2023年1月27日、「インボイス制度の実施に反対し、速やかな中止を求める意見書」を発表しました
インボイス制度の実施に反対し、速やかな中止を求める意見書
2023年1月27日
自 由 法 曹 団
第1 はじめに~インボイス制度とは~
2023年10月1日から、消費税の仕入税額控除の方式として、「インボイス制度」が導入されることとなっている。
従前、消費税法9条1項より「事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が千万円以下である者については、第五条第一項の規定にかかわらず、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき、消費税を納める義務を免除する。ただし、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」として、小規模事業者に関する納税義務の免除が定められていたところ、2016年の消費税法の改正により同法57条の4(適格請求書発行事業者の義務)が創設され「インボイス制度」が創設された。
インボイス制度とは「適格請求書保存方式」のことをいい、課税事業者は、所定の記載要件を満たした請求書である「適格請求書(インボイス)」による請求書の交付を受けなければ、消費税の仕入額控除(事業者が消費税の納付税額を算出する際、売上の消費税から仕入や経費の支払等のために支払った消費税を差し引くこと)を受けられなくなる。そのため、課税事業者と取引をする個々の事業者は、課税事業者が仕入控除を受けられるようにするため、適格請求書発行事業者の登録をすることを余儀なくされることとなる。そして、適格請求書発行事業者への登録を選択すれば、免税事業者だった者も課税事業者となる。もし免税事業者のままでいれば、仕入れ税額控除ができなくなる取引先企業から、取引の中止等を申し渡され、仕事や生活の糧を失うおそれがある。
消費税導入の経緯を踏まえれば、インボイス制度は、法的、手続的のみならず個々の事業者の実態としても重大な問題を有しており、利害関係ある当事者を無視したまま拙速に実施することは、個々の事業活動や生活に重大な影響を及ぼすことが避けられず、制度の実施は速やかに中止されるべきである。
本意見書では、インボイス制度の問題点について説明する。
第2 税制改革法第10条2項に違反すること
1 税制改革法の趣旨
日本国民は、憲法30条より「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」として納税の義務を負うが、憲法84条において「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と定めており、国民の税負担に関する変更は、法律によって定められることが必要とされる。
そして、税制改革法は消費税の創設に関し、第10条1項において「現行の個別間接税制度が直面している諸問題を根本的に解決し、税体系全体を通ずる税負担の公平を図るとともに、国民福祉の充実等に必要な歳入構造の安定化に資するため、消費に広く薄く負担を求める消費税を創設する。」と定める一方で、同条2項において「消費税は、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税し、経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式によるものとし、その税率は、百分の三とする。この場合において、その仕組みについては、我が国における取引慣行及び納税者の事務負担に極力配慮したものとする。」とし、「課税の累積排除」、すなわち仕入控除をすべきであることを定めている。
すなわち、「税制改革法第10条第2項及び消費税法の仕入税額控除・簡易課税制度等の規定等に鑑みれば、消費税は付加価値税の一種であり、課税標準は、実質的には付加価値であることが明らかである。仕入税額控除は帳簿等を保存する納税者(事業者)に対して付与される恩典ではなく、消費税の本質的要素にほかならない(日弁連「仕入税額控除の要件についての意見書 」2004年12月17日)。
2 仕入税額控除の要件について
税制改革法第10条2項は、要件を満たす限り仕入税額控除をしなければならない、と定めるものに他ならない。そして、仕入税額控除が否認されるのは、①仕入税額を証明する帳簿や請求書の不存在またはその内容が信頼性を欠く場合、②課税仕入額が推測できない場合、③仕入が架空である場合、という極めて例外的な場合に限られており、したがって消費税導入当時、「適格請求書(インボイス)」の存在を要件とはしていなかったのである。
インボイス制度では、登録番号の記載されたインボイスと帳簿の保存が仕入税額控除の要件とされているが、税制改革法は、租税制度における憲法に準ずる基本法としての位置づけがなされており、仕入税額控除は、消費税の累積という不利益を回避するための中小企業等の事業主の権利として同法に定められたものであり、消費税法において仕入税額控除の要件として、2016年改正でインボイスを中小企業等にも強制することとしたことは、付加価値税たる消費税の本質を損なうものであったと言わざるを得ない。
3 取引の実態を無視するものであること
また、事業者間での取引の実態が存在している場合、仮にインボイスの保存がなされていないとしても、事業者は消費税の累積課税を余儀なくされることとなる。正確な金額が不明である場合、ないし取引が架空の場合に仕入税額控除を行えないことは当然として、取引の実態があり取引が記録された帳簿が存在する以上は、仕入税額を控除することについて何ら支障は存在しない。
税制改革法第10条2項が仕入税額の控除を権利として認めており、取引の実態と消費税の累積課税という事実が存在するにもかかわらず、仕入れ先が適格請求書発行事業者でないこと又はインボイスの保存がされていないことのみをもって仕入税額控除を否定することは、事業者間の取引慣行・取引実態に対する公権力の不当な介入と言わざるを得ない。
4 小括
以上のとおり、インボイス制度は、消費税が付加価値税の一種で、「課税標準は実質的には付加価値である」という本質から、税制改革法第10条2項で保障された仕入税額控除の権利を不当に侵害する制度である。
第3 個人事業主に対する重大な増税となること
1 消費税導入の歴史的経緯
消費税は、所得の過多によらず国民に一律の税負担を強いることから、導入時点においても大きな反対があった。1979年の大平内閣時代に一般消費税導入の閣議決定が行われたが大きな反発を受け導入断念に至り、1987年の中曽根内閣でも「売上税」法案が提出されたが国民的な反対から廃案に追い込まれている。1988年の竹下内閣で税収を社会保障に用いるとしたうえで消費税法が成立したものの、零細事業者に対する影響が重大なものとなることから、消費税の取り扱いについては、年間の課税売上高が3000万円以下の事業者であれば、消費税の納税義務が免除されることとされた(その後1000万円以下の事業者へと改悪され、零細事業者への負担が引き上げられている)。
もっとも、当初の導入時から今日まで税率の引上げが繰り返され、かつ消費税収は減税が続く法人税等の穴埋めに用いられている状況にあり、国民生活を苦しめるものとなっている。
2 インボイス制度による影響
インボイス制度の実施により、適格請求書発行事業者となった場合、売上高が1000万円以下であっても消費税の申告義務が生じることとなる。消費税の控除を受けたい課税事業者はインボイスを発行できる事業者との取引を望むと考えられることから、消費税の支払が免除されない適格請求書発行事業者にならざるを得ない(もしくは消費税相当額の値引きを強いられる)、という状況になるため、零細事業者に対する事実上の増税ということとなり、納税に対応出来ない事業者は廃業の危機に追いやられることとなる。実際、2022年12月16日時点での調査結果では、インボイス制度に登録しない免税事業者とは取引を行わないと回答した企業が10.2%に達し、増加傾向にあるとされており、零細事業者は、消費税の納付を行うか、取引が終了となるか(ひいては経営難による廃業)といういずれによっても生活に重大な影響を及ぼす決断を余儀なくされるのである。
3 影響の範囲も広範に及ぶものであること
インボイス制度による影響を受ける業種、建設業の一人親方、独立系SE、フリーライター、個人タクシーの運転手、フードデリバリーの配達員、漫画家、声優、アニメーター等々、幅広い職業に及び、その中には低所得でやりくりをしてきた者も多いことから、複数の事業者団体が反対の声明を上げる状況にある。
また、その影響は、売上高が1000万円以上の既に納税を行っている課税事業者にとっても無縁のものではない。2022年11月16日に行われた、漫画家・アニメーション・声優・俳優の4つの団体が行った記者会見では、課税事業者にとって多大な事務負担が生じること、作画作業にアシスタントを活用する漫画家にとってはアシスタントに登録を強いるのか自らが仕入税額控除を断念するのかという選択を強いられるうえ、インボイス制度の導入により2~3割の事業者が廃業を検討していることから作業の担い手を失いかねないことなど、多くの懸念が表明された。
新型コロナ禍や円安、物価の高騰など生活への課題が山積する現状において、世界では消費税の減税が進められる中、さらなる増税を行い、夢を持って希望する職業に取り組む機会を奪う日本の対応はこれらに逆行するものと言わざるを得ない。
4 小括
2023年度の税制改正大綱においては、インボイス制度に対する反対の声を踏まえて、導入から6年間は1万円未満の仕入れについてはインボイスの保管がなくても仕入れ税額控除を認めること、かつ、免税事業者から課税事業者になった者について3年間は売上税額の2割を納付すれば良い、とする負担軽減策が提案されているが、社会全体が不況にあえぎ、個々の事業者の所得が増加する状況にない中では負担軽減として不十分なものと言わざるを得ない。
なお、建設事業者にとっても現場作業の担い手となる一人親方を失う重大な懸念が生じることとなる懸念から、2022年12月15日に住友不動産グループは「すべてのお取引先様は大切なパートナーである」として
(1) 適格請求書発行事業者登録は協力の依頼のみであり、決して強要は行わない。
(2) 適格請求書発行事業者登録しないことを理由に発注取り止めや消費税相当額の一部または全部を支払わない行為を行わない。
(3) 取引先から自主的に消費税相当額の減額の提案があっても、決して受諾しない。
とし免税事業者の保護を打ち出し、相談窓口及び違反に対する通報窓口を設置することを公表した。
インボイス制度のもたらす悪影響は各企業においても認識されており、対応に迫られていることとなるが、上記住友不動産グループの方針はインボイス制度に伴う不利益を同社が引き受ける、ということに他ならず、本来政治が責任を負うべき制度の問題点を、民間同士が負担し合う状況は、極めて問題であると言わざるを得ない。
第4 重大なプライバシー侵害を伴うものであること
さらにインボイス制度は、事業者としての登録を強制するものであることから、インボイスの提供を受けた事業者が、取引の相手方が適格請求書発行事業者であるかを照合するため、登録された情報が国税庁のホームページで公開されることとなっている。
個人事業主の場合には、任意登録ではあるが本名が必ず公開され、法人でも法人名と本店又は主な事業所の所在地は公表されることとなる。個人事業主の場合には、芸名や通称名で活動している場合、公開されている本名では照合ができないため、主な屋号や主な事業所の所在地、通称等を登録しなければならなくなることから、芸名や通称名で活動しているにも関わらず本名は知られてしまう、ということになる。
加えて、データの一括ダウンロードが可能であり、商用利用も可能とされていることから、膨大な個人情報が、インボイス制度に関係のないところまで流出する危険もあり、そういった情報流出を恐れて登録が出来ず、廃業に追い込まれる可能性、さらには芸能関係者に対するストーカー行為の誘発も懸念される。
インボイス制度は、個人事業主の事業継続を困難にさせるものと言わざるを得ず、重大なプライバシー侵害を伴う当該制度を強行することは許されない。
第5 結語
インボイス制度の仕組は複雑であり、理解が追いついていない事業者も多く、2022年12月末日時点で、適格請求書発行事業者の登録率は51.5%、法人登録は80.8%に至ったものの、個人事業主で23.7%と低水準にとどまっており(東京商工リサーチ調査)、コロナ禍でフリーランス人口が500万人以上も増加したことも考慮すると、制度の周知方法、周知期間も不十分であり、現状のままインボイス制度に移行することは、事務負担を含め零細事業者の経営に大きな混乱をもたらすことは自明である。
インボイス制度の導入は、免税事業者からの適切な納税を進める公平な税負担を標榜していると言われることもあるが、免税事業者が受け取る消費税分はあくまで商品やサービスの対価であって「預り金」ではない。免税事業者制度は、小規模事業者の事務負担を軽減するために納税を免除する制度であり、所得税の基礎控除などと同様に税負担の実質的な公平に資するものである。また、インボイス制度の導入で、免税事業者の一部が課税事業者となることにより、多少の消費税納税が増えたとしても、それは、他の減税の穴埋めに用いられる現状で、さらなる消費税からの税収増を強いる合理的理由は何ら存在しない。
インボイス制度は、税制改革法で保障された仕入税額控除の権利を不当に侵害する許されざるものであるとともに、国民の大半を占める零細事業者・個人事業主へのさらなる負担やプライバシー侵害を押し付ける「弱い者いじめ」にほかならず、直ちに中止・廃止されるべきものである。
以上
2023年1月27日
自 由 法 曹 団
団 長 岩 田 研二郎