、立憲民主党、国民民主党に上記のような改正の必要性を訴えた要請書を手渡した。
 当日の様子は非正規会議のHPにもアップしているため、是非こちらもご参照いただきたい(http://hiseiki.jp/whatsnew/180901_pressconference.php)。
 今後二〇一五年改正から三年を迎え、多数の相談が寄せられることが予想されるため、ネット相談について相談体制をさらに充実させていく必要がある。(現在も多数の団員にネット相談の相談担当者になっていただいているが)、団員の皆様におかれては、是非ネット相談担当者にご登録いただきたい。


佐藤(奈良)講演に学んだ八月集会

滋賀支部  森   真 子

 二〇一八年八月二三日、大津には台風二〇号が接近して大変な暴風雨となりました。
 自由法曹団滋賀支部では、例年通り、八月集会を開催しました。 そこへ、嵐とともに、講師の佐藤真理弁護士が、背広を濡らして颯爽と登場されました。
 講演内容は、「団員弁護士としての四〇年をふり返る」。
 凝縮するにはあまりに濃い四〇年を、一時間三〇分で語っていただきました。
 一九八一年から始まった統合と畜場建設反対の闘いでは、板柵撤去を巡り徹夜での仮処分申立や、八六年には一〇万人訴訟を提起したこと、工事差止仮処分決定を二回にわたって勝ち取ったこと、などダイナミックなお話をいただきました。とくに、一〇万人訴訟では、山のような原告名簿と訴訟委任状を神輿に乗せて四〇〇名でデモ行進したという写真を示してのお話は圧巻でした。
 また、郡山交通事件、大和交通事件という二つのタクシー労働者の闘いについてのお話もありました。郡山交通事件では、腐りきった違法な経営実態が組合員からの会社更生手続きによって明らかとなったこと、更生開始決定を取り消すために、社長が未払い労働債権や滞納していた社会保険料、税金等の負債一億円を個人的に肩代わりせざるを得なくなるまで追い詰め、労働債権を勝ち取ったお話がされました。労働者の闘いが、会社経営を救うという、大変面白いお話でした。
 大和交通事件は、会社が、労働組合員の争議行為を威力業務妨害罪で刑事告訴し、さらに委員長を懲戒解雇、副委員長と書記長を出勤停止処分にしたという大変な事件ですが、会社はさらに、争議行為の現場にいた佐藤弁護士までも加えて損害賠償請求訴訟を提起したということでした。佐藤弁護士からは、「労働弁護士は労働者の人権を護るために不屈に行動する職責を尽くさなければならない」と労働弁護士が争議現場に立ち会うことの意義を熱く語っていただきました。いわく、@警察による不当介入からの防衛、Aのちの法廷闘争に備えての現場の証拠保全、B会社からの暴力事件等重大な法的問題が発生した場合における組合への法的助言と援助、の三つです。
 弁護士として、常日頃から現場へ、ということはよく言われることですが、労働事件の争議行為の場において、それがいかに重要か、労働弁護士の職責を改めて感じる印象的なお話でした。
 最後に、佐藤弁護士は、現在取り組んでらっしゃる事件として、NHKに対する放送法遵守義務確認等請求事件について語られました。
 これは、受信料を支払うかどうかではなく、受信料を支払っている原告らが、「放送受信契約は継続的な『有償双務契約』であり、NHKはニュース報道番組において、放送法四条一項各号及び国内番組基準を遵守して放送することが、原告らの受信料支払義務に対応するNHKの義務である」と主張している、新しい視点の訴訟です。
 休むこと無く果敢に新しい闘いに挑んでらっしゃる佐藤弁護士の姿に、滋賀支部の団員もおおいに勇気づけられました。


自由法曹団女性部
五〇周年記念シンポでの呼びかけ

東京支部  船 尾   徹

 自由法曹団女性部五〇周年記念シンポにあたって、ひとこと御挨拶を申し上げます。
「戦中モデル」の継承と性別役割分業
 安倍政権は二〇一五年九月一九日、戦争法(安保法制)を強行採決し、戦争することのできる国にむかって、九条改憲の策動を続けています。同時に、この政権は、戦争法強行採決直前の八月二八日には、「すべての女性が光り輝く社会づくり」のスローガンのもとに、「女性活躍推進法」を可決成立させています。この国と社会をどうしようとしているのでしょうか。私には、私たち国民のためでなく、国家に奉仕する国民、国家のための「一億総活躍」をめざしたこの政権の見え透いた下心を黙過できないのです。
 ふりかえってみるとこの国の女性の社会進出がもっとも進んだ時代は、一九四〇年代、あの国家総動員法の時代です。侵略戦争を遂行するため、男は前線である「戦場」に赴き、女は「銃後」で「職場」に動員されていた時代です。
 この「戦中モデル」が、戦後、「男は企業戦士として仕事」、「女はその『銃後』の家庭」といった性別役割分担意識に支えられ継承されたのは、周知の通りです。
「女性の職場進出」と不均衡な雇用モデル
 戦後、継承されたこの時代の標準的な「雇用モデル」は、男は仕事、女は家事・育児・介護等を分担して豊かな生活をめざすことを標準とする「家族モデル」と表裏一体の関係にありました。こうした雇用・家族モデルが高度成長とともに浸透していったのです。その結果、労働法の世界においても、男性の正規雇用を基軸とする「労働契約論」が基本的なあり方とされてきたのです。
 しかし、当然のことですが、この性別役割分業のもとでも、民主主義と教育の進展とともに、女性が社会の中で働くことに生きがいを見いだし、やがて社会進出をして自己実現を図ろうとしてきたのは、歴史の必然ともいうべきものでした。
 女性が社会進出を始めたこの時代の「雇用モデル」は、「男は仕事」、「女は仕事と家庭」といった不均衡な雇用モデルのもとに、仕事と家庭生活が営まれてきたのです。
「雇用モデル」と「家族モデル」の関係の変化
 こうした標準的な「雇用モデル」と「家族モデル」の関係も、八〇年代に入って産業構造の変化、経済のグローバル化など雇用をとり巻く社会環境の変化、続く九〇年代におけるバブル経済の崩壊、長期的な不況、失業者の増大、若年者の雇用状況の悪化、長期安定雇用の縮小と非正規労働者の増加、雇用形態の多様化・流動化等々、労働市場の激変とともに大きく変容していくのです。
 この過程は、女性の職場進出、サラリーマンの専業主婦世帯の減少、共稼ぎ世帯の増大等々、家族形態の変化を伴いながら「雇用」と「家族」の関係も大きく変化してきたのです。
労働立法の進展と労働契約論
 こうした基本的変化のもとで働く女性労働者が中心となって、家庭生活とともに働き続ける権利を確立するために取り組んださまざまな権利闘争は、立法政策・法制度を動かし、「労働契約論」も進展してきたのです。
 その進展の主要な基本方向は、使用者は労働者に労務提供の対価として賃金の支払義務のほかに、労働者の「家庭生活」のうえで生じる妊娠、出産、育児、介護等によって生じる働き方の制約に応じて必要な勤務の調整・転換をすべき義務を使用者に負わせる労働契約論を志向してきたのです。
 ILO家族的責任を有する男女労働者の雇用機会及び待遇の均等に関する条約の批准、雇用機会均等法の制定に続いて、男女共通の均等の労働規制が追究され、この流れは「職業生活」と「家庭生活」の両立に配慮すべき原則(ワークライフ・バランス)を定めた労働契約法として立法化されていく。なお国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)が発出した第七次、第八次定期勧告(一六年三月七日)は、日本政府に対して、男女の伝統的役割分担を強制する社会的規範や教科書の変更を求める勧告を繰り返していることも注目されます。
 しかし、財界は長時間・過密の包括・無限定の労働を中心とした男性正規雇用モデルを容易に変えようとはしません。男性正規雇用モデルについていけない女性は正規雇用からはじき出され、それでも働こうとする女性が差別的雇用形態で働くことを余儀なくされる状況は容易に改善されないまま、今日の少子高齢化の局面に入ってきて、安倍政権は、「すべての女性が光り輝く社会」を叫ぶようになっているのです。
雇用形態の相互転換の自由と「同一労働・同一賃金」
 「職業生活」と「家庭生活」の両立をめざすには、働く者がその長い人生のステージで、その家庭生活において妊娠、出産、育児、介護等の事情により生じる一時的な働き方の制約の必要に応じて、勤務の調整・転換、つまりフルタイマーと短時間勤務など、その雇用形態を相互に転換する自由を確立しなければならない。その自由を確立するためには、「同一労働・同一賃金」が不可欠なはずです。
 安倍政権は、さきの通常国会において「働き方改革」により、「同一労働・同一賃金」を提起して、私たちになにがしかの期待を抱かせました。しかし、一括法案として具体化した労働者派遣法、パートタイム労働法、労働契約法の改定案のどこをみても、「同一労働・同一賃金」を明確に定める条項はありませんでした。
 非正規雇用労働者は、仕事の内容が正規雇用労働者といくら同じであっても、昇進や配転など人材活用の仕組みの違いなどを理由にして、その処遇や賃金の格差を許容し、固定・拡大化する悪法といわざるをえないものでした。これでは雇用形態の多様化の推進のもとに雇用をますます劣化させるものとなるのは明白です。
「働き方の未来二〇三五」
 二〇一六年八月に公表された厚生労働省労働政策審議会による「働き方の未来二〇三五」は、九〇年代から次第に顕著となってくる少子高齢化社会の進行のもとで、二〇三五年には汎用型人工知能AIが産業・就業構造を大転換させ、「自分の意思で働く場所と時間を選べる時代」となり、「時間、場所、空間にしばられない」、「介護や子育てが働くことの制約にならない」働き方へと変化し、自分のライフスタイルを自分で選べる「バラ色の社会」の未来を描いています。ここに私たちが求めてやまない未来があるといわんばかりです。
 また、働く者が、「柔軟に企業の内外を移動」して事業プロジェクトに従事するようになり、「企業組織が人を抱え込む『正社員』のようなスタイルは変化を迫られ」、これまでの「正社員」としての働き方は消え、正規と非正規、フルタイマーとパートタイマーとに区分することに意味がなくなり、兼業、副業、複業、転職も柔軟に行える社会を想定した論議を始めています。
 「生産手段の社会化」にむけた規制力のない社会でのAI化は、大量失業の到来が不可避となる危険性すらあるのではないでしょうか。
自由法曹団女性部と労働法制改悪阻止対策本部・労働問題委員会の共同の体制を
 いま、性別役割分業にもとづく伝統的な夫婦から、夫婦が共に働き、子どもを育てる対等な夫婦へと移行し、そして、女性の社会進出と男性の家庭進出の実現には、働き方の見直し、労働時間の短縮等、生活時間プロジェクトなどの運動の前進にこそ、希望と未来ある社会を切り拓いていく鍵があるのだと思います。
 こうした時代の要請にふさわしく、自由法曹団女性部と労働法制改悪阻止対策本部・労働問題委員会が、共同の体制をつくる方向に歩み出されることを願って、お祝いの挨拶に代えさせていただきます(九月一四日団女性部五〇周年記念シンポでの挨拶より)。