第1796号 12/11

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●違法な医療保護入院を断罪-精神科病院に対する損害賠償請求を認容  並木 陽介

●安倍国葬への列席と公費支出の違憲性 違法性を問う住民監査請求・住民訴訟  佐藤 博文

●大阪市食肉市場事件府労委命令とはじめての労働委員会  脇山 美春

●「困難な問題を抱えた女性への支援に関する法律」(女性支援法)を真に女性の人権を全うする法律にするために  渡辺 和恵

●性刑法改正の試案の検討―暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の見直し  齊藤 豊治

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コロナ禍に負けない!貧困と社会保障問題に取り組みたたかう団員シリーズ ⑯(継続連載企画)

●「生活保護基準引き下げにNO!全国争訟ネット(代表 尾藤廣喜弁護士、竹下義樹弁護士)」が「滝井繁男行政争訟奨励賞」  黒岩 哲彦

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●-書評-

しなやかでしたたかに  大江 洋一

◆2022年総会議案書「第1章」「Ⅰ」「第1」(ロシアによるウクライナ侵攻)(以下「本稿」という。)について   今村 幸次郎

◆トランスジェンダーについて考える 学習会のご案内  永田 亮

●北アルプス 花の道を歩く(2)  中野 直樹

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【京都総会報告(その5)】

●UNDER PRESSURE  小賀坂 徹

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●事務局通信

■嬉しいメールのご紹介

■次長日記(不定期掲載)  永田 亮


 

違法な医療保護入院を断罪-精神科病院に対する損害賠償請求を認容

東京支部  並 木 陽 介

1、はじめに
 足立区にある医療法人社団成仁(以下「被告」)が運営する「成仁病院」が違法に医療保護入院を行ったことなどに対する損害賠償請求が認容された判決を本年11月16日に得ましたので、ご報告します。
 なお、以下では特に年の記載をしない場合は2018年を指すものとします。
2、事案の概要
 原告は、大学卒業後、自宅や図書館などで自主的に経済学の勉強・研究を続けていた本件当時30代前半の男性で、原告の両親はそのような原告に対し、就労することを希望していました。
 原告の両親は、「一人の社会人としての『完全なる自立』を目指します。」などと自立支援を謳ったクリアアンサー社のホームページを見て、4月30日に原告の父親が契約者となり、原告をクリアアンサー社の運営する施設(センター)へ入所させる自立支援契約書をクリアアンサー社と契約しました。この契約は、原告には一切知らされることなく原告をセンターへ入所させるものであり、乙をクリアアンサー社、丙を原告として、「丙の『衣・食・住』をはじめとする生活の基本的な事項について、適当であると判断される時期に至るまでは、原則的に乙がこれを管理するものとする。」などとされていました。
 5月3日午前11時過ぎ、原告が自宅マンションの自室で食事をしていたところ、クリアアンサー社の従業員ら4~5人の男たちが部屋に入ってきて、抵抗する原告に暴行を加えるなどして原告を強引に外に連れ出し、車に無理やり押し込んで原告を拉致しました。
 原告は、クリアアンサー社が運営する寮の地下室に連行され、5月11日まで9日間にわたって監禁されました。その間、原告は、突然のことでショックを受けるなどしてほとんど食事が取れない状態であったものの、これが違法であることなどを従業員らに訴え、解放するよう求め続けました。
 そうしたところ、5月11日、原告はセンター従業員から突然、成仁病院に連れて行かれ、十分な診察も受けることなく担当医の中島医師から医療保護入院(精神保健福祉法第33条)とされました。同時に、原告は、隔離室に隔離され、仰向けのままベッドに身体拘束され、面会や電話も禁止されました。なお、隔離は同日中に約2時間継続して終了したものの、身体拘束、及び面会禁止は同月14日まで、電話禁止は同月16日まで継続されました。身体拘束された3日間、原告は、立ち上がることはおろか、手足や体も自由に動かせず、トイレに行くこともできず、オムツに排泄しなければならず、これを看護師に交換の上処理されるという屈辱を受けました。
 原告が入院させられていた間、中島医師はクリアアンサー社の従業員に対し、原告の状態や投薬の状況等、治療経過原告が発達障害疑いであることなどを説明していました。
 結局、原告は、5月11日から6月29日に退院するまで、50日間も閉鎖病棟に入院させられ、退院後には拒否していたクリアアンサー社へ帰住させられ、同社から強制的にプログラムを受けさせられました。
 原告は、8月9日になんとかクリアアンサー社を脱出し、2019年11月29日に被告に対して訴訟提起しました。
3、原告の請求
 原告の請求は、①指定医による診察が行われておらず、また原告には精神障害がないなど、本件医療保護入院がその要件を満たさず違法であること、②クリアアンサー社の従業員への情報漏洩(プライバシー侵害)が違法であることなどを理由として、損害賠償を求めたというものです。
4、被告の主張と判決
 被告は、①医療保護入院については、中島医師が指定医ではなく、被告の電子カルテに指定医である黒川医師の氏名の記載があったことから、黒川医師による診察があったと主張し、精神障害の有無についても原告の親から入院にあたって提供された資料に過去に原告が祖母の唱えるお経は自分に害をなそうとしているんだと言っていた、妹を殴ったことがあるなどの記載があり、また本件入院時のカルテに「興奮」といった記載があることなどを根拠に精神障害があったと主張していました。
 また②情報漏洩については、原告の親が同意していたし、またクリアアンサー社が帰住先として挙げられていて情報共有の必要性があったとして違法性を否定していました。
 訴訟においては、指定医による診察の有無に関連して、電子カルテの黒川医師の記載がどのようになされたのかが争点となり、原告からしつこく求釈明などを行った結果、中島医師のIDでログインされ、黒川医師の記載はプルダウンメニューから選択されたものであることが明らかとなりました。
 本判決においては、①医療保護入院については、電子カルテの性質等を踏まえて「特段の事情がない限り、…IDの所持者が当該登録…を行ったものと推認されると解するのが相当」と判示し、また被告の主張の経過や被告側証人の供述に至る経過などを詳細に認定して指定医による診察がなかったと認定しました。その上、本判決では、事案に鑑み念のため、として原告に精神障害の有無についても触れ、カルテに「興奮」とされているのみで具体的な内容が記載されていないこと、入院に至る経過からすれば興奮があったとしても止むを得ないのであって精神障害があったことの根拠とならないこと、過去の出来事についても被告においてその存否等を確認、検証したことがうかがわれないなどとして、精神障害があったことを否定し、医療保護入院が違法であると判断しました。
 また、②情報漏洩についても、原告の親は同意権者ではないこと、原告が一貫してクリアアンサー社への帰住を拒否していたことなどを認定し、情報共有の必要性を否定し、違法と判断しました。
5、本判決の意義と今後
 本判決は、引きこもりの自立支援を謳ったクリアアンサー社のような引き出し業者から連れて来られた患者を、病院側が十分な診察もせずに強制入院を行ったものであり、引きこもり支援の在り方に一石を投じるものです。
 それのみならず、日本の医療保護入院は、患者の同意なく、また裁判所等の第三者の関与なく行われる制度であり、容易に濫用されかねないものであるところ、安易に医師の判断を鵜呑みにすることなく、根拠が抽象的であることについて「身体の自由の制約という重大な効果を伴う医療保護入院の判定の相手方根拠たり得るのか、はなはだ疑問であると言わざるを得ない。」、妄想とも思われかねない発言についても「発言を行った動機や理由について検証しなければ、上記発言が妄想であるとか、精神障害に起因するものであるかは判断できないと考えられる。」と判示するなど、医療機関の慎重な姿勢を求めていることも重要である。
 日本の医療保護入院については、国連から廃止の勧告を受けるなどしているにもかかわらず、要件緩和の動きがあり許されません。
 併せて、引きこもりに対する行政の支援も、ますます行われる必要があります。
 被告は、控訴する意向を示しているため、負けられない戦いは続きます。
 なお、本件の弁護団は、宇都宮健児弁護士、平山知子、林治、大久保佐和子、倉重都、大井淳平、油原麻帆の各団員と私です。

 

安倍国葬への列席と公費支出の違憲性・違法性を問う住民監査請求・住民訴訟

北海道支部  佐 藤 博 文

「故安倍晋三国葬儀」反対の全国のたたかい
 安倍元首相の「国葬儀」に自治体の知事、議長らが列席すること、これに公費を支出することは違憲・違法であるとして、8月19日の北海道、大阪、兵庫、京都を皮切りに、17道府県で19件(神奈川県で3件)の住民監査請求が行なわれた。
 7月14日岸田首相が国葬実施を発表したとき、反対した新聞はなく、反対世論も少数だったが、8月後半から9月にかけて、反対の世論は6割に達し、9月27日の葬儀には、住民監査請求をした長野県、沖縄県を含む4知事が出席しなかった。岸田政権は、メディアを使った「安倍元首相の実績礼賛」によって、「戦後レジ-ム脱却・軍事化・改憲」路線のレガシ-化を図ったが、国民の良識はこれを許さなかった。
 そして、予備的に葬儀実施後の支出公費の返還請求を請求していた広島と北海道は、棄却の監査結果の後、直ちに住民訴訟を提起した(広島10月26日・北海道11月18日)。
国葬の内容-「軍隊」「天皇」「戦死」
 葬儀は、演奏を陸上自衛隊中央音楽隊、海上自衛隊東京音楽隊、航空自衛隊中央音楽隊が行ない、曲目には、葬送曲『悲しみの譜』(旧海軍の「命を捨テテ」)、靖国神社式典曲の『国の鎮め』(しずめ。旧陸軍の「国の鎮メ」)、天皇に忠誠を尽くす曲『悠遠なる皇御国』(すめらみくに。「天皇が治める国」の意味)が含まれた。
 そもそも国葬は、明治憲法下では、天皇の勅令である「国葬令」に基づいて行なわれ、天皇 家の葬儀のほか、「國家ニ偉勲アル者」に対し、天皇が「特旨」(特別な『思し召し』)により「賜フ」ことも行なわれた。この「特旨国葬」は、戦前には東郷平八郎や山本五十六など陸軍大将7人、海軍大将3人、大韓帝国皇帝2人など20人が対象になっていた。
 そのため、国葬令は、日本国憲法の施行に伴い、国民主権と法の下の平等、平和主義に不適合なものとして、同日施行の「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」により失効した。その亡霊が復活したのが、今回の安倍元首相「国葬儀」だった。
安倍国葬の違憲性
⑴ 憲法13条・14条違反
 国民主権の日本国憲法のもとで、法の下の平等に関する唯一の例外は天皇だけである。安倍国葬は、安倍晋三という特定の現職政治家を、国の儀式という形で国家を挙げて追悼するもので、一般国民と差別し特別の地位を認めるものにほかならない。
⑵ 憲法19条違反
 岸田首相は「故人に対する敬意と弔意を国全体として表す儀式」と言ったが、国葬という形式をとる意味は、国を挙げて故人を追悼し、敬意を示すことにほかならない。このようにすぐれて個人の内心に関わる問題について、政府は国民に同調を求めたり、国民の意思を代表するようなことをしてはならない。ましてや、首相経験者であり現職の国会議員でもあれば、国民一人ひとりの世界観や政治信条とも不可分である。
⑶ 憲法20条・89条違反
 追悼とは、死者の生前をしのんで悲しみにひたることであり、実在する人間を超えたものを信じて尊いものとする、個人の内面的な心情に深く関わるものである。政府は、無宗教形式で行うとしたが、それは既存の宗教団体の方式を踏襲しないというだけで、宗教的な意味をもった行為であることに変わりはない。
⑷ 憲法21条違反
 儀式の価値は、外形にあらわれた荘厳な形式によって発揮される。追悼の念を表明するということは表現活動であり、弔旗の掲揚や黙祷はその具体的な表明行為であり、様々な形で弔意表明の「要請」が行われ、有形無形の圧力がかけられた。
内閣府設置法第4条3項は根拠規定にならない
 政府は、内閣府設置法第4条3項に規定する「国の儀式」には、「天皇の国事行為として行う儀式」の他に、「閣議決定で国の儀式に位置付けられた儀式」が含まれ、この後者にあたると説明し、同規定を根拠に「国葬義」の実施を閣議決定した。しかし、同法は、内閣府が所管する任務及びその事務として、「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること」と規定するのみで、「国葬儀」が「国の儀式」に該当するという基準や要件を定めたものではない。
 この正当な批判に対して、政府は、「国民に義務を課したり、国民の権利を制限したりすることがない限りは、具体的な法律は不要である」と説明したが、かような「侵害留保説」は過去の考え方であり、憲法41条「国会が唯一の立法機関である」とする国権の最高機関性(ここで言う立法は「実質的意味の立法」)に反する。
地方自治の侵害
 知事らは、国からの案内をもって、正式な国からの参加参列要請であるとして、地方自治体として本件国葬の合憲性・合法性について独自に検討することなく、何らの疑義を挟まずに参加参列を決定し、葬儀に参加した。ここには、2つの大きな問題がある。
 第1に、知事らの参列は、ほかの参列者とともに安倍国葬を多数の者が参列する儀式として成立させ、違憲違法の国葬の執行に加担したという積極的な役割を果たした。
 第2に、知事らは、葬儀に参列し公金を支出することは「社会通念上相当な範囲の儀礼」だと説明するが、前述した国葬の意味や規模(定例道議会中に1泊2日、随行員付きで44万円)は一般の「交際費等」とは全く違い、「住民の福祉の増進を図る」ために必要な支出とは到底いえない。
憲法を守り、地方自治を確立するたたかい
 国民が監査請求や住民訴訟で違憲性・違法性の判断を求めることは、国の制度にはない客観訴訟の性格がある。自治体が政府の横暴に追随せず、憲法に基づき住民の立場に立った地方自治を実現していくたたかいである。
 支出金額が不明でも、「9月27日亡安倍晋三国葬儀に出席した知事(議長)及び随行職員に係る交通費、宿泊費、その他旅行雑費並びに弔慰金などの公費支出の返還を求める」で十分特定でき、監査請求ができる。
 政府は、国民の批判の前に、有識者会議を設けて「(安倍国葬の)内容や決定の是非を各界の議論を集約・検証する」としたが、そのメンバ-も会議も非公開のままである。こんな密室政治で「安倍国葬」を既成事実化してはならない。「故安倍晋三国葬儀」=安倍政治を国民の側から”国民葬“にする取り組みである。

 

大阪市食肉市場事件府労委命令とはじめての労働委員会

大阪支部  脇 山 美 春

1 大阪市食肉市場株式会社とは
 大阪市食肉市場株式会社は、大阪市からの委託を受け、大阪市の施設内で、農家さんから牛・豚の生体を受け入れ、食肉に加工し、セリを行って食肉を販売することを主な業務とする会社です。
 会社には、古くから大阪市食肉市場労働組合があり、管理職を除く従業員のほぼ全員がその組合員でした。第1次府労委闘争が起こるまで、会社と労働組合は、労使協調の路線で穏当な労働条件を確立してきていました。
2 第1次府労委闘争
 ところが2019年頃、労務屋が会社経営に介入し、会社と組合との関係が悪化していきました。あげくに会社は、当時の組合員数と同じ数の「35名を整理解雇する」と通告を行い、組合員に不安を与えて攻撃してきました。
 これに反撃するため、組合は、組合員資格を管理職にも拡大し、部長職も含めて組合の規模を拡大して対抗しました。そして、この解雇予告は不利益取扱い・支配介入であるとして、府労委に救済命令を申し立てるとともに、雇用契約上の地位を保持するために実行確保の措置勧告を行いました。
 措置勧告自体は出ませんでしたが、府労委から会社に対し口頭注意が実施され、解雇は現実のものとはならず、2019年12月26日、人員補充や労働条件の変更については、組合との事前協議を行うとの和解協定が締結されました。
3 第2次府労委闘争
 しかし、2020年6月、現社長の田中氏が代表取締役に就任するや、組合との事前協議なく人員補充を繰り返しました。2021年3月には、組合との事前協議もないまま、労働条件変更通知書で賃金1割カットを行う旨通告し、2021年4月から賃下げを行うとともに、組合執行役員ばかり4名を配置転換しました。
 また、組合執行委員長である早瀬氏に懲戒処分(減給処分)を行い、組合書記次長(当時)である小林部長に対し、「(組合員として発言するなら)部長職、返上してもらわなあかん」等、組合員であることを理由に不利益を課す旨発言しました。
4 申立の内容
 組合は当初、①事前協議なき人員補充について組合への謝罪②早瀬氏への懲戒処分撤回③小林氏への暴言への謝罪④ポストノーティス、を求めて、再び府労委に救済命令を申し立てました。申立の後に、労働条件変更通知書の交付があったため、組合は⑤労働条件変更通知書の撤回⑥組合執行役員への配置転換の撤回の求めを追加し、併せて実行確保の申立をしました。その後、賃下げが強行されたことに伴い、⑦賃下げの撤回要求を追加しました。
 未払賃金支払請求訴訟・配置転換無効確認訴訟も、併せて提起しました。
 その後、早期に命令をもらうという観点から、裁判手続で請求している事項については救済命令から取り下げる方針となり、結局、府労委では①②③④⑤について、不当労働行為の成否が判断されることになりました。
 主張書面のやり取りの中では、会社の経理を一手に担っていた部長職組合員が、資料をもとに会社の経営状態を詳細に説明してくれたので、それをもとに賃金カットの必要性がないことも立証することができました。
5 審問と和解の不成立
 2022年2月、ようやく田中社長の審問が行われ、田中社長は、2019年12月の和解について「知らない」という対応に終始し、法令順守という意識をまったく欠いた人物だということが明らかになりました。審問後、労働側委員からの強い働きかけがあり、和解に向けて田中社長と早瀬執行委員長のトップ会談の場をもつことが約束されました。
 そこで早瀬委員長が、会談を申し入れたところ、田中社長は「へそを曲げて」しまい、会談は実施されず、和解も成立しませんでした。
6 命令交付とその後
 2022年4月、府労委は結審し、命令は10月になる予定が、2か月も早い8月26日に、組合の要求をほぼ認める内容の救済命令が交付されました。
 会社は、命令について一切争わず、命令交付1週間後の8月30日、早瀬執行委員長に対し、田中社長が直接謝罪文を手交し、9月2日にポストノーティスも実行(会社に印刷物を掲示)しました。早瀬執行委員長の減給分も、金額計算の上で支給される見込みです。
 まだ未払賃金支払請求事件、配転無効確認事件が大阪地裁に係属していますが、両事件にも命令は証拠として提出しており、裁判官の心証形成に大きな影響を与えていることは間違いありません。
7 はじめての労働委員会審理で学んだこと
 第一次府労委闘争では、会社の攻撃への組合員の不安をおさえ、正式な解雇通告をさせず組合員の雇用契約上の地位を守るためには、労働仮処分よりも早く出る労働委員会の実行確保の措置勧告をとることが必要と考え、労働委員会をまず活用するとの方針を弁護団(村田浩二、井上耕史、脇山)は選択し、労働委員会の口頭注意をかちとって解雇を防ぎました。
 また、この事件は、組合が力をもっていたからこそ起こった事件であり、かつ不当労働行為攻撃に対して、組合が部長職にまで組合員資格を拡充して団結力を高め、絶えず団体交渉を申入れて会社と交渉をしてきたが故に勝てた事件でした。
 今回の府労委の命令は、71期の私にとってはじめての経験でしたが、組合の力が強ければ、会社がどんな不当労働行為をしても、団結の力で、潰れることなく勝利できることを教えてくれました。組合には、この府労委命令を力にして、まっとうな労働条件の回復に向けてさらに頑張ってほしいと思っています。

 

「困難な問題を抱えた女性への支援に関する法律」(女性支援法)を真に女性の人権を全うする法律にするために

大阪支部  渡 辺 和 恵

1 はじめに
 「困難な問題を抱えた女性への支援に関する法律」が2022年5月衆議院で全会一致で成立し、マスコミをはじめ各所でこの法律が女性福祉の開花元年のように喜びの声を持って迎えられています。
 ところが、私は、1975年国際女性年元年に弁護士になり、1981年近畿弁護士会連合会の人権大会で「女性の駆け込み寺を考える」をテーマに研究をし、「困難を抱えた女性はどこに行ったらいいのか」を議論し、売春防止法上の婦人保護施設である生野学園に出会って41年に亘って活動してきた経験から、法律の成立の過程を見ていて危惧する点があり、事あるごとに意見を言ってきました。
 しかし、法律が成立し、法の施行を2024年4月1日に控えている今、女性と子どもの幸せのために活動する皆さんと力を合わせていくために、出来上がった法律が「真に女性福祉女性の権利元年」となるために必要なことについて意見をまとめ、団員のみなさんにも知っていただきたく投稿しました。
 個人的なことを言えば、私も来年3月、77才になり現在の共同事務所を定年退所し、私の原点である「女性の子どもの幸せ」のための飛躍の元年とする準備中で、この一文は女性の人権の視点に立った女性福祉を実現させるための私のこれからの活動の指針作りでもあります。
2 「売春防止法からの脱却」を女性の福祉・女性の権利元年とする新法のキャッチフレーズに対する違和感 ― 生野学園の経験から
 売春防止法(1956年、昭和31年成立)は、現在殆どの日本人は知りません。弁護士も然りです。私も婦人保護施設生野学園(大阪府立)に出会うまでは売春防止法の条文を読んだこともなく、「困難な問題を抱えた女性」が無一文で駆け込むことが出来る生活施設についての法律の条文、第36条にある「婦人保護施設」も知りませんでした。弁護士会の企画の中でこの存在を知りました。庶民の街大阪市内の生野区には在日外国人の方々も沢山おいでになり、生野学園を生活施設として利用されている皆さんは町の零細企業で内職をもらったり、外勤をしたりして、現金を手にし、施設から出て自立する策も保障されていました。
 新法成立に当たって、売春防止法の「第四章 保護更生」のための婦人保護施設は、「性向又は環境に照らして売春を行うおそれのある女子の保護更生」のために収容保護するために施設」(第36条)となっており、女性の人権無視も甚だしいところと新法の解説者の殆どがこう言われます。学者の皆さんは耳学問で、「婦人保護施設は整列させて号令を掛けさせるところがある」とも紹介しています。
 一方、私たちが生野学園を訪問した頃は、条文がどうなっているかも知らず、婦人保護施設という「無料で衣食住の出来るところ」がこの世にあること自体が驚きでした。職員の皆さんも利用者の方を見下げるどころか、本当に親身になってサポートされていました。法文上の「収容者」などとは決して呼ばず、「利用者さん」と呼んでいました。ですから、新法制定理由を、売春防止法の条文だけから「人権無視の売春防止法」と呼び、これから脱却することで真の女性の人権の法を作るのだと繰り返し呼ばれることには強い違和感を持ってきました。
 確かに売春防止法は戦前の苦難に満ちた廃娼運動を引き継ぎ、やっとのことで成立させた法律で、時代の制約から性の売買を、性を買う男性は無罪放免、売春業者に対する罪は発動されず、女性だけを「転落女性」として保護更生の対象とする条文の体裁になっています。しかし、生野学園のように、実際には多くのところで女性をサポートする懸命な営みがありました。女性の人権を守ってきた生野学園は15年間のつぶすな運動の中で闘い抜きましたが、残念ながら1997年に大阪府の「行政改革」の嵐の中で廃止されました。
3 新法の「女性を支援する機関」は売春防止法上の「保護更生機関」と同じ婦人相談所(一時保護所)・婦人相談員・婦人保護施設の三機関を引き継ぐとの意味は何か
(1)脱売春防止法を大スローガンにするなら、旧の売春防止法の3つの機関を廃止するのが通常です。しかし、新法では、その機関である「婦人相談所」を「女性支援センター」に、「婦人相談員」を「女性支援員」に、「婦人保護施設」を「女性自立支援施設」に名称を改めて存続させます。
(2)それは何故でしょうか。新法推進力になった皆さんは、売春防止法下のこの三機関が営々と努力してきたことを評価していますが、三機関が売春防止法という女性人権無視の立法下の機関なので、その力を発揮しようとするとその法律が桎梏になって利用率が下がってきたと言います。
 しかし、そうではありません。生野学園の例にあるように売春防止法下の機関ですが、実に生き生きと仕事されていました。ただ、生野学園とても利用率が低くなっていくことに変わりはありませんでした。それは何故か。
 女性の人権に重きを置かない「行政改革」が進む中で、生活施設の入所措置決定する婦人相談所が、入口を狭くすればたちまち入所者は途絶えるのです。この攻撃の中、生野学園は婦人相談センターの看板を掲げて電話相談を開設して悩みに答え、入所の必要な人は婦人相談所にお連れすることで措置に結びつけていました。その中で、「無一文で衣・食・住が保障される」という完璧なセイフティネットの生野学園の存在を、このようにして広報して役に立つ施設づくりをして利用率を上げてきました。
(3)ところで、この三機関は重要な役割を果たす機関との評価を得ながら、2001年のDV法の施行で、この女性達のケアをする重要な役割も背負わされましたが、DV法の制定により人の増員・予算の増額があったとは聞きません。DV法の制定で、DVが社会でクローズアップされ、DV被害者の相談とケアを求める人達がこの三機関の業務量の拡大を加速しました。
 しかも、婦人相談員の多くは非正規雇用で雇用も不安定、給料も安く、専門的キャリアが必要な職務であるにもかかわらず、その蓄積が出来ません。ちなみに、以前は正規公務員の婦人相談所と婦人相談員への配置転換がありましたが、今日では聞きません。
 私はこの三機関の方々から、若い職員が「本来業務」であった売春問題について研修もできないし、対応できないとの嘆きの声も聴きました。元々、三機関の役割の重大性にもかかわらず、いわゆる「行政改革」の名の下に「体力」がなくなっていったのです。
(4)この一番ネックになっていたところに新法は改善策をとっているでしょうか。
 否、新法にはこの婦人相談所(一時保護所)・婦人相談員・婦人保護施設の三機関に正規雇用化の完全な施策をとることを目指す条項が見当たりません。
4 今度の新法は売春防止法の「第四章 保護更生」廃止(但し、前述の通り新法で引き継ぐ三機関は改称して存続)と「第三章 補導処分」の廃止をもって新法の目指す女性の人権は確立するのでしょうか
 まず、第三章の補導処分廃止ですが、補導処分は第5条売春の罪を犯した(1号:売春をする目的で公衆の目に触れるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘すること、2号:売春の相手方となるよう勧誘するため、道路その他公共の場所で人の身辺に立ちふさがり又はつきまとうこと、3号:公衆の目に触れる方法で客引きをし又は広告の他これに類似する方法により人を売春の相手方になるよう誘引すること)満20才以上の女性に対し、懲役又は禁錮について執行猶予する時になす処分(第17条1項)で婦人補導院に収容する(同上2項)といい、いわゆる公衆に対する罪です。
 窮地に追いやられた売春者(多くは女性)を処罰する第5条売春罪の不当な規定には日弁連も含めて反対の声が上がっていました。その懸案になっていた5条売春罪の廃止の好機であったにもかかわらず、新法はこれに触れず、これを残しました。売春防止法からの「脱却」にのみ目が向く余り、売春防止法の女性差別の象徴である第5条売春罪廃止への目を曇らせたのだと残念でなりません。
5 新法を生かすための施策を充実して、女性の生活圏である都道府県・市町村まで網の目のように支援を広げるために
 とはいえ新法は女性支援の新しい枠組みを作りました。2024年4月1日施行まで2年を切っていますが、私はこれを具体化し、女性の支援を充実させるのは、私たち女性支援を続けてきた勢力の頑張り如何だと思っています。新法の担当官庁は従来の婦人保護事業と同じ厚労省で、漏れ聞くところによると、ある官僚が「女性三機関の存続だけはっきりしているだけで、後は何も変わらない」と発言したそうです。そうであってはなりません。
 新法は「国及び地方自治体の責務」を明記し「国が基本方針を作り、都道府  県の計画の指針とする」とされ、市町村も都道府県の計画を受けてこれを定めるとなっています。但し、市町村は新法を通じて「任意」なのでこれを義務化させる必要があり、これに盛り込む内容を提示しましょう。
(1) 女性支援センター
 生活不安が広がり、女性への支援の需要が高まる中、880万人の大阪府の人口に、女性支援センターは従来は1カ所でした(必置義務あり)。これを増加させる必要があります。しかし、今日その他府県では児童相談所(家庭支援センター)の併設が多く、とんでもないことです。新法でも、一時保護は売春防止法下と同じ2週間で、生活立て直しには期間が短すぎます。NPO法人生野学園が委任を受けるのも2週間で、利用者の要求には不足しています。
(2) 女性支援員
 都道府県には従来から必置機関でした。従来は大半の職員が非正規でした。新法11条3項のいう「必要な能力・専門的な知識を有する人材の登用」には正規雇用で、給与の保障・研修の保障が不可欠です。そのための予算の増額が必要です。兼職ではなく、専任にする必要があります。又権限が与えておらず、業務に支障があります。そもそも数が不足しています。市町村にも配置して、需要に的確に応えられる体制がいります。
(3) 女性自立支援施設
 従来と同様、都道府県にさえ必置義務がありません。少なくとも都道府県に複数設置すべきです。市町村にも設置すべきです。生野学園は重要な役割を果たしていましたが、1997年、「行政改革」の中で廃園させられました。代わりに大阪府が作った婦人保護施設は市中になく、交通の便が悪く、利用しにくいのです。
(4) これら三機関の「関連施策の活用」と緊密な連携が謳われていますが、行政  指導ではなく民間の対・平等が保障されるべきです。又民間活力と称して民間を廉価で使うことがあってはなりません。現在、生野学園には衣・食・住を賄う財源の殆どは寄付・会費に頼っています。民間を廉価で利用することは止め、財政支援が相当になされるべきです。
6 新法によって支援する人達(多くは女性)に制限はないこと
(1) DV被害者
 新法でDV被害者を支援することは当然含まれます が、需要が高まる中で、人・金がこれに見合う必要があります。これが出来ないと、前記と同じ負担が覆いかぶさることになります。
(2) 性の売買
 新法は売春防止法からの「脱却」と銘打って誕生していますが、性を売る者(多くは女性)も対象とすることは当然です。「困難を抱える女性」から排除してはなりません。「男性の女性を買うことの放任」や「性の売買を営利事業として行う者の処罰のネグレクト」を前提に、性売買の渦中にいる女性たちの支援は避けて通れません。性の売買問題にこれら支援機関・支援体制はかかわっていかなければなりません。
 私たちの社会は、前記の通り売春防止法の改正問題も含め、性の売買問題に立ち向かうことが求められます。
7 今後について
 今年11月から、法律の制定を受け、国の基本方針を策定する有識者会議が発足しました。そこで定められた方針に基づいて、今後、都道府県や市町村において、基本計画が策定されていきます。
 各地でも、都道府県の女性相談所(女性相談センター)がありますので、ぜひとも関心をもって、各地の女性福祉施策が、どのような体制で、どのように変わっていくか注視し、地元弁護士会との連携の在り方なども考えていっていただきたいと思います。

 

性刑法改正の試案の検討―暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の見直し

大阪支部  齊 藤 豊 治

2022年10月24日に法制審議会刑事法部会で事務局試案が提案された。ここでは一般規定である強制わいせつ罪、強制性交等罪の見直しについて検討する。
1.試案の特徴
 試案は次のような特徴を持つ。①現行法と同じく強制わいせつ罪と強制性交等罪の二本立てを維持する。②強制わいせつと強制性交等の境界を変える。現行法は、強制性交等の成立を男性器の挿入に限定しているが、試案は性器、肛門への手指、舌、物の挿入も含めるとし、強制性交等罪の範囲を拡大し、挿入罪と接触罪の二元的構成を明確にした。③準強制わいせつ罪、準強制性交等罪を独立の法文とした現行法を改めて、強制わいせつ罪、強制性交等罪として一本化する。④強制わいせつ罪、強制性交等罪ともに、「行為態様」と「事由」の双方について、(ア)から(ク)までを列挙する。この列挙は、「その他これに類似する」とあり、例示的列挙といえる。⑤列挙された行為態様および事由に該当するだけでは足りず、「拒絶困難」の程度に達することが要求される。これによって、不同意性交罪は立法化しないことを表明した、といえる。
2.列挙された「行為」および「事由」―④の検討
 行為態様では行為者側による拒絶困難な状態の「作出」を規定する。具体的には、次のとおりである。
(ア)暴行又は脅迫を用いること
(イ)心身に障害を生じさせること
(ウ)アルコール又は薬物を摂取させること
(エ)睡眠その他の意識が明瞭でない状態にすること
(オ)拒絶するいとまを与えないこと
(カ)予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、または驚愕させること
(キ)虐待に起因する心理的反応を生じさせること
(ク)経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること
 作出は手段・方法であるから、作出行為の時点から強制わいせつや強制性交等の故意が必要となる。これに対して、「事由」では便乗型を類型化し、拒絶困難な状態に便乗した行為が処罰される、としている。便乗型は、作出型から漏れるものを拾う補充的な規定となる。暴行・脅迫を例にとれば、最初から性的意図を持って暴行・脅迫を行えば、作出型の(ア)に該当する。これに対して、暴行・脅迫の時点では性的意図がなく、拒絶困難な状態になったのを見て、性的意図を持つようになった場合、便乗型の(ア)に該当することになる。第三者によって行われた暴行・脅迫が拒絶困難な状態になった後、行為者がこれに便乗した場合にも、これに該当する。
 現行法176条の強制わいせつ罪および177条の強制性交等罪は暴行・脅迫による作出型を規定し、178条の準強制わいせつ罪および準強制性交等罪は暴行・脅迫以外の作出型及び便乗型を規定している。現行法では「暴行・脅迫」とはいえない行為態様や「抗拒が著しく困難」というハードルが高くて、犯罪成立を狭めているという批判が繰り返されて、運用では178条を活用する傾向も見られ、抗拒「不能」を「著しく困難」にまで緩和している。さらに、困難さについて「物理的」な困難さだけではなく、「心理的」な困難さを含めてきた。このように心理的困難さはバスケット条項として機能しているが、明確性の確保という構成要件の機能から見て難点がある。
 試案は、暴行・脅迫を犯罪成立の要件の一つに留まるとし、いわば「格下げ」を行っている。このことで、暴行・脅迫要件に関する拡張解釈への圧力を大幅に軽減することになろう。たとえば、(オ)拒絶するいとまを与えないこと、(カ)予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、または驚愕させることの要件化で、無理に「暴行・脅迫」に当てはめる必要はなくなる。また、通常の性的行為や性交に付随する有形力の行使があれば、「暴行・脅迫」は肯定できるといった解釈・運用を行う必要はなくなる。
 列挙された行為態様と事由は、判例で認められきた類型を整理したものである。試案が立法化されれば、端的に各類型のいずれに該当するかを判断すればよく、法の運用・執行が円滑になるとともに、罪刑法定主義の見地からも望ましい。
3.「拒絶困難」と5年以上の拘禁刑
 内閣府男女共同参画局の性暴力に関する大量調査によると、現行法のもとで年間20万件前後の不同意性交の被害が生じていると推測されるが、起訴され有罪となる者は数百である。試案が立法化されても、被害者からの通報、告訴、起訴、有罪が大幅に増加するかといえば否であり、せいぜい漸増に終わるであろう。試案は「拒絶困難」とすることで、不同意性交罪の立法化を見送り、拒絶困難は足切りとして使われる。また、何よりも有期刑5年以上のハードルは高すぎる。アムネスティ・インターナショナルなどは、不同意性交罪は性刑法の最も重い法定刑とすると考えているようであるが、疑問である。不同意性交にもグラデーションがある。

 

コロナ禍にまけない!貧困と社会保障問題に取り組みたたかう団員シリーズ ⑯(継続連載企画)

 

生活保護基準引き下げにNO!
全国争訟ネット(代表 尾藤廣喜弁護士、竹下義樹弁護士)」が「滝井繁男行政争訟奨励賞」

東京支部  黒 岩 哲 彦

 私は原告1000人以上の生活保護利用者が29の裁判所で闘っている生活保護基準引下違憲訴訟の一つの「新東京生存権裁判(生活保護基準引下違憲訴訟)・原告49人」の弁護団の一員です。 
 各地での争訟(訴訟及び審査請求)活動を行う弁護団、弁護士の連絡調整活動等を行っているのが「生活保護基準引き下げにNO!全国争訟ネット」です。「全国訴訟ネット」が2022年度「滝井繁男行政争訟奨励賞」を受賞しました。
1 滝井繁男行政争訟奨励賞
 滝井繁雄さんは元大阪弁護士会会長・元最高裁判所判事で2015年2月に逝去されました。公益財団法人日弁連法務研究財団は滝井繁男さんの遺言に基づく活動の一環として、「滝井繁男行政争訟奨励賞」を設置し、行政争訟の活性化の実現のため、優れた研究や顕著なる功績を残した方又は団体を表彰しています。
2 授賞理由=「この問題に取り組む全ての弁護団、弁護士の活動を称えたい」
 授賞理由は、朝日訴訟の第一審判決(東京地判1960年10月19日)から説き起こしていています。
①原告代理人らの緻密かつ熱心な主張立証活動の成果であり、こうした訴訟活動が生活保護分野における新たな展望を拓くものとして評価できる。
②行政訴訟におけるあるべき主張立証の在り方を示している点を考慮して、判決が確定していない段階ではあるが、「法律実務の改善に顕著なる功績を残し、行政争訟等の発展と国民の権利救済に寄与したもの」と認められ、本奨励賞の対象としてふさわしい。
③一連の勝訴判決の背景には、各地の弁護団が、全国の要保護者の思いを全国的な運動として多数の審査請求および訴訟活動に結び付ける稀有の機動力を発揮したことがあったと考えられる。これら各地の弁護団を繋ぎ、互いに連携する要となった全国争訟ネットの功績は極めて大である。そこで、現時点で勝訴判決を勝ち取った四弁護団のみならず、この問題に取り組む全ての弁護団、弁護士の活動を称えたい。
3 授賞理由は「この問題に取り組む全ての弁護団、弁護士の活動を称えたい」としています
 弁護士の活動が評価されたことのみならず、すべての原告、そしてこの争訟を支援された皆さんのご努力も高く評価されていると考えられます。原告、支援されて皆さん、弁護団・弁護士にとって、たいへんに名誉なことであり、励まされます。
 朝日訴訟の闘いは、朝日さんの東京地裁での勝利判決に驚いた国が東京高裁で反撃に出て東京高裁で逆転敗訴をしました。
 大阪・熊本・東京・大阪の勝利判決の流れを確実にし、生活保護基準引き下げを取り消させさらに基準引き上げを実現するために、今回の授賞を力に闘っていきます。
 授賞理由(全文)は日弁連法務研究財団のホームページで読むことができます。是非ともお読みください。
https://www.jlf.or.jp/work/syoreisyo/r4-akiiawardjusho/

 
 -書評-しなやかでしたたかに

大阪支部  大 江 洋 一

 畏友 森野俊彦さんの『初心「市民のための裁判官として生きる」』(日本評論社2022年)が出版されました。
 私はこれまで本を戴いてお礼状は書いても推奨文などあまり書かないのですが、実に面白かったので、皆さんにも読んでいただければと、頼まれもしないのにキーを叩くことにしました。
 彼は23期で、7名の任官拒否がありましたが、これを潜り抜けて裁判所にもぐりこんだものの、その後ひどい「いじめ」にも遭いながら、めげず、挫けず、しかも言いたいことはどこでも誰にでも歯に衣を着せずはっきりと言い続け、それでいながら自然体でいささかも肩ひじ張ってのことではないという実に稀有な人柄です。
 彼が堺支部にいたとき、私も「サイクル検証」の恩恵も受け、そのフットワークの良さに舌を巻いたことも懐かしく思い出されます。
 「家裁の人」に追いやられても、そのことに腐るどころか、与えられた場で研鑽を積み、遺産分割のプロとして一目も二目も置かれる実績を積んでいることには脱帽し、今でも時々お知恵を拝借しています。
 そうはいっても、自分より期の下の裁判長のもとで陪席をさせるという大阪高裁時代の酷い扱いには,外にいる私もはらわたが煮えくり返る思いがしました。さすがの彼もこの時は腹に据えかねたと思うのですが、なんと、奥さんが彼に輪をかけたような素晴らしい人で、彼が弱気になった時に叱り飛ばしたというエピソードには泣かされました。
 他所眼には、辛い目に遭いながら歯を食いしばって生きてきた頑張り人生のように思えるのに、彼は天真爛漫というべき生きかたを貫き、それを楽しんですらいる様子が窺えることには驚愕し、脱帽します。なぜか、寒山拾得が私の頭をよぎりました。
 話が変わりますが、団通信に書くなどということはこれが最後になるかと思いますので、一言だけ余分なことを書きます。
 ホットな議論に首を突っ込むつもりは毛頭ありませんが、木村晋介さんの議論はきわめてわかりやすく、納得できる議論だと思いました。私は、難しい議論をしなければならないということはそれだけでアウトだと思っています。蛇足で失礼しました。

 

2022年総会議案書「第1章」「Ⅰ」「第1」(ロシアによるウクライナ侵攻)(以下「本稿」という。)について

幹事長  今 村 幸 次 郎

1 木村団員の指摘
 団通信1794号において、木村晋介団員(東京支部)から、本稿について出されていた反対意見とこれに関する団内での議論のあり方等について意見が提起されました。
 木村団員の指摘は、本稿のうち、ウクライナ戦争について、「アメリカを中心としたNATOとロシアの戦争である」、「ウクライナがNATO加盟で力を得ようとしたことがロシア側の警戒を高め侵攻を決断する要因となった」などと評価する部分について、反対意見が複数出されていたにもかかわらず、執行部からの反論なり釈明なりのレスポンスがないことを批判するものでした。
2 京都総会での議論
 先日の京都総会(10月23日及び24日)では、本稿に対してこうした反対意見があることを踏まえて、議案についての討議がなされました。中西一裕団員(東京支部)と藤本齋団員(東京支部)の団通信原稿(「議案書の情勢認識には賛成できない(中西団員)」「議案書の情勢認識には賛成できない、私も(藤本団員)」)は、総会資料として全員に配布されていました。
 総会の各分散会では、ウクライナ情勢をどうみるかについて、様々な意見が出されましたが、議論の中心は、情勢の見方や戦争の要因を分析して定義ないし確定するということではなく、それらを踏まえた団の方針や具体的な取り組みをどうするかという点に置かれていたように思います。
 思うに、運動方針を検討・策定するに際して、情勢に関する議論をするのは、情勢の見方や各事象の原因等を分析・確定することそれ自体が目的ではなく、方針策定の前提となる情勢等についての理解や認識を深めることで、できるだけ時宜にかなった適切な方針を作り上げることがその本旨と解されます。議案書で提起する情勢の見方等についても、各事象について一定の視座を提供するものであって、学術的な分析や確定を目的としたものではなく、当然、異論はありえますし、また、異なった見方、様々な角度からの分析や批判的検討を経ることで、方針討議がより充実したものになるという性質のものではないかと思います。その意味で、各位からの反対意見は、こうした討議の充実に資する、大変貴重な提起であったと思います。
 各分散会等での討議を経て、総会全体会において、本稿を含む議案の採決が行われ、その結果、議案は承認されました。そこで確認された議案書(本稿)のうち運動方針にかかる部分は、①ロシアに即時、無条件に軍事行動をやめさせ、国連憲章を守ることを求めることが何より重要である(議案書1頁左側12行目)、②我々の目指すべきは、核抑止力への依存でなく、核兵器削減による信頼の醸成であり、核のない世界の実現でなければならない(4頁左側23行目)、③(ロシアの軍事侵攻の衝撃は大きく、世論が激しく動揺したが)この状態は一気に「戦争する国」に突き進むための軍拡と改憲が推し進められる危険を持つものであり、我々は強い危機感と緊張感をもって立ち向かう必要がある(5頁左側21行目)、④我々はここ(9条の浸透、定着)に確信を持ち、抑止の限界と危険性を訴え、それに代わり得る対案を示すことを追求すべきである(5頁左側34行目)、というものであったと理解しています。
3 今後の取り組みについて
 今後は、総会で確認された運動方針に基づき、鋭意取り組んでいきたいと考えております。ウクライナや台湾や北朝鮮をめぐる情勢をどうみるか等の議論は、今後とも、具体的な取り組みを進めるうえで、極めて重要と思いますので、引き続き、皆さんから、様々な意見等を提起して頂きたいと思います。
 直近では、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」から、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有をはじめとして防衛力を5年以内に抜本的に強化すべきである旨の提言が出されています。今後、年末にかけて、これを踏まえて安保関連3文書が改定されるなど、「戦争国家」づくりが強引に進められることが想定されます。
 私たちとしては、これに対抗する世論-「軍事対軍事では平和は守れない」、「東アジアの平和のためには憲法9条を生かした外交努力こそが重要」、「歳出削減・増税により国民生活を破壊しての大軍拡は許されない」など-を大きく巻き起こしていくことが求められていると思います。みんなで知恵を出し合って頑張っていきましょう。
 なお、ロシアのウクライナ侵攻につきましては、自由法曹団は、2022年5月23日付で「ロシアのウクライナに対する軍事侵攻に強く抗議し、直ちに停戦を求めるとともに、これに乗じた改憲及び軍拡の動きに断固抗議する決議」を発表(団HPにもアップ)しておりますので、ご参照ください。 

 

トランスジェンダーについて考える学習会のご案内

差別問題委員会 担当次長  永 田  亮

 

《日 時》2023年2月1日(水)午後6時00分~
《会 場》団本部+Zoom
《講 師》西田彩先生:大谷大学非常勤講師 講演(Zoom)

 2022年10月24日、京都で開催された自由法曹団総会において、「多様な性のあり方の尊重を求め、すべての人が平和に安心して生活できる社会の実現を求める決議」が採択されました。日本は、2021年に「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律」案の国会提出が見送られるなど、性的マイノリティへの差別解消に向けた法整備も大きく後れをとっており、人々の様々な性のあり方において個人の尊厳が守られ、性のあり方によって個々人が差別されることなく、あらゆる人が安心して生活できる社会の実現は、私たちの急務といえます。当該総会においては、本決議について、さらなる議論が必要だなどの様々な意見が提起されました。
 そこで、今般、かような議論を踏まえ、自由法曹団内においても、性的マイノリティ、特にトランスジェンダーについての理解をより深めるため、トランスジェンダーについて考える学習会を企画いたしました。
 今回は、大谷大学非常勤講師の西田彩先生を講師にお招きして「トランスジェンダーについて」と題して、ジェンダーアイデンティティ(性自認)の成り立ちからトランスジェンダーの方々を取り巻く現状、性別移行のプロセス等についてご講演いただきます。従前は動画上映での学習会も計画しておりましたが、直接のご講演をいただけることとなりました。
 ご講演により、同じ社会の中で暮らすトランスジェンダーについての理解を深め、「共生」しやすい社会作りにつなげていきたいと思います。皆様、奮ってご参加ください。

 

北アルプス 花の道を歩く(2)

神奈川支部  中 野 直 樹

山小屋の朝
 4時45分起床、5時朝食。6時25分出立。空の青がまぶしい。暑くなりそうだ。昨夕から男女5人のグループと山の会話となっている。このグループは、これから雲の平小屋と三俣山荘に泊り、水晶岳と鷲羽岳を目指しているとのことだ。私たちよりも先に小屋を出た。私たちとルートを異にするが、いずれ旅の先で再会するかもしれない。
 チングルマの群落。花は薄クリーム色の五弁で、真ん中に黄色いおしべ・めしべ。一斉に真上に花開いているのでひまわり畑のような明るい場を醸し出しており、楽しい。漢字で書くと「稚児車」。解説によると、実が開く途中ねじれながらほぐれる形が、鯉のぼりの先に回る稚児車に似ていることからの命名だそうだ。すぐ近くには花期が終わって背中に羽毛状の実をそり返しているユーモラスなチングルマの変化もみられ、これもまた楽し。朝露が日差しに光っている。
薬師沢の道 
 木道を下ると、薬師岳から流れ出す右俣、太郎平から流れ出る中俣、北ノ俣岳を源流とする左俣が合流し、薬師沢となる。1996年に大森鋼三郎、岡村親宜弁護士等と黒部川源流岩魚釣りの旅にきたときに、このあたりにテントを張って枝沢の釣りをしたことを思い出した。ヘルメットをかぶり渓流シューズをはいた男女2人が沢の遡行を始めていた。
 下降するにしたがいオオシラビソの木が目立ち始めたあたりで、休憩していた雲の平に向かう5人グループとはや再会した。足元には薄いピンクのハクサンフウロに目を留め、目を上げると正面の左手の奥には赤牛岳の稜線が見えた。さらに下ると、黒部川の対岸が壁のように隆起している。あそこを登った先が雲の平だ。
 8時半頃、薬師沢と黒部川本流「奥の廊下」との出合についた。ここには薬師沢小屋があり一休息。その入り口に「釣ったイワナはリリースを 持ち帰らないで 黒部源流のイワナを愛する会」との呼び掛けを書いた木板が貼られていた。今回の私には関係がない。
 黒部川本流に吊り橋がかかり、私たちは、カメラをもって、橋の上から、河原から、ふりそそぐ陽光が岸辺の木々の緑を水面に投影して、エメラルド色に染まって煌めく渓流水の美しさに見とれた。96年はここから、かなり緊張しながら、未知の黒部川源流に向けて釣りしながら遡った。
「奥の廊下」下り
 黒部川は、黒四ダムから下が「下の廊下」、上が「上の廊下」、さらに「奥の廊下」と呼ばれている。9時、荷を背負い直し、吊り橋を渡って右岸に出ると、すぐに雲の平への道との分岐となった。私たちは、そのまま右岸沿いにある大東新道に向かった。いきなりはしご登りになるがすぐに川原に戻る。以後、川原と登山道を行ったりきたりのルートだった。川原石にはペンキが塗られ、道迷いはない。川原歩きはゴロゴロした石を伝うこととなるし、ときには大石を乗り越えることとなる。私は渓流釣りをしているのでこのような場所の歩きは慣れているが、2人はかなり苦労している。加えて日陰のない川原ではまともに陽に炙られ、汗が吹き出してきた。川原から岸辺の道に戻ると、淡い紫色の5枚の花弁が釣鐘のような形をして開いてうつむき加減に咲いていた。後で調べるとソバナだった。沢沿いを好むとある。
 ときには、川原がなく、岩の岸壁をへつらなければならない。滑りそうな箇所に安全用のロープが張ってあった。岩場は長く、そのロープは中ほどで固定されているように見えた。先行する私が強く握って体重をかけようとした。と、固定されていたところが抜け、ロープが緩んでバランスを崩し、ずり落ちかけた。危うい。
 10時25分、本流の幅が狭まり、両岸とも岩の壁になった。ゴルジュ(フランス語で喉)と呼ばれる。「A沢」と書かれた石をさらに下ると、大石に、赤ペンキで、「B沢出合 →」として右岸の沢に向かえと指示していた。本流は、ここから先が奥の廊下の核心部分で、一般道はない。
 私たちは1時間のコースタームを大きくオーバーし、すでにへたばっていた。
アルファベットの酷道
 B沢の標高は1850mであり、今朝の出発地から約500m下ってきたこととなる。地図をみると、ここから大東新道はB、C、D、E沢を経ていくように書いてある。歩き始めてわかったが、この道は、雲の平から延びる標高2400mくらいの尾根の西斜面を横切りながら登っていくようにつくられている。斜面には皴のように沢が刻まれている。
 道は沢があるごとにいったん下り、沢から登り返しとなる。沢筋は度重なる出水で荒れており、道というより足場の悪い斜面を設置してあるロープにたよって登らなければならない。沢と沢との間の小尾根はやせており、木の根が複雑に表出し足にちょっかいを出してきて、足の上げ下げにえらく難儀した。風がなく、空冷が容易ではない。樹林中はまだよいが、開けた沢の前後は容赦のない日差しに晒されるからかなわない。ともかくC沢で昼食をとることとなった。私は湯を沸かし、ラーメンと食後のコーヒーを腹に入れた。藤田さんのガスバーナーの調子が悪く炎が高く燃え上がり、火事になるのではないかとヤキモキさせられた。原因は、バーナーの口とボンベの口をしっかり締め合わせていないために空気が入ったからであった。疲れで注意力が減退している。暑さに弱い浅野さんは食欲を失っており、食べたのか食べないのか。
 重い腰を上げてよろよろ歩み始めた。その足元には花がしぼみ始めたキヌガサソウが大きな6枚の葉を六角形に広げている。ソバナの白花が沢の岸辺を埋め、アザミの花が紫色を副えていた。私は、遅れがちな2人をけん引しなければとの思いで先行した。遠雷が聞こえ始めた。夕立に見舞われなければよいがと心配しながら歩いているうちに、ドカーンという大雷鳴が轟き、心臓が飛び出す動転をした。ここは「E沢」との案内があり、あと一息だと思うも、ここからのつづら折りの登りが長かった。(続く)

【写真提供:中野直樹団員 黒部川】

 

京都総会報告(その5)

 

UNDER PRESSURE

前幹事長  小 賀 坂  徹

 今年の5月集会の問題提起の最後に、私は次のように述べた。
 「恐らく、今、私たちは、戦後の社会で経験したことのない事態に直面している。だから直線的に正解にたどりつくということは困難だろうと思う。そうだからこそドグマ的思考に陥ることなく、リアルに物事を見定め、各人の忌憚なき意見を遠慮なく、躊躇なく、そして臆することなく出し合い、議論し、一つ一つ到達点を積み上げていくことが何より重要で、それが団の英知を結集するということだと思う。…困難な課題だからこそ、そこに立ち向かう価値がある。」
 今年の京都総会は、それを体現したものだったといえようか。
 確かに、忌憚なく、躊躇なく、遠慮なく議論はされたと思うし、議論を誘発すべく問題提起ができたといえなくもない。多くの批判も大いに意味のあるものだったと思う。
 執行部の宿命として、物事がうまく進んで当たり前、ちょっとでも躓くと厳しく批判されるということは致し方ないことであり、それに恨み言をいうつもりはない。しかし、生身の人間である以上、批判されれば凹むし(自分個人の意見への批判ならまだしも「執行部」としてのやり方に対する批判というのがやっかいなのだ)、ちょっとでも褒めてもらえれば本当に嬉しい(褒められるようなこともしてなかったので仕方ないが、ほとんど褒めてもらったことないなあ)。処世術としては「大過なく過ごす」というのが賢いやり方かもしれないが、元来火中の栗は迷わず拾うという性分で、できる限りそれを拾う中でそれなりに波風も立った。
 私が本部事務局次長だった時は司法改革論議の真っ只中で、それこそ団を二分するような激論が続けられていた。総会議案書の採択についても、賛成、反対、棄権の数を厳密に集計するよう求められた。私はその担当次長として、大阪の財前さんなどと共に苦労しつつ、様々な意見書等をまとめてきた。財前さんとは夜中まで酒を飲んで愚痴り合ったこともしばしばだった。それでも次長は間違いなく面白かった。けれど幹事長は全く違っていた。その重圧は想像以上だった。私自身は大人になったという自覚が未だにないようなところがあり、未熟であることは隠しようがない。100年を超える歴史をもつ自由法曹団を背負っていくというのは、恐らく私のキャパシティを超えていたのだと思う。だから終盤明らかに息切れしていた。折に触れて書いてきた「幹事長日記」も、いくつも題材を思い浮かべながらも原稿にする気力が出なかったのもそのためだ。
 その重圧の度合いを改めて実感したのは、むしろ退任後だった。京都総会が終わり任務から解放されたらさぞかしホッとできるのだろうと思っていたのだが、実際はそんな感じにはならず、しばらくの間よく分からない重苦しさが続き、メールや団通信さえ目を通す気になれなかった。この退任あいさつ的な原稿もこんなに時期遅れとなったのも同じ理由だ。私の前任の泉澤さんが交代前から喜々としていて、総会前日には喜びを爆発させながら飲んでいたのとは対照的だった(そのせいか総会の最後に彼が「まとめはやりません」と言い放ったのも忘れられない。しかし今回はとてもそんな状況ではなかった)。私の後任が最後まで決まらず、今村さんに1年限定で再登板してもらうことになったという申し訳なさも「解放感」が乏しい要因の一つだと思うが、より根本的には泉澤さんには適性があって、私にはなかったということなのだろうと思う。だからこそ懸命ではあった。予想だにしなかったことが次々と起こっても、そこに食らいつこうとはしていた。熱と汗は常にそこにあった。
 レッドツェッペリンの名曲『天国への階段』について、渋谷陽一は「すべての価値と論理が相対的である時、音楽こそが絶対的な価値となりうるのではないか。それがこの曲のテーマであり、ロック全体のテーマである。この歌は一種の決意表明だ」と評した。確かに、最後の“To be a rock and not to roll”という歌詞は、圧倒的な肯定感に満ちていて、揺るぎなきロックへの決意を読み取ることができる。
 私は就任あいさつ原稿の中で「私にとって団の奏でる調べは常にロックだった」と書いたのもそんな思い が濃厚だったからだ。その思いは今も変わっていないが、いささか憂いを帯びた調べになったかもしれない。でもそれも悪くない。何故なら「憂い」は決意表明を実践する試行錯誤の中で必然的に生まれるものだからだ。揺るぎなき決意の確認とその実践の中で試行錯誤を重ねていく先に団の発展はあるのだと思う。そうした営みだけは続けてこれたと思っている。
 そして任期の最後の総会が、受験時代を過ごした京都で3年ぶりにリアル開催されたことにも運命を感じた。当時の先輩たちも皆活躍していて、酒を飲めばすぐにあの頃の感覚に戻れるのは幸せだった。
 試行錯誤ということでいうと、今年の5月集会の記念講演で、山本龍彦教授が提起したデジタル化の中での憲法の再確認(テックジャイアントと個人の人権、民主主義との相克)などは、今極めて重要な課題となっており、一層の創造的思考が求められている。そこで紹介された米国の科学技術政策局局長らの提案した『AI権利章典』(2021年10月)は、それを象徴するもので最後にその一部を引いておきたい。
 「憲法が承認された直後、アメリカ人は権利章典を採択した。それは、今まさに我々が創造した強力な政府からの保護を目的とするものであった。そこでは、表現・集会の自由、デュー・プロセスおよび公平な裁判の権利、不合理な捜索・押収からの保護などの権利が列挙された。我々は、その歴史を通じて、これらの諸権利を再解釈し、再確認し、定期的に拡大させてきた。この21世紀、我々は、今まさに我々が創造した強力な技術からの保護を目的とする『権利章典』を必要としているのである」。
 より正確にいえば、AIというよりビッグデータを駆使してそれを操っている巨大プラットフォーマーとの相克であるが、いずれにせよわが国においても、本当の意味での「憲法の季節」となるよう一層の創造性あるいは法的チャレンジが求められているように思う。立ち止まっている暇はなさそうだ。
*UNDER PRESSUREはクイーンとデビット・ボウイの共作による楽曲。ボウイもフレディ・マーキュリーもこの世を去ってしまったが、ジョン・ディーコンの印象的なベースラインと共に、いかにも息苦しさが漂う習作である。

 

●嬉しいメールのご紹介

 前号1794(12/1)号の山口県支部・内山新吾団員の団通信原稿掲載にあたり、「憎っくき可愛いセンチュリー」のイラスト写真を所望するご連絡をさせて頂きました。
 その際にふと、山口第一L/Oは、まだPDFでのML配信版登録がないことに気づいてしまったのでした。
 せっかくご提供頂いた「憎っくき可愛いセンチュリー」、小さいスペースながらも存在感を放っている内山団員お気に入りのセンチュリー・・・ご本人に是非ともカラー版で見て貰いたい!というお節介モード発動により、PDFのカラー版の方もご参考までにメール添付でお送りしたところ、下記の感想をお送り下さいました。
 カラー版の良さをお伝えできて良かった!と執行部でこの喜びを共有しておりましたところ、すかさず、「これは是非とも団通信で全国の皆さんにもお知らせしたい。」という平井事務局長のツルのひと声。
 内山団員ご本人からも快諾頂けましたので、以下、ご紹介させて頂きます。

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 おお! カラーとは知らなかった。小学生のころ、親が電器屋さんをやっている友だちのうちで、生まれて初めてカラーテレビで「ジャングル大帝」を見て以来の衝撃。センチュリーも、カラーなら、小さくてもリアルです。
 事務所で、カラー印刷すればいいだけじゃん。
 しかも、さきほど、PDFで見たという、もと山口修習の若い弁護士から電話がありました。反響の早さ! 紙の通信は、まだ届いていないのに。
 ということで、自他ともに認めるアナログ人間の私も、いっぺんにPDFファンになってしまいました。
 ああ、何とも、いい加減な人間。
 追って、事務所の他の2人と相談のうえ、「紙媒体郵送不要」メールを送ることになりそうです。
 うすいさんの罠にまんまとはまった、内山より

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※ このメールを頂いたその日のうちに、山口第一L/Oより「紙媒体郵送不要」のメールが届いたこともご報告いたします。
 12/1号には、平井事務局長より「通信のPDF配信化にご協力ください」の原稿も掲載されていました。そのタイミングで内山団員から届いた感想メールは、事務局長原稿を後押ししてくれる嬉しき返信でもありました。
 とても幸先が良く、団通信編集担当者としてもヤル気スイッチを連打して貰ったようで、パワーアップした気分です。ありがとうございました。
 これからもせっせと罠を仕掛けて(笑)、全国の皆さんにカラー版の良さを知って頂きつつ、PDF配信版の団通信普及に努めて参ります。
 全国の皆さまからお寄せ頂く団通信原稿のやり取りを通じて、日々励まされていることに感謝申し上げます。これからも、団通信を団員の皆さまの交流の場としてご活用下さい。
 原稿が届くのをもいつでも心待ちにしています。

団通信編集担当・専従事務局
うすい ゆうこ

 

♠次長日記(不定期連載)

永 田  亮 / 神奈川支部

 次長に就任して初めての団総会が終わりました。今まで総会には何気なく参加していましたが、たくさんの人が時間をかけて準備して実施されていたのだなぁと感じました。
 総会後の半日旅行では、第1回普通選挙で当選して国会議員として治安維持法反対運動に取り組み、1929年に右翼に暗殺された山本宣治資料館や慰霊碑等を見に行ってきました。山本宣治は1889年に生まれて、カナダに留学するなどしていたのですが、その主な活動として、当時の「産めよ増やせよ」の方針に反対する正しい性教育を行っていたという人でした。性教育記念碑というのがお墓の近くに立っているのですが、そこには本人の発言として「予の力説せんとする性教育は二段階に分けられる。第一に真実の追究である。各個人に性現象を廣く諸方面から観察せしめ、特に之迄閉却されていた人間的方面を示し、彼と彼の最愛の者の身辺に襲い掛かる不足の危険を未然に防ぐに足る科学的知識を授けるのを旨とする。次に善と美の教育が問題になる。其所で盲目的本能を制すべき理性自立の可能なる範囲を示し、以て自知、自敬、自制を養い、凡人として自らに顧みて偽り無く生を楽しみ更に進んでは世界同胞に奉仕し得る余力を養うを以て旨とする。」と刻まれています。
 100年以上前の人が、「彼と彼女」ではなく「彼と彼の最愛の者」という表現をしていること、「自敬」として自分をちゃんと好きになれるようにすること、それが「生を楽し」むことにつながること、などを大切にしていたことがわかり、ずっと昔にも自分を大切にして生きていける社会づくりを目指す人がいたことがわかって個人的にとても励まされました。半日旅行ではその後ウトロ平和祈念館にも行きまして、在日コリアンの人たちが民族教育を行い自らのアイデンティティを大事にしていたことは、改めて勉強になりました。
 以前の次長日記でサッカーと差別の話をしましたが、いまはカタールワールドカップで盛り上がっています。私も上田綺世選手(元鹿島)を推していますし世界のハイレベルなプレーには日々興奮しています。加えて、カタールでの性的マイノリティへの差別に抗議する意図で欧州の7チームが差別撲滅への連帯を示す腕章着用を計画していたことも報じられました。腕章の着用は警告(イエローカード)という通告があり断念となりましたが、ドイツ代表は日本との試合前の整列時に口を覆うポーズをとりました。これは声を上げることを許さないFIFAの決定に対する抗議の意図があるとのことで、ドイツサッカー連盟は「皆で問題にすべきだ。人権問題は政治的なメッセージではない。」と発表しています。
 人に優しい社会を目指すことこそが平和な社会につながると思い、団総会では多様性の尊重の決議を提案しました。差別のない社会を目指すことは憲法の保障する人権尊重に適いますし、そのような社会を実現する力が全国規模で連携ができる自由法曹団にはあると思います。さまざまな議論もありますが、議論の目指すところはあらゆる人が排除されたり権利を制約されたりすることのない社会であってほしいです。
 自由法曹団員は日ごろから人権課題に取り組んでいますが、例えば、死刑という刑罰の残虐性や冤罪の可能性から反対意見があっても死刑廃止に向けた取り組みを進め、また、外国人の仮釈放による治安悪化等の反対意見があっても長期収容という不当な身体拘束を問題視し入管行政の見直しを求めるなど、「人権制約を最小限にする」という大前提で一致できています。
 トランスジェンダーの人たちにとっても、自身の性同一性に合った生活をすることや望まない形でのアウティングをされないことなどは、自己決定権などの憲法上の幸福追求権という大切な人権です。この人権制約を最小限になるように、優しい社会を目指していきたい、という思いで総会での決議を提案しました。トランスジェンダーの人たちは、シスジェンダー(自身の性別に違和感のない人)中心で作られている社会において「いないもの」として扱われています。多様性の尊重は、シスジェンダーを脅かすものではありません。トランスジェンダーが社会の中に存在していることを当然のこととして、みんなに優しい社会のために、社会からはじかれている人たちを包み込んでいくもので、11月12日に開催されたトランスマーチ2022では参加者からそのような温かい気持ちを感じました。
 差別の問題に取り組むことは、みんなに優しい社会を目指すことなので、マジョリティの人たちにとっても優しい社会になり、山本宣治の言うように、自分自身を敬うことができ、人生を楽しむことができるようになります。団内においても、対立や分断ではなく、むしろ団結をより強固にすることができることと信じて、これからも取り組んでいきます。2023年2月1日18時からのトランスジェンダー学習会にもぜひご参加ください。

 

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