第1741号 5 / 21
カテゴリ:団通信
【今号の内容】
●狭山市智光山公園こども動物園雇い止め事件 上 田 月 子
●東京オリンピック聖火リレー中止申入れのご報告 大 河 原 壽 貴
●防衛省におけるパワーハラスメントの防止等に関する指針についての一考 板 井 俊 介
●映画「ブレグジット EU離脱」を観る 山 崎 博 幸
●若手弁護士から見た「人新世の資本論」と「100分de名著・資本論」 江 夏 大 樹
狭山市智光山公園こども動物園雇い止め事件
埼玉支部 上 田 月 子
第1.はじめに
2021年4月23日、さいたま地裁において、不更新条項の入った有期雇用契約書に署名・捺印していたため、労働契約法18条の無期転換権発生日前日に雇用期間満了で雇い止めされた労働者の、地位確認訴訟で勝訴し、賞与を含むパックペイ全額の支払いも認められたので報告します。弁護団メンバーは、埼玉支部の山崎徹、伊須慎一郎、私の3名です。
第2.事案の概要
1.当事者
原告は増田浩一さん(以下「増田さん」と言います)、被告は主位的に公益財団法人埼玉県公園緑地協会(以下「協会」と言います)、予備的に狭山市(損害賠償請求)です。
2.財団法人狭山市施設管理公社(以下、「公社」と言います)の廃止
増田さんは、1998年4月から公社の職員として、一貫して狭山市が設置する智光山公園(以下、「公園」と言います)の事務員を勤め、特に2008年4月からは智光山公園こども動物園(以下、「動物園」と言います)で業務を行ってきました。ところが、狭山市は、公社を廃止し、以後、公園の指定管理者を一般公募により募集する方針を打ち出しました。
増田さんは、自治労連埼玉県本部自治体一般労働組合智光山公園労働組合(以下、「本件組合」と言います)を結成し、2008年頃から、公社を廃止させないために、公社及び狭山市と団体交渉を行いました。
3.雇用確保に関する協定
その結果、公社の廃止は阻止できませんでしたが、本件組合、自治労連埼玉県本部及び狭山地区労働組合協議会は、狭山市及び公社と、雇用確保に関する協定書(以下、「協定書」と言います)を取り交わすことができました。
協定書において狭山市は、次々期以降の指定管理者の募集の際にも経験者の継続雇用を依頼することを誓約し、2012年7月公表の動物園業務仕様書の特記事項には「指定管理に伴い雇用した元公社職員については、指定期間が満了した後も、本人が引続きこども動物園での勤務を希望した場合、次の指定管理期間においても同所での勤務ができるよう誠意を持って対応すること」との記載が入りました。
4.指定管理者の選定と雇用契約
狭山市は、2013年4月1日から5年間の指定期間について、協会を代表団体とする智光山パークマネジメントJV(以下、「本件JV」と言います)を指定管理者として指定しました。協会は、雇用形態が期間の定めのある契約であり、雇用期間を指定期間の5年間とする旨の記載があるが、次々期指定管理における雇用継続の有無に関する記載はない勤務条件の骨子案と、これを踏まえた特例要綱に従い、増田さんと2013年4月1日、雇用契約(3年間)を結びました。2016年4月1日に雇用契約(1年間)を更新し、2017年4月1日に雇用契約(1年間)を更新しましたが、最後の契約書には不更新条項が入っていました。
5.雇い止め
狭山市が2017年7月に公表した募集要項及び動物園業務仕様書には、前回募集時の特記事項に類する文言の記載がなく、公園指定管理者共通業務仕様書に「職員等の採用に当たっては、現就労者、市内在住者及び障害者の雇用に配慮すること。」と記載されるにとどまりました。狭山市は、2018年4月から5年間の公園指定管理者に、元公社職員の雇用を継続しないことを前提としているにもかかわらず、本件JVを再指定しました。
増田さんは、2017年8月ころ、再就職支援サービスの提供を申し出られて初めて、協会が本当に期間満了で雇い止めをする気なのだと実感し、自治労連埼玉県本部関係者に相談しました。増田さんは、本件組合を再結成し、協会や狭山市と交渉しましたが、協会は、2018年3月31日をもって増田さんを雇い止めにしました。
第3.判決の紹介
1.雇用契約が更新されることへの合理的な期待を認めた点が、判決の評価すべき点だと考えます。この争点に関する判旨の概略は以下のとおりです。
2.増田さんは、本件組合の代表として交渉に関わっていたので、狭山市が協定に従って、指定管理者に対して元公社職員の雇用継続を要請し、これを受けた指定管理者が、その要請に応じて、次々期指定管理期間以降も増田さんの雇用を継続することを期待していたと言うことができる。
協会が示した勤務条件の骨子案や特例要綱には、雇 用期間を5年間とする記載があるものの、指定期間満了後の更新の有無については特段の記載がなく、協会が、指定期間満了後は、指定管理者の指定いかんにかかわらず雇用契約を更新しないとの意思を明確に示したことを認めるに足りる証拠がない。
そして、狭山市は協定を踏まえて、業務仕様書に特記事項を設け、協会は同業務仕様書を踏まえて指定管理者に応募したのだから、継続的な雇用への期待は単なる一方的で主観的な願望ではなく、具体的な根拠がある合理的なものである。
2回目の更新時には、不更新条項があった。しかし、その際の説明は、特例要綱に従うと、今回が最後の更新になるというにとどまり、次期指定管理者として指定された場合における雇用継続の有無については、特段の説明がされていなかった。そして、増田さんは、協会が次期の指定管理者の指定を受けられるか未確定のため、このような条項を入れざるを得ず、次期管理者に指定された場合には、協定に沿った狭山市の要望に応じて、引き続き雇用が継続されるものと理解した上で、雇用契約書への押印に応じたものである。
3.判決は、労働者の意思形成過程を適切に考察し、2回目の更新時までに形成されてきた雇用契約更新に対する合理的な期待は、最後の不更新条項によって直ちに失われないとして、労働者を救済したものです。
東京オリンピック聖火リレー中止申入れのご報告
京都支部 大 河 原 壽 貴
1 2021年5月11日、自由法曹団京都支部は市民ウオッチャー・京都と連名で、京都府知事と京都市長に対し「東京2020オリンピック聖火リレー及びセレブレーション中止の申入れ」を行いました。
申入れ全文は、常幹、改憲阻止、構造改革の各メーリングリストで報告しているとおりですが、概要は以下のとおりです。
京都府内では、5月25日から26日の予定で聖火リレーと関連行事が予定されている。
しかしながら、新型コロナの感染拡大と医療の逼迫状態が生じていることは周知のとおりであり、4月25日には緊急事態宣言が発出され、同宣言は5月31日まで延長することが決定された。かかる状況を受け、京都市においては、すでに公道でのリレーの中止を要請することが決められ、二条城において、無観客でのセレモニーを実施する方針である旨報じられている。
現在、府内各自治体において、公金を用いて聖火リレー関連行事の準備が進められており、京都府が実施を予定している「京都府セレブレーション」については、929万8245円の見積もりが計上されている。
現在、緊急事態宣言下において、府民・市民の公的施設の利用が大きく制約を受けている最中であるにもかかわらず、聖火リレー関連行事は進められようとしている。仮に無観客で開催された場合、聖火リレー関連行事はまさに府民・市民抜きで開催されることとなり、多額の公金を用いることは到底許されない。また、たとえ無観客であったとしても、参加者やスタッフの感染リスクを避けることはできない状況であり、感染リスクを伴ってなされるセレブレーションやセレモニーに対して公金を支出することはやはり許されない。
したがって、公道でのリレーはもちろんのこと、セレブレーションやセレモニーも含め、聖火リレーに関連する行事についてはすべて中止すべきである。
2 申入れ当日の京都新聞朝刊で、京都市が公道でのリレーの代替案として検討していた二条城内での無観客での聖火セレモニーについて、東京オリンピック組織委員会が会場変更を認めなかったと報道されました。
私たちの立場は、公道でのリレーのみならず、セレモニーも含めてすべて中止すべきという立場であり、京都市が示していた二条城案について決して賛成というわけではありません。それでも、京都市なりに感染防止を考慮して検討した代替案に対し、組織委員会が頭ごなしに否定したことについて、自治体を蔑ろにするものであって許し難い、これはやはりすべて中止するしかない、との思いも含めて申入れを行いました。
当日の朝に報道がなされた直後ということもあり、時宜にかなった申入れとなりました。翌日には、京都府知事も公道でのリレー中止と無観客での開催を発表することとなりました。感染拡大の中でのオリンピックと聖火リレーの強行について、インターネット上では反対の声が相次いでいますが、本申入れのように、市民団体や法律家団体が正式に文書で申し入れることにも重要な意義があることを改めて実感しました。
3 これだけでは単なる報告になってしまうので、ここから先は、今回の申入れに至る経過なども綴ってみようと思います。
申入れの前段階として、京都府や京都市に対して、聖火リレーに関する委託契約や入札結果、京都府と組織委員会との協定書などの情報公開請求を行っていました。聖火リレー関連の情報公開請求を行い始めたのはちょうど2月下旬で、島根県知事が聖火リレー中止を表明したとのニュースがきっかけでした。中止表明の中で協定書の話が出たり、中止に対して圧力がかかるなどしたため、京都府では一体どうなっているのだろうとの率直な疑問が出発点でした。
2月下旬、京都府に対し、聖火リレー関連行事の入札結果に関する公文書と、組織委員会との協定書について、情報公開請求を行います。通常であれば、2週間で公開非公開の決定がなされ、公文書が開示されます。ところが、2週間経って、京都府から来た返事は「個人又は法人に関する情報が多く含まれており、公開又は非公開の判断に時間を要する」、「第三者に関する情報が記載されており、当該第三者に対し意見書を提出する機会を与える」との理由で、公開決定を1か月半ほど延長するというものでした。ですので、公開までに2か月もの期間を要することとなり、実際に公開されたのは4月下旬、連休直前という状況でした。
なかなか開示されないなあ、と、もやもやしながら開示を待っている最中の3月25日、聖火リレーは福島県を皮切りにスタートしました。報道された聖火リレーの実態は、皆さんもご存知のとおりで、聖火ランナーよりもスポンサーによる宣伝カーが主役であるかのごとき隊列の姿は、そして、1年にわたって自粛生活を余儀なくされ、大声で笑い合うことも、肩を組んで喜び合うことも控えて過ごしてきた市民に向かって大音量でお祭り騒ぎをする姿は、私の想像をはるかに超えて醜悪なものでした。東京オリンピックについては、「アンダーコントロール」、「復興五輪」、「安倍マリオ」、「新国立競技場」、「コロナに打ち勝った証」などなど、事あるごとにその醜い姿を垣間見せていたのですが、聖火リレーの映像は、それらに匹敵するか、むしろそれらを超えるものでした。
そして、開示された公文書の中に、京都府が行うセレブレーションの開催準備(コンサルタントと見積もり)業務の入札結果がありました。競争入札でありながらJTB1社のみによる入札で、予定価格上限いっぱいの満額での落札でした。なお、京都市が行う開催準備業務については、電通1社のみがプロポーザルに応募して受託しています。競争を避けるための何らかの話し合いがあったのではないかと疑わざるを得ない状況です。
これは、公道での聖火リレーだけではなく、セレブレーションやセレモニーなどの関連行事も含めてすべて中止させるしかない、と申入れを決意するに至ったのです。
防衛省におけるパワーハラスメントの防止等に関する指針についての一考
熊本支部 板 井 俊 介
本投稿は、平成27年9月に防衛省が作成した「防衛省におけるパワーハラスメントの防止等に関する指針について」についての一考である。この指針4項(4)は「パワーハラスメントの被害者にとって尊厳や人格が傷つけられることによる痛みは計り知れないものであり、働く意欲や自信を喪失し、心身の健康を害する結果、休職や退職に追い込まれたり、深刻な場合には自殺に至る場合があることを認識すべきこと」と明示されている。
近時、ある事件に触れ、この指針が一朝一夕にして策定されたものではなく、歴史的事実の積み重ねにより策定されたものであることを知った。
自衛隊は現行憲法下で設立されたものであるが、旧憲法下で存在した陸軍内においても、上司や下士官らによるいじめ(私的制裁)が横行していた。
防衛省の防衛研究所の作成した「戦史研究年報第10号・大東亜戦争期の日本陸軍における犯罪及び非行に関する一考察」によれば、「内務班(宿舎内)ハ正常ナラサル小言ヲ受クル場所ト化シ 或ハ 私的制裁其ノ跡ヲ絶タサル等ノ為 特ニ下級者ハ内務ノ起居ヲ厭ヒ遂ニハ逃亡自殺者ヲ発生スルニ至リシモノ少シトセス」、「特ニ私的制裁ハ其ノ弊害最モ大ニシテ」と明記されている。すなわち、当時の陸軍においても、「部隊内に私的制裁が横行し、それが自殺及び軍内犯罪の元凶になっていることが十分に認識されていた」ことを防衛省内の研究機関が認めている。
さらに、そのことは、近時ベストセラーになった研究書にも明記されている。すなわち、吉田裕一橋大学院社会学研究科教授による「日本軍兵士~アジア・太平洋戦争の現実~」は、太平洋戦争時における、現場の兵隊らがどのようにして命を落としたかを緻密に研究した書物であるが、その中では、いわゆる戦闘による死者以外の死者(戦病死者)にスポットを当てており、その第一に「自殺」が挙げられている(「日本軍兵士~アジア・太平洋戦争の現実」58頁以降)。そこでは、陸軍内部における自殺率がかなり高かったことを挙げた上で、その理由として、「よく知られているように、内務班(兵営の中で兵士が起居する区画)での古参兵や下士官による私的制裁という名の暴力には苛酷なものがあったからである。私的制裁では物理的な暴力だけでなく、侮辱や屈辱などの精神苦痛を相手に与えるやり方が好んでとられた。それ自体は古参兵の『憂さ晴らし』にすぎなかったが、兵士の人間性や個性をそぎ落とすという面では、命令に絶対的服従する画一的な廃止をつくりあげるという『教育』的効果を持っていた。私的制裁の弊害が指摘され、その根絶が建前としては軍内で強調されながらも、それが一向になくならなかったのは、軍幹部の中には強い兵士をつくるという理由で、私的制裁を容認あるいは黙認する傾向が根強かったからである」と分析し、そのような考え方を裏付ける軍医の論文が存在したことを指摘している。
このように、戦前の陸軍内部においても、強い兵士を作るという目的から私的制裁・いじめ行為が正当化されており、その結果、兵士が自殺に追い込まれることも容認ないし黙認されていた実態が明かされている。
その後、現行憲法下において設立された自衛隊は、形式上は、旧帝国陸軍とは別個の組織であるものの、自衛隊内部でのいじめ自殺問題は後を絶たず、多くの団員が携わった福岡高裁平成20年8月25日判決(海上自衛艦さわぎり事件)を始めとする訴訟により、自衛隊内部におけるいじめ行為と自殺問題がクローズアップされるに至った。
一方で、国会でもこの問題は追及されていたが、「①上司による部下へのいじめ、②同僚間でのいじめの2点について報告されている事例」を開示せよとの質問(鈴木宗男議員)に対し、防衛省は、「私的制裁」「傷害又は暴行脅迫」に該当しない場合には、自衛隊員が自死した場合であっても、いわゆる「いじめ」自体が存在しないという扱いをしてきたことを政府答弁で述べ続けた。自衛隊においては、いじめ自体が存在しないかのような態度を取り続けたものである。
しかし、東京高裁平成26年4月23日判決は、平成16年10月に海上自衛隊護衛艦たちかぜの乗組員が自死した事例において、上司の自衛官による暴行・脅迫により当該隊員が自死することを予見することが可能であった旨の判断をして、隊員の死亡という結果についても損害賠償を認める判決を下した。
このような事態を受け、平成26年までの防衛白書には、「防衛省におけるいじめなどの防止への取組」等の記載は一切存在しなかったところ、平成27年版防衛白書において、初めて「いじめ」の言葉が登場したものである。
このように、「防衛省におけるパワーハラスメントの防止等に関する指針について」は、多くの自衛隊員らの命と、先輩自由法曹団員の取組みの結果、出来上がったものであり、この指針を何とか活かす活動をしたいと考えている。
映画「ブレグジット EU離脱」を観る
岡山支部 山 崎 博 幸
1 この映画、観るべし
この拙稿は、あくまで映画の紹介であって、イギリスのEU離脱問題に首をつっこむものではない。この映画もEU離脱の歴史的背景やEUとイギリスの関係を分析しているものではない。事前の世論調査ではEU残留支持が過半数を占めていたのに対し、離脱派がどのようなキャンペーンとテクニックによって賛否をひっくり返したのか、その一点に的を絞って描いたところにこの映画のおもしろさと興味深さがある。現在のジョンソン首相のそっくりさん(実物も時々顔を出す)や実在の人物が次々と登場してくるので、政治ドラマではあるが全く飽きるところがない。
2 カミングスの分析と手法
(1) 離脱派公式キャンペーン団体(ヴォウト・リーブ)の参謀となったドミニク・カミングスは先ずデータ分析チームを作った。カミングスのとった戦法は次のようなものであった。
イ 敵と同じ戦場で戦わない(孫子の兵法と説明)。敵と同じ有権者を奪い合わない。
ロ 狙いは投票に行かない人、エリートに反感を持つ人である。
ハ 分析結果では、300万の浮動票がある。残留・離脱を既に決めている人は相手にしなくてよい。日々仕事や生活を心配し、投票に行かない人をターゲットにする。
(2) 次にカミングスは、アメリカで言えばラストベルトのような地域を訪問する。低所得者の家を一軒一軒訪ね、EUのトルコ加盟によるトルコ移民の問題やEUへの懐疑感情を聞き出していく。こうしてターゲットを絞ったメッセージを考えていく。このあたり、マイクロターゲティング、データマーケティング、ネットアルゴリズムなど意味不明の用語が字幕にポンポンと出てくる。まあ大雑把に言えば、ビッグデータの収集と解析により、有権者の投票行動を一方に誘導していくことを目的としたAIの技術と役割を指すもの、ということになろう。
3 カミングスの戦術
(1) 映画の中でカミングスは陣営に次々と檄を飛ばした。
「歴史の流れを変える方法、社会通念を覆す方法をナポレオン、ビスマルク、アレクサンダーなど欧州の破壊者に倣え」
「メッセージをしつこく繰り返し、確証バイアスを与えろ」
「シンプルで感情に訴える言葉をみつけろ」
「怒りの油田を見つけろ」
(2) こうして生み出されたシンプルなスローガンが「主導権を取り戻そう」(take back control)である。そして「怒りの油田」に火をつけたのが、「EUへの拠出金」と「トルコからの移民問題」である。すなわち、イギリスはEUに毎週3億5千万ポンド支払っているということ、トルコがEUに加盟すると大量の移民が入ってくる、といったEU残留のマイナス面を繰り返し、徹底的に宣伝した。
これらの大量宣伝を任ったのが、アグリゲートIQとケンブリッジ・アナリティカといったAIを駆使した選挙戦術を請け負う政治コンサルタント会社であった。映画ではアグリゲートIQのターゲティング広告が10億本にのぼったこと、これらの会社にロバート・マーサーという大口献金者が協力し、その後彼はドナルド・トランプの最大の献金者となったことを明らかにしている。さらに2018年、英国選挙管理委員会は、離脱グループの選挙違反の捜査に乗り出した、という字幕で終わっている。
4 カミングスのその後
カミングスは、EU離脱を勝利に導いた功績により、ジョンソン政権の上級顧問となった。しかし、政権内での折り合いがよくないことや、コロナによるロックダウン中に気ままに外出したことなどが批判され、2020年11月上級顧問を辞任した。また、ケンブリッジ・アナティカとアグリゲートIQが使用した個人情報のデータはフェイスブックから渡ったのではないかとの疑惑が持ち上がり、アメリカ大統領選挙にも使われたとのことで、イギリスとアメリカでそれぞれ問題となっている。但し、この問題は映画の紹介の枠を超えるのでこの程度にする。
5 国民投票の危険性
この映画は、民主的制度であるはずの国民投票の実相がいかに危険に満ちているかを教えてくれるものであり、団員のみなさんにぜひとも観ていただきたいと思い、紹介した次第です。
若手弁護士から見た「人新世の資本論」と「100分de名著・資本論」
東京支部 江 夏 大 樹
団5月集会が待ち遠しい。なぜなら、今年の記念公演に「人新世の資本論」「100分de名著・資本論」の著者・斎藤幸平氏が来るからだ。
私は本を読むのが苦手だがこれらの書籍は苦なく読めた。
そこで、平成生まれで弁護士6年生の若輩者かつ不勉強な私から見た2つの書籍の素晴らしさを記す。
1 資本論及び資本主義の問題点を私たちにも身近な問題を基に解説している
資本論とこれに関連する本はとても読みづらい。資本論1巻の冒頭の一節は、以下の言葉から始まる。
「資本主義的生産様式が支配的な社会の富は、『商品の巨大な集まり』として現れ、個々の商品は、その富の要素形態として現れる。それゆえ、われわれの考察は商品の分析から始まる。」
これを読んだ時は笑ってしまった。なぜなら、あまりの難解さに何かの呪文かと思ったからである。解説なしには読解不可能、読む気も失せるのが「資本論」である。
レベルを落として池上彰氏の「高校生からわかる資本論」を読んだこともある。確かに読めはするものの、「貨幣」・「商品」・「工場」の分析の解説に終始して面白みを欠くし、150年以上も前の資本論の時代背景の違いから、あまりピンと来ない。
しかし、斎藤氏は違う。気候変動を始め、長時間労働・過労死、コロナでの病床不足、様々な民営化の動き等、とても身近な問題を題材に資本主義の欠陥を指摘する。解説の導入が非常に上手なのである。
ところで100分de名著・資本論の序盤には斎藤氏が皮肉を言う場面がある。
「絶好調の資本主義を前に、マルクス研究者の多くは哲学的で難解な抽象論に傾倒し、マルクスを現実から切り離して象牙の塔に閉じ込めていきました。皮肉にも『資本論』の難解さが、研究者たちが自らの権威を守るために役立ったのです。」
他のマルクス研究者を煽るような一説だが、斎藤氏はその難解さをもろともしない説明であった。私でもスラスラ読めてしまうのだから。
2 議論の範囲は狭めてはいけない
2つの書籍を読んでふと思った事がある。私の認識はもとより、私たちの議論は、巧妙に議論の範囲が設定されているのではないか。
例えば、ある飲食店や広告会社で起こった過労死問題は、上司に原因があり、会社に原因があり、法律の不備に原因がある。しかし、過労死が無くならない根本の原因は利潤追求を至上命題とする資本主義にあるのではないかという点。
気候問題についても同様である。資本主義の元では解決不可能であると斎藤氏は何度も強調する。緑の経済成長論やSDGsというのは、いずれも経済成長と温暖化防止の両輪を成し遂げるようとするが、それが資本主義という根本の原因の枠内にとどまっている点で、現実逃避と斎藤氏は指摘する。
要は私たちの議論の範囲が資本主義という枠内に設定されていないかということである。
近代言語学の権威であるアリゾナ大学名誉教授のノーム・チョムスキー氏は、「民衆を受け身で従順にする賢い方法は、議論の範囲を厳しく制限し、そのなかで活気ある議論を奨励すること」という指摘が脳裏に浮かんだ。
3 終わりに
団通信連載に触発されて、私もこの団通信を書いてみた。その大先輩である団員の指摘はとても面白く勉強になる。斎藤氏を褒めながらも「若輩者よ、生意気だ」と言っているにようにも思えた。
多くの若手弁護士は、私と同様、資本論を読んでいないのではないか。
ただ、資本論をその一部ではあるがわかりやすく解説し、これまでぼんやりとしか意識してこなかった「資本主義」という制度の欠陥に目を向けさせる、そして何より読みやすく分かりやすいという点で、2つの書籍は画期的だ。