2022年3月2日、『警察法改正案の拙速な成立に反対し,廃案を求める声明』を発表しました
警察法改正案の拙速な成立に反対し,廃案を求める声明
1 2022年1月28日,警察法改正案が閣議決定され,国会に提出された。
本法案は,国家公安委員会の任務及び所掌事務として,「重大サイバー事案」を新たに規定したうえで(5条4項6号ハ),「重大サイバー事案に係る犯罪の捜査その他の重大サイバー事案に対処するための警察の活動に関すること」(同項16号)を規定している。
さらに,本法案は,これまでの警察庁情報通信局の所掌事務を長官官房に移管し,情報通信局に代えて新たに「サイバー事案に関する警察に関すること」(25条)を所掌事務とするサイバー警察局を新設したうえで(19条),サイバー事案にかかる「警察の活動」を関東管区警察局に分掌させ(30条の2),関東管区警察局におけるサイバー事案の警察活動の管轄区域を全国とし,重大サイバー事案において警察庁と各都道府県警察の共同処理を認め,警察庁長官が任命した者に,その指揮を委ねる(61条の3)としている。
すなわち,本法案が成立すれば,警察庁所属の警察官が直接,重大サイバー事案に対する犯罪捜査を実施する道が開かれるところ,これは戦後の警察の在り方を大きく変える危険を有している。
2 そもそも,これまでの警察法(昭和29年法162号)のもとにおいては,国家公安委員会及び警察庁が自ら犯罪捜査を行うことは認められていない。現行警察法は,「個人の権利と自由を保護し,公共の安全と秩序を維持するため,民主的理念を基調とする警察の管理と運営を保障し,且つ,能率的にその任務を遂行するに足る警察の組織を定めることを目的」(法1条)とし,警察の民主性の確保と地方自治の保障のために自治体警察による犯罪捜査を基軸として,国家機関としての国家公安委員会及び警察庁が自ら犯罪捜査を行うことは否定してきた。これは,「日本ノ民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去」(ポツダム宣言10条)を実現するための戦後改革において,特高警察による人権侵害に代表される内務省管轄下の中央集権的な国家警察を否定し,自治体警察が犯罪捜査を行うこととしたことに由来しており,戦後の警察の在り方において重要な意味を持ってきたのである。
3 ところが,本法案においては,およそ不明確・不十分な理由で上記の戦後の警察の在り方を変更しようとしている。
すなわち,今回の警察法改正案の概要においては,改正理由として,「コロナ禍はサイバー空間の脅威を増進」しているとし,「重大サイバー事案に対する対処能力の強化」が必要であるとしている。しかしながら,これまでに,既に14都道府県警察(北海道,宮城,警視庁,茨城,埼玉,神奈川,千葉,愛知,京都,大阪,兵庫,広島,香川,福岡)に「サイバー攻撃特別捜査隊」が設けられており,いわゆるサイバー事案に対応しうる組織はすでに存在している。したがって,これに加えてなお,「重大サイバー事案に対する対処能力の強化」が必要な理由はない。また,「サイバー攻撃特別捜査隊」が14都道府県警察に設けられていることで,重大サイバー事案に対する対処の支障があるといった現行制度の問題点も明らかにされているわけでもない。
さらに,サイバー対策における国際連携の重要性も立法理由とされているが,既に共謀罪創設に関わる国際的組織犯罪条約やサイバー犯罪条約,日米刑事共助条約など国際的な組織犯罪への取組みについて,警察庁が国際協力を行っており,捜査機関の国際連携のためにサイバー事案について警察庁に犯罪捜査の権限を付与する必要はない。
4 また,法案の内容においても,問題がある。「サイバー特別捜査隊」の捜査対象として,「国や地方公共団体の重要な情報の管理」(5条4項6号ハ(1)(ⅰ))や「国民生活及び経済活動の基盤」(同(ⅱ))に対する重大な支障が生じる場合,「高度な技術的手法が用いられる事案その他のその対処に高度な技術を要する事案」(5条4項6号ハ(2))などと規定されているのみである。本法案では,具体的にどのような事案が警察庁直轄の「サイバー特別捜査隊」の捜査対象となるのか,その判断は誰が行うのか明らかにされておらず,都道府県警察に設置されている「サイバー攻撃特別捜査隊」との任務分担に不明確な点が残されたままとなっている。
5 以上の通り,警察庁所属の警察官が直接,重大サイバー事案に対する犯罪捜査を実施する権限を与えなければならない必要性は全く明らかではないうえに,「サイバー特別捜査隊」の捜査対象となる事案が不明確であるなど多くの問題が残されているまま「サイバー特別捜査隊」の設置を強行しようとすることは,戦後の警察の在り方を大きく変え,国家警察の復活を狙うものであると言わざるを得ない。政府与党は,このような戦後の警察の在り方を変えうる重大な本法案について,拙速な審議のみで可決成立を行おうとしているが,それは許されることではない。自由法曹団は,戦後民主改革の中においてできた自治体警察による活動を基軸とする現行警察制度を改悪しようとする今回の警察法改正案の拙速な審理可決に反対し,法案の廃案を求める。
2022年3月2日
自由法曹団 団長 吉田健一