2021年4月20日付、『「土地規制法案」に反対し、廃案を求める声明』を発表しました
「土地規制法案」に反対し、廃案を求める声明
2021年4月20日
自 由 法 曹 団
団長 吉 田 健 一
1 政府は、本年3月26日、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用等の規制等に関する法律案」(以下「土地規制法案」という。)を閣議決定し、国会へ提出した。
この土地規制法案は、内閣総理大臣が、自衛隊や米軍の基地などの「重要施設」の敷地周囲おおむね1km内や国境離島等内にある区域を「注視区域」に指定し、①区域内にある土地及び建物(以下「土地等」)の利用状況を調査する、②「施設機能」や「離島機能」を阻害する行為の用に供したり、供する明らかなおそれがあると認められるときは、利用中止などの勧告を行ったり、罰則付きの命令(2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金)を発することをできるようにする、③「注視区域」のうち「特別注視区域」とされた区域においては、土地等の売買などについて、当事者に事前の届け出を罰則付き(6月以下の懲役又は100万円以下の罰金)で義務付けること等が柱となっている。
政府は、今国会での成立を目指しているが、土地規制法案は日本国憲法の平和主義に反するほか、多くの問題点を有しており、直ちに廃案にすべきものである。
2 日本国憲法は、侵略戦争に対する痛烈な反省もふまえ、前文や9条に具体化された平和主義を掲げ、軍事に関するものに公共性を認めていない。戦前は、国防を理由に、要塞地帯法によって「要塞地帯」と指定された区域への立入り、撮影、模写などが禁止、処罰され、これが国民監視や統制に用いられた。この要塞地帯法は日本国憲法の下では当然に廃止され、軍事・国防のための土地の収用を認めていた戦前の旧土地収用法に対し、戦後、新たに制定された土地収用法は、軍事・国防のための土地収用を削除し、「土地を収用し、又は使用することができる公共の利益となる事業」(第3条)に防衛にかかわるものを含めていない。
しかし、今回の土地規制法案は、その目的に「安全保障に寄与すること」を掲げ、基地の周辺区域や国境離島等を対象としていることに示されているように、軍事的安全保障の観点から再び国民の私権を制限しようとするものである。
これは、憲法の平和主義に明確に反するものであって、断じて容認できない。
3 加えて,今回の土地規制法案は、内容それ自体にも数々の問題点や欠陥がある。
(1) まず、内閣総理大臣は、調査のために必要がある場合、関係行政機関の長等に対し、「注視区域」とされた土地等の利用者らの氏名や住所などの情報提供を求めることができるとされているが、提供の対象となる情報は政令で追加でき、調査項目が歯止めなく拡大する懸念がある。調査が思想・信条に立ち入る恐れもある。しかも、調査のためなお必要があると認めるときは、土地等の利用者その他関係者に対し、報告や資料の提出を求めることができ、提出をしなかったり、虚偽の報告をしたときは処罰するとしており,調査に服することを強制するものとなっている。
個人の思想・信条が脅かされるおそれに対して、「個人情報の保護に十分配慮しつつ」、「必要な最小限度のものとなるようにしなければならない」(第3条)と規定してはいるが、歯止めとなる担保は何もない。むしろ、自衛隊の情報保全隊が、自衛隊のイラク派兵に反対する市民活動を監視し、個人の氏名や職業、支持政党まで情報を収集・保有していたことについて、裁判所から違法だと断罪され、賠償を命じられたことは記憶に新しいが、今回の土地規制法案は、こうした国家権力による違法な情報収集にお墨付きを与えることにもなりかねない。
(2) また、土地規制法案では、「施設機能」や「離島機能」を「阻害する行為」を規制対象とし、中止等の命令違反につき懲役もしくは罰金刑の対象としているが、「防衛関係施設の我が国を防衛するための基盤としての機能」、「有人国境離島地域離島の領海等の保全に関する活動の拠点としての機能」など、「機能」の内容は曖昧であり、抽象的にすぎる。同様に、「阻害する行為」という文言も広範にすぎ、定義の体をなしていない。そのため、時の権力による解釈次第で、自衛隊基地の建設に反対する市民運動や基地監視活動などの市民運動が含まれる危険が存し、こうした運動の萎縮や弾圧に利用されるおそれがある。
(3) さらに、土地規制法案は、自衛隊や米軍の基地であれば一律に「重要施設」としているが、これらの施設も多種多様である。しかも、その敷地周囲おおむね1kmが「注視区域」の対象となりうるのであり、きわめて広範な私権制限をもたらす危険がある。たとえば、沖縄県や神奈川県では米軍基地の多くは市街地にあり、多くの民有地が制限を受けることになりかねず、軍事目的のための権利制限の強化を生むものである。そもそも自衛隊や米軍の施設を一様に「重要」とする発想そのものに、軍事的な必要性が一般国民の権利に優位するという価値観が表れている
(4) 加えて、そもそも今回の土地規制法案には立法事実もない。政府は北海道苫小牧市や長崎県対馬市の自衛隊基地周辺の土地を外国資本が買収したことを問題視しているが、防衛省は全国約650の「防衛施設」に隣接する土地を調査した結果、「現時点で、防衛施設周辺の土地の所有によって自衛隊の運用等に支障が起きているということは確認をされていない」(2020年2月25日、衆院予算委員会第8分科会)としており、立法の必要性を裏づける根拠すらない。
そうであるにもかかわらず、土地規制法案の成立を急ぐのは、まさに戦争準備目的というべきもので、有事法制の一環に位置づけられるものである。しかも、それは、いわば「平時」であっても、軍事を優先させて人権制限を容認するものである。そのこと自体が憲法の平和主義に反するものであると共に、現実問題としても外国資本による土地の購入を直ちに安全保障上のリスクとする発想は、属性に着目するものであり、かえって近隣諸国との間で対立を煽ることになりかねず、平和の維持に逆行するものである。
4 以上のように、今回の土地規制法案は、日本国憲法の平和主義に反するものであり、法案の内容としても根本的な問題を抱えている。
自由法曹団は、この土地規制法案に断固反対し、廃案を求めると同時に、日本国憲法の平和主義に基づく外交を追求し、近隣諸国との関係改善を図ることを強く求める。
以 上