「毎月勤労統計」不正に対する抗議声明
「毎月勤労統計」不正に対する抗議声明
第1 「毎月勤労統計」不正問題
1 労災・雇用保険の過少給付
厚生労働省が公表する「毎月勤労統計」において、従業員500人以上の事業所(大規模事業所)は全数調査をしなければならないが、厚生労働省は、少なくとも2004年以降、東京都内では対象約1400事業所のうち500程度しか調査を行っていなかった。さらに、2017年12月まで全数調査に近づけるための補正も行わなかった。その結果、統計の平均給与額が実態より低くなり、同統計を基に算定される雇用保険や労災保険の過少給付が生じ、約2015万人に約800億円の被害が生じている。
2 2018年度の実質賃金伸び率の偽装
厚生労働省は、上記の大規模事業所について、2018年1月から、ひそかに全数調査に近づけるための補正を始めた。
また、厚生労働省は、従業員30人から499人の事業所(中規模事業所)について、従来は2、3年に一度、対象事業所を総入れ替えして抽出調査を行った上、総入れ替えにより生じる影響を除去するために過去のデータまで遡って調整していたが、2018年1月からは対象事業所の一部だけを入れ替えることにし、また、データの遡及改定を行わないよう算定方法を変更した。
この2018年1月から行われた補正と算定方法の変更により、2018年の各月の賃金伸び率が前年同月と比べて上昇することとなった。しかし、実際は、2018年1月から11月のうち9ヶ月において前年同月比でマイナスになるということが野党の独自計算で判明し、根本匠厚生労働大臣もこのことを事実上認めざるをえなくなった。
第2 過少給付による国民生活への重大な影響
労災保険や雇用保険は、憲法で保障された生存権(25条)や勤労権(27条)に基づいて定められた制度である。そして、これらの制度に基づく給付は、業務上の怪我や病気により働けなくなった者や失業した者などの生活を保障するためのものであり、極めて重要な給付である。その過少給付が行われたということは、上述したような厳しい状況に置かれた労働者をいっそうの苦境に追いやるものである。しかも、これだけ大規模な過少給付が行われた背景には、給付金額を抑制する意図があったことが強く疑われる。
本来であれば、社会保険制度の適正な運用により国民の生存権、勤労権を保障しなければならない国家が、不正な統計調査を行い、長年にわたって過少給付を続けてきたことは、許されないことである。
第3 公的統計の不正は国民の意思決定を歪める
また、公的統計は、税や社会保障、労働などに関する国の政策を決める際の基礎となる指標であり、国民が意思決定を行うための重要な情報であるから、統計調査方法及び調査結果の正確性は十分に確保されなければならない。
戦前は国家総動員法により統計資料が軍事目的のために政府に都合よく捏造された。その反省から、1947年に制定された旧統計法は、同法1条で統計の真実性の確保を目的として定めた。2007年5月の全面改正により成立した現在の統計法も、同法の目的について、「公的統計が国民にとって合理的な意思決定を行うための基盤となる重要な情報であることにかんがみ、公的統計の作成及び提供に関し基本となる事項を定めることにより、公的統計の体系的かつ効率的な整備及びその有用性の確保を図り、もって国民経済の健全な発展及び国民生活の向上に寄与することを目的とする」(1条)と定めている。
これら統計法に反して、公的統計において上記のような不正が行われたことは、主権者である国民が意思決定を行うために必要な基盤を歪めることでもあり、二重に許されないことである。
第4 2018年度の実質賃金伸び率の偽装はアベノミクス効果の偽装である
とりわけ重大であるのが2018年度の実質賃金伸び率の偽装である。
この間、安倍首相は、さかんにアベノミクスによる景気回復を喧伝してきたが、実際は、国民に対して誤った情報を与えて、あたかもアベノミクスによって21年ぶりの高い賃金上昇が生じているかのように誤認させていたのである。
また、2018年度の実質賃金伸び率を水増しする原因となった中規模事業所における調査方式の変更について、官邸の圧力があったことも明らかにされている。2015年3月末に当時の中江元哉首相秘書官(現財務省関税局長)は厚生労働省の姉崎猛統計情報部長に対して、総入れ替え方式への問題意識を伝えて改善の検討を促していた。また、有識者による「毎月勤労統計の改善に関する検討会」においても、担当課長補佐から阿部正浩座長に対し、同年9月14日に「委員以外の関係者」(これが中江元哉首相秘書官であることも明らかになっている)から部分入れ替え方式で行うべきとの意見が出たという旨のメールが送られ、その結果、「現在の総入れ替え方式が適当」との第5回検討会での取りまとめが覆され、部分入れ替え方式への変更を進めることになったのである。
こうした経緯から、2018年度の実質賃金伸び率の偽装は、安倍政権が自身の権力を維持するため、国民の関心の高い賃金動向について公的統計を歪めてアベノミクスによる経済回復効果を捏造したといわざるをえない。
第5 真相解明に背をそむけ続ける安倍政権
上述のように「毎月勤労統計」不正は、幾つもの重大かつ深刻な問題を抱えているが、安倍政権は真相解明に背をそむけ続けている。
安倍政権は、「事実解明のため」、「第三者委員会」と称して「特別監察委員会」を設置し、同委員会が2019年1月22日に報告書を公表したが、①調査対象となった厚生労働省職員に対する聞き取りを外部の第三者ではなく、身内である厚生労働省職員が実施していたことや、②同報告書の原案を厚生労働省職員が作成したことが発覚し、公表からわずか3日後に再調査を表明せざるをえなくなった。
ところが、特別監察委の2月27日の追加報告書も、総務省統計委員会から「分析も評価もなく、情報が著しく不足している」と批判されるように、「組織的隠ぺいの意図はみられない」という結論ありきで、中身も信用性もまったく無いものであった。さらに、特別監察委の委員長を務める樋口美雄氏が2001年以降、厚労省の審議会・研究会など32の会議で役職を務めてきたことも発覚した。
このように、安倍政権には、「毎月勤労統計」不正について、反省も真相解明の意思もなく、むしろ「身内によるお手盛り調査」でごまかし、全ての真相を闇に葬り去ろうとしている。
第6 安倍政権の早期退陣を求める
安倍政権においては、これまでにも森友学園との国有地取引をめぐる財務省による公文書の改ざん、厚生労働省による裁量労働制における労働時間データの捏造、法務省による外国人労働者への調査データの捏造など、嘘とごまかしが繰り返されている。この嘘とごまかしが行われる根底には、安倍政権による権力の私物化がある。今回の2018年度の実質賃金伸び率の偽装も、まさに安倍政権の重要経済政策であるアベノミクスによる経済回復効果を演出したいという政権の都合であり、権力を私物化した結果である。
しかし、安倍政権は、依然として何ら反省することなく、「毎月勤労統計」不正の真相解明にも背をそむけたまま、2019年度予算案の成立を強行し、消費税増税に突き進もうとしている。
この安倍政権の退陣なくして統計不正の徹底的な真相解明や再発防止はありえない。自由法曹団は、官邸主導の名の下に権力を私物化し、嘘とごまかしの政治を繰り返す安倍政権の早期退陣をあらためて強く求める。
2019年3月19日
自由法曹団
団長 船尾 徹