2023年5月22日、袴田事件再審開始決定確定を受けて、全てのえん罪被害者の救済のために死刑廃止・ 再審制度の抜本的改革を求めるとともに、一刻も早い袴田事件再審無罪確定を求める 決議
袴田事件再審開始決定確定を受けて、全てのえん罪被害者の救済のために死刑廃止・再審制度の抜本的改革を求めるとともに、一刻も早い袴田事件再審無罪確定を求める決議
1 2023年3月、いわゆる袴田事件の再審開始決定が確定した。免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件に続く、5件目の死刑確定事件における再審開始決定確定である。この決定によって、改めて、死刑という取り返しのつかない刑罰を科す判断でさえ、誤判えん罪が存在しうること、つまり、無実の人の命を死刑によって奪う危険があるという現実が明らかとなった。
2 袴田事件再審開始決定では、検察側が犯人性の有罪の証拠として提出し、確定判決が犯人性の中心的な証拠として挙げた5点の衣類について、再審請求弁護団提出の味噌漬け実験報告書等に照らして、同衣類が犯行着衣であり、袴田さんが犯人であるとした確定判決に合理的な疑いが生じると判示されている。さらに同決定は、同衣類が、事件から相当期間経過した後に第三者が隠匿し味噌漬けにしたものである可能性が否定できないとし、その第三者には「捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。」とまで言及するに至っており、もはや有罪立証は客観的に不可能と言ってよい。それにもかかわらず、検察は再審公判の進行協議において、未だに有罪立証を断念することを方針とせず、7月10日の進行協議期日まで方針を留保するという対応をとっているが、すでに逮捕からおよそ56年9か月が経過しており、袴田さんの人生の大半が冤罪による被害を受けてしまっているのであり、一刻も早く再審無罪の確定をはかるべきである。
3 袴田事件再審開始決定確定によって、改めて死刑制度廃止の必要性が強く確認された。自由法曹団100周年・東京総会における「死刑制度の廃止を求める決議」の通り、死刑制度が日本国憲法が最大限保障する「人の尊厳」を害するものであることは言うまでもない。さらに、今回、袴田事件において、改めて明らかになった通り、無実の人間が死刑の危険にさらされたという“現実”が存在する。このことを考えれば、誤判えん罪による死刑執行が、抽象的な可能性ではなく具体的な事象として存在することがもう十分に実証されていると言える。もちろん、刑罰はその種類を問わず、被告人に不可逆的な不利益をもたらすが、命を奪うということはその中でも質的に異なるものであり、それを社会制度として存置すること自体許される段階ではない。死刑が執行されてしまえば、いかなる意味においてもえん罪被害者の救済は不可能となる。速やかに死刑を廃止すべきである。そして、無実の人に対する死刑判決という“現実”が明らかになっている以上、死刑廃止に至る法改正までの間、死刑執行を即座に停止すべきである。
4 また、今回確定した袴田事件再審開始決定は、改めて、現行再審制度の問題性を浮き彫りにした。
(1)一つ目は再審請求手続長期化の問題である。袴田事件においては、2014年には静岡地裁において再審開始決定がなされている。ところが、検察官による不服申立が行われたことにより、その後、再審開始決定確定までに約9年間の時間を費やすこととなった。今後、さらに、再審公判が待ち構えており、最終的なえん罪被害の救済までにはまだ時間がかかる。袴田巌さんも長きにわたる再審請求審を闘う中で、すでに87歳となり、他の再審請求事件においても当事者の高齢化や死亡が相次ぎ、手続の長期化は再審請求事件全体との関係でも深刻な問題である。
そもそも、再審法の目的は、えん罪被害者の救済であり、その手段たる再審請求手続が長期化するあまり、当事者が高齢化・死亡してしまっては本来の意味をなさない。また、再審請求審は、あくまでも再審手続開始の可否を判断する手続的判断にすぎず、実質的な中身の議論は、公判廷における再審公判においてなされるべきであり、再審請求審自体が実質審理に成り代わっている現状は歪であると言わざるを得ない。これらを解消するためには、再審開始決定に対する検察官不服申立を禁止するよりほかない。
(2)二つ目は、再審開始決定の決め手に関わる証拠の隠ぺいである。今回の再審開始決定の決め手となった5点の衣類に付着した血痕の色味についても、同衣類の発見直後のカラー写真ネガフィルム等の重要な証拠が開示されたのは、第二次再審請求の過程である。かかる5点の衣類については再審開始決定において、捜査機関によるねつ造の可能性についても判示されているところであり、仮にこれらが開示されなければ、ねつ造された証拠に基づく死刑判断が維持されかねなかった。
そもそも現行の再審法制においては、手続規定自体がほとんど存在せず、(それ自体不十分なものではあるが)裁判員裁判等の通常審において認められている証拠開示手続すら定められていない。他の再審無罪確定事件においても決定的な証拠が検察により開示された結果、再審開始決定・再審無罪判決への道が開かれた事件は多く、えん罪被害者救済において証拠開示の重要性は明らかである。翻って、証拠開示手続が法定されていないことは、裁判所の担当部などによって証拠開示への姿勢や範囲が大きく異なるという再審格差を生じさせており、刑事手続として公平性を失しすぎている。かかる問題を解消し、確実なえん罪被害者の救済を実現するためにも、証拠の保管、開示手続等について法規制を行い、証拠開示手続が法的な保障のあるものとすべきである。
(3)これらの問題を解決し、えん罪被害者の救済という再審法の目的を実効的なものとするためにも、再審制度の改革は急務である。
5 自由法曹団は、自由法曹団100周年・東京総会における「死刑制度の廃止を求める決議」において死刑廃止を訴えるとともに、愛知・西浦総会「名張毒ぶどう酒事件をはじめとするえん罪被害者救済のため、速やかに再審法の改正を求める決議」や各声明において、再審法の改正を求めてきた。自由法曹団は、袴田事件再審開始決定確定を受けて、改めて、死刑制度の廃止、再審請求審における検察官不服申立禁止、再審請求審における証拠開示手続の法定化を求める。
同時に、自由法曹団は、袴田事件に関し、一刻も早く袴田さんのえん罪がはれるよう、有罪立証の断念と速やかな再審公判実施による早期の袴田事件再審無罪確定が実現することを求める。
2023年5月22日
自 由 法 曹 団
2023年5月福岡研究討論集会