2025年3月21日、「乳腺外科医師えん罪事件の東京高裁における控訴棄却判決を歓迎するとともに 上告の断念を求める声明」を発表しました

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乳腺外科医師えん罪事件の東京高裁における控訴棄却判決を歓迎するとともに上告の断念を求める声明

 

 2025年3月12日、東京高等裁判所第8刑事部(齊藤啓昭裁判長)は、乳腺外科医師えん罪事件について検察からなされた控訴を棄却し、最高裁判所から差し戻される前の第一審・東京地方裁判所の無罪判決を維持する判決(以下、「本判決」という。)を出した。
 本件は、2016年5月、東京都足立区の柳原病院で右胸から乳腺腫瘍を摘出する手術を執刀した外科医師が、女性患者から、「術後に左胸を舐めるなどのわいせつ行為をされた」と訴えられた事案である。
 本件は、手術当日午後3時過ぎ、4人部屋の中で隣のベッドも含め医師、看護師が頻繁に出入りし、遮蔽のカーテンも薄くて上下も開いていたこと、被告人医師は身長も低く、高い位置に設定されたベッドに横たわる患者にわいせつ行為をすること自体も物理的に無理であることなど、犯行を否定する数々の状況があった。捜査機関は、客観的状況からも犯行がほとんど不可能であること、また、手術後の麻酔によるせん妄・幻覚の可能性も十分認識していたにも拘わらず、医師を起訴して裁判を追行し、再現性が乏しいDNA定量鑑定をもって医師が患者の乳頭を舐めたと強弁し続けた。「鑑定」にあたった科捜研は、DNA抽出液、定量データを破棄し、検査記録には少なくとも9カ所の書き換えがあった。捜査は科学とは程遠く、特定の医療機関を標的にした意図さえも疑わざるを得ない。
 第一審・東京地方裁判所は、2019年2月、女性患者の訴えは、麻酔覚醒時のせん妄の可能性が十分にあり、検察が提出したDNA定量検査及びアミラーゼ鑑定についても女性供述の信用性を補強する証明力が十分ではないとして、無罪判決を言い渡した。しかし、差戻し前の控訴審・東京高等裁判所は、DSM-5などの国際的な診断基準に基づいた専門家証言を退け、自ら「せん妄の専門家ではない」と述べた検察側証人の医師の証言の信用性を認めてこれを採用し、女性患者の被害証言はせん妄ではなく信用できるとし、また、DNA定量検査についても「検査結果を検証できないからといってその信用性がただちに損なわれることにはならない」などと補強証拠としての信用性を認め、有罪判決を言い渡した。
 その後、最高裁判所にて、せん妄に関する検察側証人の見解が「医学的に一般的なものではないことが相当程度うかがわれる」としてその信用性を否定したうえで東京高裁判決を破棄し、審理を尽くすために高裁に差し戻した。
 本判決は以上の経緯を受けたものであるが、女性患者の証言について「麻酔覚醒時にせん妄状態に陥り、性的幻覚をみた可能性を排斥することはできないというべき」として信用性を否定し、また、DNA定量検査について「唾液の飛沫に含まれた口腔内細胞の有無が影響した可能性が否定」できず、女性患者供述の信用性を補強するものではないことから、検察の控訴を棄却し無罪を維持したものであり、本判決の内容は高く評価できるものである。
 もっとも、本件は逮捕・起訴されてから本判決に至るまで、およそ9年間もの年月が経過していることを看過することはできず、この間、筆舌に尽くしがたい辛苦を強いられた外科医師を1日も早く刑事手続から解放すべきである。また、日常的に人体との接触が避けられない医師にいわれのない萎縮を生じさせず、医療行為を安心して行えるようにするためにも直ちに無罪判決を確定させる必要がある。
 また、上告審は法律審であり、原審の事実認定が覆るのは、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある時であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合に限られる。今回の高裁判決に、重大な事実誤認などないことが明らかであり、また、原判決を維持することこそが正義に合致しているのであるから、最高裁に上告する理由があるとはおよそ考えられない。
 自由法曹団は、本判決を歓迎するとともに外科医師とそのご家族、支援者の方々、弁護団の奮闘に心より敬意を表するものであり、また、これ以上無意味な時間を外科医師に費やさせないために、東京高検に対しては上告の断念を強く求めるものである。

 

            2025年3月21日
自  由  法  曹  団
団 長  岩田 研二郎

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