2025年4月16日、賃貸借の終了請求制度の創設を含む「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律案」の慎重審議及び修正を求める声明を発表しました

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賃貸借の終了請求制度の創設を含む「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律案」の慎重審議及び修正を求める声明

 

1 本法案の状況
 本年3月4日、賃貸借の終了請求制度の創設を含む「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という)が閣議決定され、今通常国会に提出されている。
 本法案は、老朽化した区分所有建物の増加等の社会情勢に鑑み、区分所有建物の管理の円滑化や、建替え等、区分所有建物の再生の円滑化を図るといった観点から、区分所有法制の見直しをすると謳われている。この点、高経年マンションは増加の一途をたどっており、また、不健全なマンション管理や住民の高齢化などによって、管理不全となっているマンションが存在するといった社会的背景があることは事実である。
 しかしながら本法案は、マンション再生の名の下に不動産開発推進に重きをおき、現にマンション等に居住する者の住まいの権利に対する配慮を欠いている点で、大きな問題がある。

2 賃貸借の終了請求制度の問題点
 住まいの権利に対する配慮を欠く最たるものが、賃貸借の終了請求制度の創設である。この制度は、建替え決議があったときは、建替え決議に賛成した各区分所有者等は、専有部分の賃借人に対して賃貸借の終了を請求できるとする制度で、請求があったときは、賃貸借契約は請求があった日から6月を経過することによって終了するとされる。
 この制度については、建替え決議があったにもかかわらず専有部分の1住戸の賃借人が立退きを拒否したがためにマンションの建替えが進められないのは不合理であるといった理屈で、制度の合理性を強調する論調もある。
 しかし、これは極めて特異な例を挙げたものと言わざるを得ない。現実には、不動産業者による地上げ問題が多発しており、借地借家法の理解のない賃借人に対し「3ヶ月以内に立ち退け」等強弁が行われ、賃借人も嫌がらせを怖れて不当な立退き請求に応じてしまう事例・被害があとを経たない。賃貸借の終了請求制度は、この住まいの権利の侵害事例発生を加速させるきっかけになりかねない。賃借人は、建替え決議に際して議決権を行使できないため、自ら関与できない手続によって、一方的に賃借権の消滅を甘受しなければならないが、合理性・相当性に疑問がある。
 現行借地借家法は、建物賃貸借契約の貸主が更新拒絶や解約を求める場合に「正当の事由」(借地借家法第28条)を要件として借家人の保護を図っているが、この「正当の事由」の有無は、主として賃貸人と賃借人それぞれの当該建物の利用の必要性を主たるファクターとして、専門家である裁判官が判断する枠組みをとっている。現行法下での建物明渡請求訴訟でも、賃貸人の建物の使用の必要性は「正当の事由」判断の重要なファクターであり、区分所有建物全体において建替え決議が成立しているという事実は、賃貸人の使用の必要性を基礎付ける評価根拠事実になりうる。あわせて、「正当の事由」の判断に際しては、賃借人に対する「財産上の給付」の有無も考慮されることから、必然的に賃借人に対する補償も、同種裁判事例との比較のもとで適正かつ柔軟に解決が図られている。したがって、賃貸借の終了請求制度を設けずとも、現行法下で建替え決議に基づくマンション建替えと賃借人の住まいの権利への配慮のバランスを考慮した柔軟な解決を図ることは、十分可能である。
 また、この賃貸借の終了請求制度は、賃貸人である区分所有者が建替え決議に反対しており、賃借人に対して建物明渡請求権を行使しない場合に機能するとの指摘もある。しかし、本法案は、区分所有建物の管理円滑化に関する規定を多く新設しており、その中には、区分所有者による専有部分の管理が不適当であり、他者の権利侵害のおそれがある場合に、裁判所に対して、当該専有部分を対象として管理不全専有部分管理人による管理を命ずる処分を可能とする条項も設けられており、管理不全専有部分管理人には、専有部分の管理・処分権限まで付与されている。本法案ではこのほか、区分所有者の責務なども規定されることから、建物賃借権の存在が、他の区分所有者の権利を侵害している等の事情が認められる場合、これらの規定を適正に運用することで十分に対応が可能なのであって、敢えて、賃借人の住まいの権利の後退を招く新制度を設ける必要性・相当性に乏しい。
 この賃借権消滅請求制度は、建替え決議の名の下に、現にマンション等に居住する者の不安を徒に煽り、人間の生活の基礎を構成する住まいの権利や、住まいの確保に関する安心感を大きく損なう危険のある制度である。

3 建替え決議等の決議要件の緩和の問題点
 本法案は、区分所有建物の建替え決議(区分所有法第62条1項)の現行の決議要件が、「区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数」とされているものを、建物の耐震性・耐火性不足、老朽化等、一定の客観的要件を満たす場合には「5分の4」を「4分の3」とすることとしている。当該変更は、決議要件が重すぎて区分所有建物の建替え決議を実施することが著しく困難となっている現状を是正するため、と立法趣旨で説明されている。
 しかし、現状において区分所有建物の建替えが困難となっている原因は、その決議要件の過重性ではなく、建替えによる利用容積率の低下や建替えに要する区分所有者の負担額の増加といった経済的、現実的な問題に起因するところが大きい。この問題を解決することなく決議要件を緩和しただけでは、結局、建替え負担額を拠出できる富裕層のみが建替えの利益を享受でき、資金を欠く区分所有者は建替え決議により退去を強いられるといった結論を招きかねない。また、開発事業のために特定の事業者が専有部分の買収を繰り返し、長年居住する区分所有者を少数に追いやって、建替え決議の名目で退去を強いる便法に利用される危険性も払拭できていない。本法案の決議要件の緩和には一定の客観的要件の充足が要求されているが、現実に建替え決議が問題となる区分所有建物の多くは築50年、60年を経過しようとしており、そのような区分所有建物において地震に対する安全性、火災に対する安全性等を政省令等で定める基準にすべて適合しているケースは多くなく、この「客観的要件」なるものは十分な機能を果たさない形式的な要件に留まる懸念もある。
 本法案では、いわゆる所有者不明の専有部分の議決権を一定の要件のもとで母数から外すことを可能とする制度も導入されようとしている。すなわち、議決権行使に客観的支障のある区分所有者は当該決議から廃除されることによって、従来の決議を困難としていた母数の問題は取り除かれている。これに加えて、安直な多数決要件の緩和まで認めることは、少数の区分所有者の所有権・居住権の不当な侵害を招きかねないもので、その必要性、相当性に疑問がある。

4 まとめ
 以上、本法案は、区分所有建物の管理の円滑化、建替え等区分所有建物の再生の円滑化といった目的において一定の合理性は認められるものの、賃貸借の終了請求制度や、建替え決議の要件緩和などは、その立法趣旨に疑問があるだけでなく、現に区分所有建物に居住する者の住まいの権利を大きく後退させる危険性を有するものである。
 私たち自由法曹団は、弁護士として居住者の権利をまもるたたかいを現実に重ねてきており、その経験に基づき、本法案が有する危険性に懸念を表明する。本法案については、開発に重きを置くスタンスに警鐘をならし、今一度、住まいの権利を尊重する見地に立って慎重な審議を行い、必要な修正を行うことを求めるものである。

 

2025年4月16日

自 由 法 曹 団
団 長 岩田研二郎

 

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