2021年12月20日、八王子市に対する「コロナ禍での生活保護利用者の増加を契機に「保護のしおり」のあり方の見直しを求める要望書」

カテゴリ:意見書,貧困・社会保障

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八王子市に対するコロナ禍での生活保護利用者の増加を契機に「保護のしおり」のあり方の見直しを求める要望書

 

第1 要望の趣旨
 東京都の各自治体における「保護のしおり」及びホームページの記載等につき、内容が法に適合しているか(誤解を招くものとなっていないか)、記載すべき事項が記載されているか、記述が分かりやすいものとなっているか等の検討を加え、添付の「保護のしおり」チェックポイント一覧表を参考に記載内容の是正を求める

第2 理由
1 新型コロナウイルスの爆発的な広がりの中で、貧富の差が広がり、生活保護利用者の数が増加し続けていること
(1)現在、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは1年以上経過し、収まるどころか、感染者数などにおいて過去最大を更新する危機的状況であり、今後も収束の見通しはまったく立たない。
 コロナ禍において、ますます格差と貧困は拡大している。政府は、全国民への10万円の特例給付のほか、事業者への無利子貸付、住居確保給付金の延長、子育て世帯への特別給付金などの支援策を講じているものの、返済を要する貸付が主であり、コロナ禍での生活維持のための支援策として十分とは到底いいがたい。
 かかる危機的状況において、生活保護利用者の数は増加しており、2020年の生活保護の申請者数は前年から1672件増加して22万3622件に上り、2021年4月も2019年と比較し10%以上増加する等、未だにその影響は続いている。今後、政府の各種支援の期限を迎えるにあたり、さらに増加する可能性がある。
(2)特に、女性の貧困問題は深刻である。総務省労働力調査によれば、初めて緊急事態宣言が発出された2020年4月、前月比雇用者数は、男性の39万人減に対し女性は70万人減と、男性の倍近くの女性が職を失っている。女性の半数以上は非正規雇用であり、雇用の調整弁として解雇等されたことによるものと考えられる。特に、コロナ禍の前においても約半数が「生活が大変苦しい」と回答していた母子世帯では完全失業率が3%増加したり、DV相談の件数も大幅に増加したり、女性の自殺者数が前年から935人も増加する等、従前から過酷な環境に置かれていた女性の貧困問題は、コロナ禍においてさらに深刻化している。

2 生活保護の捕捉率の異常なまでの低さ
 上記のとおり、コロナ禍において生活保護申請者数は増加しているものの、日本における生活保護捕捉率は諸外国に比較して著しく低い。日本弁護士連合会作成の「生活保護法改正要綱案」では、その捕捉率は19.7%であることが紹介されており、単純計算で本来利用できる人のうち約5人に1人しか利用できていない現状がある。

3 生活保護のしおりの重要性
(1)はじめに
 上記のとおり、新型コロナ禍において生活保護利用者が増加したことを背景に生活保護制度の重要性はますます高まっており、それにも関わらずその捕捉率は低いという現状で「保護のしおり」の果たす役割は極めて大きくなっている。
 すなわち、「保護のしおり」は、生活保護を利用しようとする市民が各自治体から初めに渡される文書であり、生活保護利用にとっての入り口的な位置づけとなる極めて重要な文書である。かかる位置づけの文書において誤解を招く記載があったり記載自体が極めて不十分にとどまるなどすると、生活保護について誤った理解のもと利用してしまったり、生活保護の利用自体を回避してしまう本末転倒な事態すら生じうる。
 また、厚生労働省の生活保護法施行事務監査事項1(1)は、「保護の受給要件等制度の趣旨は、『保護のしおり』の活用等により、要保護者に正しく理解されるよう十分説明され、相談内容に応じた懇切丁寧な対応が行われているか」を着眼点の冒頭に掲げている。かかる監査を行うためには、その前提として、「保護のしおり」に記載されるべき事項が適切に記載されているか否かを確認することが当然に求められる。
 さらに、神奈川県小田原市の福祉事務所職員らが、「保護なめんな」「不正を罰する」等生活保護利用者を威圧するような文言が記載された揃いのジャンパーを十年間着用し続けていた事件や、人気タレントの親族が生活保護を利用していたという報道を契機として、一部の国会議員やテレビ等が公然と関係者の個人名等を挙げる事件など、生活保護バッシングが横行しており、これによって生活保護の補足率の低下も生じていると考えられる。「保護のしおり」は、こうした生活保護に対する偏見を払拭し、生活保護の利用が権利であることを各利用者との関係だけでなく、広く市民に理解させるための文書として極めて重要である。
 そこで、私たちは、貴自治体が作成・管理する「保護のしおり」及び同旨ホームページの記載等につき、①内容が法に適合しているか(誤解を招くものとなっていないか)、②記載すべき事項が記載されているか、③記述が分かりやすいものとなっているか、④アクセスが容易であるか等の項目を加えることを求める。具体的には、添付の「保護のしおり」チェックポイント一覧表を参考として記載内容の是正を指導するよう求める。
(2)具体的なチェックポイントと東京都の各自治体の保護のしおりの問題点
ア 形式面
 相談すべき場所や電話番号がわかりやすく書かれていることは最低限必要である。
 イラストや図表を利用するなどして見やすいレイアウトがなされていることも不可欠であるが、文字ばかりで一見して読む気をなくすものも少なくない。
 生活保護利用者の中には、漢字を読めない方も少なからずおられるので、ルビがふってあることが望ましい。
イ 制度の法的位置づけ
 憲法25条の生存権保障に基づく制度であることが記載されるべきであるが、ほとんどの自治体において言及がない。
 単なる「最低生活」ではなく「健康で文化的な生活」を保障するものであることが記載されるべきであるが、これもほとんどの自治体において言及がない。
 生活保護法1条にいう「自立の助長」の「自立」とは、「経済的自立(就労自立)」だけでなく、生活保護を利用しながらの「日常生活自立」や「社会生活自立」を意味するものである(生活保護制度の在り方に関する専門委員会報告書)。しかし、多くの自治体が「1日も早く自分の力で生活していけるように」と経済的自立(保護から脱却すること)のみを求める誤った記載をしている。
ウ 権利と義務
 生活保護利用者の権利と義務がバランスよく記載されるべきであるが、多くの自治体が義務の記載に偏っている。不服申立て権などの重要な権利についての教示がない自治体も少なくない。
 保護開始・変更申請権の存在は極めて重要な事柄であるが、これが明記されている自治体がほとんどない。申請から決定まで原則14日の法定期間や手続きの流れさえ書かれていない自治体も多いが、これでは、どのようにして生活保護を利用すれば良いかが分からない。
 また、適正かつ自発的な申告を促すためには、申告義務の存在だけでなく、申告した場合の各種控除のメリットを教示することが不可欠である。しかし、申告義務の記載のみがあって申告した場合のメリットの教示がない自治体の方が多い。特に、不正受給の多くを占める高校生のアルバイト料の未申告については、申告しさえすれば多くの控除が認められて殆どの場合不正受給とならずに済むことを積極的に教示すべきである。これを行っている自治体もあるが、未だ少数派である。
エ 保護の要件・他法他施策
 資産保有については、預貯金、保険、不動産、自動車、バイク等を同列に列記し、いずれも同様に(保護を利用する前に)処分を要するかのごとき記載をしている自治体が多い。処分を要する場合でも、生活保護利用後の換金で構わない(但し、その間受け取った保護費の返還が必要である)ことを明記すべきである。預貯金についても1か月分の生活保護費を下回れば申請できるのであり、すべて使い切らねばならないと捉えられるような表現をするのは誤っている。
 また、居住用不動産については原則保有が認められているのに、その説明がない自治体がほとんどである。また、生命保険や自動車についても例外的に認められる場合があることや、125CC以下のバイクについては原則的に保有が認められることの説明がない自治体がほとんどである。
 生活保護法4条2項にいう、親族扶養が保護に「優先」するとの表現は、最も誤解を招きやすい。扶養の期待可能性のある親族から現に仕送り等の扶養がなされた場合にその分保護費が減額されるという意味であることを正確に説明する必要がある。しかし、親族扶養が保護利用の前提条件であるとの誤解を招く記載も少なからず見受けられる。また、保護利用にあたって本人自身が常に親族に扶養を求めていかなければならないかのごとき誤解を招く記載も少なくない。生活困窮者には親族との関係が悪化している方も多いので、安心して生活保護を利用してもらえるよう、DV、70歳以上、10年以上音信不通等扶養の期待可能性がない場合には、役所からの扶養照会もされないことや2021年3月30日に発出された課長通知「『生活保護問答集について』の一部改正について」により本人が扶養照会を拒む場合には、「扶養義務履行が期待できない場合」に当たる事情がないかを特に丁寧に聞き取る運用となっていることを積極的に記載し説明すべきである。
オ 保護の種類と内容
 保護の種類や内容について、イラスト等を利用しながらわかりやすく説明している自治体がある一方、こうした説明のない自治体もある。
 最低生活費と収入の差額が支給されることを図示して説明している自治体は多いが、就労の場合の基礎控除などまで説明している自治体は未だ少ない。
 医療については詳しい説明のある自治体とそうでない自治体がある。通院移送費については説明のない自治体が多いが、医療扶助運営要領第3-9(3)が明確に事前に周知を求めている以上、必ず記載されるべきである。治療材料費についても説明のない自治体が多い。
 被服費、家具什器費、転居費用、住宅補修費等の一時扶助が可能であることについても記載のない自治体も少なくない。
(3)貴自治体の「保護のしおり」の特に訂正すべき点
ア 以上(2)においてすべての自治体に共通している事柄について述べたが、以下では貴自治体の「保護のしおり」について特に訂正すべき点を指摘したい。
イ 「資産を活用する」との箇所(しおり3頁)
 貴自治体のしおりでは、「資産を活用する」として何ら限定を付すことなく、「資産とは、土地・家屋・車・生命保険・貴金属等を指します」と記載されている。しかし、車については厚生労働省通知によって、①公共交通機関の利用が著しく困難な場合の通勤や通院等のため、②保育園への送迎のため、③保護を受ける際に仕事に就いていない場合でも、1年(場合によってはそれ以上)にわたって処分を保留してもらうことができるなど例外が設けられている。
 また、生命保険の解約返戻金についても、解約返戻金が少額で、かつ、保険料がその地域の一般世帯との均衡を失わない限り、生命保険を解約しなくても生活保護を利用できるとされており、例外が認められている。生命保険の解約返戻金については東京都生活保護運用事例集・問3-5により「解約返戻金の額が少額かどうかの判断は、当面、都内実施機関においては、30万円または最低生活費(介護扶助、医療扶助を除く。)の概ね3ヶ月分を超えているかどうかを目安にして、判断する。また、保護申請時までに積み立てられた配当金は、解約返戻金の額に含むものとする。なお、解約返戻金を担保に貸付を受けているときには、実際の受けられる解約返戻金の額で判断する」とされている。
 貴自治体のしおりでは、これら例外要件についてまったく触れられておらず、あたかも自動車や生命保険を保有・契約しながら生活保護が利用できないかのような誤解を招く記載となっている。
 さらに、申請者自身が居住している不動産(土地・建物)については原則として保有を認められているにもかかわらず、これらについても売却をしなければならないような誤解を与える記載になっている。
 これらの点を改め、速やかに削除・訂正すべきである。
ウ 「他の法律・制度を活用する」との箇所(しおり3頁)
 貴自治体のしおりでは、「他の法律・制度を活用する」との項目をいくつか並べており、年金制度や医療保険制度については生活保護が最後のセーフティネットであるという趣旨からすれば正しい。しかし、年金などと並べて「不動産担保型生活資金貸付制度」や「生活福祉資金」「緊急小口資金」などの貸付型の制度を記載するのは明確に誤りである(高齢者に対するリバースモーゲージは除く)。生活保護は貸付などの借金をした後でなければ受給できないものではない。このような記載は、あたかもこれらの貸付型の制度を利用しなければ生活保護が利用できないとの誤解を招きかねないものであり、有害記載事項であるため、速やかに削除・訂正すべきである。
 また、「住宅手当」との記載があるが、これは2008年のリーマンショック後に設けられた第二のセーフティネットの一つである離職者に対する家賃補助制度であり、現在は「住居確保給付金」に名称が変更されているものである。しかし、生活保護に先立って住居確保給付金を利用しなければならないということはなく、事実に反する記載である。この点も有害記載事項であるため、速やかに削除・訂正すべきである。
 さらに、「求職者支援制度」との記載もあるが、これも2008年のリーマンショック後に設けられた第二のセーフティネットの一つで、雇用保険を受給できない求職者に対し、職業訓練を実施するとともに、職業訓練期間中の 生活を支援する制度である。しかし、2011年8月10日開催の第5回生活保護制度に関する国と地方の協議(事務会合)で、厚生労働省は「求職者支援制度による職業訓練は保護の要件とまでは言えない」と発言しており、この制度を利用しなければ生活保護が利用できないということはなく、事実に反する記載である。この点も有害記載事項であるため、速やかに削除・訂正すべきである。
エ 「扶養義務者からの援助は生活保護より優先します」との箇所(しおり4頁)
 また、「扶養義務者からの援助は生活保護より優先します」との項目のもと、貴自治体では「離婚した場合」、「いつでも養育費を請求することができますので、必ず手続きをしてください。また、離婚の原因が相手方にある場合は、慰謝料の請求を検討してください」などと記載するが、養育費や慰謝料を請求するか否か、訴訟などの手続きを行うか否かについては本人の自由に属する事柄である。このような事柄につき生活保護より優先するかのように記載するのは、徒に誤解を招く記載であるため、速やかに削除・訂正すべきである。
オ 「生活保護の受給中には義務があります!!」との箇所(しおり6頁)

 「口頭や文書で指導や指示を行ったときは、必ず守ってください」との記載があるが、指導や指示(行政処分)に不服がある場合は審査請求ができることも記載するべきである。
 福祉事務所の指示には絶対服従しなければならないような誤解を与えるものであり、速やかに加筆するべきである。
(4)まとめ
 以上のチェックポイントは、唯一無二、完全無欠のものではなく、必要な情報がより正確に制度利用者に伝わるよう改善を重ねる必要があると考えているが、まずは、一つの参考意見として、各自治体に具体的な是正を求めていただきたい。また、生活保護制度の周知については、「保護のしおり」に限られるものではなく、ポスターの活用、ホームページやSNSの充実などの手段があるので、それらについても積極的に利活用いただきたい。ポスターを有効活用している自治体として、北海道札幌市や滋賀県野洲市の事例があり、特に野洲市では全戸ビラのポスティングという極めて意義ある取り組みがなされている。
 なお、いうまでもないが「保護のしおり」の改善だけではなく、改善された「保護のしおり」に基づく適切な生活保護制度の運用が求められることを念のため付言する。

以上

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