第1709号 / 7 / 1

カテゴリ:団通信

【今号の内容】
*新潟 / 長野県/ 山梨県 / 静岡県支部 特集
○山梨における新型コロナに関する取り組み  雨松 拓真
○静岡県における検察官定年延長問題への取り組みなど(2)  大多和  暁

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●東京電力グループ企業の計器工事作業 者の存亡をかけたたたかい(下)
 -組合をつくったら「死ね」というのか!?  鷲見 賢一郎

●派遣法直接雇用申込みみなし制度・内部通達の情報公開請求訴訟  谷  真介

●「核持って絶滅危惧種仲間入り」その2  大久保 賢一

 


 

*新潟 / 長野県 / 山梨県 / 静岡県 支部特集
山梨における新型コロナに関する取り組み  山梨県支部  雨 松 拓 真

 山梨における新型コロナウイルスに関する取り組みを紹介いたします。これまでの取り組みを振り返った上で、今後の課題等について述べます。

一 これまでの取り組み
 これまでの取り組みとしては、四月、五月、六月の三回にわたりホットラインを実施しました。四月と五月は、団員と団員以外の弁護士有志で、六月には、労働組合等の他団体と共同で行いました。
 また、弁護士会では、電話相談を実施するとともに、四月後半には学生向けのLINE相談も実施しました。
 今後も、団員以外の弁護士や労働組合等の諸団体と協力しながら、また弁護士会としての活動にも積極的に関わりながら、取り組みを継続していく予定です。

二 これまでに寄せられた相談内容
 当初は休業手当が支給されないとの相談が多数でしたが、緊急事態宣言を挟んで、解雇・雇止め、生活苦などの相談が増えています。また、個人事業主や零細事業者の経営難についての相談も増加しています。
 その他、持続化給付金などの制度の利用についての問い合わせも多数寄せられています。特に、パソコンができない高齢者やネット環境につながることができない方からは、そもそも制度を知らない、制度を知っているが、申請ができないといった相談がありました。
 相談全体を通じて、個人請負型を含む非正規労働者、単身女性、ひとり親、アルバイトで生計をたてる学生など、この問題が生じる前から経済的余裕のなかった人々に被害が直撃していることが浮き彫りになっています。

三 これまでの成果と今後の課題
 上記のホットラインは地元のマスコミにも取り上げられ、多数の相談が寄せられました。この間、意識的に行ってきた地元記者との交流が活かされたと思います。また、弁護士だけでなく、労働組合をはじめとする諸団体と合同でホットラインを実施できたことも今後の運動につながる出来事でした。
 その一方で、課題も山積みです。その中でも、弁護士の受任や労働組合への加入、生活保護の申請同行といった具体的な行動につなげることができないことが最も大きな課題と感じています。
 相談者の多くは、使用者と交渉することも、生活保護を利用することも諦め、別の仕事を探して動き続けることになります。このままでは、雇用がさらに劣悪化するとともに、貧困のレベルもさらに深刻化していきます。そのことが、社会における「貧困」への認識をこれまで以上にゆがめ、生活保護へのバッシングとその利用への拒否感を増大させるという悪循環に陥ることが予測されます。
 このような状況を打破するために、従来の運動形態がウイルスにより制約される中、困難に直面している人たちとつながり、いかにして組織化や行動につなげていけるかが重要です。そのためにも、全国の先進的な運動に学んでいきたいと考えています。

 

 

静岡県における検察官定年延長問題への取り組みなど(二)  静岡県支部  大 多 和  暁

 前回に引き続き、当時の状況を織り交ぜつつ、静岡県における検察官定年延長問題についての取り組みを紹介します。

三  出遅れた検察庁法改悪問題への取り組み
 前号に掲載したとおり、黒川検事長の定年延長問題では全国で最初に会長声明を出した静岡でしたが、検察庁法改悪問題では完全に出遅れました。
 安倍政権の検察庁法改悪の企みは、黒川検事長定年延長問題の直後から始まっていました。三月六日付共同通信は「検察官の定年延長、自民了承せず 閣議決定に『三権分立脅かす』」との見出しで、「自民党は六日の総務会で、検察官の定年六三歳を六五歳へ引き上げる検察庁法改正案の了承を見送った。」との記事を掲載しました。しかし、三月一三日には検察庁法「改正」案を国会に提出。検察官の定年を六三歳から段階的に六五歳とする規定だけでなく、次長検事、検事長、検事正、上席検事などの役職者については、内閣ないし法務大臣が必要と判断した場合は、六三歳を超えて役職にとどまることができるという例外規定などを設けたものでした。後者は、黒川検事長の定年延長閣議決定後に、急遽加えられたものと指摘されており、黒川検事長の定年延長の実質上の合法化と、政権に都合の良い検察官だけを役職者として残すことができるということを狙った、検察官の独立性を大きく脅かす恐れがあるものでした。
 三月二五日と二七日の団常幹MLでは、既に吉田健一団長が検察庁法「改正」案の内容を整理し、その危険性を訴えていました。
 しかし、その頃は新型コロナの拡大で、各種の会合やイベントが中止となるなど、新型コロナ問題で揺れていました。二八日には団五月集会の中止が決定され、静岡でも三〇日に四月二〇日に予定されていた団支部例会が中止となりました。そして、ZOOMなどを使った会議の持ち方などが盛んに議論されました。また、事務所内での新型コロナ対策にも追われていました。そうしたこともあり、静岡での検察庁法改正問題への取り組みは、この頃ほとんど行われていませんでした。

四 しつこい島田広団員の働きかけなどが情勢を動かす!
 検察庁法改悪案は四月一六日に衆議院で審議入りしましたが、その直後である四月一九日の団常幹MLなどに、島田広団員(福井県支部)が、「検察官勤務延長反対弁護士共同アピールの構想(妄想)について」と題して、「今日一日掛けて,かなりホームページの内容を充実させました。改めて,少なくない言論人が,この問題がわが国の法治主義,権力分立の根幹を揺るがす問題だと受け止めていることを感じました。是非,声をあげていきたいと思います。」と投稿しました。 
 そして、その後島田広団員による「弁護士共同アピール」への賛同依頼・状況報告、この問題の重要性、国会情勢等の投稿が連日のように続き、五月八日には記者会見を開き、これをNHKや共同通信、弁護士ドットコムニュースなどが賛同者一五〇〇人として報じました。
 この間、まだ静岡では、私や私の所属する事務所の太田団事務局次長などが島田広団員のメールを団県支部MLに時々転送して、弁護士共同アピールへの登録を呼びかける程度で、七日の時点で、静岡県弁における呼びかけ人は私一名、賛同人は僅か一五名でした。
 一〇日、ツイッター「♯検察庁法改正案に抗議します」の賛同者が三五〇万を超え、多数の著名人も賛同しているとの報道が流れました。一一日、日弁連が検察官勤務延長問題に関して二度目の会長声明を出し、その映像をTBSが速報として流しました。
 これらを受けて、私が新年度県弁会長宛に、検察庁法「改正」案について「会長声明発出の予定はないのでしょうか」とメールを送り、併せて弁護士共同アピールへの賛同を依頼しました。すると、新会長は直ぐに日弁連会長声明をもとに県弁会長声明案を作成し、翌一二日には常議員会の通信評決にかけ、同日付で「検察庁法の一部改正に反対する会長声明」を発出してくれました。驚くべきスピードでした。会長は、弁護士共同アピールにも賛同してくれました。
 私は、その後、日弁連会長声明、県弁会長声明、何百万というツイッターなどを武器に、島田広団員を見習って、県弁内外に二〇〇を超えるメールを送り、電話やFAXでも弁護士共同アピールへの賛同などを訴えました
 与党が委員会採決を再度狙っていた五月一八日、弁護士共同アピールへの賛同は全国的には三〇〇〇名に迫る勢いでしたが、静岡県弁でも続々と賛同が集まりました。歴代会長一五名が呼びかけ人に名を連ね、賛同人一〇六名と合わせて賛同は合計一二一名と会員数比で二四%を超え、会員数比では福井、宮崎に次ぐ数字となりました。(続)

 

 

東京電力グループ企業の計器工事作業者の存亡をかけたたたかい(下)
 -組合をつくったら「死ね」というのか!?  東京支部  鷲 見 賢 一 郎

一 東京電力パワーグリッド株式会社の計器工事の入札募集とワットラインサービス株式会社の落札内容
1 ワット社の二〇一八年度の落札内容
 東京電力パワーグリッド株式会社(東電PG)は、計器工事を請け負う会社を入札で募集しています。ワット社は、東電PGから、二〇一八年三月二一日~二〇一九年三月二〇日(二〇一八年度)の計器工事について、埼玉総支社、川口支社、志木支社、武蔵野支社、多摩総支社、立川支社、江東支社、上野支社、大塚支社、荻窪支社の一〇支社の計器工事を落札し、請け負っています。

2 ワット社の二〇一九年度の落札内容
 ワット社は、東電PGから、二〇一八年九月頃、二〇一九年三月二一日~二〇二〇年三月二〇日(二〇一九年度)の計器工事について、二〇一八年度よりも三支社減の、川口支社、志木支社、武蔵野支社、多摩総支社、立川支社、上野支社、荻窪支社の七支社の計器工事を落札し、請け負っています。
 三支社減になったので、二〇一九年度の各計器工事作業者の請け負う工事個数は二〇一八年度よりも減りましたが、ワット社は、二〇一九年度の工事単価を二〇一八年度よりも上げるなどして、各計器工事作業者の二〇一九年度の年間請負額が二〇一六年度下期、二〇一七年度、二〇一八年度の二年半の請負額の平均額に見合った金額になるようにしています。

3 ワット社の二〇二〇年度の落札内容
 東電PGは、二〇一九年一二月二〇日、二〇二〇年三月二一日~二〇二一年二月二〇日の一一か月間(二〇二〇年度)の入札募集を行いました。ワット社は、二〇二〇年一月一五日に入札し、二月中旬に二〇二〇年度の一一か月分の計器工事を落札しました。ワット社の落札した計器工事は、二〇一九年度よりも三支社減の、武蔵野支社、多摩総支社、立川支社、荻窪支社の四支社の計器工事です。ワット社の主張によると、一一か月分に換算して、二〇二〇年度の計器工事総数は約三一万個で、二〇一九年度の計器工事総数約六七万個の約四六%です。
 このような急な入落札ですので、ワット社の計器工事部長は、二〇二〇年二月下旬の個人面談で、計器工事関連分会の組合員らに対し、「東京電力パワーグリッド社は、電気メーター取替工事の工事力がそろっていない会社にも取替工事を発注している。」旨の説明をしています。本来入札資格のない「工事力がそろっていない会社」が入札に参加する中で、ワット社の落札工事個数は約五四%も減ったのです。
 東電PGが何故工事力がそろっていない会社の入札を認めるような急な入札を行ったのか、極めて不可解です。

二 組合をつくったら「死ね」というのか!?
1 不利益取扱いと差別待遇の内容
 ワット社は、二〇二〇年二月下旬の個人面談で各計器工事作業者に計器工事の個数を割り当て、三月初旬に請負契約を締結しました。ワット社が請負契約締結にあたって分会員に割り当てた一一か月分の工事個数と請負金額は、非組合員等に比べて大きく差別するものです。分会員は全員差別されていますが、とりわけ雇い止めされている高野清さん以外の全分会員一九名中一〇名に対する差別は露骨です。
 一〇名の分会員は、一一か月分に換算して、二〇二〇年度の工事個数は、二〇一九年度の工事個数の三二・一~三三・五%です。工事個数の大幅減少に加え、各工事単価も引き下げられており、一〇名の分会員は、一一か月分に換算して、二〇二〇年度の請負金額は、二〇一九年度の請負金額の二三・三~三四・八%で、約一五〇万~二二〇万円です。これらの請負金は、計器工事をする上で必要な軽自動車・バイク等の購入代金、ガソリン代、工具代、作業衣代等でほとんどなくなってしまうか、もしくは足りないぐらいです。とうてい生活できる金額ではありません。「死ね」というのに等しい仕打ちです。
 ワット社の主張に従っても、一一か月分に換算して、二〇二〇年度の計器工事総数約三一万個は二〇一九年度の計器工事総数約六七万個の約四六%ですから、差別は明白です。しかも、分会員から奪った工事個数を非組合員等に割り当てているのですから、差別はさらに明白です。
 全労連・全国一般労働組合東京地方本部、同一般合同労働組合、同計器工事関連分会は、二〇二〇年三月二六日、ワット社を被申立人として、不利益取扱いと差別の撤廃を求めて、東京都労働委員会に不当労働行為救済申立をしました(都労委令和二年(不)第二七号事件)。

2 ワット社の差別を認める発言
 ワット社の計器工事部長は、二〇二〇年二月下旬の個人面談で、分会員らに対し、分会員の工事個数や年間の請負金を減らした理由について、「(東電PGの)配電部と資材部に状況説明、来いと言われて行っているんです。(中略)ワットラインとして、受注の、発注っていった方がいいですか、彼らからいえば発注先としてどうなんだって思われないかって言われると、何とも言えない、したがって、具体的に言うと、都庁の三八階(『東京都労働委員会』のこと)でお会いしましたねとか、我々の親会社の(株)東光高岳に行きましたよねとかっていう回数は、正直言ってカウントさせていただきます。」、「都庁で顔合わすとか、本社に来たという回数は、申しわけないけどカウントしてます。(中略)面と向かって来たんです。都庁とか東京地裁とか。そのために書類をどんだけ作ってると思いますか。何時間そこで時間を費やしてるか。」などと説明しています。
 これらのワット社の計器工事部長の説明から、東電PG等の意向を受けてワット社が、分会員の組合活動を理由にして、年間の工事個数や請負金を減らしたことが明白です。

三 おわりに
 現在、東京電力グループ企業のワット社の計器工事作業者は、全国一般計器工事関連分会を結成して、団交拒否とのたたかい(中労委)、雇止めとのたたかい(東京地裁)、不利益取扱いと差別待遇とのたたかい(都労委)の三つのたたかいをたたかっています。
 労働委員会闘争、裁判闘争で全面勝利することは当然ですが、都労委命令で完全勝利した今日、早急にワット社に労働組合を認めさせ、団交に応じさせ、正常な労使関係を確立させることがたたかいの焦点です。そこに、計器工事作業者のたたかいの存亡もかかっています。そのためには、東電PG等、東京電力グループの責任を正面から問うたたかいが重要です。
 二〇二〇年六月一九日には、七六名の参加で、「『雇用によらない』働き方の権利確立をめざす計器工事関連分会支援共闘会議」が結成されました。明るく、勝利への確信に満ちた集会でした。私も、困難はあろうとも、必ず勝利できることを確信しています。

 

 

派遣法直接雇用申込みみなし制度・内部通達の情報公開請求訴訟  大阪支部  谷  真 介

 二〇〇九年一二月の松下PDP事件最高裁判決以降、マツダ事件を除いて、派遣先の雇用責任を問う違法派遣の裁判では、派遣労働者の声は司法に届かず、敗訴が続いてきた。そのような中、直接雇用申込みみなし制度は、違法派遣・偽装請負事案で派遣先の雇用責任を問うことを可能とする画期的な法制度であり、派遣法改正案が骨抜きにされる中、何とか生き長らえ二〇一五年一〇月に施行された(派遣法四〇条の六)。同制度は、民事裁判で直接雇用を実現することができるだけでなく、監督機関である都道府県労働局が企業に対し助言・指導等を行うことができる権限も定められた(派遣法四〇条の八)。
 しかし、同制度が施行された後、非正規会議や大阪の民主法律協会(民法協)・派遣労働問題研究会所属の弁護士が関与した事案で、従前であれば労働局により積極的に調査や指導等がなされていた偽装請負の事案で、労働局が指導を行わなかったり、そもそも調査自体を行わないという、信じがたい態度をとる例が続いた。担当弁護士らが厚生労働省や担当労働局へのヒアリングや要請等で見解を質したところ、説明が食い違ったり、二転三転するなどしたあげく、結局、労働局の消極的な態度は改められなかった。また従前は申告した労働者の要望があれば労働局は調査状況や結果の詳細について伝えていたにもかかわらず、「調査中なので言えない」、「結果の詳細も言えない」、「理由も言えない」などとして何も説明しない。一体、誰の方を向いて労働行政を行っているのかという疑問が膨れあがった。
 このような変わりように触れ、非正規会議や民法協・派遣労働研究会に属していた私は、すでに公開されている通達や取扱要領等の行政文書のほかに、何か労働局を消極的にさせる文書があるのではないかと思い、二〇一九年一二月、厚労省及び大阪労働局に対し内部文書の情報公開請求をした。すると、厚労省内に大量・詳細な指導監督マニュアル(「取扱厳重注意」と記載)や派遣法四〇条の八に関する内部通達(「部内限」と記載)が存在すること、しかもこの内部通達が、前記厚労省等への申入れの直後に改正されていたことが判明した。その上、これらの開示文書はほとんどの部分について「開示されると監督対象となる事業者が対策をとり適正な監督が行われなく恐れがある」という理由で不開示(マスキング)された。
 本来、派遣労働者の保護・救済という制度趣旨に沿い、積極的に助言や指導がされなければならないにもかかわらず、逆にそれが後退しているのではないかと疑われる状況にありながら、その前提となる行政文書すら開示されなければ、かかる労働行政のあり方を検証、批判することすらできない。そこで、二〇二〇年六月一六日、大阪地裁に対し、上記各内部通達の不開示部分について、不開示決定は違法であるとして、開示を求める訴訟を提起した(なお「指導監督マニュアル」については訴訟を行うのは大変な労力を擁することが予想されたため、審査請求に留めた)。
 訴訟の原告は請求人である私だが、民法協・派遣労働問題研究会のメンバー(大阪支部の団員が中心)で取り組んでいる。真の労働者救済に資する適正な労働行政の実現につながる訴訟と位置づけており、ぜひ注目いただきたい。

 

 

「核持って絶滅危惧種仲間入り」その2  埼玉支部  大 久 保 賢 一

 「核もって絶滅危惧種仲間入り」は、毎日新聞万能川柳の二〇一九年大賞受賞句である。作者の中林輝明さんは「子や孫たちの未来に核兵器はいらないと思うけれど、やみくもに反対をいうばかりでは句にならない」と言う。核兵器反対をしつこく言うけれど、こういう句を作れない私は「そうだね」と感心するばかりである。選者の仲畑貴志さんは「核兵器は人類を何度でも抹消できる。人類も絶滅危惧種に入っている。絶滅危惧種をつくり、それを守るという人類の傲慢。大きく深くデリケートな問題を提示している」と選評を述べている*1。そのとおりの句だと思う。
 ところで、この句は七月にも秀逸とされていた。私はそれを受けて「オムニサイド(omnicide)を拒否するために」という文章を書いている。だから、「核持って絶滅危惧種仲間入り」その二、なのである。

オムニサイドの意味
 オムニサイドは、(核兵器による)皆殺しという意味である。アメリカの哲学者ジョン・サマヴィル(一九〇五年~九六年)は、核兵器は自然界の万物ばかりか生と死との自然な関係を破壊する。通常の死は他の個体での生命の持続を可能にする細胞の再生産と再結合であるが、核による死は、細胞そのものを殺すことであり、通常の死よりも悪質である。新しい事態を表現するには新しい言葉が必要だ。それがオムニサイドである、としている*2。
 私は、オムニサイドを拒否するためには、核による絶滅という客観的に存在する危機を主観的に認識することが必要だと考えている。だから、中林さんの受賞がうれしいし、仲畑さんの選評に共感するのである。
 二〇一七年、国連加盟国一九三ヵ国のうち賛成一二二ヵ国で採択された核兵器禁止条約は、核兵器使用による「壊滅的人道上の結末」を避けることは、人類にとって喫緊の課題だとしている。人類絶滅は、決して杞憂ではなく、現実に存在している危機だという認識は、国際社会の中で多数派なのである。
核兵器禁止条約が発効しても・・・
 核兵器禁止条約は、批准国などが五〇ヵ国になり、その後九〇日が経過すれば効力が発生する。多分、今年中に発効するだろう。しかしながら、核兵器国はこの条約を無視するだろうから、当面、核兵器はなくならないし、人類は絶滅危惧種であり続けることになる。
 ところで、核兵器国が核兵器に固執するのは、自国の安全保障のために核兵器が必要不可欠だと考えているからである。核兵器を持っていれば他国は自国を攻撃しないだろう。なぜなら、攻撃すれば核兵器によって反撃され手ひどい被害を受けることになるので、攻撃を思い止まるだろう、という論法である(核抑止論)。もし、この論法が普遍的ならば、北朝鮮やイランの核開発をとやかく言えないはずである。これらの国も自国と自国民の安全を確保する権利は認められているからである。けれども、アメリカなどは決して保有させようとしない。このような「俺は持つお前は持つな核兵器」という論法で世界が安全になることはありえない。なぜなら、それは不公平な論理だからである。そして、その論理が根底にある核不拡散条約(NPT)には、インドやパキスタンやイスラエルのように最初から乗らないか、北朝鮮のように考え直す国が出てくるのである。イランはどう出るのだろうか。
イランは「普通の国」になれ
 アメリカのポンペオ国務長官は、イランに対し「普通の国」になれと言う。彼にとって、イランは「普通の国」ではなく、アメリカの要求を受け入れ、その行動を改めた時に「普通の国」になるようである*3。彼がイランに突き付けた「一二項目の要求」の第二項は「イランはウラン濃縮を止めなくてはならない」とされている。しかしながら、国連安保理で決議されていた「包括的共同行動計画」(イラン核合意)は、限定的ではあるが、ウラン濃縮を認めているのである。トランプ政権は「イラン核合意」から一方的に離脱し、イランに不利益な要求を突き付け、制裁を強化しているのである。トランプたちは、どの国も、シンゾーのように、アメリカの要求は何でも受け入れると思い込んでいるようだが、イランは拒否している。アメリカの汚い手口に抵抗しているのである。
アメリカは核兵器使用をためらわない戦争を準備している
 アメリカは、二〇一八年に核態勢の見直し(NPR)を行い、核兵器によらない攻撃に対しても核兵器で反撃できるとし、使用可能な低爆発力核弾頭の製造を開始した。既に、新型の核弾頭を搭載した潜水艦発射型弾道ミサイルを実戦配備している*4。
 二〇一八年には、先に述べたように「イラン核合意」から一方的に離脱し、「イラン包囲網」をホルムズ海峡に張り巡らしている。
 二〇一九年には未臨界核実験が行われ、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約が失効し、早速、中距離ミサイル実験が再開されている。アメリカは紛争解決のために、核兵器を現実に使用する準備を整えているのである。
 そして、忘れてならないことは、トランプは「核兵器を持っているのになぜ使用できないのか」と、一時間に三回、外交専門家に質問した人だということである*5。そんな男が核のボタンを持っているのである。
「原爆の父」の言葉
 「原爆の父」といわれるロバート・オッペンハイマー(一九〇四年~六七年)は、一九四五年一〇月一六日付のアインシュタインへの手紙で「もし原子爆弾が、この相いれない世界にあって、新兵器として加えられれば、…いつの日か人類は、ヒロシマを、そしてロスアラモスを罵る時がやってくるにちがいありません。世界の人々は結集しなければならない。いやそうしなければ完全に消滅することになるかもしれない」と書いている*6。相いれない世界というのは東西冷戦のことであり、ロスアラモスとはアメリカの核兵器開発の施設である。彼は、広島と長崎への原爆投下から三か月も経たないうちに、そのような予言をしていたのである。現在、アメリカとソ連の対立という形での冷戦はない。けれども、世界には敵意や憎悪や不信に根ざす対立が存在している。加えて、その対立の解消を望まず、むしろ扇動し、金儲けの手段としている勢力もはびこっている。彼らはそれぞれの思惑で核兵器に依存し、その禁止や廃絶に背を向けているのである。
 他方、それに対抗し、絶滅危惧種から抜け出ようとする努力は、署名や集会、音楽、演劇、絵画、川柳を含む文学、教育実践などの形で積み重ねられている。核兵器廃絶への重要な一歩である核兵器禁止条約は発効しつつある。多様な形で、核兵器に反対し、これを禁止し、廃絶することは、人類生き残りのために不可欠な営みなのである。(二〇二〇年三月七日記)

*1 毎日新聞 二〇二〇年三月七日付朝刊
*2 ジョン・サマヴィル著・芝田進午ほか訳『核時代の哲学と倫理』(青木書店・一九八〇年)
*3 坂梨祥 「アメリカの正しさに『挑む』イラン」学士会会報 №九四一(二〇二〇年Ⅱ)
*4 『しんぶん赤旗』二〇二〇年二月六日付 国防総省は、新型核 弾頭W76―2について「迅速で、より残存性の高い戦略兵器」、「拡大抑止の下支え」、「ロシアのような潜在的敵を念頭に置くもの」としている。
*5  『毎日新聞』二〇一八年一月三〇日付夕刊。拙著『「核の時代」と憲法九条』(日本評論社・二〇一九年)
*6 足立壽美『オッペンハイマーとテラー』(現代企画室・一九八七年)

 

 

 

 

 

 

 

 

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