2023年3月6日、「生活保護世帯における大学、短期大学及び専修学校等への進学に関する 生活保護行政の抜本的改善を求める声明」を発表しました

カテゴリ:声明,貧困・社会保障

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生活保護世帯における大学、短期大学及び専修学校等への進学に関する
生活保護行政の抜本的改善を求める声明

 

1 厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会の生活困窮者自立支援及び生活保護部会(以下「部会」という)は、2022年12月20日、「生活困窮者自立支援制度及び生活保護制度の見直しに関するこれまでの議論の整理(中間まとめ)」を発表した(以下「中間まとめ」という)。

2 今般、生活保護世帯の子どもが大学、短期大学、専修学校(以下「大学等」という)に進学するに際して、生活保護を受給しながら就学することができない点が社会問題となっており、複数のマスメディアで取り上げられている(2022年10月21日付毎日新聞政治プレミア記事、同年12月2日NHK WEB特集、同月5日付・同月20日付朝日新聞デジタル記事等)。
 すなわち、現行の生活保護制度においては、生活保護世帯の子どもが生活保護を受給したまま(生活保護世帯の世帯員として保護費の算定に算入された状態で)大学等に進学すること(積極的な就学保障)は認められておらず、当該子どもが「世帯分離」(生活保護の世帯員から外れ、保護費の算定に算入されなくなること)をして、自らの就学や生活にかかる費用は子ども自らが支弁しながら就学をするということ(消極的な就学保障)しか認められていない。
 また、生活保護を受給せずアルバイト等によって就学費用や生活費を確保しながら大学等に進学している学生が体調不良等によって就労不能となり、就学費用・生活費等が確保できず親族の扶養が期待できない場合であっても、休学又は退学をしない限り、生活保護を受給することはできない。

3 このような状況のもと、2022年10月3日、就学中の孫の就労収入の増加を理由になされた世帯分離解除に伴い、保護廃止処分がなされたという事件について、熊本地方裁判所民事第3部(中辻雄一朗裁判長)は、生活保護廃止処分が違法であるとして当該処分の取消しを命じる判決を言い渡した(以下「熊本地裁判決」という)。
 当該事案は、原告の孫が世帯分離をしたうえで看護学校に進学し、通学しながら就学や生活等の費用のためにアルバイトをしていたところ、福祉事務所が孫のアルバイト収入の増加をとらえて世帯分離を解除し、孫を世帯に編入した上で、「世帯の収入が最低生活費を上回るため」との理由で原告世帯の生活保護を廃止したというものである。熊本地裁判決において、裁判所は、「世帯分離を継続することが孫及び原告夫婦の経済的な自立に資する状況にあったことは明らか」とし、「処分行政庁の担当者は、(中略)経済的な自立助長に効果的である状況が継続しているかという視点に欠けるところがあったというべき」、「世帯分離解除により孫が自らの収入で原告夫婦の扶養を強制されるような事態を招くことは相当でないということもできる」と指摘している。
 熊本地裁判決は、進学しながらの生活保護受給を認めないという現行の制度における消極的な就学保障に関する事案についてのものであるが、当該事案は、現行の制度において、消極的な就学保障すらも行政によって脅かされる可能性があることを示している。

4 一方で、今回の中間まとめにおいては、生活保護世帯における大学等への進学について、「生活保護世帯も含め、生活に困窮する世帯の全ての子どもが、本人の希望を踏まえた選択に基づいて大学等への進学について意欲を持ち、その希望ができるだけ叶うよう支援することは重要である。これは、貧困の連鎖を断ち切り、子どもの自立を助長することにもつながるものである。」と評価している。
 しかし、「一般世帯にも奨学金やアルバイト等で学費・生活費を賄っている学生もいる中、一般世帯との均衡を考慮する必要があること、仮に認めた場合に相当数の大学生等が保護の対象となる可能性があること、我が国において新規高卒者は今日においても重要な労働力であり続けており、高校卒業後直ちに就労することも肯定的に捉えて考えるべきであること等を踏まえ、慎重に検討する必要がある。」などとして、生活保護を受給しながら大学等に進学することについて消極的な姿勢を改めて確認している。

5 中間まとめにおいても述べられている通り、日本における全世帯平均の大学等への進学率は83.8%(過年度生を除くと75.2%)となっている。日本においては、多くの子どもが大学等へ進学しているのであって、生活保護世帯の子どもが、世帯の生活困窮のゆえに大学等への進学を断念しなくてもよいようにする施策こそが求められている。そもそも、熊本地裁判決の事案においても示されている通り、世帯分離をして大学等に進学している子どもの多くは、就学費用や生活費をアルバイトや貸与型を含む奨学金で賄うことを余儀なくされているのであって、現行の就学保障によって、一般世帯との均衡を失する状況が生じているわけではない。
 また、大学等に進学することは、子どもの稼働能力を高めることにもつながり得るから、長期的な観点からみれば、子どもの生活自立を支援し貧困の連鎖を断ち切ることにつながるし、生活保護世帯が稼働能力を活用していないということにもならない。
 さらに、子どもの貧困対策の推進に関する法律第1条は、「子どもの現在及び将来がその生まれ育った環境によって左右されることのないよう、全ての子どもが心身ともに健やかに育成され、及びその教育の機会均等が保障され、子ども一人一人が夢や希望を持つことができるようにする」という目的を掲げており、この点からも、積極的な就学保障が求められている。

6 このように、生活保護世帯の子どもの現状や日本における現在の大学等への進学率等からすれば、子どもの消極的な就学保障が脅かされてはならないことはもとより、積極的な就学保障を政府が主導して行うべきである。これらの点は、日本弁護士連合会等の団体による声明等においても指摘されている。
 今般の中間まとめにおける生活保護世帯の大学等進学に関する記述は、こうした生活保護世帯の実情や当事者及び支援者の声に背を向けるものである。

7 さらに、熊本県が2022年10月17日付で熊本地裁判決に対して控訴しているところ、蒲島郁夫熊本県知事は、控訴に際した記者会見において、「努力して貧困から脱却しようとする県民を支援する立場から控訴を回避する道を探ったが、国の判断には応じざるを得ず、断腸の思いで控訴した」旨発言しており、熊本地裁判決で不合理と指摘された生活保護廃止や世帯分離についての考え方を国が改めようとしない姿勢が問題であることが示されている。
 また、同知事は、会見において「担当者からはお孫さんの就学が継続できるよう、必要な経費もしっかり確認し、世帯が自立できると判断したうえで生活保護を廃止したと聞いています。」と述べているが、熊本県は、熊本地裁における審理において、原告の孫の就学に関する必要経費の確認をしたことについての証拠提出も担当職員の人証申請も行っていない。熊本地裁判決が指摘するように、県の担当者は、原告らの経済的自立の助長に関する視点を欠いていたものと言わざるを得ない。

8 自由法曹団は、厚生労働省と熊本県に対して、熊本地裁判決についての控訴を直ちに取り下げ同判決を受け入れることを求める。
 そのこととあわせて、厚生労働省に対し、現行制度下においても世帯分離についての不合理な制限をしないこと及び生活保護世帯の子どもが世帯分離をしないで大学等へ進学することを認め、当該子どもの奨学金やアルバイト等の収入を収入認定しないことをはじめとする積極的な就学保障にかかる措置を一刻も早く行うことを求める。

 

2023年3月6日

                  自由法曹団 団長 岩田研二郎

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