第1664号 / 4 / 1
カテゴリ:団通信
2019年石川県・能登5月集会案内(特集その1)
●石川県・能登5月集会に、多くの団員 ・事務局の参加を呼びかけます 泉 澤 章
●「能登は優しや土までも」 飯 森 和 彦
●日程のあらまし(プレ企画/全体会/分科会)
●オプショナルツアーへのお誘い~来まっし!石川へ~ 米 田 奈 央 子
▼乳腺外科医事件無罪判決 小 口 克 巳
▼セブン―イレブン中労委命令について 中 野 和 子
▼改憲問題対策法律家6団体連絡会作成の「自民党憲法改正推進本部作成改憲案(4項目)
『Q&A』徹底批判」をご活用ください 鹿 島 裕 輔
▼天皇問題についての補論と論点整理~池田さんの第2稿に対して 守 川 幸 男
▼そろそろ<左派>は経済を語ろう(4) 杉 島 幸 生
▼そろそろ左派は、「AI」を語ろう 福 地 絵 子
▼団ホームページをリニューアルしました! 森 孝 博
▼働き方改革と「雇用関係によらない働き方」 江 夏 大 樹
石川県・能登五月集会に、多くの団員・事務局の参加を呼びかけます 幹事長 泉 澤 章
1 今年の五月集会は、五月二六日、二七日の両日(プレ企画は二五日)、石川県能登で開催されます。
〝選挙イヤー〟と呼ばれる今年は、安倍政権の暴走を止められるか否かの、勝負の年でもあります。そして、五月集会が開催されている頃は、四月の統一地方選が終わり、七月の参議院選挙がもうすぐという時期です。安倍政権の進めている改憲策動、数々の悪法、悪政とのたたかいの総括と、夏へ向けた展望を語り合うには、ある意味絶好の時期かもしれません。団員の皆さんの旺盛な議論を期待します。
2 安倍政権の暴走を止めるためには、野党と市民の共闘こそが鍵となるはずです。そこで一日目の記念講演には、「市民連合」呼びかけ人のお一人である廣渡清吾東京大学名誉教授にお願いいたしました。野党と市民の共闘の成果と展望についてお話しいただき、私たちのたたかいに結びつければと思います。
3 一日目、二日目の分科会は、①憲法と平和の問題、②労働問題、③原発問題、④国際問題(外国人の人権問題)、⑤貧困・社会保障問題、⑥ヘイトスピーチ問題の六企画が予定されています。また、特別企画として、給費制復活問題、それに若手独自の企画も予定されています。
集会前日の二五日に開催されるプレ企画では、ベテラン団員のお話(支部)と若手団員の活動に学ぶ(本部)という二つの企画による新人学習会、団事務所で働く事務局の交流会とともに、人権課題を担う団員弁護士をどう増やすかをテーマに、団の将来問題についての企画も予定されています。
なお、昨年から、改憲情勢が緊迫するなか、若手団員と事務局に積極的に参加してもらうことを目的に、団本部から一人一万円の参加補助費の支給を始めましたが、今年も実施することになりました。多くの若手団員、事務局の皆さんに利用していただき、多数の参加によって議論を盛り上げましょう。
4 旺盛な討議の後の息抜きとして、例年どおり半日旅行、一泊旅行も予定されています。こちらもぜひご参加ください。
5 春から初夏にかわりゆく風を感じつつ、石川県・能登でお会いしましょう!
「能登は優しや土までも」 石県支部 支部長 飯 森 和 彦
今年の五月集会は石川県能登半島の七尾湾に面する和倉温泉にて開催されます。会場となる「のと楽」は高級感あふれるホテルで、全国から来られる多くの団員を収容できるうえ、美しい七尾湾を眺めることができます。もちろん、会議の後はゆったりとお風呂に入り、日頃の疲れを癒し、新鮮な魚料理、豊かな能登の地酒を堪能して下さい。
和倉温泉のある七尾は、NHKの大河ドラマ「利家とまつ」の主人公前田利家とも縁があり、利家は金沢城に入城する以前、織田信長からこの地方を与えられ、七尾城を築き、城下町を発展させました。そのため城跡や多くの古い寺院、町並みが残っています。七尾の青伯祭はその勇ましさ屋台の豪華さが有名ですが、江戸時代から続いている祭りです。
私は生まれも育ちも金沢で、七尾和倉温泉に来られる方々には是非とも金沢の奥座敷である能登半島を周遊されることをお勧めします。七尾から珠洲、輪島方面に足を延ばせば、金沢の武家文化が醸し出す雰囲気とは全く異なり、能登半島の荒々しくしかし美しい海岸線を見ることができます。「能登は優しや土までも」との言葉があるように、能登の人々の温かさに触れることもできるでしょう。
二〇一五年から北陸新幹線が開通、金沢・東京間がつながり、日本全国から金沢・能登に来ることが簡単になりました。今日、海外からの観光客も激増しています。
是非多くの団員の皆さんが七尾和倉温泉で開催される五月集会に参加され、金沢・能登のすばらしさを知っていただけるよう、石川県支部を代表して呼びかけます。
日程のあらまし
【プレ企画】
五月二五日(土)午後一時~五時(予定)
1 新人弁護士学習会
※新人弁護士に限らず、ふるってご参加下さい。
(1)石川県支部企画
講師:菅野昭夫団員(石川県支部・二〇期)
(2)本部企画
講師:神保大地団員(北海道支部・六二期)
「新人弁護士が学習会を成功させるために必要なこと」
講師:舩尾遼団員(東京支部・六四期)
「社会運動を見守る弁護士が知っておきたいポイント」
2 将来問題
「人権課題に取り組む団員を増やすために」
人権課題に取り組む弁護士の像が受験生や修習生に伝わっていない現状を踏まえ、団が法曹志願者に接近し、入団者を確保し、各事務所に定着してもらうために、各地の実情を共有しながら、今後の対策を検討します。
3 法律事務所事務局員交流会
事務局交流会は、全国の団事務所の事務局の方々と一同にお会いできる年一回の貴重な機会です。ぜひ多くの事務局の方にお集まり頂き、一緒に学び、交流したいと思います。
各事務所、諸事情等で事務局の参加が難しくなっていると聞いておりますが、五月集会に参加する意義を議論していただき、事務局の参加の確保をお願いします。
事務局交流会では前半に全体会で弁護士講演と事務局講演、後半に分科会でのグループディスカッションを行っています。
全体会での講演に関しては現在調整中です。
分科会では新人交流会、活動交流会、仕事交流会を行う予定です。 全体会の内容と分科会の具体的な中身に関しては次号にてお知らせさせていただきます。
【研究討論集会・第一日目】
五月二六日(日)午後一時~五時(予定)
全体会 午後一時~三時〇〇分
(1)団長挨拶・来賓挨拶
(2)記念講演
廣渡清吾教授(東京大学名誉教授、日本学術会議21期会長、
「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」呼びかけ人)
(3)幹事長基調報告
分科会 午後三時一五分~五時〇〇分
(1)憲法分科会(一日目)
安倍改憲と大軍拡について、日米同盟の強化について、
改憲阻止についての団・団員の活動報告、今後の団・団員の取り組みについて
(2)労働分科会(一日目)
労働契約法二〇条に関する裁判例と、今後の課題に関する全国交流検討会
(3)原発分科会
講師:寺西俊一教授(帝京大学教授・一橋大学名誉教授)
福島第一原発事故被害の現状、訴訟をめぐる問題点、運動の方向性などについての報告と討論
(4)国際分科会
講師:本多ミヨ子さん(首都圏移住労働者ユニオン書記長)
現在日本にいる外国人の人権実態について講師を招いて報告を聞いた上で議論します。
(5)貧困・社会保障分科会
講師 唐鎌直義教授(立命館大学 産業社会学部 現代社会学科)
講演「日本における貧困の実態と社会保障の課題」(仮)
質疑応答、討論
貧困・社会保障をめぐる取組み等の報告
【研究討論集会・第二日目】
五月二七日(月)午前九時~一二時三〇分(予定)
分科会 午前九時〇〇分~一一時一五分
(1)憲法分科会(二日目)
一日目の続き
(2)労働分科会(二日目)
各地の労働法制改悪阻止に関する取り組みの報告と今後の運動の課題に関する討論、及び各地において獲得した判決の議論
(3)ヘイト・スピーチ分科会
二〇一六年札幌・定山渓五月集会での分科会開催以降、様々な動きが生じています。そこで、近時の状況等を踏まえて、根絶を目指す各地の取組みと課題について経験交流と議論を行う予定です。
全体会 午前一一時三〇分~一二時三〇分
決議案の採択ほか
オプショナルツアーへのお誘い ~来まっし!石川へ~ 石川県支部 米 田 奈 央 子
本年の五月集会は、二〇一五年にNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「まれ」の舞台となった、石川県の能登半島で開催されます。
石川県は、もともと風光明媚な名所や歴史的建造物が多く、人気の観光地として知られていましたが、同年には石川県の金沢と東京をつなぐ北陸新幹線も開通したこともあり、日本各地にとどまらず世界中から観光客がつめかける大盛況が今も続いています。
今回の会場兼宿泊先は、能登半島の和倉温泉「のと楽」です。客室は、ほぼ全室が七尾湾を一望できるオーシャンビューとなっており、日頃ご多忙の皆様に、癒やしのひとときが提供されます。
懇親会の席では、新鮮な海の幸、歴史を感じる郷土料理、そして数々の地酒をご堪能いただきながら、「御陣乗太鼓」の演奏をお楽しみいただけます。これは、天正時代、能登半島に攻め込んできた上杉謙信の軍勢を、村人が鬼面を付け陣太鼓を鳴らして驚かせて追い払ったという古い起源をもつ演奏であり、その勇壮な音色を、耳だけでなく全身で体感していただければと思います。
そして、集会終了後のオプショナルツアーは、例年に違わず、半日コースと一日コースの二パターンをご用意しました。
半日コースは、宿からほど近い「食祭市場」にて海鮮ランチの後、第二次世界大戦中の七尾中国人強制連行事件を後世に伝える関連各所を巡ります。「一衣帯水碑」等の見学を通じ、決して繰り返されてはならない強制労働の史実や、国及び企業を被告とした一連の訴訟経過等を検証します。
その後は金沢に場所を移し、「兼六園」の散策をお楽しみいただきます。この庭園は言わずと知れた日本三大名園の一つであり、加賀百万石の城下町として栄えた金沢の歴史情緒を存分に味わっていただけることと思います。
一泊コースの初日は、中国人強制連行事件の関連各所巡りと海鮮ランチの後、能登半島の先端近い輪島まで足を延ばし、「白米千枚田」の壮大な風景をご覧いただきます。日本海に面して数え切れない数の棚田がパッチワークのように連なる絶景は、世界農業遺産「能登の里山里海」の中核であり、かつ、国指定文化財でもあります。
宿泊は輪島市内ですので、二日目には、日本三大朝市の一つと言われる「輪島朝市」を観光いただけます。なお、能登半島は、のどかな雰囲気の反面、UFOの目撃情報が多いミステリアスな地でもありますので、滞在中にはぜひ未知との遭遇にもご期待ください(?)。
宿を出発後は、能登半島国定公園に指定される海岸線一帯の景勝地「能登金剛」を訪ね、日本海の荒波に晒された天然の洞窟「巌門」をご覧いただきます。ここは、松本清張「ゼロの焦点」の舞台としてご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
その後は金沢に向かいながら、日本で唯一、車で走行できる砂浜「千里浜なぎさドライブウェイ」を走破します。大変珍しい波打ち際のドライブで、気分爽快になること間違いなしです。
金沢到着後は、「兼六園」の散策に加え、金沢市民の台所「近江町市場」の活気ある雰囲気を味わい、またしても海鮮ランチをご堪能いただきます。
最後は、航空自衛隊小松基地の騒音問題について、小松基地周辺を巡って検証します。石川県では現在、その騒音に苦しむ住民訴訟が大詰めを迎えつつあります。皆様も、当日のタイミングによっては耳をつんざき内蔵に響くような爆音を実感されるかもしれません。
以上のように、石川県は、大きな訴訟を抱える地域でもありながら、日本海の大自然、海の幸、そして歴史情緒をご堪能いただける、極上の観光地となっています。ちなみに私は県外出身なのですが、日本海の新鮮な食材の数々には未だに感動を覚えます。皆様には、ぜひこの機会に、今や世界中で人気の石川県にお越しいただき、オプショナルツアーにもご参加いただければと思います。
皆様のご来訪を、心よりお待ちしております。
乳腺外科医事件無罪判決 東京支部 小 口 克 巳
東京地裁無罪判決
民医連柳原病院の非常勤外科医師に対する強制猥褻事件について、二〇一九年二月二〇日、東京地裁は無罪判決を言い渡した(検察が三月四日控訴)。
出来事は、二〇一六年五月一〇日、全身麻酔による乳腺腫瘍摘出手術を受けた女性患者(三〇歳)に対して、手術後病室のベッドで外科医師(執刀医)が乳房をなめるなどの猥褻行為をしたというものである。
東京地裁判決は、女性患者の訴えはせん妄によるものである可能性があること、その証言には証明力の強い補強証拠が必要であるが、科学捜査研究所研究員による鑑定のDNA定量検査には信用性に疑義があり、加えて証明力は十分でなく、犯罪の証明がないとして無罪とした。
1 弾圧事件としての側面が欠かせない
本件は通常の刑事事件に見える。しかしその様相は最初から異様であった。
千住警察署には、医療過誤事件ではないのに警視庁本部から複数の警察官が乗り込んで常駐した。陣頭指揮を執っていたとみられる。そして、病院側の協力の姿勢を無視して大人数で不意打ちともいえる家宅捜索を断行、事件と関係のない書類、特に病院組織関係、職員名簿、経歴書など洗いざらい持ち出し、施錠されていた院長室にも踏み込んで病院内内部調査の資料までをも押収するとの挙に出た。この動きは極めて迅速で容赦なく、民医連の重要病院であることが深く関係していると考えられる。
本件は、手術後の麻酔覚醒時せん妄が争点となり医療関係者にとって人ごとではない重大関心事であること、科学捜査研究所によるDNA鑑定を含む鑑定のあり方が問題となったことなどの性格がある。医療界そして刑事司法のあり方にとっての意味も小さくない。そして、何より民医連の病院の医師が対象とされたことは事件の性格のうえで欠かせない側面である。
2 そもそも「犯行」なるものは特異の状況の中での想定しがたい出来事
病室は四人部屋で当時満室、ベッドは開け放たれた出入り口に近い左側であった。ベッドを仕切るのは薄手のカーテン、しかも下三五センチメートルも空いていた。平日の昼間で手術直後、患者はナースコールボタンを手にして異常時すぐに知らせることができ、看護師などの関係者が頻繁に出入りした。担当看護師は犯行があったとされる時間帯に七から八回ベッドサイドを訪れていた。外科医師は毎日多数の女性患者を診察、性的関心で患者に接することは想定しがたく、それまでの医師経験でも性的な苦情など皆無であった。また、血液付着などで感染のリスクのある手術後患者の肌を舐めるなど医師の行動として考えがたい。まして、二回も猥褻行為をして二回目には患者の目の前で自慰行為をしたというが、手術着のひもを緩めればズボンは落ちてしまうという構造だった。なにより、手術後のベッドは手術後のケアのため床面から高い設定でベッド柵もあり、身長の低い当該医師では猥褻行為は困難だった。
3 本件は症例(麻酔覚醒段階のせん妄)であり事件ではない
医療界では、麻酔覚醒時のせん妄、幻覚は公知である。女性患者の体験とされることもせん妄による幻覚とみられる。しかも患者はせん妄、幻覚を現実の出来事と確信する(医療者の助言で「誤解」がとける。)。
弁護団は次の主張をして裁判所の理解を得た。
①手術終了から約三〇分後で、麻酔薬(プロポフォール)が患者の体内に多く残留していた。
②患者の意識レベルは相当程度低下していた。
③ 患者はせん妄発生の危険因子とされる強い痛みを訴えていた。
女性患者が「ふざけんじゃない、ぶっ殺してやる。」等との不穏な発言をしたというのが付き添った看護師の証言である。専門家証人も高い確率でせん妄状態だったと証言した。女性患者は手術後猥褻行為をされたと錯覚確信、そして警察検察は訴えを真実として捜査、起訴に突き進んだ。女性患者の「確信」はその後も訂正されず被害感情が維持増幅されたと考える。弁護団は捜査段階から文献を添えてせん妄発生の機序を申し入れたが、警察は聞く耳を持たなかった。事件にされてしまったのである。
医学界に反響を呼んでいるのは、麻酔覚醒時の被害申告だったからである。これが有罪になれば安心して診療にあたることはできない、他人ごとではないと多くの医師が激励、支援を寄せる理由でもある。本件は症例であって事件ではない。覚醒時せん妄について医療を受ける側の理解と医療側の対策が課題となった。
4 科捜研の鑑定が科学の体をなしていなかった
(1)問題はDNAの存否ではなく量
もう一つの重要点が裁判における鑑定のあり方である。患者の皮膚には触診、手術の過程で外科医の手指から皮膚片が付着する、また執刀医と助手との手術方法を巡る意見交換の会話で飛散する唾液が付着する。外科医のDNAが患者の皮膚から検出されうることが弁護側の実験で確認できた。問題は外科医のDNAが検出されたかどうかではなく、検出されたDNAの量が「犯行と犯行方法」を裏付けるものであるかどうかだった。
(2)科捜研鑑定者は検証、再現を不可能にした
科学に即した鑑定であるためには、なにより鑑定の経緯が正確に記録され、鑑定資料が保存されて、何時でも誰でも同じ方法で再現できる検証可能性を確保しておくことが必須である。警察は、科学とは無縁の立証活動を行い、判決では厳しい表現で証明不十分との判断を受けた。
(3)DNAの量判定についての非科学性
検察側は、検出されたDNAは外科医師の唾液由来であるとして、アミラーゼ反応陽性の検査結果を提出した。しかし、アミラーゼ検査の過程、変色などの検査結果を示す証拠写真がないと証言、鑑定者を「私が見たのだから信じろ」というべき証言となった。そもそも、アミラーゼ反応は極めて鋭敏で汗などの体液でも容易に反応が出る。また、由来する人物特定もできない。
DNAの分量についてはさらに重大な問題が判明した。
①ワークシート(実験記録)は鉛筆書き、消しゴムで消して変更した跡が少なくとも九カ所あった。
②DNAの抽出液は、DNAの量が重要争点となったにも拘わらず鑑定で使用した約一割を除く残る約九割は「年末の大掃除」で捨ててしまった(なお、試料採取にもちいたガーゼは冷蔵保存をやめ常温保存にしてしまった。劣化が進むのは必然。)。
③DNAの量の判定は、既に分量の分かっている標準試料との比較で行われるが、標準試料の増幅曲線と検量線も破棄してしまった。
結局、科捜研が鑑定した鑑定結果を信じろというのが検察の論理だった。実際、これが日本の刑事司法でまかり通ってきた。今回の判決はそのことに異を唱えたことに意義がある。判決は、科捜研鑑定人の鑑定は「(検査者の)誠実性を疑わせる」と断じた。
(4)証明不十分
裁判所は科捜研の鑑定の問題を指摘し証明不十分として無罪とした。科捜研の検査方法は、「再現性」を欠いてサイエンスの「体」をなしていない。東邦大学法医学講座の黒﨑久仁彦教授は、法廷で「背筋が凍るような気持ちになった」と証言し、STAP細胞に関する小保方研究員の論文排除の例も紹介した。科学の世界では再現性、検証可能性は絶対的で不動の前提条件である。ところが、裁判実務では心もとない。本件に即して言えば、「証明不十分」にとどまらず今回出された科捜研の鑑定結果が証拠能力なしとの明確かつ断固たる判断がなされなければならない。控訴審に期待される課題である。
5 ご理解とご支援のお願い
本件は前述の通り、検察控訴された。世論を惑わしかねないDNA検出という神話、女性患者の「確信」との訴えを前面に、非科学性に口をつぐんだ世論工作も含めた猛烈な巻き返しが予測される。ご理解とご支援をお願いして報告とする。
なお、弁護団総勢一二名のうち二上護、黒岩哲彦、上野格及び私の各団員が弁護団に参加している。
セブン―イレブン中労委命令について 東京支部 中 野 和 子
二〇一九年三月一五日、コンビニ加盟店ユニオン(連合岡山加盟)及びその下部組織であるファミリーマート加盟店ユニオンに対し、それぞれ岡山地労委と東京都労委の命令を取消し、不当労働行為の救済命令申立てを棄却した。
1 コンビニ加盟店ユニオン結成の経過
一九九八年頃、五月集会でコンビニ問題分科会を主催したのは近藤忠孝団員であった。
二〇〇〇年以降は、説明義務違反、コンビニ会計の欺瞞などを争点にした裁判をたたかってきた。特に週刊金曜日でセブンーイレブン特集を何度も組んでもらい、その主催で勉強会を繰り返してきた。コンビニ会計は最高裁判決で実質敗訴したが、公正取引委員会委員長が国会で指摘した、弁当やおにぎりなどデイリー商品の見切り販売制限が優越的地位の濫用になり違法となりうるという点を捉えて、その勉強会に参加してきた加盟者を中心に見切り販売を行った。そして、それをセブン本部に阻止された三〇名ほどが公取に申告して、二〇〇九年六月二二日、排除措置命令を勝ち取ることができた。
その報告集会の際、二〇〇六年ILO一九八号勧告に依拠して、コンビニ加盟者であっても労働組合の結成が可能であると促したところ、ネットワークの力ですぐにコンビニ加盟店ユニオンを結成し、当時の委員長の地元である岡山の連合に加盟して本部を岡山に置いたものである。
連合岡山の指導の下、すぐに団体交渉を申し入れたが、案の定拒絶されたので、二〇一〇年三月二四日、岡山地労委に不当労働行為救済申立てをした。そして、連合岡山の協力を得て、二〇一四年三月二〇日、地労委では救済命令が交付された。
ファミリーマートの事件が中労委に上がるのを待って、五年の歳月を経て、中労委がこれを取消したものである。全文は別表を省略して中労委のHPに既に掲載されている。
2 命令の判断構造
(1)労組法上の労働者性の判断枠組み
労組法第三条は、労働契約によって労務を供給する者のみならず、「労働契約に類する契約によって労務を供給して収入を得る者」で、「労働契約下にあるものと同様に使用者との交渉上の対等性を確保するために労組法の保護を及ぼすことが必要かつ適切認められる者をも含む」と解している。
そして、「労務供給関係にある者」の労働者性については、第一に、実質的に①当該労務供給を行う者たちが、相手方の事業活動に不可欠な労働力として恒常的に労務供給を行っているか(事業組織に組み入れられているといえるか)、②当該労務供給契約の全部又は重要部分が、相手方により一方的・定型的に決定されているか、③当該労務供給者への報酬が当該労務供給に対する対価ないし同対価に類似するものと見ることができるか、という判断要素に照らし、団体交渉の保護を及ぼすべき必要性と適切性が認められる場合には、「賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する」労働者に当たるとした。
特に、①の事業組織への組入れについては、補充的にa)個別の業務の依頼に応ずべき関係にあるか、b)労務供給の日時・場所について拘束を受け、相手方の指示ないし広い意味での指揮監督に従って業務に従事しているか、c)専属的に労務を供給しているか、の要素も考慮される。
第二に、自己の独立した経営判断でその業務を差配すること等により利得する機会を恒常的に有するなど、事業者性が顕著な場合は、労働者性は否定される、とした。
(2)フランチャイズ契約における労働者性の判断
この枠組みを示した上で、セブン‐イレブンのフランチャイズ契約(以下、「本件契約」という。)という形式に言及して、同契約には本部に対して労務供給を直接義務付ける規定はない、他人の労働力を使用することが当然に予定されている、と認定した。
この上で、本件契約の形式からは、「労務供給関係にある者について示されてきた、労組法上の労働者性の判断要素は適用されないのではないか」(すなわち労務供給関係にないから、労組法は適用されない)と考えられるが、本件契約は一方的・定型的に定められ加盟者は変更できず、外観からはチェーンの一店舗と見えること、本部自らの収益を拡大するために加盟者の活動を利用する側面があることを指摘して、「実質的に見た場合、加盟者自身が、会社の事業のために労務を供給していると評価できる可能性がないとはいえない。」として、以下検討するとした。
さらに、検討すべきは組合員の労働者性であることは認めた上で、組合員以外の加盟者や「フランチャイズ関係の特質」も考慮すべきと述べた。
3 命令の判断
(1)第一の要件
①の事業組織の組入れについては、契約形式上「独立した事業者」だから、「実態として独立した小売事業者としての性格を失っている場合」には組入れを認めるというのである。
ここで、組入れの判断は、全て「独立した小売事業者」かどうかの検討になっている。
これは岡山地労委の判断が「独立性がない」というものであったからであろう。
独立しているかは以下の要素で判断し、いずれも「独立」していると判断した。
ア 事業の実施そのものや経営形態等(複数店舗にするかを含めて)については、意思決定の制約はない。
イ 業務の内容は「独立した小売事業者」か否かの判断に基本的かつ本質的なものであるが、ⅰ)費用負担、ⅱ損益の帰属 は加盟者に帰属しているし、ⅲ資金の調達・管理は、売上金を毎日全額送金しているが月次引出金送金があり、事業者としての独立性を否定する事情ではない。
ウ 従業員の募集・採用及び労働条件の決定等は加盟者が独立した裁量を有する。
エ 仕入の選択はセブン‐イレブン・イメージという制約があっても、それに従わなくても不利益な取り扱いを受けた事実はない。値引き販売にも現在制限はないし不利益取扱いの事実はない。小売り以外のサービス導入も不利益な取扱いを受けておらず、本部の経営指導も従わなくても拘束力はなく不利益取扱いの事例はない。
オ 営業日や時間の指定はフランチャイズの特性であるから、これをもって独立性を失わない。
(2)その他の要素
利益の分配については、システム利用の対価であるから、事業者間取引の相手方であることを示しているにすぎない。
また、加盟者が労務に従事している事実はあるが、本件契約で義務付けられておらず、シフトも加盟者の裁量があり、拘束されているとは認められない。場所的拘束は、加盟者が自ら店舗を選んだのだから拘束されているとはいえない。
組合員以外の加盟者は、自ら働いていない者も相当数いるし、営業時間は指定されていても加盟者が働くかは自己判断なので、加盟者が時間的・場所的拘束を受けているとはいえない。
報酬についても、広い意味での本部の指揮監督下で労務を提供していないので、その対価とはいえない。
(3)第二の要件 顕著な事業者性
中労委は、加盟者が、法人(消費税節税及び配偶者に給与を出すため)を共同フランチャイジーとしていることや、推奨商品の販売の選択が可能であること、従業員を雇用していること、営業利益が同じ売上でもバラツキがあることなどを指摘し、自己が働くか否かを自己決定して利益の拡大を図ることができるので、顕著な事業者性があると結論づけている。
4 現時点での個人的感想
中労委の判断は、「フランチャイズ関係の特質」を最重視することにより、従属性は本件契約に基づくものだから存在しないものとした上で、組合員以外の加盟者(契約内容は異なるが大企業も存在する)の存在を判断に取り入れて労務提供をしない加盟者の存在を強調し、本件契約形式を重視し、組合員の労働者性を否定したものといえよう。
さすがに加盟者とセブン本部との交渉力格差までは否定できなかったので、それは認めており、さらに「交渉の必要性」も認めているが、それは「団体交渉」であってはならないという考えであろう。
セブン本部と加盟者との関係が、労務供給をする関係にあるかについては、セブン本部の利益がほとんど加盟者の労働の成果であることを重視すれば、十分に肯定的に解することができたと考えられる。
しかし、中労委は、コンビニが加盟者夫婦二人で長時間労働をして二四時間年中無休で店を運営するビジネスモデル(ロイヤリティが高額なため加盟者夫婦が働かざるを得ないビジネスモデル)であることに全く触れず、セブン本部が一方的に作成した定型約款に労務提供の義務がないこと(労務提供せざるを得ないことを隠している!)を重視し、チャージはシステム提供の対価と述べて契約形式にこだわり、セブン本部の利潤の源泉が加盟者と配偶者の労働にあることから目を背け、売上金全額送金義務や過剰在庫を押し付けるOFC(経営指導員)の圧力、解約や更新拒絶の脅しなど各種制約があるとしても、なお顕著な事業者性があるとセブン本部の主張を丸飲みした判断をして、何ら具体的救済措置のない独占禁止法の世界に、一日一五時間以上働く加盟者を追いやった。
中労委の公益委員には著名な労働法学者が含まれている。しかし、彼らには既成概念に囚われコンビニ加盟者の労働実態を直視する意思がなかったと考えられる。そして、中労委命令が組合に交付される前に日経新聞に漏洩されるという前代未聞の事態を引き起こしており、さらに別表をホームページ上に掲載しないという対応が、セブン本部に対する偏向の疑いを生じさせている。
改憲問題対策法律家六団体連絡会作成の「自民党憲法改正推進本部作成改憲案(四項目)『Q&A』 徹底批判」をご活用ください。 事務局次長 鹿 島 裕 輔
自民党は、同党憲法改正推進本部が作成した「日本国憲法改正の考え方~『条文イメージ(たたき台素案)』Q&A~」と憲法改正の必要性を訴える「ビラ」を広報ツールとして、同党所属の国会議員等に配布し、改憲に向けた国民運動に活用するよう指示しました。(「ビラ」は自民党憲法改正推進本部のホームページからダウンロードできます。)
この自民党憲法改正推進本部作成の「Q&A」は、「なぜ、今、憲法を改正しようとしているのですか?」「自衛隊を憲法に明記する必要はあるのですか?」「緊急事態条項って何ですか?それがないと、何か困ることがあるのですか?」などの全二一個の「Q」に対してそれぞれ回答するという形式で作成されています。そして、その回答の中には、「自衛権行使の範囲を含め、九条の下で構築されてきたこれまでの憲法解釈についても全く変えることなく、国民に信頼されている等身大の自衛隊をそのまま憲法に位置付けようとする」などの「ごまかし」の「答」が記載されています。
私たち改憲問題対策法律家六団体連絡会では、法律専門家の立場から、自民党の「Q&A」が自民党改憲案の危険性をいかにごまかそうとしているかを明らかにする必要があると考え、「『Q&A』徹底批判」を作成しました。
昨年五月に出版した私たちの「〔解説〕自民党改憲案の問題点と危険性」と合わせてご活用いただき、「安倍改憲NO!」「自民党改憲案NO!」の声を広げていただくことをお願いいたします。
※「『Q&A』徹底批判」のPDF版は自由法曹団のホームページから閲覧・印刷できるようになっております。
天皇問題についての補論と論点整理池田さんの第二稿に対して 千葉支部 守 川 幸 男
二〇一九年三月三一日号(一六六三号)に、北海道支部の池田賢太団員からの「守川幸男団員の意見に応えて」が掲載された。
「基本的な考え方は、」「大きく違わないのだろうと思う。」とあった。そのとおりだと思うし、後藤富士子団員の象徴天皇制の美化論とは異なる。
ただ、誤解されている部分もあるようだし、やはり少し違う部分もある。
その点を指摘すると論点整理が進む思う。
1 「巨大な歴史の進歩」の対象は「象徴天皇制」ではない
「 」つきの引用なのに不正確だと思う。そうは言っていない。私は、明治憲法下の天皇の絶対的な権限が、現行憲法では国政に関する権限を奪われて単なる象徴となるなど大きく制限されたことを、「この変化の主たる側面」としてそう指摘したのである。
だから、象徴天皇制については、憲法全体の基本原則からみて、むろん不徹底かつ矛盾しており、私は、実際に天皇自身がこれを肥大化させて来たことを批判的に指摘したのである。だから「象徴天皇制が巨大な進歩」と言ったと言うなら誤解である。むろん池田団員の(これが)「戦前を引きずる契機」だったとの指摘には賛同する。
加えて、この制度は、天皇制を残したい日本の支配層の意図と、対日支配をスムーズに進めるために天皇制を残したアメリカの支配層の思惑の産物でもある。この点は池田団員の第二稿の末尾の指摘とも一致する。
2 現在の課題かどうかについて
この点は違うのかも知れない。
例えば「今すぐ、自衛隊をなくせ」は現在の課題かと言うと、そうでなく、現在の課題は、アメリカの対日支配から日本をどう脱却させるかであり、自衛隊をアメリカの世界戦略の補完部隊にさせない、ということだと思う。また、いきなり社会主義革命でなく、遅れた日本の民主主義をどう確立するかが現在の課題だろう。
同じように天皇制も、「今すぐなくせ」(池田団員もそう主張しているわけではないかも知れないが)でなく、この制度の政治利用を阻止することが現在の課題だと指摘したのである。むろん、このことと、象徴天皇制の果たしている機能や現天皇の果たしている役割を批判することとは矛盾しない。この点は一致する。
3 天皇の発言の意図についての論証について
「おことば」の分析にも触れて
この点も違うようである。
私は池田団員に対して「論証のない非難をしている」と批判したが、敬意が不足していた。「ぜひ論証してほしい。」と呼びかけるべきであった。池田団員の今回の第二稿での、二〇一六年八月八日のおことばについての論証は参考となる。このおことばは明確な政治的発言であり、現実に政治に影響を与えた。そして、皇室典範特例法第一条で、象徴としての行為をたたえたのはその最悪の結果だ。
なお、この間の経過は必ずしも明らかではないが、現天皇がその意向を受け入れない政治に業を煮やした結果であろうか、宮内庁は突然NHKに天皇の意向を報道させて、安倍内閣に歯向かったようである。そして、日本会議を有力な支持基盤とする安倍内閣は、なんとか生前退位を阻止しようと試みたが果たせず、今回の生前退位となったと思われる。
この一連の経過を、池田団員の言う「天皇の自己保身」と断定できるのかどうかは私にはよくわからない。ただ、池田団員の第二稿のこの段落の末尾を読むと、私が批判する象徴としての行為の肥大化の部分については意見が一致している。
ここで重要なのは、客観的評価であってこの点の争いはない。天皇の主観的意図が、客観的経過からどこまで論証になっているのかよくわからないし、善意の人か悪意を持っているかなどを論じたり、後者だとして天皇個人を非難することがどの程度重要なのかもわからない。
4 渡辺治氏の意見の紹介
すでにお読みの方も多いと思うが、私の前回掲載文の少しあとの三月七日付朝日新聞の「耕論 平成流の象徴天皇」に渡辺治氏が、「政治的行為の拡大許した」として象徴天皇制の肥大化をきびしく批判した。池田団員や私の見解と一致しており、リベラルな言論人までもが天皇の平和への思いやその役割に共感している現状は、天皇個人として善意だ、と見るかどうかの違いを超えて、きびしい批判の対象である。
ここで渡辺氏が象徴天皇の権威に依存しない国民主権下における国民の主体的責任を強調していることは、私の論考では触れなかった点であるが、この点も重要である。なお、大阪支部の渡辺和恵さんさんの論考(三月一日号)も、末尾でこのことに短く触れている。
そろそろ<左派>は経済を語ろう(4) 大阪支部 杉 島 幸 生
1 はじめに
伊藤先生、ご返答(一六六一号)ありがとうございます。そろそろ、<ふたり>は、いい加減にしよう、とのお叱りの声もあるかもしれませんが、それにはめげず、私なりに先生にチャレンジしたいと思います。ご笑覧ください。
2 利息はないものにはなりません
確かに、日銀は、経常益から税や配当金、引当金などを除いた剰余金を国庫納付金として政府に納めています。これと日銀の受取利息額が見合っているなら先生の言われるとおり、日銀が購入した国債の「利息はないのと同じ」です。では実際にはどうでしょうか。二〇一七年度の日銀から政府への国庫納付金は約七二六五億円です。これに対して日銀の受取利息額は、約二兆二五〇〇億円ほどです(但し日銀は実額を公表していませんので、これは推計額です)。しかも、これは現在のゼロ金利、マイナス金利を前提としています。二〇一七年度末の日銀当座預金のうち超過準備は約三一七兆円でした。仮に出口戦略やインフレ退治のため金利を一%にすれば、日銀は市中銀行に対して約三・二兆円の利息を支払わなくてはなりません。そうなると日銀は、国庫納付金を納めるどころか、政府から税金で赤字を補填してもらわなければなりません。けして、「利息はないと同じ」ではありません。したがって、財産破綻のリスクもなくなりません。
3 高インフレリスクは「妄想」ではありません
需要の拡大に供給の拡大が間に合っていたとしても、そのペース以上に市場に流入する貨幣量が増加すれば、貨幣の減価、すなわちインフレが生じます。政府が価値の裏付けのない貨幣を一方的に市場に投入したり、経済の拡大規模に比べ過剰な貸付が行われればそうした状態が生まれます。「需要に対して、供給力の不足」している場合でなければインフレが生じないわけではありません。また先生のお立場からしても、供給が需要に追いつかれたときのことを想定しないではすまされないはずです。二〇一九年一月末、日銀にある準備預金残高は、約三三五兆円です。うち法定準備額は約一〇兆円にすぎません。市中銀行は、膨大な貸出余力を有しています。この日銀マネーが、過剰な貨幣(信用貨幣)となって市場に登場する可能性は否定できません。これらは潜在的なインフレマネーと言えます。今、インフレにならないということと、将来もインフレにならないということは区別して論じられなくてはなりません。高インフレのリスクは、けして「妄想」などではありません。
4 インフレ退治には副作用がともないます
インフレ退治のためには、過剰準備を吸収するか、市中銀行から貸出余力を奪う必要があります。そのための手段はいろいろありますが、その実現可能性や副作用についても考えなければなりません。まず考えられるのが、国債の売りオペです。しかし、売り出される国債のすべてに買い手がつくとは限りません。大量の国債が市場に出回れば、その価格は低下し、利回りは上がります。日銀には膨大な評価損が発生し、政府の資金調達・借換コスト(新規国債の利率)は跳ね上がります。当座預金の付利利率の引上げも、新規国債の利率、すなわち政府の資金調達・借換コストを引き上げます。付利利率の方が高ければ、誰も国債など購入しないからです。いずれにせよ財政破綻のリスクは高まります。かといって、利上げを日銀の貸借対照表に影響しない程度に留めるならインフレ抑制効果は期待できません。現在の法定準備率は約一%弱です。これを劇的にあげれば市中銀行の貸出余力は縮小します。しかし、それは必ず貸し渋り、貸し剥がしを生みだします。そうでないと銀行は生き残れないからです。資金調達のできない企業がバタバタと倒産していくことでしょう。過剰準備の定期預金化がどういうものなのかよくわかりませんが、それが市中銀行による過剰準備金引出しの一時停止を意味するならとんでもないことだと思います。それは私たちがATMや銀行の窓口で現金を引き出せなくなるということだからです。国民生活はパニックに陥ります。なるほど、こうした副作用など考えなくてもいいというのであれば、高インフレも押さえ込めるのかもしれません。しかし、そのしわ寄せを受けるのは私たち庶民です。高インフレなど起こらない、起きても押さえ込める。それは国民生活に関心をよせない「夢想」に思えます。
5 そろそろ<左派>は経済を語ろう
魔法の杖が、ただの棒切れであったことがわかったとき、そのつけは庶民にのしかかります。市場になだれ込んだ過剰な貨幣はインフレを起こし、庶民から資産家への富の移転を引き起こすことでしょう。海外に逃げ出すことできない中小零細企業はバタバタと倒れていきます。放漫財政のつけで予算編成ができず、公共サービスは切り捨てられ、他方で大幅な大衆課税が行われることでしょう。私たちが進むべき道はそこではありません。労働者の生活が苦しいのは、スープの鍋が小さいからではなくて、彼らのスプーンが小さすぎるからだ。「資本論」にこんなフレーズがあったような気がします。日本のGDPは五〇〇兆円を超えています。私には、スープの鍋は、そこそこの大きさに見えます。問題は、庶民が持たされているスプーンが小さすぎるということなのではないでしょうか。このスプーンを大きくするためには、現場でのたたかいが不可欠です。ブラック企業、過労死、サービス残業、年金、介護、生活保護などなど、やるべきことはたくさんあります。魔法の杖さがしに気を取られ、このことを忘れてはなりません。私たちが語るべきことは、魔法の杖がどこにあるのかということではなく、誰がそのスープを飲んでいるのか、なぜ私たちのスプーンは小さすぎるのか、どうすれば、このスプーンを大きくできるのかということなのだと思います。
そろそろ左派は、「AI」を語ろう 静岡県支部 福 地 絵 子
1 最近の団通信で論戦が行われている「そろそろ左派は経済を語ろう」のまねをして、左派は、「AI」がもたらす社会とどう向き合うあうのか」について問題提起しようと思います。
弁護士登録五〇年を過ぎ、暇になったので、最近ユヴァル・ノア・ハラリが書いた「ホモ・デウス」(河出書房新社)を読みました。
私が衝撃を受けた部分をごくかいつまんで紹介しますと、以下のとおりです。
二一世紀中に人間は、経済的、軍事的重要性を失い、経済と政治制度は人間に価値を付与しなくなる。
自由主義(個人主義、人権、民主主義、自由市場のパッケージ)は、科学によってその基礎を掘り崩されている。
自由主義が支配的なイデオロギーになったのは、戦争や生産ラインで一人一人の人間が必要だったからである。
ところが、今や戦争にとって一人一人の兵士など重要ではなくなり、無人の武器を操るハイテク部隊やサイバー部隊が主力になる。
AIの発達により、自動運転車が現実のものになってきており、現在人間がやっている仕事の大半は、ロボットとコンピューターが出来るようになり、膨大な数の余剰人員、無用階級が生まれる。
医学は、健康な人をアップグレードする方向に向かっており、遺伝子工学を利用して、卓越した記憶力、平均以上の知能、最高級の性的能力を備えた人間を作り出せる。
アップル、グーグル、フェイスブック、アマゾンなどは、ビッグデータを握っており、それを分析すれば、個人の健康状態、欲望、思想傾向、経済力などすべてを把握することが出来、それを操作することも可能である。
富は、ビッグデータを握るごく少数者に集まり、大多数はそれに操作される。無用階級になる。
政治は、AIとバイオテクノロジーの進展に追いつけない。
民主主義の構造ではデータ処理が間に合わず、将来のビジョンを示せない。
2 この本に衝撃を受け、その後松尾豊著「人工知能は、人間を超えられるか」(角川EPUB選書)、井上智洋著「人工知能と経済の未来」(文春新書)「ゼロからわかる人工知能」(別冊Newton)を読みました。この四冊を読んで、AIが発達し、数一〇年以内には、現在人間がやっている仕事の多くをできるようになり、多くの無業者が出てくるという指摘は正しいのではないかと思います。
実際に自動運転車は、道路上で試行運転をやっているようですし、これが実現し広がっていけば、運転手という職業はなくなってしまうでしょう。製造業にはすでにロボットがたくさん使われており、今でも日本で製造業に従事する人は一六%くらいしかいません。銀行では、窓口業務だったものはすでに多くがATMに置き換えられており、窓口をなくしてしまった銀行もあるそうです。
医師もコンピューターによる診断の精度が上がってきており、一般家庭医は必要なくなるかもしれません。現在でも医師は、患者の顔も見ず、画像と検査結果で診断しているようなものですから、これらのデータと問診票を分析して機械が診断できてもおかしくありません。
また、軍隊においても一般の兵士は必要なくなり、宇宙戦争やサイバー戦争に勝つための特殊能力者で足りるというのも大いにあり得ることだと思います。私もこれらの本を夫に頼んでアマゾンで買ってもらいましたが、今や若い人は衣類から食材までインターネットで買うようです。すでに町中の本屋はなくなってきていますし、そのほかの商品もネットで買うようになれば、小売業に従事する人も大幅に減るでしょう。
このように、今人間がやっている仕事の大半を機械がやるようになったら、労働者より無業者の方が多くなり、労働者は、社会の支え手の地位を失ってしまうのではないでしょうか。
その結果、経済的格差もさらに広がることも間違いないでしょう。現在ですらビル・ゲイツ、ジェフ・ペソス(アマゾンの創業者)マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック創業者)などの八人(フォーブスの長者番付)が世界人口の半分三六億人と同等の資産を持つとされています。(国際NGO「オックスファム」の報告書)
このような方向がさらに進むことを望む人はほとんどいないはずです。だからといって、AIの進歩を止めることは不可能でしょう。
3 ではどうすればよいのでしょうか。グーグルやアマゾン、フェイスブック、アップルなどの活動を制限したり、適正な課税をすることは可能でしょうか。
少なくとも一国だけでそれを行うことは不可能です。国際機関で合意すればある程度のことはできるかも知れませんが、各国間の利害が対立し、その合意形成がAIの進歩に追いつかない可能性が高いのではないでしょうか。
中国は、国家予算を使ってAIの発展に力を入れており、アメリカがそれを脅威としています。中国では、今や生産手段ともいえるビッグデータなどの情報を国家が握っています。従って、この生産手段が生み出す利益を国が吸い上げ、国民に分配することは可能なのだと思います。(一種の社会主義社会?)しかし、すべての個人情報を国家に握られ、思想信条の自由もなく、人権派弁護士が次々逮捕されるような社会が望ましいとはとうてい思えません。
前記の井上氏の本は、大量の無業者が出来るのは避けられないとして、無業者でも生きてゆけるようにするためには、年齢にも貧富にも関係なく国が国民に一律にベーシックインカムを支払い(井上氏の本では一人月額七万円)、その分を増税すればよいと言っています。
職を持たなくても最低限度の生活さえできればよいのであれば、それでもよいかも知れませんが、私にはそれでよいとも思えません。
この難問に対し、私に回答があるわけではありませんが、平等な社会をめざす左派として、この問題を避けてとおることはできないと思い、問題提起する次第です。
団ホームページをリニューアルしました! 事務局長 森 孝 博
この三月に自由法曹団ホームページをリニューアルしました。
今回のリニューアルの目玉は、スマートフォン(スマホ)対応になったことです。
従来、スマホで団ホームページを閲覧すると、パソコン用のサイトが表示されるため、文字が見にくい等、利便性に欠ける面があったのですが、今後はスマホでの閲覧に最適化された画面が表示されます。
また、今回のスマホ対応にあわせて、レイアウト等も変更しました。主な変更点は左記になります。
①フェイスブック、ツイッター用のバナー(ホームページ上に表示される帯状の見出し画像)を新設しました
②テーマごとのバナー(憲法・平和、原発問題、労働、貧困・社会保障、子ども・教育、教科書問題、市民・消費者、公害・環境、構造改革、治安警察、司法、国際)も新設しました
③新着情報をより見やすくしました
「百聞は一見に如かず」と言われますので、スマホをお持ちの方は、さっそく団ホームページにアクセスしてみて下さい。
※なお、リニューアル以前に掲載していた声明・決議・意見書等につきましては、リニューアルした団ホームページに「過去の自由法曹団ホームページ」というバナーがあり、そこから過去(リニューアル前)の団ホームページに移行して閲覧・ダウンロードできるようになっていますので、ご注意下さい。
働き方改革と「雇用関係によらない働き方」 事務局次長 江 夏 大 樹
1 雇用関係によらない働き方
「労働者」に該当するか否かでその者に対する保護の程度は、オールオアナッシングといっても過言ではない。
たとえば、労働者に該当すると、その者との契約は、事前に書面によって労働条件を通知せねばならず、その報酬も最低賃金を下回ってはならない。通勤中の怪我や働きすぎで病気になっても労災補償を受けることができ、一方的な契約の打ち切りや内容変更も許されない。そして、全国各地には労基署等が配備され、そのセーフティーネットが用意されている。
しかし、近年、労働者に該当しない「雇用によらずに働く者」の増加を受けて、経産省が「雇用関係によらない働き方に関する研究会報告書」(二〇一六・三・一〇)を出しており、そこでは「雇用関係によらない働き方を働き方の選択肢として確立させる」と宣言し、これ受けて、厚生労働省が「雇用類似の働き方に関する検討会報告書」(二〇一八・三・三〇)が出すなど、行政も動き出している。
そのため、「働き方改革」一括法批判検討会の第三回(三月一五日、三七名参加)は「雇用関係によらない働き方」を扱い、私(江夏)から現在の行政の検討状況を報告し、北健一氏から現場についての報告を行ってもらった。
2 批判検討会での議論
北健一氏は「請負代金の不払い事例」「会社から損害賠償請求をされる事例」「ハラスメントの事例」等を紹介し、現場の声を政策決定に反映させたいと報告された。
そのような報告を受けた討論の時間では、私たちが今後、何を目指して闘っていくか議論になった。そこでは現在の労基法や労契法上の「労働者」性は狭すぎるという意見が多数出された。たしかに、労働者概念はあまりに狭く、裁判例でもたくさん負けている。労働者概念が狭いことがまさに問題の出発点であり、ここを改善することが最も重大な課題である。
加えて、三月一五日には中労委がコンビニFC加盟店のオーナーの「労働者性」も否定する命令を出しており、経済的に従属して働くフランチャイズオーナーの保護を図るべきであるという問題提起もあった。
また、労働者概念の再構築はもちろん、優先度の高い事項から法律を作っていくこと、たとえば労災の適用について、労働者概念に関わらず、その適用範囲を広げるという対応もあるべきであるとされた。
3 先行きは不透明
現在、厚労省は「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」をおこなっており、二〇一九年三月一三日時点で第七回まで実施されている。この検討会の方向性は、雇用関係によらず働く者が抱える問題点・実情を把握し、その論点を整理することにあるため、同検討会自体は意義のあるものである。しかしながら、その検討会の議事録等を見ると、各委員の様々な意見が入り乱れ、果たして議論がまとまるのか不安である。
雇用によらず働く者が増加し、まさに現在、不当な扱いを受けているのだから、その実情を踏まえて、優先度の高い事項を集中的に議論し、早急な対策をお願いしたいし、私達の声を厚労省等に届ける必要がある。また、先述の労働者概念の再構築についても別途、議論を行う必要があり、私達も議論・提案を行う必要がある。たとえば、イギリスの例にならい、立証責任の転換を行う(就労者が一部につき立証を行うと、使用者側が「真正の自営業者であること」を反証して就労者であるとの推定を覆さなればらならない)という方法もあってはいいのではないか。今後の重要な検討課題である。