第1691号 / 1 / 1

カテゴリ:団通信

●2020年を迎えて安倍政治を許さず、憲法を生かすたたかいを!  吉 田 健 一

●支部特集に当たって  平 松 真 二 郎

【北海道支部特集】
*道警ヤジ排除 国賠提訴&刑事告訴しました  神 保 大 地
*沖縄調査団回顧録  市 川 大 輔

●大詰め迎えるNHK受信料裁判~5人の証人を採用  佐 藤 真 理

●伊藤詩織さんの賠償判決の感想的意見  守 川 幸 男

●フラワーデモに参加して~その1 沈黙からの脱出  福 成 優 香

●フラワーデモに参加して~その2 子どもを性暴力から守る  渡 辺 和 恵

●団将来問題委員会による「地方事務所説明会」のご報告  緒 方   蘭

●「核兵器こんな男が持つボタン」~「大綱」が触れない本当の危機  大 久 保 賢 一

●百、二百、三百一筆書き(2)  中 野 直 樹

 


2020年を迎えて 安倍政治を許さず、憲法を生かすたたかいを!   団 長  吉 田 健 一

 新年明けましておめでとうございます。
 安倍政権のもとで、憲法を踏みにじる理不尽なことばかり続いています。
 あまりにもひどい理不尽が続くもとでのたたかいをまとめた一冊に「石流れ木の葉沈む日々に」という本があります。学生運動への参加を理由に試用期間で解雇された三菱樹脂高野事件の記録です。この事件では、解雇を無効とした高裁判決に対して、学界の第一人者であった宮沢俊義(憲法)・我妻栄(民法)氏らの意見書が会社側から提出されましたが、当時まだ学生で高野さんを支援していた私にとって、そのことも大きな衝撃でした。結局、高裁勝利判決は最高裁で差し戻され、職場労組の支援を打ち切られながらも、高野さんは差戻審でのたたかいを通じて最終的には職場復帰を果たします。事件を担当した浜口団員は、団の編集・出版した「憲法判例をつくる」において、企業論理を優先させた「最高裁判決に内包する矛盾をつき、大衆的支援行動と結びついた差戻審の裁判闘争で職場復帰をかちとった」と述べています。
 「桜を見る会」の問題では、有権者に飲食を提供しただけで公職選挙法違反で処罰されるのに、飲食等の提供される同会のために多額の税金を使い、安倍首相個人の後援会員に参加を募り、反社会的勢力まで招待したというのです。後援会による前夜祭についても政治資金規制法違反などの疑惑は拭えません。ところが、追及されると資料は破棄済みとし、国会での審議も拒否して、蓋をするのに躍起になっています。公的行事を私物化し、国会も国民の知る権利をも無視する許しがたい事態です。
 中東海域への自衛隊派兵は、海外派兵それ自体に九条違反の問題がありますが、イランに対する軍事的圧力を強めているアメリカと緊密に連携していくというもので、自衛隊が紛争に巻き込まれたり、武力行使の危険を招くことになります。しかも、派兵の根拠は「調査・研究」の活動とされており、国会の関与もチェックも一切ないまま野放し状態で派兵するものです。
 さらに、安倍政権は、沖縄県民の意思を踏みにじり、アメリカの意を受けて沖縄・辺野古での新基地建設を強行しています。空母や戦闘機・オスプレイなど攻撃的兵器のために膨大な税金をつぎ込み、アメリカとともにたたかうことのできる装備を整えようとしていますが、一方で、福祉を切り下げ、消費税増税を強行しています。
  いずれも、憲法との矛盾、国民生活との矛盾は明白ですが、九条改憲を許してしまえば、歯止めが取り払らわれ、暴走に拍車がかけられることは明らかです。
 今年は、何としても安倍改憲を断念させなければなりません。そのためにも、改憲の危険性を広く国民に訴えるとともに、安倍政治が進める憲法破壊、国民との矛盾に対して、憲法を積極的に生かすたたかいを進めることが重要だと思います。平和と民主主義をはじめ、働く権利、社会保障や福祉、教育など様々な分野で、憲法を国民のものにする取り組みをいっそう強める必要があります。ハラスメントの禁止、ジェンダーによる差別の禁止を実現するうえでも、個人の尊重を明らかにしている憲法は、その原点となります。
 九条の会のアピール(二〇〇四年六月)は、「この国の主権者である国民一人ひとりが、九条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です」と訴えています。私たちにとっては、様々な運動や事件を通じて憲法を行使し、これを国民自らのものとしていくことだと思います。
 昨年の参院選では、市民の共同の広がりと野党共闘の力で、改憲勢力が改憲発議に必要な三分の二の議席を割り込む成果を勝ち取り、国会での改憲議論にもストップをかけています。私たちが取り組んできた三〇〇〇万人署名の輪を、新たな署名を含む大きな運動でさらに広げ、今年こそ、安倍政権を政治の舞台から引きずり下ろし、九条改憲の企みそのものを葬り去りたいものです。

 

 

支部特集に当たって  事務局長 平  松  真  二  郎

 若手・中堅団員の皆さん、団通信読んでいますか?
 団通信は一年三六回発行しています。
 年平均三〇〇本程度の原稿が寄せられています。
 投稿記事を支部別に集計すると、近年、執行部からの呼びかけ記事、あるいは連載による論考記事が増えている一方で、各支部の皆さんからの投稿が減少しています(年平均三〇〇本のうち東京支部(執行部を含む)からの投稿が半数に達している状態が続いています)。
 また、執筆者を期別に集計すると、ここ数年、団総会、五月集会の感想を含めて新規登録直後の年には多数の投稿が集りますが、翌年から減少してすぐに一ケタになってしまいます。期別で一番多く原稿を寄せているのは三一期、次いで三三期、そして二六期、四〇期などが続きます(年齢別では、六〇歳代の団員が最も多く寄稿している状態と思われます)。
 各地の支部からの投稿が減り、また、若手・中堅団員の寄稿が減っている団通信は、実は、若手・中堅団員の皆さんに読んでもらえなくなっているのではないか。心配しています。
 つまらなそうな愛想のない冊子ですが、自分が知っている人の活動や同期の仲間が各地で活躍していることを知りたいと思いませんか。そして、ご自分が取り組んでいる様々な活動を紹介して全国の団員にもっと広く知らせてみませんか。
 執行部も各地の支部での取り組みや若手・中堅団員の皆さんの活動をもっと知らせてほしいと思っています。そこで、二〇二〇年一月一日号から、各地の団員の取り組みを取り上げる支部特集を企画してみました。今回は北海道支部です。ぜひ手に取って読んでみてください。

 

 

【北海道支部特集】

道警ヤジ排除 国賠提訴&刑事告訴しました  北海道支部 神 保 大 地

1 事のあらまし
 北海道警察が、安倍首相の選挙応援演説に対し、ヤジを発した市民を強制的に排除した出来事については、すでに北海道支部の市川大輔団員から報告がありました。この度、この道警ヤジ排除が違法であるとして国家賠償請求訴訟を提起し、あわせて原告を告訴人とし警察官六~七名を被告訴人とする刑事告訴をしましたので、ご報告いたします。

2 札幌地裁への提訴の経過・訴状の内容
 北海道警察の山岸直人本部長は、この道警ヤジ排除問題について、北海道議会で度々追及をされていますが、「事実確認を継続中です。」と答えるのみ。当時の映像も写真も大量にあるため、事実確認は極めて容易なはずなのに。事件発生(二〇一九年七月一五日)から四か月以上が経過してもなお、事実確認が終わらないというのは、明らかに不自然です。北海道警察は、ヤジ排除を正当化できないために、事件が風化するのを待っているとしか考えられません。そこで、強制的に排除された原告(大杉雅栄・おおすぎまさえ)さんと弁護団は、風化する前に裁判を起こすこととしました。
 被告は北海道警察です。現場には、警察庁ないし警視庁所属の警察官もいたと言われていますが、警察法六〇条三項から北海道公安委員会に管理されることになりますので、いずれにせよ、北海道警察が被告となります。今回の提訴は、個別の警察官の行動を非難することよりも、組織的計画的に違法行為を行った警察組織全体を非難することに重きがあることから、違法行為を行った各警察官を個別に訴えるという形はとっていません。
 警察官の違法行為は、大きく分けて四回あります。当時、安倍首相は、札幌駅前の交差点付近に街宣車を停め、街宣車の上から札幌駅南口広場へ向かって選挙演説をしていました。その安倍首相に対し、原告はたった一人で、肉声で「安倍やめろ、帰れ」と叫んだのでした。これを発した途端、周囲にいた警察官が原告を取り囲み、腕や肩をつかみ、後ろに引きずるように引っ張って移動させたのです(これがツイッターで拡散された場面です)。引きずられた先で、原告は、あまりに粗暴な扱いを受けた怒りも併せて、再び肉声で「安倍やめろ」と叫びました。すると、一人の警察官が原告を後ろから羽交い絞めにして後方へ引っ張り、別な警察官が原告の正面から腕をつかんで後方へ押し込みました。これらの警察官の共同行為により、原告はあっと言う間に数十メートル離れた地点まで移動させられました(これがテレビで報道された場面です)。その後、原告は、取り囲んだ警察官のすきをみて、安倍首相に近づいたところ、私服の警察官に正面から抱きかかえられるように両腕を捕まれましたが、なんとか「安倍やめろ」と叫ぶことができました。しかし、この時も、警察官に両腕を捕まれて別の地点まで移動させられました。さらには、札幌駅前から移動し、別な会場で再び選挙演説をしていた安倍首相に対し、原告は「安倍やめろ」などと叫んだところ、今度は警察官に腕や肩を捕まれただけでなく、首の周りに腕を回され、首を絞められそうな体勢で、そのまま約五〇メートル離れた地点まで、移動させられました。
 このような警察官の行為が、適法であるはずがありません。インターネット上には、「迷惑行為だから排除されて当然。」「演説妨害罪だから排除されて当然。」などという意見が散見されます。しかし、「迷惑」なんて抽象的な理由で警察官による有形力の行使が認められるはずがありません。「演説妨害罪」については、「演説の遂行に支障を来さない程度に多少の弥次を飛ばし質問をなす等は許容」とされており(大阪高裁昭和二九年一一月二九日)、このことは、東京高等検察庁検事による「シリーズ捜査実務全書」においても、「単純なヤジは演説妨害の犯意が認めがたく、一般の演説において許容される程度のものである限り…該当しない」とされています。つまり、原告によるヤジが違法であるはずがなく、よって警察官による司法警察活動としても、行政警察活動としても、適法となる余地がないのです。
 むしろ、この安倍首相のいた演説会場(繰り返しますが屋外です)では、安倍首相を応援するような不規則発言もありましたが、それらは一切規制されませんでした。つまり、安倍首相に対する批判的な言辞のみが、排除の対象となったのです。これは、まさに表現内容を理由とした規制です。安倍首相を批判する内容に着目して排除した、ということは、外形的には安倍首相の応援をしたことになります。これは、「公平中正」でもなければ「不偏不党」(いずれも警察法二条一項)でもありません。
 このような明確な違法行為は、一警察官が誤って行ったものではありません。複数回のヤジ排除行為が、多数の警察官により行われ、誰もそれを注意指導していないことから、警察官は、事前の警護計画に基づき、組織的な決定に従って、ヤジの強制排除を行ったと考えるほかありません。警察は、計画的組織的に違法行為を行ったのです。
 このような警察による組織的かつ計画的な行為は、強度の違法性を有するとして、慰謝料三〇〇万円(及び弁護士費用)を求める訴訟となっています。

3 札幌地検への刑事告訴の経緯
 本件については、当事者ではない方が告発状を札幌地検へ提出しており、この告発状に基づく捜査の存在を理由に、北海道議会でも国会でも、「捜査中であり回答を控えたい。」という答弁がなされてしまっていました。この告発状に基づくものか分かりませんが、札幌地検による捜査が進められていました。しかし、原告は「告発者」ではないので、「参考人」という扱いでした。他方で、告訴人となれば、付審判請求を行うこともでき(実際に付審判請求をするかどうかは今後の検討次第です)。検察庁に対する一定の圧力にもなります。そこで、原告は、自らが告訴人となり、当事者として捜査機関と接することの出来るよう、告訴を行うこととしました。
 被告訴人は、現場で有形力を行使した警察官六~七名です。映像や画像からは、警察官の同一性を確認できないため、少なくとも六名(同じだと思っている警察官が別人であれば七名)です。
 警察官という特別公務員による犯罪行為ですので、特別公務員職権乱用罪(刑法一九四条)あるいは特別公務員暴行陵虐罪(刑法一九五条一項)に該当すると考えています。

4 記者会見で原告の想いが語られました
 提訴後の記者会見には、これまで報道がなかった読売系やNHKを含む多数のメディアが来てくれ、提訴がこの時期になった理由や、北海道警察の態度や社会の状況についての見解など、多数の質問が出されました。
 原告は、「安倍首相が国会でまともな答弁や説明をしてくれるのであれば、わざわざヤジをしに行かない。」、「やらなくていいんだったらこんな何のメリットもない訴訟はしたくないけど、北海道警察があれを誤りだと認めないのは許せない。」と率直な想いを語ってくれました。
 また、「警察官に対して腕をつかんで無理やり移動させたら公務執行妨害罪になって逮捕されるのに、あれが罪に問われないのはおかしい。」と、誰もが思う疑問を投げかけてくれました。この当たり前の考えを、検察官も共有してくれればいいのですが…。
 さらに、原告は、「日本全体が、迷惑なことをしてはいけないという自主規制をしてしまっているのはおかしい。首相の公道での演説でヤジがなかったことなどないはずで、自分がやったことは、真っ当な民主主義社会では、ごく当たり前の行為であり、自分では特別なことをしたつもりはない。でも、このままでは、ヤジが違法な行為だと誤解されてしまう。だからあれは違法だと認めてほしい。」と、この訴訟の意義も明確に語ってくれました。

5 今後に続きます
 この訴訟は、被告が何の答弁もしない可能性があります。あるいは、嫌がらせのように「有形力を行使した者が警察官であることを証明せよ」などと答弁してくる可能性もあります。また、告訴についても、捜査機関同士なので、不起訴処分とされる可能性もあります。
 被告あるいは捜査機関がどのような態度をとったとしても、当方は、表現の自由、ヤジの自由を勝ち取るために、全力を尽くします。ご支援、宜しくお願い致します。
 なお、当弁護団は、齋藤耕団員、小野寺信勝団員、今橋直団員、成田悠葵団員、市川大輔団員、神保のほか、非団員二名(うち一名は元札幌市長)が担当しています。

 

 

沖縄調査団回顧録  北海道支部 市 川 大 輔

1 はじめに
 二〇一九年一二月七日から一〇日まで沖縄の辺野古基地建設反対運動の現場を視察した。自由法曹団北海道支部では、三年前から沖縄調査団を派遣しているが、今年は、青法協北海道支部と共催で調査団を派遣した。以下、視察内容についてご報告したい。
 具体的日程としては、同月八日に辺野古の海でカヌーの練習をし、同月九日午前に辺野古の海で抗議活動を行うカヌー隊に加わり、同日の午後にはスローウォークに参加することで実際に抗議活動を行った。そして、同月一〇日には、キャンプシュワブ入口で座り込みによる抗議活動に参加した。

2 カヌーによる抗議活動
 これは、一人用カヌーにより、辺野古大浦湾に浮かぶフロートを越えてできるだけ基地建設現場に近づくことで、埋立用の土砂を積んだ船が護岸に近づくことを妨げ、これによって基地建設の作業を非暴力により停止させるという活動である。大浦湾には、サンゴやクマノミなど多様な生物が生息している。サンゴは、地球の海の三から六パーセントでしか生息していないそうだ。さらに、大浦湾に生息する青サンゴは、他では生育しない固有種の可能性があるとのことだ。政府は大浦湾のサンゴを移植すると言っているが、移植したサンゴの八割は死んでしまうとのことである。辺野古基地建設の阻止は、このような貴重な資源を保全するためにも必須のものであると感じた。
 沖縄二日目に、抗議活動に向けカヌーの訓練を行なった。しかし、カヌーに乗ってみたはいいが、波にもてあそばれ、まっすぐに進まない。また、慣れない姿勢でカヌーに座り続けるので、足と腰が痛くなった。カヌーによる抗議活動は、想像以上に大変なものである。さらに抗議海域に行く場合には、約四〇分程度の航路を進み、抗議活動終了後には自力で帰港しなければならない。このようにして、沖縄三日目にカヌー隊に加わって抗議活動を行うという当初の目論見はあえなく砕かれることとなった。抗議活動に参加するためには少なくとも三、四日間の訓練が必要であるとのことだ。
 沖縄三日目には、抗議船「不屈」に乗船させてもらいカヌー隊とともに抗議活動を行った。海上保安隊による警戒が厳しくなされており、護岸に近づくカヌー隊に対し、これ以上近づくなという警告がなされていた。実際、護岸にかなり接近していたカヌー隊が海上保安隊により拘束され、港まで連行されていった。どうやら海上保安隊は、カヌー乗組員の安全確保という名目でこのようなことを行っているようだ。しかし、各乗組員はきちんと安全確保に努めており、不合理な理由であると感じた。政府による強硬姿勢が大変よくわかるものだった。

3 スローウォークによる抗議活動
 沖縄三日目には、埋立用の土砂が大型トラックから船に積み込まれる安和(あわ)での抗議活動を行った(掘り出された埋立用土砂は、大型トラックにより船に積み込まれ、その後大浦湾まで船で海上輸送される。)。これは船が待つ現場に大型トラックが入場しようとする際、その入口付近を歩行することにより、大型トラックの入場を遅延させるという活動だ。
 地元の抗議活動者によると、この抗議活動を行わない場合、一日で大型トラック六〇〇台の土砂が船に積み込まれるそうだ。一方、抗議行動を行った場合、これを二〇〇台分ほど減らすことができ、船一隻分の土砂の運搬を妨げることができるとのことである。辺野古基地建設の反対行動として一定の効果を有することが分かり、やりがいを感じた。

4 座り込みによる抗議活動
 沖縄四日目には、キャンプシュワブの大型トラック侵入口の前に座り込むことで、大型トラックの侵入を妨げ、これによって基地建設に抗議するという活動を行った。もっとも、機動隊複数人によってあっという間に退去させられてしまい、十分な成果があったとは言い難い。機動隊による排除行動は、座り込みを続けようとする人を数人で抱え上げて強制的に退去させるというものであった。座り込みを続けてきた方のお話によると、いつもは殴られたり蹴られたりともっと手荒いのだそうだ。今回は、弁護士が相手なので、穏当な手段となったのだろうとのことであった。弁護士が抗議活動に参加することの意義を感じた。

5 終わりに
 時期によるのかもしれないが、私が視察した各抗議活動参加者の人数は一〇人程度と少数であった。これは、抗議の時間が、平日の日中となってしまうことに一つの原因があると思われる(辺野古基地の工事は平日に行われる。)。しかし、各抗議活動は、ある程度の人数がいて初めて成果を出せるものだ(少人数では、すぐに機動隊や海上保安隊によって排除されてしまう。)。平日の昼間というのは、仕事や学校があるという人が多いと思うが、是非多くの方が沖縄基地問題について考え、できれば参加も検討していただきたいと感じた。
 二〇二〇年の五月集会はくしくも沖縄での開催である。自由法曹団の面々が抗議活動に参加すれば大変壮観であろう。多くの団員の積極的な参加を期待したい。

 

 

大詰め迎えるNHK受信料裁判~五人の証人を採用  奈良支部 佐 藤 真 理

1 五月集会特別報告集などで何度か報告した奈良地裁のNHK受信料裁判が提訴から三年半を経過し、正念場を迎えている。
 支払い督促を契機に裁判に立ち上がったM氏が、二〇一六年七月、NHKを被告に「NHKはニュース報道番組において放送法第四条(政治的公平、多角的論点提示、事実を曲げない等)を遵守して放送する義務があることを確認する。」との本件訴訟(損害賠償請求を含む)を奈良地裁に提訴し、同年秋以降、自ら又は同居の家族が受信料を支払っている人たちが、三次に亘り集団訴訟を提起し、原告合計は一二六名に上る。

 本件の主要な争点は、①放送受信契約及び放送受信料の法的性格、②放送法第四条は法的義務か否か、③NHKがニュース報道番組において放送法第四条違反の放送を継続した場合に、受信者は受信料の支払いを拒んだり、損害賠償請求ができるか否か、④NHKが放送法第四条違反の放送を継続しているか否か、⑤原告はNHKのニュース報道によって、精神的損害を受けているか否か、⑥被告の本案前の抗弁が認められるか否か、⑦受信料強制の違憲性の有無などである。

 二〇一七年一二月六日の最高裁大法廷判決は、「放送は、憲法二一条が規定する表現の自由の保障の下で、国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与するものとして、国民に広く普及されるべきものである。」と判示し、テレビの購入者がNHKの放送を視聴していないとして受信契約の締結を拒否している場合にも、放送法六四条により受信契約の締結が義務付けられ、放送受信規約五条に基づく受信料の支払義務を負うとして、放送法六四条は憲法一三条、二一条、二九条に違反せず、「合憲」と判決した。
  最高裁判決は、「受信契約の成立には双方の『意思表示の合致』、即ち『合意』が必要」としながらも、NHKが提供する放送の中身までは全く踏み込んでいないのである。
  「最高裁判決により、NHKは、受信料の支払いを求めるに当たっては、受信料で制作する番組が国民の知る権利を充足する内容となっているかどうかを不断に検証する責務を負わされた」(醍醐聰東大名誉教授)のであり、本裁判はNHKの放送の在り方、内容を問う裁判なのである。

4 問われる公共放送の在り方
  NHKは、二〇〇六年から放送受信料の徴収強化に乗り出し、約四〇〇〇件もの督促手続きをとった。
  上記の最高裁判決を機に受信料徴収額は増加し、二〇一八年度決算では受信料収入は七一二二億円に達した。
  何故、NHKは受信料を徴収できるのか。「公共放送だから」「豊かで、かつ、良い放送番組による・・放送を行う」ためである等との抽象的な説明だけでは、到底、国民を納得させることはできない。
  NHKが放送法四条一項の遵守義務を負うことの確認請求にとどまる本件訴訟では、「国民の知る権利ないし投票の自由を侵害するおそれのあるニュース報道番組が放送され、他の手段でそれを是正することが困難な状況が一定継続している場合には、確認の利益が認められる」と解すべきである。
  NHKによる放送法違反の報道は、本件訴訟の係属中に、改善に向かうどころか、アベチャンネル化が一層進行し、是正困難の状況が継続している。よって、確認の利益が認められるのは当然である。

5  合議体審理への移行と人証調べ
  本件訴訟は、国民の知る権利と民主主義の発達に寄与する公共放送の在り方を正面から問う歴史的な裁判である。
 地裁総括裁判官の単独係で進行していたが、合議体への移行が決まり、一月一六日に弁論更新手続が行われる。二月一三日は、午前一〇時から終日の証人尋問期日で、元NHKの相澤冬樹氏(安倍官邸vsNHK)、小滝一志氏(放送を語る会)、永田浩三氏(現武蔵大教授・メディア社会学)及び稲葉一将名大教授(行政法)、須藤春夫法政大名誉教授(社会学)の五人が証言台に立つ。
 本裁判の詳細は、「NHK問題を考える奈良の会」のホームページを参照ください。(二〇一九年一二月一五日)

 

 

伊藤詩織さんの賠償判決の感想的意見  千葉支部 守 川 幸 男

第一 はじめに
 被害者の心情をよく理解し、加害者のよくある弁明、反論を否定した画期的で優れた判決と思う(その判示内容や意義については新聞報道もあり、当該弁護団から報告もあると思うので述べない)。なお、少なくとも判決宣告時の裁判官は三人とも男性であった。
 ご本人および弁護団および支援者たちのがんばりとこの間の運動や世論の反映もあったのだと思う。
 なお、この件のことではないが、私自身の複数の担当事件で、女性が意に沿わぬ関係のあと、一見男性に対して好意があると誤解されるような行動を取ることがあったが、その男性との人間関係を含めてその意味するところを慎重かつしっかりと聞き取る必要がある。

第二 いくつかの感想的意見
 ここでは第一で述べたことを前提としつつ、いくつかの論点について問題提起しておきたい。
一 不可解な不起訴と検察審査会の「不起訴相当」議決について
(1) 逮捕状が出ていながら結局不起訴となった。これが、加害者が安倍首相寄りであることと関係があるだろうことは我々の間ではよく知られている。ただ、モリカケ、自衛隊の日報、桜を見る会問題などを通じての、安倍内閣の民主主義破壊、隠ぺい、改ざん、捏造体質、いわゆる「お友だち」優遇のケースほどは知られていないと思われる。この事件の不起訴も、これらの隠ぺい体質や裏での工作が疑われている。この点の究明や追及がさらに必要となったと言うべきである。
 関連して、映画「新聞記者」で暗躍していた「内調」にも(本件と直接関係があるのかどうかは別として)、今後焦点を当てていく必要がある。
(2) 本件は新聞報道などを前提とすれば優に準強制性交罪が成立する事案だと思われる。そうすると、検察審査会の「起訴相当」は解せない。加害者側のいくつかの弁明、反論から被害者の主張が信用できない、というのか、「疑わしきは罰せず」の判断をしたのか、一部重なるが民事と刑事の立証のレベルの違いの反映なのか、多少なりとも事情を知る団員がいれば教えてほしい。
 なお、実はホテルのドアマンの目撃供述があったという報道もあり、控訴審を注視したい。そうなら三三〇万円では低いとして、伊藤さんも控訴することも検討してよい。また、再捜査の要請も今後の課題だろうか。
二 刑法改正との関係
 以下は、来年の刑法改正の見直しの時期に合わせて指摘するつもりだったが、前倒しした。
(1) 本件が不同意性交罪の新設や強制性の撤廃、緩和などの理由となるかは慎重に検討すべきである。
 本件は詩織さんが意識不明になった原因も問題だが(本当に、単なる飲み過ぎなのかとか)、「不同意」どころか「意に反する」か少なくとも「意に沿わない」ケースと思われ、準強制性交罪の成否が問題となる事案ではなかろうか。そうすると、この事件が直ちに不同意性交罪新設の根拠となるわけではない。
 また、そもそも不同意性交罪を新設するとすれば、原則として犯罪が成立し、同意があってはじめて違法性阻却になるというのだろうか、法律実務家としての議論が必要である。また、その場合の罪の重さも検討しておく必要がある。
(2) 性犯罪の重罰化について
 罪刑の均衡は必要であるから、重罰化すれば、行為態様はこれに対応した重いものであることが必要となると思われる。相次いだ無罪判決がその反映なのかはわからないが、この点の検討も必要である。
 そうすると、強制性のある場合とこれが少ない場合ほか、行為態様を重いものから軽いものに類型化し(例えば、財産犯では強盗と恐喝は行為態様の違いに応じて当然刑の軽重も異なる)、これに応じた刑を用意する、という立法例が考えられる。(3)項記載のとおり、このような考え方をする学者もおり、外国の立法例も検討対象である。
 ただ、日本の刑法は、例えば殺人でも、かつては三年、現在は五年から死刑まで刑罰の範囲がとても幅広いから、これとの整合性も検討対象であろう。
(3) 参考となる学者の意見のご紹介
 二人の学者の意見を紹介する。かねてからの私の問題意識によく合う。
 しんぶん赤旗の二〇一九年六月二五~二六日付「性刑法改正を考える」(上、下)で甲南大学名誉教授斉藤豊治さんが(上)で、「男性中心の法を改正へ―共産党の提起は重要、議論広く」と題して、イギリスのコモンローで、妻は夫の所有物、強姦は他人の妻を奪う財産犯の一種、と紹介している。(下)では「三段階類型化で処罰を―単純不同意から抵抗抑圧まで」として意見を述べている。私は、性犯罪の保護法益の沿革について十分に理解しておらず勉強になったが、あとはほぼ同意見である。
 続いて、同じく二〇一九年一〇月一三~一四日付「刑法の強制性交等罪改正」(上、下)で立命館大学教授嘉門優さんは、(上)で「暴行・脅迫要件削除だけでは不十分―真の被害者保護のために」として各国の立法例を紹介し、(下)では「不同意性交処罰に二つのモデル」として、(一つのモデルである同意があったと誤解した)過失犯処罰は否定し、そうではないもう一つのモデルを提唱している。日本の社会的風潮にも触れたよく考えられた考察である。
 今後、諸外国の立法例に詳しい団員などからの、構成要件や立証の程度にも触れた具体的な指摘が望まれる(伊藤和子さんが外国の立法例にも触れた近著を出し、これをもとに弁護士ドットコムから取材を受けてその考え方について長い紹介がされた)

 

 

フラワーデモに参加して~その1 沈黙からの脱出  きづがわ共同法律事務所 福 成 優 香

 性暴力の被害者は沈黙を強いられている。加害者はその沈黙により免責され、むしろ合意の上での行為だったと被害を否定しにかかる。やっとの思いで声をあげた被害者は、被害者と呼ぶにふさわしい人物か審査される。煽情的な服装はしていなかったか、相手に傷害を負わせる程度の明らかな抵抗はあったか、過去及びその後の性的な経験は活発ではないか、など、これらはすべて被害者の落ち度とみなされる。そして被害者たる地位を失った彼女/彼らは、スキがあったとして事件の責めを負わされる。その社会の感覚は被害者自身にも内在しているから、「のこのこついていった自分が悪い」と自らを苦しめ、沈黙する。
 この沈黙を打ち破らんと集まったのがフラワーデモである。フラワーデモは性暴力事件に対するうち続く無罪判決を受け、二〇一九年四月から全国各地で毎月一一日に行われている。一二月一一日は全国三一都市とバルセロナで同時開催された。大阪市役所近くの寒空の下、橙色が灯る中央公会堂の前に花を持った老若男女が集まった。
 「ここで発言したい人はいますか」主催者の呼びかけにぽつり、ぽつりと手が挙がる。フラワーデモはその場で発言者を募る。事前に話そうと決めて準備をしてくる人もそうでない人もいるが、おおよそ彼女/彼らの、その歯切れが悪く絞り出るような声は、今まで沈黙を強いられてきた声であったことの何よりの証拠であり、私たちは、その声を聞いてこなかったということについて性暴力の共犯者なのだと痛感する。
 発言者はしばしば自責の念を吐露した。ある女性は、父親に触られたりなめられたり、入浴中に遠慮なく扉を開けて嫌がるのをにやにや見られたりといった被害を受けてきた。しかし「それ以上のひどい性虐待を受けていない私が、この程度で相談していいのかわからなかった」ため、長い間誰にも話せずにいたという。また別の女性は、付き合っていた人の友人から被害に遭い、その日から突然「自分が悪い人になった」気がし、打ち明けられず苦しんだと話していた。
 このような被害者側にその原因も帰結も帰化させてしまう性暴力事件を助長しているのは、二〇一九年三月以降の一連の無罪判決及び不当判決である。司法には、あらゆる状況下で発生する権力関係の弱者側へ敬意をはらうことが求められる。今まさに、司法こそが性暴力の被害者に沈黙を強制させていることを自覚すべきである。

 

 

フラワーデモに参加して~その2 子どもを性暴力から守る  大阪支部 渡 辺 和 恵

 若い女性事務局を誘って、初めてフラワーデモに参加しました。彼女は大学の後輩である現役の女子大学生を誘ってくれました。又、その友人である男子学生も参加されました。性暴力を許さないとの思いが「フラワーデモ」という形で表明される「いい時代」がやっと来たことを体感しました。
 胸の中から叫ぶように吐き出される声、幼い頃に親など近親者からの性虐待を受け、今日も苦しみ続けている女性の語る言葉に、私は弁護士として関わってきた子どもたちに再会した思いに駆られました。やっと母親などに付き添われて弁護士の私のところに来てくれた子どもたち。私は「子どもの事件簿」(フォーラムA、一九九七年発行)でその一部を紹介しています。刑事告訴まで踏み切って、拒絶の意思を明確に表示した子どももあれば、繰り返し嫌なことを聴き取られることに途中で耐えられなくなった子どももありました。拒絶の意思を表示できないままに人生を翻弄されるほど酷なことはありません。国には子どもを性暴力から守る義務があります(国連子どもの権利条約第三四条)。その予防と迅速な救済が求められますが、今日もその体制は出来ていません。
 国連子どもの権利委員会日本政府第四、五回報告に対する日本政府への最終所見(二〇一九年三月五日)は「性的虐待の被害者になった子どもたちに焦点を合わせた質の高い統合されたケア及び支援を提供するために、ワンストップ危機対応センター(駆け込み拠点)への資金提供と援助を増やし続けること」としています。
 子どもを守ることは子どもと全ての人々に希望を保障することだと肝に銘じたいものです。フラワーデモはその第一歩です。

 

 

団将来問題委員会による「地方事務所説明会」のご報告  東京支部 緒 方   蘭

1 企画の趣旨、経緯
 修習生の就職難が緩和され、かつ、就職活動が前倒しになってきていることを受け、ここ数年来、東京大阪以外の地域の団事務所に入所する修習生が減っています。二〇一九年石川県・能登五月集会プレ企画の将来問題企画では、事務所に入所希望の修習生が減っている状況について問題視する発言が相次ぎました。
 このような状況を受けて、団将来問題委員会では、導入修習中に和光で地方の団事務所の魅力を伝える企画を設定することとしました。当初はロースクール生向けの企画を予定していましたが、九月常幹で三重の伊藤団員から修習生向けに和光で行う旨の提案があり、方針を変更しました。

2 企画の概要
 企画の概要は左記のとおりです。
 二〇一九年一二月一六日一八時から
 和光市中央公民館会議室一にて
主 催 自由法曹団
共 催 青年法律家協会弁護士学者合同部会
 参加事務所は、北海道合同、第一合同(秋田)、一番町(仙台)、甲府合同、甲斐の森(甲府)、ぎふコラボ、三重合同、リベラ(四日市)、奈良合同の九事務所でした。
 参加者は、当初、少数にとどまることも危惧されましたが、直前に修習生の間で情報が出回ったようで参加者が急増し、二三名の修習生に参加していただきました。企画の広報をする時は、各地で長年住民の信頼を得てきた事務所が多いことをアピールポイントにしました。なお、最近は、修習のクラスや出身ロースクールのグループラインが情報交換のツールになっているようです。

3 参加者の感想
 参加者の大半は実際に地方の事務所に興味があって来た方でした。出身地に戻りたいという方に限らず、都市部の企業法務の事務所をまわったが地方の事務所の方が弁護士らしいと思って興味をもって参加してくれた方、様々な地域の事務所の話をまとめて聞けるので興味をもって来た方などもおり、導入修習の時期にこのような企画をしてもらえて良かったという声も多数ありました。概ね好意的な感想が多く、地方事務所説明会の需要があることがわかりました。
 また、参加事務所の団員にとっても、他の事務所の様子がわかってよかったという声がありました。
 説明会では、修習生が各事務所と自由に懇談する時間を設けましたが、どの事務所にも二人以上の修習生が付く形となり、しっかり話ができている様子でよかったと思います。

4 今後
 企画の需要があることがわかりましたので、二〇二〇年以降も同様の企画をもっと早期から準備したいと思います。あわせて、今後も早期の段階からロースクール生・修習生に対して、団員弁護士の存在、働き方を伝える場を設ける活動を続けていくようにします。
 今回の企画の実施にあたりご協力いただきました皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。

 

 

「核兵器こんな男が持つボタン」~「大綱」が触れない本当の危機  埼玉支部 大 久 保 賢 一

はじめに
 核兵器の発射ボタンは、核兵器国の最高責任者が握っている。二〇一六年五月、オバマ大統領(当時)が広島を訪問した時、彼は、折り鶴だけではなく、発射命令カバンを同行していた。今、米国の核兵器発射ボタンはトランプ大統領が握っている。ロシアはプーチン大統領、中国は習近平主席、北朝鮮は金正恩委員長である。それ以外は、フランス、イギリス、インド、パキスタン、イスラエルの大統領や首相である。私は、彼らを「こんな男」(メイ首相は女)と蔑む立場にはないけれど、これらの人たちが核兵器のボタンの最終責任者であることに恐怖を覚えている。だから、この川柳(二月一三日・毎日新聞)に共感を覚えるのである。
 金委員長はトランプ大統領との間で核兵器の放棄を約束しているので、それを実行しないと体制維持どころか命が危ないから、彼がボタンを押す機会はたぶんないだろう(押しても死ぬだろう)。イギリスやフランスが独自に核兵器を使用するということは基本的にはないだろう。けれども、インドとパキスタンはきな臭いし、イスラエルのイラン攻撃はありうるかもしれない。
米ロの関係
 最も大きな危険は、米国とロシアである。米国は三八〇〇発、ロシアは四三五〇発の核兵器を保有している(退役・解体待ちを除く)。全世界に退役・解体待ちも含めれば一四四五〇発の核兵器があるし、三七六〇発は作戦配備されているという(長崎大学核兵器研究センター)。米ロが核超大国であることは明らかである。
 その米ロが、最近、中距離核兵器(INF)全廃条約を反故にしてしまった。射程五〇〇キロ以上五五〇〇キロ未満の地上発射型ミサイルは配備しないとしていた両国間の条約が失効したのである。両国は、条約の縛りがないとして、中距離核兵器配備のフリーハンドを確保したのである。世界がより危険になったことを意味している。「終末二分前」という人もいるほどである。
 それだけではない。昨年二月、トランプ政権は核態勢の見直し(NPR)を行い、非核兵器攻撃に対する核兵器による反撃もありうるし、小型核兵器(TNT換算五キロトンから七・五キロトン。ちなみに広島は一五キロトン)の開発を進めるとした。核兵器使用の敷居が低くされたのである。
 更に、この一月には、ミサイル防衛見直し(MDR)が行なわれ、弾道ミサイル防衛にとどまらない「統合防空ミサイル防衛」という概念が示され、宇宙配備センサーの強化が図られている。レーガン元大統領の「スターウォーズ計画」を彷彿させるといわれている。 世界は戦争の危険に満ち溢れでいるのである。
柳澤さんの見解
 元内閣官房副長官補の柳澤協二さんは、これらの事態を踏まえ「二〇一八年防衛大綱が触れない本当の危機」と表現している。柳澤さんは、この「大綱」の特徴を「対米一体化と専守防衛からの逸脱。際限なき力への依存」としている。見捨てられないために巻き込まれるという「同盟のジレンマ」の中で、米国への際限のない同調が行われていると指摘し、政治の軍事力への丸投げを憂えているのである。そして、それだけにとどまらず、ワシントンには届かない中距離核によって、日本が核の戦場になる危険性を示唆しているのである(二月一八日、法律家六団体の集会)。私には、この柳澤さんの指摘を杞憂として排除することはできない。核兵器国や日本などは、核兵器を国家安全保障の切り札として位置付けているからである。核兵器がある限り使いたくなるであろうし、過失や事故によって発射されることも否定できないであろう。だから、核兵器禁止条約は、意図的ではない核兵器の使用も想定しながら、その廃絶を規定しているのである。
プーチンの対抗策
 プーチン大統領は、これらの米国の動きと対抗して「ヨーロッパにロシアを標的とした米国の中距離ミサイルが配備された場合、ミサイル攻撃の決定を下す中枢がある地域も攻撃対象となる」としている(「毎日」・二〇一九年二月二三日朝刊)。中距離ミサイルを配備したらワシントンを攻撃するという意味であろう。私は、彼がウクライナに侵攻した時に、ロシアが核兵器国だということを忘れるなとしていたことを忘れていない。彼の核兵器についての感覚は私たちのそれとは相当へだたりがあるようである。こんな男が核兵器発射ボタンを持っているのである。
 我が国に目を移すと、政府は、米国の核態勢の見直し(NPR)について「高く評価します」としたうえで、「核抑止を含む拡大抑止について緊密に協議を行い、日米同盟の抑止力を強化する」としている(二〇一八年三月八日外務大臣談話)。
 トランプもプーチンも安倍も、核兵器依存症なのである。北朝鮮だけを責めている場合ではないだろう。核兵器使用がもたらす「壊滅的人道上の結末」を念頭に置きながら、安全保障政策は語られるべきである。(二〇一九年二月二五日記

 

 

百、二百、三百一筆書き(2)  神奈川支部 中 野 直 樹

三国境までの道
 船越の頭で昼食をとりながら霧が晴れるのを期待した。朝、麓から登り始めるとたいがい山頂着は昼頃になってしまう。出発のときに雲ひとつない空を眺め、稜線や山頂での展望を大いに楽しみにしながら汗を流してきても、昼頃には次第に気温があがり上層と下層の空気に温度差ができて霧が発生し、がっかりということが多い。
 一一時半を過ぎて薄霧となり、小蓮華山へのジグザグの道が見え始めた。やがて、この稜線道の向こうに白馬岳の頭部分が見え、その左手に雲の衣をまとった杓子岳がくっきりと現れた。このグッドな展開に足取りも軽く登り始めると、手前に白馬岳の東面の厳めしい岩の主稜、杓子岳に連なる吊り尾根の向こうに劔岳・立山連峰が目を楽しませるようになってくれた。
 二七六六mとの高さと名前がかかれた標識の立つ小蓮華山を越え、数十分歩くと三国境である。ここまで歩いてきた稜線が新潟県と長野県の境であり、白馬岳への道は、長野県と富山県の境となる。北に目を向けると、左手に青い水面が光る長池があり、その向うに富山県と新潟県の境の道を辿って雪倉岳、朝日岳へと向かう稜線道が延びている。明日ここまで引き返してきて、向かう道である。
白馬岳への道
 三国境から白馬岳山頂までコースタームで一時間。夏ならコマクサにお目にかかれる砂礫の道を踏みしめながら上に向かう。白馬岳は、杓子岳(二八一二m)、鑓ケ岳(二九〇三m)と合わせて白馬三山と呼ばれる。麓の白馬村からこの三山の雄大なパノラマが仰げる。八方尾根スキー場から見る雪の三山の美麗さは極上である。ところが、北から南の縦の線で白馬岳を眺めると、顔つきが全然変わる。西側がなだらかな線で下っていくのに対し、東面は鋭利に切れ落ち、頭頂部は厳つく周囲を睥睨している様子である。
 一四時四五分、白馬岳山頂(二九二三m)に到着。大勢の人で大賑わいだ。浮雲がかかっているが、槍ケ岳・穂高連峰を越えて乗鞍岳まで望めた。ゆっくりと山頂の時を過ごし、一五時半、白馬山荘で宿泊の手続きをとった。
 白馬山荘は収容人数八〇〇名の日本一大きい山小屋であり、洋室ツインルーム、畳敷きの個室などスペシャル部屋あるという。山小屋にも経済格差か。私たちは通常の大部屋(一泊二食付九五〇〇円)だが、新館の方でわりとゆったりとふとんを敷けた。夕食の一八時まで二時間ほどあるので、持参のつまみを持ってスカイプラザという立派なレストランにいき、生ビールを手にした。
光の道
 翌朝四時頃から山頂に御来光を見に行く人々の動きが騒がしくなった。浅野さんは平気で眠りこけている。私も布団から出ないでうつらうつらしているときに、日の出だとの声が聞こえた。カメラを手にして外に出ると、御来光の時は終わっていた。東側は雲の海が地平のようにのび、朝陽に薄桃色に染まっていた。太陽の上昇に従って目の前の杓子岳、鑓ケ岳の岩肌に、光が影を制覇していく攻防が進行していた。八ヶ岳連峰、南アルプスの山々が島のように浮かび、その間に円錐の富士山がやや白く光りながら見えた。五時半に朝食をとった後、西側を望んだところ、日の光が剱岳を照らし、冷厳な岩稜帯を赤く光らせていた。
 七時四五分山荘を出発し、昨日下ってきた道を登り返した。後ろを振り返ると、剱岳・立山連峰・薬師岳・黒部五郎岳の屋根、黒部湖から赤牛岳に立ち上がり水晶岳に至る尾根、後立山連峰、裏銀座ルートから鷲羽岳に繋がる屋根、それらが合流して槍ヶ岳・穂高連峰に連なっている。「赤牛を歩く」で見た北アルプスを反対側から俯瞰していることに大きな感動を覚えた。
 白馬山頂でもう一度、あきることのない山々の個性を眺めた後、北に向けて歩き始めた。遠い眼下には、黒部川が、富山平野を巨大な蛇の如く蛇行しながら日本海に向かっていた(続く)。

 

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