第1700号 / 4 / 1
カテゴリ:団通信
【今号の内容】
●看過できない検察庁法「改正」案 定年延長をテコにした検察官への人事
介入は許されない 吉田 健一
* 埼玉支部特集 *
○福島原発事故の加害責任、とりわけ国の責任を問う意味 南雲 芳夫
○弁護士三カ月目の雑感と今後の意気込み 李 章鉉
○フードパントリー大宮を立ち上げました 竪 十萌子
* 郵政20条裁判特集 *
○郵政20条裁判(集団訴訟)始まる 平井 哲史
○日本郵便労契法20条裁判全国一斉提訴 福岡のご報告 星野 圭
●地方の一人団事務所の存続問題を団全体の共通課題に 福山 和人
●手錠・腰縄問題で申し入れ書の活用を 守川 幸男
* 書評 *
○「創意」 飯田 美弥子
○リッスン・ホワット・ザ・マン・セッド? 「創意」のこと 杉本 朗
看過できない検察庁法「改正」案
定年延長をテコにした検察官への人事介入は許されない 団長 吉 田 健 一
去る一月三一日、安倍政権は、二月七日に定年退官する予定であった東京高検の黒川弘務検事長について、今年八月七日までその勤務を延長することを閣議決定した。検察庁法に反して検察官人事に不当に介入する暴挙であり、政治から司法まで私物化しようとする重大問題であることは、団通信一六九七号の江夏大樹さんの論考が明らかにしているところである。
ところが、安倍政権は、三月一三日、定年延長をテコにして検察全てに人事介入しうる検察庁法「改正」案を国会に提出した。「改正」案は検察官の定年を国家公務員等の定年に合わせて段階的に六五歳とする規定のほか、一九四七年の検察庁法制定以降、認められてこなかった検察官の定年延長を、内閣ないし法務大臣の判断で認める規定を設けている。とりわけ、次長検事、検事長、検事正、上席検事などの役職者については、原則として六三歳までに役職を退くとしながら、内閣ないし法務大臣が必要と判断した場合は、六三歳を超えて役職にとどまることができるという例外規定を設けた。そのうえ、六五歳の定年後においても、国家公務員法八一条の三(改正後八一条の七)を適用して、一年以内で、さらにその役職を延長できるとするのである。それ以外の検事や副検事、さらには、検事総長まで、この国家公務員法を適用して六五歳の定年を超えて最長三年間までの延長を可能とする。
これらの定年延長に関する諸規定は、黒川検事長の定年延長閣議決定後に、急遽、加えられたものと指摘されている。「改正」法案の施行は二〇二二年からとされており、黒川検事長の違法な定年延長が遡って適法になる訳ではないが、黒川検事長の定年延長の違法を「正当化」しようとする狙いを露骨に示すものである。しかし、さらに重要なのは、前述したように今回の検察庁法「改正」が、検察官の人事に対する違法な介入を検察全てにわたって許容することである。
結局、今回の検察庁法「改正」案は、検察官全体の人事に、政権が恒常的に介入することを可能にする。そして、刑事事件の捜査・起訴等の権限を持ち、準司法的職務を担うことから、政治からの独立性と中立性の確保が特に強く要請される検察のあり方そのものを変質させる。
具体的事件については、法務大臣が検事総長に対して、指揮権を発動できる以外には、政権が検察の捜査に介入することは認められていない。一九五四年の造船疑獄事件では、吉田茂(麻生財務相の祖父)内閣は、当時の自由党幹事長佐藤栄作(安倍首相の祖父岸信介の弟)を逮捕して政治家の刑事責任を追及しようとした検察に対し、法務大臣の指揮権発動により捜査にストップをかけた。しかし、吉田内閣は、その責任を追及されて総辞職に追い込まれている。今回の検察庁法「改正」案が成立したもとでは、指揮権発動などしなくても、検察は、ますます政権や与党の意向を忖度して、捜査権行使を抑制することとなる。もちろん、その捜査権が、政敵や国民のたたかいに向けられるおそれも無視できない。
安倍政権は、このような重大な問題のある検察庁「改正」法案を、国家公務員の定年延長法案に潜り込ませて、国会審議もそこそこに成立させようとしている。
団の参加する改憲問題対策法律家六団体連絡会は、去る三月二四日、上記の各問題点を明らかにした「東京高等検察庁に関する閣議決定の撤回と黒川検事長の辞職を求め、検察庁法改正案に反対する共同声明」を発表した。「戦争させない・九条壊すな!総がかり行動実行委員会」との共同の取り組みであり、抗議はがきなどの運動を呼びかけている。全国から抗議・批判の声を広げ、安倍政権を追い詰めて行く必要がある。
* 埼玉支部特集 *
福島原発事故の加害責任、とりわけ国の責任を問う意味 埼玉支部 南 雲 芳 夫
二月、生業訴訟・控訴審の結審弁論
二の数字が並んだ二〇二〇(令和二)年二月二〇日に、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発事故訴訟は、提訴後、約七年を経て控訴審の結審に至った。
原告側の結審弁論の大取りは、原発事故の年に弁護士登録した中瀬奈都子団員。富岡町夜の森で生まれ長年にわたり地元で事業を営んでいた女性の言葉を、事実上の現地検証の際の映像とともに紹介した。
「私にとって、夜の森の人たち、風や土や水、全てが肉になったり血になったり、私という人間を作り上げてくれたところだと思っております。私の体の細胞の一部にさえなっているんじゃないかと思っております。
夜の森に生まれて、夜の森で最期を迎えて、親や夫の入っているあのお墓に、私も入るものだと信じて疑ったことはありませんでした。ですが、それがかなわなくなってしまって、それほど私にとっては夜の森というところが大事なところだったです。それが悔しくてなりません。」
三月、東電を被告とした二件の高裁判決
三月には、強制避難の対象となって住民による東電のみを被告とした集団訴訟の判決が続いた。いずれも、「原告住民の一律の慰謝料」認定が前提となり、国が定めた賠償指針(中間指針)に対する増額が注目された。
①三月一二日 いわき避難者訴訟・仙台高裁判決
帰還が断念された「帰還困難区域」、及び二〇一七年に避難指示が解除された「居住制限区域」等の住民約二〇〇名が東電を被告として賠償請求した裁判である。判決は、「故郷の喪失・変容による慰謝料」を認めた。また、東電の津波対策の懈怠の悪質性について「誠に痛恨の極み」と厳しく断罪し、これを理由として、原賠審・中間指針が認める「避難継続慰謝料」(月額一〇万円)とは別に、「避難を余儀なくされた慰謝料」(帰還困難区域・居住制限区域等で一五〇万円)の一律増額に踏み込んだ。
②三月一七日 小高に生きる訴訟・東京高裁判決
強制避難の対象となり二〇一六年七月に避難指示が解除された南相馬市小高区(旧小高町)の住民三〇〇余名が東電を被告とした集団訴訟である。高裁判決は、月額一〇万円×八五ヶ月の八五〇万円の避難慰謝料(中間指針)とは別に、「生活基盤変容に基づく慰謝料」を認めたものの、原審・東京地裁判決の三〇〇万円を大幅に減額し一〇〇万円の上乗せにとどまった。東電の過失、悪質性については、一・二審判決を通じて判示がない。
今後、国も被告とした三件の高裁判決が続く
①生業訴訟(仙台高裁)は、
ⅰ)国の責任の追及を裁判の中核に据え、
ⅱ)避難指示区域と避難指示区域外の双方についての一律慰謝料請求している。
福島地裁判決では、国の国賠違法の責任で勝訴し、避難指示区域外についての一律認定を勝ち取った。他方で、避難指示区域について中間指針等を超える損害認定が否定されているという大きな限界がある。二月二〇日に結審し、判決は夏前後が想定される。
②群馬訴訟(東京高裁)は、避難指示区域及び区域外から群馬県へ避難した住民が、国と東電を被告として、個別的な損害立証と請求がなされている事案である。原判決は、国の責任を認める嚆矢となったが、損害認定に問題が大きかった。控訴審は、四月二一日結審予定。判決は秋か。
③千葉訴訟(東京高裁)は、同じく、避難指示区域及び区域外から千葉県へ避難した住民が、国と東電を被告として、個別的な損害立証と請求がなされている事案である。原審では、政府の地震本部で日本海溝寄りの巨大津波をもたらす地震の想定(二〇〇二年「長期評価」)をまとめた島﨑邦彦東大地震研名誉教授の証言を実現して、福島原発事故の責任を究明に向け大きな貢献をなしたが、原判決は、「長期評価」の信頼性の程度を問題として国の責任を否定。控訴審は、六月五日結審見込みで、判決は年内か。
今年後半は、国の責任を問う高裁判決が連続するが、形式的に考えれば、国の責任が認められたとしても、東電からの賠償が実際には先行するので、仮に国に勝訴したとしても、賠償額が実質的に増額される関係には立たない。
しかし、各地の判決行動でも、国の責任を明らかにすることについての原告たちの思いは強く期待は大きい。何故か。
福島原発事故を巡っては、ⅰ)責任(謝罪)、ⅱ)賠償、ⅲ)被害の根絶(脱原発)は三位一体の関係にあるといえるのではないか?
【原賠法の無過失責任に基づく限定賠償と原発推進政策の延命】
これが国と東電の理念といえる。
その内容は、次の三点に整理される。
①原賠法の無過失責任により事故の責任は「問わない」、だけでなく「問わせない」(=民法七〇九条の過失責任の排除)
②無過失責任を理由とした賠償の限定
(=中間指針は、損害項目を「定型的損害」に限定し、かつ「低額」算定している。)。この点に関して、山形地裁判決は、原賠法の「重い無過失責任」を理由に過失は考慮しないと言明した。
③以上の延長上に、国による原発推進政策の延命を図る(原賠法一条の「原子力事業の健全な発達」という目的の実現)。
こうした特質があることから、原発賠償訴訟は、東電との間での単なる民事紛争ではとどまらない。すなわち、ⅰ)原賠法という法的処理枠組みの事前の準備、ⅱ)実際の事故後の賠償原資の負担、ⅲ)賠償基準(中間指針)の策定など、全て国が決定し、また負担している。これは、原発推進政策とリンクした国主導による賠償政策といえる。
これに対して、住民側の理念は、
【加害責任の明確化とこれを踏まえた原状回復・賠償と将来の被害の抑止】
といえる。
その内容は、次の三点に整理される。
①国と東電の重大な過失に基づく法的責任を明らかにする
(=原賠法による責任究明排除・賠償負担の東電限定に対して、国賠請求権を保障した憲法一七条を武器に重大な過失責任を争点に据える。)。
②①の重大な過失責任を踏まえ、憲法一三条が保障する人格権の侵害による損害に対して完全賠償を求める
(=損害項目を定型的損害に限定せず、かつ強い非難に値する過失を考慮した損害額の認定)。
③①と②の延長上に、回復不能な被害を防ぐために脱原発への政策転換の展望。
よって、原告の運動は、ⅰ)国・東電の責任を踏まえ、ⅱ)被害に応じた完全な賠償について、ⅲ)原告に限られず全ての被害者の救済を目指す、全県民的・全国民的なものであるべきである。
そして、大きな理念上の闘いを制するには
①過失不問の原賠法処理スキームに対し、憲法を武器に東電と国の重大な過失を判決で明らかにする、
②それを踏まえて、損害項目限定、無過失による低額賠償を定めた中間指針を打破する、
という二つの闘いで共に勝訴することが不可欠である。
板井優団員の応援弁論「原発から自由になろう」
先ごろ亡くなった板井優団員は、二〇一三年七月、生業訴訟の一審第一回期日において、「原発なくそう!九州玄海訴訟」の弁護団として応援弁論に立った。その中で、玄海原発訴訟で九州電力だけではなく国も被告とした意義を述べ、生業訴訟について「国を被告に据えている本件訴訟に大きく賛同する」とした。そして「裁判所におかれては、二度とわが国で原発事故を引き起こさないための立場から原発被害を余すところなく明らかにした歴史的な判決を下して頂きたい」として、「原発から自由になろうではありませんか。」と締めくくった。
二つの闘いで共に勝訴し、その延長上に、①原状回復と生活再建に向けての政策課題の前進、更には②原発政策の転換という国民的課題を勝ち取ることが展望される。
公害闘争の教訓として、「被害に始まり被害に終わる」とされるとともに、「被害と加害の構造を明らかにする」ことの重要性が指摘される。その意味で、国と東電の加害責任の実質を明らかにすることが、全て課題の出発点となる。今年が山場である。
(二〇二〇年三月一八日記)
弁護士三カ月目の雑感と今後の意気込み 埼玉支部 李 章 鉉
初めまして、私は七二期新人弁護士の李章鉉と申します。司法修習を終え、今年の一月から弁護士法人川越法律事務所にて勤務しております。
私は、在日朝鮮人三世として日本に生まれ、幼稚園から大学まで、朝鮮学校という民族学校に通いました。在日朝鮮人の歴史を見ると、その発生から現在に至るまでの過程には、常に闘争によって権利を獲得してきた歴史があります。そのような境遇もあり、日本社会で在日朝鮮人として生きていきながら、人権擁護、権利獲得のために闘う弁護士になりたいと思い、弁護士を志しました。
現在、事務所では先輩弁護士の先生方と一緒に相談に同席し、共同受任する形で事件を担当しております。当初は担当する事件も少なく何をしたらいいのかわからないこともありましたが、今では担当する事件も多くなり、日々やることに追われる毎日です。弁護士の仕事を始めて三ヶ月目ということで、開始当初に相談を受けて受任した事件の訴訟や調停がちょうど始まっていく時期にあり、裁判所に行くことも増えてきました。
事件としては、交通事故や離婚、破産、労働や一般民事事件等、様々な種類の事件を担当しております。川越法律事務所は比較的弁護士先生の数が多いため、色んな先生方と一緒に事件を担当することができ、様々な事件について先生方それぞれの流儀を知ることができるので、とても恵まれた環境にいるなと実感しております。
事件を担当してみて感じるのは、実際に委任を受けて事件を担当することになるので、修習生時代とは違って責任の重さを感じますが、相談者や依頼者の安心した顔を見ると、やりがいを感じることも多くあります。これからはもっと担当する事件も増えていくと思いますが、それに応えていくためにも日々研鑽を積んでいきたいと思います。特に、四月からは刑事の国選事件や当番弁護も行われることになるため、今まで以上に忙しくなってくると思いますが、それでも担当する事件一つ一つにしっかりと向き合い、どのような事件にも全力で取り組めるようにしていきたいです。委員会といった会務にも積極的に参加し、弁護士としての社会的公益的活動にも携わっていきたいです。
この一年間、何事にも失敗を恐れず積極的に挑戦していき、これからの弁護士人生において価値ある土台を作っていけるようにしたいと思います。
みなさん、どうかよろしくお願いいたします。
フードパントリー大宮を立ち上げました 埼玉支部 竪 十 萌 子
昨年一二月から、仲間達と、大宮駅西口そごう付近で、フードパントリー大宮を立ち上げました。フードパントリーとは、セカンドハーベスト等から食料品を受け取り、必要な方にお配りする場です。埼玉県が中心となって立ち上げを応援していて、私達もその活動に乗りました。
立ち上げた理由は、私の依頼者や相談者に、今日のご飯が無いと困っている方が沢山いて、フードバンクから食糧支援をすると、涙を流して喜ぶ依頼者が沢山いたためです。食料支援を必要とする方が本当に沢山いて、継続的にその活動が必要と思っている中、埼玉県に話しに行った際に、フードパントリーの立ち上げの存在を知り、仲間達と立ち上げに至りました。
私達のパントリーの支給要件は「相談担当者等が、フードパントリーを必要だと思った方」にしました。他のパントリーでは、母子扶養手当受給者や市在住者など、要件が決まっています。しかし、私達の関わる方々は、この要件から漏れる方が沢山いらっしゃるため、要件は、私達が必要と思った方、という概念にしました。
私達の良さは、パントリーを利用する当事者と、私達に、人間関係がすでに出来ていて、私達がその当事者の実情を分かっているから、「良く来たね!」「これが必要でしょ。これも持って行って!」等と実家のような雰囲気でわいわいと当事者の方に食料品等を渡せる所です。
弁護士をしていると、この食料支援を必要としている方が沢山いる現状にさらされます。貧困の底抜けが始まっていて、この多くの人が食料支援を必要とする政治・社会自体を本当に変えたいです。
今は、生活困窮者の方に、私が出来ることは限られています。そんな中、食料支援という一つの選択肢を増やせたに過ぎませんが、何もできないよりはマシだという思いです。
私としては、いつか当事務所でパントリーが出来るようになればいいなと思っています。常に人手不足でスタッフも大募集しております。ご興味があります方は大募集ですので、私にDMまでご連絡下さい。ご自身の依頼者に支援が出来るようになりますのでお勧めです。
* 郵政二〇条裁判特集 *
郵政二〇条裁判(集団訴訟)始まる 東京支部 平 井 哲 史
一 労働集団訴訟を全国七地裁に提訴
郵政職場における契約社員の不合理な待遇格差を問う訴訟(後述)は現在、三事件とも最高裁にかかっており、そろそろ判決が出るのではないかとささやかれています。
この最高裁判決を待たずに、高裁判決までの到達を生かして、時効による逃げ切りを許さず、さらに前進を勝ち取り、組織的前進もしようと、二月一四日(金)、郵政産業労働者ユニオンが組織する非正規労働者(「時給制契約社員」と言います。)五七人が、東京地裁に正社員との待遇格差は違法として損害賠償請求訴訟を提起しました。
この前後に提訴されたものを合わせ、北から順に、北海道、東京、大阪、広島、高知、福岡、長崎の七地裁に提起しています。原告は、北海道・岩手・千葉・埼玉・東京・神奈川・静岡・愛知・大阪・京都・兵庫・広島・岡山・高知・福岡・長崎と、全国から一五四人。弁護団は約五〇名。本稿のほか各地弁護団からも寄稿があるかと思います。
労働訴訟としては、これだけの規模のものは、(記憶の限りですが)国鉄の分割民営化の際に国鉄労働組合員らが受けたJRへの採用差別、社会保険庁の解体・民間委託の際に年金機構に採用されなかった方々の分限免職裁判に次いで三例目かと思われます。待遇格差の是正を求めるものとしては全国規模のものは初かもしれません。この点、安倍首相が「悪夢」と非難している旧民主党政権時代の二〇一二年に労働契約法が改正され、その二〇条で、不合理な待遇格差が禁じられるようになるという法改正が果たされたことが追い風になったと言えるでしょう。
二 郵政職場における時給制契約社員と正社員との待遇格差
郵政職場に働く時給制契約社員は、社員全体の約半数で、およそ一九万人。集配業務においても局内での郵便物の仕分けをする内務の業務でも、正社員と同じくシフト勤務で、労働時間数も正社員同様にフルタイムの人も多く、業務内容も責任も正社員の管理者を除けばほぼ同じと言ってよいでしょう。実際、郵便局員の方にお会いしても、正社員なのか時給制契約社員なのか見分けはつきません。
それにもかかわらず、待遇面では、月額基本給で差があるだけでなく(時給制契約社員の月額給与のうち基本給は地域最賃の数十円上で固定されています。)、次のような大きな格差があります。
①各種手当
まず、住居手当、扶養手当、年末年始勤務手当、祝日に勤務した際の割増手当となる祝日給、寒冷地手当など正社員には支給されている各手当がまったくありませんでした。
②有給の休暇
また、正社員には整備されている最大で九〇日ある有給の病気休暇や夏冬各三日ある夏期冬期休暇もありませんでした。
③賞与
賞与は、多くの企業において、月額給与の何か月分かという形で計算・支給しているところが多いと思いますが、郵政職場の時給制契約社員は、月額基本給ですでに正社員と差がある上に、賞与計算において、一律に「〇・三」という乗率をかけられており、金額で比較すると正社員と数倍から、多いと一〇倍以上の差が出ています。
「こんな格差はないだろう」「ちゃんと生活していけるような待遇にしてほしい」というのが原告らの訴えです。
三 待遇格差の是正を求める先行訴訟と会社の態度
このような「待遇差別」と言えるほどの大きな格差をなんとかしようと、郵政産業労働者ユニオンが組合員の中から代表となって裁判をたたかう原告を担ぎ、二〇一六年五月に先行訴訟を提起しました。この訴訟は東京と大阪の二か所でたたかわれ、それぞれの訴訟で判決が認めた不合理な格差は末尾につけた組合作成の別表のとおりです。
この訴訟で、住居手当、扶養手当、年末年始勤務手当、夏期冬期休暇、病気休暇について不合理な格差だと一部勝訴の認定を受けて、組合は、原告および組合員だけでなく、すべての時給制契約社員について早期に待遇格差を改善するよう会社に求めました。
しかし、会社は、裁判を継続している最中に、①地裁で敗訴していた住居手当について、正社員(新一般職)にも段階的に支給しないようにし、②年末手当を廃止して年始手当について時給制契約社員にも正社員の八割支給するようにする、③無給の病気休暇の日数を増やすなど、敗訴が確定しても「傷が浅くなる」ような労働条件の変更を最大労組と労働協約で定め、郵政産業労働者ユニオンの組合員などにも就業規則を変更して適用するようにしました。
このような姿勢では、たとえ先行訴訟での勝利が確定しても、その効力は原告にしか及ばないし、原告以外の時給制契約社員の方々は、上記のような労働条件の変更で待遇改善にふたがされてしまいます。ここを突破して職場全体の時給制契約社員の待遇改善につなげるにはより大規模なたたかい、そしてそのたたかいを組織する郵政産業労働者ユニオンが大きくなることが必要、ということで今回の集団訴訟に踏み切ったものです。
四 法の趣旨にのっとった待遇改善を
昨年、「働き方改革関連法」の一環で、正社員との不合理な待遇格差を禁じた労働契約法二〇条やパート労働法八条などがまとめられてパートタイム・有期雇用労働法ができました。この八条において、パートや有期など雇用形態の違いにかかわらず、職務内容や配置変更の範囲などを考慮し、個々の待遇ごとに、待遇の性質・目的に照らして、不合理な格差があってはならないとされました。
そして、何をもって不合理な格差となるのかはケース・バイ・ケースの判断となりますが、厚生労働省が「同一労働同一賃金ガイドライン」というのを発表しています。そこにおいては、地域手当や通勤手当、業務の対価としての性質を持つ各種手当や、福利厚生としての転勤者用社宅の利用や病気休暇はじめ各種休暇が不合理な格差をつけてはならない例としてあげられるほか、賞与についても、企業の業績等への貢献に応じて支払われる場合には、労働者の貢献の違いに応じた支給をしなければならない、と書いています。
ですので、ほぼ同様の仕事をしていながら、賞与について、個々人の貢献割合と関係なく、有期雇用というだけで一律に「〇・三」という乗率をかけるような、被告会社における賞与計算の仕方は不合理な格差と認定されるべきでしょう。
被告会社は、本訴訟で問題としてとりあげている寒冷地手当についても、この先、正社員について廃止することを考えていますが、一般論としてこうした正社員の待遇を引き下げる形での「悪平等」は望ましい対応とは言えないと厚生労働省はしています。
五 賽は投げられた
この集団訴訟は、以前から正社員主義を排して、「雇用区分の違いにかかわらず同じ職場で働く仲間だ」という精神で組織化も運動もおこなってきた郵政産業労働者ユニオンならではの取り組みであり、小さいながらも全国組織を有しているからこそできたものと言えます。
約一九万人もの有期契約労働者を雇用する日本郵便が率先して、有期契約労働者の待遇を引き上げて格差の解消をはかることは、少なからず他の産業にも影響を与えるでしょうし、待遇が改善された労働者の定着率の向上につながるほか、当該労働者が居住する地域にも消費という形でお金が循環することになろうかと思います。
日本郵便のような大きな会社でなくても、全国のそこ、ここで雇用区分の違いによる待遇格差は存在します。すでにいくつもの裁判が報じられており、訴訟の内容も、メトロコマース事件では退職金について不合理な格差を認めさせ、大阪医大事件ではアルバイトにも賞与を認めさせてきています。また、不合理な待遇格差を引きずったまま無期転換した場合に、その無期転換後の労働条件がそのままでいいことにはならないでしょうから、無期転換後の不合理な格差の是正も視野に入ってきます。そうした「そこ、ここ」にある不合理な待遇格差を掘り出し、問題として取り上げ、一つ一つ改善をはかっていくことが日本の労働社会をよりよくすることになるだろうと思いますし、そうした取り組みを多くの団内外の仲間と取り組み、交流しながら広げていけたらと思います。
日本郵便労契法二〇条裁判全国一斉提訴 福岡のご報告 福岡支部 星 野 圭
一 二・一四全国一斉提訴
労働契約法二〇条に基づき、期間の定めの有無による不合理な労働条件の格差の是正を求めて、二〇二〇年二月一四日、一五四人の原告が、全国七地裁(長崎地裁のみ二月一八日提訴)で「郵政労契法二〇条裁判」を提起しました。
郵政産業労働者ユニオンが全面的に支援するこのたたかいは、同一価値労働同一賃金の原則の実現に向けた重要な一歩であるとともに、二〇二〇年四月一日(なお、中小企業については二〇二一年四月一日)のいわゆるパート有期法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)施行を前に、待遇格差の是正に取り組もうとする事業者・企業にも大きなインパクトを与えるものです。
提訴に際しては全国統一訴状によっているため、今のところご当地の特殊性はあまりありません。福岡訴訟では八人の原告に、八人の弁護団で臨みます。
二 先行訴訟における高裁の判断
日本郵便を被告とした労契法二〇条裁判は、先行して三高裁の判決が出ています。争点となった手当や休暇の種類は、各訴訟によって若干の相違はありますが、福岡高裁判決(二〇一八年五月二四日・平成二九年(ネ)第六一五号)では①夏期冬期休暇が、東京高裁判決(二〇一八年一二月一三日・労働判例一一九八号四五頁)では、①夏期冬期休暇、②有給の病気休暇、③住居手当、④年末年始勤務手当が、大阪高裁判決(二〇一九年一月二四日・労働判例一一九七号五頁)では、③住居手当と、契約期間が通算五年超(「労契法一八条参照」とされている)の契約社員に関する①夏期冬期休暇、②有給の病気休暇、④年末年始勤務手当、⑤年始の祝日に準じる日に出勤した場合の手当が、それぞれ不合理な労働条件の相違であるとされました。
なお、大阪高裁判決は、労契法二〇条の判断枠組みに関して、ハマキョウレックス事件最高裁判決(二〇一八年六月一日・労働判例一一七九号二〇頁)及び長澤運輸事件最高裁判決(二〇一八年六月一日・労働判例一一七九号三四頁)の規範を採用しています。
三 格差の主原因である「賞与」に関する不合理な労働条件の相違
各地でたたかわれている労契法二〇条裁判の結果、徐々に雇用期間の定めの有無による労働条件の相違(格差)が是正されてきています。とはいえ、現状はまだまだ不十分です。
特に、労働者の賃金の中でも重要な構成部分である「賞与」(日本郵便では「夏期年末手当」という名称)について、前記東京高裁は、「使用者は、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる」として、使用者の広範な裁量を根拠のひとつとした上で「夏期年末手当の金額の相違を考慮しても、これを不合理であると評価することはできない」としています。
実態としてほぼ同一の労働をしているにもかかわらず、使用者の裁量を広く認めることで事実上賞与に関する格差是正の道を狭いものにしかねないところであり、この点は直ちに改められなければなりません。
四 全国的にご支援を
労契法二〇条を取り込んで改正されたパート有期法八条は、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて」、前提条件が同じときは同一に取り扱わなければならない均等待遇をも要求するものと考えるべきです。今後、この条文に魂を吹き込み、労働者間の待遇格差をなくすための原動力とするにあたっても、本裁判は重要な試金石のひとつとなるものです。
福岡県でも、これから労働者、労働組合や市民団体など幅広い連携をつくっていく予定です。各地の皆さまにおかれましても、ぜひ多方面でのご支援と、実働弁護団へのご参加をお願いいたします。
地方の一人団事務所の存続問題を団全体の共通課題に 京都支部 福 山 和 人
一 地方の団事務所の現状
団通信一六九六号で、岩手支部の上山信一団員が「岩手支部が抱える問題」と題して寄稿された。岩手では、近年、次々と先輩団員が亡くなられたことにより、団事務所がそのまま閉じることになったそうだ。「ひとたび団事務所がなくなってしまった地域に、再び新たな団員を迎えるということがとても難しいということを実感している。今後地方の人口減少が進めば、更に困難になっていくだろう。」と述べられた状況は、地方の団員の大方の実感であろう。
二 豊岡合同法律事務所の現状
二〇一八年春以降、約二年にわたって、私を含む京都支部の団員四名は、兵庫県北部の豊岡市にある豊岡合同法律事務所に週一回通って、同事務所のサポート活動を行っている。豊岡は城崎温泉や特別天然記念物のコウノトリの里として有名な風光明媚な街だ。豊岡合同は、一九七五年に前田貞夫団員(二一期)が開設した兵庫県北部(但馬地方)の拠点事務所である。これまでにいわゆる八鹿高校事件において中心的役割を果たしたのをはじめ、但馬における原発建設反対闘争、原爆症認定闘争、国鉄闘争などを担ってきた。前田団員自身、衆院選に四度挑戦するなど、地域の政治革新と住民の権利擁護のために多大な足跡を残してきた。しかしその前田団員も八二歳を迎えて健康不安もあり、事務所存続の危機を迎えている。万一、事務所を閉じることになれば但馬の民主運動にとってのマイナスは計り知れない。
三 京都支部の団員によるサポート
前田団員はこれまでも団通信を通じて全国への支援要請や、兵庫・大阪・京都の三支部への直接の支援要請を行ったが、後継者確保は進まなかった。そうした状況の中、豊岡合同の元事務長が私の大学同期という縁もあり、できる範囲のサポートということで、我々京都支部の団員がそれぞれ週一回程度豊岡に通って前田団員と共同で相談や事件受任を行う活動を続けてきた。それならお前が豊岡に行けよと言われそうだが、私たちも力不足のため、俄に豊岡への拡大路線を取ることは現実的には難しい。
四 但馬における経営基盤
ただやってみて実感したが、豊岡には、相談や事件のニーズは十分にある。おそらく豊岡での相談件数は京都市内の平均的法律事務所の倍以上あるだろう。しかも特許などの特殊訴訟は別として、刑事、債務、消費者、家事、交通事故などの一般的な事件はもとより、労働、医療、建築などの専門事件も普通にあり、ここでやれればどこでも通用する技量が培われる。その意味で都会よりも経営的には十分な基盤があるし、民主団体等の期待も強い。このまま事務所を閉じるのは余りにも惜しい。
しかし近時、司法修習生や若手弁護士にとって、地方の事務所は全く視野の外にあるように感じる。大都会に偏在するロースクール制度の弊害だろう。
五 団のゼロワン問題
私が入団した二〇〇一年頃は、日弁連挙げてゼロワン解消に取り組んだ時期であり、当時は地方の団事務所にも若い団員がそれなりに入所した。が、多くは県都や中心都市に限られ、いわゆる田舎の団事務所は年配団員の孤軍奮闘によって支えられてきたのが実情だ。長年、地域の司法を担ってきた地方の一人団事務所は、高齢化と後継者不足の荒波の前に、多くが存続の危機に晒されている。そうした事務所がどれくらいあるのか数えたことはないが、これを放置すれば、自由法曹団は早晩、地方から消滅することになりかねない。団にとってのゼロワン問題が深刻に進行しつつあることを私たちは共通認識にすべきだと思う。団本部にはこの問題を団全体の共通課題として是非位置づけてほしいと願う次第である。
六 団員の皆さんへ
そして、団員の皆さん(特に若い方々)には、ぜひ一度豊岡に遊びに来てほしい。ここにはコウノトリが悠々と飛び交う豊かな自然がある。人情は暖かく時間がゆったりと流れる町だ。城崎や湯村など風情のある温泉に恵まれ、日本海のカニや魚、出石そばなど旨いものには事欠かない。おまけに酒も旨い。海ではマリンスポーツ、ハチや神鍋などの高原ではスキー、パラグライダーなど夏冬問わずオフも退屈することがない。ワークライフバランスを保ちながら、スキルを磨き、経済的にも充実した弁護士人生を謳歌したいという皆さんの来訪をお待ちしている。心から歓迎する。
手錠・腰縄問題で申し入れ書の活用を 千葉支部 守 川 幸 男
大阪を中心に手錠・腰縄問題の取り組みが進んでいる。一般事件で優れた判決を勝ち取ったり、裁判所の運用の変化も見られる。日弁連も昨年の人権大会で取り組むことを報告し、シンポジウムが開かれた。しかし、準抗告運動のようには広がっていない。
他方、大阪の山下潔さんや伊賀興一さんから、私あてに再三千葉での取り組みの要請が来る。そこで私は、千葉の裁判員PTで、ぜひ千葉でも取り組もう、少なくとも申し入れ書のひな形でも作って提案したらどうかなど、と提案してきた。
しかし、なかなか進まない。それなら、私が申し入れ書のひな形を作って提供することだと考えて、今回、千葉で、刑事法制委員会(私は委員ではない)から全会員あての提案という形でこれが実現した。ぜひ活用してほしい。言い出しっぺだから、私は今後全件で実行するしかない。ただ、準抗告運動と違って、あまり手間はかからない。提出して交渉すればよい。そのうち、まず一般事件から実務が変わるであろう。少しでも多くの弁護士が取り組むことが肝要である。
書式について、いくつかの点を指摘しておきたい。
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(1)大阪の書式は、人権擁護、名誉感情などを中心にしているが、私はこれに無罪推定と予断排除を加えた。裁判所が人ごとのように、傍聴人や裁判員だけを問題にして、裁判官の前で外せば足りる、職業裁判官なら予断は持たない、と考えるなら、そうではない。裁判所もまた予断排除の観点が重要だと知らせる必要がある。だから、この書式は一般事件だけでなく、裁判員裁判でも使えるが、すでに裁判員には解錠、施錠は見せない実務が定着しているから、一般事件より実現のハードルは高いだろう。
(2)裁判員裁判などでの公判前整理手続きでは、これを適当に修正して使えばよい。
(3)大阪のHPに掲載されている書式は、拘置所長も名宛て人にしているが、最近山下潔さんから送付されてきたものではこれがない。各自考えて使えばよい。
(4)ただ、書式に記載の方策のうち三項は、少なくとも裁判長の面前で解錠、施錠する前提と読めるので不徹底である(大阪のHPに載っている書式にはこれがない)。一歩前進とみることも可能だが、各自考えて申し入れすればよい。
* 書 評 *
「創意」 茨城県 飯 田 美 弥 子
私は来月還暦を迎える。本書の著者は「刑事弁護六〇年余」である。私が産まれる前の事件から活動が紹介される。当然のことなのだが、そのキャリアの長さにまず脱帽する。
巻末には無罪判決一覧表がある。私は弁護士二〇年で布川事件の再審無罪しか経験がない。この違いは何か、気後れしながら読み始めた。
松川事件、全逓東京中郵事件、都教組事件など判例集で学んだ歴史的事件。それらは単発で起きたものではなく、全国規模の弾圧の一環として行われたものだと知る。検察庁はもとより、裁判所までも巻き込む権力の横暴(松川事件に至っては米占領軍の干渉)に若手弁護士たちが挑んでいくさまが熱い。
結審一週間前に鑑定をして意見書を出し、手続を続行させる。法廷秩序維持法違反に問われて逮捕されるかもしれないと着替えを持って出廷する・・・。たんたんとした語り口ながら、手に汗を握るような場面が幾つも登場する。
むき出しの警察権力の行使に驚くと共に、新幹線もコピー機も携帯電話もメールもない時によくもこんな神出鬼没の活動ができたものだと驚くばかり。
部落解放同盟の問題では警察がその暴力を放任し、マスコミも沈黙する中、具体的事実を訴えて行く、知らせていく活動を通じ、三〇年余を経て同和の特別施策を終了させるに至る(高浜町元助役の関西電力重役への金品贈答問題として今も尾を引いているのは残念である)。
個々の事件の事実に即した対応と、道理に基づく粘り強い活動の大切さ。それが少しずつ時代を変えてきた、と実感する。
権力による人権制約の危険が高まっている今だからこそ、引用されている広津和郎氏の言葉が心に響く。「どんな事があっても、めげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、生き通していく精神――それが散文精神だと思います。」
※しんぶん赤旗三月二二日付から転載
リッスン・ホワット・ザ・マン・セッド? 「創意」のこと 神奈川支部 杉 本 朗
「人の話を聞くのが病的に好きだった。」そんな書き出しの短編が村上春樹にあったような気がする。
弁護士になったころの私にとって、自由法曹団は、おじ(い)ちゃんやおば(あ)ちゃんの話を聞くところだった。教科書や百選でしか知らない歴史的出来事について、それを体験したその人から話を聞くのは、寝床の中でいろんな冒険譚を聞くような楽しみがあった。単に昔話を聞くのとも違う、手に汗握る臨場感みたいものがあった。
まったくどうしてそうなったのか分からないのだが、旅館の一室で、敷いてあった蒲団を丸めた上に座って、上田誠吉さんが、三鷹事件の当事者のことをあれこれ話していたことがある。あるいはやっぱり旅館の一室で、浴衣を着た小島成一さんが、友誼関係にある政党とのお付き合いの重要性を語っていたことがある。あるいはこれはもう誰だったか忘れてしまったのだけれど、熱く、モベヒの団結と大衆的裁判闘争の重要性に語っている人の姿も覚えている。
なんでそんなことを思い出したのかというと、石川元也さんの『創意』を読んでのことだ。この本は、ちょっと前に流行った言葉で言うと「オーラルヒストリー」である。もうすでに何本も団通信に書評原稿が載っているのでご存知だと思うけど、岩田研二郎さんと斉藤豊治さんによる、聞き書き、インタビューである。インタビュー形式を取られたというのはなかなかいい編集方針だなと思った。ご本人に原稿を書かせると得てしていつまでも原稿が上がらないという危険性があるが(元也さんがどうこうというわけではありません)、インタビューならそのようなリスクは避けられる。ただ、逆に、かなりインタビュアーが準備しないと、インタビューイの思い違いなどを是正できないし、誤った事実を見過ごしにしてしまうことがある。その意味で、岩田さんと斉藤さんは大変だったと思うけれど、その努力は見事に報われている。
公安事件、スト権奪還闘争、解放同盟との闘い、刑法「改正」との闘いなど、さまざまなヘビーな事件について、次から次へと、元也さんによって語られる。
よくもまぁ、こんな事件をこんなにたくさんやったもんだなぁ、と感動してしまう。他方で、わが身を振り返ると、とてもこんなことやれないよなぁ、とも思う。団に入った頃、いろんな人の話を聞いて、面白いな、すごいな、と思ったけど、その後特にそうした「隊列」に加わることはなく、今日に至ってしまった。ポップスの歌詞を借りれば「臆病だった私は平凡に生きている」というところである。
しかし、自分には出来そうにないことであっても先達のあれこれを知るということは、悪いことではないと思う。松明を直接受け取らなくても、松明が受け継がれている様子を見聞きし、それを応援することで、幾ばくかでも、松明が引き継がれることの応援になるのではないか、と思うからだ。誰もがメジャーリーガーになれるわけではないが、スタジアムへ応援に行くことは出来るし、そういうファンによってメジャーリーグは支えられている。いや、別にMLBでなく、NHLでもNBAでもNLFでもなんでもいいんだけど。
こんなことを言うと、元也さんにお叱りを受けそうだが、とにかく読んで面白かった、ということでご海容いただきたい。ちゃんと本も買ったし。
(よく考えたら、私はほとんど元也さんとお付き合いはなかった。国内人権機関問題の意見交換で大阪でお目にかかったことがあるのと、どこだかの宴会で長野県出身者の一団のお一人として、「信濃の国」を六番まで歌っているお姿を見たことがあるだけである。)