2024年5月27日、離婚後共同親権制度の導入をはかる民法改正案の拙速な採決に抗議し、 子どもの利益の確保、DV被害対策及び家庭裁判所の体制の強化を求める決議
離婚後共同親権制度の導入をはかる民法改正案の拙速な採決に抗議し、
子どもの利益の確保、DV被害対策及び家庭裁判所の体制の強化を求める決議
1.2024年5月17日、参議院本会議で「民法等の一部を改正する法律案」(以下「本法律案」という。)が可決された。しかしながら、本法律案のうち、離婚後共同親権制度の導入をはかる部分は、子どもやDV被害者など、弱い立場にある人に深刻な不利益を課すおそれがある。離婚時、そして離婚後に至るまでの紛争の長期化、新たな類型の紛争の発生や、子どもに関わるあらゆる現場の混乱が懸念される。離婚後共同親権制度に対応する家庭裁判所の人的・物的体制は、現状では極めて不十分でありながら、具体的な体制整備の内容は明らかでなく、施行までわずか2年以内で十分な体制を整備することは非現実的である。このように、本法律案の成立により、離婚事件の実務に携わる弁護士として看過できない深刻な問題が生じうるにも関わらず、拙速な審議、採決が行われ、本法律案が可決・成立したことに、強く抗議する。
2.本法律案では、父母双方の合意が無い場合にも、家庭裁判所が共同親権と定める場合があり得るとされた(民法改正案819条2項)。しかしながら、共同親権の合意もできず、高葛藤状態にある父母が、子の重要事項について離婚後に話し合い、意思決定を経て共同で親権を行使することが困難であることは明白である。また、離婚後も、高葛藤状態の父母の間に子が置かれ続けることになり、改正の趣旨に反して子の利益を侵害するおそれがある。
本法律案では、裁判所は、DVや虐待事案は単独親権としなければならないとされた(同819条7項)。しかしながら、密室で行われるDVや虐待は、証明が困難であり、裁判所がDVや虐待事案を見逃して共同親権と定めるおそれも否定できない。
3.我が国の約9割を占める協議離婚について、本法律案では附則で、離婚後の親権を決める際に父母の双方の真意に出たものであることを確認するための措置について検討をするとの修正がなされた。しかしながら「措置」の具体的内容は全くと言っていいほど議論がなされておらず、かかる附則では、協議離婚においてDV・虐待事案を共同親権の対象から排除する方策が十分講じられているとはいえない。そのため本法律案のままでは、DVや虐待による支配・力関係の下、被害者の真意に反して「合意型共同親権」を「選択」した協議離婚とされる事態が多発するおそれがある。そうなれば、被害者は離婚・別居後も継続して加害者からの支配、DVや虐待に晒され続けることになる。
4.親権の共同行使を裁判所が強制することは前例がなく、裁判所がどのような証拠、調査により共同親権か、単独親権かの判断をすべきか全く不明である。国会審議においても繰り返し質問がなされたものの、その内容は全く不明なままである。法制審の「中間試案」に対する最高裁意見書(2023年2月)においても、共同親権か単独親権かを判断する「一定の要件」を明確に定めなければ、審理・判断に困難が生じるおそれがあること、当事者の主張が広範になるなどして紛争が複雑化、長期化するおそれがあることが指摘されており、判断を行う裁判所自身が問題点を指摘しているところである。
5.本法律案では、父母双方が親権者であっても、「子の利益のために急迫の事情があるとき」(同824条の2第1項3号)や「監護及び教育に関する日常の行為」(同824条の2第2項)については単独での親権の行使ができるとする。しかし、かかる定めでは、具体的にいかなる場合に、単独での親権の行使が認められるのかが不明であり、紛争を防止することができない。一方が「急迫の事情」あるいは「監護及び教育に関する日常の行為」に該当すると考えたとしても、他方から、該当しないものとして、事後に無効確認訴訟や損害賠償請求訴訟を起こされる事態も予想される。そのため、基準の明確化等について、国会審議において質問がなされたが、具体的な答弁もなく、ガイドラインを定めることとする附帯決議がされたのみで(衆院附帯決議2項、参院附帯決議3項)、具体化されないままになっている。
単独で親権を行使できるか否かは、子、父母のほか、子どもに関わるあらゆる現場にとっても重要な事項である。教育機関、病院などが、子どもの重要事項について父母どちらの意思に従うか判断できないことによりに混乱が生じ、子どもに関する決断が遅れる等、重大な問題がある。現に全日本民主医療機関連合会や全日本教職員組合からも本法律案に反対の声明、談話が出されている。
そのほか、「急迫の事情」がなければ、婚姻中に相手方の承諾なく子連れ別居をすることや、離婚後の共同親権の場合に相手方の承諾なく子を連れて転居することは、いずれも相手方の親権を侵害するとされるおそれがある。国会審議において、「急迫の事情」が認められるのは、加害行為が現に行われているときやその直後のみに限られず、加害行為が現に行われていない間も、「急迫の事情」が認められる状態が継続し得ると解釈できることが確認された。しかしながら、「急迫の事情」との文言からそのような広い意味を導くことは困難であり、限定的な文言を用いる本法律案は不適切である。
6.離婚後共同親権制度が導入されることにより、様々な法令等で「親権行使」の局面として規定されているあらゆる事項の運用に、根本的な変容をもたらすのはもちろんのこと、親権者の収入その他の属性を基準に決定される子ども、あるいは親子の権利義務の規定の運用にも大きな影響を与えることとなる。国会審議においては、子が海外留学するためにパスポートを取得する際に子の利益に反する危険性や、教育支援制度の影響について、無償化等の支援が受けられなくなるひとり親世帯が激増する危険性が明らかになった。これら事例からも明らかなとおり、子の利益を十分にはかることができるか見極めるためには、基準や運用を明らかにする必要があるところ、法務省は他府省庁や地方自治体に下駄を預けており、子の利益に反する運用がなされる危険性について国会で十分な検討がなされなかった。そもそも、子の利益を考えた制度設計であれば、まずは、他の法律との関係で、子の利益に反しないかどうかを具体的な事例に基づいて検討すること先決であったにも関わらず、それは行われなかった。
7.離婚後共同親権の導入によって新たな事件類型も含め、大幅な紛争増加が想定される。それにもかかわらず、現状では、家庭裁判所の人的物的体制の強化が全くなされていない。さらに、今後、家庭裁判所の人的物的体制の強化を具体的に、いつ、どのようにしていくのかも明らかになっていない以上、施行までわずか2年以内に人的物的体制を十分に整備することは、非現実的である。今後、家庭裁判所の人的物的体制の整備が十分になされないと、過重な事件数を抱えた家庭裁判所が拙速に審理を進める結果、原則共同親権の運用に流れ、説得しやすい方、つまり弱い方に痛みが強いられ、子どもやDV被害者の意見が封じられる危険性すらある。
8.自由法曹団は、本法律案の審議で明らかとなった、以上の問題点を指摘するとともに、離婚後共同親権制度の導入をはかる拙速な民法改正に抗議し、施行までの間に、子どもの利益の確保、DV・虐待被害対策及び家庭裁判所の人的物的体制の強化等、あらゆる措置を行うこと強くを求めるものである。
2024年5月27日
自 由 法 曹 団
2024年福島・岳温泉
5月研究討論集会