2024年4月25日、改憲問題法律家6団体連絡会が『「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」の 廃案を求める法律家団体の声明』を発表しました
「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」の廃案を求める法律家団体の声明
2024年4月25日
改憲問題対策法律家6団体連絡会
社会文化法律センター 共同代表理事 海渡 雄一
自由法曹団 団長 岩田研二郎
青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 笹山 尚人
日本国際法律家協会 会長 大熊 政一
日本反核法律家協会 会長 大久保賢一
日本民主法律家協会 理事長 新倉 修
1 はじめに
2024年2月27日、岸田自公政権は「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」(以下、「法案」という。)を閣議決定した。法案は4月9日に衆議院本会議で可決され、今後、参議院で審議がなされる。
法案の概要は、以下の通りである。
① 「行政機関の長」は、「重要経済基盤保護情報」で公になっておらず、漏えいが国の安全保障に支障を与えるおそれがあるため秘匿する必要があると判断するものを「重要経済安保情報」に指定できる(法案3条1項)
② 「重要経済安保情報」を保有する「行政機関の長」は、日本の安全保障に関する事務を遂行するために必要な場合、「他の行政機関」に「重要経済安保情報」を提供することができる(法案6条1項)。
③ 「重要経済基盤の脆弱性及び重要経済基盤に関する革新的な技術に関する調査及び研究の促進」等のため、「適合事業者」に「重要経済安保情報」を提供できる(法案10条1項)。
④ この「重要経済安保情報」を取り扱うためには、法定事項の「適性評価」(セキュリティ・クリアランス)で「漏らすおそれがない」と評価される必要がある(法案12条)。
⑤ 「重要経済安保情報」とされた情報を漏えいした場合、5年以下の拘禁刑、500万円以下の罰金、あるいは併科等の刑事罰が科される(法案22条1項等)。
このように、「我が国の安全保障に支障」を与えるおそれのある「重要経済基盤情報」を政府が秘密指定し(「重要経済安保情報」)、漏洩した者(共謀・教唆・扇動を含む)には刑事罰が科される。しかし、肝心の「重要経済基盤情報」の概念が極めてあいまいであるため、国民の経済的・精神的活動に深刻な萎縮効果を及ぼし、基本的人権を侵害する。プライバシー侵害の危険が極めて高い「適性評価調査」の対象が、民間労働者や研究者とその家族などへと大幅に拡大されるという問題もある。
本法案は、日米で共同してミサイルの開発・生産を促進する、AUKUSとの先進軍事技術協力を行う(本年4月10日日米首脳会談共同声明)、日英伊で共同開発を進める次期戦闘機など殺傷兵器の輸出を解禁する等、武器輸出を促進し、軍事産業の育成を図るための環境整備を行い、同時に、市民のプライバシー権(憲法13条)、思想及び信条の自由(憲法19条)、知る権利(憲法21条など)、営業の自由(憲法22条など)、学問の自由(憲法23条)等を侵害して、国家による国民監視を強化する「戦争する国づくり」法案であり、明白な違憲の立法である。以下、問題点を述べる。
2 憲法の「平和主義」(憲法前文、9条など)から認められない
アジア・太平洋戦争では、日本は近隣諸国の民衆約2000万人から3000万人、日本国民約310万人もの犠牲者を出す、極めて悲惨な戦争を起こした。こうした歴史の反省に立ち、日本国憲法では徹底した「平和主義」が採用されている(憲法前文、9条など)。「武器輸出」は国際紛争の回避や平和的外交を求める憲法前文等に違反し、「国内軍需産業の育成」は憲法9条2項で禁じられた「戦力」の育成につながる。
2024年3月19日、経団連と日本商工会議所の共同提言「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案の早期成立を求める」で、「セキュリティ・クリアランスは、企業が国際共同研究開発等に参加する機会を拡大することにも資する」とし、自民党梶山幹事長代行も4月9日の記者会見で「産業界の国際的なビジネス機会の確保・拡充にもつながることが期待されます」と発言している。このように、本法案は「武器輸出」の環境整備という目的を有する点において、憲法の平和主義から認められない。
また、法案は「重要経済安保情報」の「保護」だけでなく、「活用」(法案1条等)が明記され、政府は、「重要経済安保情報」をさまざまな企業に提供するとしている。「内閣官房」が作成した資料「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」14頁に明確に示されているように、ある企業が有し、政府が「重要経済安保情報」に指定した情報を「秘密保持契約」を締結した上で別の企業に提供できる(法案10条)。こうしてさまざまな企業に「重要経済安保情報」が提供されて、活用されることで軍事産業全体の振興が図られることとなる。「経済安保法」(2022年5月11日成立)、「安保3文書」(2022年12月16日閣議決定)、「軍需産業支援法」(2023年6月7日)など、すでに岸田政権下では軍需産業支援・育成のための法制定、政策決定がなされてきたが、本法案も国による軍需産業育成につながる法案である。国が主体的に軍需産業を育成することは、憲法9条2項の「戦力の不保持」に違反する。
3 「安全保障」を口実に学問の自由(憲法23条)「営業の自由」(憲法22条など)「財産権」(憲法29条)を国の統制下に置くことも憲法的に認められない。
法案では、「重要経済安保情報を保有する行政機関の長は、重要経済基盤の脆弱性の解消、重要経済基盤の脆弱性及び重要経済基盤に関する革新的な技術に関する調査及び研究の促進」等のため、企業や研究者等に情報を提供できるとする(法案10条)。
他方、研究者は秘密指定により、研究成果の公表は禁止されるため、「学問の自由」(憲法23条)が制約される。さらに行政機関の長が指定した「重要経済安保情報」を取り扱うに際しては、大学研究者などの研究者も「適性評価」に適合しなければならならず(法案12条)、構成要件が不明確な「重要経済安保情報」の漏洩に刑罰が科される等、軍事目的で学問が国の統制下に置かれるおそれがある。
経済活動についても、前述のとおり、軍需産業が保護育成される一方で、「重要経済安保情報」の漏洩には刑事罰が科され、しかも構成要件が不明確なため、中小企業を含む企業活動全般の委縮が避けられず、「営業の自由」(憲法22条など)や「財産権」(憲法29条)が不当に侵害される危険性がある。
このように本法案は、「学問の自由」(憲法23条)や「営業の自由」(憲法22条など)、「財産権」(憲法29条)を侵害する危険があり、正当化できない法案である。
4 「適性評価」は「個人の尊厳」(憲法13条)、「プレイバシー権」(憲法13条)、「思想及び良心の自由」(憲法19条)を侵害する危険性があるとともに、膨大な個人情報を政府が一元管理することを可能とし濫用の危険が極めて高い
(1) 法案では、政令で定める基準に適合する事業者(「適合事業者」)に「重要経済安保情報」を提供できる(法案10条1項)とするが、「重要経済安保情報」を取り扱うためには、「適性評価」により「漏らすおそれがない」と評価される必要がある(法案12条)。適性評価の対象には、適合事業者の「従業者」として、「重要経済安保情報の取り扱いの業務を新たに行うことが見込まれる者」、「現に行うもの」(法案12条1項)が含まれることから、膨大な数の民間労働者や研究者が対象となる。
また、適性評価調査の対象は、「重要経済安保情報」を取り扱う本人だけでなく、本人の家族、同居人等にも及ぶ(法案12条2項1号)。さらに、適性評価調査の項目(法案12条2項)は、「重要経済基盤毀損活動」との関係に関する事項(同1号)、「犯罪及び懲戒の経歴に関する事項」(同2号)、「情報の取扱いに係る非違の経歴」(同3号)、「薬物の濫用及び影響に関する事項」(同4号)、「精神疾患に関する事項」(同5号)、「飲酒についての節度に関する事項」(同6号)、「信用状態その他の経済的な状況に関する事項」(同7号)など、個人の機微情報を含めて極めて広汎に及ぶ。
適性評価調査は、行政の長の求めに応じ内閣総理大臣が行う(法案12条5項)とされているが、上司・同僚その他知人など関係者に質問して回答を得たり、公私の団体に対する照会も行われる(12条6項)。上司からも調査票を提出させるうえ、学校や事業所、過去の勤務先に対する問い会わせ、信用情報機関、医療機関その他関係団体に報告を求めたり、警察や公安調査庁に対する照会も考えられる。事情の変更を含め、上司から継続的チェックを受け、監視の対象となる(2024年4月3日衆議院内閣委員会・飯田政府参考人発言」)
(2)適性評価調査名目で国が集めた膨大な個人情報(機微情報を含む)は、その保護に関する規定が脆弱であり、個人情報がどのように使われるか、どこに提供されるかも明確でない。目的外の使用が禁止されているというものの、目的外の使用禁止に反しても罰則の規定もない。この点でも法案の「適性評価」は「プライバシーの権利」を著しく脅かすものといえる。
また、適性評価は「本人の同意を得て実施する」とされている(法案12条3項)が、企業や大学からの要求を拒否すれば、担当から外されたり大学や企業等で不利益な評価につながるなど、調査拒否は困難な場合も想定される。同意しない場合の不利益扱いを禁止することは明記されていない。調査を拒否したことにより不利益を被らない保証はない。このように、事実上の強制により適性評価調査が行われることになれば、「沈黙の自由」などを保障する「思想及び良心の自由」(憲法19条)を侵害する危険がある。
しかも、「適性評価」で仮に「漏らすおそれが」あると評価されれば、重要経済安保情報の取扱いに携わる業務に関わることができないだけでなく、職場等での不利益を被り、偏見等に晒される危険性がある。「適性評価」に適合しないことで偏見や差別などを受ける状況に至れば「個人の尊厳」(憲法13条)が脅かされることとなる。適性評価の過程が不透明であり、恣意的運用に対する歯止めもないことからすれば、影響は甚大といえる。
(3) 以上のとおり、法案が導入する適性評価制度は、個人の尊厳、プライバシー権、思想信条の自由を侵害するだけでなく、内閣総理大臣の下に設けられる新たな情報機関や警察が広範囲の市民を対象に思想・身辺調査を行うことを合法化し、膨大な個人情報を政府が一元管理することを可能とするもので、政権に不都合な者を排除し沈黙させるなど、国民監視の手段として濫用される危険が極めて高く、基本的人権の保障と民主主義の観点から正当化できない。
5 「罪刑法定主義」(憲法31条)からも認められない
法案では「重要経済安保情報」と指定された情報を漏らした場合、5年以下の拘禁刑、500万円以下の罰金、あるいは併科される等(法案22条1項等)、刑事罰も明記されている。
刑事罰を科すに際しては法の手続と実体が基本的人権の保障などを内容とする「適正」なものでなければならないというのが「適性手続主義」(憲法31条)の要請である。このことは最高裁判所も認めてきた。犯罪と刑罰は国民の代表機関である国会が定める法律で明確に決められなければならないという「罪刑法定主義」は「適正手続主義」の一内容となる。
この点、本法案は、「行政機関の長」は、「重要経済基盤保護情報」で公になっておらず、漏えいが国の安全保障に支障を与えるおそれがあるため秘匿する必要があると判断するものを「重要経済安保情報」に指定するとされている(法案3条1項)。ここでいう「重要経済基盤保護情報」とは、「我が国の国民生活又は経済活動の基盤となる公共的な役務であってその安定的な提供に支障が生じた場合に我が国及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるものの提供体制並びに国民の生存に必要不可欠な又は広く我が国の国民生活若しくは経済活動が依拠し、若しくは依拠することが見込まれる重要な物資(プログラムを含む。)の供給網をいう」とされる(法案2条3項)。これらの規定では、刑罰の前提となる「重要経済基盤」とは何か、何が「重要経済安保情報」かは極めて不明確であり、公権力の恣意的判断により犯罪者とされる危険性を払拭できない。
裁判で警察官が事件を「でっち上げ」と証言し、検察官が起訴を取り下げざるを得なくなった大川原化工機事件(逮捕は2020年3月11日、起訴取下げ2021年7月30日)のような、近代国家ではあり得ない悪質な冤罪事件が再び起こる危険性もある。
具体的な制度設計等は運用基準(法案18条)や政令(法案20条)に委ねられるが、刑事罰に関する規定を主権者である国民により選出された国会議員が定める「法律」でなく、政令や運用基準に委ねるという点でも、本法案は「罪刑法定主義」の要請を満たすものではない。「罪刑法定主義」は近代法の基本原則であり、本法案が衆議院で可決されたこと自体、「近代国家」としてのあり方すら疑われる。
6 「知る権利」(憲法21条など)「表現の自由」(憲法21条)の不当な侵害となる
「重要経済安保情報」の取り扱いに従事する者が、重要経済安保情報を漏えいしたときは、「五年以下の拘禁刑又は五百万円以下の罰金」に処せられ(法案22条1項)、これらの行為を共謀、教唆、扇動した者は「三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金」に処せられる(法案24条1項)。構成要件が不明確な「重要経済安保情報」の漏えい等の行為に刑事罰を科すことは、民主制の基盤であり主権者として極めて重要な権利である「知る権利」や「表現の自由」(憲法21条など)に対する不当な制約になる。法案は21条で「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」などと特定秘密保護法と同様の規定をおくが、特定秘密保護法と比較しても秘密の概念が一層不明確で、政府による恣意的濫用の危険が高いことを考えると、本法案は、「取材の自由」「知る権利」「表現の自由」を不当に侵害するものといえる。
7 特定秘密保護法を経済・民間分野に大幅に拡大する
「特定秘密保護法」(2013年12月6日)では、①防衛、②外交、③特定有害活動の防止、④テロリズムの防止に関して公になっていない情報で、漏えいが日本の安全保障に著しい支障を与えるおそれのある情報が「特定秘密」に指定され(3条1項)、漏えいには「十年以下の懲役」又は「情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金」が科される(23条1項)。
本法案では、重要経済安保情報に特定秘密を含まないとしているが(3条1項)、政府は、「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準」を、今後、経済安保情報についても特定秘密の指定ができるように見直す方針とされている。これは、2024年3月19日の衆議院本会議において、岸田首相が経済安保重要情報のうち「我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれのあるいわゆるトップシークレットやシークレット相当の情報については、特定秘密保護法で対応することが適切であり」「コンフィデンシャル級の情報については本法案で対応することとし、両制度をシームレスに運用して参ります。国際共同開発などへの参加については、相手国から求められる情報保全のレベルに応じ、これら二つの制度のシームレスな運用により対応していくことを考えております。」と答弁したように、国家秘密の対象を「著しい支障をもたらすおそれ」のある「特定秘密」から「支障をもたらすおそれ」段階の「重要経済安保情報」にまで、文字通りシームレスに拡大するものである。国家秘密の対象範囲が大幅に拡大されることは、民主制の基盤である「知る権利」(憲法21条など)を否定するに等しく、到底正当化できない。
8 民主主義から正当化されない法案の審議経過
「重要経済安保法案」には看過できない憲法問題が数多く存在する。にもかかわらず、わずか20数時間の衆議院の審議で可決された。27条しかない条文案に26の附帯決議がついたことは、国会審議が不十分であることを物語る以外のないものでもない。
国民の代表者たる国会議員が十分な審議を尽くさない法案通過は「国民の厳粛な信託」(憲法前文)を裏切るものである。民主主義の観点からも衆議院本会議での本法案の可決は正当化できない。良識の府である参議院においては、十分な審議を尽くし法案の問題を徹底的に明らかにするべき責務がある。
9 結論
以上のとおり、本法案は、「戦争する国づくり」の一環として軍需産業の育成や武器輸出を目指し、学問や経済を国の統制下に置く点で、憲法の平和主義から認められる法案ではない。さらに「適性評価」は憲法の最重要の価値である「個人の尊厳」を脅かす。適性評価調査は、国による監視につながり、不当なプライバシー侵害の危険性がある。「重要経済安保情報」を漏洩した者や情報漏えいの教唆者にも刑事罰が科されるが、構成要件は極めて曖昧であり、「罪刑法定主義」からも正当化できない。「重要経済安保情報」を秘密保護の対象に指定し、漏えいに刑事罰を設けることは主権者としての権利である「知る権利」や「表現の自由」を侵害し、民主制の基盤を切り崩すこととなる。
衆議院では十分な審議が尽くされず、極めて短時間で杜撰な審議がなされたにすぎず、議会制民主主義という観点からも問題がある。
よって、改憲問題対策法律家6団体連絡会は、本法案に強く抗議し、廃案を求めるものである。
以上