2021年3月19日、「賃金のデジタルマネー払いの拙速な導入に反対する声明」を発表しました

カテゴリ:労働,声明

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賃金のデジタルマネー払いの拙速な導入に反対する声明

 

2021年3月19日

自  由  法  曹  団

団長 吉  田  健  一

 

1 現在、厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会では、賃金をデジタルマネーにより支払うことを認める労働基準法施行規則(労基則)の改定にむけた議論が進められ、2020年度内の施行が目指されている。
 これは、2020717日に閣議決定された成長戦略フォローアップに基づくものであり、同フォローアップでは、「デジタルマネーによる賃金支払い(資金移動業者への支払い)の解禁」を「『新たな生活様式』に対応した規制改革の推進」の1つと位置づけ、「賃金の資金移動業者の口座への支払について、賃金の確実な支払等の労働者保護が図られるよう、資金移動業者が破綻した場合に十分な額が早期に支払われる保証制度等のスキームを構築しつつ、労使団体と協議の上、2020年度できる限り早期の実現を図る」とされている。
 しかしながら、賃金のデジタルマネー払いには労働者保護の点で大きな懸念があるから、その懸念を払拭できない限り導入すべきではない。

 2 資本主義経済社会において、生産手段を持たない労働者にとって、賃金は、自らの労働力商品の対価であるとともに、生きる糧である。そのような労働者に対し、通貨という安全で便利な交換価値の体現物によって賃金が支払われることは、安定した経済生活を成り立たせ、健康で文化的な最低限度の生活を送るために極めて重要である。そのため、労働基準法(労基法)241項は、罰則付きで(12011号)賃金の通貨払いの原則を定めており、その例外は、労基則7条の2で、労働者の同意を要件とする銀行口座への振込み等に限定されている。
 デジタルマネー払いの解禁によって、万が一にでも、賃金の安全かつ確実な支払い確保という労働者保護が後退することがあってはならない。

 3 賃金のデジタルマネー払いには、資金移動業者による破綻の問題がある。政府の説明では、資金移動業者が破綻した場合、労働者は保証会社又は保険会社から「十分な額」の保証を受けられる制度にするとされている。
 しかしながら、保証を受けるには半年程度という時間がかかることが予想され、しかもその金額は、業者の資金保全が不十分だった場合には全額にならない可能性があるというのであるから、賃金のデジタルマネー払いは、労基法241項に定める全額払いの原則、及び同条2項に定める毎月1回以上定期払いの原則の趣旨に反している。
 資金移動業者が登録制であり、登録の要件として一定の財政的基盤が挙げられてはいるが、具体的な基準は設けられておらず、資金移動業者の破綻の危険に対する厳格な要件があるとはいえない。

 4 そのほかにも、業者口座を悪用した不正引き出しのリスク、デジタル格差等、労働者保護の点で見過ごせない問題が多々存在している。
 政府は、本人の同意を要件とするとするが、現在も、労働者は使用者が指定した金融機関に口座の開設を事実上強制されている状況にあるから、単に本人同意を要件とするだけでは、これを望まない労働者にとって有効な歯止めとはならない。

 5 そもそも政府は、賃金のデジタル払いを解禁する理由として、外国人労働者にとって銀行口座の開設が困難な場合があり、それを賃金のデジタル払いによって解決できるという点をあげている。
 しかし、外国人が日本で生活していくうえでは、家賃の支払、各種公共料金の支払等が必要であるが、現状、それらのすべてについてデジタル払いが可能とされているわけではない。日常生活を送るうえでの各種支払いのためにデジタルマネーを現金化する必要が生じるが,その手間と負担を労働者に課すことは、現金支給原則の趣旨に反することになる。したがって、賃金だけをデジタル払いにしたからといって、外国人の日本での生活における利便性が向上するものではない。
 むしろ、政府が行うべきことは、外国人が銀行口座の開設をできるよう支援を充実させることであり、十分な支援を行わない一方で、外国人労働者の不便さを強調し、労基法上の現金支給原則を潜脱するデジタルマネー払いを導入することは本末転倒と言わざるを得ない。

6 以上のとおり、現時点においては、賃金のデジタルマネー払いの導入は、賃金の安全かつ確実な支払い確保という労働者保護を後退させる危険があるので、自由法曹団は、その拙速な導入に反対するものである。

以上

 

 

 

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