第1721号 / 11 / 1
カテゴリ:団通信
【今号の内容】
*兵庫・神戸総会報告特集
○2020年兵庫・神戸総会が開催されました 平松 真二郎
○事務局次長退任のご挨拶 鹿島 裕輔
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*大阪支部特集
○「アベノマスク」情報公開訴訟を提訴 谷 真介
○「インターネット上に『部落差別』はあふれているのか
-『部落差別解消推進法』を検証する」(杉島幸生団員)の書評と、それに関する支部総会での討議について 小林 徹也
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●福岡高裁逆転勝訴-熊本教員公務災害認定訴訟の報告 中島 潤史
●メトロコマース事件最高裁判決速報~目を覚ませ、最高裁!! 長谷川 悠美
●2020年9月1日「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」の報告 宮川 泰彦
●故中曽根康弘氏の内閣・自由民主党合同葬儀に対する最高裁への弔意表明協力について 池田 賢太
*兵庫・神戸総会報告特集
二〇二〇年兵庫・神戸総会が開催されました 事務局長 平 松 真 二 郎
一 二〇二〇年一〇月一八日、神戸市中央区の神戸国際会議場国際会議室において、自由法曹団二〇二〇年兵庫・神戸総会が開かれました。本総会で、はじめてのこころみとして、会場とオンライン(ZOOM)を併用しての開催となりました。会場参加者は七六名、オンライン参加は一八二名、合計二五八名の団員が全国から集まり、活発な議論が行われました。
二 総会の冒頭、吉田竜一団員(兵庫県支部)、小賀坂徹団員(神奈川支部)の両団員が議長団に選出され、議事が進められました。
吉田健一団長の開会挨拶に続き、兵庫県支部佐伯雄三支部長の歓迎の挨拶、兵庫県弁護士会・友廣隆宣会長からご来賓の挨拶をいただきました。また、本総会には、全国から合計六五通のメッセージが寄せられ、そのうち山添拓日本共産党参議院議員からのメッセージが紹介されました。
三 続いて、恒例の古稀団員表彰が行われました。今年の古稀団員表彰の対象者は七名で、うち佐藤真理団員(奈良支部)が会場参加、志村新団員(東京支部)がオンライン参加されました。参加された古稀団員には、吉田健一団長から表彰状と副賞の目録が手渡されました。参加された佐藤真理団員には会場で、志村新団員にはオンラインでご挨拶をいただきました。
四 午前の議事として、まず、選挙管理委員の青龍美和子団員(東京支部)から団長に吉田健一団員(東京支部)が無投票で再任されたことが報告され、幹事候補の信任投票につき、オンライン参加者には郵便投票が実施されたことが報告されました。
続いて、泉澤章幹事長から本総会にあたっての議案の提案と活動方針の提起がなされました。学術会議会員任命拒否の問題など菅新政権発足後の情勢に言及しつつ、議案書に基づき私たちが現在直面している①憲法九条改悪阻止のたたかい、②沖縄新基地建設をはじめとする「戦争する国」づくりの阻止、③民主主義や表現の自由を守るたたかい、④労働者の権利を守るたたかい、⑤切り捨てられ続ける国民生活を守るたたかい、⑥脱原発・原発事故被災者救済を求める取り組み、⑦団組織の体制強化などについて問題提起がなされました。さらに予算・決算の報告がなされ、緒方蘭団員(東京支部)から会計監査について報告がなされました。
五 次に午前の全体会発言として、オンライン参加の①久保木亮介団員(東京支部)から、「生業訴訟判決とその後の取り組み、原発賠償訴訟の展望」について、続いて②田井勝団員(神奈川支部)から、「最高裁弁論が予定されている首都圏建設アスベスト訴訟神奈川一陣訴訟」について報告がされました。その後会場から、③「新型コロナウイルス禍の収束が見通せない中、大阪市民に十分な情報提供をしないまま、大阪市廃止・分割案にかかる住民投票を強行することに厳重に抗議し、大阪市廃止を阻止するための運動を全力で強める決議」の趣旨説明をかねて、大阪都構想の問題点について愛須勝也団員(大阪支部)から、④「阪神・淡路大震災の借上復興住宅に居住する入居者の居住の権利を守り、神戸市の不当な追出しの中止を求める決議」の趣旨説明をかねて吉田維一団員(兵庫県支部)から発言がありました。
六 昼休憩を挟み、全体会の記念講演として、石川康宏神戸女学院大学教授を講師に迎え「私を助ける政治を作ろう―法律家への期待にもふれて―」と題してご講演をいただきました。石川教授は、まず、「コロナ禍が『人権の格差(貧困、人種、南北、ジェンダー)』をあらためて明らかにしていること、新自由主義による医療・福祉・公衆衛生分野への公的支出の削減が感染拡大に対し脆弱な社会を作っていること、その中で起きている戦後最悪の経済危機の中で貧富の格差が増大していること」を指摘されました。「ステイホーム」から「Go Toトラベル」など日本政府の新型コロナ対応はちぐはぐで的外れであること、コロナ不況をどう脱却するのかその道筋が描けていないことが明らかになっていても、菅政権がその政策転換を図るつもりがないことが指摘されました。
世界的に見れば、消費税減税に踏み切った国などよりましな政治をしている国があること、コロナ禍による経済社会への打撃を緩和できている国々として「北欧モデル」(幸福度ランキングが上位の国々 フィンランド、デンマーク、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン等)の「公助」の社会が参考とされるべきこと、とりわけデンマークでは、週三七時間労働、最低賃金一八〇〇円、年休六週間、医療や介護の無料措置、高等教育機関の学費が無料となっていること等が紹介され、デンマークでは国民負担率は六五・八%で日本の一・五倍であるが、公的負担に見合う「公的支援」がなされていることが幸福度を上げていると分析できることが紹介されました(なお、北欧モデルの国々は多様性を大事にしておりジェンダーギャップ指数でも上位にランキングされていること、温暖化対策を経済成長に結びつくような政策がとられており、一人当たり名目GDPでも上位となっているとのことです)。二〇二〇年の幸福度ランキングでは日本は六二位(過去最低)、ジェンダーギャップ指数は一二一位(過去最低)、二〇〇〇年には二位だった一人当たりGDPが二六位にまで落ち込んでいる、衰退途上の国であり、この二〇年間続けられてきた新自由主義構造改革がもたらした「公助」の切り捨てがその原因と考えられることが指摘されました。
最後に、人びとが「等しく尊厳を守る政治」へ転換することが必要であり、コロナ禍の中で新しい連帯が始まり、人びとの中に「『私と政治』がつながっていること」や「今の政治は私を守ってくれないこと」への気づきが起きていること、それが野党連合政権による「公助」の政治を求める運動に広がっていること、とりわけ市民連合二〇二〇の政策要望書には「自民党政権に代わり、新しい社会構想を携えた野党による政権交代を求めていく」こととされ、「医療・公衆衛生体制に国がしっかりと責任をもち、だれでも平等に検査・診療が受けられる体制づくりを目指す」ことが求められていることに言及され、コロナ禍では、雇用の維持と直接給付による支援を通じた個人消費の回復こそが必要であり、そのために「私を助ける」政治・経済を求める取組が重要であると提起されました。
石川教授のご講演は、まさに、コロナ禍が明らかにした新自由主義構造改革の弊害からどう脱却するのか、時宜にかなったもので、「自助」を強調し、「公助」をさらに後退させようとする菅政権とどのように対峙するのか、私たちの今後の取り組みにとって非常に有益なものであったと思います。
七 休憩を挟み、午後の質疑討論を行いました。各団員から以下のテーマで発言がなされました。
① 井上正信団員(広島支部)「敵基地攻撃能力保有 三〇防衛大綱と九条改憲」
② 森孝博団員(東京支部)「『敵基地攻撃能力』保有の議論を直ちに中止し、改憲の策動を許さない決議」の提案趣旨説明
③ 仲山忠克団員(沖縄支部)「辺野古新基地建設阻止をめぐる情勢について」
④ 小野寺義象団員(宮城県支部)「桜を見る会問題を追及する法律家の会の取り組み」
⑤ 永田亮団員(神奈川支部)「ヘイトスピーチや大量懲戒請求、SLAPP訴訟にどう立ち向かうか」
⑥ 池田賢太団員(北海道支部)「最高裁による中曽根元首相葬儀に際して弔旗の掲揚に関する通知」に対する取組み
⑦ 加藤健次団員(東京支部)「団新型コロナウイルス問題対策本部報告 新型コロナウイルス禍が明らかにした法律家が取り組むべき課題」
⑧ 大住広太団員(東京支部)「コロナ禍で明らかになった構造改革路線の問題点」
⑨ 弓仲忠昭団員(東京支部)「団が積極的に死刑制度廃止に取り組むべきである」
⑩ 上野格団員(東京支部)「弾圧事件への取り組み あずみの里事件について」
⑪ 遠地靖志団員(大阪支部)「少年法の適用年齢引き下げと原則逆送範囲の拡大、推知報道の解禁に反対する決議」の趣旨説明
⑫ 小林善亮団員(埼玉支部)「今夏の教科書採択に対する団教育問題委員会の取り組みのご報告」
⑬ 滝沢香団員(東京支部)「旧労契法二〇条訴訟 メトロコマース事件最高裁判決報告」
⑭ 平井哲史団員(東京支部)「旧労契法二〇条訴訟 最高裁三判決を受けて 格差是正の取り組みをすすめよう」
⑮ 太田吉則団員(静岡県支部)団市民問題委員会の取り組みの報告「民事訴訟手続のIT化に向けた法改正について」
⑯ 船尾徹団員(東京支部)「団一〇〇周年記念事業について 出版事業(一〇〇年史、年表、団ものがたり)の報告」
これらの発言以外にも、田原裕之団員(愛知支部)「愛知支部の支部活動の活性化に向けて」、藤木邦顕団員(大阪支部)から「大阪市住民投票運動の中で起きている法律問題」の発言通告がありました。
八 討論の最後に泉澤章幹事長がまとめの発言を行い、規約五条に基づき、活動報告及び決算について承認、活動方針及び予算について採択されました。
続いて、以下の七本の総会決議が採択されました。
1 菅政権による学術会議会員の任命拒否に抗議し、自由と人権の侵害、民主主義破壊の政治を許さず、日本国憲法に基づく新たな政治の実現を求める決議
2 「敵基地攻撃能力」保有の議論を直ちに中止し、改憲の策動を許さない決議
3 日本政府に対し辺野古新基地建設の断念と普天間基地の即時無条件撤去を求める決議
4 少年法の適用年齢引き下げと原則逆送範囲の拡大、推知報道の解禁に反対する決議
5 新型コロナウイルス禍の収束が見通せない中、大阪市民に十分な情報提供をしないまま、大阪市廃止・分割案にかかる住民投票を強行することに厳重に抗議し、大阪市廃止を阻止するための運動を全力で強める決議
6 阪神・淡路大震災の借上復興住宅に居住する入居者の居住の権利を守り、神戸市の不当な追出しの中止を求める決議
7 新型コロナウイルス禍により人びとの命や暮らしが脅かされ、権利が侵害されることがないよう奮闘しよう
九 選挙管理委員会の白子雅人団員(兵庫県支部)から、幹事の信任投票の結果につき、候補者全員が信任された旨の報告がなされました。
引き続き、総会を一時中断して拡大幹事会を開催し、規約六条に基づき常任幹事を選任し、幹事長の互選が行われ、次期幹事長に小賀坂徹団員(神奈川支部)が選任されました。ひきつづき、事務局長、事務局次長の選任が行われました。
退任した役員は次のとおりで退任の挨拶がありました。
幹事長 泉澤 章(東京支部)
事務局次長 江夏 大樹(東京支部)
同 鹿島 裕輔(東京支部)
新任の役員は次のとおりで、それぞれ挨拶がなされました。
幹事長 小賀坂 徹(神奈川支部)
事務局次長 大住 広太(東京支部)
同 岸 朋弘(東京支部)
同 安原 邦博(大阪支部)
再任された役員は次の通りです。
団長 吉田 健一(東京支部)
事務局長 平松 真二郎(東京支部)
事務局次長 馬奈木厳太郎(東京支部)
同 辻田 航(東京支部)
同 太田 吉則(静岡県支部)
一〇 閉会にあたって、二〇二一年五月集会(二〇二一年五月二二日~二四日)の開催地である沖縄支部・新垣勉団員からの歓迎の挨拶がなされ、最後に兵庫県支部の松山秀樹団員による閉会挨拶をもって総会は閉会となりました。
一一 今総会で、多くの団員・事務局の皆さんのご参加とご協力によって無事総会を終えることができました。総会で出された活発な議論を力に、コロナ禍の中で、国民に自己責任を押しつける政治から、自由と人権が守られる社会の実現を求める取り組みに尽力して行きましょう。
最後になりますが、総会成功のためにご協力をいただいた兵庫県支部の団員、事務局の皆さま、関係者の方々に、この場を借りて改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
事務局次長退任のご挨拶 事務局次長 鹿 島 裕 輔
一〇月一八日(日)に開催された総会にて、本部事務局次長を退任いたしましたので、退任のご挨拶をさせていただきます。
一 事務局次長就任に至る経緯
森孝博前事務局長より、確か弁護団事件の期日が始まる直前に法廷で「自由法曹団本部の事務局次長の件でお話があるので、一度どこかで時間をいただけないか」と言われたのが最初だったと思います。その後、とりあえず話を聞いてみることとし、日時を調整して弁護士会館でお会いすることになりました。当日、弁護士会館に行ってみると、そこには森前事務局長とともに船尾徹前団長、加藤健次元幹事長の三役揃い踏みでお迎えいただき、そのまま四人で相談室内で話をしたことを今でも覚えています。その場で受けるか否かの回答はしませんでしたが、いつかはやらないといけない仕事であると思っていましたので、この機会にお受けすることにして、森前事務局長へ回答しました。所属事務所へは森前事務局長への回答後に事務所会議の場で「私、団本部の事務局次長をやることになりました」と報告だけしました。
二 改憲阻止対策本部・法律家六団体の担当としての活動
私は改憲阻止対策本部の担当次長として、主に改憲問題対策法律家六団体連絡会(以下、「法律家六団体」といいます。)の担当として活動してきました。法律家六団体は、二〇一三年一〇月から活動をされています。私が弁護士登録をしたのが、二〇一三年一二月ですので、ほぼ私の弁護士生活と同じ年数を法律家六団体として活動していることになります。安倍政権による改憲を阻止するべく、国会対策やマスコミ対策、市民集会の開催など多様な活動をしてきました。憲法審査会が開催されたときは、傍聴にも行きました。総がかり行動実行委員会や市民連合などの他団体と共同した活動も行ってきました。団や青法協など各団体での活動ではなく、法律家六団体として活動することに意義があり、法律家六団体だからこそできる活動があったのだろうと思います。そのような活動のほんの一部ではありますが、担当次長として関与できたことは大変光栄なことであり、非常に勉強になりました(本当に大変でしたが)。
安倍政権は退陣しましたが、残念ながら菅政権のもとでも法律家六団体の活動が必要となっています。今後も法律家六団体が活動していくためには、団員の皆様のご支援とご協力が必要となってきますので、引き続きご支援、ご協力の程、よろしくお願いいたします。
三 貧困・社会保障問題委員会の担当としての活動
また、私は貧困・社会保障問題委員会の担当次長としても活動をしてきました。この間、同委員会では生活保護問題を中心に取り組んできましたが、今年の五月集会で分科会を予定していた子どもの貧困に関する問題にも取り組むようになりました。また、全国の団員が取り組んでいる貧困・社会保障に関する事例を集め、団員の皆さまにフィードバックして活用していただくために、事例集の作成にも取り組みました。
そして、今年は新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、深刻な貧困・格差の問題が浮き彫りになったことで、同委員会の果たすべき役割が極めて重要になってきています。そのような状況の中で、貧困支援に取り組んでいる諸団体と意見交換会を開催し、貧困・格差の問題に諸団体と一緒に取り組みました。
同委員会は少数精鋭の体制ですが、その中で担当次長として、同委員会の活動に関与できたことは、非常に勉強になりました(本当に大変でしたが)。
四 事務局次長の担い手について
依然として事務局次長の担い手が足りない現状があります。是非、いろいろな方に事務局次長を経験していただきたいと思います。そのために、執行部の在り方や事務局次長の在り方が変わりつつあります。執行部会議や委員会の会議、学習会、常任幹事会などはオンラインで参加できます。そして、今回は総会にもオンラインで参加できました。私も東京の事務所の自分の席からオンラインで参加しました。次長だから現地や会議室に来なければいけないということはありません。各団員が活動しやすい環境を作るべく、次長の在り方も変わってきていますので、次長の仕事を引き受けるのに思いとどまっている若手の団員の方は、是非、思い切って足を踏み出してください。また、皆様の事務所にそのような若手の団員がいたら、是非、事務所として温かく背中を押してあげてください。
五 さいごに
二年間、事務局次長の仕事をする中で、とてもたくさんのことを学ぶことができました。私が事務局次長の職務を全うできたのは、執行部の皆さま、専従事務局の皆さま、改憲阻止対策本部の皆さま、法律家六団体事務局の皆さま、貧困・社会保障問題委員会の皆さまのお力添えがあってこそですので、改めて感謝を申し上げ、退任のご挨拶とさせていただきます。
*大阪支部特集
「アベノマスク」情報公開訴訟を提訴 大阪支部 谷 真 介
「アベノマスク」――新型コロナウイルス感染症が一気に拡大しはじめた四月一日の政府対策本部において、マスク不足に対応するためとして、突如安倍首相が、学校や介護施設や小中学校、そして全世帯に二枚ずつ布マスクを確保して配布すると発表した。しかも約五〇〇億もの税金をかけて。瞬く間に世間では「なぜ一住所に二枚なのか」、「税金の無駄使い」、「もっとほかにやるべきことがあるのではないか」、「エイプリルフールの冗談では」との声が相次いだ。その形の不格好さと相俟って「アベノマスク」と揶揄されるのに時間はかからなかった。
その後も、先行して配布された妊婦向けマスクに虫の混入やカビが生えているとの問題があり、回収騒ぎが起きた。またすでに市場に不織布マスクが出回るようになったのに、いつまで経っても「アベノマスク」が届かないと揶揄された。その中、四月下旬には野党議員の国会質疑を受けて厚労省は業者へのマスク発注単価や枚数を明らかにしなかった。それどころか妊婦向けマスクを受注した企業について四社中一社について非公開としたのである。その残り一社がどこなのか、世間でも大騒ぎとなり、数日後ようやく開示されたのは「株式会社ユーズビオ」という、設立後わずか三年も経たない実態不明の会社だったのである。この不透明な発注経過の問題が出た際、内閣官房機密費訴訟を闘った弁護団とその原告であった上脇博之神戸学院大学教授が相談の上、上脇教授から厚労省と文科省に対し、アベノマスク関連文書の情報公開請求を行うこととなった。開示決定が出されるまでの間には、政府が「最大の失策」との評価が確立されていた「アベノマスク」について、さらに介護事業者に配布しようとしていた事実が判明し、国民の総バッシングを招き、政府は配布を断念するという新たな失態を演じていた(しかしすでに発注してしまっていたため備蓄に回した)。
前記情報公開請求に対し、厚労省・文科省から各業者との見積書や契約書等の文書が開示されたものの、単価や枚数については、「契約単価が明らかになると、今後の価格交渉等に支障を及ぼすおそれがある」「企業の調達等に関するアイデアやノウハウが明らかになり企業の競争上の地位を害するおそれがある」として、不開示(マスキング)とされた。しかし、このような未曾有のマスクの高騰や不足という異常事態においてなされた布マスクの発注など今後あり得ず、単価が明らかになったところで支障など生じるはずがない。また布マスクは世間では手作りで作るほどで企業秘密など存在せず、企業の競争上の不利益など存し得ない。なぜこのような大したことのない情報を隠したがるのか。業者間で相当なばらつきがあることも疑われる。
しかも厚労省に至っては、開示期限の六〇日(延長後の最大期限)を優に超過し、決定を放置して四か月以上も経ってようやく開示決定をした(開示決定が上脇教授に届いたのは、安倍首相が辞任を表明した翌日であった)。情報公開に極めて後ろ向きな姿勢がみててとれた。
前記のとおり八月二八日に安倍首相が辞任し、九月一六日には菅義偉官房長官が後任の総理大臣となったが、安倍政権の負の遺産の一つである「アベノマスク」をなかったことにしてはならないとのことで、九月二八日、上脇教授を原告として、アベノマスクの単価と枚数を不開示とした決定が違法であること、また厚労省については開示決定等の期限を遙かに超過して開示決定等を放置したことの国賠法上違法であることを各主張して、大阪地裁に提訴した。その際、文科省による開示文書の一部におそらくマスキング忘れがあり、とある業者には一枚一四三円(税込み)で発注していたことが明らかになっていたことがマスコミで大きく報道された。この一四三円というのが高いか低いかは評価が分かれるかもしれないが、このような情報が明らかにされた上で、国民が自由に議論し、検証・監視することこそが民主主義である。
アベノマスク訴訟は、安倍政権の負の遺産に切り込む訴訟として位置づけている。単価の問題だけでなく、不透明な発注経過について何らの文書も残されていない問題もあり、第二弾、第三弾も検討している。今後に注目いただきたい。
(弁護団は阪口徳雄弁護士のほか、大阪支部の長野真一郎団員、徳井義幸団員、坂本団団員、谷真介 ほか)
「インターネット上に『部落差別』はあふれているのか-『部落差別解消推進法』を検証する」
(杉島幸生団員)の書評と、それに関する支部総会での討議について 大阪支部 小 林 徹 也
一 はじめに
大阪支部の杉島幸生団員(関西合同法律事務所)が、表題の本を上梓されたのでご紹介すると共に、本年九月二六日に行われた大阪支部総会において、この本を題材に討議を行いましたので、それについても簡単に報告します。
書籍の内容については、以下の出版元の部落問題研究所のレビューが端的です。
「部落差別解消推進法」は「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じている」と指摘する。はたしてインターネット上に「部落差別」があふれているのか、「ヤフー知恵袋」の検索を通して実証的に検証するとともに、「部落差別解消推進法」が差別の解消どころか「差別の固定化・永久化になりかねない」こと、「『部落差別の解消』をむしろ阻害するものである」ことをわかりやすく論証する。
自由法曹団も、二〇一六年一〇月一三日、意見書を発表して「部落差別解消推進法」(以下、単に「解消推進法」と言います)に反対しています。では、この本も、支部団員に容易に受け入れられるかと思いきや、例えば大阪支部のMLにおいて、「杉島団員は、ネット上の部落差別の書き込みを良しとするのか」といった趣旨の批判もあり、簡単ではありませんでした。
二 「部落差別」とは何かについて、様々な意見があること
前述のレビューにあるとおり、この本の主題は、様々な行政施策の大義名分となりうる(従って税金が用いられる)「解消推進法」の立法事実の一つとされるインターネット上の「部落差別」と呼ばれるものが存在しているのか、ということです。
抽象的に「部落差別はいけないのか」と問われれば、誰もが「いけない」と答えるとは思います。ただ、何が「部落差別」なのか、と言われて正確に答えられる(特に若手の)団員は多くはないのではないでしょうか。
杉島団員も「なにが『差別』であるのか。それは、それぞれの立場や考え方によって違います」(二二頁)と裸の「差別」の定義が難しいことを述べています。
そのため、この本では、初心者でも分かるように、「部落問題」の解説から始まり、「八鹿高校事件」を含む同和行政の歴史的経緯、終結に至る経過などを平易に説明しています。
そのうえで、杉島団員は、表現の自由を制限するという重大な効果を持ちうるこの法律を正当化するほどの表現行為がネット上にあるか、を注意深く検証しているのです。
三 「部落差別」を法的に定義することの難しさ
まず第一に「部落差別」とは具体的にどのような行為態様を指すのか、それを誰が判断するのか、という定義の問題があります。この本は、ここにとても重点を置いておられ正鵠を射ていると思います。
ここには、同和行政において、運動団体が、「部落差別」を定義すること自体が差別である、と主張し、これに屈した行政が、その判断を運動団体に委ねることにより、恣意的な施策が推進されてしまったという歴史的反省があります。
次に、「いけない」という点については効果を考えなければいけません。
単に道義的なレベルであるのか、民事上違法と評価されて賠償義務を負うのか、さらには刑事罰が科されるのか、行政上の取扱において具体的な配慮を要求するのか、などという問題です。その効果次第で、先の「差別」の定義も変わってくるでしょう。
この本は、この点を、様々な具体例を挙げ、分かりやすく説明しておられます。彼が書籍名を、「インターネット上に『部落差別』はあふれているのか」として部落差別を「」でくくったのも、「部落差別」という用語自体が不明確で相対的なものであることを意識したものだと思います。
四 「部落差別をなくす」ことはできるのか
杉島団員も、ネット上に問題となる表現があること自体を否定しているわけではありません。部落出身者だと名前を晒された人が「部落差別だ」と感じ大変不快な思いをしていることがあるのも事実でしょう。
しかし、もし法によって「部落差別」をなくす、というのであれば、単に「この表現はひどい差別だ」、というのではなく、まずは、何をもって「部落差別」というのか、をその効果を含めて明らかにせざるを得ないでしょう。そのこと自体、いわゆる「部落差別」を固定化してしまうのではないか、というのがこの本の問題意識です。
杉島団員は、いわゆる「部落出身者」であることが現代社会において、本当に(他の要素と比較して)類型的に社会的不利益を与えるものかは立法事実の問題としてきちんと検討されなければならない、と問題提起しているのです。
この点において、言葉自体が暴力であるヘイト・スピーチとは性質が異なるように思います。
五 皆さんは「部落差別」を見聞したことがありますか
私事で恐縮ですが、筆者自身、四半世紀以上の弁護士生活(四六期)で、部落差別であることを理由とした就職差別や結婚差別を直接に見聞したことがありません。
この点、在日朝鮮人に対する差別やヘイト・スピーチにしても、「そんな差別があるのか」と疑問をぶつければ、きちんと検証可能な形で事実が示されます。しかし、こと部落問題については、ネット上の書き込みのような、伝聞的な、検証が困難な形でしか聞いたことがありません。「本人が隠しているから分からないのは当たり前だ」と言われてしまうと、議論の余地すらありません。
また、よく「部落出身者との交際や結婚を親族等に反対された」という事例が部落差別の代表例のように語られますが(先日放映していたNHKの「バリバラ」でもそのような扱いでした)、いかなる理由であろうと、親族が結婚に反対することを法的に規制できませんから、このような事例をもって法的に規制すべき「部落差別」があるとは言えないでしょう。
この本は、このような社会状況の下で、あえて部落差別解消推進法という法律を作り、「部落差別」を固定化し、税金を投じて何らかの施策を講じることが妥当か、という問題提起をしているのだと思います。
六 この本が受ける「誤解」について
ただ、杉島団員は、それなりに注意深く書いたつもりでも、「この法律による社会的影響との関係で明確に定義づけられるほどの部落差別」という枕言葉を常につけるわけにはいかないので、「ネット上には部落差別はない」と言い切ってしまっているかのような誤解を受けているとは思います。さらに、彼自身、問題提起の意味も込めて、「現実社会では、ほとんど部落差別はなくなっている」(三三頁)といった、若干断定的な表現をしています。このようなことから、大阪支部でも「杉島団員は、部落差別がない、と決めつけている」というような批判がなされたのだと考えています。
ただ、よく読めば、決してそのような趣旨の本ではありませんし、また、単に問題提起に留まらず、具体的な解決方法を提起しておられます。
七 分かりやすい書籍であること
この本について、もう一つ是非指摘しておきたい点が「分かりやすさ」です。
法律家の書く文書には、時折、不必要に難解な言い回しを用いる、小見出しも段落も考えずにひたすら文章がだらだらと続く、といったものを目にすることがあります。
これに対し、杉島団員のこの本の文章は、以下に述べるように、「すべての読者をなんとか説得したい」という情熱に溢れており、その点でも大変好感が持てます。
・単元毎に小見出しをつけていること
僅か二~三頁毎に、その単元で何を言いたいのかが、適切な小 見出しで示されており、特に、一気にまとめて読む時間がない僕 などには、頭に入りやすかったです。
・適切に段落が換わっていて読みやすいこと
段落もなくひたすら文章で埋まっているものは、それだけで読 む気を削ぎます。
・難解な漢字にはすべて読み仮名がふってあること
「躊躇」「弊害」「蔑視」「欺瞞」「主宰者」「困窮」など多くの 漢字にきちんと読み仮名がふってあります。これも、どんな年齢 層の人にでも読んでもらいたい、という気遣い、熱意の表れであ ると思いました。
・法的な専門用語を分かりやすい言葉に言い直していること
例えば、「身分階層構造」(一三頁)、「時限法」(一四頁)、「同 和地区」(一五頁)、「表現の自由」(七七頁)、「努力義務規定」(六 一頁)など、法律の専門家ではない人にでも分かるように平易に 説明しています。
・反論を意識していること
多くの箇所で、きちんと反論の意見を具体的に紹介し、それに ついて問題点を指摘しています。例えば、八鹿高校事件について も、判決の事実認定部分のみならず、被告らの主張を引用し(二 九頁)、その問題点を指摘しています。
また、「そのように言うと、~と考える読者もおられるかもし れません」として反論をきちんと意識されておられます(六五頁 など)。
僕も含め、多くの団員がこのような文章が書ければ、大げさに言えば、もう少し運動が前進すると思いました。
八 大阪支部総会での討議について
九月二六日、大阪支部総会が行われたのですが、その中で約一時間ほど、この本を題材にして討議が行われました。
紙幅の関係で詳述はできませんが、今となってはこの分野での生き字引とも言える石川元也団員もリアル参加して、短時間ですが白熱した議論が交わされました。
筆者の理解では、概要「これほど酷いネット上の投稿について何らの法的規制もしないのか」という意見に対し、「部落問題に限らず、ネット上での人権侵害的な投稿は近時も増加しているが、それらについてはその個人に対する人権侵害という形で個別に対応すべきであるし、実際にそのような動きがある。にもかかわらず、あえて部落問題だけを固定化して立法により規制することはかつての同和行政による問題を再発しかねない」との立場から反対意見がありました。
また、討議の中で特に問題となったのは、「全国部落調査」のような部落地名総鑑がインターネット上で公開されていることでした。この点についても杉島団員は、具体的な特定の人物に対する加害の意図がある場合に限って違法性を認めるべきとしているのですが(八二~八六頁)、そのような結論でよいのかという提起がなされました。
これに対し、特定の人物の法益侵害でないのであれば、何が法益であるのか、これを特定しようとするとどうしても「部落差別」の定義付けが必要となり、それはまさにかつての同和行政の問題につながらないか、という反論がありました。
ただ、二〇代~三〇代の「若手」団員は、部落差別について周囲でもあまり聞いたこともなく、今ひとつピンと来ないというのが率直な感想だったと思います。
九 終わりに-筆者による書評の「言い訳」
部落問題については、大阪支部には歴戦の闘士がたくさんおられます。ですので、筆者などが書評を書くのは、杉島団員にも、全国の皆さんに対しても申し訳ないような気がするのですが、上記のとおり、様々な問題も含むことから、なかなか書き手が見つからず、自称杉島団員の「心の友」の筆者が、やむを得ず重責を担った次第です。
なお、謙虚な杉島団員は、自らは全くこの本のことを紹介しなかったところ、たまたま別件で長時間一緒に過ごすことがあった時、僕が彼に「緊急事態宣言下で事務所に来ずになにしてた?」と聞いたことろ、「コロナ渦で仕事ができない中せこせこと本を書いてた」と言ったので、僕が驚いて「えっ、何の本?」と聞いて知るに至り、強引に宣伝した次第です。ちなみに値段は九〇〇円プラス税です。お問い合わせは、関西合同法律事務所(〇六―六三六五―八八九一)まで。
一〇 おまけ-杉島団員の「ゆるい」紹介
こんな本を書く杉島団員について、会ったことのない人は堅苦しいイメージを持つかもしれませんが、全く逆です。それを示すどうでもいいエピソードを一つ。
筆者は、彼に会うまで、「この業界で、昭和の古いアニメの主題歌を、自分ほど知っている人間はいない」と自負していたのですが、彼は僕以上に詳しかったのです。例えば、一九七三(昭和四八)年に放映されすぐに打ち切られた、最初の「ドラえもん」の主題歌(「僕のドラえもんが町を歩けば~」で始まる)を知っていたのは、周囲で彼だけでした。今でも街宣などで彼と一緒になると、周囲が聞いたこともないような昭和アニメの主題歌を二人で歌います。
ちなみ、この業界でビートルズのことが一番詳しいのは筆者です。
福岡高裁逆転勝訴-熊本教員公務災害認定訴訟の報告 熊本支部 中 島 潤 史
一 事案の概要
熊本県の小学校の教諭だった原告(当時四四歳)が、二〇一一(平成二三)年一二月一四日に脳幹部出血を発症して、四肢麻痺、発語不能、聴力なしで全介助を要する重篤な後遺障害を負った。本件発症は精神的肉体的に過重な負荷の公務によるものであるとして公務災害認定請求を行ったが公務外認定処分を受けたため、審査請求等を経て、本件処分の取消しを求めて二〇一七(平成二九)年七月三一日に熊本地裁に提訴した。
二 原告の勤務実態
本件発症当時、本件小学校は教育委員会から学力向上・充実に関する事業のモデル校・推進校に指定されており、原告は研究主任として二年間にわたってその業務の中心的役割を担っていた。原告は学級担任こそ担当していなかったが、算数TTと部活動に加えて、この研究主任としての業務は非常に負担の重いものであり、校内勤務時間で業務を終えられずに、恒常的に自宅持ち帰り作業を行っていた。
三 熊本地裁における原告の主張と判決
原告は、校内勤務時間については校長作成の調査票、警備記録、原告使用のノートパソコンの起動・終了ログから出勤・退勤時間を判断し、自宅作業時間についてはノートパソコンの起動・終了ログ及び文書ファイルの作成・更新ログから判断すべきであるとし、本件発症前一か月間における時間外勤務時間は一五二時間二七分(このうち自宅作業時間は九三時間一三分)になると主張した。公務の質的過重性についても、本件発症前一か月間は日常業務に加えて研究紀要の作成等の業務が集中した時期である旨を指摘した。
二〇二〇(令和二)年一月二七日、熊本地裁判決は原告の請求を棄却した。発症前一か月間の時間外勤務時間を八九時間五四分(うち自宅作業時間は三九時間五五分)と認定し、公務の過重性については、原告は一八年の勤務経験を有する教員であり学級担任を務めておらず、個々の業務も過重ではなかったとした。
四 控訴審(福岡高裁)における審理と判決
出退勤時刻や昼休みの時間の主張を修正したほか、発症前二か月目における自宅作業時間(八一時間一六分)の主張も追加した。質的過重性として作業が同時並行的に重なって集中していたことも強調した。
二〇二〇(令和二)年七月二九日、福岡高裁における第一回口頭弁論が開かれたが、原告側申請証人はいずれも却下され、即日結審した。
同年九月二五日、福岡高裁は、原判決を取り消し、本件処分を取り消す旨の逆転勝訴の判決を言い渡した。
時間外勤務時間の認定自体は原審とほぼ同じであり、発症前一か月間については九三時間〇一分(うち自宅作業時間は四一時間五五分)と認定した。しかし、発症前二週間についていずれも週二五時間を超えていること、発症前六か月目の校内時間外勤務時間がほぼ八〇時間となっていることを指摘し、原告が長期間にわたり恒常的に長時間の時間外勤務をしていたと認定した。
また、公務の過重性についても、「個々の業務自体が過重であるとまではいえないものの、控訴人は、これらの業務を同時期に並行して処理していたのであるから、控訴人の業務上の負荷については、控訴人の業務を全体として評価する必要がある。」と判示した。
この判決は上告されずに確定した。
五 福岡高裁判決の評価
今回の判決は、公務の過重性の判断において、単に時間外労働時間の長さだけを捉えて形式的に判断するのではなく、原告の勤務実態を重視して実質的に判断をしたという点で、小学校教諭であった原告の置かれていた過酷な勤務状況を正面から受け止めたものといえる。
教員の命と健康を守るためにも、自宅持ち帰り作業の問題を解決することが極めて重要である。
メトロコマース事件最高裁判決速報~目を覚ませ、最高裁!! 東京支部 長 谷 川 悠 美
二〇二〇年一〇月一三日、メトロコマース事件の最高裁判決が言い渡された。
原告らに退職金を一切支給しないことは不合理ではないと判断した不当判決である。
事案の概要
メトロコマース事件は、東京メトロの駅構内の売店で働く契約社員(有期契約労働者)四名が、同じ売店業務に従事している正社員(無期契約労働者)と比較して、基本給、住宅手当、残業手当、賞与、褒賞、退職金に設けられた相違について、労働契約法二〇条(二〇二〇年四月一日から大企業については削除)に照らして不合理であるとして、不法行為(民法七〇九条)に基づき各賃金の差額相当額の損害金を賠償請求した裁判である。
原判決の概要
原審の東京高裁判決は、基本給と賞与については請求を棄却し、住宅手当と褒賞の相違(不支給)、残業手当の相違(割増率の相違)は不合理であると判断した。また、退職金については、正社員の退職金規程に基づく計算方法(基本給×勤続年数に応じた支給月数)で計算した金額の四分の一すら支給しないことは不合理だと判断した。
最高裁は、退職金の相違(不支給)に関する上告(双方の)のみを受理した。
退職金の目的・性質
まず、最高裁は、本件退職金の性質を、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものとした。
そして、特筆すべきは、本件退職金は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものであると判示した。これは、ハマキョウレックス最判で最高裁が採用しなかった『(有為な)人材確保論』である。極めて抽象的・主観的な要素であり、使用者側の裁量が広く認められる要素となる。この判断が結果に及ぼした影響は大きいと思われる。
「職務の内容」・「職務の内容及び配置の変更の範囲」について
原告らは、駅の売店の販売員であり、比較対象者の正社員も、同様に駅の売店の販売員である。両者の業務はほぼ同一である。最高裁もこの点は「両者の業務の内容はおおむね共通する」と判断している。
ただし、正社員が代務業務やエリアマネージャーの業務に従事することがあったのに対し、契約社員Bは売店業務に専従していたとして、「両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。」と判断している。
また、正社員は上記の代務業務やエリアマネージャー業務への配置転換の可能性があったことから、職務の内容及び配置の変更の範囲にも一定の相違があったと判断した。
「その他の事情」
そして、「その他の事情」として様々な事情を考慮している。
比較対象である売店業務に従事する正社員は、関連会社の再編成により被告の正社員となったという経緯があり、契約社員に置き換えられていたので年々減少していたことや、被告の正社員の多数は、比較対象ではない(売店業務以外に従事する)正社員であること、契約社員から正社員への登用制度が存在したこと等である。
長期雇用されていても退職金不支給
一方、原告ら契約社員は、有期労働契約であるものの原則として更新するものとされ,定年が六五歳と定められており、長期雇用を前提とされていた。また、実際に原告らは、いずれも一〇年前後の勤続期間を有している。
最高裁は、これらのことをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえないと判断した。
反対意見
本判決には宇賀克也裁判官の反対意見が付されている。
メトロコマースは特殊な会社で、株式会社メトロのいわゆる「天下り先」である。定年退職・早期退職した社員が正社員として入社するので、正社員の平均勤続年数は約七年である。一方、契約社員の新規採用年齢は約四七歳で、平均して約一八年勤続が保障される。
正社員よりも契約社員の方が「長期雇用」なのである。
そのため、退職金の性質のうち、功労報償的性格という性質については契約社員にも妥当するので、全く退職金を支給しないという扱いは不合理である、原審を維持すべきである、という反対意見である。
退職金であってもあきらめない
最高裁は、ハマキョウレックス最判で、労契法二〇条は均衡待遇をも定めた規定であると判示していた。本件では、功労報償的性格という本件退職金の性質は契約社員にも妥当する事案であったにもかかわらず、また、職務の内容・変更の範囲も共通する部分があることを認めつつ、割合的に退職金を支給することについて判断しなかった。
また、「人材確保論」という抽象的・主観的な目的を認め、それに伴って使用者側の裁量をあまりにも広く認めている。
あまりにも不当な判決であり、メトロコマース弁護団はこの判決に断固抗議する。
ただし、本判決は、退職金であっても、その不支給が不合理であると判断される場合もあることを明言している。
本件が不当判決だったからといって、今後、退職金についての非正規格差是正をあきらめることがあってはならない。
司法の役割を放棄したこの判決を乗り越えるべく、全国の団員のみなさまにも、ぜひ、非正規格差是正裁判に果敢に取り組んでいただきたい。
(弁護団員は、今野久子団員、井上幸夫団員、水口洋介団員、滝沢香団員、青龍美和子団員、私である。)
二〇二〇年九月一日
「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」の報告 東京支部 宮 川 泰 彦
集会の自由を脅かし、行政の公正に反する都の誓約書提出要求を撤回させ、集会の自由を守った。弁護士集団の声明が大きな力となった
関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典は一九七四年以来毎年、都立横網町公園内に設置された「朝鮮人犠牲者追悼の碑」前で平穏に執り行われ、歴代の都知事は追悼の辞を送付してきた。ところが二〇一七年からは同時刻・同公園内で右翼団体「そよかぜ」による「六〇〇〇名の朝鮮人が虐殺されたなどというのは嘘」「追悼の碑撤去」「日本人の濡れ衣を晴らそう」などと大音響で訴える集会がもたれ、それに合わせたかのように同年からは小池都知事は追悼の辞の送付を拒否している。
そのような流れの中、団通信九月一一号(東京支部ニュース九月号)で報告したとおり、都は二〇二〇年の追悼式典の公園占用許可にあたって、これまで全く問題にされなかったあれこれの占用許可条件を付し、「占用許可の条件が遵守できない場合、公園管理者の指示に従い、指示に従わないことにより次年度以降、許可されない場合があることに異存ありません」との誓約書の提出を求めてきた。しかし、誓約書提出要求撤回を求める市民や学者・宗教者等の世論の高まり、そして弁護士団体の誓約書撤回を求める声明等によって都は誓約書提出要求を撤回し、集会の自由は守られた。自由法曹団東京支部、東京弁護士会会長声明は都の括弧付き「行政の公正・中立」に対する深刻な問題を指摘している。あらためて自由法曹団と弁護士会の良心に心強さを感じる。
二〇二〇年「九・一関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」の概要
新型コロナの集団感染を完全に防ぐ観点から一般参加者なしで、ネット中継で行われた。今年も追悼メッセージが寄せられた。オリバーストーン(映画監督)とピーターカズニック(アメリカン大学教授)連名のメッセージ等、四通のメッセージが寄せられた。過去の悲惨な出来事を忘れてはならない、知らない人もいる、事実に向き合うことが今求められている旨などが述べられていた。
今年の式典に関するマスコミの関心は高く、例年を越える取材がなされた。一般紙、テレビ関係、韓国紙、個人ジャーナリスト、ミニマスコミ誌など。追悼式典参加は叶わなかったが、ハッシュタグ「私も追悼します」が九月一日で三人万弱に達し、この日のトレンド七位に入ったとのこと。マスコミ、市民の間で当式典への関心が高まっている。
何故関心が高まっているのか。歴史修正・排外主義を許してよいのか
昨年九月一日の「そよ風」集会でなされた「虐殺はなかった。不逞鮮人が犯罪をはたらいたのだ」等いくつかの発言が都によってヘイトと認定されている。そのヘイトは「叩き出せ」「殺せ」などといった直接的発言ではなく(虐殺否定・史実の作り変え)といった歴史修正の発言でもある。そして、追悼の辞を四年連続して不送付とした小池百合子都知事の姿勢は、右翼やレイシストの動きに都が上から呼応し歴史修正の流れをつくってはいないかと危惧する声も聞こえてくる。このような危惧を持たざるを得ない中で、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典にマスコミ関係者なども関心を寄せ取材が多くなされた。
過去の悲惨な歴史から学ぼうとしない、敢えて知らないふりをする、日本人にとって恥ずかしい過去の歴史事実はなかったことにしたい等の流れが生まれている。
関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典は、過去の悲惨な事実を確認し、二度と似たような歴史をくり返してはならないことを誓い合う場である。
今、恥ずかしい歴史的事実をなかったことにする動き、外国人を治安対象者としてみる流れが横行している。
関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典運動の発展は、排外・民族差別とも結びついた歴史修正を許さない運動でもある。支部団員の皆様の理解と支援をお願いしたい。(東京支部ニュース一〇月号より転載)
故中曽根康弘氏の内閣・自由民主党合同葬儀に対する最高裁への弔意表明協力について
北海道支部 池 田 賢 太
一 「最高裁が内閣府の協力依頼を下級裁判所に通知」との報道
二〇二〇年一〇月一七日、故中曽根康弘氏の内閣・自由民主党合同葬儀が行われた。その二日前の同月一五日、私は、衝撃的な報道に接した。報道によれば、政府は同年九月二日、合同葬当日に各府省が弔旗を掲揚するとともに、葬儀に合わせて黙とうすることを閣議了解した。同日、内閣府が、事務次官名で最高裁に対して弔意表明の協力依頼の文書を発出、同月八日付で最高裁が下級裁判所に通知を出したとのことである。
それに先立ち、国立大学への弔意表明を文科省が通知したとの報道に接していたが、まさか三権分立の下で、たかが一内閣総理大臣経験者の葬儀、しかも自民党との合同葬儀に、政府が裁判所に弔意表明を求めるという暴挙を正直受け止め切れなかった。日本学術会議の任命拒否など、菅政権の暴力性と反知性は、裁判所の公正性や政治的中立性をも凌駕するのかと、愕然とした。私は、夕方、この第一報に接したが、悶々としながら弁護士会の研修に参加した。
しかし、研修後に帰宅途中の居酒屋で遅い夕食を取っているうち、これは絶対に放置する事ができない、北海道合同法律事務所の事務所声明なら出せると思い、携帯電話で第一稿を起案した。できた起案を事務所の事務局長にメールし、緊急で各弁護士の携帯とパソコンに流してほしいと依頼した。まもなく二三時になろうというタイミングだった。ほどなく帰宅し、パソコンを開くと、遅い時間にも関わらず、事務所の複数の弁護士から賛同の表明が届いていた。
二 自由法曹団北海道支部としての声明発出
ほどなく、支部事務局長の渡辺達生弁護士から電話があり、これは事務所声明よりも、団支部として意見表明をした方がいいのではないか、との提案があった。私は、もとよりその方がいいと考えていたが、一七日の葬儀の前にこれを執行するとすれば、一六日しかない。日付はまもなく一六日になろうとしている中で、意見集約が困難ではないかと思っていた。この問題に先立ち、団支部は、青年法律家協会北海道支部、日本労働弁護団北海道ブロックと共同で日本学術会議の任命拒否に抗議する声明を挙げているが、その意見集約にも数日を要していたからだ。最終的には、ぎりぎりまで団支部としての意見表明を追求し、消極意見が出るようであれば事務所声明に切り替えて意見発出をすることとした。
団支部のメーリングリストに、渡辺事務局長から私の第一稿が投稿されたのが九月一五日の二三時四六分である。そこに私の趣旨説明を投稿した。翌一六日は、早朝の午前五時一九分から修文案やコメントが寄せられ始めた。反対意見はなく、早期に発出すべしという激励が飛びかった。最終的に、佐藤哲之支部長のGOサインを得て、一六日午後〇時ジャストに意見表明の文案が確定した。
意見表明の確定と合わせて、札幌高裁総務課に架電し、午後一時三〇分に申入れをマスコミ帯同で行いたい、長官宛の申入れなので然るべき職位の方に対応願いたいと連絡を入れ、同時に司法記者クラブにも告知をした。その際、マスコミ帯同で申入れを行いたいと高裁に申し出たので、記者クラブからも問い合わせを入れてほしいと要請した。
最終的には、総務課長が総務課で対応する、マスコミ帯同は不可とのことであったが、一定のプレッシャーは与えられたのではないかと思っている。
同日は、午後三時から札幌市内で発生した児童虐待死の刑事裁判員裁判の判決が予定されており、多くの司法記者が不在であったが、テレビ取材も入り、後日報道された(団総会で共有させていただいたもの。)。できる限りのことを、本当に短時間でまとめ切ったと思う。
三 各地の団員の取組みは大きな希望だった
記者会見後、意見表明文を団の改憲阻止メーリングリストに投稿したところ、各地の団員・団支部が問題意識を共有し、意見表明をしていただいたとの報告に接した。私たちよりもはるかに短い時間で、意見集約をされたことに、心から敬意を表するとともに、人権擁護や司法の公正性に敏感である団員・団支部の存在がとても大きく、頼もしく感じた瞬間であった。
それは、私が感じた想いが、まさに「茶色の朝」を迎えたニーメラーのそれと同じだったからだろう。学術会議の任命拒否のときも私は怒り狂ったし、国立大学への弔意表明についても怒り狂った。しかし、今回は絶望感が先に来た。これは、本来三権分立の中で独立が保立てれているべき裁判所の領域、加えて精神的自由の領域に、国家権力が土足で踏み込んできたことに対する絶望感だったと思う。その意味で、大学の問題は、私の「本籍地」の出来事ではなかった。やや距離を置いてみていたのだなと思う。だからこそ、すぐに怒りを表明する事ができなかった。
そのような中で、我が北海道合同事務所、自由法曹団北海道支部の団員が直ちに賛同をしてくれたこと、それに呼応して全国の団員・団支部が立ち上がってくれたことは、私にとって大きな希望であった。拙い提起に、正面から向き合って頂いたことに、改めて感謝をしたい。
四 最高裁の不誠実な対応について
最後に、蛇足と思いつつ、最高裁の不誠実な対応について一言述べておきたい。
札幌高裁も、司法記者には一六日の段階で弔旗掲揚の予定である旨答えていたようである。しかし、実際には、一七日の葬儀に弔旗は掲揚されなかった。全国各地の裁判所も掲揚はされなかったと聞いている。報道によれば、その理由は雨天のため、掲揚を見合わせたという事である。
この理由は、非常に不誠実であると思う。
私自身は、中曽根康弘の行ったことを見れば、今の日本を毒している新自由主義や全体主義的思想をはびこらせた諸悪の根源ではないかと思うから、彼に対する弔意など微塵も感じないし、表明するつもりもない。しかし、彼の遺族を始め、心底彼を崇拝しているような人々がいることもまた否定しない。そのような人々にとってみれば、最高裁が彼に示そうとしていた弔意というのは、天候次第で変わるような非常に軽い形式的なものであったということを露見し、彼に対する侮辱的なメッセージになりかねない。それはそれで、最高裁の彼に対する評価を示したと受け取られかねない。岡口基一判事のツイートよりも、より直接的に遺族の心情を害したのではないかと私は思う。政権与党に与して弔意を示すことに比べれば、政治的中立性や公正性への影響は少ないかもしれないが、反政府的な裁判所という評価もできなくはない以上、一定の影響は避けられない。いずれにしても最高裁は、猛省すべきである。
弔旗を揚げないと決めたのであれば、そもそも裁判所が理由を説明する必要もないし、もし仮に説明するのであれば「諸般の事情を考慮した」とか「総合的・俯瞰的に検討した結果」などと答えておけばいいはずである。何とか理由をつけたいという場当たり的な対応というほかないし、それが一面において死者の尊厳を害する可能性がある以上、極めて稚拙な対応であったというほかない。裁判所の人命や死者への対応に対する見識が問われている。
問題の根源は、政府が自民党と行う合同葬儀に対して、裁判所に弔意表明の協力を求めたことにある。しかし、その後の最高裁の対応も非常に稚拙であった。司法に対する信頼、公正性に傷がついたのは間違いない。弔旗が揚がらなかったからよしとするのではなく、最高裁に対して団本部としての意見表明を執行部には検討してもらいたい。