第1786号 9/1

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●神奈川県警の警察官の拳銃自死事件裁判で、完全勝訴判決を勝ち取りました!    笹山 尚人

~京都支部特集(その3)~

■京都北山エリアの整備計画問題について  森田 浩輔

■今ならまだ引き返せる、仁和寺門前ホテル建設計画  森田 浩輔

■新選組ゆかりの地での闘い~7階建てマンション計画を審査請求で撤回へ~  森田 浩輔

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●核兵器廃絶をどこまで先送りすれば気が済むのか !!―木村晋介さんの主張の特徴―  大久保 賢一

●松島暁さんの木村ネオコン接近説などについて  木村 晋介

●我が国の安全保障防衛政策の形成過程を現在から振り返る(4)  井上 正信

●秋田に土着して半世紀   永尾 廣久


 

神奈川県警の警察官の拳銃自死事件裁判で、完全勝訴判決を勝ち取りました!

東京支部  笹 山 尚 人

 担当案件である、「神奈川県警の警察官が拳銃で自死事件裁判」で横浜地裁第2民事部(小西洋裁判長)から勝訴判決を得ることができました。
 横浜地裁は、原告である亡くなられた警察官である古関耕成さんのご両親の主張を認め、被告神奈川県に対し、請求額を100%認容して、5500万円余を支払うよう命じる判決をくだしました。この意味で、完全勝訴判決でした。
1 事件の概要と争点
 この事件は、2016年3月12日に、当時、神奈川県警泉警察署の地域課に所属していた古関耕成さん(当時25歳)が、署内のトイレで拳銃を自らに向けて発砲し、自死を遂げた事件について、ご両親である原告らが、神奈川県警に安全配慮義務違反の行為があったと主張して、総額5500万円余の損害賠償を求めた裁判です。
 耕成さんは、職場の状況に追い詰められており、2016年3月6日から7日にかけて、先輩や上司らの言動により、追い込まれた状況に合って、精神に不調をきたしている状況にありました。この状況が改善せぬまま、拳銃が貸与されたことにより、自死事件が発生してしまいました。
 裁判の争点は、警察官である耕成さんに対し、通常のあり方として、警察署では拳銃を貸与して携帯させて業務に就かせるわけですが、この拳銃の携帯をさせるにあたって、耕成さんの精神状態等を確認する安全配慮義務があり、警察側がそれを怠ったといえるか、でした。
 私たち原告側は、警察官が拳銃を用いた事件を引き起こしている事例や、神奈川県警自身が、拳銃の携帯をさせるにあたっての要綱を定め、精神に不調を来しているとみられる者について拳銃を携帯させない場合があることについてのルールを定めていることに照らし、拳銃という危険な物品を携帯させるにあたり、確認する義務があると主張してきました。
 神奈川県警を組織する被告神奈川県は、耕成の自死について予見できなかったとして過失の存在を否定していました。
2 横浜地裁判決の内容
 判決は、当方の主張を明快に認めました。
 以下の内容です。
・警察官は、原則拳銃の携帯が義務付けられていることからすると、拳銃の携帯を義務付けることにより、警察官の生命及び健康等に危険が生じるおそれがあると認められるときは、被告は、安全配慮義務として、拳銃の携帯を免除する義務(拳銃を使用する業務に就かせない義務を含む)を負うと解される。
・耕成が、それ以前の様々な諸事実から、「仕事を辞めるかどうかという重大な決断をしなければならなくなるまでに追い込まれ」、上司たちから「一人で帰宅させることができず、実家に帰らせる必要があると判断されていた」から、「精神に不調を来しているということができる。」
・「泉警察署の拳銃管理責任者は、3月12日の拳銃を貸与するにあたって、耕成の生命及び健康等に危険が生じるおそれがないことを確認する義務が生じていた。」
 しかし、当日、原告である母に、耕成が実際に実家に帰省したか、悩みが解消したかを確認することなく、耕成から改めて事情を聴取したり経過を観察したりすることなく、拳銃を貸与した。
 これは、耕成の生命及び健康等に危険が生じるおそれがないことを確認する義務を怠り、ひいては、拳銃の携帯を免除する義務を怠ったといえ、安全配慮義務違反である。
・神奈川県側の、耕成の自死について予見可能性がないと主張した点について、「精神に不調を来している者に拳銃を携帯させれば、自己又は他人の生命又は身体に対する危険を生じさせることは予見可能というべきであり、自死という特定された具体的結果までの予見可能性がなくとも安全配慮義務における過失の前提となる抽象的な予見可能性を認めることができる。」等として、被告の主張を排斥した。
3 判決の意義
 判決後の記者会見で、原告らのご両親は、「一番苦しい思いをした我が子の思いに少しでも寄り添うことができた。」「息子の名誉を少しでも取り戻したかった。組織体質の改善につながってほしい」とコメントしました。
 御本人の無念、ご両親はじめご家族の苦衷を思うと本当につらい事件でしたが、少しでも報いることができたかと、弁護団としては、胸をなでおろしています。
 この判決は、おそらく、拳銃という、人の生命に直ちに影響を及ぼす物品を業務として日常携帯する警察官において、本人及び周辺にいる人の命を守るために、警察がどのような対応をしなければならないかについて、その意味での安全配慮義務について判断した、おそらく我が国最初の裁判例であると思います。
 この先例を生かし、このような悲しい事件が繰り返されないように、全国の警察が、その組織のあり方をきちんと見直す契機になればと考えています。
4 最後に
 本件を担当した弁護団は、石﨑和彦団員、加藤健次団員、山田大輔団員、岸朋弘団員、それに私です。
 また、本件は、依頼を受けた当初、私が対応に困って、総会でしたか五月集会でしたかの機会に、こうした事例に造詣が深い佐藤博文団員に相談し、また、市川守弘団員からも、同種案件の経験からのアドバイスと資料提供をいただきました。
 佐藤団員からは耕成さんと接触していたお母さんとお姉さんの陳述書を詳細にかつ早急にまとめることをアドバイスされましたが、初期にまとめたその陳述書が、判決では事実認定に大いに引用されていました。また、市川団員からいただいた資料からは、警察が豊富に規則や要綱を定めていることがわかったのですが、そこを手がかりに、警察には拳銃の取り扱いに関するルールが定められていること、それに照らして本件の警察の行為が問題あるものであったという視角を明らかにすることができました。
 このように、いずれも、本件の勝利に極めて有益な助言でした。ですので、団の絆のありがたさを、これほど実感したことはありません。お二人に心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 

~京都支部特集~(その3)

 

京都北山エリアの整備計画問題について

京都支部  森 田 浩 輔

 京都市左京区の「北山エリア」の開発計画をめぐり、京都府は急ピッチで植物園の開発計画や府立大学での1万人規模のアリーナ建設計画を進めています。
 北山エリアは、閑静な住宅地、北山通り沿いの個性ある店舗群、博物館としても世界的価値の高い府市民の憩いの場である府立植物園、府立大学、コンサートホール、歴彩館など、歴史・文化都市京都市の中でも質の高い住宅・文教地域です。一方で、府立大学の施設の老朽化、府立資料館の跡地利用問題などの課題を抱えており、これまでの優れた特質をふまえた今後のまちづくりのあり方が注目されるエリアです。
 ところが、京都府が2020年12月に発表した「北山エリア整備基本計画」は、地域からの要望(ボトムアップ型)ではなく、京都府が東京のコンサルタント会社に依頼して案が出てきたもので、府立大学内で客席1万人規模のアリーナ建設、資料館跡地ではコンベンション、宿泊・飲食施設の集積施設建設、府立植物園を含む周辺での商業施設を誘致して「賑わい施設」建設などの計画が明記されています。
 北山通りの植物園側の樹木を伐採して商業施設にすることや、周辺の住環境(住宅地は10m、北山通り沿いは15m)と調和しない20mの高さを認めるなど、地域の歴史・文化・閑静な住宅環境を無視したものと言わざるを得ません。
 これに対しては、既に、北山エリアの将来を考える会、京都府立植物園を守る会、京都府立植物園整備計画の見直しを求める会(ながらぎの森の会)がそれぞれの立場(住民・市民・専門家)から見直しを求めて活発に活動しています。北山エリアの開発計画の白紙撤回を求める署名(紙署名+ネット署名)は全国から14万人を大きく超えて集まっており、撤回を求める世論の声が広がっています。
 府立植物園の開発をめぐっては、府側は「研究」機能の強化を推進しています。現府知事は、本計画が大きな争点になった今年4月に行われた知事選で、計画の賛否についてまともに触れず、当選後の5月から一転して計画推進に舵を切っています。その中で、植物園を「研究拠点」とすることを明言していますが、その意味については何ら具体的に述べられていません。植物園の元園長らは、「『研究』中心の植物園になると、府民に楽しみながら学んでもらうという、府民のための植物園ではなくなってしまうおそれがある」と、府の姿勢に批判や警鐘を鳴らしています。
 府の最大の狙いは府立大学にアリーナを建設することだとも言われています。アリーナ建設は、政府がスポーツの成長産業化に向けた「スタジアム・アリーナ改革」に基づくもので、大学の体育館を企業の儲けの場として提供することになります。しかし、その計画の推進に、府立大学の学生の声は反映されていません。府が8月に開いた整備計画に関する有識者懇話会では、府立大学の学長が「どのような計画になるのか、学生や教員の中で不安が広がっている」と述べ、同会議を傍聴していた府立大の学生も「きちんと学生の声を聞く仕組みを作ってほしい。アリーナではなく、学生が使いやすい普通の体育館を整備してほしい」と話しています。
 なお、今年1月に公表されたコンサルティング会社の報告資料では、アリーナ建設に175億円とするなど、計画全体の建物建設費は総額319億円、30年間で230億円の赤字収支の見込みが試算されていました。
 府の財産の使い道であることを含め、今後のまちづくりのあり方を検討するにあたっては、本来、まず住民・市民(大学では学生・教職員)の意見を聞き、合わせて植物やまちづくりの専門家の意見を聞くことが求められているうえ、これまでの質の高い到達点を持続可能性をもって発展させることが必要です。ところが、東京発のコンサルに丸投げして出てきた案は、無知・無責任の商業化案であり、まちづくりの進め方自体が根本的に逆転していることが大きな問題です。

 

今ならまだ引き返せる、仁和寺門前ホテル建設計画

京都支部  森 田 浩 輔

1 計画の概要について
 京都市右京区に位置する世界文化遺産仁和寺の門前で大規模・高級ホテルの建設が計画されています(「(仮称)京都御室花伝抄計画」(以下「本件ホテル計画」といいます))。
 本件ホテル計画は、世界文化遺産御室仁和寺の門前であるところ、同計画の敷地は世界文化遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)であるとともに、古都保存法に基づく歴史的風土保存区域に指定されています。また、京都市風致地区条例により風致地区第3種地域、仁和寺・龍安寺周辺特別修景地域でもあります。
 用途地域上、計画敷地には第一種住居地域の制限が適用されます。第一種住居地域では、住居地域としての住環境を保全する趣旨から、建築基準法(以下、「法」といいます)上、原則として3000㎡を超える床面積の宿泊施設(ホテル)は許容されていません。例外的に、周辺市街地の「住居の環境を害するおそれがない」場合は許可(特例許可)を与えることができるとされています(法48条5項ただし書き)。
 本件ホテル計画は、地下1階、地上3階建て、述べ床面積約5800㎡のホテルを建設しようというものであり、上記建築制限の2倍近い述べ床面積をもつ高級ホテル建設計画です。なお、事業者は、(株)共立メンテナンス(本社東京)です。
2 上質宿泊施設誘致制度による選定
 本件ホテル計画は、昨年4月、京都市が2017年に定めた「上質宿泊施設誘致制度」による選定第1号に選ばれています。選定理由には、本件ホテル計画が優れたデザインであること、地元の「仁和寺門前まちづくり協議会」が事業者と協議を重ねていることなどが挙げられました。
 同制度による選定は、京都市が進めるホテル誘致政策に適合する宿泊施設であるとして、京都市がお墨付きを与えたことを意味します。
 仁和寺門前まちづくり協議会は、仁和寺門前の極めて限定的な地域の住民により形成された条例上の住民組織ですが、本件ホテル計画は、同協議会以外の住民や市民には一切知らされないまま進められていました。多くの住民・市民が計画を知ったのは、2019年6月の新聞・TV報道でした。計画が周知されて以降、仁和寺周辺に居住する住民から反対の声が上がり、現在まで、市民団体や著名人・有識者グループからもホテル計画の見直しを求めるアピールや申入れが何度も出されています。
3 特例許可の要件該当性
 さて、法的には、本件ホテル計画が法の定める特例許可の要件をみたすかが問題となりますが、京都市ではこの特例許可についての基準は定められておらず、かつ前例もありません。
 法48条5項ただし書きにいう「住居の環境」との適合性を考えるにあたっては、住居を主体とした居住環境を保持すべき当該地域の地域特性との関係で、本件ホテル計画のもつ問題性が検討されなければなりません。
 まず、京都市においては、すでに宿泊施設が供給過剰の状況でしたが、2020年春からのコロナ禍の影響によるインバウンドの消失により、京都市で直ちに大規模な宿泊施設を建設しなければならない社会的・経済的実態があるとはいえません。
 また、本件ホテル計画の周辺地域のうち既存の住宅街は、多くが木造2階建てであり、仁和寺参道沿いを除き商業施設はありません。こうした地域に、これまで存在しなかった規模・高さのホテルが建設されれば、周辺地域の生活環境への影響は避けられません。本件ホテル計画は、住居地域の生活道路にホテル来訪者の多数の車両を進入させることになります。 仁和寺と計画敷地の間を通る主要道路は、観光シーズンを中心に非常に交通量が多く、現状でも渋滞が生じています。地域の交通量の増加や渋滞が悪化することに伴い、交通の危険や排ガス等による住環境の悪化が懸念されます。
 本件ホテル計画敷地は、世界文化遺産仁和寺のバッファゾーン(緩衝地帯)です。世界文化遺産のバッファゾーンには、当該遺産の「完全性」「真正性」を効果的に保護するために必要な法的規制がなされる必要があることから(同作業指針§104)、当該地域にかかる規制を容易に緩和することは許されません。
 こうしたことなどから、本件ホテル計画は、法が定める要件を満たさず、特例許可がなされるべきではありません。
4 現状と今後について
 事業主である共立メンテナンスは、本件とは別件で、違法な雇止め・不当労働行為等が大阪で問題となり、府労委から是正命令が出されるなどしており、それに伴い、京都市からも入札停止処分の対象となっていました。
 現在、本件ホテル計画は、建築審査会による審査(さらにその前段階の公聴会の開催)前の時点で長らく手続が止まったままになっています。運動団体による署名・宣伝活動や、京都弁護士会の意見書(2021年6月)による運動の後押しが、市に慎重な姿勢を余儀なくさせています。
 団支部としても、引き続き運動体と連携をとりながら計画撤回を目指して取り組みます。

 

新選組ゆかりの地での闘い~7階建てマンション計画を審査請求で撤回へ~

京都支部  森 田 浩 輔

1 新選組の歴史と文化~壬生地域の特徴~
 京都市内は中京区に、新選組ゆかりの史跡が数多く残っている壬生(みぶ)という地域があります。壬生地域には、新選組の屯所として利用されていた旧前川邸や八木邸のほか、新選組の武芸訓練場としても使用されていたと言われ、隊士の墓が祀られている壬生寺などが集積しています。道路は各所で4mを切る細街路で、周辺の建物のほとんどが2階建ての低層住宅地です。2019年、そんな地域に突如、7階建て、108戸のワンルームマンション建設計画が持ち上がりました。
 京都市では新景観政策(2007年)により、歴史的中心市街地の高さ規制は31m(11階建て)から15m(5階建て)までになり、景観規制も強化されました。しかしながら、壬生地域は、景観地区に位置づけられ、景観計画も策定されたにもかかわらず、20m(7階建て)規制のままであったため、このようなマンション建設の計画が持ち上がったのです。建設予定敷地は、旧前川邸の東隣にある面積約1460㎡もの広大な敷地です。
2 開発許可の経緯
 2019年12月某日、建設予定地近隣に位置し、前面道路が4mに満たない住宅の所有者が、事業者(大阪市)の訪問を受けました。事業者から「お宅の南側に隣接する当社所有の駐車場(≠計画敷地)を整備するため、現状、お宅が少し前にせり出ていて4mに足りていない前面道路を4mに拡幅工事させてほしい」と同意を求められ、当該住民は良かれと思い、求められるまま同意書にサインしてしまいました。
 このとき、事業者からマンション計画のことなど全く聞かされていませんでした。
 ところが、この同意書が、マンション計画敷地の開発許可のために必要な同意書(同法33条1項14号、同規則17条1項3号)として京都市に提出され、2020年5月、京都市長は開発許可を下ろしました。
3 審査請求の取り組み
 同意してしまった住民は、その後、他の近隣住民から同意書が開発許可に利用されたことを知らされ、代理人を通じて、同意の意思表示は「錯誤」又は「詐欺」であり、無効ないし取り消す旨の通知を事業者に送りました。
 その後、地元住民で運動体を組織し、2020年8月7日、上記史跡を含む周辺住民509名(弁護団6名)が、開発許可の取消しを求めて、京都市開発審査会に審査請求を行い、併せて執行停止も申し立てました。また、同時に、4000名を超えるマンション建設の反対署名も市長に提出し、その賛同者には新選組隊士の子孫の方々も名を連ねました。
 同意の瑕疵とそれに伴う都市計画法上の道路幅員要件の不充足のほか、複数の箇所で道路要件を満たしていない点等が違法であるとして、景観法や2007年に京都市が策定した新景観政策を踏まえた主張を展開しました。
 同年10月19日には、公開口頭審理が行われ(都計法50条3項)、住民及び弁護団が意見陳述を行いました。
4 裁決
 2019年11月24日付の裁決は、計画地に隣接していない住宅の請求人適格は認めず、旧前川邸ら隣接住民数名にのみ適格を認め、請求を【棄却・却下】するものでした。
 他方で、審査会は「付言」として、次の通り宣言し、結果的には、工事中止と現計画を撤回させる成果を得ることができました。
 「本件開発許可は、・・・処分時には適法であったものの、●●氏は既に同意を取消し、現状として開発許可の要件である道路拡幅を行うことができない状況がある。つまり、開発許可は事後に処分要件を欠いた、瑕疵ある処分となっている。・・・開発許可の前提である道路拡幅の同意が得られていない状態で、工事の着手は許されない。・・・そもそも、本件の問題は、開発者と地元住民との間に適切な信頼関係が築けなかったことが発端のように思われる。開発者に対し、地元住民との信頼関係を築くよう真摯な対応を望むものである。」
 付言として、工事の実施に対し事実上影響を与える内容をここまで踏み込んで書くことは通常の裁判では考えられず、審査請求であったからこそ引き出せたものでした。また、裁決主文自体は【却下・棄却】であるため、事業者は再審査請求等で争うことはできません。そして京都市は、裁決を尊重する立場にあるため、わずか3か月半ほどの短期間での実質勝訴の結果を得ることができました。審査請求という方法を選択したこと、マスコミへのアピールで大きく取り上げられたことが、短期間での成果に結びつきました。
 かくして、当初計画は撤回されました。もっとも、現在も事業者は、法の抜け道を探して、開発許可を要さないマンション建設を目論んでいます。地元住民によって、壬生地域のまちづくりの運動を発展させていくことが今後の重要な課題となっています

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核兵器廃絶をどこまで先送りすれば気が済むのか !!
―木村晋介さんの主張の特徴―

埼玉支部  大 久 保 賢 一

私と木村さんの違い
 私と木村さんの根本的な違いは、核兵器廃絶を緊急課題としているかどうかにある。私は、核兵器廃絶は喫緊の課題だし、核兵器全面廃絶しか選択肢はないと考えている。他方、木村さんは、核兵器廃絶は理想ではあるが、現実的には「大きな障害」があるので、中間項としての核軍縮と核管理でいこうというのである。この姿勢は、日本政府や核兵器国とまったく同様の意見である。私は、外務省の担当者と向かい合うたびにそれを聞かされている。
 私は、その日本政府や核兵器国の態度を何とか変えなければならないと考えているけれど、木村さんは、彼らも頑張っているじゃないか、大久保はもっと度量を広く持てというのである。何のことはない、核兵器廃絶は理想だけれど、今は急がないというのである。岸田首相のライフワークと瓜二つである。
 この木村さんの意見は別に目新しいものではなく、核兵器依存論者の常套句である。木村さんは「核兵器廃絶を急ぐな」という論者の一人ということになる。
核兵器廃絶先送り論の役割
 私は、この核兵器廃絶先送り論は「全人類の惨害」(NPT)や「壊滅的人道上の結末」(核兵器禁止条約)無視する核兵器使用の危険性という現実を見ない無責任な意見だと思っている。核兵器使用は、意図的な場合だけではなく、人為的ミスや機械の誤作動で起きうることは、核兵器禁止条約が確認していることである。だから、人々は、そこまで考えて、「核兵器のない世界」の実現を急いでいるのである。にもかかわらず、5ヵ国声明を評価しろという主張はNPT制定当時のレベルに戻れということである。50年前、NPTは、核戦争は全人類に惨害をもたらすのでそれを避けるためにと制定された条約である。いまさら「核戦争に勝者はない」などというのは「地球が回っているのだ」というようなものである。こんな意見は、この間の反核運動の到達点を知らないだけではなく、核兵器廃絶を永遠の彼方に追いやる役割を果たすだけである。
木村さんは核抑止論者なのか
 核兵器国や日本政府は自分たちも核兵器廃絶は必要だとしている。けれども、彼らは、直ぐに核兵器はなくさないというのである。彼らは、核兵器が自国の安全保障のために必要かつ有用だと考えている「核抑止論者」だからである。「平和を望むなら核兵器に依存せよ」という勢力である。木村さんも、どこまで自覚しているかどうかは知らないけれど、彼らと同様の立場を表明しているのである。
 軍事力での解決を認めれば、最終兵器である核兵器に依存することになる。それは、人類の滅亡を招くことにもつながる。だから、武力で物事を解決してはならない。そうすれば戦力も不必要になる。これは、論理的にそうなるだけではなく、日本国憲法制定時の議論であり9条の到達点である。
私は核廃絶を貫く
 私は、全人格をかけて余生を「核抑止論者」と戦っていく覚悟でいる。それに敗北することは「絶滅危惧種」としての宿命を受け入れることになるからである。核兵器使用の危険性すなわち核戦争の危険性は、決して杞憂ではない。核兵器国の政治指導者には、その地位を追われるくらいなら人類の滅亡を選択するという感性の持ち主がいるからである。それは、プーチンだけではない。ケネディもそうだった。
 私は、彼らとの関係で度量を持とうなどとは思わない。彼らの正体を暴き、その無責任さと凶暴さに抗うつもりでいる。核兵器依存論との中間項を探すなどということはしない。核兵器廃絶と核兵器依存の中間項ということは、核兵器を今はなくさないということだということを再確認しておく。
 核兵器をなくすためには「核抑止論」の克服が必要であるが、それは決して不可能ではない。「人類が核兵器を終わらせるのか、それとも、核兵器が人類を終わらせるのか」、これはアメリカの下院での論争のテーマである。原爆投下国でもそのような議論が行われているのである。人類は捨てたものではない。
(2022年8月17日記)

 

松島暁さんの木村ネオコン接近説などについて

 東京支部  木 村 晋 介

1 木村ネオコン接近説について

松島さんは、本誌1778号の9で、
A深草徹(弁護士)さんの出版された本について触れられ、その特徴が「外交・安全問題のすべてを国際法的に正しいか間違いかで切り分ける」基本姿勢になっている。
Bその立論がネオコンの議論に限りなく近づいている。
C私木村の本誌での議論と深草徹さんの意見が重なり合う。
 と論じておられます。ネオコンという言葉はあまりいい意味では使われていないようなので、やむをえず反論させていただきます。
 Aについて深草さんの本を自己紹介したブログで確認しましたが、深草さんの論旨は、「現状では9条護憲は空理空論だが、アメリカをハブとして世界に張りめぐらされた軍事同盟やその他のすべての軍事同盟をなくし、世界の全ての国が国連に結集し、国連を核として、世界の平和と安定を確立するための取り組みに連動しよう」というもののようです。現状では非武装平和主義に立たないが、将来の国連に大きな期待をしている人はたくさんおられるわけで、それほど特殊な意見とは思えません(本の方にはこのブログとは違うことが書いてあるのかもしれませんが、松島さんが内容の引用しておられないのでわかりません)。
 Bについてですが、ネオコンというのは、辞書によると、「政治イデオロギーの1つで、自由主義や民主主義を重視してアメリカの国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない思想」とありました。私はこれと深草さんの意見は全然違うと思いました。
 Cについてですが、私は軍事的なパワーが世界秩序の軸となっている現状は認めざるを得ないけれども、国連や条杓(例えば軍縮条約)人権主義、民主主義、法の支配などのシステムも国際政治の中で一定の規範としての役割を限定的に果たしていると思っています。例えば、違反した国には経済制裁がなされるなど、サンクションがないわけではありません。国際社会は、攻撃的リアリズムのミアシャイマー氏(1785号の拙稿)がいうほど、完全な無政府的状態にあるとは考えていません。今は十分な力を持っていませんが、そうしたものの規範性を高めていくべきだと思います。しかし、そのために軍事介入するというのはかえってそうした規範を弱体化させることですから、避けるべきだと考えています。わかりやすい例を挙げれば、合法的な選挙で選ばれた大統領の社会主義政権をクーデターで倒す(73年チリクーデター)というようなことはあってはならないことだと思います。
 しかし、例えば、実際に民主主義国家が独裁国家から侵略を受け、それが国連総会でも非難され、侵略を受けた国からの支援の要請があれば、民主主義国家はこれを国際法や国連憲章で許される範囲で支援する。これは当然だと思います(松島さんはこれをネオコンというのでしょうか)。
2 松島さんへの質問とお願い
 第1に、松島さんと、松島さんが支持しておられる、攻撃的リアリズムの主唱者ミアシャイマー氏の国際政治論は、大国は覇権を目指すほかに生き残る手段がないとし、国連憲章、国際法、国際条約などの規範性をみとめないというところから立論していると思います(1785号拙稿 1769号1776号1782号松島さんの稿)。そうすると例えば各種の軍縮条約や、核兵器禁止条約も意味のない存在となるのではないでしょうか。松島さんはこれで仕方がないというご意見でしょうか。
 第2に、その立論からした時に、今あげたチリのクーデターも、アメリカのベトナム戦争も、すべて大国として生き残りをかけた覇権維持・拡大のためのものなのですから、批判はできないことにならないでしょうか。
 第3に、その立論からした時に、日本の安全保障はどのようなことになるのでしょうか。松島さんの非武装平和主義は維持できるのでしょうか。
 第4に、これはお願いです。松島さんは1783号で、プーチンが開戦決断をした理由の一つとして、その決断前に「旧式装備のウクライナ軍のNATO近代装備への取替えと米英軍の軍事顧問団の投入」があったとしておられますが、そのような報道があったのでしょうか。私は記事を見つけられなかったので教えていただきたいのです。
3 青法協事件と私の立場
 国際政治についての私の立場は、1のCに記したようなものです。このことは、私の論稿を今まで読んでいただいている方にはご理解いただけていると思います。どう見ても、さほど変わった主張ではありません。非武装平和に立たない立場としては、標準的なものの一つだと思います。
 私が憲法論で団通信に初めて投稿したのは、93年12月1日752号「アウェイで闘える憲法議論を」からです。当時はまだ社会党も退潮とはいえ70議席を持っていた時で、共産党も「急迫不正であれば自衛隊を使う」などといっていない頃でした。
 Jリーグができてサッカー人気が高まったころだったので、このタイトルを使ったのを覚えています。団の中では武力の保有を認める人はほとんどいませんでした(今もそれほど変わらないようですが)。しかし、当時すでに世論調査で自衛隊を認める人は70%に達していて、団外では私が多数派だったのです。
 その当時、青年法律家協会の議長(憲法学者)がその論文の中で「最小限の武力保有は容認すべきだ」としたことが、日本共産党から「敗北の憲法論。現状への屈伏である」と機関紙上で糾弾され、また自由法曹団員の有力団員からも人格的非難を受け、議長を辞任するという事件がありました。私が団通信に寄稿することとなったのは、この事件がきっかけです。私は元議長擁護の論陣を張りました。それが現在に続いています。
 「9条2項の思想を信ずる人も、9条2項を運動のスタートするのではなく、将来国民と共に飛びこむゴールとする心の広さがないと、主権者との信頼関係は結べないだろう」というのが私の論旨でした。その後、私も赤旗紙面上で「右転落者」として非難を受けました。それでもその以降も「いきなり非武装ではなく、国民の多数と共同できる軍縮運動」を重視すべきだという論陣を張ってきたつもりです。その後日本共産党の安全保障政策も大いに変わり、どんどん私に近づいてきました。また私と同様、同党も、国連憲章と国際法を重視する立場を表明しています(例えば前衛9月号の小林俊哉氏の論文)。しかし、これをネオコン的だという人はいないでしょう。
4 アメリカ責任論はこうして作られた
 結局、ウクライナのNATO加盟申請が戦争の原因を作った(その裏にアメリカが動いていた)という議論は、次の様に作りだされたものだと思います。
 ロシアのウクライナ侵略という衝撃の広がりの中で、このままでは「大国によって、何も悪いことをしてなくても小国が侵略される」という認識が広がる。それでは非武装平和主義にとって具合が悪いので、「ロシアを侵略させた責任が小国とその背後にいるアメリカの側にあった」というストーリーが欲しい。そこですがったのが、NATO不拡大合意説(これに対する批判として1772号1777号、1778号など拙稿)、そしてジョージ・ケナンのNATO拡大危険説(1772号の松島さんの論稿)だったのです。これには大きな無理がありました(上記拙稿)。
 その無理が、NATO拡大原因説についての幹事長の論理の矛盾(これを批判するものとして1779号拙稿)につながったと思いますし、松島さんが非武装平和主義者であるにもかかわらず、ロシアの侵略行為を合理化できる攻撃的リアリズムの学説に同調したりすることにつながったのだと思います(1785拙稿)。
 私は、日本国憲法的非武装平和主義の側からウクライナの行為を批判するとすれば、そんな無理な理由づけはいらないと思います。シンプルに「そもそも軍備を持っているからいけない。ロシアの公正と信義に信頼して、武装解除すればよかった」と言うべきだと思います。
大久保賢一さんにお詫び
 本誌1784号で大久保さんが会長されている団体の名称を国際反核法律家協会と書きましたが、日本反核法律家協会の誤りでした。お詫びして訂正します。

 

我が国の安全保障防衛政策の形成過程を現在から振り返る(4)

広島支部  井 上 正 信

ではどうすべきか
 憲法9条の明文改憲を阻止することは、現在の防衛政策をさらに大きく進めることへの制約にはなるでしょうが、9条明文改憲を推し進める根本にある我が国の防衛政策を放置したままでは、米国に従属しながら憲法9条の形骸化は進む一方であり、それによる憲法9条明文改憲の圧力はなくならないことは明らかです。
 戦後の保守政権が長年にわたり積み重ねてきた防衛政策を根本から転換させることが必要だと思います。それが可能になるとすれば、世論の変化とそれに支えられた政権交代しかないでしょう。
 民主党鳩山内閣の挫折がこのことを物語っています。辺野古新基地建設を断念して普天間基地の海外移設を実現させようとしましたが、外務・防衛官僚からは「背後から鉄砲で撃たれ」、ワシントンからは反米政権のレッテルを張られて、日米が寄ってたかって潰しに罹ったわけですが、世論の支持はありませんでした。
 我が国の安全保障防衛政策に関する世論はとても矛盾しています。核兵器の廃絶を求めながら、米国の核抑止力に日本の平和と安全を依存することに賛成する、憲法9条改正につき、およそ半数が反対しているし、日本の平和を守ってきたのは憲法9条だという意見がトップになる、しかし他方で日米安保条約が日本の平和を守っているとの意見にはおそらく80%以上が支持、専守防衛の支持は過半数だが、自衛隊は現状のままが良いが多数意見というように。
 その原因は、防衛政策の下で実際に行われている事実が隠されている、報道されないということがあると思います。自衛隊は専守防衛からすでに大きく逸脱しているのですから、専守防衛を支持するなら、現在の自衛隊については批判的に見るとか軍縮を求めるという意見になってもおかしくありません。
 日米安保体制が我が国の平和と安全を守っているかと言えば、むしろその逆です。少なくとも平和と安全ということを、国家の平和と安全ではなく、一人一人の市民の平和と安全の立場から見れば、台湾有事での中国との武力紛争に備えている日米安保体制は、私たちにとって脅威というほかありません。
 米国の核抑止力に依存するという政策の実態には、日本政府が持っている核兵器へ強く固執する姿勢があります。核兵器禁止条約締約国会議のオブザーバーとして、日本と同じように米国の拡大抑止力の下にあるドイツ、ノルウェー、オランダ、デンマーク、オーストラリアが参加しています。米国はオブザーバー参加にはこれまでの強い反対姿勢を緩めたとの報道もあります(2022年6月22日、7月5日共同通信配信記事)。そうであれば日本政府が参加できないわけはありません。それでも参加しなかったのは、米国の拡大抑止力へ依存しているからということだけでは説明にはならないはずで、日本政府が持っている根深い核兵器固執姿勢がそこにあると考えざるを得ません。
 唯一の戦争被爆国、核兵器国と非核兵器国との橋渡しという日本政府の主張は、この根深い核兵器固執姿勢のカモフラージュに過ぎません。
 私は学習会や講演会でお話しする機会があれば、我が国の防衛政策の陰に隠されているこのような事実をできるだけ元資料により説明するようにしています。現在の世論状況を少しでも変えたいからです。これが今一番重要と考えています。
 朝鮮半島問題にしても台湾問題にしても、米国と我が国とでは地政学的な位置と国益は異なります。万一武力紛争になれば、我が国は真っ先にその被害を受ける最前線に位置していますが、米国本土は安泰です。米中関係における我が国の立ち位置は、米国から見れば一種の緩衝国家のようなものです。米中の軍事対決で、米国本土は聖域になっても私たちが一番割を食う立場にあります。
 台湾問題にせよ朝鮮半島問題にせよ、これが武力紛争に発展すれば、我が国は壊滅的な被害を想定しなければなりません。日米同盟基軸路線で米国と共に軍事的な対応を行うことは、決して採ってはならない選択肢です。しかし、日米同盟基軸路線を維持する限り、我が国には他の選択肢はほとんどありません。
 我が国の安全保障防衛政策において、日米安保体制を基軸ではなく相対化することを真剣に考える必要があります。我が国の国益を守る、国民の平和と安全を保持するために、我が国が自主的に国益と国民の平和と安全の保持に必要な手立てを判断し、日米安保体制をそれに資するように管理することが必要です。
 米国のアジア太平洋政策において、我が国は不可欠の立場にあります。台湾有事や朝鮮半島有事での米軍の作戦計画は、我が国は米軍の前進基地であるばかりか、我が国が総力を挙げて米軍を支援し、自衛隊が共同作戦をとることが前提になっています。
 朝鮮半島有事における米韓連合作戦計画5027へ我が国と自衛隊が全面的に協力支援する日米共同作戦計画5055は既に作られており、現在は台湾有事を想定した日米共同作戦計画策定を進めているのはこのためです。
 このことは、逆に見れば対米関係で我が国を有利な立場に立たせているといえます。日米安保体制を相対化すれば、この有利な立場を政治外交的に利用することを可能にします。
 日米安保条約第6条の運用につき、事前協議制度があります。日本政府は密約まで結び事前協議において、我が国から行われる米軍の作戦行動へNOとは言いません。それだけに様々なレベルの対米外交において、事前協議制度があることを述べるだけでも、日米安保体制の運用は大きく変わらざるを得ないでしょう。予めYesともNoとも言わない曖昧政策です。
 拡大抑止力依存政策を断ち切ることも決して不可能ではありません。現在の核兵器をめぐる危険な状況と、核兵器禁止条約の締約国会議が終わったという新しい展望が開けている状況の中で、日本政府が核兵器禁止条約に寄り添う姿勢を示すことは、国民と世界の世論の支持を受ける政策変化になるでしょう。核兵器の廃絶に向けた我が国の政策変化は、決して日米安保体制と矛盾するものではありません。
 拡大抑止力依存政策を変更することは、非核三原則の法制化、北東アジア非核地帯実現へ向けた関係各国との協力、朝鮮半島非核化へも続くものになります。核兵器禁止条約の締約国会議へのオブザーバー参加は、拡大抑止力依存政策からの脱却に向けたささやかですが、第一歩になったはずです。その意味で、日本政府が欠席したことはとても残念でした。でも締約国会議は来年も予定されています。
 朝鮮半島非核化のための六者協議では、北東アジアの地域的安全保障の枠組みの検討まで合意された経過があるように、冷戦時代から残された朝鮮半島の分断国家、台湾海峡を挟んだ中国と台湾の緊張関係を包括的に解決するためには、これらの関係国による地域的安全保障の枠組みの構築が必要になることを示しています。それにより、相互の不信の関係を武力ではなく外交による解決の仕組みを作ることができます。
 ASEANは、地域的安全保障システムを作って、域内の紛争を武力紛争ではなく外交による解決を目指して、その成果を挙げつつあります。ASEAN構成国は、中国や米国との関係でそれぞれの立場が異なりますし、国内にも問題を抱えている国、統治体制の異なる国を含みます。その中で一貫した立場として、ASEAN全体としては中国、米国どちらの側にも立たない中立の立場、ASEANがこれらの大国の影響力で分裂させないために、域内の問題ではASEANが「運転席に座る」ことを一貫して維持しています。ASEANは東南アジア友好協力条約(TAC)を結んで結成されていますが、この条約は域外諸国へも開放されており、日本、韓国、中国、米国、EUなどが加盟し、TACを締結した域外国を含めた東アジア首脳会議(EAS)を毎年開催しています。域外国からは開催地をめぐり域外国でも行うべきとの意見がありますが、ASEANは一貫してASEAN諸国での開催を譲っていません。ASEAN域内では政府レベルから、民間レベルまで様々なレベルで年間1000回を超える会議を行い、互いの意思疎通を図っているそうです。
 日本、中国、朝鮮半島両国、ロシア、米国など北東アジアを構成する地域にはいまだ地域的安全保障の仕組みは存在していません。しかし北東アジア諸国はいずれもTACを締結しています。ASEAN地域フォーラムへは北朝鮮も参加します。この機会を利用して日朝が重要な協議を行ったこともあります。ASEANとの協調関係を作りながら北東アジアで同じような地域的安全保障の枠組みを構想することは可能です。ASEANは自分たちのインド太平洋構想を拡大しようとしています。
 我が国がこのような取り組みを行うためには、日米安保体制の相対化が重要だと思います。我が国が自主的な国益判断でこの動きを進めなければ、他国からの信頼を得ることはむつかしいかもしれません。日米同盟基軸路線では、我が国は常に米国の代理=大国による介入という目で見られるからです。
 朝鮮半島問題での米朝関係、台湾問題での米中関係を覆う相互の根深い不信感を解きほぐす立場に我が国が立とうとするなら、日米同盟基軸路線は障害物に外なりません。
 我が国の専守防衛政策は、安全保障政策の面では「安心の供与」政策になります。もともと我が国の地政学的位置は、極東ロシアと北海道、九州と朝鮮半島、沖縄・九州と中国本土との間が、数百キロから700キロまでです。そのため我が国の防衛力は常に周辺諸国の脅威の対象となり、これらの諸国との間で安全保障のジレンマという、軍拡競争のスパイラルに陥るリスクをはらんでいます。それを避けるために編み出されたものが専守防衛政策といわれています。我が国は軍事大国にならないこと、他国に脅威を与える防衛力を保有しないこと、自衛権行使はわが国への武力侵攻を排除するものであり、他国領域で武力行使はしないことは専守防衛の具体的な表現でした。
 憲法9条改正は専守防衛を否定することです。専守防衛を維持すること、宣言政策としてだけではなく、実際の防衛政策としても維持することは、今の日米同盟の現状ではとても重要と思います。
 専守防衛に対して、護憲勢力の中にはとても批判的に見る向きがあることは私も承知しています。実態を偽る、世論を偽る看板に過ぎない、政治的な誤魔化しの言葉だというものです。冷戦終結後の防衛政策は確かにこの批判は当たっている側面があります。敵基地攻撃=反撃能力を専守防衛の範囲内で行うとか、安保法制も専守防衛に反しないという政府の説明は、その胡散臭さもさることながら、専守防衛を否定することを偽るものです。
 周辺事態法、有事法制、安保法制という重大な防衛法制の改正に反対運動が起こされたのは、これらが憲法9条の改悪(立法改憲)という認識であったからです。これは見方によっては、専守防衛の潜脱を許さない闘いでもあったと思います。しかし、日本政府は一貫して専守防衛を掲げながらこのような防衛政策を進めたのです。そのため専守防衛に対する信用は失われた感があります。
 現在改憲勢力の攻撃は専守防衛の否定に焦点が当てられています。[i]それだけ我が国の防衛政策でもはや専守防衛でごまかしきれない段階にまで達しているのでしょう。それだけに、もう一度専守防衛の原点に返った批判と運動が必要なのではないでしょうか。
 これは決して過去の時代(安保再定義以前の時代)に戻ることではありません。核兵器禁止条約の発効、台湾有事での中国との武力紛争のリスクの高まりという、これまで経験してこなかった新たな状況へ、私たちの平和と安全を守るため必要な選択肢です。憲法9条は戦後政治の中で一貫して邪魔者扱いされてきましたが、今ほどこれが必要となっている時代はないと私は考えるのです。(完)

[1] 元統幕議長河野克俊氏発言(2021.9PHP総研シンポ)
 「専守防衛という考え方がこの日本の抑止力構築に非常に障害になっている」 
 雑誌「Voice」6月号「歴代統合幕僚長に問う「国防」の未来」での河野克俊氏の発言
 「必要最小限度から必要適切に対応するという姿勢に変えるべきです。」
 雑誌「軍事研究」6月号元航空自衛隊補給本部長・空将尾上定正氏「令和の『敵基地攻撃能力』を考える」で、「現実を踏まえた未来志向の安全保障と日米同盟を構想するため、専守防衛という縛りを解く。」と論じる。

 

秋田に土着して半世紀

福岡支部  永 尾 廣 久

 秋田支部の沼田敏明団員が在職50年になったことを記念した冊子。
 最近の司法修習生の7割は東京・大阪そして愛知。その多くが企業法務かテレビCMなどで全国展開する大手事務所を志向している。若者の大都会志向が強まっていることに加えて、その主たる理由の一つが、東京のほうがいろんな事件を扱えて勉強になると若者たちが考えていることにあるという。
 ええーっ、東京より地方のほうが、千差万別、多種多様な事件に触れる機会が多く、勉強になると思うんだけど…。きっと、地方の弁護士が、どんなことを実際にしているのか、してきたのか若い人に伝わっていないからだろう。私も、最近、自分の扱ってきた事件を『弁護士のしごと』(花伝社)としてまとめ出版した。田舎の弁護士の実際の仕事ぶりを若い人に伝えたいと思ったからだ。
 北海道出身の著者が秋田での50年間の弁護士としての活動を振り返っている。第22期の司法修習生を経て、本当にいい仕事をし、世の中に大きく貢献してきたこと、また、私生活では40歳から山登りを楽しむなど、悔いない人生を歩んできたことが実感として伝わってくる。130頁ほどの小冊子で、少し読みにくいところもあるけれど、内容は、ぐぐっと濃いもので、後進の弁護士にとって大いに勉強になる。
 なかでも秋田県が「塩サバ事件」と名づけた、生活保護をめぐる加藤人権裁判はその勝利判決が全国にもいい意味で大きな影響を与えた。
 リューマチにかかり重度の障害者になった加藤さんは、一匹の塩サバを小さく切って何日ものおかずにして節約し、付き添い看護費用に充てるため預金していた。その預金が73万円になったのを知った秋田県が収入認定し、墓と葬儀費用以外に使ってはいけないという「指導・指示」処分をした。しかし、加藤さんは、すでに墓は確保してあり、献体を約束しているので、葬儀費用は不要。生活保護費を切り詰め、付き添い看護費用に充てるための預金を収入認定するというのは、あまり人間性を無視した冷酷・無比の行政だ。さすがに秋田地裁では、加藤さん側の圧勝だった。被告の秋田県知事は控訴もできず、福祉事務所所長は、加藤さん宅を訪問して謝罪した。
 このほか、国保税裁判では憲法87条違反(一審)、それに加えて憲法92条違反(二審)を判決で明示するという画期的判決を勝ちとった。秋田市は、最高裁でも負けたら、年間50億円もの国保税収入を5年前にさかのぼって市民に返還しなければならなくなることから、「和解」を申し出て、「申請減免制度」がつくられたとのこと。
 大王製紙誘致反対の裁判でも、秋田県440億円の補助のうち240億円の支出をしてはならないという、地方公営企業法違反による差止判決を得た。この結果、大王製紙は進出を中止した。
 著者は、法廷において主導権を確保することが大切だと力説している。まったく同感。
 法廷で、裁判所から質問されたり、相手方から釈明を求められたりして、なんとなく回を重ねているというのは、大変まずいこと。そういう雰囲気にならないよう、毎回、必ず声を出し、こちら側から相手に説明を求めていく。そうやって、法廷で被告行政の側がおかしいことをしているというムードをつくりあげていくことが大切だ。本当に、そのとおりだと思う。
 著者がまだ40代の若手弁護士のころ、弁護士会の会長や副会長がボス(長老)弁護士の談合で決められているのを透明化していったということも語られている。福岡でも、かつてはそうだった。そもそも選挙規定すらきちんとしていなかった。全会員の投票による会長選挙が実現するまで、容易ならざる困難があった。私が副会長になって、大牟田から弁護士会館に行ってみると、福岡部会以外の副会長は机すらなかった。
 とても読みごたえのある在職50年のあゆみだ。沼田団員の引き続きのご活躍を心より願っている。ご注文は、秋田中央法律事務所(018-865-0388)へ。

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