自由法曹団通信:1653号      

<<目次へ 団通信1653号(12月11日)


泉澤 章 ※福岡・八幡総会特集
幹事長就任にあたってのご挨拶
鹿島 裕輔 事務局次長就任のごあいさつ
酒井 健雄 二年間ありがとうございました!
松村 文夫 御嶽山噴火裁判の展望
菅野 昭夫 サンダーズ議員らによる
アメリカ民主党への一〇項目の政策提言
松島 暁 芦田修正「神話」の虚妄―木村団員への再回答
青龍 美和子 「東京法律事務所九条の会、
二〇一八年を振り返る」
大久保 賢一 「徴用工」判決に対する
外務大臣談話についての異論(後編)
伊藤 嘉章 そろそろ左派は、<経済>を語ろう
三題話と物語の転換(後編)
杉島 幸生 そろそろ左派は、<経済〉を語ろう(二)
後藤 富士子 「愛国」か、それとも「売国」か?
── 国とは国民だ!(前編)



※福岡・八幡総会特集

幹事長就任にあたってのご挨拶

東京支部  泉 澤   章

 福岡・八幡総会で幹事長に選任されました、東京支部の泉澤章です。修習期は四八期、所属事務所は東京合同法律事務所です。
 総会の就任あいさつでは「もう少しシャバにいたかったです」と冗談めかして話しましたが、本部事務局長の任を終えてまだ五年ほどしかたっておらず、やっと通常事件や弁護士会の活動になじんできた頃でしたので、半分は本音でした。しかし、安倍政権による改憲への動きがますます加速し、国内外ともに私たちを取り巻く状況が悪い方向へ向かっていそうな今日、私に幹事長の声がかかったのにもそれなりの理由があると(勝手に)信じ、覚悟を決めました。
 さて、これも総会でお話ししましたが、幹事長に就任するにあたって、最も重要だと考えている課題が二つあります。
 一つは、いうまでもありませんが、安倍政権による改憲の絶対阻止です。安倍政権は、国民世論どころか、与党内の空気を無視してでも改憲へと突き進む、ある種の偏執性を持っています。これまでと同じような抵抗のやり方だけでこの勢いを止めるのは、かなり困難だろうと感じています。あらゆる英知を集め、何よりも様々な分野の人びとと連帯して、改憲阻止のために全力をあげたいと考えています。
 もう一つは、若手の団への結集です。あと数年で団は一〇〇周年をむかえますが、総会や五月集会の若手の参加者は年々減り、団活動への結集もいまひとつです。このままでは次の一〇〇年の展望など到底望めません。気質の変化、弁護士人口増加による収入減少問題など、結集不足の原因は様々あるとは思いますが、団として主体的に考えるべきなのは、団のいまの組織スタイルや活動が、果たして若手にとって魅力あるものと受けとめられているのかということです。これからの団を担ってゆく若手の新鮮な人権感覚や新しい運動のアイデアを団活動にも反映させ、魅力ある団にしてゆかなければ、団の良き伝統も継承できません。この問題は、次期執行部として最重要の課題だと思っています。
 取りあえずはまず一年間、何とぞよろしくお願いいたします。


事務局次長就任のごあいさつ

東京支部  鹿 島 裕 輔

一 はじめに
 この度、新しく自由法曹団本部の事務局次長に就任いたしました東京支部・東京東部法律事務所の鹿島裕輔と申します。修習期は六六期です。担当する委員会等は、改憲阻止対策本部と貧困・社会保障問題委員会です。また、諸団体との関係では、改憲問題対策法律家六団体を担当させていただくことになりました。
二 貧困・社会保障問題
 貧困・社会保障問題につきましては、安倍政権が推し進めている社会保障制度の改悪を阻止する必要があります。年金支給水準や生活保護基準の引き下げ、最低賃金水準の問題など取り組むべき課題は山ほどあります。この貧困・社会保障問題は、私たちが弁護士として日々取り組んでいる個別事件の中にも垣間見える問題です。ふと考えてみれば、労働事件、刑事事件、離婚事件、破産事件などを取り扱う際には、その根幹には貧困・社会保障問題が関係していることが多いと思います。そのため、私たちは単に個別の事件を解決するだけではなく、その背景にある貧困・社会保障問題を解決しなければ、弁護士として真の解決をしたとは言えず、引いては憲法の価値を実現し、基本的人権の尊重と社会正義を実現するという弁護士の使命を全うしたとは言えません。私自身は、お恥ずかしながら、これまで貧困・社会保障問題に対して具体的かつ積極的に取り組んだことはありませんでした。今回、自由法曹団の事務局次長として、貧困・社会保障問題委員会の担当に就任させていただきましたので、これを機にこの問題に積極的に取り組んでいく所存であります。
三 改憲問題
 改憲問題につきましては、二〇一七年五月三日の安倍首相の改憲提案を踏まえ、憲法九条の改悪を推し進める動きが加速しております。そもそも、自民党による改憲問題は、私が司法試験に合格した年である二〇一二年四月に自民党が憲法改正草案を発表し、同年一二月の衆議院議員総選挙で自民党が単独過半数を獲得し、政権を奪取したことで現実味を帯びるようになりました。そこからは、秘密保護法の成立や共謀罪の創設、集団的自衛権の行使を容認する安保法制が成立するなど、立憲主義を無視する安倍政権の暴走が止まりません。そして、安倍首相は「結党以来の課題である憲法改正に取り組む時がきた。」と述べて、憲法の明文改正に本腰を入れて取り組んでいます。私はこのような憲法の存立危機事態が生じている時代に弁護士になり、活動している者の責務として、憲法に関する問題に正面から取り組んでいく必要があると思います。私たち弁護士は、憲法の価値を実現し、基本的人権と社会正義を実現することを使命とされているのですから、当然ながらその根幹である憲法自体を守ることをも使命とされています。私たち弁護士は、私たち国民のものである憲法に関する問題を、国民と一体になって取り組んでいく必要があり、その際には憲法を守ることを使命とされている者として、国民の先頭に立って積極的に憲法問題に取り組み、国民を正しい方向へと導いていく役割を担う必要があります。今回、自由法曹団の事務局次長として、改憲阻止対策本部を担当させていただくことになり、より一層この思いを強くした次第であります。
四 最後に
 長々と述べさせていただきましたが、私自身至らない点も多々あろうかと思いますが、日々精進し、事務局次長としての職責を全うする所存でありますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。


二年間ありがとうございました!

東京支部  酒 井 健 雄

 二年間、至らないところも多々あったと思いますが、様々にご配慮いただきありがとうございました。就任前しばらく団本部から足が遠のいていたにもかかわらず、楽しくやらせていただいたのは、執行部、委員会、団員の皆さま、専従の皆さまのご配慮によるものだと感謝しております。
 特にいろいろやらせていただいたのは貧困・社会保障問題委員会についてだったと思います。藤岡前次長から引き継いだときは、団として、あるいは委員会として、銚子事件の調査団等貧困問題への取り組みが強まっていたところで、ちょうど小田原ジャンパー事件が発覚したこともあり、その取り組みの盛り上がりを、荒井前団長、黒岩委員長をはじめ委員会の皆さま、貧困・社会保障問題委員会の意向を取り上げてくれた執行部の皆さま、専従の皆さまの助けのおかげで、なんとか継承できたのではないかと(だいぶ粗があったとの自己反省とともに)思っています。また、三多摩法律事務所の佐藤団員や東京中央法律事務所の長谷川団員等、実力者の若手の団員も現れています。今後も団の貧困問題への取り組みがますます強まることを願っていますし、また私も微力ながら、団から足が遠のかないように参加していきたいと考えております。
 ただ、貧困・社会保障問題の分野は、近時委員会で、伊藤周平・鹿児島大学法文学部教授の「社会保障入門〜ケアを考える」という新書が紹介されましたが、とても広い分野だと実感しています。近時の委員会では、生活保護の運用について取り上げ、その改善を求める活動が中心だったと思いますが、安倍政権のもとでの「格差と貧困」の拡大、現役世代の負担を口実とする年金引き下げ、年金生活者を含む低所得層の消費実態との比較を口実にした生活保護の引き下げといったように、多くの社会保障の分野で「連鎖的な引き下げ」が行われ、さらに財政を理由に「自助」「自己責任」を強める方向に進もうとしている今、生活保護をはじめとする社会保障制度の改善・向上を実現するには、最低賃金も含む「全体の底上げ」のなかで、運動をすすめていくことが必要だと感じています。その意味で、貧困・社会保障問題委員会はまったく人手が足りていないと思います。より多くの団員の参加が強く求められていると思いますし、複数の次長を配置してもよい委員会ではないかと(密かに)考えます。
 団の次長をもっと増やすためにも、また団の次長は(しんどいことも多いと思いますが)「思った通りどしどしやれ」的な感じで面白い、経験値が上がるような場面も多いと思いますので、多くの若手団員の方々が、気軽に次長を引き受けられるとよいと思いますし、またその環境を団や各地の事務所が作っていくことが求められていると思います。もっとも、昨今の経済的な環境のなかで、経済的な支援を行うことは難しくなってきていると思いますが、経済的支援以外でも、支援のやり方はあると思います。個人的には、同じ事務所に林団員がいて、いろいろ相談できたり引き受けたりしてもらったのは本当に有り難かったですし、弁護士会の委員会でご一緒させていただいた三多摩法律事務所の富永団員が団の次長の大変さを班員の方々に語ってもらって、任務を軽減してもらえたことも助かりました。また、東京法律事務所には、弁護士を通さずに一階会議室を借りたいという連絡に親切に対応してもらいました。様々な形で支援してもらっていると感じるとやる気も湧いてきますし、各支部・各事務所でその工夫をこらす競争が生まれるとよいと思います。
 次長を経験できて本当に良かったなと思います。改めてお礼を申し上げるとともに、今後もよろしくお願いいたします。


御嶽山噴火裁判の展望

長野県支部  松 村 文 夫

 二〇一四年九月二七日発生した御嶽山噴火は、紅葉シーズンの秋晴れの昼間、多くの登山者に襲いかかり、死者五八名・行方不明者五名・負傷者多数という噴火では戦後最大の災害を起こしました。
 国(気象庁)は、噴火警戒レベルを基準の「地震一日五〇回」を超えているのにレベル二に上げず、長野県は、山頂に設置した地震計が故障したままに放置していました。
 このことから、早くから団支部に対して相談があり、団支部内でも討議してきました。団支部内では、「これは勝てる」という雰囲気でした。しかし、私は、これまでの経験から、「国は、必死になって責任逃れの理窟を並べ、担当裁判官がそれに乗ってしまう危険性があることから、こちらも必死になって取り組まなければならない」と発言していました。
 裁判では、国も県も必死になってびっくりするような理窟を並べて来ました。
@ 国は、「警戒レベル基準」の欄外に「目安」「総合的判断」という記載があることから、基準の「地震一日五〇回」は「目安」であり、その後減少し、他の徴候もなかったことから、総合的に判断して、レベル一に据え置いたと居直りました。
 また、警戒レベルを据え置く決定に至る会議・参加者・経歴などを原告が釈明を求めても、国は「議事録がない」とか「要なし」として答えず、裁判官も求めようとしませんでした。
A 他方、県は、山頂に設置した地震計は、噴火による土石流に対する砂防が目的であり、地震の予知を目的とするものではないと主張し、その地震計によるデータは気象庁に送るだけであり、県には解析能力を有する職員はいないと居直っています。
 しかし、若手団員(山下・根岸・及川・金枝)は学者から意見を聞いたり、パソコンを駆使して学会での発表などを検索したりして、二年近くかけて徐々に反撃資料を積み上げて来ました。
 その結果、気象庁は、本件噴火後、「警戒レベル基準」に記載されていた「目安」「総合的判断」を削除したことがわかりました。これを指摘すると、国は、「本件噴火によって地震回数が減少しても噴火することがありうることが初めてわかったので、記載を変更したが、当時の警戒レベルは不十分であるが、誤っていない」と居直りました。
 ところが、地震回数が減っても、もとの状態に戻らず、「低周波地震」などが見られるようになると噴火するのがむしろ「噴火推移モデル」であることを突きとめました。さらに、本件噴火前に「低周波地震」が五回も起こっており、さらに「山体膨張」まであったというデータも見つけました。
 これに対して、国は「推移モデル」自体は認めながら、これはマグマ噴火であって、本件のような水蒸気爆発にはあてはまらないなどと(裏付ける学術的論文もないのに)言い出しました。
 ところが、火山噴火予知連絡会(予知連)の現会長である石原和弘京大名誉教授は、御嶽山噴火につき、「火山性地震が減少しても、低周波の火山性地震が発生し始めた状況は噴火の可能性が高まったと考えるのが、火山学の常識である」と記述していました。
 さらに、同会長は、「噴火しそうだと確信が持てない段階では噴火警報を出せないという意見は、噴火警報の目的と意義が理解できておらず、そのような噴火警報業務は遂行できない」として、気象庁の現状を批判しています。
 このことを原告側が明らかにしたところ、裁判官は、提訴以来二年になろうとする段階になって、原告が求めていた気象庁が警戒レベルを上げなかった会議の内容・参加者などを明らかにするよう国側に求めました。ようやく裁判所も気象庁が警戒レベルを上げなかったことに対して問題がありそうだと考えてメスを入れるようになりました。
 これについて、地元の信濃毎日新聞は、この裁判の直後の社説で、上記裁判長の指示に続けて、「誰がどこでどのように話し合いを進めたのか、国側は事実関係をつまびらかにするべきだ。」と論評し、これまで国側が議事録がないなどとして明らかにしなかったことを批判しています。
 噴火被害について国(気象庁)の責任を追及する本件訴訟は、未分野を開拓する闘いです。
 学者の論文・気象庁の発表などをインターネットを駆使して集め、分析して、主張にまとめる困難な作業です。
 私はパソコンが使えないために若手弁護士が集めた資料を必死になって読み、追いつこうとして来ました。それでも、前回は、国の準備書面が直前に提出されたために本格的な反論ができないために、毎回行ってきた意見陳述が途絶えそうになったとき、私は、つなぎの弁論を買って出て、四九年前の南木曽水害訴訟勝訴において学者から教わった「災害は人命にかかわるからであり、人命にかかわらなければ単なる自然現象である」を引用して、「本件災害の責任は人命との関連を重視して判断すべきである」と主張しました。
 藤井敏嗣予知連前会長(東大名誉教授)は、本件裁判に関して、「本来どのような組織体制であるべきだったかとの観点を追及することが再び同じことを起こさないための火山防災につながる」「今後の新たな火山防災体制の構築につながって欲しい」と述べています。
 御嶽山噴火訴訟は、まさに「前人未踏」の分野であるが、予知連の前・現会長も問題にしている気象庁の現状を裁判で追及し続け、勝訴したいと考えています。


サンダーズ議員らによる
アメリカ民主党への一〇項目の政策提言

石川県支部  菅 野 昭 夫

 一一月に行われたアメリカの中間選挙で、民主党の中でも、大企業からの献金を一切受け取らないバーニー・サンダーズ議員らの「民主的社会主義者」のグループが躍進し、下院議員のみならず知事や州議会議員に、少なからざる議席を獲得したことが報道されています。彼らは、女性を多く含み、人種的にはマイノリティー、LGBT、ムスリムなど多彩なメンバーで、政治に新風を吹き込んでいます。しかし、下院を奪還した民主党は、依然として、ウオール・ストリートやエネルギー産業に政策的にも資金の上でも癒着した主流派が多数を占め、政策的には「反トランプ」を叫ぶだけで、勤労者全体を引き付ける政策を提起できないため、二年後の大統領選挙はこのままでは現職のトランプ大統領が有利とさえ言われている状況です。
 このような中で、サンダーズ議員とそのグループは、民主党とアメリカの勤労者及びその家族に、次の一〇項目の立法政策を訴えて、議会での取り組みを行うことを提案しました。それらは、次のようなものです。
@最低賃金を現行一時間七・二五ドルから一五ドルへ引きあげる。
A全市民に医療保険を適用する。
B地球温暖化と闘うための大胆な行動を組織する。一二年以内に、化石燃料をやめて持続可能エネルギーへ完全に切り替える。
C世界で最も拘禁率の高い刑務所・拘置所など壊れた司法を改革する。
D移民政策の総合的な改善、一一〇〇万人の「不法移民」の追放を目指さない。
E金持ち、大企業課税の強化などの進歩的税政策
F道路、橋梁、公共交通、勤労者住宅、ダム、下水道などのインフラを、一兆ドルを投資して改善するとともに、そのための雇用を創出する。
G世界一高い医薬品の価格を強制的に下げさせる。
H大学授業料を無料化するとともに、サラ金的学生ローンを減額させる。
I社会保障給付の拡充
 サンダーズ議員とそのグループは、「このような立法政策を提起してこそ、アメリカの勤労者を本当の意味で立ち上がらせることになる契機を、民主党は初めて提起できる」と訴えています。
 この政策提言は、アメリカの軍部と産学共同体について、まったく触れていません。その点で重大な欠陥を有していますが、それにもかかわらず、アメリカの現状を改革する問題提起として傾聴に値します。しかし、問題は、ナンシー・ペロシらのアメリカ民主党の主流派が、この訴えに、どう応えるのかが問われています。


芦田修正「神話」の虚妄―木村団員への再回答

東京支部  松 島   暁

 木村晋介団員から団通信一六四五号で、私の前回回答(団通信一六四四号)への再反論をいただきました。今回もまた時期に遅れた回答で申し訳ないのですが、いくつかの論点について回答させていただきます。
制憲過程における関係者の認識―芦田修正について
 制憲過程における関係者の認識は、個別的自衛権も放棄する意思で共通だったとする私の見解について、木村さんからは、芦田修正と極東委員会を論拠に疑問を出されています。
 「芦田修正」というのは、制憲過程の小委員会で九条二項に「前項の目的を達するために」という文言が新しく挿入された意味に関して、この場合の目的というのは、国策遂行の具としての戦争や国際紛争解決の手段としての戦争を目的とする戦力や交戦権を第二項は否定したのであり、自衛のための武力行使を禁じたものではない、芦田均元首相がこの修正を提案し受け入れられた結果、自衛のための武力行使は容認されるとする議論です。そして、憲法公布日に発行された『憲法解釈』には木村さんが引用されている記載があることもその通りです。
 しかし、制憲時の共通認識として重要なことは、芦田のいう自衛戦争は除くのだという解釈が、制憲過程において修正の目的として提案され、議論され、参加者の認識として存在していたのかであり、内心にそのような可能性の認識があったとしても芦田自身はそのことに一切触れておらず、制憲過程で顕在化していない以上、共通認識としては無視されるべきだというのが私の結論です。
芦田修正「神話」の虚偽・虚構
 芦田自身、後年、「二項については、武力および戦力の保持に制限を加えて、第九条の侵略戦争を行うための武力はこれを保持しない。しかし、自衛権の行使は別であると解釈する余地を残したいとの念願から出たものであった。私は七月二七日に第九条の修正案を小委員会に提出した。これは秘密会であったから速記録は公刊されていない。しかし、国会に密封してある速記録に全部記録されているはずである」と述べていました(一九五六年三月三〇日付東京新聞)。さらに同報道では、速記録とともに芦田が閣議内容を正確に記載した日記が存在するとされ、日記と速記録が芦田修正を裏付ける二大秘録だとも報じられていました。
 ところが、一九八六年に公刊された『日記』には芦田修正を裏付ける記述はまったく存在せず、一九九六年公開の『議事録』にも自衛権の行使は別だとの記述はありませんでした。東京新聞記事は「世紀の大誤報・捏造記事」であることが明らかになったのです。
 公開された議事録には、「九条一項と同様に、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求しと二項でも書くとくどいので、一項との重複を避けるため『前項の目的を達するために』とした」とあるだけでした。小委員会に出席した佐藤功氏も、芦田が「重複を避けるために」と説明していたことを、『日本国憲法成立史W』(一九九四年、有斐閣)の追補で明らかにしています。
 実際、特別委員会での小委員会の審議結果報告や衆議院本会議における審議及び修正についての報告で芦田は、「九条一項の冒頭に『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し』と付加し、その二項で『前項の目的を達するため』なる文字を挿入したのは、戦争放棄、軍備撤廃を決意するに至った動機が専ら人類の和協、世界平和の念願に出発する趣旨を明らかにせんとしたものであります。」と説明しているにすぎません。
古関彰一獨協大名誉教授は、「芦田修正によって後に芦田が主張するような自衛戦争もしくは自衛戦争を合憲とみる考え方は、政府にも議会にもなかった。少数の法制局官僚がひそかに心に抱いていたにすぎない。唯一極東委員会で芦田修正によって芦田が後に主張する解釈が出てくる可能性が議論された。そこで極東委員会はこの可能性を封じるためにだめ押しとして文民条項の挿入を日本側に要求したのである。日本側も当時そう考えて挿入を受け入れ(た)・・・・・・芦田修正によって自衛のための戦争が認められることになり、その歯止めとして文民条項が挿入されたとする、いわゆる『自衛戦争合憲論』は、制憲過程にみる限り全く根拠を持たない」(古関彰一『日本国憲法の誕生 増補改訂版』(二〇一七年、岩波現代文庫四〇〇頁傍線引用者)と結論づけています。
 自衛権行使は別だとする解釈の余地を残すために挿入・修正したという芦田の言い分は虚偽・虚構であり、後付けの論であることは明らかです。「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書について、安倍首相ですら、芦田修正論は採らないと明言しました(平成二六年五月一五日)。さすがに内閣が芦田修正論などという「与太話し」に依拠するわけにはいかなかったのでしょう。
採用された原理・原則の普遍性・優位性は歴史的判断による
 次に、木村さんの立憲主義批判、ある世代の特定の価値観を後世の人々にどこまで押しつけることができるかについての疑問ないし否定的見解については、前稿での、「この世は過去の人のものでもなければ現在の人のものでもない、過去の多数者の意思に現在の多数者の意思が優越するものでもないし、逆に、制憲時の国民の判断が、その後に生じた国民の判断よりも相対的にいつも正しいとも考えてはいません。むしろ制憲時に憲法が採用した価値・原理そのものの普遍性(優位性・将来性・説得性)こそが重要と考えます。その価値・原理に、歴史環境の変動に耐えうる、歴史を超えた普遍性があるならば、その価値・原理は後世の人々によって受け入れられるだろうし、それ程でもなければ、いずれ後世の多数者により否定ないし変容されてしまうでしょう」という以上の回答を持ち合わせていません。
 木村さんは、「憲法の採用した原理・原則が普遍的であり優位性があり、将来性があり、説得的だということはどんな事実によって論証するのでしょうか」と問うています。普遍性・優位性・将来性・説得性を論理で説明することは不可能であり、ある程度の時間的経過を経ての「歴史性」によってしか検証できないと思います。
 ドイツの平和主義は冷戦構造のなか変質しましたが、米国の連邦制はいまだに生き続けています。フランスのライシテ(政教分離)は移民難民問題を受けて試練に晒されています。私の関心は、後世の人々に受け入れ続けられているか、拒否されたかの違いはあれ、憲法が一定の価値原理を後世の人々に強要し続けていることにあります。その意味で、長谷部恭男氏の立憲主義の価値相対主義的理解は、憲法解釈としては誤りであり、とりわけ一章天皇と二章戦争放棄は、日本国憲法の「歴史性」を抜きにして語ることはできないと私は考えています。特別報告に、「日本国憲法は、平和という価値を明示的に憲法原理とし、それが日本国民の歴史的経験に立脚しているという点において、日本固有の特色を持つ。だから純粋にリベラルな原理に立脚した憲法ではない。北米のリベラリズムを単純に適用して平和主義を軽視する憲法解釈論は間違っているのである」との小林正弥千葉大教授の一文を引用したのは、長谷部説の「歴史性」の欠如が、「平和主義」の軽視に通ずると感じるからです。
 なお、私が専守防衛論を批判するのは、その口当たりの良さに便乗し無責任な言説を垂れ流す「改憲的護憲論」者や「新九条論」者に対してであり、専守防衛を基調とする国民世論との向き合い方とはおのずこと異なること、団通信一六二八号を見ていただければ、ご理解いただけるのではと考えています。


「東京法律事務所九条の会、
二〇一八年を振り返る」

東京支部  青 龍 美 和 子

 東京法律事務所には憲法委員会があり、若手弁護士・事務局が中心です。主に九条の会を運営しています。今年の活動を紹介します。
■宣伝の工夫〜新キャラ誕生
 数年前から、カエルの着ぐるみが毎月九日に行う「九の日宣伝」で大活躍しています。人が寄ってきます。今年はパンダをモデルにした新キャラ「パン九郎」とコアラをモデルにした「キュアラ」が誕生。グッズを作る計画は諦めていません。
■三千万人署名、目標突破!
 事務所で前人未踏の八〇〇〇筆という目標を掲げました。宗教の力を借りようと、四ッ谷周辺の寺社仏閣を巡り、署名と憲法カフェ開催を呼びかけました。事前アポ無し訪問にもかかわらず、快く受けつけてくれました。繰り返し訪問したいです。
 打合せ室に署名用紙を置く、依頼者に送る「たより」に同封、はもちろん、玄関に署名を入れるポスト(投票箱)を設置して外からも見えるようにアピール。個別に依頼者に手紙を送り電話をかけて署名をお願いすることも。
 団総会の時点では惜しくも達成ならずでしたが、その直後、一〇月中には目標を突破しました!
■一一・五 トークライブ
 今年は東京法律事務所に空前の韓流ブーム到来。一九八〇年代韓国の民主化運動を描いた映画『タクシー運転手』『一九八七』を所員有志で観賞しました。韓国の市民が軍事独裁政権と果敢にたたかってきた歴史と、そこから現在の民主的な政府を誕生させ、朝鮮半島の非核化・米朝の関係改善が進んでいることに感銘を受けました。
 六月には、NHKで光州事件を題材にしたドキュメンタリー番組が放映され、番組のディレクター・田容承さんを招いてトークライブ「アナザーストーリーズ〜光州事件から学ぶ私たちの民主主義の行方〜」を企画。二〇〇名の会場が、途中で申込みを締め切るほどいっぱいになりました。韓国の民主化運動を多角的に知ることができ、韓国と日本の歴史、政治・社会の動きや、民主主義とは何かについて深く考えることができました。
■一二・一 九条の会総会
 毎年恒例の九条の会総会にあわせて特別企画「憲法改正の国民投票!?護憲派に必要な一〇のこと」を開催。元博報堂広告マンの本間龍さんと、大阪の住民投票で反対運動に尽力されたfusaeさんからお話をうかがいました。改憲の国民投票を発議させないための危機感増量と、万が一国民投票になった場合に勝つための最低限の術を学べました。
 坂本雅弥団員が、二〇〇七年に参加した自由法曹団イタリア調査の報告をしました。十年以上前の話ですが、今も参考になる面白い話でした。護憲芸人「四ッ谷姉妹」(岸松江団員と私)が衝撃のデビューを飾り、あたたかい目で見守られました。
■まとめと、来年の展望
 この一年、面白いことをたくさんやってきた、頑張った!と思います。何より、自分たちがやっていて楽しかったです。所内で自由にアイデアを出し合って協力して実行できたからだと思います。
 最後に、本間龍さんとfusaeさんによる「護憲派に必要な一〇のこと」のいくつかを紹介します。
 「自分たちの意見を過信しないこと」「真実よりも事実を伝える」「自分ばかりしゃべらない」…三千万人署名や国民投票のターゲットは、意見を決めていない四割の人たちです。「正しいこと(真実)」や「思い」の押しつけは、距離を広げるだけです。意見を聞くこと、引き出すことで、伝えたいことも伝えられるようになる。常に意識したいです。
 「新しい技術を積極的に取り込もう」…東京法律事務所はブログとフェイスブックで事件・活動報告を更新しています。一か月の閲覧数は約一万pvです。本投稿の詳細も、ぜひ「東京法律事務所ブログ」で検索してみてください。
 さらに、来年二月には「アメリカから学ぶ『実践・戸別訪問の秘訣』」をテーマにイベントを企画しています。来年は一斉地方選、参院選もありますし、また色々な活動に役立てたいです。


「徴用工」判決に対する
外務大臣談話についての異論(後編)

埼玉支部  大 久 保 賢 一

談話の致命的誤り
 問題は、この日本政府の解釈に、韓国の裁判所は拘束されるのかということである。この条文の解釈は、このような解釈しかありえないのかという問題でもある。
 「徴用工」裁判は「徴用工」であった個人が、自らを使役した日本企業の不法行為責任を韓国の裁判所で追及した裁判である。その裁判をする上で、韓国の裁判所は日韓請求権協定の解釈を迫られたのである。それは、この裁判の性質上避けられない作業であろう。
 そもそも、条約であれ法律であれ私人間の契約であれ、一義的に解釈できない事態に遭遇することは当然にありうることである。人々の営みは多様であり、従ってまた紛争も多様だからである。裁判は、事実認定と法の当て嵌めであるから、何が法であるかの解釈が求められる場合がある。その最終的な解釈は、各国の司法部門つまりは裁判所の任務である。それは、三権分立制度を採用する国家に共通するシステムである。韓国の裁判所には、国会が制定した法律についても、政府が締結した条約についても、法的紛争を解決する上で必要であれば、その解釈をする権限と責任があるのである。
 韓国大法院には、その責務を果たし権限を行使する上で、日本政府の解釈を忖度しなければならない義務はない。むしろそのようなことはしてはならないのである。逆に、日本政府には韓国の裁判所を拘束する条約解釈の権限などないのである。
 韓国大法院には、日韓請求権協定二条について、日本政府と同じ解釈をしないからといって、日本政府に責められなければならない理由はない。もちろん韓国政府が日本政府に責められる理由もない。
 日本政府は、自分の解釈と違うからといって、他国の国家機関の条約解釈を国際法違反などと決めつけるのは避けるべきである。この裁判は韓国内の問題であり、そもそも国際法が問題になる局面ではないのである。かくして、この外務大臣談話には、国際法はもとより三権分立や外交関係の基本をわきまえていないという致命的欠陥が見られるのである。
ではどうするか
 外務大臣談話の問題点は以上のとおりである。けれども、日本政府と韓国政府との間に紛争が生じていることは確かである。このまま放置することは避けなければならない。ネトウヨを喜ばせるだけで、誰の利益にもならないからである。
 日韓請求権協定三条一項は「この協定の解釈及び実施に関する両国間の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決する」としている。そして、その経路で解決しなかった場合に備えて、第三国の政府が指名する仲裁委員も含める仲裁手続きが規定されている(同条二項・三項)。更には、両国は仲裁委員会の決定には服することとされているのである(同上四項)。まずは、この条文を活用しての解決が求められるところである。国際司法裁判所への提訴もありうるだろうけれど、条約に定められた解決手続きの活用から始められるべきであろう。(二〇一八年一一月八日記)


そろそろ左派は、<経済>を語ろう
三題話と物語の転換(後編) 

東京支部  伊 藤 嘉 章

七 私たちは経済をどう語るのか
(こんな主張で勝つ)
@「社会保障、教育、医療、介護などを重視し、庶民のサイフを豊かにする予算にする。」
 全面的に同意します。
A「大企業・富裕層増税、金融取引税導入、資産課税で財源を作り、消費税増税はしない。」
 同意しますが、以下の「付言事項」があります。
その一 生活保護基準以下の収入で頑張っている人の可処分所得を減らすような苛斂誅求ともいうべき消費税率の引き上げはやめる。民主党政権のときの消費税増税論議は低所得者層には還付金とセットにする議論があった。いまはだれも言わない。
その二 他方で、大企業・富裕層は使い道がないほどの金をもっているのだから課税強化されても困らない。所得の再分配機能のある累進課税を強化し、インフラを整備し、平和で安全な国の仕組みを整え、企業がもっとかせげるようにすることができる。たとえば、四国新幹線を、計画路線から整備路線に格上げし早期に事業化する。青函トンネルでは、新幹線と在来貨物がレールを共用しており、はやぶさ・はやてなどの新幹線はスピードが出せない。そこで、今の青函トンネルとは別に、下北半島の、マグロで有名な大間崎から対岸の汐首岬までの津軽海峡に第二青函トンネルを作り、JR貨物線を走らせるとともに、トラックの通行ができる道路を作る。インフラの整備によって、大企業はもっとかせぎ、かせいだ金の中から労働者に分配し、より多額の税金を国に納めるという仕組みを強化する。
B「必要な公共投資は維持しつつ、不要不急な公共事業は削減する。」
 「反対意見」ここには反論があります、公共事業は、民主党政権のときよりも減っているのです。これを一九九〇年代の小渕政権の時代の金額に戻す必要があります。
C「格差是正のための諸施策を実施し、公平な社会にしていく。」
 全面的に同意します。但し、これは、金融政策の議論ではないので別の場面で議論したいと思います。
D「これで景気を回復し、」はよいのですが、「まずは均衡財政。そして債務返済へ。」という。
 これこそ、財務省の路線ではないか。財政破綻の不安をあおり、財政の均衡を目指してプライマリーバランスの黒字化を図り、国債の発行額を圧縮する。
 縮小した予算規模の中で、パイを奪いあうように、軍事費をけずり、社会保障、教育、子育て支援に回そうとか、不要不急の公共事業を削減して、医療、介護を充実させようなどのゼロサムゲームで、選挙に勝てるのか。目指すべきは、均衡財政ではなく、大幅な財政政策によるGDPの増大。均衡財政は、その結果である。
八「均衡財政」と「食わせてなんぼ」と「憲法の理念」の三題話
(一)ヨーロッパでは、あまりの緊縮財政のために、医療も教育も福祉もロクに受けられず、住居を失った人々もたくさんいます。生存それ自体にかかる生身の個人の蹂躙が起こっているのです。
 この抑圧をもたらしているのが、「均衡財政」とか「通貨価値の維持」といった社会的観念の一人歩きです。そして、その裏で一部の強者がトクをしているわけです。
(二)民主党政権もこういった生身の個々人の苦しみを救えたわけではありませんでした。「食わせてなんぼ」ということにまず気がついたのは、民主党にいったん政権を奪われた自民党の方でした。だからこそ自民党は政権に復帰できたのです。
(三)「憲法の理念」は大事ですが、それを掲げるばかりでは、私たちに勝ち目はないのです。「憲法の理念」を唱道したいならば、そっちのほうがもっと人々の暮らしを楽にできることが、カラの胃袋や筋肉痛といった身体のレベルで納得できるような、そんな政治路線を打ち出す必要があるのです。
 以上は、松尾匡教授・橋本貴彦准教授共著「これからのマルクス経済学入門」(筑摩書房)一三七頁からの引用です。 
九 物語の転換
 「私たちに魔法の杖などはありません。」
 しかし、国には、租税徴収権と通貨発行権があります。
 そろそろ、左派は、<経済>をかたらなくてならないのだと思います。そのためには、物語の転換をはかる必要があるのではないでしょうか。
(一)多くの政治家・官僚・経済学者の語る物語は、
 「今の日本はもう、成長できない国になってしまった。人口は減少するし、高齢者は増え続けるから、社会保障費は年々拡大し、国の借金は膨大に膨らんだ。このままではもう、国が破綻することは間違いない。そんな悪夢を避けるには、不況でも安定的な税収が得られる消費税を増税するしかない。消費税増税は経済に確かに少々悪影響を与えるが、それよりも国の破綻の方が遥かに深刻な問題だ。だから日本を守るためには消費税増税は、絶対に必要なのだ。」というものである。
(二)これに対し、内閣参与である藤井聡京都大学大学院教授は、次のような物語への転換を主張する。
 「今の日本は、バブル崩壊の傷ついた状況下で断行された一九九七年の消費税増税によって、デフレ・スパイラルが展開するデフレ経済へと凋落してしまった。その結果、日本の経済成長率は世界最低に凋落し、国民は貧困化し、格差は拡大し、そして、財政は大きく悪化してしまった。そもそもデフレ下では、民間は投資を減退させ、黒字をため込むようになるため、必然的に政府の「赤字」は拡大する。だから政府の赤字を縮小し、財政を健全化するためには、デフレ脱却を果たす以外に方法が存在しない。そして、デフレ脱却を果たすためには、消費税増税を凍結し、ないしは減税し、大型の財政政策を二、三年間継続するほかに道はない。それができれば、デフレ・スパイラルが終わり、インフレ・スパイラルが駆動するようになる。そうすれば自ずと経済は成長し、必然的に財政は健全化していく。」と(「一〇%消費税が日本経済を破壊する」藤井聡著・晶文社 一九二頁)。
一〇 子孫に残すものは何か
 国債の貨幣化とインフレによる踏倒し
 国債は政府の借金であったが、日銀の買い切りオペによって、日銀の当座預金としてマネタリーベースという貨幣に転嫁して返済不要になる。また、貨幣に転嫁しない国債は、返済しつつ、一部はインフレによって踏み倒す。国債は将来世代の負担とはならない。
 ところが、財務省のプロバガンダとこれの先棒を担ぐ池上彰などの言説に惑わされて、均衡財政、通貨価値の維持を信じて、緊縮財政によって債務の返済に走った結果、国債という借金はなくなったものの、脆弱なインフラ、荒廃した国土、おんぼろな装備で周りからバカにされる自衛隊をもつ国を子孫に残すのか。
 他方で、巨額の国債はあるものの、新幹線、高速道路が日本中に走り、病院、介護、教育、子育て支援、福祉の仕組みが充実し、高性能の装備を備えた、自分からは弾を打たない専守防衛の自衛隊が抑止力となっている安全で平和な国の体制を子孫にプレゼントするのか。
 スローガンは次のようになります。
一 国債は償還するな。貨幣化して、国民のために使おう。
二 国土の強靭化と均衡ある発展(自民党の政策であった)。
三 ゆりかごから墓場まで(なんて古いことばか)。もっといい言葉はないか。


そろそろ左派は、<経済〉を語ろう(二)

大阪支部  杉 島 幸 生

一 不況の原因はデフレなのか?
 デフレ退治という言葉をよく聞きます。いわゆるリフレ派は、「デフレ」が不況の原因だと考えて「デフレ退治」を目標とします。インフレターゲット論です。この立場から貨幣量を増してインフレを引き起こそうというのがアベノミクスの第一の矢(異次元の金融緩和)でした。しかし、私は、「デフレ」は、不況の結果であって原因ではないと考えています。第一の矢は最初から的を外しています。
二 必要なのは、お金の流れを変えること
 現在の日本経済が貨幣不足であるとは思えません。なのに生産が拡大していかないのはなぜでしょうか。私は、それは蓄積された富が、金融資産の形成に流れ、実体経済に流れていかないからだと思っています(経済の金融化)。だとすると、その流れを逆転させなくてはなりません。それには株式譲渡所得や金融資産への課税強化が必要です。お金持ちには、税金でとられるくらいなら本業で頑張ろうと思って貰らいましょう。タックスヘイブン対策などでの国際協調も大切です。実体経済への課税ではありませんからこれで生産が縮小することはありません。
三 必要なのは庶民のサイフを大きくすること
 なぜ、お金が実体経済に流れていかないのでしょうか。それは、消費の六割をしめる庶民のサイフが小さすぎるからだと思います。とすれば、その対策は、庶民のサイフを大きくすることです。まずは賃上げが必要です。最低賃金の引き上げは経済全体のためにもなります。もっとも中小零細企業にとっては大変です。同時に社会保険負担軽減などの手当ても必要でしょう。消費税増税は最悪の選択です。社会保障や医療・教育などの充実で負担が小さくなれば、庶民は必ず他のところでお金を使います。将来社会に必要な事業に政策的な配分ができることからすれば、現金給付より現物給付のほうがいいように思います。そうすると将来社会のデザインをみんなで考えることが大切になってきます。都会から地方へのお金の流れをつくることも必要でしょう。そのためには細かなインフラ整備などを地方企業に行わせることが効果的です。
四 財源をどうするのか
 それには財源が必要です。私は、先に述べたもののほかにも、法人税や所得税の引き上げも必要だと考えています。約七割の企業が法人税を支払っていないのですから、中小企業の多くにとって打撃となるわけではありません。体力のある大企業や資産家には日本経済のために頑張っても貰ってもらいましょう。ある試算では、あれやこれやで三八兆円の税収を確保できるのだそうです(社会保障財源三八兆円を生む税制・不公正な税制をただす会・大月書店)。一八年度の税収が約五九兆円ですから、どれほどの大きな金額かがわかります。その半分でも実現できれば、政府にできることはたくさんあります。こうした政策には、企業が海外に逃げ出してしまう、国際競争力が低下するとの批判があります。しかし日本企業であることのメリットはまだまだあるはずです。大企業がみんなして税金対策で日本を逃げ出すなんてあまり考えられません。なにより「そんなこと許さないぞ」という政策と世論こそが大切なのだと思います。ヨーロッパに比べ日本企業の実質的負担率は低いのですから、国際競争力が低下も言い訳に聞こえます。
五 そろそろ、私たちも、<経済>を語ろう
 私の発想は、お金の流れをかえて富の再分配をする。そのために必要な税制改革を行う。そのことを通じて福祉社会を実現しつつ拡大再生産の循環を生みだそうというものです。それは、お金の流れ方はそのままで、経済の規模だけを大きくしていこうというものではありません。福祉社会の実現は、景気をよくしていくことに直結します。残念ながら庶民の多くは、福祉社会のためには消費税増税もしかたない、法人税増税は景気の足を引っ張ると考えています。そうではないんだ、大切なのは、「デフレ退治」ではなく、お金の流れを変えること、格差をなくすこと、社会保障を充実させていくこと、私たちが経済の主役になることなんだとということを国民の常識にしていくことです。私は、左派が語るべき<経済>は、こうしたものなのではないのかと思うのです。


「愛国」か、それとも「売国」か?
── 国とは国民だ!(前編)

東京支部  後 藤 富 士 子

一 「愛国心」をめぐる奇妙な攻防
 教育現場で起きている「日の丸」「君が代」をめぐる紛争は、日本会議と一体化した政権側が推進している「愛国教育」との軋轢である。ちなみに、自民党の改憲草案三条一項は「国旗は日章旗、国歌は君が代」と定め、第二項で「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」と義務付ける。一方、個人の側とすれば、かつて日本軍国主義の象徴とされた「日の丸」「君が代」を敬う気持ちになれないという理由で、起立や斉唱という「尊重」行為をとれない人もいる。その人たちは、憲法一九条の「思想信条の自由」を援用して強制に抵抗する。
 この構図の中で、政権側は、「日の丸」「君が代」を尊重しない個人を「愛国心がない」と指弾し、これに抵抗する側は「愛国心の強制反対」を叫ぶことになる。こうなると、「愛国心」は、あたかも政権側の美徳となり、反対する者は「愛国心なんていらない」と主張しているように見えることになる。すなわち、単に「日の丸」「君が代」を礼賛する歴史修正主義が「愛国」を僭称するのである。ちなみに、「歴史修正主義」は、反対者のことを「自虐史観」と言っている。
 しかし、果たして「愛国心のない人」に国の政治を任せられるだろうか? また、「日の丸」「君が代」を敬う気持ちになれない人が、進んで国政を担おうとするだろうか?
 この点で、「魂の政治家」と国民から敬われた故翁長雄志沖縄県知事の足跡が示唆に富む。二〇〇七年九月二九日、宜野湾海浜公園で「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が開催された。文部科学省の高校歴史教科書検定で沖縄戦における「集団自決」(強制集団死)の日本軍強制の記述が削除修正されたことに対する抗議集会に、復帰後最大となった一一万六千人が結集した。翁長沖縄県市長会長(当時)は、「ウチナーの先祖があれほどつらい目に遭った歴史の事実がなかったことにされるのか」と憤り、集会では「国は県民の平和を希求する思いに対し、正しい過去の歴史認識こそが未来の道しるべになることを知るべきだ。沖縄戦の実相を正しく後世に伝え、子どもたちが平和な国家や社会の形成者として育つためにも、県民一丸となって強力な運動を展開しよう」と訴えている。九九年当時、県議で自民党県連幹事長だった翁長氏は、辺野古移設に関して推進派だったが、この教科書検定問題がきっかけとなり自民党と距離を置き始めたという。
 過去の歴史の事実、それも国家と国民の間で生じた事実を「なかった」ことにする歴史修正主義は、「愛国」でありえないことを、翁長氏の足跡が示している。
二 盧武鉉のテーマ「人が暮らす世の中」(サラム・サヌン・セサン)
 一九八八年四月の第一三代総選挙で初当選した盧武鉉の選挙スローガンは「サラム・サヌン・セサン(人が暮らす世の中)」であり、大統領になってからも退任後も変わらぬ目標であった。二〇〇二年、盧武鉉は大統領選を制し、翌年一月、文在寅は、「権威主義の打破」を掲げる参与政府(盧武鉉政権)の民情首席秘書官就任を要請された。それは「君臨しない青瓦台」を作るためであった。文は、悩みに悩んだ末、民情首席秘書官だけで辞めること、政治家になれと言わないことを条件に引き受けた。
 任期初年の二〇〇三年、苦渋のイラク派兵を決めた。外交・国防・安保ラインは、韓国軍だけで一区域を担当して独自作戦を遂行できるようにするために「一万人以上(師団級)の戦闘部隊の派遣」を主張した。しかし、大統領の苦悩を熟知していたNSC(憲法に明示された機関で、安保・統一・外交に関する最高議決機構)事務処次長が妙案を出した。米国の派兵要求は受け入れるが、規模は最小限にし、非戦闘部隊三〇〇〇人とする。つまり、戦闘作戦の遂行ではなく、戦後再建事業の支援とする「平和再建支援部隊」とすることであった。外交部が作成した派兵方針を発表する文案は「イラクの大量破壊兵器によって引き起こされた今般の戦争は正義の戦いであり、我々の派兵は今後の戦後復興事業などで有利な位置を占めることによって経済的にも大きく貢献する」などの内容が含まれていた。大統領は、「私にはこの戦争が正義の戦いであるかどうかわからない」と言って、その表現を使わせないようにした。また、「経済的に役立つかどうかもわからないが、経済的利益のためにわが国の若者たちを死地に追いやることはできない」とも言った。代わりに、国民には「朝鮮半島の平和と韓米同盟という現実的利害ゆえに派兵するのだ」と正直に発表するように指示した。
 任期末の韓米FTA(自由貿易協定)をめぐっては、世論も賛成と反対に二分された。大統領は、「商人の論理」を強調し、交渉チームに「交渉がうまくいっても、うまくいかなくても私の責任だ。本部長は商人の論理に徹して、交渉では韓米の同盟関係や政治的な要素については絶対に考えるな。すべての政治責任は私が取る」と一〇〇%国益を基準に考えることを求めた。交渉チームは「いつ米国側が席を立っても私たちは一向に構わない」という姿勢を堅持し、譲歩カードを使うことなく合意に持ち込んでいる。
 米国との関係の二例を挙げたが、いずれも極めて「愛国」的である。国家経営、政権運営は、担当者個人の主義主張だけで断行できるものではない。しかし、個人の信念によって、現実には少なくない差が出てくるのも明らかなように思われる。ちなみに、米国が不義をなせば、「反米感情を少しもって何が悪い」という盧武鉉の有名な発言も、公正・公平に価値を置くリベラル層に「健全なもの」と受け止められているという。(次号に続く)