第1769号 3/11
カテゴリ:団通信
【今号の内容】
●アイウエア不当解雇事件(民法の心裡留保の規定で労働者が救済された事例) 金枝 真佐尋
●入管内電気カミソリ使い回し国賠事件提訴 川村 遼平
●追い出し部屋とのたたかい~東芝エネルギーシステムズ株式会社~ 工藤 猛
●NEC関連子会社転勤命令拒否懲戒解雇事件大阪地裁不当判決報告 鎌田 幸夫
●それでも、ウクライナ侵攻は許されない 松島 暁
●ウクライナ侵略と憲法前文、9条についての検討の視点―軍事力や軍事同盟、核抑止力に頼る誤りに反撃を 守川 幸男
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~学習会に参加した感想~
◆事務局だけど松川事件学習会に参加してみた 小針 修子
◆辺野古新基地建設に反対しながら築城基地の米軍基地化に反対すること 清田 美喜
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●~書評~「原爆 捨てられない記憶と記録」(佐々木猛也著) 大川 真郎
アイウエア不当解雇事件(民法の心裡留保の規定で労働者が救済された事例)
長野県支部 金 枝 真 佐 尋
この事件は,海外で日本人の生徒を対象にした学習塾(JOBA)を運営する株式会社アイウエア(以下,「アイウエア」という。)が,労働者Mを解雇したにもかかわらず,不当解雇の責任を追及されるや,労働者Mがアイウエアの従業員でないと主張して争った事案です。
労働者Mは,平成25年6月1日にアイウエアに入社し,同月13日に,上海にあるJOBA上海浦東校に赴任し,講師として働き始めました。その後,残業代の支払いなど労働環境の改善を求めて意見を述べたところ,平成28年12月18日に,社長から,労働環境の改善を求める態度が会社の風土にそぐわないと言われ,同月27日に,解雇を通告されました。労働者Mは,就労ビザが更新されないため,やむをえず帰国し,アイウエアに対し,解雇権濫用を理由に損害賠償請求をするとともに,未払賃金の請求,労働基準法114条に基づく付加金の請求をしました。訴訟では,10人(控訴審から11人)の弁護士が,弁護団を結成し,「企業が,労働環境に対する公的な監督の行き届かない海外の事業所であることを奇貨として,労働法の規制に違反して労働者を酷使し,使い捨てにすることを許してはならない!」との思いで,アイウエアの責任を追及しました。
驚いたことに,アイウエアは,労働者Mとの間の労働契約関係を争うとともに,JOBA上海浦東校がアイウエアの事業所であることを争ってきました。つまり,JOBA上海浦東校は,アイウエアと資本関係のない中国法人によって運営されており,同校への赴任に伴い労働者Mは中国法人に転籍したのだから,労働契約関係は,中国法人と労働者Mとの間にあるのであって,アイウエアと労働者Mとの間にはない,というのです。アイウエアの反論の根拠は,労働者Mが赴任後4ヶ月目にアイウエアの本部から提出を求められた退職願の存在でした。
これに対し,弁護団は,アイウエアと労働者Mに労働契約関係が継続していた実態があることを詳細に主張立証しました。具体的には,アイウエアの雇入通知書に勤務先として上海浦東校が記載されていたこと,東京にあるアイウエア本部から指揮命令を受けていたこと,アイウエアが使用・販売しているテストの作成もしていたこと,給与がアイウエアの海外赴任規定に基づいて計算されていたこと,アイウエアにおいて査定や給与計算を行っていたこと,有給休暇の算定がアイウエア入社時を起算点として労働基準法に基づいてなされていたこと,給与の源泉徴収が日本法に基づいてなされていたこと,名刺・メール・周年記念誌などで労働者Mが社員として扱われていたこと,中国法人ではなくアイウエアから解雇されていることなどを明らかにしました。
そのうえで,①退職願による退職の合意が不成立である,②退職合意があるとしても心裡留保かつ相手方悪意で無効である(少なくとも過失があり無効である),③退職合意があるとしても通謀虚偽表示で無効である,という法的主張をしました。具体的には,入社前に労働者Mが閲覧した募集要項にアイウエアの社員として海外赴任するような記載があったこと,アイウエアの雇入通知書に期限の定めがなく,海外赴任にあたってアイウエアを退職になることの記載もなかったこと,退職願の提出を求められた際に,アイウエアを退職して中国法人に雇用されること(転籍)の説明がなく,他方で,本部所属の身分からJOBA上海浦東校所属の身分へ変更となること(異動)に伴い,福利厚生に関する労働条件が変更されることの説明がなされていたこと,労働者Mにおいて中国法人との間で雇用契約を締結したことがないこと(なお,アイウエアから証拠として提出された中国語の雇用契約書は,労働者Mが見たこともないものであり,記載された労働条件が出鱈目であった),アイウエアにおいて退職願を提出させた目的が専ら上海へ赴任中の労働者Mの雇用保険の負担を免れることにあったことなど,労働者Mはもとより,アイウエアも,労働契約関係が継続するものと考えていたことについて主張立証しました。
一審判決(令和3年4月27日長野地方裁判所松本支部判決)は,退職合意の成立を認めたうえで,労働者Mの心裡留保についてアイウエアの悪意を認め,解雇時点で労働契約関係が継続していたことを前提に,解雇権の濫用があったものとして,解雇までの未払残業代請求,解雇後の賃金請求を認容するとともに,解雇が不法行為を構成するとして,慰謝料を含む損害についての賠償請求を認容しました。さらに,「未払割増賃金額は130万円近くに上っているにもかかわらず,被告は,その大部分を支払っていないことに加え,時間外労働等の被告における労働環境上の問題点を指摘した原告に対し,解雇事由がないにもかかわらず一方的に本件解雇を行っているという経緯からすれば,被告による割増賃金の不払いは,労基法を軽視する悪質な態様によるものであったといわざるを得ない」と述べて,未払割増賃金と同額の付加金の支払いを命じました。
アイウエアは,控訴したものの,一審と同様の主張を繰り返すにとどまったため,控訴審の口頭弁論は1回で終結したかにみえました。ところが,アイウエアは,判決が予定されていた日の5日前に突如として,一審の認容額(付加金を除く)と遅延損害金を,この事件の主任である私の預り金口座に何らの事前連絡もなしに振り込み,裁判所に弁論再開を求めました。労働者Mに対する謝罪や反省の言葉もなく,ただ付加金の支払を免れたいためだけになされた弁済には,誠実さを微塵も感じませんでしたが,判決を早期に得たいという労働者Mの希望を踏まえ,アイウエアによる弁済の主張を争わないで裁判所に判断を委ねました。再開後の口頭弁論で,裁判長が「お待たせして申し訳ありません」と2度述べていたことが印象的でした。
控訴審判決(令和4年1月26日東京高等裁判所判決)は,付加金請求の部分のみ原審を取り消し,請求を棄却したものの,その余の未払賃金請求や損害賠償請求については,原審を維持し,控訴を棄却しました。アイウエアから上訴の申立てはなく,判決は,確定しました。
企業の活動がグローバル化したことに伴い,海外の事業所で労務を提供する労働者も多数存在しますが,企業が労働契約関係の帰属主体を曖昧にしながら,日本法と外国法のいずれの規制からも免れつつ,過酷な労働条件の下で適正な賃金も支払わずに労働者を働かせ,使い捨てることがあってはなりません。一審判決および控訴審判決が,このような企業に対して,雇用者としての責任を適切に負担するように求めたことには,大きな意義があります。また,一審判決および控訴審判決が,労働者のあずかり知らないところで雇用者において一方的に労働契約関係を解消して第三者を雇用主とする労働契約関係にすり替えることを認めないという原則どおりの判断をしつつ,民法の心裡留保の規定(改正前の民法93条但書)を適用して雇用者の転籍の主張を斥けたことは,画期的でした。
弁護団には,自由法曹団長野県支部から,松村文夫団員,中島嘉尚団員,岩下智和団員,山下潤団員,岩下智太郎団員,小池さやか団員,及川裕貴団員,小林秀茂団員と私が参加しました。
昨年の10月に逝去された恩師の小西國友先生にこの判決の報告ができなかったことが悔やまれます。先生のご冥福をお祈りします。
入管内電気カミソリ使い回し国賠事件提訴
大阪支部 川 村 遼 平
概要
Aさんは、パキスタン・イスラム共和国(以下「パキスタン」という。)の国籍を有する40代男性である。Aさんは、去る2月10日、国に対し、国賠法1条1項に基づき、①入管の収容施設内で電気カミソリなどの使い回しを強いられたことによりB型慢性肝炎に罹患したこと及び②B型肝炎ウイルスに感染した事実を説明されなかったことにつき、損害賠償を請求する訴訟を提起した。
収容に至る経緯と電気カミソリなどの使い回し
Aさんは、ある事情から2004年6月にパキスタンを出国し、中国に入国した後、翌年2月に日本に入国した。
2012年2月、Aさんは入管に摘発され、名古屋入国管理局(名古屋入管)の施設に収容された。その後、同年6月、大阪入国管理局(大阪入管)が管理する西日本入管センター(現在は廃止)へ移送され、同年10月まで収容された。
当時、入管職員らは、被収容者に対して消毒をしないまま電気カミソリなどを共用させていた。Aさんを含む一部の被収容者は宗教上の理由から髭や腋下を剃毛する必要があり、日常的に不特定の被収容者と電気カミソリなどを共用していた。
本件提訴に至った経緯
Aさんは、2012年10月、西日本入管センター収容中に別の病気で外部の病院を受診したことがあり、その際の血液検査の結果でB型肝炎ウイルス感染(HBs抗原陽性)が判明した。
同年10月24日、Aさんは仮放免許可を受けた(職員が血液検査の結果を知って仮放免にしたものと思料される。)。
職員は病院からの情報提供によって遅くとも同年11月にはAさんのB型肝炎ウイルス感染を知ったにもかかわらず、Aさんにその事実を説明しなかった。
Aさんは2021年7月に慢性B型肝炎の診断を受け、支援者を通じて弁護士に相談した結果、感染の原因が電気カミソリなどの使い回しの点にあることなどを知り、提訴に至った。
おわりに
現時点で国の応訴態度は明らかではないものの、入管は、提訴前の報道では使い回しをさせた事実はない旨をコメントし、提訴後の報道では洗浄により消毒していた旨をコメントした(共同使用の事実自体は認める趣旨と思料される。)。
他方、弁護団には、昨年別の施設に収容されていた難民認定申請者からも、やはり消毒の措置を講じることなく電気カミソリなどの使い回しを強いられていたとの報告が寄せられている。
本件を通じ、電気カミソリなどの使い回しという感染症への感染リスクが非常に大きい行為を入管が被収容者に強いていた実態を明らかにするとともに、人権侵害の温床となっている入管行政のあり方について人権保障の見地から抜本的な変更を迫るべく、弁護団一同、力を尽くしたい。
(弁護団:奥田愼吾、中峯将文、川村遼平)
追い出し部屋とのたたかい~東芝エネルギーシステムズ株式会社~
神奈川支部 工 藤 猛
1 「追い出し部屋」に抗して
大企業におけるリストラの手法としてしばしば見られるのが、リストラ対象者を1か所に集め、講習を受けさせるなどして「自主的」に退職へと追い込むいわゆる追い出し部屋と称される手法である。かつて国鉄民営化で設置された「人材活用センター」もその一つである。この手法が東芝でも採用された。それに異を唱え、ただ1人敢然と立ち向かったのが本件の原告である。
原告は、大学卒業後、株式会社東芝(以下「東芝」という。)に入社した。原告は入社した当初からIT業務に従事していた。
東芝は原子力・火力発電部門を分社化し、東芝エネルギーシステムズ株式会社(以下「被告」という。)を誕生させた。原告は、東芝の分社化に伴い被告において勤務することになったが、行っていた業務はやはりIT業務であった。原告は、東芝及び被告を通じて27年間IT業務に従事していた。
2 原告の人格を否定する処遇
そのような中、被告は東芝の経営危機を理由に東芝Nextプランによる人員削減(リストラ)を実施した。その計画は5年間で現状から7000人の人員を削減するというものであった。原告は、そのリストラの対象にされ何度も退職勧奨及び退職強要を受けた。しかし、原告は応じなかった。
その結果、被告は原告を業務センターという「追い出し部屋」に配転し、そこで「製造実習研修」という名ばかりのキャリア変更を強いる研修を受けさせ、続いて原告を「追い出し部屋」所属のまま別会社に2度も出向させた。出向先の業務は、重量物運搬を伴う倉庫業、単純作業であるピッキング作業などであった。これらは、27年間東芝で培ってきた原告のキャリア形成を真っ向から否定し、その人格を否認する行為であった。弁護士と相談を続けていた原告は、ほぞを固め、配転命令等無効確認訴訟を提起した。なお、被告は、訴訟継続中に2度目の出向以降、原告を被告の別の部署に配転させ、清掃業務や配膳業務など肉体労働を行わせている。
3 訴訟は社会的反響へ
被告は、訴訟の中で原告をリストラの対象とした理由を能力不足、すなわち原告が「余剰人員」であるからだと主張してきた。しかし、原告にとっては、27年間の業務実績、キャリア形成からしてかかる被告の主張はとうてい納得できるものではなかった。弁護団は訴訟の中で、「余剰人員」なる主張を具体的に述べるよう求めたが、被告はただただその主張を繰り返すのみであった。
「追い出し部屋」に抗する原告のたたかいは、多くのマスコミから注目を集めた。朝日新聞、日経ビジネス、週刊ダイヤモンド等々に特集が組まれた。東芝の「追い出し部屋」が社会的に注目されるようになった。裁判所で、被告代理人が、原告がマスコミに対し虚偽の報道を流しているなどと述べる事態も生まれた。「追い出し部屋」が社会問題化する中で、東芝は、株主総会で業務センター(「追い出し部屋」)の廃止を表明するに至った。
被告は業務センターを廃止した後、原告をIT業務に戻した。ただし、その扱いは「実習(東芝の内規では新人に施すものである。)」であり、完全な本所属・業務にはしなかった。これは被告の最後の悪あがきだった。
4 原告自らの能力の発揮
原告は、「実習」期間中、IT業務の能力を遺憾無く発揮する。未経験の業務には27年間培ってきた経験と自主的学習で対応し、与えられた業務を遂行し続けた。その結果、IT業務に戻った職場の上司は原告にIT業務を遂行する能力があること、今後も新しいことに挑戦してほしいなどという評価を行ったのである。被告も原告の働きぶりや上司の評価からして原告にIT業務の能力があることを認めざるを得なかった。原告は、原告に能力がないなどと被告に言わせる隙を与えなかった。こうして、被告は、2022年1月から原告をIT本業務に戻し、2月1日付で東芝所属、被告出向、情報システム部情報システム推進グループ所属とし、所属も業務もすべて元職場の従業員と同一とした。原告は、訴訟においての「余剰人員」とのレッテルを見事にくつがえしたのである。
原告及び弁護団は、原告の完全なる勝利と確信し、原告の要求が認められたことをもって、訴えを取り下げた。
本稿を終えるにあたって、弁護団が発出した弁護団声明の末尾を次に掲げて団通信への報告とする。
「東芝グループは、人材活用・育成制度について、『人を大切にします』ということを第一に掲げている。業務センター方式による人事政策が批判を浴びたことを活かし、再度、本件のごとき事件が起きないよう従業員を大切にする企業になることを弁護団は強く期待する。従業員の人としての尊厳を傷つけず、東芝グループが従業員とともに歩むことを期待するものである。最後に、我々弁護団は、東芝グループが従業員・労働者の権利を侵害する措置に出たときには、断固としてその権利擁護のためにたたかうことを表明するものである。」。
本件の弁護団は、団員の岩村智文、堀浩介、林裕介、山口毅大、工藤猛である。
NEC関連子会社転勤命令拒否懲戒解雇事件大阪地裁不当判決報告
大阪支部 鎌 田 幸 夫
1 はじめに
大阪地裁民事5部(中山誠一、安西儀晃、佐々木隆憲裁判官)は、2021年11月29日、NEC関連子会社の労働者が家庭事情による転勤命令拒否を理由に懲戒解雇されたため懲戒解雇が無効であるとして,地位確認と賃金等の支払いを求めた件につき、懲戒解雇を有効とする不当判決を言い渡した。
判決は、一部のマスコミでも報道されているが、判決内容には極めて問題がある。事案の概要と判決の内容と問題点を紹介したうえで、控訴審での闘いの展望について述べたい。
2 事案の概要
原告は、被告NECソリューションイノベータ(「被告」)から関西マージメントサービス(「NECMP」)に出向して間接部門(スタッフ業務)の業務に従事していた。2018年、NECグループ会社の3000人リストラの一環として特別転進支援施策に応じて退職をするか、スタッフ部門の拠点統合に伴い、関西オフィスが閉鎖されるため、NEC関西ビル(大阪市所在)勤務から玉川事業所(川崎市所在)に転勤するか、選択かを迫られたが、いずれにも応じなかった。原告は、月数回、激しい頭痛と嘔吐を発症する自家中毒という持病を抱える長男(当時10歳)と、低体温症、白内障を煩い、精神的にも不安定な高齢(当時75歳)母親と3人で同居している。母親だけでは、長男の介護、育児は困難であり、原告が単身で赴任することはできず、家族帯同での転勤も生活、学習環境が変わることによるストレスで長男の自家中毒の症状を悪化させるおそれがあり、高齢で持病のある母親が見ず知らずの土地に転居することはできなかった。
原告は、被告から紹介されたSE業務の社内求人に応募したが、原告がSE業務には15年間のブランクがあるため即戦力ではないとして不採用とされた。また、原告は、NEC関西ビルの清掃会社に出向を打診されたが、異職種であり、転勤に応じなかったことの見せしめであるとして応じなかった。被告らは、原告が再三にわたり要請したNEC関西ビル内のスタッフ部門への異動については、具体的に検討することなく、2019年3月、玉川事業所への転勤命令を強行し、原告が赴任しなかったところ、2019年4月、業務命令違反であるとして懲戒解雇した。
3 本判決の概要
本判決は、①本件配転命令は、拠点統合による構造改革、業務効率化、コスト削減という業務上の必要性があったものであり、また、業務上の必要性が乏しいともいえず、原告を退職に追い込む不当な動機・目的によってなされたものとはいえない、②原告が複数回行われた事業部長との面談において自らの家庭事情について具体的な説明を行わず、本社人事担当者が面談を希望したにもかかわらず、これに応じず、自ら説明の機会を放棄したことから、本件配転命令時点において被告らが認識していた事情によっては通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるということはできない、③仮に、原告が本件訴訟において提出した資料(診断書、医師意見書、診療録)を考慮したとしても、原告の母親が要介護状態ではないこと、原告の長男の病名も特段生命にかかわるものではなく、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負うものではないとして、本件配転命令は有効であり、懲戒解雇も有効と判断した。本判決の不当性は多々あるが、次の3点に絞って述べたい。
4 本判決の不当性
第1に、偏見に基づく偏頗な事実認定を行っていることである。
原告は、直属の上司との定期的な面談、有給休暇取得、FF休暇申請事由で長男の自家中毒の病名や具体的な症状や母親の症状を会社に伝えていた。また、今回の転勤命令前の面談においても、事業部長面談で転勤できない家庭事情を説明した。一方、原告は、人事担当者との面接に応じなかったが、これは、当時、NECグループ内の間接部門で3000人リストラの目標達成のために特別転進支援施策に応じて退職するよう執拗な勧奨が行われており、原告は、転進支援施策の締切前日に足の負傷で自宅療養中に人事担当者が自宅の近くまで面談に来ると言われたため警戒して応じなかったのである。その後も人事担当者との面談に応じてなかったのは、メールで「外部求人」の担当者が同席すると知らされたので転職を勧められると危惧したからである。もっとも、原告は、その後、人事担当役員との面談に応じ、長男の自家中毒の病名、具体的な症状など転勤できない事情を伝えている。にもかかわらず、本判決は、原告が、人事担当者との面談に応じなかったことのみを捉えて、「原告が家庭事情を説明する機会を放棄した」と恣意的な認定をした。そして、本判決は、人事担当者との面談を断った際の原告の上司宛のメールの内容が「社会人として礼節を欠いた不適切な表現」であり、「企業秩序を維持して就労していこうとする意思や態度を看取できない」として、被告が、原告の希望する関西ビル内での異動を具体的に検討していないことを不問とした。 原告のメールの表現の一部は不適切ではあるが、このことから転勤に応じることが困難な家庭事情のある原告を関西ビル内のスタッフ部門に異動させることを具体的に検討することすら要しないとするのは論理の飛躍であり、偏見に基づく判断というほかない。
第2に、①原告が、転勤命令前に診断書、医師意見書等の提出をして不利益性を説明していなければ、②これらの資料を転勤命令の権利濫用の判断の基礎にできないと判断したことである。しかし、①は使用者の配慮義務が問題となる場面であり、使用者側の配慮を求める前提としての労働者の申告等は使用者側から要求されない限り、医学的資料(診断書、カルテ、意見書等)の提出まで求められるものではなく、家庭の事情について一定の申告をしていれば足りるが、②の客観的な不利益性判断においては、訴訟で提出された不利益性を裏づける医学的資料が全て考慮されるべきである。転勤命令前にこれらの医学的資料を提出しなければ転勤命令権の濫用の基礎にされないとすることは現実離れしており、あまりにも労働者に過大な要求をすることになるからである。
第3に、原告の被る不利益性についても、証拠上認められる不利益性に関する事情の多くを事実認定から欠落させ、不利益性を過小評価している。また、不利益性の判断基準について、原告の長男の自家中毒は、「生命にかかわるような重篤なもの」ではないとし、(訴訟で提出された)医師意見書が、転勤が長男の自家中毒の影響について「心的ストレスになりうるため、症状増悪につながる可能性は否定できない」「本人の症状に悪影響を与える恐れがある」としている点を「可能性」に過ぎないと切り捨て、「現住所から通院できる医療機関においてのみ受けることのできる特別な治療を受けなければ長男の生命等に重大な結果が生じかねないような特段の事情」はないとした。母親についても、「介護認定を受けているわけではなく、加齢による一般的なもの」であり、転居することが「物理的・現実的に不可能と目されるような障害」があったといえず、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」とはいえないとした。しかし、原判決の基準によれば、家族の病気が「生命にかかわらない」限り、あるいは「寝たきりで要介護認定を受けていない」限り、「通常甘受すべき不利益」となってしまう。このような基準は過去の類似の裁判例には見られない極めて特異なものであり、育児介護休業法26条の「子の養育、家族の介護状況に関する使用者の配慮義務」の定め、労契法3条3項の「仕事と生活の調和」への配慮などの法の理念やワーク・ライフ・バランスの社会的要請に反するものである。
5 控訴審での闘い
控訴審では、判決の事実認定の誤り、偏波性、及び原告の被る不利益性の認定を欠落させ、軽視していること、判決の不利益性の判断基準の不当性を徹底的に主張し、追加の証人申請や学者の意見書等を提出する予定である。厳しい闘いとなるが、なんとか逆転勝訴を目指したい。全国の団員からも叱咤激励をいただければ幸いです。
(弁護団は板東大士、西川翔大、鎌田幸夫です)
それでも、ウクライナ侵攻は許されない
東京支部 松 島 暁
外交的努力によってなんとか事態は収束されるのではないかと考えていた私にとって、ロシア軍によるウクライナへの武力侵攻は驚きの展開だった。同時に、半世紀前の「プラハの春」を思い起こさせた。
高校1年の夏休み、実家の居間でゴロゴロしていた時に飛び込んできたのが、ソ連軍(ワルシャワ条約機構軍)のチェコスロバキア侵攻のニュースだった。この報に接した堀田善衛は、「チェコスロバキア占領という社会主義世界においては未聞の、他にそれの類比を求めるとすれば、1939年の独ソ協定、あるいは1956年のハンガリー事件くらいしかその例を求めることの出来ぬ事件が起こったわけであった。私は、単純な怒りとともに、呆れてしまい、また同時に、彼らのやりそうなことをやったものだ、という感をもったものであった」と記した(『小国の運命・大国の運命』)。
一方のアメリカもその頃は、アジアの小国ベトナムに枯れ葉剤を含む爆弾を雨霰のように浴びせかけ続けていた。そして私が大学3年の9月、自由選挙で選ばれたチリのアジェンデ政権(人民連合政権)を軍事クーデターによって崩壊させた。
大国は、その打算と都合によってどれだけの人々を殺傷してきたことか。高校~大学の間に起きたこれらの事件が、私の人格形成に大きな影響を与えたのではないかと思う。ソ連にしろアメリカであれ(最近の中国も)私の「大国嫌い」「大国不信」は、このあたりに由来する。
今回の侵攻について、本音ではプーチンの心情を理解できないわけではない。冷戦の終結、東西ドイツの統一に際し、NATOの東方拡大は行わないことをアメリカは繰り返し繰り返し約束していた(ベーカー国務長官がゴルバチョフ首相やシュワルナゼ外相に明言していたことは公開された公文書に記録されている)。にもかかわらずバイデンは、副大統領時代からNATOの東方拡大政策の先頭に立ってきた。口約束ではあっても前言を翻し違約の行動に出れば外交は成り立たない。
「1989年のソ連崩壊とワルシャワ条約解体に伴い、軍事同盟としてのNATOの存在意義は失われ・・・・NATOを拡大する必要はなかった。かつてワルシャワ条約に加盟していた国々にNATOを拡大することは、地域の緊張を高めるだけであった。世界が国連憲章第26条に沿った軍備増強の減少を求めるべき時に、NATOは多くの旧ワルシャワ条約加盟国を含むように拡大し、NATO軍は米国や他の帝国主義勢力が米国の支援する戦争に従事するために利用できるようになった」とするIADL声明はこの一節に関する限り正しい。
また、地政学の立場からは、自国の防衛上、外敵の侵攻を防ぐための緩衝地帯(中立国家)を設けることは当然だと考えられている。隣国ウクライナがロシアを敵視する軍事同盟に参加するのを、「大陸国家」ロシアが指をくわえて見ているわけがない。自国の周りに緩衝地帯を設ける戦略は今に始まったことでもない。モンゴルがモンゴル人民共和国と内モンゴル自治区に分かれているのも、スターリンによる緩衝地帯政策の所産である。
他方、アメリカも例外ではない。アメリカは全世界に基地を保有しているが、それは各基地に自国軍を派遣(前方展開)することで自国が攻撃されることを未然に防ごうという「海洋国家」としての防衛戦略にもとづく。緩衝地帯を置くか在外基地を展開するかは、「大陸国家」なのか「海洋国家」なのかによって生じる戦略上の違いでしかない。
しかし、そうではあっても、ロシアのウクライナ侵攻は許されるものではない。国際関係で武力による威嚇や行使を用いることは、国際法や国連憲章への明白な違反であることはもちろん、ロシアの軍事侵攻を国際社会が許すことは、台湾の統一を目指す習近平政権に誤ったメッセージを伝えることになりかねない。また、緩衝地帯維持のための軍事侵攻が許されるなら、前方展開する米軍基地を維持するためにも軍事力行使も許されることになってしまう。在日米軍基地を抱える日本が、日米同盟から離脱し米軍基地の撤去を求めたとき、日本はアメリカ軍の武力行使を甘受しなければならないのだろうか。
そして何よりも、大国の軍事侵攻によって流されるのは、名もなき市井の人々の血である。いかなる大国であれ、人々のささやかな日常生活を破壊する資格をもってはいない。
ウクライナ侵略と憲法前文、9条についての検討の視点―軍事力や軍事同盟、核抑止力に頼る誤りに反撃を
千葉支部 守 川 幸 男
ロシアのウクライナ侵略で、9条じゃ国を守れない、などという予想どおりの議論がある。敵基地能力だ、核の共有だとも言う。領土問題や制裁でロシアを甘やかしておきながら、核抑止力ではプーチン大統領と共通する。ウクライナ問題を奇貨とした策動であり、とんでもない議論だが、国民に一定の影響力はあるから、どう対応するかは、侵略反対と別に、理論的に検討を加えるのが法律家の役割である。
私は、青法協のメーリングリストで、ある会員の意外な、しかしあり得る迷いの投稿を目にして二回投稿した。今回の投稿のきっかけであり、以下に論点整理しておく。
目新しい整理ではないが、ネット上などで勢いを増す危険も直視しつつ、逆に反撃や理解を深める機会とし、また、憲法問題を国民の関心事に押し上げる戦略が重要である。難しい情勢論や知識は別にして、ものの見方考え方を磨いて短く明快に訴えることが重要である
1 ロシアの侵略の動機に関して―「テロ」や犯罪を犯した人々との対比で
2月26日の朝日新聞朝刊21面の「ひもとく なぜウクライナか」(下斗米伸夫氏)が参考になる。その後も同様の指摘がある。私の意見から始める。
テロや犯罪が発生すると、格差と貧困や生い立ちなど、その原因を探る。彼らの立場に立って検討する視点も必要である。
同じように、なぜあんな酷い侵略をするのか、ソ連の立場に立って検討する視点が重要である。
ロシアは、かつてチンギスハーンやナポレオン一世、ヒットラーなどに酷い侵略を受けた。だからそのトラウマや恐怖があるのか?(もっとも、プーチンに、だから他国の侵略は控えるという発想はない)ウクライナに思い入れがあるのか?複雑な歴史であり、何やらあるらしいが、それは専門家に委ねる。
下斗米氏は、アメリカのクリントン政権が、慎重論や反対論があるのにNATOの東方拡大を進めてきたと言う。これは今回の侵略の大きな動機(口実か)や背景であろう。軍事同盟こそ危険を招く実例である。
誰と同盟を締結するかはその国が自主的に決めることとはいえ、核兵器を放棄したウクライナは、NATO加盟が「国益」かどうか冷静に検討すればよい。
別に、北朝鮮が瀬戸際政策を続けるのも、アメリカの核脅迫政策が原因の一つである。
ロシアや北朝鮮の行動は許されないが、軍事同盟はこのような事態を招くのであり、アメリカにも大きな責任がある。だから、平和外交や発展しつつある平和の共同体作りこそ重要だということである。
2「攻められたらどうするんだ?」に答えるべきは我々だけではない
この問いには、我々だけに答える義務があるわけではない。民主勢力がここでたじろいではならない。私は開き直る。攻められたら人や建物が破壊されるに決まっている。ある意味で手遅れであり、馬鹿な質問である。
そうならないようにするにはどうしておくべきであったのか、そうなってしまったらどうやめさせるのかという問題の立て方が正しい。
じゃぁ武力には武力か?戦争をあおるのか?世界を100年前に戻せというのか?戦争は外交の失敗、無能の証明ではないか?と、逆に問うべきである。
さらに、戦費はどうするのか、徴兵制を敷き、食料やエネルギーの乏しい日本で耐乏生活に耐えるのか?と問題提起すべきである。
また、今回の侵略には動機があるが、日本を攻める動機を持つ国はあるのか?あるなら、それはアメリカの手下となって戦争しようとするから、脅威とみなされたり反撃されるのであって、それをやめればよい。どちらが攻められる危険が大きいのかよく考えよう、と言うべきである。
3 国連は役割を果たせていないのか?
国連について、役に立たない、無力だという攻撃がある。だから国連頼むに足らず、軍事力だ、という思想である。詳細を述べる能力はないが、国連に不十分さや限界があるのは当然である。歴史の発展段階をわきまえる必要がある。
問題はその先である。国連が不十分ならどう改革すべきかを議論するのが正しい方向である。むしろ、逆に軍事同盟や抑止力が役に立ったのかが問われなければならない。
かつて合法だった戦争はパリ不戦条約で違法化され、現在では核兵器が違法化された。歴史の発展の否定は許されない。
4 憲法前文と9条の価値―加害と被害にも触れて
9条の価値は不動であり、以上のように堂々と訴えればよい。説得に困ることはない。
そもそも9条や前文は、丸腰で侵略に対して何もしないという思想ではなく、外交、国連憲章、国際法、世論を武器に闘う思想と共通する。そして、世論の力は物理的な力を持つ(レーニンがそんなことを言っていたはずだ)。
日本では毎年8月に終戦特集番組が組まれる。しかし、日本人の被害に偏した編成であり、加害こそ強調する必要がある。9条は、日本に被害を起こさせないということもさることながら、今後日本が加害はしない、侵略しないという誓いである点こそ重要である。
5 憲法に関心のある国民を増やす戦略を
私は、多くの国民の関心事はコロナ、経済、生活であって、憲法改正への関心は低いと思うし、それにもかかわらず憲法改悪を進めるのは不当である。でもそれでは足りない。
2月24日付の憲法審査会の始動に反対する法律家6団体声明の冒頭の項では、「世論調査では憲法改正議論を望むのは圧倒的に少数」としている。ただ、大いに関心があるが改正や改正論議を望まないという国民が圧倒的というわけでもない(憲法全般か9条に限るかによっても異なるが)と思うし、国民の関心が低ければ、権力を持っている支配層にはなかなか勝てない。私は、むしろ憲法に関心のある国民を増やす戦略を強調したい。
別の問題だが、ジェンダー平等では女性の賃金格差の解消と女性が輝く社会、また、気候危機問題では耐乏生活でなく新しい雇用の創出などなど、それ自体の意義とは別に、国民生活や経済、人生や将来に結びつけて訴える機会とすべきである。
憲法問題でも、それが軍事費増大や生活への圧迫、いのちの危険などにつながるという、国民の関心事にも配慮した訴えの工夫が求められる。
事務局だけど松川事件学習会に参加してみた
京都第一法律事務所事務局 小 針 修 子
京都第一法律事務所の事務局です。松川事件の学習会に参加しましたので、感想を述べたいと思います。
私は福島県の出身です。父が昭和10年生まれで青年期に遭遇した松川事件にその後も関心を抱き続けたようで、福島大学の資料室にもいったことがあると言っていました。実家にいた頃に、TVの松川事件に関するドキュメンタリーを私も一緒に見ましたが、いまひとつよくわかりませんでした。「国鉄三大ミステリー事件」の下山や三鷹とは質が違うことはなんとなくわかるのですが、TVでは事件そのものが「ミステリー」で、その異様さ、不可解さが強調されており、いったいなんなのだこれはと思っていました。
1984年大学2回生の時に「松川弁護14年」を購入しました。弁護団の大塚一男先生の著書です。松川事件について学ぶぞ!と意気込んで読み出しましたが、「はじめに」の6頁目の検察一審論告で、もう、何が書いてあるのかわからず、30頁くらいでギブアップ。法学部じゃなかったし、とはいえ、早すぎる撤退でした。
松川事件のことを知りたい、福島でやっているらしい集会にも行ってみたいと思っていましたが、大塚先生の本は難しいし、京都から福島は遠いし、両親も福島から出てしまって(原発事故のせいではありません)帰省ついでということにもならず、ただただ月日は過ぎてゆきました。
そこに、団のZOOM学習会案内があり、これなら参加できると、団事務局に連絡して参加許可をもらいました。講義の最初にみた映像は、事件の背景や捜査の問題点、事件発生時の世間の受けとめ、運動の広がりなど、コンパクトにまとめられており、知りたかったことはこれだ!と思いました。「風の吹かぬ日はあっても反共攻撃のない日はない」というほど、「共産党と労働組合が仕組んだ事件だ、奴らは殺人者だ」と地元紙に喧伝された松川事件が、全国的な支援を得て法廷内外の闘いで無罪 を勝ち取り、大衆的裁判闘争の「金字塔」となった、その歴史を伝える内容でした。
講師の鶴見先生のお話も参加の石川先生のお話も現場の臨場感が伝わってきて、団の学習会ならではでした。お話のなかで、差戻を命じた最高裁で判事が複数名欠席のまま判決を出したことには驚きました。そんなことってあるのでしょうか。欠席理由も定かではなく、欠席しなければ、差戻の判断はでなかったかもしれないという話はそれこそミステリーです。運動が裁判官の背を押して、良心との板ばさみで苦しんだ裁判官を法廷から退出させてしまったのでしょうか。
「先輩弁護士に聞く事件学習会」に事務局労働者も参加しましょう。本には書けない裏話も聞けるし、団の歴史に触れることができる絶好の機会だと思うのです。本部もご了解と宣伝をどうかよろしくお願いします。
辺野古新基地建設に反対しながら 築城基地の米軍基地化に反対すること
福岡支部 清 田 美 喜
1 はじめに
2月16日の辺野古新基地建設問題学習会の後、団本部よりご指名で原稿依頼をいただきました。内地から同学習会にて質問を差し上げたことによるものと思います。沖縄支部の先生方、私よりはるかに基地、安全保障に詳しい先輩方を差し置いて恐縮ですが、私なりの感想を書かせていただくことにしました。
2 基地問題に関する私の立場
私は北九州地域の一市民として、また一法曹として、陸上自衛隊築城基地(福岡県築上郡築上町所在)の米軍基地化に強く反対しています。築城や八田、椎田といった同基地の周辺地域は古くからの農漁業地帯で、基本的に
道田田森 基地 森道田田家駅家田田家田田田家海
という風景が広がっています。人口は築上町全体で1万8000人以下。高齢化も進んでいます。
この町にある陸上自衛隊築城基地では、米軍の緊急時着陸を受け入れる体制づくりの準備として現在、滑走路の延長工事が進められています。他方、他の施設も同時に建設されていることから、米軍の訓練移転を見据えているのではないか(米軍基地化)が懸念され、現在でもF2戦闘機の発進やオスプレイ訓練などによる騒音被害に悩む住民の中には、米軍機の飛来増加によるさらなる騒音被害増大への不安を口にする声もあります(2021年10月29日付毎日新聞より)。オミクロン株の感染爆発による第6波のはじまりが、沖縄そして岩木町・岩国市・広島県という米軍基地を抱えないしはそこに隣接する自治体から確実に広がっていくのを目にした私は、同じことがこの町を含む京築地域で起こったらと、とてつもない焦燥にかられていました。小さな町の集合体。限られた拠点病院と病床数。多数の高齢者。もしも今既に「米軍築城基地」があったなら、築上町だけで多数の重症者や死者が出ていたかもしれない。既に身近に迫っていた基地問題に、改めて寒気と怒りを覚えました。
他方、本稿の執筆以前から私は、沖縄の米軍基地負担の軽減を求めることと、築城基地の米軍基地化に反対することとが矛盾するのではないかと悩んできました。私は辺野古新基地建設を今すぐ止めさせたい。では、普天間の海兵隊をどこへ連れていくというのか。築城に米軍が来てほしくないということは結局、沖縄の現状を固定し、肯定することではないのか。本当に悩みました。
3 あまりにも複雑・複数の基地に関する係争、論点
2月16日の学習会に臨むにあたり、私は2冊の本をパソコンの横に積み直しました。1冊目は「大浦湾の生きものたち 琉球弧・生物多様性の重要地点、沖縄島大浦湾」(編集 ダイビングチームすなっくスナフキン 南方新社刊)。もう1冊は「辺野古に替わる豊かな選択肢 『米軍基地問題に関する万国津梁会議』の提言を読む」 山崎拓ほか著 かもがわ出版刊)。
しかし、仲西先生のご講演は、詳細かつ最新のデータに裏打ちされた、まさに「現場からの報告」。膨大な情報量で、他の本を見る余裕などあるはずもなく、説明についていくだけで精一杯でした。
講師である仲西先生の必死の語り口からは、「今日この話がどれだけの団員に届いているか。伝わっているか。今日話そうと思っていることを語りつくせるか」「辺野古新基地建設のことを、沖縄の基地のことを知ってほしい。自分のこととして考えてほしい」というお気持ちが切実に伝わってきました。複数の訴訟や法的対応が複雑に絡まりあっていること自体から、述べられた情報の外にある、まさに語りつくせない沖縄支部の先生方の苦闘ぶりを思いました。
私はときおり法的措置の詳細、根拠、現在の主張の説得度として弁護団が考えているポイント、参考書籍などをメモしましたが、それを報告として載せられるほど、実はまだ自分の中で消化できていません。「国は弁護士もついていけないほど訴訟を複雑にすることで、わざと分かりにくく、市民の肌感覚から遠ざけているのではないか」という感想すら湧いてきました。
沖縄支部の先生方にご負担をお掛けするので大変恐縮ですが、今回の内容を何回かに分けて連続講座を開催いただけると、今回参加した団員の学びはより深まり、今回参加できなかった団員にも学びの機会が広がると感じます。
そして可能であればその毎回、5700種の大浦湾の生物多様性を語っていただきたく存じます。
大浦湾の生態系は魚やサンゴなどの海生生物だけではなく、リュウキュウイノシシなどの哺乳類や爬虫類、鳥類、昆虫、植物等からなる、まさに生物多様性の宝庫です。内地の法曹がその豊かさ、美しさを自分の目で見て感じることが、複雑な論争が既に膨大に積みあがっている状況でも、「何とかその中身を理解したい。なんで国はこんな無意味で有害な工事を一生懸命やっているんだ」と、自分事として取り組むことにつながるのだと、私は信じています。なお、大浦湾で今、私の心を掴んでいるのは「オオウラコユビピンノ」という固有種です。皆さんよかったら検索して下さい。名前通りの愛らしい姿です。
たとえ全体についてすぐには追いかけられなくても、一つテーマを決めてニュースを追うだけで、ニュースの見方や集まり方が変わります。私は2018年1月に全国の団員とともに沖縄を訪問して以来、そこで聞いた「美謝川」という川に関する報道をずっと追いかけてきました。そのことが16日の質問につながり、今回の原稿依頼につながったと理解しています。
「基地のことは難しいから」「今更よく分からない」「詳しい人に任せておけばいいよ」と思った瞬間に、あなたも、私も、沖縄差別に加担しているのです。分かろうと、分かりたいと思うことが、あらゆる問題の核心へ人を近付けるのだと、私は実感しています。
4 基地問題を考えることは平和を考えること
今回原稿依頼をいただいて、2の問いを改めて自分の中で問い直しました。その結果、二つの思いは矛盾しないという結論に至りました。どちらも日米地位協定への批判と、市民の生命健康、安全を根源とするものです。日本政府が市民の生命健康、重要な自然や史跡を守ろうとしないから、市民が反対しているのであって、築城基地の米軍基地化に反対する人は辺野古新基地建設に反対する人の敵ではない。両方が声を上げることによって、日米地位協定、安保を見直す、なくさせることが重要なのだと思いました。
私は、平和とは、丸腰でこそ最強の力なのだと考えています。甘い理想論に聞こえたとしても、全員が全員を信頼して一気に武器を下せば、武力によらない平和はすぐに現実になるのです。そのために必要なのは根気強い対話です。後は、自分で自分の武装を解除し、核を廃絶する作業が残ります。新しい武器を作るよりも、古い武器を解体するほうが、よほどお金と技術、そして時間を要する大変な作業だと思います。資源枯渇や気候変動を考えれば、今すぐ新たな基地や武器の製造はやめるべきです。そうしなければ私たちは、未来の世代に地球を残すことができなくなります。
内地の法曹にできることは、自らも学び、基地問題をただ基地や防衛政策の問題としてではなく、平和の問題として語ること。そして、可能な日がきたらすぐに沖縄や築城に足を運び、その目と耳で轟音を感じ、豊かな海が刻一刻と土砂で汚されていることに憤り胸を痛めて、自らの語りに確信を与えること。
辺野古新基地建設問題を学ぶには、現地沖縄支部の先生方の導きが欠かせません。膨大な資料に基づきご準備をされた仲西先生、政治情勢を紐解いてくださった新垣先生、ありがとうございました。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
~書評~「原爆 捨てられない記憶と記録」(佐々木猛也著)
大阪支部 大 川 真 郎
畏友佐々木猛也弁護士がこのたび大著を上梓された。私の知る限り、構想を温めてから上梓まで少なくとも十年は経過していると思う。
著者が、生涯の課題としてきた核廃絶の取組みから得た膨大な知見を凝縮させた書であり、著者自らが「遺言」と語るように、後世に残すべき渾身の力作である。
原点は五才時の体験である。広島に投下された原爆は、母に庭で散髪をしてもらっていた著者に強烈な閃光と凄まじい爆裂音、そして巨大なきのこ雲を消しがたい記憶として残す。
焼跡で探し出された、全身やけど状態の叔父の皮膚から、ピンセットでうじ虫を取り除き、そっと菜種油を塗った記憶がそれに続く。
被害の実相を記述する文章は、適切な表現を求めて、短文に短文を連ね、読者に迫るが、著者はまだ不十分と感じているであろう。全篇を貫くのは、原爆に対する怒りと原爆被害を再来させてはならないという強烈な思いである。
記述の中心となっているのは、原爆症認定裁判で提出された原告被爆者の陳述書である。
一緒に遊んでいた友だちの一人が、一瞬大火傷を負ってその場で息絶えた。もう一人は、「お母さん、お母さん」と叫びながら走り去って、行方不明となり、あとで死亡したと聞かされる。自らは、辛うじて生命をとりとめたものの、寝たきりの状態が続き、その後はさまざま症状が死の恐怖を伴って襲いかかり、それに耐える原告被爆者。
「家の下のぶどう棚のところに大勢の被爆者が横たわっていた。手から皮膚がぼろ布のように垂れ下がり、髪はぼろぼろの人たちが『水を下さい』と言い寄ってきた。」「原爆の話をすると心が張り裂けんばかりに痛み、苦しく悲しい思いで一杯になる。あの原爆が落ちなければこんなことはなかった。私の人生は生き地獄だった、これ以上苦しめないで欲しい」と訴える原告被爆者。
著者はこの裁判やノーモア・ヒバクシャ裁判などを長く担当し、大きな成果をあげただけではない。
核兵器の廃絶を求める日本法律家協会会長、国際法律家協会共同代表として、国内外において核廃絶を求める活動の先頭に立ってきた。
驚くのは、国際司法裁判所が核兵器の使用等は違法であるとの法的判断を下すように、裁判官が広島、長崎に来て被爆者の声を聴くように要請し、さらにニュージーランド政府を動かし、広島市長の証人を実現させ、ついに勧告的意見を引き出したこと。
いま、私たちはロシアが核を脅しに使い、ウクライナを侵略しつつある事態を固唾を呑んで見守っている。国内では、早くもこの事態を好機として、核武装を叫ぶ勢力が動きはじめている。
そんな中で私たちは、核廃絶の取組みが喫緊の課題であること思い知らされているが、課題が大きすぎるだけに、自らの力が余りに小さく、無力に思えてしまう。
他方で、高齢化する原爆被爆者が力を振り絞って世界に向かって訴えている影響力を目の当たりにしている。
私たち法律家は、著者や大久保賢一弁護士など少数の活動家に、この課題をまかせてしまっているのではないか。
「私たち」と書きながら、実は私自身のことを語っているのであるが、本書はそんな私に対する叱責でもある。(2022年3月5日)
(「原爆 捨てられない記憶と記録」佐々木猛也著、日本評論社刊 A5、620頁 定価3800円+税)