2021年5月集会in東京決議『諫早干拓潮受堤防排水門の開門をめぐる紛争について国に福岡高裁での和解協議に応じることを求める決議』
諫早干拓潮受堤防排水門の開門をめぐる紛争について
国に福岡高裁での和解協議に応じることを求める決議
1 1997年4月,「ギロチン」と呼ばれる諫早湾干拓事業潮受堤防の締切り工事が強行されて以来,有明海は漁場環境悪化による深刻な漁業被害に見舞われ,水産業を基盤とする地域の暮らしと経済は大きな打撃を受けた。
2002年11月,干拓工事の差止めを求めて漁業者らが提訴した訴訟は,工事終了後には請求の趣旨を開門に変更し,法廷内外での粘り強い闘いの末,一審の佐賀地裁に続き,2010年12月の福岡高裁控訴審判決でも開門を勝ち取り,世論の圧倒的支持の中で国は上告を断念し,判決は確定した。
2 ところが,干拓事業の推進主体である国と長崎県は,開門確定判決を敵視し,干拓地営農者や背後地住民の不安を煽って反対運動に駆り立てた。
そして国は地元の反対を口実に開門をサボタージュし,開門の履行を求めるために漁業者らが申立てた間接強制に対し,請求異議訴訟を提起して抵抗した。
国の請求異議は一審佐賀地裁では容易に退けられたが,その後も,農水大臣が確定判決に従わない方針を公表した上で,開門差止訴訟を一審で控訴権を放棄して確定させようするとするなど,国が確定判決を守らないという憲政史上初の暴挙を正当化しようとし続けた.
福岡高裁における控訴審では,漁業権は10年で消滅し,新旧漁業権に同一性はないなどとするなりふり構わぬ主張を追加し,2018年7月30日,福岡高裁はこれを採用し,国の異議を認容する不当判決を言い渡した。
漁業者らは一致団結して上告し,2019年9月13日,最高裁第2小法廷は,開門確定判決は更新後の漁業権をも当然の前提としているとして,不当判決を取り消し,審理を再び福岡高裁に差戻した。
3 そして,本年4月28日,福岡高裁は差戻し後の審理において「和解に協議に関する考え方」を示した。「考え方」では,有明海は「国民的資産」であり,その再生を巡る紛争を「総合的かつ抜本的に解決するためには,話し合いによる解決の外に方法はないと確信している」とした上で,国民の利害調整に広い権能と職責を有する国の「これまで以上の尽力が不可欠」で,和解協議において「主体的かつ積極的な関与を強く期待する」と述べられている。
かねてより国は,開門反対派が参加しなければ国は和解協議のテーブルにはつかないなどと傍観者的立場に終始し,ようやく始まった和解協議においては,開門確定判決を放棄する代わりに有明海沿岸4県の漁協に合計100億円の基金をばらまく案(基金案)を強引に押し付けることによって,有明海の再生を望む漁民の声を抑え込もうとしてきた。
これまで和解協議を試みた長崎地裁や(差戻し前の)福岡高裁は,このような国の権力的な対応に追従したがゆえに十分な役割を発揮できず,和解協議は平行線のまま成果を見ることはなかった。
このたびの福岡高裁の「考え方」ではこれを改め,真の紛争解決に向けて,広く関係者の利害調整を行うことや「相応の手順」を踏んだ上で,「柔軟かつ創造性の高い解決策を模索」するよう呼びかけているが,大規模な公害被害を救済し,地域紛争を解決に導くために優れた指摘であると評価できる。
かかる協議の方針は,もとより漁業者ら,弁護団が求めていたことでもあり,国には従来の方針に固執することなく,裁判所の呼びかけに応じて,本件紛争の解決に柔軟かつ主体的・積極的に関わる責務がある。
国は,今般指摘された特別の役割と責任を自覚し,司法の呼びかけを真摯に受け止めて和解協議のテーブルに着かなければならない。
4 「ギロチン」から四半世紀が経った今,頻発する赤潮や貧酸素,調整池から大量に排出される汚染水等による漁業被害のため,多くの漁民が生活苦に喘ぎ,漁業を諦める者,将来を悲観して自ら命を断つ者も後を絶たず,有明海の漁業は存亡の淵に立たされている。
また漁業者のみならず,干拓地に入植した農業者らも,カモの食害や冷害などで苦境に立たされ,多額の借金を背負って撤退する者も少なくない。
集中豪雨による被害が恒常的となる昨今,樋門の整備や排水機の増設など水害に対する防災対策も同時に行わねばならない。
それぞれの利害を調整し,宝の海・有明海を再生するためには,農・漁・防災共存の開門を実現する方法を,関係者の話し合いで考え抜くほかない。
われわれは関係者の不安を取り除き,農漁の被害を救済し,紛争で分断された地域社会の健全さを取り戻すため,国が福岡高裁の和解協議に応じることを強く求める。
2021年5月22日
自 由 法 曹 団
2021年5月研究討論集会