2025年2月25日、「労働基準関係法制研究会報告書の問題点を明らかにし、 労働者の権利保護のための議論を求める意見書」を発表しました

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労働基準関係法制研究会報告書の問題点を明らかにし、
労働者の権利保護のための議論を求める意見書

 

2025年2月25日

自 由 法 曹 団  

 

はじめに
 厚生労働省(以下「厚労省」という)は、2024年1月、「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書を踏まえた、今後の労働基準関係法制の法的論点の整理、及び働き方改革関連法の施行状況を踏まえた、労働基準法等の検討を行う研究会として、労働基準関係法制研究会(以下「労基研」という)を設置した。労基研は、その後16回の研究会を開催し、2025年1月8日付で、「労働基準関係法制研究会報告書」(以下「報告書」という)を取りまとめた。
 労働基準関係法制の中核である労働基準法は、「賃金、就業時間、休息その他の勤務条件に関する基準は、法律でこれを定める」とする憲法27条2項に基づき制定されたものである。憲法27条2項が、かかる勤務条件の法定を国に義務付けた趣旨は、「経済的弱者たる労働者に真の自由はなく、低賃金や過重労働などの不利な条件を強いられてきたという歴史的な経験を踏まえ、労働条件の設定に国が関与し、労働者の立場を保護しようとする」ことにある(野中俊彦ほか「憲法Ⅰ」第5版 525頁)。時代の経過とともに、働き方は多様化しつつあるものの、使用者に対し、労働者が経済的にも、交渉力という点においても、従属・劣後する立場にあることは、現在も何ら変わるものではない。
 報告書においては、概要、①労働基準法の「労働者」について、②労働基準法における「事業」について、③「労使コミュニケーション」の在り方について、及び④労働時間法制の「具体的課題」についての報告がなされているが、とりわけ、「労使コミュニケーション」の部分において、上述した、労働基準関係法制の後退につながる報告がなされるなど、重大な問題点が散見される。
 以下、報告書の問題点等につき具体的に述べたうえで、意見を総括する。

1     労働基準法の解体につながる「法定基準の調整・代替」の拡大を見据えた報告である
(1) 「法定基準の調整・代替」の拡大・一般化を見据えた報告内容である
 報告書は「Ⅰ はじめに」の「3 労働基準関係法制の構造的課題」において、「制定当初の一律の最低労働基準だけでは働き方の多様化等に対応できず、個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて法所定要件の下で法定基準を調整・代替することを可能とするために、1987 年(昭和62 年)の労働基準法の改正以降、様々な制度が取り入れられてきた。一方で、規制の内容が複雑化し、労働者にとっても使用者にとっても分かりづらいものとなってしまっている」ことから、「保護が必要な場面においてはしっかりと労働者を保護することができるよう、原則的な制度を、シンプルかつ実効性のある形で法令において定め、その上で、先述した労働基準関係法制の意義を堅持しつつ、 労使の合意等の一定の手続の下に個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて法定基準の調整・代替を法所定要件の下で可能とすることが、今後の労働基準関係法制の検討に当たっては重要」(下線部は引用者による。以下引用部分において同様)であるとしている。また、同「5 本研究会における検討の柱」においても、「労使の合意等の一定の手続の下に個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて法定基準の調整・代替を法所定要件の下で可能とする仕組みとなっていることが必要」であるとし、「それを支える基盤として実効的な労使コミュニケーションを行い得る環境が整備されていることも必要」であると述べている。
 これを前提に置いた上で、報告書は、「集団的労使コミュニケーション」には、「① 労使が団体交渉を通じて労働条件や労使関係ルールを設定するもの、② 法律で定められた規制の原則的な水準について、労使の合意等の一定の手続の下に、個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて、法所定要件の下で法定基準を調整・代替するもの、③ ②の法定基準の調整・代替に係る労使協定の遵守状況のモニタリングや労使間の苦情・紛争処理等を通じた労働条件規範の遵守に関するもの、④労使間の情報共有を通じた労働者による経営参画に関するもの等」があると整理したうえで、労基研においては、「②、③の労使コミュニケーションのあり方」について「現行制度の改善点を中心に議論」がなされており、過半数労働組合のコミュニケーションの活性化や、過半数代表者に関する現状の問題点の改善について提言がされている(報告書18頁以下)。
 報告書においては、議論過程で言及のあった「デロゲーション」という文言は用いられず、上記で引用したように、「法定基準の調整・代替」という文言が繰り返し用いられている。「デロゲーション」とは、規制の逸脱や適用除外を指すところ、「法定基準の調整・代替」も、法定基準の適用を除外し、同基準を下回る労働条件の設定を許容するものであるから、その本質は「デロゲーション」に他ならない。
 こうした報告書の全体の構造からは、「労使コミュニケーション」における報告の本質は、労働基準法の代替できない法定基準を縮小し、「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の範囲の拡大・一般化を見据え、「労使コミュニケーション」についての「改善点」等を報告した点にあるというべきである。
 しかも、最終的な報告書が取りまとめられる過程で作成された「労働基準関係法制研究会報告書(案)」(以下「報告書(案)」という。ただし、第15回委員会資料として公開されているもの)においては、冒頭の「Ⅰはじめに」「1 労働基準関係法制の意義」において、「本研究会においては、…(中略)…労働基準法(昭和22年法律第49号)を中心とした、個別的労働関係に関して、使用者と労働者の間に存する交渉力の格差を無視して契約自由の原則を貫徹することの不当性が認識される中において、契約自由の原則を部分的に修正し、労働者の保護を図るための方策として、制定されていった法律群を念頭に議論を行う」との記載がなされていた。しかし、最終的な報告書では、下線部分が全て削除されている。このような記載の削除にも、労働基準法の本来の役割を後退させ、「労使コミュニケーション」の名の下で、「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の拡大・一般化を見据えていることが顕れている。

(2)「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」拡大を見据えた議論は許されない 
 報告書は、労働基準法制定当初は36協定等に限定されていた「法定基準の調整・代替」のは範囲が、徐々に拡大されてきた経過を所与の前提としている。
 労働基準法はこれまで、フレックスタイム制や1か月単位・3か月単位の変形労働時間制の導入(1987年「改正」)、1年単位の変形労働時間制導入(1993年「改正」)、企画型裁量労働制の導入(1998年「改正」)や要件緩和(2013年)、高度プロフェショナル制度導入(2018年「改正」)等の「改正」が繰り返され、過半数代表との労使協定や労使委員会の決議による、労働時間規制の例外が徐々に拡大されてきた。このような本来の法定基準を下回る労働条件を、過半数代表(過半数労働組合又は過半数代表者)との労使協定等によりに許容する「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の範囲が拡大されてきたこと自体、労働基準法の解体につながる「改悪」の歴史であった。
 「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の拡大・一般化は、労働基準法の解体を意味する。とりわけ、報告書では、過半数代表者について、法律上の位置づけの明確化や、選出手続の適正化、不利益取り扱いの禁止や情報提供等の法制度化等、現行制度の改善点について提言がなされている。これらを個別に見れば、報告書に基づき改正がなされるべき点は存在するものの、これらの法改正等がなされたことを足掛かりにして、「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の範囲を拡大する議論がなされることは許されない。
 なお、念のため付言するが、労使において、法定労働基準以上の部分において交渉し、よりよい労働条件を実現していくことは(上記において報告書を引用したうちの「①」に該当するものと解される)は望ましいことである。しかし、上述したように「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」は、労使の合意の名のもとに、法定基準未満の労働条件で労働させることを許容する制度であり、両者は厳然と区別されなければならない。
 まして、以下に述べるように、労使対等に交渉できる前提も全くない状況において、このような「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」を拡大・一般化することは、断じて許されるものではない。

(3) 労使対等交渉の前提を欠く中での「法定基準の調整・代替」は許されない
 報告書は、「労使の合意等の一定の手続きの下に、個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて法定基準の調整・代替を法定要件の下で可能とする仕組みとなっていること」が必要であるとし、「こうした仕組みが有効に弊害なく機能するためには、それを支える基盤として、労働者が意見を集約して使用者と実効的なコミュニケーションを行い得る環境が整備されていることも必要となる」とする。
 しかしながら、現状、労働組合の組織率が低く、2024年6月30日時点における推定組織率は16.1%とされている(厚労省調査)。労働組合の推定組織率が低いことは、報告書でも言及されている(報告書に記載のある2023年時点の推定組織率は16.3%であり、そこからさらに1年間で0.2%低下している)。
 現行労働基準法では、過半数労働組合が存在しない場合、過半数代表者が労使協定等の締結主体となる。上述のとおり、労働組合の組織率が低く、過半数労働組合が存在する事業所は少数に限られるところ、多くの事業所においては、過半数代表者が「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の労使協定の締結主体とされているのが現実である。そもそも、一労働者に過ぎない過半数代表者と、使用者という、対等交渉の基盤・前提を欠く関係性において締結された協定等において、「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」をすることができる仕組みになっていること自体、現行制度における大きな問題点である。現に、過半数代表者との間で、使用者の言われるままに、変形労働時間制などの労使協定が締結され、実際には時間外労働不払いの口実にされている事例もある。
 このように、現状においては、労使が対等な関係で交渉ができる前提が欠如しているのであり、このような状況で「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」を広く認めるようなことになれば、「労使コミュニケーション」の名のもと、使用者の望む法定労働基準を下回る条件が設定され、労働者は、同基準未満での労働を強いられることとなる。
 報告書は、上述した労働組合の組織率が低い点については言及をしつつも、「労働組合を一方の担い手とする労使コミュニケーションを活性化していくことが望ましい」とか、活動時間の確保や、使用者からの情報提供等の一部技術的な支援などに言及するのみで、根本的な労働組合の組織率の上昇や実質的な対等交渉ができる前提を実現するための方策についての具体的提言はなされていない。しかも、このような情報提供等は、少数組合にも必要な制度であるが、これを過半数組合に限定している点も大きな問題である。
 過半数代表者についても、法律上の位置づけの明確化や、選出手続の適正化や、不利益取り扱いの禁止、使用者からの情報提供等について言及されているが、仮にこれらの点の改正等がなされたとしても、一労働者に過ぎない過半数代表者と使用者との間で、労使対等交渉が実現するものではない。

(4) 労働基準監督行政のさらなる後退のおそれ
 「労使コミュニケーション」による「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」を広く認めた場合、労働基準監督署による監督もさらに後退することが懸念される。 
 現状においても、時間外割増賃金の未払いや36協定違反などの、労働基準関係法違反に対する労働基準監督署による監督は行き届いているとは言い難い。
 さらに、「労使コミュニケーション」による「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」が一般化すれば、労使協定等により定めた基準が遵守されているか否かについても、労使間におけるチェックが優先され(報告書も、上述した「労使コミュニケーション」の4類型の「③」として「法定基準の調整・代替に係る労使協定の遵守状況のモニタリングや苦情・紛争処理等を通じた労働条件規範の遵守に関するもの」を挙げている)、その分監督行政が後退することが懸念される。
 しかも、報告書は、労働基準法適用(規制)単位について、企業単位や複数事業(場)単位とすることについても言及している(報告書16頁、17頁)。現行労働基準法が適用(規制)単位を、事業場単位としている根拠は、「国の労働主務機関の地方組織として全国に配置された労働基準監督署が、管轄区域内の事業所を物理的に把握して労働条件の基準を遵守させる、という労働基準監督行政に対応した仕組」にあるとされる(菅野和夫「労働法」第12版 174頁)。労働基準法の適用対象を各地の労働基準監督署の管轄である事業(場)単位に区切ることで、状況が個々に異なりうる事業(場)ごとに、労働基準監督署の監督を及ぼしやすい仕組みとしているのである(ただし、現状が不十分であることは上述のとおりである)。
 これが、企業単位、複数事業(場)単位となれば、監督行政も、企業単位、複数事業(場)単位で行われることになる。これにより、監督対象が抽象化(ないしは地理的に分散)することとなり、労働基準監督署の監督が行き届かず、監督行政のさらなる後退を招く危険がある。

(5) 小括
 以上述べたように、報告書は、もとより許されない現行制度の「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」を所与の前提として、さらにその範囲を拡大・一般化することを見据え、そのためにまず必要となる現行制度の改善点を報告したものというべきである。「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の拡大・一般化は、遵守されるべき労働条件を法定し、労働者の権利を守るという労働基準法の最大の役割を骨抜きにするものであり、同法の解体につながる。
 今後の厚労省の議論において求められることは、現行法で存在する「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の範囲の縮小や、労働基準監督行政の強化であり、報告書が見据えるような、「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の範囲をこれ以上拡大・一般化することは許されない。

2     長時間労働解消に向けた労働時間規制の見直しの提言がない
(1) 時間外・休日労働時間の上限規制の短縮のための明確な提言がない
 報告書は、時間外・休日労働時間の上限規制につき、「現時点では、上限そのものを変更するための社会的合意を得るためには引き続き上限規制の施行状況やその影響を注視することが適当ではないかと考えられる」と述べるにとどまり、時間外・休日労働時間の上限規制の短縮に向けた明確な提言をしていない(30頁)。
 しかし、現行の時間外・休日労働時間の上限は、単月100時間未満、複数月平均80時間以内等とされており、いわゆる過労死ラインに相当する水準である。労働者が健康を害し、命を落としうる長時間労働を許容する「上限」を、もはや「上限」として維持することは許されず、即時の短縮が必要であることは明白である。

(2) 「労働市場の調整機能」まかせの長時間労働是正にしか言及がない
 報告書では、「労働市場の調整機能を通じて」、時間外労働・休日労働短縮を含めた勤務環境を改善していくことや、その一つとして、企業外に向けた労働時間の情報開示や、企業内での情報共有についての提言がされている。企業が、長時間労働の是正・防止に向け、自主的にこれらの取り組みをすべきこと自体を否定するものではない。
 しかし、長時間労働の根本的な原因として挙げられるのは、何よりも過重な業務量である。使用者にとって、より少ない人員で多くの業務を行えることが、使用者の利潤増加につながるのであり、この是正を自由競争原理における労働市場の調整機能に委ねていたのでは、長時間労働はなくならない。労働市場において取り残される労働者は必ず生じうるのであり、そのような労働者は、生きるために、選択の余地なく、いわゆる「ブラック企業」等と呼ばれる使用者の下で、劣悪な環境下での長時間労働を強いられることになる。
 このような、自由競争原理の下では長時間労働を強いられる労働者が生じるからこそ、労働基準法の強行法規による労働時間規制が必要なのである。
 報告書では、「労働市場の調整機能を通じた」時間外・休日労働の短縮を述べるのみで、労働時間短縮のための労働基準関係法による規制強化や、労働基準監督署の監督の徹底などについては、具体的な言及がない(かえって、上述のとおり、過労死ラインの時間外・休日労働の「上限」を許容する内容になっている)。「労働基準関係法制」の研究会において、この点について言及がなく、労働市場という競争原理による是正を図るべきとすることは、労働基準法の自己否定というほかなく、到底是認できない。

(3) 自宅テレワークのみなし労働時間制の導入は許されない 
 報告書では、「在宅勤務を対象とする新たなみなし労働時間制については、」「みなし労働時間制の下での実効的な健康確保の在り方も含めて継続的な検討が必要であると考えられる。」として、自宅テレワークのみなし労働時間制導入に関する継続的な検討を提言している。この提言は、自宅テレワークにおける使用者による実労働時間管理を求めないことが想定されている。
 しかし、テレワークは、生活空間において業務を行うという性質上、労働時間が長期化する危険があるし、現に、昨年3月には、テレワークにおいて長時間労働を余儀なくされ、精神疾患を発症したことが労働災害に当たると認定された事例が報じられている。長時間労働の防止のためには、使用者による厳格な労働時間管理こそが求められる。労働時間の長期化の危険があるテレワークにおいて使用者の実労働時間把握義務を免除すれば、テレワーク化におけるさらなる長時間労働蔓延の危険が高まることとなる。
 報告書は、自宅テレワークのみなし労働時間制導入検討の根拠として、「使用者が自宅内での就労に対する過度な監視を正当化したり、一時的な家事や育児への対応等のための中抜け時間など実労働時間数に関する労使間の紛争が生じたりし得る」ことを挙げるが、新しい時代の働き方に関する研究会報告書が「情報通信機器の発達により、企業は働く人の事業場の外の活動についても、相当程度把握できるようになってきている」(11頁)と指摘しているように、自宅テレワークにおける労働時間管理を行うからといって過度な監視が必要となるものではないし、中抜け時間等についても報告書が導入を提言している部分的なフレックスタイム制の利用で対応が可能である。
 このように、自宅テレワークのみなし労働時間制導入は、労働者の健康・生命に危険をさらす一方で、その必要性を支える具体的根拠がないのであって、導入に向けた検討は直ちにやめるべきである。

(4) 勤務間インターバル制の導入(義務化)についての明確な提言がない 
 報告書は、勤務間インターバル制について「本研究会としては、抜本的な導入促進と、義務化を視野に入れつつ、法規制の強化について検討する必要があると考える。」としつつも「いずれにしても、多くの企業が導入しやすい形で制度を開始するなど、段階的に実効性を高めていく形が望ましいと考えられる。」と述べるに留まり、「(早期に)取り組むべき」課題とはされなかった。
 しかし、現行制度においては、1日及び1週間の労働時間の上限規制はあるものの、インターバル規制がないことから、交代制勤務やシフト制勤務など、毎日同じ始業時間に働くわけではない労働者が十分の休息を得ることのできないまま連続勤務に従事させられるおそれがあるし、36協定において上限設定が義務化されているのは1か月あたりの労働時間であるため、短期間に集中して長時間労働が連続することによる疲労の蓄積を十分に防ぐ手立てがない。
 労働者の最低限の休息時間を確保し命と健康を守るという観点からは、勤務間インターバルの導入(義務化)は急務である。最低でも連続11時間の勤務間インターバルを一刻も早く義務化することが必要である。

3     副業・兼業の場合の割増賃金計算にあたっての労働時間通算の廃止は許されない
 報告書は、副業・兼業の場合の割増賃金について、本業・副業双方の使用者の負担等を理由に、健康確保のための労働時間通算は維持するべきとしつつも、割増賃金の算定においては通算しないことを提言している。
 しかし、これは、労働基準法38条1項の「事業場を異にする場合」の解釈問題であるところ、長時間労働抑止のためには、時間外割増賃金の支払いを徹底することが重要なのであり、行政解釈も、これまで一貫して、同一使用者の下での事業場を異にする場合のみならず、副業・兼業の場合の通算(異なる使用者との間の通算)も含まれるとしてきた(昭和23年5月14日 基発769号)。使用者の負担が大きいことなどを理由に、この通算を取りやめることは許されるものではない。

4     労働者性について
 実態として労働者である者は、すべからく「労働者」として保護されなければならない。しかし、現状では、運転代行業務従事者や配送業務従事者、大学の非常勤講師等、本来労働者として認定されてしかるべき者の労働基準法上の「労働者」該当性が否定された不当判断が多く存在している。
 この点につき報告書は、労働基準法上の「労働者」の認定につき、「実態として「労働者」である者に対し労働基準法を確実に適用する観点から、労働者性判断の予見可能性を高めていくことが求められている」と述べ(なお、このような言及は「議論のたたき台」段階ではされていなかったが、その後の報告書(案)において追加され、最終的に維持された)。そのために、報告書は、EU指令案やカリフォルニア州法で導入された労働者該当性の推定制度を例に挙げながら、プラットフォームワーカーについても労働者該当性の予測可能性を高めていくことが必要であるとしており、直ちにこの方向での法改正が求められる。
 もっとも、報告書は、労働者性の判断基準について、昨年11月に施行された特定受託事業者に係る取引適正化等に関する法律(所謂「フリーランス新法」)等に触れたうえで、「受け皿となる法制度でどのような施策が行われるのかを視野に入れつつ、労働者として保護すべき者に確実に労働基準法の保護を及ぼすとの観点から検討をすることが必要」としている。労働者としての保護を及ぼす必要性が、他の保護法制の存在により消失することはない。したがって、労働基準法制以外の法制度・施策にかかわらず、労働者として保護すべき者が「労働者」と認定されるための法改正等が求められる。

5     総括
 以上述べたとおり、報告書は、労働基準の法定という労働基準法の趣旨に反し、「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」の拡大・一般化を見据えた内容となっているほか、長時間労働の是正に向けた法規制の強化等には具体的な言及がなく、副業・兼業における時間外割増賃金算定における労働時間の通算の廃止等が提言されている。
 労働基準法の適用を受ける「労働者」認定について適切な推定等の制度を設けたとしても、その結果適用される労働基準法が、労働者の権利を守る内容となっていなければ意味がない。
 今後、厚生労働省において労働基準関係法制の改正に向けた議論がなされていくと考えられるが、全ての働く者の権利が守られるために、労働基準法の規制内容・方法を強化するための議論が行われなければならず、報告書が見据えるような、「法定基準の調整・代替」ないし「デロゲーション」を拡大するような議論が行われるようなことがあってはならない。
 また、その議論の場には、大学関係者だけでなく、請負委託で働いている人、プラットフォームワーカー、労働組合関係者、法律家団体関係者等が参加の上、「国内外の実態や国際的な動向」を把握できる機会を提供し、ともに学術的な検討を進めるようにすべきである。

以上

 

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