<<目次へ 【意見書】自由法曹団
2002年2月 |
1 今国会に提出ねらう国民投票法案
2000年11月16日、憲法調査推進議員連盟は総会を開き、憲法96条の憲法改正条項につき、国会の発議を定める「国会法改正案」、国民投票の手続きを定める「日本国憲法改正国民投票法案」(以下「国民投票法案」という)をまとめ、各党の了解を取り付け、今通常国会への提出をすることを決めた。
改憲勢力はこの法案によって、具体的改憲案の提案に先駆けて、改憲ムードをつくりあげようとしている。
2 「戦争をする国」づくりのための9条「改正」
昨年11月成立した「テロ対策特措法」は、「テロ対策」を口実にして、自衛隊をアメリカの報復戦争に参戦させることを可能とするものであった。さらに、PKO法「改正」によるPKF本体業務の凍結解除、自衛隊法「改正」による「防衛秘密」条項策定など戦争のできる国家の体制を作り上げようとする法律が十分な審議もないまま次々と成立している。そして、現在開会中の第154通常国会では、有事法制の立法化が本格的に進められようとしている。有事法制では、「有事」の際の国民の財産権の取り上げ、罰則をもった協力義務の強制など、国民の権利と自由を奪う内容が盛り込まれる。しかも、有事法制は、「日米安保体制の信頼性を一層強化」するために必要(2002年1月内閣官房「有事法制の整備について」)とされていることからも明らかなように、日本に対する外部からの武力攻撃がある場合(いわゆる日本有事)にとどまらず、むしろ米軍が起こす軍事行動に日本が参加するために策定されようとしている。日本を米軍とともに本格的に「戦争のできる国」に変えようとする動きが急速に進められようとしているのである。
このように日本を「戦争のできる国」にしようとすることは、戦争の放棄と全ての軍備の不保持を定める憲法9条に明白に反する。実際、一部マスコミや改憲勢力が再三にわたって公表している9条の改憲試案は、その内容が個別的自衛権だけでなく集団的自衛権を容認するもの、国連平和維持軍への自衛隊参加を容認するものなど様々であるが、いずれも憲法9条の持つ非軍事、平和主義を真っ向から否定しようとしている。
本法案を提出する憲法調査推進議員連盟のメンバーは、「改憲」への意気込みをあからさまに語っている。例えば憲法調査推進議員連盟の会長は、衆議院憲法調査会委員長でもある中山太郎議員であるが、中山議員は憲法調査会が3年目の折り返し地点を迎えたことから、「次の通常国会には「中間報告」を出し、具体的改憲論議に移りたい」という改憲に向けた具体案作りに意欲を示している。また憲法調査推進議員連盟最高顧問の中曽根康弘議員は「論憲は3年で終える。4年目からは各政党が改正試案を出して、それを中心に調査会で論議すべきだ。・・5年目からは具体的な行動に入り、平成18年までに憲法改正を終える」と、再三にわたって発言している。そして、ここで進めようとしている「改憲」は、まさに憲法9条に焦点をあてた改憲論に他ならない。
このような9条「改正」を目標に、具体的改正手続を整備しようと提案されているのがこの国会法改正法案と国民投票法案なのである。
3 国民の願いと逆行する「改憲」
議員連盟は提案理由のなかで「憲法が改正手続きを定め、必要に応じて憲法改正が行われ、迅速に時代の変化に対応しうることを期待しているにもかかわらず、その改正を実行するために立法措置を国会が取らないのは、憲法改正手続きを定めた憲法96条の趣旨から導かれる国会の立法義務に違反する『不作為』とでも言うべき状態にある」と述べている。
しかし、これを立法の不作為というのは全く見当違いである。この「立法」が実現しないことが、国民が求める改憲の障害となってきたのであればともかく、実際はその逆である。つまり、国民は一貫して、日本国憲法を支持してきたのであって、改憲の現実的な可能性も必要性も存在しなかったのである。現に、1953年には、当時の自治庁が国民投票法案をまとめ国会に提出しようとしたにもかかわらず、憲法改悪に向けた準備であるとの国民の強い批判にあい、国会に提出ができなかったのである。
このような国民の声は、現在でも基本的に変わらない。小泉内閣以前の歴代内閣は、自らの在任期間中は憲法「改正」をしないと言明せざるを得ない状況が続いた。昨年から開始された憲法調査会の地方公聴会では、多数の公述人が現憲法の持つ価値を強調し、とりわけ9条を支持する意見を表明している。他方、改憲を支持する意見はプライバシー権や環境権など新しい人権が規定されていないことを理由にしたものなどで、ごく少数でしかない。マスコミの世論調査でも、現憲法の果たした役割として、64%の人が「戦争のない平和国家ができた」としている(2000年9月29日毎日新聞調べ)。また、9条を「改正」しない方がよいとする世論は依然として74%もの多数を占めている(2001年5月2日朝日新聞)。
このように国民の願いは憲法9条を維持し、憲法の平和理念を実現することであって、憲法の「改正」では決してないのである。したがって、国民の求めていない改憲のための手続きを、あえて今先行して策定しようとするのは、改憲の動きを促進させようとする意図を露骨に示すものといわざるを得ない。
4 国民の意見を反映させえない法案
今回の国民投票法案では国民投票の方法を規定しようとする。しかし、本来憲法は国の最高法規であって、その改正については憲法自身が厳格な要件を定めている。仮に憲法改正を問題とするとしても、その手続きは、主権者たる国民の意思が十分に反映できるものでなければならない。しかし、今回の法案は、以下に明らかにするように、とうてい国民の声が十分反映できる内容ではない。
第1に、改正点が複数にわたった場合、各項目毎に国民の意見を反映する保証がもうけられていない。国民投票法案では各項目ごとに提案するのか、全体を不可分一体のものとして提案するかについて、「国会の発議の方法にゆだねられる」として、いっさい規定していない。つまり、この法案は、全体を不可分一体のものとして、国会が発議することを認めるものなのである。しかし、それでは、国民の意思は投票に正確に反映されたものとは到底言い得ない。例えば、戦争や軍隊の保持を認める方向での憲法9条の「改正」と環境権やプライバシー権を新たに規定する方向での「改正」とが一体として発議され、それぞれに対する賛否を問うのではなく、全体としてして賛成か反対かと問われた場合には、国民の意思は決して正確に反映されることにならないのである。
第2に、国会の発議から国民投票までの期間があまりに短い。法案では国会の発議から60日以上90日以内に国民投票を実施するとされている。けれども、憲法は、最高規範であり、それゆえ改正手続きも、主権者である国民の最終判断にかかわらせているのであるから、国民全てが改正案の内容や意味を十分理解したうえで判断するに十分な時間と情報が必要とされる。改正内容を十分周知させるためにも、90日以内という制限はあまりに短すぎるのである。
第3に、投票運動について広範な禁止項目が設けられている。法案では投票運動については基本的には公職選挙法にならい、公務員の国民投票運動の禁止、新聞雑誌の虚偽報道の禁止、放送事業者の虚偽報道の禁止など様々な規制がおかれ、しかもこれらに対する違反に対しては罰則がおかれている。
しかし、そもそも日本の公職選挙法は、本来自由であるべき選挙活動を不当に広く規制しているものであって、その内容自体が問題である。まして、前述のように憲法の最高法規性を考えれば、主権者たる国民にとって十分な理解が必要不可欠であるから、改正について可能な限り自由な議論が保障されなければならない。したがって、投票運動は基本的には自由であるべきである。公務員の広範な投票運動の禁止や、報道機関に対する規制、さらに罰則までもうけた投票運動の規制は明らかに行き過ぎであって、国民の自由な議論を阻害し、投票に国民の意思を十分反映することに逆行する。
5 最後に
今も求められているのは、憲法の理念を踏みにじっている現実の政治を、憲法の理念に従って改革することであって、憲法の「改正」ではない。改憲勢力のねらいが憲法理念を踏みにじり、「戦争をする国」作りにあることは明らかであり、このような憲法「改正」に道を開く「憲法改正国民投票法案」は、断じて許されない。
私たちは、法律家の立場から、断固としてこのような法案に反対し、その提出及び成立を阻止するために、法案の危険な本質を広く国民に訴え、憲法を愛する全ての国民とともに全力を挙げてたたかうことを表明する。
2002年2月16日
自由法曹団常任幹事会