愛知・西浦総会決議『あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐる事態を受けて表現の自由をまもり、国・地方自治体の不当な干渉を許さない決議』
あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐる事態を受けて表現の自由をまもり、国・地方自治体の不当な干渉を許さない決議
1 あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐる事態
2019年8月1日に開幕した国内最大規模の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展の一つである「表現の不自由展・その後」が、テロ予告や脅迫、公権力の介入により、わずか3日で中止された。この事態を受けて、展示者からの展示撤回という抗議、市民団体等からの抗議・再開を求める行動が展開され、9月13日にはあいちトリエンナーレ実行委員会(会長大村秀章愛知県知事)に対して再開を求める仮処分が名古屋地裁に提起された。
こうした動きを受けて、9月25日、愛知県が設置した検証委員会(あいちトリエンナーレのあり方検証委員会)は「再開を求める」旨の中間報告をし、9月30日、仮処分手続において、再開を合意する和解が成立した。そして、10月8日、「表現の不自由展・その後」の展示は、中止前と同一性を維持して再開され、10月14日の閉幕まで継続された。
この一連の経緯は、わが国の表現の自由、これに対する国、地方自治体のあり方に重大な問題を提起している。
2 「表現の不自由展・その後」と妨害行為
「表現の不自由展・その後」は、「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、2015年の「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、同年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示する企画であった。
ところが、日本軍「慰安婦」を題材にした少女像や昭和天皇の写真を使った作品などの展示が公表されると、テロ予告や脅迫を含むファックスや電話が実行委員会や愛知県庁などに殺到した。中には、京都アニメーションに対する放火殺人事件を意識するかのような、「ガソリンを携行缶に入れて行く」というファックスもあった。
こうした妨害行為を受けて、実行委員会は、参加者と職員の安全が確保できない、として企画展の中止を決めた。
3 表現の自由の重要性
多様な考えを持つ人々の存在を前提とする民主主義社会を維持・発展させるためには、各人が自由に自らの思想・意見を表明できることが必要であり、憲法21条で保障された表現の自由は、その手段を保障するものとして不可欠なものである。表現の自由は「思想の自由市場」という原理からも、特に保障が求められる人権である。とりわけ政治的表現の自由を保障することは重要であり、どのような表現であっても、当該表現それ自体が犯罪となる場合等を除いて、強く保障されなければならず、表現に対する批判は言論・表現行為でなされるべきである。
「あなたと私は意見は違う。しかし、あなたの表現の自由のためには私は闘う」という言葉に本質がある。
4 表現の自由に対する妨害は許されない
今回、展示開始直後になされた電話、メール、ファックスは、表現の自由に対する乱暴な攻撃であり、威力業務妨害の犯罪を構成する行為でもある。
こうした攻撃は、到底許されないものである。
5 公権力の介入
今回の一連の事態の中で、特に重視しなければならないのは、公権力を担う者が展示内容に介入する言動を行ったことである。
河村たかし名古屋市長は8月2日、展示を視察した後、少女像の展示について「日本国民の心をふみにじるもの」「税金を使った場で展示すべきでない。」などと述べ大村愛知県知事に即時中止を求める公文書を送付した。同市長は、再開合意についても、反対意見を述べ、再開された10月8日には、会場前で抗議の座り込みに参加するまでに至っている。
また、菅義偉官房長官は8月2日の記者会見で、芸術祭が文化庁の助成事業となっていることに言及し、「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して、適切に対応していきたい。」と発言した。
その他にも「税金投入してやるべき展示会ではなかった。表現の自由とはいえ、たんなる誹謗中傷的な作品展示はふさわしくない。慰安婦はデマ」(松井一郎大阪市長)、展示内容は「明らかに反日プロパガンダ」(吉村洋文大阪府知事)、「表現の自由から逸脱しており、もし神奈川県で同じことがあったとしたら絶対に開催を認めない」(黒岩祐治神奈川県知事)などと展示内容を批判する首長の発言が相次いだ。
そして、政府(文化庁)は、「手続き的不備」を理由に、既に決定されていた約7800万円の補助金全額を不交付(支給決定撤回)とするという異例の決定をした。「手続き的不備」なる理由は、不支給の口実であって到底成立せず、全く理由がない。この補助金不交付決定は、表現の自由を侵害するものであって、このような不交付が既成事実となるならば、今後、主催者は補助金支給を受けるために時の政府の意向を忖度することが予想される。
自由法曹団は、公権力による介入発言や今回の補助金不交付決定に強く抗議し、直ちに決定された補助金を全額交付することを求める。
6 中止と再開の評価
「表現の不自由点・その後」の展示を中止した愛知県、実行委員会は、職員の安全確保のためとの理由を述べているが、展示の中止という決定自体が、卑劣な妨害に屈した悪しき先例を作ってしまったものであり、許容できるものではない。
しかし、その後の上述したような一連の動きに対して、大村愛知県知事は、「表現の自由をまもる」という姿勢を一貫させ、「表現の不自由展・その後」の再開を決断し、河村名古屋市長の発言と行動を批判し、文化庁に対しても補助金の交付を求めるなどしており、その発言と行動は評価されるべきである。
とりわけ、10月8日からの再開は、心ない妨害行為、河村名古屋市長や菅官房長官の発言などの妨害介入をはねのけたものであって、国内外の市民の正論と良識を反映したものであり、自由法曹団は心から歓迎する。妨害者に「妨害行為をすれば展示は潰せる」という「成功体験」を残させなかったという意味でも、大きな成果である。
7 地方自治体の役割
今回の「表現の不自由展・その後」に見られるような、表現の自由に対する地方自治体の侵害・攻撃は、近年、「行政の中立性」の名の下に顕著に増えている。
例えば、2018年以降のみを取り上げても、鎌倉市は、改憲反対デモのための市庁舎前の集合を不許可とした。同年11月、京都府南丹市は、精神科医香山リカ氏の講演に対する妨害電話に屈して講師を交替させた。さいたま市では公民館が発行する公民館だよりに「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の俳句を掲載しなかった(不掲載自体は2014年であるが2018年12月、さいたま市の不掲載が違法である旨の原告勝訴判決が最高裁で確定した)。川崎市教育委員会は、教育シンポジウムの中に「憲法『改正』阻止」が含まれていることを理由に後援を取り消した。神奈川県内では、元慰安婦を題材にした映画の上映会について、後援を拒否する自治体(横須賀市など)が出ている。京都府は、京都弁護士会の「第48回憲法と人権を考える集い」について例年続けてきた共催を降り、後援も断った。福岡県は、共生社会をテーマとした講演集会で前川嘉平元文部科学事務次官が講演することをもって「政治的中立性が担保できない」として後援を拒否した、神奈川県茅ヶ崎市教育委員会は、「辺野古工事強行許さない」の文字があることをもって「政治的中立性を損なう」として、美術展の共催を拒否した。
しかし、地方自治体は、本来、国民の基本的人権を擁護すべき責務を負っているのであり、こうした動きは、日本国憲法下においては許容されない。
自由法曹団は、こうした動きに強く抗議し、地方自治体が国民の表現の自由を擁護する立場に立った施策を進めることを求める。
8 表現の自由侵害は戦争への道
表現の自由を保障する憲法21条2項は、戦前の日本で政府が芸術・文化や学問・研究の内容を検閲し、多様な価値観を抑圧して民主主義を窒息させ、国民を戦争に動員したことへの反省に立って規定されたものである。
今、安倍内閣の下で、戦争法の制定、憲法9条明文改憲の策動など、戦争する国造りへの動きが強化されている。
表現の自由が侵害され、国民が時の政府の施策に反対する言論をなしえなくなったとき、地方自治体が国の施策を忖度にして国民の表現の自由を侵害する立場に立ったとき、私たちの国は「戦争する国」へ一歩また一歩と近づいていく。
日本国憲法の平和主義をまもるためにも、表現の自由は確保されなければならない。
9 決議事項
よって、自由法曹団は、上記各項で表明した事項に加え、表現の自由を守るための活動を強めることを決意し、関係者が今回の事態を検証して教訓を導き出すことを求め、国・地方自治体に対して、「表現の自由」への侵害を止め、これを擁護する立場に立つことを求める。
2019年10月21日
自由法曹団 愛知・西浦総会