2022年6月2日、『生存権裁判熊本地裁判決を歓迎する声明』を発表しました
生活保護基準引下げ違憲訴訟(いのちのとりで裁判)熊本地裁判決を歓迎し、
政府に対し同判決を受け入れ生活保護基準を直ちに見直すことを求める声明
2022年6月2日
自 由 法 曹 団
団長 吉 田 健 一
1 政府による2013年5月の生活保護基準の減額改定(「本件改定」)を理由としてなされた熊本県内の生活保護利用者に対する保護変更決定処分(「本件処分」)に対し、その取消しを求めて提訴した生活保護基準引下げ違憲訴訟(いわゆる「いのちのとりで裁判」)において、熊本地方裁判所民事第3部(中辻雄一朗裁判長)は、2022年5月25日、上記生活保護基準の減額改定は、裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものであり違法であるとして、本件処分を取り消す旨の判決を言い渡した。2021年2月25日に同種訴訟においてなされた大阪地裁判決に続く画期的判決である。
2 本判決は、生活保護基準見直しの根拠とされた「ゆがみ調整」及び「デフレ調整」について、政府側主張の欺瞞を明確に断罪している。すなわち、「ゆがみ調整」については、厚労大臣により2013年検証結果を反映させる比率を全ての生活保護世帯について2分の1とする処理がなされているところ、かかる処理に際して専門的知見に基づく適切な分析及び検証を行った形跡は認められず、生活保護基準部会に諮ることなく内閣官房副長官との間で内部的に決定しており、その判断過程及び手続には過誤、欠落が認められるとしている。「デフレ調整」についても、専門的知見を踏まえた複合的・多角的な分析及び検証を行うことが必要であったにもかかわらず、厚労大臣はこれを怠っていたと断罪されている。すなわち、生活保護基準部会でもデフレ調整は全く検討されていないこと、生活扶助相当CPI算出に用いた統計データは低所得世帯の消費実態が適切に反映されていない可能性がある上、物価指数を考慮することは非常に慎重に考えなくてはならないとの意見が基準部会で出されており、実際に被保護世帯における消費支出の割合が他の世帯に比して大きくない教養娯楽耐久財の物価下落による影響を過大に評価してしまう危険があったこと等を指摘し、その判断の過程には過誤、欠落が認められると明確に断じている。
上記判断は、弁護団の主張・立証を丁寧に分析した結果導かれたものであって極めて合理的である。本判決は、専門的知見を無視又は軽視し、生活保護費の削減という政治的目的のために生活保護という最低限度の生活をおくる原告らに対さらなる切りつめを強要する政府の無慈悲な態度を厳しく断罪したものといえ、高く評価できる。
3 2年半にわたる新型コロナウィルス感染症の蔓延はようやく落ち着きつつあるが、日本社会の経済的なダメージは甚大であり、著しく貧富の格差は拡大し、各地で行われている食糧配布には未だに人があふれている。さらに、昨今の世界情勢のもと、様々な生活必需品が次々と値上げされており、生活保護利用者の生活はさらに圧迫され、憲法で保障される「健康で文化的な生活」が保障されていない人々が多数存在するのである。その大きな要因として、本件改定等の政府による生活保護に対する抑圧的な政策があることは明らかである。政府は、憲法25条の理念に基づく運用がなされていないことを明確に断罪した本判決を真摯に受け止め、直ちにこれを受け入れて本件改定を見直すべきである。さらに、抜本的に生活保護に対する態度を改め、全ての人々に「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されるべく、基準引き上げも含め、その充実を図るべきである。
4 したがって、自由法曹団は、「健康で文化的な最低限度の生活」を送る権利(生存権)を保障する憲法25条及び同条の理念に基づき「全ての国民に対し……最低限度の生活を保障する」ことを目的とする生活保護法の趣旨にかなう本判決を歓迎するとともに、政府に対し、本判決を受け入れ、本件改定の誤りを認めた上で直ちにこれを見直すこと、そして、削減ばかりを目指す生活保護行政の運用も抜本的に見直し、憲法25条の理念に基づき全ての人々に健康で文化的な最低限度の生活が保障されるよう、基準引き上げも含めて真摯に生活保護制度の運用を行うことを強く求める。
以上