2024年6月24日、厚生労働省「労働基準関係法制研究会」において労働者の権利保護に資する議論を求める声明を発表しました

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厚生労働省「労働基準関係法制研究会」において労働者の権利保護に資する議論を求める声明

 

1 はじめに 
 現在、厚生労働省が設置した「労働基準関係法制研究会」(以下単に「本研究会」という。)において、労働基準関係法制についての検討が行われている。
 本研究会においては、「今後の労働基準関係法制について、包括的かつ中長期的な検討を行うとともに、働き方改革関連法(附則)第12条に基づく労働基準法等の見直しについて具体的な検討を行うこと」を目的として議論が進められている[i]。
 自由法曹団は、本研究会における議論状況及び議論の方向性について、以下の通り意見を述べる。なお、現時点では、本研究会の議論状況に関する総論に言及した上で、2024年4月23日時点での「労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理」[ii]においてまとめられている、①労働時間法制、②労働基準法の「事業」、③労働基準法の「労働者」、④労使コミュニケーションの4つの論点に関し、特に必要と考える点について意見を述べる。

2 総論
(1)上記の通り、本研究会は、労働基準関係法制についての中長期的な検討および、いわゆる働き方改革関連法附則第12条に基づく同法施行から5年経過時における同法の施行状況や労働時間の動向等に関する検討を目的としている。
 そして、中長期的な課題については、時間をかけて慎重な審議が行われるべきであるが、現在のところ本研究会では、中長期的な課題と附則第12条に基づく期限のある課題とが同時並行で議論されている。  
 本研究会ではまずもって、附則第12条に基づく検討を切り分けて進めるべきであり、その上で、36協定による1日最長8時間・1週最長40時間の例外の運用状況を確認し、さらなる規制の必要性について時間をかけて積極的に検討をするべきである。
 自由法曹団は、附則第12条に基づく期限のある課題の検討に引きずられて、労働基準関係法制に関する中長期的な課題に関して拙速な議論が行われることを危惧するものである。
(2)加えて、本研究会は、2024年1月23日に第1回会議が開催されているところ、同年1月16日に一般社団法人日本経済団体連合会が公表した「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」において、労働組合や過半数代表者の同意を根拠とする労働基準法による規制に対する例外(いわゆるデロゲーション)の範囲拡大が要望されていることに呼応するかのように、デロゲーションの範囲拡大の可能性が議論されている。
 しかし、改めて言うまでもなく、労働基準法制についての検討を行うに当たっては、労働者が使用者に経済的・組織的に従属せざるを得ない状況にあること及び労働基準法制がそうした労使の力関係を前提として全国一律での最低基準を定めていることが常に意識されなければならない。安易なデロゲーションの拡大により、法による全国一律の最低基準の労働者保護が後退することは絶対にあってはならない。
(3)また、本研究会は「これまでの議論の整理」を公表しているが、労働基準行政における人手不足についての言及と検討が不足していると言わざるを得ない。具体的には、国際労働機関(ILO)では、先進国における労働基準監督官数の合理的な基準として、監督官1人当たりの労働者数を最大で1万人としているところ、日本では雇用者1万人当たりの労働基準監督官数は0.62人(2016年時点)であり、アメリカに次いで低い水準となっている[iii]。
 「いかに時代が変わり、働き方が変化しても、労働基準監督署は労働者の保護の担い手」なのであり[iv]、労働基準関係法制についての中長期的課題を議論するのであれば、労働基準行政における人手不足について語ること抜きに議論を進めることはできない。本研究会発足に先立って公表された「新しい時代の働き方に関する研究会 報告書」においても、労働基準監督官の不足や、監督官が対応すべき事案の複雑化について言及されている[v]のであるから、本研究会においても、(民間委託によらない形での)労働基準監督官の増員を積極的に議論するべきである。

3 労働時間法制について
(1)労働時間法制に関し、本研究会では、「法定労働時間や労働時間の上限規制の意義は、過労死防止や健康確保に限られているのか、仕事と生活の両立も入るのか、検討すべきという意見があった。」とされている。
 この点、過去に厚生労働省が公表した「所定外労働削減要綱」(平成13年)は、「所定外労働時間削減の意義」として、「創造的自由時間の確保」「家庭生活の充実」「社会参加の促進」「健康と創造性の確保」「勤労者の働きやすい職場環境づくり」の5つを挙げている。同要綱が指摘する通り、長時間労働の是正は、健康確保や家庭生活の充実に留まらず、個人の自己実現・自己啓発や社会参加活性化を促進するという重要な意義を有する。
 換言すれば、長時間労働の是正、労働時間の上限規制は(罰則を含む法による規制であることを考慮しても)、労働者の健康確保に留まらず、生活の充実や国家の民主的基盤涵養という意義をも有するのであり、本研究会においてもこのことが重視されなければならない。
(2)労働時間の上限規制については、「時間外労働の上限を36協定の原則である月45時間、年360時間に近づけていけるよう努めていくべきであり、目標を見据えて定期的に見直しの議論をすべき」との意見が紹介されているところ、上記の労働時間規制の意義からすれば、原則に近づけるにとどまらず、さらなる上限引下げについても積極的な議論がされるべきである。また、あくまで労働基準法は、1日8時間、週40時間以内の労働を原則としており、36協定に基づく労働時間の上限延長は法の規制を緩める例外であることを見据えて議論されなければならない。
(3)裁量労働制については、拡大を行うべきでなく、自由法曹団が2022年12月28日付声明で述べたとおり、少なくとも、いわゆるM&Aアドバイザーの業務については、専門業務型裁量労働制の対象から外すべきである。高度プロフェッショナル制度についても、導入時に自由法曹団として反対の意見を出していたところであるが、廃止に向けた議論がなされるべきである。
(4)現在、勤務間インターバルについては法制化がされていないが、その導入に向けて積極的な議論がされるべきである。

4 労働基準法の「労働者」について 
 労働基準法の「労働者」概念については、社会状況・働き方の変化や技術の進歩を踏まえて、適用範囲を拡大する方向で議論がされるべきである。
 また、個人による役務提供型の契約類型については、原則として労働者性が認められるべきであって、委託者がそれを否定するのであれば、その立証責任を委託者側に負わせる(労働者性の推定)制度の創設について積極的な議論がされるべきである。
 いわゆるフリーランスとしての働き方については、「労働者」に含める範囲を拡大する方向にせよ、「労働者」に近い新たな保護類型を創設するにせよ、場面ごと論点ごとに検討するにせよ、早急に労働者としての実質的な保護を広げる方向での議論が必要であり、現状の「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」による保護にとどめるべきではない。

5 労働基準法の「事業」について 
 監督行政の適用単位となる「事業場」単位に関して、本研究会においては、企業単位化に関する意見が出ているが、現実の労働基準行政が各現場の事業場を単位として動いていることや、労働組合の活動も事業場単位で行われることが少なくないこと等からすれば、現在の「事業場」単位を堅持するべきである。

6 労使コミュニケーションについて 
 労働組合の活性化をはじめとして、個々の労働者単独では届けづらい労働者の意見や要望が使用者に届きやすくする方法を模索することは重要である。他方で、上記のように労働基準監督行政が事業場単位でなされることからすれば、労使協議の単位もあくまで事業場単位でなされるべきである。
 また、本研究会では前述したとおりデロゲーションについて検討されているが、労働基準法が最低限の労働基準を定めている(労働基準法1条1項及び2項)ことからすれば、デロゲーションの拡大は絶対に認めるべきでない。繰り返しとなるが、労働者は使用者に経済的・組織的に従属せざるを得ない状況にあり、労働基準法制はそうした労使の力関係を前提として全国一律での最低基準を定めているのである。いかに法的な担保を置いたとしても、そのような労使の力関係からすれば、労働者の真意に反して労働条件の切り下げが行われてしまう例が発生することは明らかであり、自由法曹団は、デロゲーションの範囲拡大に断固として反対する。
 加えて、「法令上、過半数代表者の権利義務に関する規定はなく、労働者にとって任務・意義・メリットが不明瞭であり、また、労働者の集団としての意見集約過程も定まっておらず、自発的な選出に結びつかない」(「これまでの議論の整理」19頁)との指摘がされているとおり、現在の過半数代表者は使用者の意向に基づいた形式的な選出がされることが少なくない。それどころか現状では、過半数代表者の選出にあたって適切な手続すらされていない事例があり、この点は、労働事件の現場に携わる弁護士が共有している問題意識である。したがって、まずはこれらの点を改善するための議論がなされるべきである。

7 まとめ 
 以上、指摘した問題点を踏まえ、自由法曹団は、本研究会において、労働者の権利保護に資する議論が積極的に行われることを求める。

 

2024年6月24日

 

自 由 法 曹 団
団 長 岩田研二郎

[i] 研究会第1回議事録・労働条件政策課長発言
[ii] 研究会第6回資料
[iii] 第1回労働基準監督業務の民間活用タスクフォース資料
[iv] 池山聖子(2021)「労働基準監督行政の現状と課題―労働基準監督署の視点から」日本労働研究雑誌34頁
[v] 「新しい時代の働き方に関する研究会 報告書」21頁

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