第1766号 2/11

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●専修大学無期転換拒否事件で勝訴判決!  馬込 竜彦

●KLMオランダ航空無期転換裁判(3陣)勝利!  髙橋  寛

●「中国脅威論」にどう対抗するか?  中谷 雄二

●2022年1月7日2+2共同発表文を読む-台湾有事を想定し、日米の共同軍事態勢を作る宣言(下)  井上 正信

●先輩に聞くシリーズ第3回参加の感想   青龍 美和子

●~「第1回」気候変動学習会のご報告~  小川  款

●「参考文献(高橋団員からの推薦)」

●気候変動問題学習会(気候危機)に参加して  岩坂 康佑

■幹事長日記 ⑧(不定期連載)  小賀坂  徹


 

専修大学無期転換拒否事件で勝訴判決! 

神奈川支部  馬 込 竜 彦

1 事案の概要
 原告は、専修大学に勤務する外国語の非常勤講師である。原告は、有期労働契約の更新を繰り返し通算期間が5年を超えたことから、労働契約法18条1項に基づき、専修大学に対し無期労働契約への転換を申し込んだ。
 これに対し、専修大学は、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(以下「イノベ法」という)15条の2第1項1号が、労働契約法18条1項の特例として、有期労働契約の「科学技術に関する研究者」の無期転換に必要な通算期間を(5年ではなく)10年と定めているところ、原告も「科学技術に関する研究者」に該当すると主張して、通算期間が10年を超えていないことを理由に無期転換を拒否した。
 そこで、原告は、2020年4月1日、無期労働契約上の地位確認等を求めて、東京地裁に提訴した。
 本件は事実関係に争いはなく、外国語の授業や試験のみを担当する非常勤講師の原告がイノベ法15条の2第1項1号の「科学技術に関する研究者」に当たるか否かが争われた。
 なお、イノベ法の規定上、「科学技術」には外国語のような人文科学のみに係るものも含むと解されている。そのため、本件の争点は研究開発業務に従事していない原告のような非常勤講師が「研究者」に該当するか否かである。
2 専修大学の主張
 専修大学の主張は要するに、「イノベ法15条の2第1項1号の『研究者』とは研究実績のある者であれば足り、雇い入れる大学等において研究開発業務に従事している必要はない。原告は外国文学の論文発表を行うなどの研究業績があるから、学内において研究開発業務に従事していないとしても『研究者』に該当する」というものである。
3 東京地裁判決
 これに対し、2020年12月16日東京地裁判決は、原告の主張を全面的に採用し、大学において研究開発業務に従事していない原告はイノベ法15条の2第1項1号の「研究者」に当たらないとして、原告の無期転換を認めた。
 判決の主な理由は次のとおりである。
(1)イノベ法15条の2の立法趣旨
 立法過程における審議内容等によれば、イノベ法15条の2の趣旨は、研究開発は5年を超えた期間のプロジェクトとして行われることが少なくないところ、このような有期のプロジェクトに参画し研究開発業務に従事するため大学等と有期労働契約を締結している労働者に対し、労働契約法18条によって通算期間が5年を超えた時点で無期転換権が認められると、無期転換回避のために通算期間が5年を超える前に雇止めされるおそれがあり、これによりプロジェクトについての専門的知見が散逸し、かつ当該労働者が業績を挙げることができなくなるため、このような事態を回避することにある。
 そうすると、イノベ法15条の2第1項1号の「科学技術に関する研究者」というには、大学等において研究開発及びこれに関連する業務に従事している者であることを要するというべきである。
(2)任期法との関係
 イノベ法と同様に、大学の教員等の任期に関する法律(以下「任期法」という)は一定の大学教員について無期転換に必要な通算期間を10年とする特例を定めているが、任期法が適用される大学教員は限定されているうえ、あらかじめ大学で任期に関する規則を定める必要があるなど手続的に厳格な定めを置いている。
 仮にイノベ法15条の2第1項1号の「研究者」につき、研究実績がある者、または、大学等の採用の選考過程で研究実績を考慮された者であれば「研究者」に該当すると解した場合、大学教員は研究実績がある者であったり、研究実績を選考過程で考慮された者であったりすることがほとんどであるから、任期法が適用対象を前記のとおり限定したことは無意味となり、このような解釈は不合理である。
4 本判決の意義
 専修大学の主張がまかり通ってしまえば、授業や試験を主な業務とする非常勤講師が無期転換を申し込むために必要な通算期間は5年から10年に延びてしまい、不安定な有期雇用が長期化することなる。
 しかし、本判決によって、イノベ法は現に研究開発業務に従事している者に適用の可能性があるに過ぎず、授業や試験を主な業務とする非常勤講師についてはイノベ法を適用できないことが明確になった。
 非常勤講師は、有期雇用という不安定な法的地位にあることから、低廉な労働条件での就労を余儀なくされているという実態がある。本判決は、非常勤講師の法的地位の安定化につながるとともに、法的地位の安定を通じた労働条件の向上にも資するものとして、高く評価されるべきである。
 専修大学は控訴しているが、控訴審においても本判決を維持できるよう全力を尽くしていきたい。

 

KLMオランダ航空無期転換裁判(3陣)勝利!

東京支部  髙 橋  寛

裁判の概要
 この度、KLMオランダ航空事件弁護団は、2022年1月17日、KLMの有期契約客室乗務員であった原告3名全員の期間の定めのない労働契約上の地位確認を認める判決を得た(東京地方裁判所民事第36部)。
 KLMオランダ航空事件弁護団は、現時点で、論点が異なる「1陣」「2陣」「4陣」も並行して東京地裁で訴訟を行っている(1,2,4陣は弁論を併合している)。
 今回判決を得たのは、「3陣」にあたるため、本稿では3陣に重点を置いて報告する。
 なお、3陣については、すでに2019年8月19日付で原告ら(申立人ら)の無期転換を認める労働審判が出されており、3陣の判決は相手方の異議による本訴移行後の第1審の判決である。
KLMによる“雇止め”
 KLMオランダ航空(以下「KLM」という)は、1919年に設立されたオランダを代表する航空会社である。
 原告らは、KLMにおいて有期契約社員として約2ヶ月+3年+2年の合計約5年2か月間勤務してきた客室乗務員3名である。原告ら3名は、KLMの採用選考を経て、いずれも2014年3月24日にKLMとの間で約2か月間の「訓練契約」を締結し、オランダのアムステルダムにおいて約2か月間、訓練に従事した。その後、間を置かずに2014年5月27日から3年間の有期雇用契約を締結し、更に2017年5月27日から契約期間を2年間として契約を更新した。
 原告らは、2019年1月、訓練期間を含めた労働契約の通算期間が5年を超えていることから、KLMに対し、労働契約法18条に基づく無期転換権行使を通知した。
 しかし、KLMは、訓練契約は労働契約には当たらないとして、無期転換を認めず、原告らを2019年5月26日付で「雇止め」とした。
争点
 約2ヶ月+3年+2年のうち、約2ヶ月の訓練期間を労働契約期間に含めれば通算の労働契約期間は5年を超え、訓練期間が含まれなければ通算の労働契約期間はちょうど5年に収まることになる。そのため、本裁判の争点は、訓練契約が労働契約に当たるかという点である。
 弁護団は、訓練の実態やKLMにおける取扱いからすれば、訓練契約は当然に労働契約に該当すると主張した。
判決内容-労務提供について
 判決はまず、労働契約法2条1項にいう「労働者」について、「①使用者の指揮監督下において労務の提供をする者」であり「労務に対する対償を支払われる者」であるという従来の一般的な基準を示したうえで、以下の理由から労働者性を肯定した。
 まず、①使用者の指揮命令下における労務提供については、
 ⑴訓練において被告独自の保安業務や客室サービス業務に習熟しなければ実際にKLMにおいて客室乗務員として就労することが困難であること
 ⑵内定通知時にKLMの「アジア人客室乗務員として採用する」旨を通知し、訓練後の就労中も継続して使用する社員番号、レターボックス、制服を付与していること
 ⑶訓練と乗務開始が引き続いていること
 ⑷EU圏内の他社での乗務経験の有無にかかわらず一律に同内容の訓練を課していること
 ⑸訓練についての契約書に、乗務についての3年の雇用契約締結を拒否した場合には訓練費用の返還をする必要があることが定められていることから、訓練はKLMの航空機で乗務する客室乗務員を養成するための研修である。
 また、
 ⑹訓練生に対する訓練手当について源泉徴収が行われていたこと
 ⑺雇止め時の証明書等に、原告3名の訓練開始日が稼働開始日として記載されていること
 ⑻現在、KLMは個別で訓練契約を締結することをせず、3年の労働契約の枠内で訓練を行っていることから、被告自身が訓練生を労働者として認識していたことが推認され、本件訓練に従事すること自体がKLMで乗務をするに当たって必要不可欠な行為であって、客室乗務員としての業務の一環であると評価すべきであり、原告らは労務を提供していたといえる。
 そして、訓練は、被告の指示の下で事前に定められたスケジュールに従って行われていたことから、使用者の指揮命令下における労務提供があったと認められる。
判決内容-労務対価性とKLMの反論について
 次に、判決は、②労務提供の対価についても、訓練期間中には、2週間ごとに1055ユーロの日当(現金)が支払われ、訓練終了後に訓練手当として18万8002円が支払われて源泉徴収がされていた。契約書上、これらの日当と手当は「夜勤手当、休日手当」など「すべての法定の手当を含む」とされ、訓練が途中で終了した場合には訓練手当は実際の訓練の長さに従って計算されるとされていたことから、日当と訓練手当という労務提供に対する対償が支払われていたといえるとした。
 また、KLMは、労働審判段階から、訓練自体によってKLMに利益が生じているわけではないから、労務の提供があったとはいえないと主張していたが、判決は、「本件訓練の成果は、訓練生が本件訓練修了後に正規の客室乗務員として被告の運行する航空機に乗務して客室業務を行うことによって、被告に還元されることが予定されていた」といえ、上記⑻のとおり、現在は訓練が3年の労働契約の枠内で行われていることからも、KLMの主張は採用できないとした。
今後について
 本件は、1月28日付で被告から控訴がされている。
 また、上述の通り、KLMと客室乗務員との間の裁判については、他に1,2,4陣が東京地裁に係属している。
 原告団、弁護団、労働組合とも控訴審でも3陣原告3名の職場復帰を目指していくとともに、本判決を弾みに1,2,4陣での勝利を目指してたたかっていきたい。

 

「中国脅威論」にどう対抗するか?

      愛知支部  中 谷 雄 二

 私が共同代表の総がかり行動あいちでは、憲法改正の危機に対して、市民との総対話運動を進めることを決めました。その中で、「街頭宣伝等で憲法9条を守ろうと訴えていると、多くの市民から中国の脅威はどうするのかという反応が返ってくる」という声が寄せられました。これに応えて、緊急に講師養成講座と題して、会員に①中国脅威論に答えるか、②緊急事態条項の本質について、学習会を開くことにしました。
 第1回を2022年1月27日(木)、名古屋市内でリアル参加者29名、オンラインでの視聴39箇所(1箇所に複数の人が集まって視聴するため)参加者を得て開催した。私の当日の話の概要は以下のとおりです。
1 台湾有事と安保法制
 昨年12月、麻生副総理や安倍元首相が、台湾有事の際には、安保法制(戦争法)で認められた「存立危機事態」あるいは「重要危機事態」となり、中国の武力侵攻に対抗して武力行使する米軍と一体となって武力行使したり、米軍の後方支援を行う可能性があると講演やマスコミで発言した。その後、台湾危機という名で、マスコミが大騒ぎをし、中国による台湾への武力侵攻によって米中戦争がすぐにでも始まるような報道をした。国民もそれを信じ、台湾危機を理由として南西諸島へのミサイル配備等が進められている。しかし、2021年12月27日に放送されたNHKスペシャル「台湾海峡で何が〜米中“新冷戦”と日本〜」という番組では、元外務省高官や元自衛隊幹部らが行った中国の軍事侵攻に対するシミュレーションを行った後、元外務省国際法局長・石井正文氏は、「今回やってみて思うのは、こんなシナリオに入ったら、勝者は誰もいないということは、非常にはっきりしていると思うので、こういうところに入ったら、もうある意味負けだと思うんですね」と語り、誰も勝者のいない相互破滅に至ると感想を語っていた。
2 中国が武力統一をしない3つの理由
 マスコミは、中国軍機の台湾防空識別圏への侵入を大きく取り上げるが、防空識別圏は、各国が自由に引くもので台湾の防空識別圏は、朝鮮戦争時に中国本土までも含めて米軍が引いたものである。侵入といっても防空識別圏の端を往復しているにすぎない。中国の行動は、台湾海峡を米艦隊や米艦隊と一緒に英仏豪印艦隊が通過したことなどへの抗議行動であり、その活動は、米国の情報局長が上院で「受動的」だと発言している性格のものである。中国研究者の岡田充氏は、中国が武力統一を行わない3つの理由として①米中の総合的な軍事力には未だ格差があること、②台湾住民の3%しか中国との統一を望んでいないこと、その下で武力統一すれば、混乱要因を抱え、国際世論の強い反発を買うこと、③中国が強くなった経済力で国民を豊かにするために進めている筈の一帯一路などの構想も進まなくなり、中国の目的達成の阻害要因になることを上げている。中国脅威論は日米軍事同盟の強化が招いたものである。
3 中国との交戦は日中平和友好条約違反
 中国が台湾を核心的利益というのは、歴史的背景がある。サンフランシスコ平和条約第2条bでは、「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」と日本が放棄することは明記されているが、誰に帰属するかが曖昧になっている。しかし、朝鮮戦争勃発前はアメリカも含め、国連加盟国のほとんどが中国本土を領有している中華人民共和国に帰属することに異論がなかった。朝鮮戦争によりそれが曖昧化された。日中国交回復をした際、日中共同声明(1972年)で台湾は中国に帰属することを認め、さらに日中平和友好条約(1978年)で、相互に武力または武力による威嚇に訴えないことを確認している。日中平和友好条約と一緒に出された日中共同声明では、台湾は中国に帰属することを認め、互いに武力攻撃をしない、武力による威嚇もしないと約束している。仮に中国の台湾への軍事衝突を理由に米軍と一緒に自衛隊が中国と交戦することになれば、日中平和友好条約違反となる。
4 中国脅威論は、米国による中国叩き
 中国脅威論は、かつての日本バッシングと同様、世界資本主義の中核国家である米国の地位を中国が脅かすことに対する中国バッシングである。日本は軍事的政治的に米国に従属しているから米国に屈服したが、中国は屈服しない。中国共産党100周年100周年(2021年7月)の習近平演説でも台湾独立に対して武力行使を否定してないが、原則として平和統一を進めることを明言している。
 概略は以上のとおりですが、この学習会は、Youtubeにアップされており、以下のアドレスでみることができます。沖縄大学客員教授の小林武先生が視聴してくださり、わかりやすかったと感想を寄せていただきました。

 

2022年1月7日2+2共同発表文を読む ―台湾有事を想定し、日米の共同軍事態勢を作る宣言―(下)

広島支部  井 上 正 信

 共同発表文で日米共同の対中軍事態勢を合意した中にある、「日本の南西諸島を含めた地域における自衛隊の態勢強化の取り組みを含め、日米の施設の共同使用を増加させることにコミットした。」ことは極めて重要であり、琉球列島に現に住んでいる市民にとっては「そら恐ろしい」合意である。
 ここで述べている南西諸島には、鹿児島県の馬毛島、奄美大島、沖縄県の本島、宮古島、石垣島、与那国島の自衛隊の基地が想定される。
 沖縄本島には第15旅団の中の第51普通科連隊に、対空ミサイル部隊があり、2023年には新たに勝連駐屯地へ対艦ミサイル部隊が配備される。奄美大島と宮古島には、既に陸自対空・対艦ミサイル部隊が配備されているし、今年度には石垣島へ同様の基地が完成する。与那国島には2023年に電子戦部隊を配備する計画だ。馬毛島は陸・海・空自衛隊の兵站、訓練、出撃基地が作られる計画であり(防衛省作成「馬毛島における施設整備」)、対中武力紛争を想定した、総合的な前進基地となる。これらが「自衛隊の態勢強化の取り組み」と評価されている。
 これらの基地を米陸軍と海兵隊地上部隊が共同使用することになる。このことは、米陸軍の多領域作戦(MDO)、海兵隊の遠征前進基地作戦(EABO)のために自衛隊と共同で使用することを意味しているのだ。MDOもEABOも中国軍のスタンド・オフ攻撃射程内の島嶼部に、小部隊を配備し、中国軍からの攻撃を前提に、島嶼内での機動や他の島嶼部へ移動することで中国軍の攻撃をかわしながら、中国海・空軍を攻撃する作戦だ。この作戦の肝は、中国軍に対して攻撃ポイントを多数作ってやることで、中国軍の作戦が複雑となり、台湾への軍事侵攻兵力を分散させ、台湾侵攻作戦を困難にさせることで、米本土などからの米軍増援のための時間稼ぎを狙っている。
 そしてこの作戦の成否を握るカギは兵站補給であり、南西諸島の民間港湾、空港を使用することになる。昨年11月の自衛隊統合演習では、中城港湾・石垣港・祖納港(与那国島)を使用しているのは、これを想定していると思われる。
 自衛隊の基地を米軍が共同使用することの意味は、そこへ住んでいる市民が戦禍を被ることだ。琉球列島は米中武力紛争の最前線になるということを共同発表文は述べているが、そのことについて政府の説明はないのだ。
 むろん琉球列島だけではないと思われる。共同発表文は「日本の南西諸島を含めた地域」と述べているが、南西諸島に限るとは述べていないからある。想定されるのは、九州の築城基地、新田原基地であり、すでに日米共同使用のための米空軍施設が建設されているからだ。陸自オスプレイ部隊が配備される予定の佐賀空港も含まれるかもしれない。そうなれば、九州も中国軍による攻撃から逃れられないかもしれない。
 共同発表文は第8段落で、日米のそれぞれの戦略文書の作成につき合意している。米国では、GPRを完成させてから、ホワイトハウスが作成する国家安全保障戦略、国防総省が作成する国家防衛戦略が発表される。
 我が国では、2015年12月に安倍内閣が閣議決定した国家安全保障戦略と、2018年12月に安倍閣議決定した30大綱を、今年中に見直すことを岸田総理大臣は表明している。すでに防衛省内には検討組織が作られており、自民党側でも同様に提言をするための作業が始まっている。今後6,7月ころには自民党の提言が発表され、12月には両文書が閣議決定されると見込まれる。
 共同発表文は、第2段落で「戦略を完全に整合」させることを合意しており、日米双方で取り組まれる戦略文書作成のプロセスで、双方が協力することになる。なぜなら共同発表文第8段落において、これらの戦略文書を作るにあたり、「同盟としてのビジョンや優先事項の整合性を確保する」ことを決意しているからだ。
 つまり、今年作成される日米の最高の戦略文書の作成を、双方が協力して整合性を図るのである。日米共同作戦計画は部隊レベルでの、国家戦略文書は国家レベルでの日米の一体化を図るものになる。
 最後にいわゆる「敵基地攻撃能力」保有と専守防衛について述べる。
 共同発表文第8段落がこれに言及している。「ミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意を表明」と述べた個所である。これを戦略見直しのプロセスを通じて行うというのである。 
 このことは、今年度中に見直される国家安全保障戦略と新たな防衛大綱の中に、「敵基地攻撃能力」の保有が何らかの形で書き込まれることを予想させている。
 我が国の「敵基地攻撃能力」の保有は、共同発表文第8段落を読めば分かるように、日米共同作戦の中での我が国が分担する作戦行動として位置づけられている。米軍による敵基地攻撃を補完する作戦になるであろう。
 では、このような軍事能力を保有し、台湾有事が対中武力紛争へと進展した場合、我が国は米軍と共同して敵基地攻撃を行うことになるのであるから、その攻撃方法には憲法9条と専守防衛による制約は取り払われるであろう。
 専守防衛は、憲法9条の下でも自衛権行使が可能であり、そのための実力組織である自衛隊が合憲であるとするための憲法9条に関する政府解釈の核心部分である。憲法9条の下での自衛権行使の3要件はのうち、第3要件である「必要最小限度」の武力行使は、国際法上の自衛権行使3要件=均衡性よりもさらに限定されている。そうであるから、安保法制制定後作成されている防衛白書での専守防衛の説明は、それ以前と一言一句変わっていない。
 しかし、日米共同作戦に組み込まれる敵基地攻撃では、必要最小限度の制約は無用であろう。共同発表文の書きぶり「国家の防衛に必要なあらゆる選択肢」には、「必要最小限度」という専守防衛の考え方を見つけることはできない。
 いったん始めた敵基地攻撃では、「国家の防衛に必要」とあれば、作戦行動は次々に拡大、エスカレートする。ここには必要最小限度という制約はなくなる。
 既に専守防衛について30大綱は微妙に乖離を始めている。それまでの22防衛大綱、25防衛大綱と30大綱では明らかに書きぶりが変化している。25大綱は、「日本国憲法の下、専守防衛政策に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本方針に従い、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、実効性の高い統合的な防衛力を効率的に整備する。」と述べて、専守防衛政策に徹することを現在の防衛政策に位置づけている。22防衛大綱もほぼこれと同じものだ。
 然し30大綱は、専守防衛を過去形にしたうえで、「今後とも、我が国は、こうした基本方針等の下で、平和国家としての歩みを決して変えることはない。」とだけ述べているのだ。
 「霞が関文学」の代表である防衛大綱の書きぶりの微妙な変化は、政府の防衛政策が意識的に専守防衛を捨て去ろうしていることを物語っていると思われる。既に防衛大綱にはその前歴があるのだ。
 我が国最初の防衛大綱で定義された「基盤的防衛力構想」が、16防衛大綱において「基盤的防衛力構想の有効な部分を承継しつつ」としながら、新たな脅威や多様な事態へ実効的に抑止と対処をする「所要防衛力構想」(基盤的防衛力構想の対局に位置する防衛力構想)へと比重を移し、22防衛大綱において、「基盤的防衛力構想を排斥」と書き込んだのだ。
 このことを想起すれば、私のこの推測は根拠のないものではないと思われる。
 専守防衛もこれと同じ運命をたどるのかもしれない。しかし、専守防衛は、政府の9条解釈において自衛隊を合憲化する概念でもあるので、これを簡単には捨てられないというジレンマもあると思われる。
 おそらく2022年12月に閣議決定される国家安全保障戦略の改訂版と新たな防衛大綱で、専守防衛についてどのような書きぶりになるか注目している。ただ、どのような書きぶりになろうとも、すでに日米同盟の実態は専守防衛の制約を受けていないことを押さえておく必要があるであろう。
 ここでこの論考を終えようと思ったが、共同発表文を読み返してみて、改めて私たち市民にとっての脅威とは何であろうかと考えてみた。
 中国の脅威は、何となくわかりやすく拡散させられている。しかし、私たち市民にとっては、戦争の惨禍を被ることこそが最悪の脅威であるはずだ。そう考えると、南西諸島のみならず、日本本土も対中武力紛争での中国からの攻撃の最前線に立たされることを想定する、日米同盟を基軸とした我が国の安保・防衛政策も、私たち市民にとっては等しく脅威だと言わざるを得ない。この脅威を無くすためには、政府の安保・防衛政策の転換と憲法9条を踏まえた安保・防衛政策を実行するしかないと考える。

 

先輩に聞くシリーズ第3回参加の感想

東京支部  青 龍 美 和 子

■今野久子団員の紹介
 本年1月13日に開催された「先輩に聞くシリーズ」第3回に参加しました。
 講師は、東京法律事務所の先輩の今野久子弁護士です。今野先生には、大学生の頃から、後述する労働法のゼミや、たしか青法協の学生向け企画などでお話を伺う機会が何度かあり、またロースクールでも教わりました。弁護士になってからも、メトロコマース非正規差別事件の弁護団などで一緒に事件をたたかい、日頃から大変お世話になっています。労働判例で必ず勉強する男女賃金差別裁判を数々たたかい、女性の地位・権利向上を実現してきた、私にとってはレジェンド的な、憧れの先輩です。
 学習会当日、私は途中から参加したので、今野先生がなぜ今回女性昇格・賃金差別事件を取り上げたのかについては聞けていないので説明できません。すみません。ただ、レジュメを拝見する限り、先生の弁護士になる前からのご経験や今現在取り組んでいる年金引き下げ違憲訴訟をたたかう中でのご経験から、日本における男女賃金差別は根深く、現在も解決すべき最も重要な問題につながるものと考えていると思いました。私も同じ思いなので、先生の話を聞くのを楽しみにしていたのでした。
■2つの男女昇格・賃金差別事件
 取り上げられたのは、社会報酬診療支払基金事件(東京地判H2.7.4・労判565号7頁、高裁で和解)と芝信用金庫事件(東京地判H8.11.27・労判704号21頁、東京高判H12.12.22・労判796号5頁、最高裁で和解)の2つの事件です。どちらも、女性が昇格した地位の確認を求めた事件です。男女賃金差別の事件で地位確認が認められた前例はなく、裁判闘争は相当の困難が予想された中、「なぜ昇格にこだわったか」。背景に組合間差別があり、第2組合の女性たちも差別されている中で、金銭の支払い請求だけでは、使用者は全基労の女性組合員だけ昇格させることはない、実際に等級が上がっていかなければ要求の正当性が職場で見えない、裁判を繰り返すことはしんどい…等々、組合内で徹底した議論があったそうです。裁判だけではなく、世論づくりの運動も組合とともに取り組み、組合の要求を法理論化して未知の勝利を目指してたたかう弁護団の活動はすごいものでした。
 この努力の根底にあるのは、原告たちの言葉「差別は、人間の誇りを傷つけ、その人格を否定する。」です。「女性差別とのたたかいは、人間の尊厳をとりもどすたたかいである」ことを位置づけ、組合・支援者たち・原告たちと一致して挑んだからこそ勝利を得たのだと思いました。
 とくに、芝信用金庫事件では、地裁、高裁と昇格した地位の確認が認容され、最高裁で和解を勝ち取るという画期的な勝利解決で、私も、当時、新聞の一面に掲載された女性たちの笑顔いっぱいの写真が印象に残っています。高裁判決で1人だけ昇格が認められなかった原告がいたのですが、その1人が救済されないのであれば和解は決裂してもよいという姿勢で臨んだとのことです。
 私も今、労働組合と一緒に取り組んでいる事件はいくつかありますが、同じ姿勢で臨めているのか、再確認(反省)する機会となりました。
■生の事実の重み
 講演後の質疑応答の時間にチャットにも書きましたが、今野先生のお話を聞いて、学生時代のことを思い出しました。私は大学3・4年生の時、石田眞教授の労働法ゼミに所属していました。ゼミ生による労働判例の研究発表の中で、野村證券のコース別男女賃金差別事件(兼松商事事件だったかもしれません。)の裁判例を取り上げた時のことです。発表の後(発表者は私ではないのですが)、討議の時間になって、ある先輩(男性)が「男女の賃金差別は仕方がない」という趣旨の発言をしました。
 その後、ゼミで、その事件の原告と弁護団の弁護士をゲストに呼んでお話をうかがう機会がありました。その時に弁護団の弁護士としていらっしゃったのが今野先生でした。原告の方が仕事で作成していたノート(証拠として提出したもの)を回し読みしながらお話をうかがいました。きれいな字による手書きのノートで、わかりやすい図解なども記されていました。今野先生は、そのノートも参照しながら、裁判の法的論点をはじめ、原告の女性たちが男性と同等に仕事ができること、その事実をどのように立証したか等についてお話ししていました。感想交流の中で、先の先輩は「以前自分が言ったことは間違っていた。やっぱり差別はよくない。」と発言しました。私はその時、証拠をもって生の事実に直接触れることの重要性を体感し、感動した覚えがあります。
 今回の今野先生のお話の中でも、当時の裁判記録から、原告の方々が作成した同期の男性社員の賃金の比較一覧表などを見せていただきました。そこで学生の時のゼミでのエピソードを思い出し、やはり事実の重みと、その事実を証拠でもって立証する弁護士の役割の重要性を実感したのでした。
■女性労働にかかわる事件に取り組むなかで
 現在、私が取り組んでいる女性労働者の事件は、「ザ・男女賃金差別」ではありませんが、非正規労働者の正規労働者との賃金差別や、セクハラ・性暴力事件など、女性であるからこそ差別され、傷つけられている女性たちの事件です。その原因となっている社会構造は変わっておらず、落胆することも多々ありますが、今野先生はじめ、自由法曹団の団員の先輩たち、当事者、労働組合のこれまでのたたかい・前進の歴史の中に私たちもいることに確信をもって、あきらめずに取り組んでいきたいと思います。

 

~「第1回」気候変動学習会のご報告~

団本部次長 小 川  款

はじめに
 気候変動問題は国際社会がまさに直面している問題です。団は本年度総会議案書第1章の「私たちが取り組む課題」の冒頭で気候変動問題を掲げ、この問題へ取組む決意を表明しました。こうした流れを受け、今回、昨年の人権大会において「気候危機を回避して持続可能な社会の実現を目指す宣言」を中心的に取りまとめた鳥取県支部の高橋敬幸団員を講師に招き、気候変動問題の基礎知識を学びました。講義の内容は、今まさに世界が直面している危機を具体的に示すものであり、強い危機感と課題意識を共有することができるものでしたので、紙面に限りがありますが、概略をご報告させていただきます。
世界の動き(数値目標を中心に)
 国際社会は、気候変動問題に直面する中で、1992年に、「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な目的とする」気候変動枠組条約を締結しました。そして、同条約の締結国において定期的に開催される締結国会議(COP)において、具体的な削減目標を定めてきました。特に、2015年に開催された締結国会議(COP21)において採択されたパリ協定においては、世界192の国と地域が参加し、世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも2℃高い水準を十分に下回るものに抑えること並びに世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも1.5℃高い水準までのものに制限するという数値目標、排出量取引・気候変動による被害の防止・軽減、途上国に対する資金援助等を定めました。
 さらに、その後、気候変動に関する政府間パネル(気候変動問題を科学的な知見に基づく評価を行う政府間機関)は、工業化以前よりも1.5℃平均気温が上昇すれば、極端な高温・強い降水・干ばつの増加など、生命・健康・財産への甚大な被害が発生し、更に2℃上昇すると、被害が極めて大きくなることをデータ等に基づいて詳細かつ具体的に明らかにし、さらなる気候危機の現実を打ち出しました。すなわち、少なくとも工業化前に比べた平均気温の上昇を少なくとも1.5℃にとどめなければならないと警告を発しました。
 これを受けて、直近の締結国会議(2021年10月から11月にかけて開催)では、グラスゴー気候変動協約が採択されました。同協約では、これまでの協約にもまして、気候変動問題を食い止めるための「緊急の行動」を求めており、具体的には、上記1.5℃目標を達成するために、CO2排出量を(2010年比)2030年までに45%、2050年までにネット0(排出量と森林等での吸収量が同量)とすることの必要性を確認しています。さらに、そのための各国の具体的目標値の再検討や石炭火力発電の段階的削減等、途上国への資金援助、技術支援、これまでの気候変動による損失や損害の補償の対話の継続などが確認され、締結国において、これらの実践が求められています。
 このように、国際社会では気候変動問題は、将来の問題ではなく、明白かつ現在の危険と捉え世界全体で、具体的な行動指針を定めて取り組むべき課題とされています。
日本の現状
 日本も気候変動枠組条約に参加しており、こうした世界の動きに対して、環境白書において、「もはや単なる気候変動ではなく、人類やすべての生き物にとって生存基盤を揺るがす「気候危機」であると明記し、衆議院及び参議院においても気候非常事態宣言を決議し、地球温暖化対策の推進に関する法律も公布・施行しています。同法律では、2050年までの脱炭素社会(人の活動に伴って発生する温室効果ガスの排出量と吸収作用の保全及び強化により吸収される温室効果ガスの吸収量との間の均衡が保たれた社会をいう。)の実現を謳い、密接な連携を義務付けている状況です。しかしながら、実際の温室効果ガスの排出量は、2013年度比で、14%減(1990年度比ではたった5%)にとどまっており、そのうち85%が発電等の際の燃料の燃焼により排出される二酸化炭素であることも踏まえ、抜本的な温室効果ガス排出量削減が求められています。
 日弁連においても、「気候危機を回避して持続可能な社会の実現を目指す宣言」採択され、同宣言では、日本の温室効果ガス排出の特徴にかんがみ、2030年までの石炭火力発電所の段階的廃止、2050年までの再生可能エネルギー100%、原子力発電所のできる限り速やかな廃止等を掲げ、日本政府に対して、上記の国際的な枠組みで求められる目標の実現をと気候危機の回避に向けて国際社会において主導的な役割を果たすことを強く求めている状況です。
おわりに
 学習会当日は、総勢28名の団員が参加し、非常に有意義なものでした。特に、CO2排出量について、2030年までに(2010年比)45%、2050年までにネット0(つまり今後10年で排出量を約半分にする)という高い目標が、この問題の緊急性を如実に表しているように感じることができました。今後、第2回、第3回の学習会にはより多くの団員に参加いただき、危機感を共有して取り組みにつなげていければと思います。
 団としてどのようにこの問題に取り組んでいくかについては、執行部や今後の学習会等の中で議論を進めたいと考えていますが、これだけ規模が大きく国際的な問題に取り組んでいくためには少しでも多くの団員の協力が必要です。各地でこの問題に取り組んでいる方も是非声を上げていただき、団内での議論の活性化・活動の強化にご協力いただければ幸いです。

 

参考文献 

気候危機に関する参考書籍 入門編(鳥取県支部 高橋敬幸団員より)

1 気候崩壊 次世代とともに考える (岩波ブックレット NO. 1047) June 7, 2021宇佐美 誠 (著)

2 グリーン・ニューディール: 世界を動かすガバニング・アジェンダ (岩波新書 新赤版 1882) June 22, 2021 明日香 壽川 (著)

3 学習の友 別冊2021 「気候危機・感染症・環境破壊を考える──地球と人類の未来をつなぐ」

4 極端豪雨はなぜ毎年のように発生するのか:気象のしくみを理解し、地球温暖化との関係をさぐる (DOJIN選書)August 17, 2021 川瀬 宏明 (著)

 

気候変動問題学習会(気候危機)に参加して

神奈川支部  岩 坂 康 佑

 2022年1月26日に団本部にて実施された「気候変動問題学習会(気候危機)」にオンラインで参加し、講師である鳥取県支部の高橋敬幸先生のお話をうかがった。
 高橋先生のお話は、気候危機問題に関する現在までの国際的な取り組みの流れ、それらの取り組みを理解するうえでの重要概念、気候危機問題に関する日本法の状況、気候危機の進行状況などについてのエッセンスを非常に分かりやすく解説していただけるもので、この問題についての基礎的な知識を習得・整理するために大変ありがたいものであった。
 とりわけ印象的だったのは、気候危機がどれほど進行しているかというお話であった。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2018年10月に発表した『1.5℃特別報告書』によれば、世界平均気温が、産業革命時(18世紀半ばから19世紀)以前に比べて1.5℃上昇すれば、極端な高温・強い降水・干ばつの増加など、生命・健康・財産への甚大な被害が発生するという。そして、「carbon budget(炭素予算)」という、ある気温の上昇目標を設定した場合に今後どれくらいの温室効果ガスを排出できるかを算出する考え方を用いて計算した場合、現状と同量の温室効果ガスの排出を人類が継続すれば、2030年には気温上昇が1.5℃に到達してしまうとのことであった。1.5℃に至るまでに、もう10年も残されていないのである。まさに危機的状況であるというほかない。
 気候危機の問題は、かつては気候変動問題と呼ばれ、古くから研究が進められてきている分野である。この問題に関心をもち、少しだけかじったことがあるが、この問題の難しさは、非常に幅広い分野の専門的知見を結集しなければ詳細に検討することができないところにあると思う。例えば、温暖化という事象のメカニズムを正しく理解するためには、化学、気象学、海洋学、生物学、地質学、統計学など、ありとあらゆる分野に通じている必要がある。加えて、この問題は地球規模の問題であることから、世界各国の文化、慣習、宗教、思想、人口、地理、産業、エネルギー事情等も考慮しなければならない。私は大学院生の頃に気候変動問題に取り組むNPO法人にエクスターン生としてお世話になったが、そこの職員の方からも、「この問題と向き合うために知らなくてはならないことは、果てしなく多い」と教えていただいた。
 気候危機問題に取り組むべく、もっとたくさんのことを学ばねばならない。しかしその一方で、そんなことをしている時間的猶予はないようにも感じ、強い焦燥感に駆られる。自分は法律家で、なにか人よりも知識があるといえば法律のことだけであるが、そんな自分に、今、何ができるのか。それを考えるためには、やはりもっと多くを学ばねばならず、でもやっぱりその時間的猶予が・・・という思考の堂々巡りに陥りそうになるが、とにかく、自分にできることを一つでも多く見つけて実行していくしかないと思う。また、今後も自由法曹団において気候危機の学習会に参加できる機会に恵まれれば幸いである。
 高橋先生のお話をうかがえたことは、気候危機の問題を改めて見つめるための大変貴重な機会となりました。この場をお借りして深く御礼申し上げます。

 

幹事長日記 ⑧(不定期連載)

小 賀 坂  徹

~ コロナ闘病記 ~
 不覚にも新型コロナウィルスに感染してしまった。1月常幹や各種会議も欠席となり、執行部を含め皆さんにご迷惑をおかけしたことをお詫びしたい。何かの参考になるかもしれないので、私の病状等について報告しようと思う。
 もともと病院で検査を受けようと思ったのは喉の痛みからだった。検査を受ける前々日くらいから微熱があり、前日には喉に違和感があったけど、まさかコロナウィルスに感染しているとは思わず市販薬を飲んでしのいでいた。しかし1月21日になってさらに痛みが増したので、朝、病院を受診することとした。症状を聞き、喉の状況をみた医師から、直ちに感染の疑いが濃厚だといわれ、すぐに検査を促された。この日、重要な高裁の期日もあったので、まず抗原検査をお願いし、もし陰性でもPCR検査を受けようと思っていたのだが、抗原検査ですぐに陽性と分かった。オミクロン株は喉から現れる傾向があるといわれているが、私の場合まさにその通りで、熱は36度台だったので、熱のみを基準にしていたらもっと発覚は遅くなったと思う。その意味で、早期に検査を受けたのは正解だった。その後の保健所との対応は後述する。
 そこから直ちに自宅での隔離生活が始まったが、まずは事務所への感染の結果とその週の行動履歴を報告し、所員の感染の有無等について必要な対応をとってもらうようお願いした。またその週会った依頼者や関係者に電話を入れ、感染したことを伝え可能な限り検査をしてもらうよう促した。もちろん団本部への連絡も、さらに翌週以降の予定のキャンセルの連絡、依頼者への連絡など、病院から戻って数時間はベッドの中での連絡に明け暮れざるを得なかった。これはなかなかにしんどい作業だった。
 初日に熱が38.4度まで上がり、処方された解熱剤を飲んだ結果、翌日には37度程度までは下がった。ただ全身の倦怠感は酷く辛かった。でもそれにも増して辛かったのは喉の痛みで、水を飲むだけで激痛で涙が出るほどだった。この症状が3日間続いた。喉の痛みが多少治まるのと引き換えに、今度は咳が酷くなり、かなり息苦しくなってきた。咳こみがひどく、眠ることも難しい状況で、体力の消耗も激しかった。これが2日ほど続き、その後漸く少し落ち着いてきたという状況だった。なので隔離後の4,5日は大げさでなく塗炭の苦しみだった。
 オミクロン株は軽症だなんてことがいわれ、必要以上に騒ぎ立てるべきでないという議論が随分あるが、個人差はあるにせよとんでもないというのが実感だ。私も高熱が何日も続くとか、肺炎の症状が悪化するなど入院が必要と判断される状況ではなかったので、軽症に分類されるのだと思うが、実情はこれまで述べた通りで、本当に苦しく辛い日々が続いた。現在も自宅療養者が空前の数字となっているが、自宅療養だから楽だということでは決してなく、その中には本来であれば入院すべき状況の人も少なくないと思われる。これは偽らざる実感なのだ。実際、昨年は自宅療養中に死亡した方も複数出ている。なので決して甘くみることなく警戒を続けていかなければならないと思うと同時に、医療体制の拡充は急務であることも実感する。でもこんなことは2年前から言い続けてきたことではなかったか。
 抗原検査で陽性となった時点で、病院から「すぐに保健所に連絡するが、多分保健所からの連絡は数日遅れると思うので、自分でコロナのサイトに登録した方がいい」とアドバイスされ、QRコードをもらい、すぐに感染の登録をした。その日の夜遅くに保健所から電話がありサイトへの登録を促されたが、「登録済み」というと「分かりました」というだけだった。その後は毎朝ラインが届き、熱と呼吸困難があるかという項目に解答するだけ。翌日と翌々日に保健所の職員と看護師さんから一度づつ電話があったが、緊急連絡先の案内と「症状が悪化したら自分で救急車を呼んで下さい」というような事務的な説明のみだった。喉の痛みがあまりに辛かったので、看護師さんにはその事を訴えたが、それに対しては、もともとかかった病院に電話すれば追加の薬を無料で処方してくれるからという程度のアドバイスのみ。保健所経由での医師からの連絡は皆無だった。孤独に苦しみに耐えている者に対する救いは本当に乏しく、不安ばかりが募っていた。
 何より不満だったのは、初日の保健所からの連絡で血中酸素濃度を測定するパルスオキシメータの有無を尋ねられ「ない」と答えると、「翌日か遅くとも翌々日には届くので数値を報告して欲しい」といわれ、ずっと待っていたのだが、結局届いたのは症状が寛解しつつあった6日目の夜だったことだ。もちろん、その時点での数値は問題がなかった。毎朝届くラインではパルスオキシメータの有無を尋ねられ、「ない」と答えていたらそれで終わりで、それが届いた後に「ある」と答えると、今までなかった「数値を入力せよ」という項目が現れ力が抜けた。
 横浜でも急激に感染拡大が進んで対応が追いついてないのだろうが、逆にいえばさっきもいったとおり、この2年間一体何をしていたんだという感想しかない。
 血中酸素濃度の数値は治療や入院の判断には極めて重要で、自衛のためには、パルスオキシメータは自分で用意しておいた方がいいかもしれない。でもこれだと本当に自助社会でしかなく、これではダメだなと強く思う。用意できない人も当然いるのだから。
 2月2日の午後から漸く仕事に復帰したが、これだけ寝たきりに近い状態は初めてで、しかも隔離後3.4日は熱と喉の痛みでとてもまともに物を食べられる状態ではなかったので、体力の減退は著しい。あまり無理せず、徐々に復帰したいと思っていたが、10日以上休んでいると、自分の仕事の渋滞具合はもちろん、団をとりまく情勢も緊迫の度を増しており、のんびり復帰していくということになりそうにない。これが一番つらいかなあ。

TOP