2023年9月29日、「インボイス制度の実施に反対し、直ちに中止を求める共同声明」を発表しました
インボイス制度の実施に反対し、直ちに中止を求める共同声明
2023年9月29日
青年法律家協会弁護士学者合同部会
自 由 法 曹 団
第1 はじめに~インボイス制度とは~
2023年10月1日から、消費税の仕入税額控除の方式として、「インボイス制度」が導入されることとなっている。
従前、消費税法9条1項では「事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が千万円以下である者については、第五条第一項の規定にかかわらず、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき、消費税を納める義務を免除する。ただし、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」として、小規模事業者に関する納税義務の免除が定められていた。しかし、2016年の消費税法の改正により「インボイス制度」が創設され、適格請求書発行事業者に登録した場合は当該特例を受けることができないとされた。
インボイス制度とは「適格請求書保存方式」のことをいい、課税事業者は、所定の記載要件を満たした請求書である「適格請求書(インボイス)」による請求書の交付を受けなければ、消費税の仕入額控除(事業者が消費税の納付税額を算出する際、売上の消費税から仕入や経費の支払等のために支払った消費税を差し引くこと)を受けられなくなる。そのため、課税事業者は取引先にインボイスの発行を求め、課税事業者と取引をする個々の事業者は、課税事業者が仕入控除を受けられるようにするため、適格請求書発行事業者の登録をすることを余儀なくされ、適格請求書発行事業者への登録を選択すれば、免税事業者だった者も課税事業者となる。そして、もし免税事業者のままでいれば、仕入れ税額控除ができなくなる取引先企業から、取引の中止や値下げ等を申し渡され、仕事や生活の糧を失ったり、減収の苦境に陥るおそれがある。
当該インボイス制度は、税法の理念に反し、かつ多くのフリーランス・事業者らに多大な負担をもたらすものであるから、我々、青年法律家協会弁護士学者合同部会および自由法曹団は、当該制度の実施を直ちに中止することを求める。
第2 税法の理念に反するものであること
1 消費税の導入が定められた税制改革法10条2項において「消費税は、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税し、経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式によるものとし、その税率は、百分の三とする。この場合において、その仕組みについては、我が国における取引慣行及び納税者の事務負担に極力配慮したものとする。」とし、「課税の累積排除」、すなわち仕入控除をすべきであることを定めている。
2 当該規定は、要件を満たす限り仕入税額控除をしなければならない、と定めるものに他ならず、仕入税額控除が否認されるのは、①仕入税額を証明する帳簿や請求書の不存在またはその内容が信頼性を欠く場合、②課税仕入額が推測できない場合、③仕入が架空である場合、という極めて例外的な場合に限られ「適格請求書(インボイス)」の存在は必須とはされていない。
インボイス制度では、登録番号の記載されたインボイスと帳簿の保存が仕入税額控除の要件とされているが、税制改革法は、租税制度における憲法に準ずる基本法としての位置づけがなされており、仕入税額控除は、消費税の累積という不利益を回避するための中小企業等の事業主の権利として同法に定められたものである。消費税法において仕入税額控除の要件として、2016年改正でインボイスを中小企業等にも強制したことは、付加価値税たる消費税の本質を損なうものであったと言わざるを得ない。
3 また、事業者間で取引の実態が存在しているにもかかわらず、インボイスの保存がなされていない場合、事業者は消費税の累積課税を余儀なくされることとなる。取引の実態と消費税の累積課税という事実が存在するにもかかわらず、仕入れ先が適格請求書発行事業者でないこと又はインボイスの保存がされていないことのみをもって仕入税額控除を否定することは、事業者間の取引慣行・取引実態にそぐわないものであり、税制改革法10条等の趣旨に反するものである。インボイスの発行と仕入れ控除の可否を結び付けることによって、事実上インボイス制度への登録を強制することは、取引慣行に対する公権力による不当な介入と言わざるを得ない。
第3 事業者に対する重大な増税となること
1 消費税は、所得の多寡によらず国民に一律の税負担を強いることから、導入時点においても大きな反対があり、税収を社会保障に用いるとしたうえで消費税法が成立したものの、零細事業者に対する影響が重大なものとなることから、消費税の取り扱いについては、年間の課税売上高が3000万円以下の事業者であれば、消費税の納税義務が免除されることとされた(現在は1000万円以下の事業者へと改悪され、税負担が引き上げられている。)。当該免除は税負担率(所得に対する消費税額の比率)が、高所得者よりも低所得者の方が高くなるという、いわゆる逆進性の問題を踏まえた、格差是正のための措置に他ならない。
2 インボイス制度の実施により、適格請求書発行事業者となった場合、売上高が1000万円以下であっても消費税の申告及び納税義務が生じることとなる。消費税の仕入控除を受けたい課税事業者は、インボイスを発行できる事業者との取引を望むと考えられる。そうすると、本来は消費税の課税が免除されるべき零細事業者も、取引関係を維持するために消費税の支払が免除されない適格請求書発行事業者にならざるを得ない(もしくは消費税相当額の値引きを強いられる)。したがって、インボイス制度は零細事業者にインボイス発行の事務負担を負わせ、かつ事実上の増税をもたらすものであり、納税に対応出来ない事業者は廃業の危機に追いやられることとなる。
3 インボイス制度による影響を受ける業種は、建設業の一人親方、独立系SE、フリーライター、個人タクシーの運転手、フードデリバリーの配達員、漫画家、声優、アニメーター等々、幅広いフリーランス・個人事業主に及び、その中には低所得でやりくりをしてきた者も多いことから、複数の事業者団体が反対の声明を上げる状況にある。
また、その影響は、売上高が1000万円以上の既に納税を行っている課税事業者にとっても無縁のものではなくインボイス未登録の取引相手がいる場合には仕入れ控除を受けられないことによる税負担増、さらには煩雑な事務負担も増加(インボイス制度導入による税収の増額が2500億円に対し、インボイスに対応するために企業・個人事業主が負担するコストは年間4兆円に上るとの試算もある。)することにより、インボイス制度の導入により2~3割の事業者が廃業を検討しているとされる。
2023年4月28日には「特定受託事業者に係る取引の適性化等に関する法律」(いわゆるフリーランス新法)が可決・成立し、不安定な地位に置かれたフリーランスの地位改善が目指されている。新型コロナ禍や円安、物価の高騰など生活への課題が山積する現状において、フリーランス・事業主へのさらなる増税を行い、夢を持って希望する職業に取り組む機会を奪うインボイス制度は、これらに逆行するものであり、ひいては、健康で文化的な最低限度の生活を保障した日本国憲法25条の精神にも大きく反すると言わざるを得ない。
さらに、未登録の個人事業主に従前どおりの取引を継続する旨を宣言する大企業も散見されるが、これはインボイス制度の不利益を同社が引き受ける、ということに他ならず、本来政治が責任を負うべき制度の問題点を、民間同士が負担し合う状況は、極めて問題であると言わざるを得ない。
第4 重大なプライバシー侵害を伴うものであること
さらに、インボイスの提供を受けた事業者が、取引の相手方が適格請求書発行事業者であるかを照合するため、登録された情報が国税庁のホームページで公開されることとなっている。
個人事業主の場合には、氏名、登録番号、登録年月日等が公表の対象とされており、屋号(ペンネーム等)及び主たる事務所の所在地の公表は任意とされているが、屋号で活動し請求書を発行している場合には、照合することは不可能となるため、屋号及び事業所所在地の登録が必要となることも想定されるし、そうでなくても、適格請求書に記載された登録番号で検索すればペンネームで活動している個人事業主であっても本名が知られることになる。
加えて、データの一括ダウンロードが可能であり、商業利用も可能とされていることから、膨大な個人情報が、インボイス制度に関係のないところまで流出する危険もあり、そういった情報流出を恐れて登録が出来ず、廃業に追い込まれる可能性や、さらには芸能関係者に対するストーカー行為の誘発も懸念される。インボイス制度は、重大なプライバシー侵害を伴うものであり、個人事業主の事業継続を困難にさせるものと言わざるを得ない。
第5 結語
インボイス制度の仕組は複雑であり、理解が追いついていない事業者も多く、個人事業主のうち免税事業者の登録割合は2023年6月末時点で15%以下という低水準にとどまっているとされ、現状のままインボイス制度に移行することは、事務負担を含め、事業者(とりわけ事業規模の小さなフリーランス・個人事業主)の経営に大きな混乱をもたらすことは自明である。
免税事業者制度は、小規模事業者の事務負担を軽減するために消費税の納税を免除し、所得税の基礎控除などと同様に税負担の実質的な公平に資するものであり、それを廃止し、さらなる増税を強いる合理的理由は何ら存在しない。
インボイス制度は、税制改革法で保障された仕入税額控除の権利を不当に侵害する許されざるものであるとともに、国民の大半を占めるフリーランス・個人事業主へのさらなる負担やプライバシー侵害を押し付ける「弱い者いじめ」にほかならず、直ちに中止・廃止されるべきものである。
以上