(2018年発行分)第1654号/12/21 映画「沈黙~立ち上げる慰安婦」への 妨害禁止仮処分事件 神奈川支部  神原 元

カテゴリ:団通信

一 プロローグ
 「そりゃ、仮処分がいいんじゃないの?」
 いくつかの団事務所に電話をかけて相談すると、たまたま電話のつながった団支部幹事長の杉本朗団員(横浜法律事務所)がこう言った。
 のんきな声だ。
 時計を見た。すでに二時半を過ぎていた。
 問題の映画上映会は、その日(三日)から五日後の、一二月八日午後二時に予定されていた。
 迷っている暇はなかった。私は、映画の主宰者(実行委員会)のメンバーから委任状を受け取るとパソコンに向かい、横浜市戸塚区に拠点を置く右翼団体「菊水國防連合」を債務者とする仮処分申立書を、深夜までかかって起案した。
二 慰安婦映画に対する妨害
 映画「沈黙~立ち上げる慰安婦」は、在日朝鮮人朴壽南(パク・スナム)監督の作品で、所謂従軍慰安婦問題をテーマにした映画であり、元従軍慰安婦李玉先(イ・オクソン)氏の視点から問題を描く作品である。この映画は二〇一七年一二月二日に公開され、すでに福岡、大阪、愛知、兵庫、三重、鹿児島、広島、韓国、そして東京など各地で上映されていた。神奈川では茅ヶ崎や横浜、横須賀での上映が予定されていた。
 ところが、この作品に対し、九月二一日、インターネットにおいて「日本軍による朝鮮人慰安婦の強制連行の証拠は無し。朝鮮人売春婦の証言だけ。日本国と日本人を貶める映画の上映を後援することは許されません。」などとする書き込みがアップされたことを皮切りに攻撃が始まった。この頃から一〇月一六日の茅ヶ崎上映会を後援した茅ヶ崎市に対して右翼と思われる人々からの嫌がらせの電話やメールが殺到した。茅ヶ崎市のある職員は電話口でいきなり「お前朝鮮人だろう」「国へ帰れ」などと罵られたという。
 一〇月一六日、茅ヶ崎上映会の当日、周辺には各右翼団体が上映を妨害する街宣を行い、右翼団体の構成員が会場入り口付近で寝転び上映会実施を妨害する騒ぎがあった。一一月二五日には右翼団体が横浜上映会の会場(情報文化センター)周辺で妨害宣伝を行い、さらに横須賀上映会の会場周辺でも宣伝活動を行った。右翼団体七、八名は特攻服を着用して上映会会場受付窓口に来て、「上映を中止しろ」等と三〇分間にわたり罵声を浴びせた。
 一一月二八日、横浜上映会の当日、周辺では右翼団体が「情報文化センターは公の立場を逸脱し、日本政府の見解と異なる、政治的に偏った反日映画、英霊を冒涜する映画を上映するとは言語道断である。慰安婦問題は朝日新聞強制連行された等と嘘を捏造し」等と妨害宣伝を行った。さらに、同日午後六時頃、右翼団体「菊水国防連合」に所属する男性三名が特攻服姿で会場に押し入ろうとし、主宰者らに止められると、男性は「横須賀で見ようかな」「一二月に監督がトークショーするんでしょ。質疑応答に来ようかな。質疑応答になるか分からないけど」等と述べ、公然と映画上映会を妨害する旨を宣言した。
 本件映画の朴壽南(パク・スナム)監督は八三歳である。後に会見で監督は「生きた心地がしなかった」と語っている。
 監督の娘朴麻衣氏が私の事務所に相談に来たのは、その五日後、一二月三日午後である。
三 仮処分決定
 一二月四日朝九時、私はできあがった仮処分申立書をもって横浜地方裁判所保全係に赴いた。書記官は事情を聞くと、すぐに私の事務所に電話をくれて日程調整をしてくれた。
 同時にメーリングリストにより全国の弁護士に代理人就任を呼びかけた。これは相手が所謂任侠右翼であるので、代理人にいかなる攻撃を仕掛けるか分からず、リスク分散の目的があった。私たちの呼びかけに、自由法曹団を中心に、全国から一四〇名の弁護士が代理人として名を連ねることに同意してくれた。
 裁判所からの呼出状は翌五日に右翼団体の事務所に届き、一二月六日、厳戒態勢の下、横浜地裁で審尋が開かれることになった。審尋には言い出しっぺの杉本朗団員、岡田尚団員、太田啓子団員、桜井みぎわ弁護士が立ち会ってくれた。一〇分間審尋室で待ったが右翼団体は裁判所に現れなかった。宋惠燕団員は債権者本人とともに決定の連絡を法務局で待った。同日四時、私たちは神奈川県弁護士会で記者会見を設定し、その時刻に宋団員より仮処分決定を受け取った旨連絡を受けた。決定主文は次のとおりである。
 債務者は、代表者自ら又は第三者をして、下記日時において、下記場所内でデモをしたり、はいかいしたり、その際に街宣車やスピーカーを使用したり、あるいは、大声をあげる等、債権者の映画上映活動を妨害する一切の行為をしてはならない。

日 時 二〇一八年一二月八日正午から同日午後一〇時まで
場 所 ウェルシティ市民プラザ(横須賀市西逸見町一―三八―一一)の正面入り口から半径三〇〇メートル以内
 翌日の神奈川新聞は「慰安婦映画の上映妨害禁止」と一面で報じた。社会面には「たくさんの市民の方が応援してくださり感謝している」とする監督のコメント、「表現する自由を暴力で押しつぶすことは許されない」「安倍政権の動きで右翼が元気づいていることは確実で、生半可なことではいけない」などの主宰者側のコメントが掲載された。
 一二月八日の上映当日、弁護士五名と九〇名の市民が周辺の警備にあたった。右翼団体は、日中全く街頭宣伝を行わず、夕方には横須賀駅付近で走り回ったが、最終的に会場から半径三〇〇メートル以内には入って来なかった。
 結果的に、映画の横須賀上映会は、一五〇人の観客が入り、大成功に終わった。
四 後記
 本件で全国一四〇人の弁護士が債権者代理人になってくれたのはとても大きい。報道へのインパクトがあったし、なにより当事者が勇気づけられた。代理人を受けて下さった皆様に感謝したい。
 また、裁判官、書記官は終始熱心に取り組んでくれた。最初から送達までのギリギリのスケジュールを組んで実践してくれた。本当に感謝したい。
 一二月六日五時、私は、自己のフェイスブックに次の文言を書き込んだ。
 「正義は勝つ!!」
 とりわけ若い弁護士らとともに、失敗を恐れず、前に突き進む勇気を共有したい。

二〇一八年一二月一一日

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