2023年6月17日、6月常任幹事会にて「性的少数者に対する差別をなくし個人の尊厳と人権が守られる法整備を求める決議」を採択しました
性的少数者に対する差別をなくし個人の尊厳と人権が守られる法整備を求める決議
1 2023年6月16日、参議院本会議において、自民党・公明党・日本維新の会・国民民主党の4党などの賛成多数により、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(いわゆるLGBT理解増進法、以下「法」という。)が、可決、成立した。
法は、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性を受け入れる精神を涵養し、もって性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資することを目的と」し、「すべての国民が、その性的指向及びジェンダーアイデンティティにかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがいのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、性的指向及びジェンダーアイデンティティを理由とする不当な差別はあってはならないものであるとの認識の下に、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資する」という基本理念に基づき、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関して、国、地方公共団体が果たすべき役割(理解増進に向けた施策の策定・実施等)や事業主・学校の努力義務の内容(労働者の理解増進に関する普及促進、就業環境の整備、相談の機会の確保等、児童等の理解増進に関する教育又は啓発、教育環境の整備、相談の機会確保等)を定めるものである。
2 しかしながら、法は、2021年5月の超党派議員連盟の合意に基づく「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案」(超党派議連案)に改変を加えたものであり、いくつかの点で後退したとの評価を免れない。
(1)法は、「この法律に定める措置の実施等にあたっては、性的指向及びジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」旨の規定を盛り込んでいる。このような規定が入ることで、LGBT当事者に対する理解の増進に関する措置を検討するにあたって、多数派への配慮が求められることになり、多数者の認める範囲内でしか理解増進に関する措置が行われなくなるということになりかねない。さらに、この場合において、政府は、その運用に必要な指針を策定するものとされているが、「全国民の安心」に重きを置いた指針が作られることで、自治体等で現に進められている対策や計画にブレーキがかかることが想定され、LGBTに関する理解の増進等に対して、重大な否定的影響をもたらすものと言わざるを得ない。
(2)法は、超党派議連案の「性自認」という言葉を「ジェンダーアイデンティティ」に言い替えているが、すでに「性自認」という用語を使って条例や計画を作っている自治体において混乱が生じることが必至であり、また、「性自認」が「自称」や「なりすまし」を含むものであるかのような誤解を生みかねず、差別と偏見が助長されるおそれがある。
(3)法は、学校での教育・啓発に関し、「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」行うものとする旨を追加しているが、「家庭や地域住民」から反対の声が上がれば、LGBT当事者への理解増進やそのための教育・啓発が進められなくなる可能性がある。
(4)さらに、法は、超党派議連案が、国に対して理解増進のために「調査研究」を義務付けていたものを「学術研究」に変更している。理解を広げるためには、公的な調査によって、多様な性のあり方と差別の現状等について事実を調査したうえで、必要な施策を研究することが必要であり、調査を含まない「学術研究」では実態に即した対応につながらない可能性があり不十分である。
3 自由法曹団は、LGBTQ当事者など「多様な人々が平等に社会の中で暮らしていけるよう包摂された社会作りが重要である」との立場から(2022年総会議案書)、「法整備を含め、人々の多様な性のあり方がありのまま尊重され、性のあり方によって個々人が差別されることなく安心して生活できる社会の実現」(2022年10月24日付京都総会決議)を目指すものであるが、今後の運用の中で、上記のような法の問題点を克服したうえで、理解増進等を進めるとともに、さらなる実効性ある差別解消に資する法整備を求めるものである。
4 LGBT当事者に対する理解増進や差別解消を求める法律ができると、特に、トランスジェンダー当事者について、その性自認に基づく取り扱いをすることで社会や他集団との間で軋轢が生じうるとの指摘がある。
しかしながら、この種の法律ができたからといって、身体的特徴にかかわる取り扱いの区別がすべて許されなくなり、社会が危険にさらされるということになるわけではない。
トイレや浴場や更衣室など身体的特徴に基づく取り扱いの区別や利用の調整等が求められる場面では、当事者の利用自体が保障されることを前提に、個別具体的、技術的な工夫や調整により問題を解決していくことが望まれる。
他方で、トランスジェンダー当事者(特に、性別適合手術を受けていない・受けられない当事者のうち、性別移行した生活を営んでいるトランス女性の当事者)は、この問題が議論されるたびに、トイレや風呂の問題がクローズアップされ、「男性器」「身体男性」という言葉が繰り返し強調されることで、その尊厳が損なわれ、深く傷つき、平穏な生活が奪われているという実情がある。
2023年6月上旬には、トランスジェンダーであることを公表している仲岡しゅん弁護士(大阪弁護士会所属)に対して、「男のくせして女のフリをしているオカマ野郎をメッタ刺しにして殺害する。必ず決行する。」といった悪質かつ卑劣な脅迫メールが多数送信されるという事態が発生している。トランスジェンダー当事者に対する差別意識、憎悪感情に基づく明らかなヘイトクライムである。
私たちは、このようなトランスヘイトやヘイトクライムを許さず、また、他方で、社会や他集団とトランスジェンダー当事者など性的少数者との間の対立や軋轢を招かぬよう合理的な工夫や調整を積み重ねながら、性的少数者に対する差別をなくし、人々の多様な性のあり方がありのまま尊重され、性のあり方によって個々人が差別されることなく安心して生活できる社会の実現に向けて取り組むものである。
2023年6月17日
自由法曹団常任幹事会