第1810号 5/11
カテゴリ:団通信
【今号の内容】
コロナ禍に負けない!貧困と社会保障問題に取り組みたたかう団員シリーズ ㉕(継続連載企画)
●自動車保有をめぐる生活保護停止処分事件 芦葉 甫
●配車差別は違法、全面勝訴判決確定 藤田 温久
●「制度のモデルチェンジ」なしに「ご利益」を得られるか?―「昭和」からの脱却 後藤 富士子
●陸自宮古島駐屯地と石垣島駐屯地の現況の報告(後編) 井上 正信
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【福岡支部特集】
◆福岡における労働事件分野の活動管見 梶原 恒夫
◆HPVワクチン薬害訴訟〜数値でなく私をみて〜 前田 牧
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●事務局次長就任のあいさつ~後編 鈴木 雅貴
コロナ禍に負けない!貧困と社会保障問題に取り組みたたかう団員シリーズ ㉕(継続連載企画)
自動車保有をめぐる生活保護停止処分事件
重支部 芦 葉 甫
1 “再び生活保護停止処分”を予告について
(1)団通信(3/1号(1803号)にてご紹介した件
鈴鹿市社会福祉事務所は、2023年2月24日付け聴聞通知にて、“再び生活保護停止処分”を予告してきた。この予告に対して、我々は、理論的にあり得ないこと等を通知書に記載し、抗議をするとともに、弁明をした。
主張内容の骨子は次の通りである。類似事案が発生した場合において参考にされたい。
記
① 執行停止の効力―拘束力(行政事件訴訟法334項、同条1項)―
コンメンタール行政法Ⅱ 行政事件訴訟法・国家賠償法【第2版】(30頁ないし306頁。)には、「執行停止の拘束力は、取消判決のそれとは異なり、さらに決定の趣旨に沿うために具体的措置を講ずべき積極的行動義務を、行政庁に課すものではないとされている。その理由は、処分を遡及的に消滅させる効果を持つ取消判決とは異なり、執行停止の場合、行政庁が当該決定の趣旨に沿うために新たな処分をするには、既存の処分を取り消さなければならず、それは、既存の処分の存在それ自体は否定しないことを前提としている執行停止制度に反するとされるからである。」と記されている。
したがって、我々は、鈴鹿市社会福祉事務所の見解につき、理論的根拠を問うた。理論的根拠がないならば、この一事情だけでも、直ちに処分権限の濫用になる旨を主張した。
② 執行停止の効力―消極的行動義務―
コンメンタール行政法Ⅱ 行政事件訴訟法・国家賠償法【第2版】(30頁。)には、「取消判決の拘束力を定めた本法33条1項は、執行停止決定に準用される(行訴法33条4項)。したがって、執行停止決定がなされれば、行政庁は、その決定内容を受忍し、以後当該事件について決定の趣旨に反する行動をなしえないという消極的行動義務を負うことになる。」と記されている。
本件では、“再び生活保護停止処分”の予告前後において、当職依頼者らの収入状況に変動が無い。それゆえ、“再び生活保護停止処分”を実行した場合、津地方裁判所の判断(「生命身体に対する危険にも直ちに直面する。」)及び名古屋高等裁判所の判断(「相手方らの健康で文化的な最低限度の生活を維持できなくなることは明らか」)に反する行為になる。我々は、理論的根拠を問うた。理論的根拠がないならば、この一事情も、直ちに処分権限の濫用になる旨を主張した。
(2)鈴鹿市は、上記我々の問いかけに対して、一切の応答がなかった。そして、2023年3月24日付けにて、再び処分はしないとの回答を書面にて行ってきた。これにて、“再び生活保護停止処分”の件は、決着したものと思われる。
なお、鈴鹿市社会福祉事務所が、“再び生活保護停止処分”に踏み切ろうとした背後には、厚労省の存在があった。厚労省は、2023年2月16日、鈴鹿市に対して、「一般的には可能と考えます。」との見解を示していたのである。このことは、ケース記録を謄写したところ、かかる見解が示されたメール書面が綴られており、発覚した。
2 通算3度目の執行停止申立事件は、「県外」だった―関市の事例―
(1)さて、“再び生活保護停止処分”の件が決着する直前、すなわち、2023年3月15日、当職の元に、1本の電話が入った。当事者の男性(64歳)が関市社会福祉事務所から、生活保護停止処分を受けたとのことであった。
本件は、2023年2月14日付けにて生活保護停止処分が下され、同年3月1日に処分の効力が生じた事案であった。当職に連絡をした段階で、既に14日が経過している。男性の収入は、生活扶助費しかなく、年金など他の収入がない。2月末時点での預貯金残高は、金531円であった。一刻の猶予もない。
そこで、当職は、岐阜の見田村勇磨弁護士に相談し、弁護団を結成した。同年3月22日に取消訴訟を提起し、同月24日に執行停止の申立てを行った。
2023年4月10日、岐阜地方裁判所裁判長裁判官松田敦子は、「処分行政庁が令和5年2月14日付けで申立人に対してした生活保護停止決定は、基本事件の第1審の判決言渡し後60日が経過するまでその効力を停止する。」との決定を下した。
⑵ 基本事件における争点は、裁量権逸脱濫用になることは容易に想像がつくであろう。今後、関市からの実質的な反論がなされるものと思われる。他方で、いわゆる手続違反については、当職らもいくつか主張を展開しており、その中でも、他の事案にも汎用性のある“理由付記”に関して紹介したい。
実は、かつて当職が関与した四日市インスリン事件(名古屋高判平成30年10月11日判時2434号23頁)は、「指導・指示に従わないため廃止(法62条3項)」としか理由が付記されていなかった。津地方裁判所は、理由に不備があるとして、国家賠償法上の違法があると判断した(名古屋高等裁判所も津地方裁判所の判断を是認した。)。
この裁判例を踏まえて、関市の事案を検討していただきたい。関市社会福祉事務所は、処分理由として、「法28条5又は第62条3により停止します」(原文ママ)としか、記載しない。四日市インスリン事件から約5年ものときが経っているのだが、未だに、理由付記の重要性を理解していない処分行政庁が存在することに驚きを隠せない。
他の事例においても、法の要求する程度の「理由付記」となっていない可能性を念頭に置く必要があろう。
3 結びに代えて
関市の当事者は、冒頭で述べた“再び生活保護停止処分”の件で、当職の存在を知ったとのことであった。報道機関が大きく取り上げ、SNS等で拡散したことが要因であろう。改めて「弁護士が事件を選ぶのでなく、事件が弁護士を選ぶ。」との格言を体感した次第である。
配車差別は違法、全面勝訴判決確定
神奈川支部 藤 田 温 久
1 前提事実
原告は、向島運送株式会社(従業員1350人、以下「被告会社」)においてトレーラー運転手として長期間勤務してきた。被告会社では、被告Aが配車係となる前は、出張手当や早出手当のつく配車等につき概ね公平な配車がされてきた。
原告は、18’年12月~19’年11月に平均して原告の賃金総額の26%以上に相当する出張手当月額金10万3133円、早出手当金2万6435円(以下「平均出張・早出手当金」)を受けていた。
2 本件違法配車
被告Aないし被告会社は原告に対し、突然、19’年12月5日以降出張手当の付く配車を行わず(1回例外あり)、20’年3月以降早出手当の付く配車をほぼ行わなくなった。
3 原告の請求・請求原因
原告は本件違法配車の中止を求めたが拒否されたため「平均出張・早出手当金」に支払われなかった月数を乗じた金額の賠償を求め提訴した。請求の原因の要点は以下の通りである。
被告会社は、原告の賃金につき他のけん引運転者と合理的理由なく差別することは許されず、原告は他の運転者と同等の評価基準に基づき出張・早出手当の付く配車を受ける期待権を有している(労契法3条4項)。被告会社の賃金体系では、出張・早出手当配車の有無は生活できる賃金になるか否かに直結している。原告は、前述の「平均出張・早出手当金」以上の配車が行われるとの期待権を有している。合理的理由なく「本件期待権」を侵害する行為は不法行為を構成する。
4 被告の反論
被告は、⑴ 配車は、仕事量により変動するもので、「個人の能力、資質、業務態度及び本人の希望により」決まる、過去の実績に基づく金額の配車が行われるとの期待権は法的保護に値しない、⑵ 原告は下記①、②の点において配車係の指示に従わなかったため配車の優先順位を下げた(以下「本件処遇」)のであり、それは権限の範囲内だと主張した。①高速道路から「24時降り」(高速料金の割引きが受けられる)するよう労組を通じ協力要請していたが18’年2月に「24時降り」せず「そんなルールは聞いていない」と言った、②「早朝出荷」のため前夜に配車係が出荷会社に送信するFAXを送信し忘れていたが、原告はFAX確認義務を怠ったため4時間無駄に待機したうえ被告Aの質問に答えなかった。
5 裁判所の認定
運転手への配車は、配車係の権限であり、その合理的な裁量に委ねられている。しかし、被告らが原告が配車係の指示に従わなかった理由として挙げる①「24時降り」をしなかったのは2回のみで、意図的に「24時降り」しなかったとは認められず、②「早朝出荷」の件も1回のみで、いずれも、被告らは原告に問題点の指摘、注意、指導を行っていない。それらの状況からすると本件処遇をする程の業務上の必要があったとは認め難い。他方、原告は減収の恐れがある旨の警告等もないまま突然「本件処遇」を受けた。減収額は減給処分(懲戒)の額を大きく超えており原告は著しい不利益を被っている。よって、本件処遇は、合理的裁量の範囲を逸脱した違法なものであり、被告Aは不法行為による損害賠償責任を負い、被告会社は使用者責任による損害賠償責任を負う。損害額は「平均出張・早出手当金」に支払われなかった月数を乗じた金額が認められた。若干の損益相殺があったが認容額は金325万円強となった。
6 本判決(横浜地裁・令和2年(ワ)第4605号)は確定
原告側の主張がほぼ認容された本判決に対し、被告らは控訴を断念し、23’年3月に本判決は確定した。
7 本判決の意義
運転職に対する配車の差別が、配車には使用者側に裁量権があるということのみで安易に許容されている近時の裁判例に対し、本判決は、使用者の配車権限を認めつつも「合理的裁量の範囲」を逸脱した配車は不法行為となることを正面から認めるとともに、その損害を不当配車以前の「平均出張・早出手当金」額とすることによって、不当配車以前の水準の配車ないし賃金に対する「期待権」を事実上認めたと解される点が画期的である。
その意味において、本判決は、配車の差別が運転職労働者を使用者に全面的に従属させる手段として使われている状況の突破口となり得るものと考える。
「制度のモデルチェンジ」なしに「ご利益」を得られるか?――「昭和」からの脱却
東京支部 後 藤 富 士 子
1 結婚や離婚で「姓」が変わらない制度―「夫婦別姓」原則
「選択的夫婦別姓」制度の導入が叫ばれて久しい。世論調査でも、「選択的夫婦別姓」制度の導入に賛成するのが多数派になっている。そして、この制度の導入が実現しないのは、自民党の保守派のせいだとされている。しかし、果たしてそうだろうか?
まず、現行民法では、結婚については夫婦のどちらかの姓を称することとされている(第750条)。離婚の場合は、結婚により改姓した者は旧姓に復するとされていたが(第767条1項)、離婚の日から3か月以内に届け出れば「離婚時の姓」を称することが可能になった(同条2項)。すなわち、離婚の際には、姓を変更しなくてもよくなったのである。それは「姓の変更」が、個人に様々な不利益を及ぼす現実が直視されたからである。そうであれば、結婚で姓が変わる場合の個人が被る不利益も同じことである。
私は、「選択的夫婦別姓」制度が実現しないのは、制度のモデルチェンジがされないからだと思う。「選択的夫婦別姓」論は、「夫婦同姓」を原則とする現行法を維持したうえで、個人の「ご利益」を求めるにすぎない。「夫婦同姓」制度のモデルチェンジがされないで、「夫婦別姓」を選択する個人の「ご利益」が得られるはずがないのではなかろうか?そして、「夫婦別姓」を原則とする制度改革についてこそ、保守派と闘うべきであろう。
日本国憲法が制定されてから76年経過していることを考えれば、日本には「ロイヤー」がいないのではないかと疑われる。
2 「婚姻」の多様化―「事実婚」差別の解消
「同性婚」についても、それを「法律婚に格上げする」ことが主張されている。また、そうすることが「差別解消」になるというようである。
しかし、現行民法の「法律婚」なんて、解体した方がよい代物ではないか。第一、憲法第24条1項は、当事者の「合意のみ」に基づいて婚姻が成立するとしている。
したがって、「法律婚に格上げする」ことによって「差別」を解消できるという発想は、「事実婚」についての「制度的差別」を温存したまま、個人的に「差別」から免れようとするにすぎない。いわば「名誉白人」の思想であり、「差別される側」から「差別する側」へ転換することを求めている。
私は、こういう倫理のない主張に対して嫌悪感を覚える。「同性婚」の合法化は、「事実婚差別」を解消する方向でしか実現され得ないし、それこそが「婚姻の多様化」を帰結する。ここでも「ロイヤー」の不在を痛感させられる。
3 「在野法曹」の「在朝法曹」への身分的格上げ―「統一修習」制度の害毒
戦後の「給費制統一修習」制度は、戦前の「司法官試補」制度に弁護士になろうとする者を加えた法曹養成制度である。すなわち、弁護士が判検事と同じ資格を得るための修習制度であり、いわば「法曹資格」について「在野」の「在朝」への格上げである。
しかしながら、「存在は意識を規定する」というように、戦後の弁護士の意識が「在朝法曹」のそれのようになったに過ぎないのではないか。そのことは、官僚司法制度をモデルチェンジする主体としての「在野法曹」がいなくなったことを意味している。それを如実に示すのは、弁護士が「給費制統一修習」制度にしがみついている点である。
日本国憲法の司法は、官僚裁判官制度を排斥している。しかし、「統一修習」制度を維持していたら、裁判官のキャリアシステムを廃止することはできない。翻ってみれば、戦後改革で目指すべきだったのは、「在朝法曹」の「在野法曹」への「身分的格下げ」だったのだ。「統一修習」制度は、「在野法曹」のコンプレックスの裏返しだからこそ成立したのであろう。
市民を「上から目線」で見る「護民官」はいらない。「国民の僕」という目線の「ロイヤー」が待ち望まれる。
(2023年3月10日)
陸自宮古島駐屯地と石垣島駐屯地の現況の報告(後編)
広島支部 井 上 正 信
9 自衛隊基地の存在がもたらすもの-陸自のハイブリッド戦への対処の視点から
国家安全保障戦略、国家防衛戦略は新たな戦闘様相としてハイブリッド戦を重視している。
国家安全保障戦略では、「Ⅳ我が国が優先する戦略的なアプローチ」を構成する主要な要素として「ハイブリッド戦」を挙げ、サイバー・宇宙、情報分野の取組を強化すると述べる。
国家防衛戦略では、「偽旗作戦を始めとする情報戦を含むハイブリッド戦の展開」と述べて、「ハイブリッド戦」を情報戦の分野に位置づけている。
自衛隊は将来戦闘の様相として、「ハイブリッド戦」対処を極めて重視していることにつき三つの書証を挙げる。
甲1号証:2022年12月10日付共同通信配信記事(石井暁記者のスクープ)で、防衛省がAI技術を使い、SNSで国内世論を誘導する工作の研究に着手したという。インターネット上で影響力のある「インフルエンサー」を使って、無意識のうちに防衛省に有利な情報を発信するよう仕向け、防衛政策への支持を広げたり、有事で特定の国への敵対心を醸成する、国民の反戦・厭戦機運を払拭したりするネット空間のトレンド作りを目指す、というものだ。ステルスマーケティングの手法だ。
甲2号証:2020年2月4日付陸上幕僚監部作成の記者勉強会資料「陸上自衛隊の今後の取組」では、グレーゾーン事態対処の対象として「報道」と「反戦デモ」を挙げている。「反戦デモ」を挙げたことで批判された陸幕は、「暴徒化したデモ」と修正した。この資料にはこのほか、「主権(政治・統治)」「領土(インフラ)」「国民(民心)」とのポンチ絵があり、この中に赤色の人物とビルが描いてある。
軍隊が作戦の概念図を描く際には、味方を青色、敵を赤色にする。これは自衛隊に限らず各国の軍隊も同様だ。このポンチ絵から窺えることは、国内に敵のスパイや同調者が潜んでおり、アジトを作っていることだ。これらはいずれも「ハイブリッド戦」対処に含まれる。
甲3号証:防衛研究所が毎年開催している国際シンポジウムがある。2018年度の国際シンポジウムのテーマが「新しい戦略環境と陸上防衛力の役割」である。第2部「陸上防衛力の役割と有用性」において、元陸上幕僚長岩田清文氏が「島嶼防衛における陸上防衛力の役割と有用性」と題して講演を行っている。
岩田氏は、将来戦の様相の一つとして、「消耗戦から認知戦への変化」を挙げ「軍事力対軍事力の消耗戦から努めて破壊を伴わない、政治・経済・情報及び敵国住民の潜在的な抗議意識の活性化により、敵国の政治、民衆の意志・意識を転換する戦い方への変化です。具体的には、電子戦、フェイクニュー ス、敵国内親派勢力の活用による住民投票等、国家のあらゆる機能を総合的、有機的に活用して、敵の政治指導者に対し戦わずして敗戦を認識させる、認知戦の時代へ変化しています。」と述べる。「認知戦」とは、敵国市民の認知領域に影響を与えるハイブリッド戦の一種である。SNS等を駆使した偽情報の拡散により、敵国市民の戦争政策への疑問・不信や勝利の見込みがないなどの厭戦気分をもたらそうとするものである。自衛隊から見れば、反戦運動は「ハイブリッド戦」対処の対象なのだ。
そしてこの新しい戦闘様相を島嶼部防衛に適用すると、「離島に居住する住民に対するハイブリッド戦からの防護が重要です。特にフェイクニュース等の宣伝戦、通信や電力等のインフラの遮断と併せ、旅行客を装うなど平時或いはグレーゾーンの段階から隠密裏に潜入する特殊部隊や工作員さらにジャルイズ氏(このシンポでの報告者の一人 井上注)が指摘された国内の支援者への対応が必要となりますが、警察官、自治体職員や公共機関職員の人員に制限を受けるとともに、島外からの適時の増援に時間を要し、治安や統治力が脆弱となるため、各島々への早期かつ適時の部隊配置が重要となります。また、これらと相まって通信が断絶した場合、島内反対派が流すデマ等により民意が誘導され易い状態になることからも自治体、警察等との緊密な連携が重要となります。」と述べる。
岩田氏のこの講演は、彼が2013年から3年間陸上幕僚長であったことから新しい戦闘様相に対する陸自の対処の基本的な認識を示したものと考えて良いであろう。
宮古島、石垣島の陸自部隊は当然ハイブリッド戦対処の任務を持っているはずである。2019年7月6日付琉球新報は、陸自宮古・与那国駐屯地に情報保全隊が配備されていることを報道した。記事によると奄美駐屯地にも配備されているとのこと。未確認だが、石垣駐屯地へも配備されていることは間違いないであろう。
宮古島は島全体が平地で信号もほとんどなく、車での移動がたやすい。宮古市街地もいわゆる都会ではない。島全体に小規模の集落が点在している。住民は約5万人であるが、人的関係は極めて密接で、情報もマスコミ報道よりも「口コミ」で広がる方が早いとのことだ。
石垣島は山地が多く、宮古島のように島全体に集落が点在しているのではないが、それ以外では石垣島も宮古島と同様であろう。
万一有事となれば、両島の住民の間ではSNSだけではなく、口コミでも様々な憶測を含めた情報が飛び交うことは容易に想像できる。これらは陸自の作戦行動に対する制約になる。少なくとも陸自はそう考える。敵国のスパイ、協力者も潜入しているかもしれない。これらを監視し、場合によっては取り締まる、或いは情報戦により、住民の認知領域に影響を与えようとするであろう。
「ハイブリッド戦」「認知戦」などと現代戦闘の用語を使うまでもなく、このことは既に沖縄戦が示している。敵国のスパイ、協力者を探し出し、処刑したこともある。米軍の捕虜となった住民が、他の住民へ投降を呼びかけたことで、スパイとして処刑されている。
沖縄方言を話す人物をスパイと見なした。帝国陸軍第32軍は、ほとんどが北海道を含む内地や外地から寄せ集められた部隊であるから、沖縄方言はほとんど理解できない。そのため沖縄の人々が方言で話をしていると、強い疑心暗鬼に襲われたことであろう。
昔は流言飛語であったものが現代はSNSにより瞬時に大量の情報が拡散されるという点の違いがあるが、将来戦闘であれ、過去の戦闘であれ戦争の本質は何も変わらないことを示している。島嶼部防衛で石垣島と宮古島の住民を守るということを名目にしているが、配備された陸自部隊は、住民の動きを疑心暗鬼で見守っている。場合によれば、部隊の戦闘力は島民に向けられる可能性があるのだ。
石垣島、宮古島の陸自駐屯地を見て回り、美しい自然環境に身を置きながら島の様子を見分し、有事の際に両島の住民がどのような立場に置かれるかを想像すると、そのあまりにも大きなギャップに暗澹たる気持ちになった。
*福岡支部特集*
福岡における労働事件分野の活動管見
福岡支部 梶 原 恒 夫
勝手に「福岡における労働事件分野の活動」との表題にさせていただいたが、私が福岡におけるそれを総括して述べるような立場にはないので、以下は私の個人的な管見、しかも散文的な報告になる。
担当している事件の内容に地方的特徴は特にみられないと思う。
個別的労働関係で事件数が比較的多いのは残業代請求であり、その他雇止め、整理解雇を含む解雇事件、配転、就業規則不利益変更、内定取消など、労働現場でよく発生する事件を一応ひととおり担当する機会を得ている。ただ派遣労働関係は、相談はあっても受任は皆無に等しく派遣労働者に対する力になれていない。残業代請求についていえば、労働時間の記録が全くない中で本人の再現資料によりほぼ請求どおりの判決を得ることのできた事件が最近あった。固定残業代制度に関する精緻な議論を要するような事件には今のところ遭遇していないが、最近タクシー労働者から複雑な賃金体系の相談を受け、果たして自分の分析が正しいかどうか不安な事案がある。雇止めを争う事件では、更新の合理的期待自体を否定する等、裁判所の判断は余りにも労働者に厳しいという印象が強い。とても悔しいし許せない。解雇事件については、最近事務所の3名で弁護団を汲んだ事件で勝訴することができた。解雇は最後の手段であるとの法理に対する理解を示す裁判官が存在することに一安心した。
労働災害分野では、過労死・過労自殺事件が比較的多い。とりわけメンタル不全に起因する労災が目立つ。ハラスメント事件では、立証が大変困難で多くの労働者・被災者が悔しい思いをしているのを痛感し、代理人としても辛い。それにしても、職場でのいじめに関する相談が多いのには目を覆うばかりである。しかも、弁護士として大した力になれない。ハラスメントについては訴訟的解決よりも個人加盟労組も含めて労働組合による解決が更に目指されるべきではないかと思っている。
集団的労働関係の事件は、不当労働行為救済申立という形で事件になるものは多くない。なぜか労働組合が積極的に申し立てようとしないのである。近時担当させていただいたのは、私教連、全医労、自交総連、建交労の救済申立であるが、いずれも救済命令あるいは有意な和解解決を得ている。不当労働行為救済命令申立を労働組合活動においてどのように位置づけるか、もっと議論が必要だと感じる。
個別の事件活動以外の活動として、ひとつは県労連の労働相談センターが行う定例会議へのオブ参加がある。同センターが毎日実施している相談に寄せられた事例について、毎月1回事例検討を行うものであり、法律的観点からアドバイスなり意見を述べている。労働現場で生起している具体的問題を知り、労働組合と接点を持つうえでも有意義な機会となっている。全医労九地協に設けられた全医労問題研究会が適宜開催する会議にも出席している。これは既発生の個別事件に対応するだけでなく、日常的に労働組合活動の戦略などについて労働組合と弁護士及び学者で議論することを目的に設けられている。例えば団体交渉をどのように活性化させるか等を議論してきたし、最近ではストライキの実施に関して事前に意見交換を行った。同研究会で組合員向けの小冊子も執筆した。全国私教連が全国各地を会場にして毎年開催する争議・権利問題交流集会にも福岡私教連から毎回派遣してもらっている。私教連加盟の単組で生じている争議・権利問題の当事者が全国から集まり、法的観点だけでなく運動の観点から実践的な討議と経験交流を行うもので、とても参考になる。ちなみに私教連の解雇事件の現職復帰率はとても高い。福岡にも過労死家族の会があり、世話人の一人として参加している。独自のホームページを設けておりその記事の更新や、毎年開催される厚労省主催の過労死シンポの企画内容等について毎月定例会議で議論している。
管見の限り、労働事件分野に関する自由法曹団福岡支部組織としての活動はほとんどなされていない。個別の労働事件活動についても、事務所横断的な弁護団編成はこのところ余り多くないように思われる。このため福岡支部の内部においては、労働関連事件についての経験交流は余り活発ではないのではなかろうか。また、福岡支部として労働組合と交流する機会も決して多くないという印象がある。自由法曹団福岡支部の団員の多くは九州労働弁護団の会員であると思われるが、同弁護団か開催する総会及び夏季権利討論集会への自由法曹団福岡支部からの参加もきわめて少ない。そういえば、福岡は、公害・環境関係の弁護団や薬害関係の弁護団、じん肺・アスベスト関係の弁護団など全国に勇名を馳せており、各弁護団で日々勇猛果敢な活動が展開されているが、労働分野においては、少なくとも近時においては活動に目立ったものはない。残念である。残念であるなどと傍観者的発言をしておる場合ではないが、やはり残念である。
HPVワクチン薬害訴訟〜数値でなく私をみて〜
福岡支部 前 田 牧
1 怒りの法廷
「そんなことで治るなら、とっくに治ってるわ!」
口頭弁論期日が終わって傍聴者が皆退席しようとする中、法廷の出口付近から怒声が響いた。
2023年1月23日、この日の口頭弁論期日において被告製薬会社が意見陳述を行なったのだが、その中で「原告らの訴える多様な症状は心身の反応、機能性身体障害によるものであることがわかっています」、「原告らの症状の改善のためには認知行動療法が必要」「例えば、毎日近所のコンビニに行ってペットボトルを1つ購入して持って帰る等の経験をしてもらい、大丈夫、自分はできるんだという実感を積み重ねてもらう。こういったことを一歩ずつ、時間をかけて繰り返してくことが症状の改善につながっていくのです。」と堂々と述べ、傍聴席の聴衆の怒りを買ったのである。
この訴訟で被告製薬会社は、ワクチン接種と被害者たちに生じた症状の因果関係を否定し、被害者たちの症状は学校や家庭のストレスによる心身の反応だ、やれこの原告は両親と不和であった、この原告は部活のストレスに晒されていたと、医療記録や学校記録に記されている誰でも経験するような出来事を針小棒大に論じ続けている。
この日は上記の怒声を聞いた後、被告製薬会社の代理人が裁判官に対し、九州の法廷は「HOT」なので傍聴者を裁判所がコントロールして欲しいと泣きを入れ、裁判官から苦笑される一幕もあり、ある意味名作(迷作)的な口頭弁論期日となった。
2 ことの始まり
2010年に、子宮頸がんを予防できるとして国はHPVワクチンの接種の緊急促進事業による公費助成(積極勧奨)開始した。対象は13歳〜16歳の女子。
「ワクチンでがんを予防できる」。誰もがそう思うようなしかし実際には、このワクチンを接種しても検診は受けなければならない。ワクチンの子宮頸がん発症の予防効果は限定的である一方、安全性は確認されておらず、また緊急に接種を促進しなければならない社会的な事情もなかった。
緊急促進事業の後、接種した女性に深刻な頭痛や倦怠感、歩行障害、記憶障害などの様々な重い症状が生じるようになった。このような重篤な副反応に苦しんでいる若い女性の被害者が原告となり、2016年7月に製薬企業2社と国を被告とした訴訟を福岡、大阪、名古屋、東京で起こしたのである。裁判はもうすぐ6年を迎えようとしている。
3 積極勧奨中止と再開
HPVワクチンは2013年4月に定期接種の対象になったが、重篤な副反応被害の発生が報道されると僅か2カ月で積極勧奨は中止となった。
しかし、国はワクチン推進派の声に押されて、2021年11月に、審議会で積極勧奨を再開することを決定し、2022年から再開するという挙に出てしまった。
審議会では、危険性に関する海外などの論文は資料として検討もされず、また、現在裁判を闘っている原告たちの被害実態をスルーして、有効性・安全性に問題はないとした。
また、ワクチンの副反応が起きた場合の協力医療機関を国が指定していることをもって、「患者に寄り添った」医療体制が確立しているとも言明したのである。しかし、協力医療機関では、学校や家庭でのトラブルがないかを聞かれるだけで、具体的な治療は行われていない。このような協力医療機関の対応は、国自身が原告らの副反応を心因性と決めつけていることの帰結だと思われるが、やむなく患者は、治療を実践している数少ない病院で多額の交通費をかけて通わざるをえない状況にある。
4 原告の声
長崎県在住の原告は、積極勧奨再開の審議を聞いて、ベッドの上からこう訴えた。「私は中学1年生の時に接種して、もうすぐ9年が経とうとしています。今日の健康部会を聞いて、私たちの声は届いていないのだとがっかりしました。私たちの被害よりも数値だけをみて判断されるのだと感じました。そして、形だけの「寄り添った支援」で十分だと考えられていることも納得できません。協力医療機関では私の症状はワクチンは関係ないし、できることは何もないと言われて帰されただけでした。これでも「寄り添った支援と言えるのか、現状とかけ離れていると思います。接種してからもう9年なのに治療法もありません。」「これ以上被害を広げないでください。」この動画はTwitterに投稿され、1000回以上リツイートされた。
重篤な副反応の発生率が何千〜何万回中1回程度だとしても、被害者にとってはたった一度の人生、たった一度の青春時代である。被害者はいまだ治療法も確立されない状況で苦しみ続けている。
5 詐欺的臨床試験を問題にする米国での訴訟
このワクチンについては海外でも同様の被害が生じており、訴訟にもなっている。
米国においても各地でHPVワクチンの副反応被害者による訴訟が提起されているところ、2022年8月、合衆国広域係属訴訟司法委員会は、企業の反対を排斥して広域係属訴訟として、各訴訟を統合するための移送決定をした。
被告企業らは、本件各ワクチンの安全性の根拠として臨床試験を挙げているが、FDAにより、臨床試験の対照群としてのプラセボは「不活性」でなければならないとされていたにもかかわらず、被告企業らが実施したほとんどの臨床試験の対照群にはアルミニウム・アジュバント含有薬が用いられていた。
アルミニウム・アジュバントは、不活性でないことが明らかなうえ、副反応を引き起こす成分の一つなのである。したがって、アルミニウム・アジュバント含有薬を対照群として有害事象発生率に有意差がないからといって、本件各ワクチンが安全だとはいえない。
米国の訴訟はこの詐欺的な臨床試験を問題としている。
6 専門家証人尋問・原告本人尋問に向けて
日本での裁判は今年5月より、各地での専門家証人尋問が始まり、被害者を臨床の場で多く診察してきた医師などが法廷に立つ。
被告企業は、症例研究はエビデンスとしての信用性が低いなどと繰り返し述べているが、サリドマイド事件において最初に警告を発したのは実際に数例の被害を診察したレンツ医師であった。臨床の場から発せられる危険性のシグナルを軽視する姿勢こそ薬害温床ではないだろうか。
このワクチンについては、「安全性が確認されている」「副反応はワクチンとは関係がない」などといった説がネットなどに溢れているが、実際に被害者を診察し、研究してきた専門家の生の声を法廷で多くの方に聞いていただきたい。
引き続きご支援をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
事務局次長就任のあいさつ~後編
福島支部 鈴 木 雅 貴
4月21日号にて、事務局次長に就任した経緯とこの冬は仕事の整理で大変だったことを報告しました。
後編では、生業訴訟の取り組みが、事務局次長になる動機となったことを報告します。
1 22年6月17日最高裁判決で感じたこと
生業訴訟は、最高裁判決にて国の責任が否定されました。その雪辱を果たすため、訴訟団として、上告審でたたかういわき市民訴訟を筆頭に各地の地裁、高裁でたたかう訴訟団への支援や福島地裁に係属している第2陣訴訟でのたたかいに全力を尽くす決意です。
判決日行動は、一生忘れることができないものとなりました。この日は、生業、千葉、群馬、愛媛の4事件の最高裁判決が出されるということで、約1000名が最高裁前に集まりました。
私も弁護団員として自信を持って参加していました。というのも、弁護団、原告団ともに、この日までにやれることはやり尽くしていたからです。
仙台高裁判決は、国を厳しく断罪するものでした。これを受けて、国が上告受理申立てをしました。国が21年3月に申立理由書を提出すると、弁護団は21年8月にその反論書を提出しました。
私は、21年5月のGW中に、200ページの国の申立理由書と300ページに及ぶ反論書の原稿を読み、反論書の分かりやすさに衝撃を受けました。ものごとの本質を理解していなければ、大部な書面をわかりやすく書くことはできません。
また、原告団においては4訴訟団共同での公正判決署名の取り組みを実施し、計208,127筆を最高裁に提出しました。
私にとっては勝利を確信するのに十分すぎる取り組みでした。
最高裁前で原告による旗出しを待っていました。しかし、旗出しはなく、代わりに弁護団事務局長から、最高裁はわずか数ページの判断で国の責任を認めなかったことや、三浦裁判官による反対意見もあり我々が求めてきたあるべき判断が数十ページにわたって書かれていること等の報告がありました。
その場の落胆は非常に大きいもので、しばらくの間、最高裁に対する抗議の声をあげることもできませんでした。マスコミから、「いまどういう気持ちですか?」と尋ねられた原告は、非常に動揺して言葉に窮していました。
しかし、夕方の報告集会までには、参加者一同元気を取り戻し、引き続き国の責任を追及していこうということでまとまることができました。
私にとって6.17最高裁判決は、「市民が権力とたたかうということ」の困難さや不公平さを痛感する出来事でした。
2 翌日の南相馬市説明会での出来事
その日の夜は、引き続き東京でお疲れ様会が開かれていたのですが、私は翌18日に南相馬市での第2陣原告募集説明会がありましたので、一人福島に戻りました。
説明会では、最高裁判決のことや第2陣訴訟で引き続き頑張っていくことを説明しました。参加者からは「国に責任が無いなんてことはあるのか。」という声が多くあがり、2日間で約60名の方が新たに原告に加わりました。
最高裁判決後に生業訴訟に約600名の方が新たに原告に加わりました。その結果、第2陣訴訟は約1800名となり、第1陣訴訟とあわせると5500名を超える原告団となりました。
形式的には最高裁で負けた裁判なのですが、たくさんの市民が新たに参加してくれたことに大変勇気づけられました。
3 困難なたたかいには団結して取り組む
第1陣第1次提訴(13年3月)から10年目に、生業訴訟は、最高裁判決という一つの大きな山場を迎え、困難に直面をしましたが、団結してこれを克服しようとしています。
引き続き、怖めず臆せずたたかいの歩みを続けられるのは、裁判闘争を通じた当事者や支援者を含む市民と弁護士との共闘があるからです。同じことは、全国各地で繰り広げられているのだと思います。
団がこれまで果たしてきた役割は大きく、今後果たすべき役割も大きいと考え、事務局次長になろうと思いました。