第1777号 6/1

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●国立ハンセン病資料館不当労働行為事件、笹川保健財 団に組合員の採用を命じる勝利命令!  今泉 義竜

●市役所の窓口業務の民間委託を断念させた取組について  中西  基

●派遣法「直接雇用申込みみなし制度」内部通達情報公開訴訟が結審  村田 浩治

●NATOの東方拡大とロシアの態度  木村 晋介

●自由法曹団あるいは団員の安全保障政策論に対する困惑と質問  矢﨑 暁子

●なんとか民訴法の改悪への歯止めを(議員要請に行ってきました)  永田  亮

■幹事長日記 ⑪(不定期連載)


 

国立ハンセン病資料館不当労働行為事件、笹川保健財団に組合員の採用を命じる勝利命令!

東京支部  今 泉 義 竜

 小部弁護士とともに取り組んでいた国立ハンセン病資料館不当労働行為事件で、5月9日、東京都労働委員会は、笹川保健財団による不採用を労働組合法違反の違法行為であるとして、組合員2人を2020年4月1日付けで資料館の職員として採用したものとして取り扱い職場に戻すこと、陳謝文を掲示することを笹川保健財団に命じました。命令全文は東京法律事務所ウェブサイトのニューストピックスにアップしており、東京法律事務所ブログにも各紙の記事や勝利声明を掲載しているのでご参照ください。
 この事件は、日本財団の運営する国立ハンセン病資料館の学芸員が、職場環境の改善を求めて労働組合(国公一般国立ハンセン病資料館分会)を結成して活発に活動していたところ、2020年4月1日付で受託者が日本財団から笹川保健財団に切り替わる際に、笹川保健財団が組合員2名を不採用として職場から排除したという事件です。
 都労委は、日本財団と笹川保健財団の間に「密接な関係」が認められる本件においては、笹川保健財団による不採用が、従前の雇用関係である日本財団との関係において、組合員であることを理由とする不利益な取り扱いに当たるという事情が存在する場合には不当労働行為に該当するという判断基準を示しました。
 その上で、資料館運営への批判やハラスメント問題等を広く訴える組合の活動は日本財団にとって好ましくないものであったこと、笹川保健財団の採用試験における多面評価の実施方や組合員2名の不採用理由が極めて不自然なものであること、日本財団と笹川保健財団が資料館内の防犯カメラで組合員らの活動状況を監視しようとしていたことなどの事実関係を認定した上で、笹川保健財団が日本財団と一体となって組合活動を警戒し、採用試験の不合格という形式を装って組合員を資料館から排除したものと断じました。
 悪名高きJR採用拒否事件(最高裁平成15.12.22)の枠組みを用いながらも、労働委員会は組合員排除のために行われた採用試験の本質を正しく見抜いてくれました。勝因としては、組合員が力を合わせて様々な証拠を収集して一つ一つの事実を立証したこと、ハンセン病療養所の入所者を含む支援の輪が大きく広がったことが挙げられます。
 この都労委命令を力に、組合員の職場復帰の実現と財団による資料館の不適切な運営の是正のために労働組合は尽力しています。ぜひ応援してください。

 

市役所の窓口業務の民間委託を断念させた取組について

大阪支部  中 西  基

1 はじめに
 大阪府吹田市において、市役所の市民課窓口業務を民間委託する計画が持ち上がったところ、これに反対する市民運動の結果、市議会において関連予算の撤回に追い込み、民間委託を断念させるという画期的な成果が得られたので報告する。
 吹田市(すいたし)は、大阪府北部に位置する人口39万人の中核市である。1970年の万国博覧会の会場となり、その跡地は万博記念公園として市民の憩いの場となっている。サッカーJリーグのガンバ大阪のホームスタジアムがあることでも知られている。
 吹田市は、1971年から1999年まで日本共産党などが推薦する市長が市政を担う革新自治体であったが、その後、1999年から2011年までは自民・民主・社民が推薦する市長、2011年から2015年までは大阪維新の会所属の市長、2015年から現在までは自民・公明が推薦する市長(後藤圭二)が市政を担っている。
 労働組合としては、自治労連傘下の吹田市職員労働組合(市職労)、吹田市水道労働組合、吹田市関連職員労働組合があり、これら3労組が吹田市労連として活発に活動している。
2 経過
(1)秘密裏に進められた計画
 2021年6月、吹田市内部において、市役所の市民課窓口業務を民間委託する検討が始められたが、市当局からその内容等が公表されることはなかった。市の個人情報保護審議会に諮られることもないままであった。
(2)市職労・市労連の求めによる情報開示
 市当局から計画が公表されないことから、市職労は、市当局に対して、職員の雇用や労働条件への影響が予想されるとして、計画の内容を明らかにするように求めた。これを受けて、2021年11月、市当局より市職労に対して「市民課の窓口委託について」と題する文書により説明があった。また、2022年1月には、市職労からの要求により、市当局から当該職場の職員らに対する説明会が開催された。
(3)明らかになった計画に対する反対運動の構築
 このように明らかにされた計画を受けて、市職労・市労連は、2021年12月以降、計画の中止を求めて旺盛な運動を繰り広げることとなった。
 市労連が毎日発行している日刊ニュースでは連日にわたって計画の内容を報じるとともに、シリーズ「ちょっと待って!市民課業務委託」を連載し、民間委託の問題点を広く訴えた。また、市職労内部で対策委員会を設置し、民間委託の問題点等について学習・研究を進めた。具体的には、先行して市役所の窓口業務が民間委託されている近隣自治体の労働組合に対してヒアリングや学習会を進めるとともに、連日の職場討議を繰り返した。
(4)反対運動の広がり
 このように計画の内容を明らかにさせるとともに、市職労・市労連は、大阪自治労連をはじめとする自治体労働組合や、市内の市民団体らにも民間委託計画の内容とその問題点を知らせて、計画中止への協力を呼びかけた。
 これを受けて、大阪府内の各労働組合からは、計画の撤回を求める要請書が70通提出された。また、市内の12の住民団体がそれぞれ計画の撤回を求める要請・申入れを繰り返した。
 このような動きに対して、市当局は、当該職場の管理職名で、「知るはずのない市民団体に情報が漏洩しているのであれば、守秘義務違反となる」といった注意文書を職員らに向けて発出した。市職労・市労連は、直ちにこれに抗議した。
(5)市民らの運動
 2022年2月には、市民らによって「吹田の豊かな公共を取り戻す市民の会」(市民の会)が結成された(呼びかけ人は市内在住の弁護士や大学教授)。市民の会は、「知らない間に急いで決めないで」、「市民課業務委託で市民サービスはよくなるの?」、「守りたいわたしの個人情報」など計画の問題点を分かりやすく指摘したカラー印刷のチラシを作成し、2週間で3万枚を市内各所に配布した。このカラー印刷のチラシには、市長への一言ハガキが添付されており、チラシを受け取った市民から、続々と一言ハガキが返送されてきた。最終的にはわずか1か月あまりで合計422通のハガキが返送され、その95%が「不安がある」との回答であった。さらに、市民の会は、「地方自治の喪失に踏み出す『自治体戦略2040構想』に基づく市民課業務委託計画に反対します」とのアピール案を発表し、このアピール案には、市内在住の多数の有識者ら(元教育長、元福祉審議会会長、元吹田市顧問弁護士など)が賛同を表明した。
 市民の会は、一言ハガキに寄せられた市民の声や、アピール案への賛同者らを記載したニュースを発行して市内各所に配布した。また、2022年2月17日に市議会が開会してからは、連日のように、市役所前での街頭宣伝行動が行われた。
(6)弁護士による意見書
 一方、市職労・市労連からは、大阪自治労連弁護団に対して、市民課窓口業務民間委託の法的な問題点を明らかにした意見書の協力依頼があり、これを受けて、大阪自治労連弁護団を中心とした有志の弁護士らによって、「市民課業務を民間事業者へ委託する計画の中止を求める意見書」が作成され、市議会本会議の代表質問が2022年2月28日(月)に始まることから、これに先立つ同月25日(金)に市長及び市議会議長宛に提出された。市議会議長宛に提出された陳情については、市議ら全員に配布される取り扱いとなっていることから、この意見書も同日中に市議ら全員に配布された。その結果、週末の間に市議らによってよく検討され、28日(月)の代表質問では複数の市議が意見書に指摘されている問題点に言及した質問を繰り広げた。
 この弁護士意見書では、①個人情報漏洩の危険性、②偽装請負の危険性、③住民サービス低下の危険性、④委託料の増大による市民負担増の危険性などが指摘されている。なお、意見書の全文は、吹田市労連のホームページで公開されている。
 市労連、市民の会、弁護士有志の3者は、2022年2月25日、共同記者会見を開いて、市役所市民課窓口業務民間委託の問題点を広く訴えた。
(8)議会での論戦
 市議会の審議においては、民間委託の理由・目的や委託よる効果、他市で起きている委託費増大に関する質問がなされたが、市当局は、まともに答弁することができなかった。そのため、与党会派の議員からも、「このような状況では審査できない」と不信感を募らせた。
 予算常任委員会の採決当日である2022年3月16日は、通常なら午前中に採決が行われるところ、朝から休会の状態が続き、ようやく委員会が開催されたのは午後7時40分を過ぎてからであった。市当局側からは、市役所市民課窓口業務の民間委託計画は撤回し、関連予算は削除することが表明された。
 その結果、2022年3月23日の本会議において、関連予算が削除された修正予算案が可決成立した。
3 要因と教訓
 今回の吹田市での取り組みは、市職労・市労連と市民団体、有識者、そして弁護士による旺盛かつ議会審議日程を踏まえたタイムリーな活動が、計画断念といった成果に結びついた。特に、住民一人一人の声をくみ上げて市長や市議会に届ける市民の会による一言ハガキの運動は大きな影響力があった。
 吹田市当局は、「未だに政策決定されていないので公表できない」、「市議会で議決されるまでは政策決定ではない」という理屈を繰り返して、市民に情報を知らせることなく秘密裏に計画を進めて市議会に予算案を提案し、市議会での審議過程においても、同様に、「政策決定はしていない」との答弁を繰り返した。このような市当局側の姿勢は二元代表制を正しく理解しないものであるが、「選挙で選ばれた議員こそが民意だ」という行き過ぎた発想(あるいは忖度)がその根底にあったのではないだろうか。広く市民に情報を開示して市民の意見を聴取しながら政策を進めようという姿勢ではなく、市議会さえ通せばかまわないというこのような発想は、労働組合や市民団体による運動を軽視あるいは敵視する姿勢にも通じているように思われる。
 また、市当局は、「知るはずのない市民団体に情報が漏洩しているのであれば、守秘義務違反だ」という注意文書を発出し、職員を統制することによって市政内部の情報を市民には一切知らせないようにしていた。議会で議決されるまでは、市民には計画の内容を一切知らせないといった誤った市政の進め方は、強く批判していく必要があろう。計画段階からの情報公開などの取り組みも今後は重要になると思われる。

 

派遣法「直接雇用申込みみなし制度」   内部通達情報公開訴訟が結審

大阪支部  村 田 浩 治

 大阪支部団員が多く所属し、長年派遣労働問題に取り組んでいる民主法律協会・派遣労働問題研究会の有志メンバーで、現在、一つの情報公開請求訴訟に取り組んでいる。本件は、違法派遣や偽装請負の場合に直接雇用申込みをみなすという「直接雇用申込みみなし制度」(派遣法40条の6)が施行された後、同制度に基づく権利の早期実現を担うべき労働局の調査指導等がむしろ消極的になったことに疑問をもち、当時民法協事務局長であった谷真介団員(大阪支部)がこの点の行政の運用について情報公開請求をしたことに端を発している。同請求により、労働行政を消極的にしていると疑われる内部通達が存在することが判明したが、その多くは不開示(黒塗り)とされた。「何かがおかしい」--そこで同研究会弁護士メンバー有志で弁護団を結成、マスキング部分に関する不開示決定処分の取消しと開示の義務付けを求め、2020年6月に大阪地裁に提訴した。
 2年間の審理を経て、本年5月24日に同訴訟は結審した。判決は本年9月8日に言渡し予定であり注目していただきたい。本報告では、結審時の谷真介団員の原告意見陳述を紹介する。本情報公開訴訟の取組みの意義がよくわかっていただけると思う。
<意見陳述>
1 私は本裁判の原告の谷真介です。結審にあたり、本裁判をなぜ提起したのかについて意見を述べさせていただきます。
 私は2007年に弁護士登録しました(司法修習第60期)。司法修習生のとき、偽装請負・違法派遣問題のトピックとなった事件、松下PDP事件の原告と担当弁護士のお話をきく機会があり、「偽装請負」という問題を初めて知りました。私はいわゆるロスジェネ世代で、「派遣」というのはごく身近に、また当たり前に世の中にあるものだと思っていました。しかし松下PDP事件では、大企業が労働者を使い捨てにする仕組みをつくり、不安定な雇用を強いた上、労働者が違法な偽装請負を告発したところ、嫌々直接雇用をしたものの、必要の無い嫌がらせの業務を命じた挙げ句、雇止めをしたという、本当にひどいことが起こっていました。雇用主ではない者が指揮命令をする「間接雇用」という不安定な働かせ方が世の中にあるのかと私は衝撃を受け、非正規雇用の問題は将来、法曹になったときに取り組まなければならない課題だと考えるようになり、この問題に取り組む民主法律協会・派遣労働問題研究会に修習生時代から通うようになりました。
2 弁護士登録をした直後、この松下PDP事件は大阪高裁で、発注先企業である松下PDP社に対する労働者としての地位確認を認める画期的な判決が出されました。これに勇気づけられ、全国で同様の裁判が多数起こり、私も何件か携わりました。しかしながら、松下PDP事件が最高裁で逆転敗訴、その後雪崩をうったように、違法派遣、偽装請負の裁判では労働者敗訴の判決が続くことになりました。
 非正規労働者が理不尽に雇用を奪われても、立ち上がるのは本当に大変です。主婦が家計補助のためパートを、あるいは学生が小遣い稼ぎのためアルバイトをしていた時代とは異なり、いまや非正規労働者が全体の4割となり、自身や家族の生計を維持するため非正規で働かざるを得ない方ばかりです。貯蓄はなく、派遣切りや雇止めに遭えばただちに生活に困り、次の仕事を探さなければならず、裁判どころではありません。弁護士費用や貴重な人生の時間をそこにかけることなど到底できません。しかも裁判に立ち上がっても司法は非正規労働者に非常に冷たく、勝てる見込みは大きくありません。そのような状態で裁判に立ち上がれる非正規労働者など普通いません。
3 そこで重要なのは、行政の役割です。都道府県労働局は違法派遣や偽装請負について職安法や派遣法に基づいて助言や指導、勧告、公表などの監督権限をもっています。企業も行政の指導等には耳を傾けざるを得ません。民主法律協会・派遣労働問題研究会では、この行政の機能・権限を最大限活用し、多くの違法派遣等を労働局に是正申告、そして行政の指導等を得た上での労働組合や弁護士の交渉で、多くの直接雇用化を実現してきました。
 そしてこの問題で大きな画期となったのが、2015年10月、違法派遣等の場合に派遣先との直接雇用を民事的効力をもって実現する「直接雇用申込みみなし制度」(派遣法40条の6)が導入されたことです。このときさらに、裁判をしなくても行政の助言や指導等で早期に直接雇用を実現するための監督権限が行政に与えられました(派遣法40条の8)。この「みなし制度」は、松下PDP事件最高裁判決で大きな壁が立ちはだかっていた派遣労働者にとって光となりうる法制度でした。
 しかしながら、その後、実際には、行政でどうもこの「みなし制度」がほとんど活用されていない、それどころか、これまではなされていた「偽装請負」や「違法派遣」の認定自体にすら行政が消極的になっているのではないか、と疑わざるを得ない事案が続きました(東リ事件、日本検数協会事件など)。いったい行政内で何が起こっているのか疑問に思い、都道府県労働局の調査指導等の運用に関する文書について情報公開請求をしました。すると、労働局の分厚いマニュアル(これもほとんど不開示)とともに、派遣法40条の8について非公開の行政通達があること、しかもこの行政の運用の問題で厚労省ヒアリングが実施された直後に大幅に改正されていることが判明したのです。しかしながらそのほとんどが不開示としてマスキングされており、内容はわかりませんでした。
 本訴訟を提起し、国の主張や担当者の尋問で明らかになったのは、不開示とした理由が「労働局の指導監督における視点や留意事項が明らかになり、企業が予め対策をとる」というものだけでなく、監督権限が付与された労働局職員の行動規則となる本通達の内容が、どうも労働局の助言指導等を消極的にする内容となっており、もしこの内容が公になれば派遣労働者が「行政に頼っても意味が無い」として、助言の求め等をしなくなる、という驚くべき理由にあったことでした。そうなのであれば、国民に対しその内容を閉ざすのではなく、公にされた上で、派遣労働者保護のために創設された「みなし制度」の助言指導等に関する行政の運用がそれでよいのか、「みなし制度」の趣旨に則っているといえるのかについて、国民的議論の素材とされ、その結果、不十分だということであればこれを元に修正されていかねればならないはずです。それが原則的に公文書について国民への公開を義務づけることで、国民主権原理や民主主義を担保した情報公開法の制度趣旨であると考えます。

 

NATOの東方拡大とロシアの態度

東京支部  木 村 晋 介

 小賀坂幹事長が、5月集会特別報告の中で、NATOの東方不拡大の問題に触れておられますので、私の意見を投稿させて頂きます。
1 議論の前提として
 幹事長は塩川伸明さんの世界5月号論文から、ロシアの侵略にNATOの東方拡大が強く影響したという説を引用されています。しかし、この塩川さんの論は「第一次世界大戦の戦後処理がドイツに厳しすぎた面があり、それがナチ政権成立の遠因の一つとなったと指摘するからといって、ナチ・ドイツのさまざまな犯罪的所業を弁明したり免罪することにはならない」という文脈の中で語られているということに注意しておくべきだと思います。また、塩川さんは東方拡大がなければ、ロシアのウクライナ侵略は起こらなかった、といっているわけではないことにも注意すべきだと思います。
 それは、例えば、太平洋戦争についてもいえることです。米国による石油などの禁輸や在米資産凍結などの対日 措置、いわゆる経済封鎖が日本開戦の誘因になっていることは事実ですが、だからといってアメリカは経済封鎖をしなければよかった、と日本がいえるわけではありません。
 私はロシアのそれ以前の「軍事力による現状変更」の履歴(例えばクリミア併合やグルジア紛争)からして、ロシアが反ネオナチ闘争の名目で一方的にウクライナに侵攻する可能性は十分あり、その脅威からウクライナのNATO加盟へ向けての流れが始まった、そう見る方が素直ではないかと思います。これにアメリカが関与していた疑いがあるとする塩川さんの論には具体的な根拠が示されていません。
 つづいて、ロシアがNATO東方拡大を脅威としていたか、についていくつかのことを述べたいと思います。
2 東方拡大はロシアが容認していたのではないか
 一つは、ロシアはNATOの東方不拡大それほど固執していたわけではない、と思われることです。
 「アメリカが東方拡大をしないといったのではないか」が議論される90年のことですが、ロシアとアメリカはその後である97年にもヨーロッパの安全保障に関する会談をヘルシンキで行っています。ロシアの大統領はエリツィン、アメリカの大統領はクリントンで、3月に何度か話合いが持たれています。
 ここでエリツィンは、NATOの東方不拡大を求めます(ただし、90年に不拡大の合意があったという主張はしていないようです。また、ロシア国内でも、東方不拡大について固執しない旨のエリツインの発言があったとされています)。クリントンは、NATOの新規加盟国には核を配備しないこと、ロシアのサミットへの参加などの経済支援、大陸間弾道弾の削減などを提案しますが、NATOの東方不拡大の要求には応じませんでした。そして、3月22日の夕刊の各紙1面に「ロシアNATO拡大容認」(読売・毎日)「NATO拡大本格始動」(朝日)の見出しが躍ります。両大統領の共同声明を受けての記事です。
 この会談に基づき「ロシアとNATOの安全保障等についての基本文書」が5月27日にフランスのエリゼ宮殿で、仏シラク大統領立会いの下に調印され、エリツィン大統領が満面の笑みでクリントン大統領の手を握っている姿が報じられています。
 幹事長が引用したように、ジョージ・ケナン(1904~2005年)が95年2月に(この時ケナンは91才)、「北大西洋条約機構(NATO)の拡大は誤りであり、ロシアの反発を招きかねない」と警告したとされています。しかし重要なことは、彼がそう警告したとされるころに、クリントンとエリツィンとNATOの間で、NATOの東方拡大をロシアがのむことを含みとした合意が円満裡になされていた、ということだと思います。
これらは当然国際的に配信されたニュースでしょうが、エリツィンが「誤報だ」として取消しを求めたという報道は見当たりません。
3 ロシアのいう東方拡大の脅威とは
 二つ目は、NATO拡大はロシアに死活的な脅威をもたらすものだったのか、という点です。
 NATOは国連憲章に認められた集団的安全保障機構ですが、NATO加盟国の軍事費の合計は、世界全体の70%以上を占め、世界最大最強の軍事同盟です。
 いままでに軍事的介入をしたのは、①ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、②コソボ紛争、③マケドニア紛争、④アフガニスタン紛争、⑤2011年リビア内戦の5回になるでしょうか。
 この中には、安保理の決議を経ないで軍事行動をなしたものもあり、これは大きな問題です。安保理の決議を経ない軍事行動が許されるとすれば、ロシアの拒否権が用をなしません。これによって、ロシアにNATOに対する疑念が生じ、改めて脅威が生じたということなのでしょうか。
 私はこれらの紛争全体についてあまり詳しくないのですが、これらの紛争の中でNATOが果たした役割りは、加盟国の領土的野心を満たすように行動したり、それを煽ったり、ということはないように思っています。要するに、「客観的に見て」ロシアの政権を転覆するようなことをNATOがするかもしれない、ロシアの領土を獲られるかもしれない、空爆を受けるかもしれない、というほどの「客観的な」脅威がロシアに生じていたのか。私にはそこにリアリティが感じられないのです。なにが、「他国に侵攻してまでNATOの脅威に対抗する」という動機づけとなったのか。私にはよく理解ができないのです。結局その行動は、成功するしないにかかわらず、東欧のいっそうのNATO化を進めるし、ロシアを孤立させることになるのですから。
 幹事長も引用された論文で塩川さんも「プーチンの戦争こそがウクライナを決定的にNATO側に押しやった」と述べておられます。中立をとってきたフィンランドやスウェーデンについても同じことが起こっています。ここでも、幹事長は両国は危険を冒そうとしている、と批判されるのでしょうか。私はこの時点で両国に中立でいろ、緩衝帯になれというのは気の毒なように思います。
 私は、この戦争を起こしたプーチンには、メンタル面でのトラブルが起きているのではないかと感じています。
4 まとめ
 本稿を通じて私が言いたいことは以下の三つです。
①   幹事長の報告には、クリミア併合やグルジア紛争の経緯にみた上でも、「ウクライナがNATO加盟の意向さえ示さなければ、ロシアによる侵略のリスクはなかった」という主張についての論証が不足していること
②  ロシアの侵略は東方不拡大が原因だという論理を不用意に強調することは、結局団が「どっちもどっち」論に立っていると見られることになり、団の行動が普通の人々の共感を得られなくなるのではないか、ということ。
③   ウクライナがロシアに侵略されたことに対する対処として、逆に多国間の集団安全保障機構と、自衛のための軍備一般の解消を求める、ということの間には大きな論理の飛躍があり、国民の不安にこたえることにはならないということ
 幹事長の言われる、「安全保障のジレンマ」は平和構築の基本となる問題ですが、長くなりますので、改めて論じることにいたします。

 

自由法曹団あるいは団員の安全保障  政策論に対する困惑と質問

愛知支部  矢 﨑 暁 子

 ベテラン団員の中に、万が一攻められた場合に個別的自衛権を行使することを当然視する方々が目に付くので、困惑しています。2003年から2004年にかけて有事法制が制定された当時、当時の賛成派はまさに「万が一の事態に備える法制度がないのはおかしい」という主張をしていました。現在、万が一の事態に個別的自衛権を行使すると主張しておられる方々にお聞きしたいのですが、万が一の事態に自衛隊がどのように行動するのか、その行動の限界を取り決めておくことは必要なかったのでしょうか。有事法制に反対していた団員の方々は、「真に日本の領土に対する攻撃が行われた場合の有事法制」であれば制定に賛成だったということでしょうか。私はてっきり、戦争というものは「自衛権行使」の名目で行われるから憲法9条は個別的自衛権行使や自衛のための実力保持を否定しており、日本の領土に攻撃があっても反撃できないのはやむなしと割り切っているのであって、そういう憲法9条の理解に基づいて団は有事法制に反対しているのだと思っていました。少なくとも私はそのつもりで反対運動に参加していました(当時は大学生でしたが)。でも、それは私の誤解で、当時から少なくない団員が「万が一の場合には軍事力を用いて戦闘する」と考えていたのでしょうか。あるいは、当時反対していた団員は「日本が攻撃を受けるおそれはない」情勢であったから有事法制に反対していたけれど、現在は情勢が変わったので立場も変わった、ということなのでしょうか。情勢の変化に従って改説すること自体は何の問題もないので、改説したならそう言っていただきたいです。
 そして、日本の領土が攻撃されたら個別的自衛権を行使する、と考えている方々にお聞きしたいのですが、「自衛の措置をとる」との改憲案に反対しているならばその理由はどこにありますか。また、個別的自衛権を行使するにあたってどこまでの戦力を持つべきか、日米安保を破棄するならばその分自衛隊の強化が必要か、たとえば沖縄に外国軍が上陸した場合に沖縄を戦場にするのか、国民保護条例に基づく避難訓練をすべきか、避難所に自力で行けない人や介護や医療を必要とする人々をどうするのか、防空壕のようなシェルターを作るべきか、自衛隊が市民に銃の持ち方を教えたりすることも必要かなど、具体的な点はどうお考えでしょうか。私としては、自衛権行使であれ、軍事力を衝突させたら「終わり」であるため、何が何でも軍事力を使わないで紛争を解決すべきだと考えます。とはいえ、日本の侵略主義と戦った中国や朝鮮の人民、ベトナム戦争やアフガン戦争、イラク戦争などでアメリカと勇敢に戦った人民たちについて、かれらの行動を「しないほうがよかった」とは言えません。他方で、降伏するくらいなら戦って死ね、とも言えません。あくまで自分個人の行動としては、日本の自衛戦争中にも勇気を出して反戦運動をするつもりです。火炎瓶も投げず、志願兵になることもありません。避難あるいは投降した異国の地で民族の誇りを守り伝えていくだろうと思います。みなさんは人を殺す覚悟がおありなのでしょうか。私にはありません。
 関連して、5月21日付団通信で、木村団員が私の論稿に対していくつか言及しておられたのでお返事します。安全保障政策を考えるのは主権者の役割である、という私の主張は、「法律家よ安保政策から去れ」などというものではありません。書いていないことを読み取って無責任呼ばわりなさらないでください。主権者の中には法律家も含まれるし、そうでない人もいます。法律家でなくても主権者ならば安全保障政策を自ら考えて意見を述べるべきだと言っているのです。講演で「自衛の措置ができると憲法に書いておいた方がいいのではないか」という質問が寄せられるけれども、弁護士に聞かないで主権者として自分の意見を言ってくれと思う旨、私の同じ論稿に書いてあるのでそこもお読みください。木村団員からは非武装平和主義を考え直すようご助言もいただきましたが、謹んでお断りします。私は他の人を説得できるかどうかによって憲法解釈や安全保障政策を選んでいないからです。
 最後に、「攻められないためにどうするか」について私の見解を述べます。人・物・金の交流をとおして経済的相互依存関係を強め、「あの国と戦争したくない」という国民感情をあちこちの国との間で強めること。外交上のトラブルを裁判によって解決できる共通の司法制度・裁判所を作ること。むやみに軍事的な挑発をしあわないこと。他の国と見解の相違や衝突があっても定期的に連絡を取り合い、会合を開き続けること。武器を開発・流通させない条約を作り、実効性のある監視組織を作ること。貧困や圧政に苦しむ他国に日頃から教育や技術や医療の援助をすること。紛争の平和的解決のシミュレーションを続け実現可能性を高めること。みなさんのご提案もお聞かせください。

 

なんとか民訴法の改悪への歯止めを(議員要請に行ってきました)

市民問題委員会担当次長  永 田  亮

1 民事訴訟法が大きな転換点を迎えています。IT化による国民が利用しやすい裁判制度の構築を掲げて、2020年3月以来、法制審議会(IT化関係)部会で議論が続けられてきた民事訴訟法の改正が、いよいよ今国会での大詰めを迎えています。
 利便性の高い民事裁判手続のIT化が実現すること自体は非常に重要なことですが、利便性が優先し、国民の裁判を受ける権利を蔑ろにするような改正は到底許すことは出来ません。
2 民訴法の改正法案の問題点の詳細は、2022年3月30日付で発出した意見書に譲ることとしますが、大まかに3つの大きな問題があります。最大の問題点が、IT化とは全く関係のない、審理期間を指定した期日から6ヶ月以内に限定するという法定審理期間訴訟手続を導入する、というものです。迅速さのみを理由として審理期間を限定することは、当事者双方が主張立証を尽くし審理を尽くすという民事裁判の大原則を損なうもので、憲法32条が保障する国民の「裁判を受ける権利」を後退させるものに他なりません。当該制度は、最高裁から突如提案されたもので、立法事実たる必要性について十分に検討されていないことからして、裁判所の手抜きを許すものであることは明らかです。また、導入の予定されるウェブ会議等による口頭弁論期日は、当事者が反対しても実施が可能とされており、裁判の公開を失わせ、国民の監視から逃れさせる危険があります。さらに、訴訟代理人へのオンライン申立の義務化についても、システムの概要や利便性なども明らかにならない段階から義務化を前提として手続を強要する必要性はどこにもありません。
3 当該法案にはかような問題点が多く残され(部会でも全員一致ではない異例の採決だったようです)ているにも関わらず、2022年3月8日、衆議院に提出され、法案の審議が始まりました。
 当該法案の問題点を各議員、特に弁護士委員及び法務委員会の議員には正確に伝え、審議の中で問題提起をしてもらう必要があったことから、市民問題委員会のメンバーを中心にして、同年4月12日、衆議院議員に対する議員要請を行いました。それぞれの議員を回り、意見書や要請の内容を説明したことで、後日の審議で質問を予定していた野党議員らの理解を更に深めることができ、自由法曹団の指摘する問題点を踏まえた質問が法務委員会では行われていました。
 しかし、それに答える側の態度は誠実なものとは到底言えず、拙速で不十分な審理となるおそれがあること、訴訟代理人の選任を必須としないことの危険性、裁判官が当事者に利用を促すことが禁止されていないことの危険性、利用の可否についての裁判官の判断基準の曖昧さ、国内のテスト導入事例の検証や海外の事例調査すら行っていない実情などが次々に明らかになったにも関わらず、法案の見直しや修正がされることなく同年4月21日に衆議院を通過するに至りました。
4 そのため、次は参議院議員に問題意識を深めてもらう必要があることから、同年5月11日、馳せ参じてくれた若手弁護士らとともに、参議委員議員に対する議員要請を行いました。議員要請に臨む前に、山添参議院議員から情勢報告をいただき、17日には採決の公算が高いとのお話もされ、成立は避けられない状況ではありましたが、衆議院の際と同様に、少しでも議員らの理解を深め、審議の中で法案の問題点が明らかにされ、今後の運用における歯止めとなるよう、それぞれの議員に説明を行いました。 
 私が伺った、沖縄選出の高良鉄美議員のお部屋では、法案の問題点について意見交換するとともに、少しでも説得的で歯止めとなるような質問方法についても検討する時間を取ることが出来ました。
 また、議員要請と並行して行っていた、議員宛のFAX要請も確認されていたとのことで、一つ一つの運動がしっかりと議員に届いていることがわかりました。
 このような議員との対話を持つことが、悪法に対する歯止めの一つになることを実感し、議員要請の重要性を改めて感じました。
5 この団通信原稿を書いている時点では、まだ成立には至っておりませんが、仮に成立したとしても、日頃から裁判に取り組む弁護士として、当該民訴法の改悪を見過ごすことはできません。運用するなかで裁判を受ける権利が侵害されることのないように今後も取組みを続けるとともに、国会議員とも協力して、少しでもよい社会づくりを目指していきたいと思います。
※なお、同法は5月18日に参議院本会議で可決、成立となりました。残された課題については5月集会決議をご参照ください。

 

幹事長日記 ⑪(不定期掲載)
古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう

小 賀 坂  徹

 5月集会が終わった翌日の5月24日の朝、まだ体中に前日の酒が濃密に残っている状態で、半ば朦朧とGoogleのニュースをみていると、ミック・ジャガーのインタビュー記事にアテンションを奪われた(←5月集会の記念講演の成果w)。
 「ロックンロールはもちろん、あらゆるポップミュージックは、正直なところ、70代でやるものではない。そのために作られたものではないんだ。この年齢でエネルギッシュなことをするのは、本当に無理がある。でも、だからこそ、やりがいがある。」
 ここで70代といってはいるものの、ミック・ジャガーは御年78歳(もうすぐ79歳)なので、80代と置き換えてもよさそうである。まあ73歳の時、当時29歳の恋人との間に8人目の子どもをもうけたミックを常人として扱うことはできないかもしれない。でも70代でロックをやるのは無理があるけど、だからこそやりがいがあるという言葉は刺さる。
 私はその2日前の5月集会の問題提起の最後に次のように述べた。
 「恐らく、今、私たちは、戦後の社会で経験したことのない事態に直面している。だから直線的に正解にたどりつくということは困難だろうと思う。そうだからこそドグマ的思考に陥ることなく、リアルに物事を見定め、各人の忌憚なき意見を遠慮なく、躊躇なく、そして臆することなく出し合い、議論し、一つ一つ到達点を積み上げていくことが何より重要で、それが団の英知を結集するということだと思う。…リアルな社会と向き合うことをやめない限り、時代の課題はどこまでもついてくる。私たちは時代から自由になることはできない。だとすれば、とことん時代の課題と格闘し、1ミリでも2ミリでも時代を前に進めていくしかない。困難な課題だからこそ、そこに立ち向かう価値がある。」
 どうです、ミック・ジャガーの言ってることとちょっと似てませんか。
 何十年弁護士をやっていても、時代の課題と向き合おうとすれば、それが常に変化している以上、常に新しい思考が求められる。もちろん経験の蓄積や熟練の技術がものをいうことも少なくないが、それも新しい課題に対応できるようアップデートしていかなくてはならない。だからしんどい。でもだからやりがいがある。ボクはローリングストーンズの熱狂的ファンというわけでもないし、ミック・ジャガーは相当仰ぎ見る世代ではあるものの、78歳にそういわれるとロック魂はたぎってくるし、オレだって似たようなことを思ってるんだといいたくなる。負けるもんか。
 そんなことを思う一方で、吉田拓郎のこんな歌も思い出していた。
 『古い船には新しい水夫が 乗り込んで行くだろう 古い船をいま動かせるのは 古い水夫じゃないだろう なぜなら古い船も 新しい船のように 新しい海へ出る 古い水夫は知っているのさ 新しい海の恐さを』(イメージの詩)
 自由法曹団という創立100年を超えた団体は「古い船」といっていいだろう。そしてその「古い船」を動かす主力はやはり「新しい水夫」であるべきだ。そこに新しい海に立ち向かうことにやりがいを感じている「古い水夫」も加わる。そんな組織が理想だ。ミック・ジャガーが70代でも80代でもエネルギッシュにロックしようとしてるのも、次々と登場してくる「新しい水夫」に刺激されているからということも大いにあるだろう。「簡単には席を譲らないぜ」という思いもきっとあるはずだ。
 Zoomの向こう側は分からないので何ともいえないが、5月集会で「新しい水夫」が数多く目立ったかというとそうでもなかったように思う。その点でもっと工夫が求められるのかもしれない。執行部として反省すべき点もあるだろう。それでも繰り返し言いたい。
 『古い船を今動かせるのは 古い水夫じゃないだろう』

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