2023年4月24日、『「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案」の問題点を指摘し、国民の裁判を受ける権利を尊重した法改正を求める意見書』を発表しました
「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案」の問題点を指摘し、国民の裁判を受ける権利を尊重した法改正を求める意見書
2023年4月24日
自 由 法 曹 団
第1 はじめに
1 2022年に成立した改正民事訴訟法
2022年5月18日、民事訴訟法等改正法が成立した。同改正法は、IT化を理由として当事者の意思に反してウェブ会議等による口頭弁論期日の開催を認める点、インターネットを用いる申立を訴訟代理人に義務づける点を定めたほか、IT化とは無関係の法定審理期間訴訟手続を導入するもので、憲法32条が保障する国民の裁判を受ける権利を後退させ、国民の裁判への信頼を失わせる内容であった。
2 今通常国会における民事関係手続等の改正法案
今通常国会においては、民事裁判以外の民事執行、倒産、家事等の非訟事件を中心とした「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案」(以下、「民事関係手続改正法案」という。)が提出され、国会審議が行われることとなっている。
国民にとって利用しやすい裁判手続等のIT化が実現すること自体は極めて重要であるが、民事関係手続改正法案は、昨年の改正民事訴訟法と同様に、憲法上の権利である国民の裁判を受ける権利を後退させる内容を含んでおり、利便性を優先させ、拙速に法制化するのではなく慎重な審理が求められる。
3 民事手続のIT化に関する自由法曹団の取り組み
自由法曹団は、民事裁判手続のIT化に関して、総論として一定の肯定的評価をしつつ、国民の裁判を受ける権利の擁護の見地から問題点を指摘し、2022年3月30日付で『「民事訴訟法等の一部を改正する法律案」及び「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する要綱案」の問題点を指摘し、国民の裁判を受ける権利を尊重した法改正を求める意見書』を発出し、法廷審理期間訴訟手続等の新たな手続も含め、2022年の改正民事訴訟法に対する批判を行ってきた。
今国会における民事関係手続改正法案において残された法的問題点について、以下において詳述するものとする。
第2 ウェブ会議等による審尋期日等について
1 改正民事訴訟法における規定
昨年成立した改正民訴法では、裁判所は、「当事者の意見」を聴いた上で、「相当と認めるときは」、「映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法」(ウェブ会議等の方法)により口頭弁論を開催することができることになっている。すなわち、当事者の双方あるいは一方が異議を述べたとしても、裁判所の判断で、ウェブ会議等の方法による口頭弁論の開催を当事者に強制することを可能とするものである。
口頭弁論期日では、代理人や当事者が、訴訟の意義や争点、被害の実情などの生の声を自らの言葉で語ることが行われてきており、訴訟の基本原則である直接主義、口頭主義の本旨に則った取り扱いであり、裁判所の心証形成、充実審理等にも重要な役割を果たすものである。インターネット等の技術が向上しても、ウェブ会議等の方法による口頭弁論が、当事者双方が在廷している法廷で裁判官が五感を通じて口頭弁論を聞く場合と比べ、裁判官の得られる情報や感銘力において劣るものである、として自由法曹団は批判を行ってきた。
2 民事関係手続改正法案における問題点
(1)当事者の意に反したウェブ会議及び電話会議
民事関係手続改正法案においては、民事保全法の一部改正に関し、その要綱案においては「民訴法第87条の2第2項及び第3項の規定を準用し、裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、ウェブ会議及び電話会議を当事者に利用させることができるものとする。」とし、法案では同7条より「特別の定めがある場合を除き、民事保全の手続に関しては、その性質に反しない限り民事訴訟法第一編から第四編までの規定を準用する。」としている。つまり、民事保全手続における審尋についても、改正民事訴訟法同様に、当事者の意に反してウェブ会議及び電話会議の手続で行うことができる、と定めたものとなる。
同じく、労働審判法の一部改正においてもその要綱案においては「裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、ウェブ会議又は電話会議によって、労働審判手続の期日における手続(証拠調べを除く。)を行うことができるものとする。」とされている。
民事関係手続改正法案の想定する手続が公開の法廷を前提としていないとしても、先の改正民事訴訟法の問題点と同様に、当事者が直接説明をすることにより裁判官がより真摯に事件に取り組むこと、具体的な供述による心証形成が期待しうること、そして当事者が裁判所という場に赴くことの重要性、並びに裁判官に直接説明をした上でなされた判断に対する納得感などを考慮すれば、紛争解決手続として用いられる民事関係手続が対面で直接行われることの意義は決して小さくない。
当事者の意思に反してウェブ会議または電話会議の利用を認めることもまた、憲法32条の裁判を受ける権利を損なうものと言わざるを得ない。
(2)なりすましや介入の危険性
また、審尋期日や労働審判期日においては、当事者の生の声を裁判官に伝えるため、訴訟代理人らは極力当事者の話を遮ったり介入したりすることのないよう努め、実務上はそのような対応が定着している。
しかし、例えばウェブ会議において労働審判期日が開かれた場合、カメラの外で第三者が何らかの指示をするほか、供述に介入することが排除できず、当事者・関係者による真摯な供述という前提が確保されないこととなる。また、ウェブ会議の場合には、少なくとも顔を見ることで関係者であることが確認できるが、電話会議の場合、上記の関与のおそれに加えて、第三者が関係者になりすますことすら容易となる。
追って本訴での手続が可能であるとしても、かような不正がなされうる手続において裁判所から示された判断(審判等)の正当性は大きく減殺され、当事者が納得することは困難となります。紛争解決の手段として適切ではないと言わざるを得ず、裁判所に対する信頼を大きく損なうこととなりかねない。
ウェブ会議または電話会議を用いた手続については、当事者の双方が同意をした場合にのみ行うことができるようにすべきである。
3 結語
以上より、裁判所の判断で、ウェブ会議等の方法による審尋期日等の開催を可能とする要綱案・法案に断固反対する。
第3 オンライン申立の義務化について
1 オンライン申立に関する問題点
インターネットを用いて申立て等をできることが、多くの国民に利便性をもたらすことは論を待たないが、訴訟代理人であってもITリテラシー(インターネット等を用いた手続を行う能力)はさまざまであり、そういった状況を考慮せずに一律に義務化をする必要は全くない。
司法におけるIT制度の先進の例としてあげられる大韓民国でも弁護士を含めてインターネットを用いてする申立て等が義務づけられていないが、実際にはほとんどの弁護士がインターネットを用いて申立て等を行っているのであり、義務化の必要性などない。
民事裁判手続のIT化が、真に国民の利便性に資する制度・システムとなっていれば、義務化などせずとも、必然的に利用者は増加し、インターネットを用いてする申立て等が標準的な手続となっていくのであり、訴訟の提起等の重大な手続についてはそのような手順をたどるべきこととなる。
2 民事関係手続改正法案の問題点
昨年成立した改正民事訴訟法では、訴訟代理人等においては訴訟のあらゆる場面での申立等をインターネットで行うことを「義務化」することを定めた。
そして今回の民事関係手続改正法案においても、多くの手続について、弁護士等の代理人はインターネットを利用した提出・受取りが義務化されることとなっているほか、破産管財人についても同様にインターネットを利用した対応が義務づけられることとなっている。
民事裁判よりもさらに緊急性が求められることの多い非訟手続等において、相談をした弁護士がインターネットが不得意であったため申立ができず期限を徒過した、というようなことが生じた場合、その当事者の裁判を受ける権利は著しく損なわれることになる。
訴訟代理人等は業として裁判に関与する者である以上、インターネットを用いた申立て等に対応できるよう研鑽を重ねるべきとの指摘も誤りではない。しかし、研鑽を重ねる努力義務を課されることと、インターネットを用いて申立て等をする法的義務を課されることは同義ではない。法的義務を課すのであれば、その法的義務を受忍させるに足る立法趣旨が必要であるが、このインターネットを用いてする申立て等を訴訟代理人等に義務化しなければならない合理的な根拠はない。単に、裁判所業務の統一的な対応の要請(利便性)だけである。この裁判所の要請(利便性)が、間接的とはいえ国民の裁判を受ける権利の制約の根拠にはなり得ないことは明白である。
3 結語
インターネットを用いた申立を行えるようにして利便性を高めることそれ自体は極めて重要だが、訴訟代理人に対してインターネットを用いた申立を義務づける必要は全くない。
以上のとおり、代理人等にインターネットを用いた申立等を義務づける要綱案・法案については断固反対する。
第4 その他の問題点
民事関係手続等のIT化の改正法案には、公正証書のデジタル化についての改正も含まれている。公正証書の作成は公証人の面前での手続が必要だったのに対し、改正法案では、嘱託人が希望し、かつ、公証人が相当と認めるときは、ウェブ会議を利用して行うことを選択できるようになる、とされている。
公正証書という極めて拘束力の強い文書の作成にあたっては、当該書面の作成が当事者の真意に基づくものであるか否かが決定的に重要である。遺言の作成にあたっては、当事者の意思能力(認知症の有無等)や脅迫された状況にない真意によるものかどうかを確認しなければならず、公証人が遺言者と直接話をし、書面内容の読み聞かせを行うことで担保される。
しかし、ウェブ会議を利用して行う場合、当事者の意思能力を十分に確認することができるか疑問であるとともに、カメラの外にいる第三者から威迫されている状況で公正証書作成を行う可能性を排除できない。
公証役場に足を運べない者にとっては利便性が向上するものであり、その意義を全て否定するものではないが、公正証書という拘束力の強い文書の作成において、ウェブ会議を利用した手続は慎重に行わなければならない。
当事者の同意がある前提での手続ではあるが、ウェブ会議を用いた場合、利害関係者等の力関係から真意に基づく意思表示であるか確認が困難となる以上、当該手続の規定及び利用については極めて慎重に行われるべきである。
第5 まとめ
以上、自由法曹団は、要綱案及び提出法案のうち、憲法上の権利たる「裁判を受ける権利」の後退となる「当事者の意思に反してウェブ会議等による審尋期日等を開催できる制度」、「訴訟代理人等にインターネットによる申立て等を義務化する制度」、「公正証書をウェブ会議で作成を可能にする制度」について、明確に反対する。「裁判を受ける権利」は憲法上の権利であり、かつ紛争当事者間の権利関係の安定的な確定の必要性は、手続の利便性によって享受できる利益擁護の必要性を大きく上回るからである。
国民の「裁判を受ける権利」等の後退をもたらす上記各制度については、現時点での法制化は許されず、拙速な成立は許されない。
これらの制度についての民事関係手続改正法案部分は、修正ないし削除することを強く求める。
以上