2024年5月31日、「国の指示権を拡大する地方自治法改正案の衆議院可決に抗議し、 同法案の廃案に向けて参議院における徹底審議を求める声明」を発表しました
国の指示権を拡大する地方自治法改正案の衆議院可決に抗議し、
同法案の廃案に向けて参議院における徹底審議を求める声明
本年5月30日、衆議院本会議にて、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態等に国が地方自治体に対して必要な指示ができる仕組みを盛り込んだ地方自治法の一部を改正する法律案が可決された。
自由法曹団は、本年3月11日声明を発出し、本改正案は地方自治の本旨に反するものであること、国の自治体に対する統制が強まる恐れがあること、緊急事態条項創設の憲法改正の先取りとなることを理由に、本改正案に反対する意見を表明した。しかし以下のとおり、衆議院における審議を経てもなお、これらの重大な問題点は置き去りにされたままである。
(1)やはり立法事実はない。
国の自治体に対する関与は、個別法、すなわち災害対策基本法等のいわゆる危機管理法制において個別に規定されており、必要に応じて法改正が重ねられている。これら個別法に重ねる形で地方自治法において指示権を規定する理由について、政府は、「個別法が想定しない事態」が発生する場合に備え、同事態発生時の「国の責任を明確にする」趣旨であると説明する。
しかし、個別法が想定しない事態とは何かについて政府は抽象論を繰り返すのみである。また仮に「個別法が想定しない事態」なるものがあったとしても、国の指示権行使が認められれば同事態に適切に対処できることの論証も一切ない。
本法案が規定する国の指示権は、国の地方に対する強力な関与を認め、自治体の自主性・自立性を否定する弊害をもつ[YT1] 制度である。立法事実すら提示できないまま本改正案が成立することは許されるべきではない。
(2)地方分権改革で確認された国と地方の「対等・協力」の関係を壊す法改正である。
本改正案第252条の26の5が規定する自治体に対する国の指示権は、自治体が行う法定受託事務・自治事務の区分を問わず認められる包括的な指示権である。政府は、これを地方自治法上の「特例」として設けることで、地方分権改革において確認された国と地方における「対等・協力」の関係性の原則は維持されると説明する。しかし、同指示権を行使できる局面は「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合」と規定され、その適用場面は極めて広範かつ無限定であって、国の指示権は、特別の場合に限って例外的に適用されるものということはできない。実際には国の自治体への一般的・包括的な関与を認めるに等しいものであって国と地方の対等の関係を否定する制度であることは明らかである。
政府が、衆議院における審議において国の指示権は「特例」として規定するものであるから国と地方の「対等・協力」の原則は維持されるとの詭弁を弄していることは許されるものではなく、参議院においてもこの点は徹底的な追及がなされるべきである。
(3)政府による濫用を防ぐことができない。
本改正案第252条の26の5は、同規定による指示権は「他の法律の規定に基づき・・・必要な指示をすることができる場合を除き」行使可能と規定する。これに関して政府は、「個別法が想定しない事態において適用」するものと説明をする。しかし、各個別法が指示権の規定を設けるにあたっていかなる事態を想定していたかということを一義的に判断することは困難である。
すると、国の関与は必要最小限度であるべきとの趣旨から個別法が指示権の行使を禁じている局面においても、政府が「個別法が想定しない事態である」と都合よく解釈することによって、個別法による制限をもやすやすと乗り越え、自治体に対する指示権を行使して、自治体を国の方針に従わせることが可能となる。
本改正案の修正案は、政府が指示権を行使した場合に国会への事後的な報告を義務づけることによって濫用を防ぐとするが、そのような弱い措置で濫用的行使を防ぐことなど不可能である。
本規定は、対処すべき局面を敢えて具体化せず、客観的に定義付けできない抽象的な文言を用いるため、小手先の修正では、政府による濫用的・恣意的指示権の行使を防ぐことはできない。法律による行政、ひいては法治主義にも反する本法案は廃案とするよりほかない。
(4)有事法制との適用関係も依然として不明確である。
武力攻撃事態等における本法案の適用について、政府は、武力攻撃事態等への対応についてはいわゆる事態対処法制において必要な規定が設けられているため、本改正案に基づく関与を行使することは考えていないと答弁する。
しかし、そうであればかかる法の適用関係は法文に明記されるべきである。また、事態対処法制においては「個別法が想定しない事態」は観念できないとしつつ、新型インフルエンザ特措法等のその他の危機管理法制では「個別法が想定しない事態」がありうるということになる区別を設けることも理解不能である。
以上のとおり、本改正案には根本的かつ重大な問題点が山積している。本改正案に対しては、法案提出当時から慎重審議を求める意見や懸念の声が地方各地から出されていた。加えて、衆議院による審議の過程では、指示権拡大の必要性が不明であるにも関わらず、国の関与を強化する方向で改正されようとしていることが明らかになり、地方からの懸念の声はさらなる広まりをみせている。
参議院においては、かかる地方からの懸念・不安に正面から取り組むと共に、法案の廃案に向けて徹底的な審議がなされることを求めるものである。
2024年5月31日
自 由 法 曹 団
団長 岩田研二郎