<<目次へ 【意見書】自由法曹団
1 司法制度改革推進本部は、3月4日司法制度改革推進計画案(以下「推進計画案」と言う)を小泉首相に報告し、19日の閣議で正式決定することを明らかにした。同推進計画案は公表されていないが、同計画案の基となっている「司法制度改革推進計画(骨子)」(以下「骨子案」と言う)をみる限り重大な問題点がある。
骨子案は、推進「計画」と言いながら計画の範囲を逸脱し、司法制度改革審議会の意見書が提言した項目のなかで法案化するものとしないものとを選別して改革する項目に優先順位をつけ、その結果今後の審議の方向や制度設計の内容までも事実上制約するものとなっている。これは、顧問会議や検討会の審議内容や結論にまで事実上事務局主導でタガをはめるに等しいもので極めて問題である。そこで、骨子案の問題点を指摘して推進計画案の位置付けについての問題点を提起し、その見直しを要望するものである。
2 本来、推進計画は、「司法制度改革に関し講ずべき措置について必要な計画」(司法制度改革推進法第7条1項)として作成されるものである。その目的は3年間の設置期間で制度改革に関する審議と法案作業を計画的に行うためのタイムスケジュール作りにある。推進計画の段階で改革項目について法案化の要否や優先順位をつけるなど改革内容にわたることまで盛り込むことは予定されていない。
ところが、骨子案では、「司法制度改革に関し政府が講ずべき措置について、その内容、時期、法案の立案などを担当する府省などを明らかにするものである。」とし、あたかも改革の内容、法案の立案の要否、時期の策定を計画の目的としている。しかも、計画の内容では、最終意見の改革項目に逐一対応するかたちで具体的「目標」として、?「法案提出」とするもの、?「所要の措置」とするもの、?「必要な場合の所要の措置」とするもの、?「検討」とするもの、?まったくふれないもの、と5段階に区分けしている。事務局の説明では、「所要の措置」という中には検討の結果法案提出となるものも含まれているというが、?と対比すればより法案化の可能性は低く、???については定かではない。
これは3年内に必ず法案化するものとしないものに分け、法案化しないものの中でも、何らかの措置をとるものととらないものとにさらに序列化するものといえる。事務局が主導して推進計画の策定という名の下にこうした改革項目の選別、序列化を行うことは推進法7条1項の趣旨を逸脱するものであり、事務局によって顧問会議や検討会を形骸化させるものというべきである。
3 しかも、骨子案におけるこうした選別と序列化の中身も恣意的である。例えば、民事裁判の充実・迅速化、専門的知見を有する事件への対応強化、知的財産権関係事件の対応強化、刑事裁判における新たな準備手続きの創設や連日開廷の確保、弁護士報酬の敗訴者負担、国際化への対応など、裁判の迅速化や財界の要求の強い分野での改革が主たる内容となっている。弁護士報酬敗訴者負担は、国民の強い反対があるにもかかわらず検討会の論議をまたずに法案化するとしている。
他方、官僚的裁判官制度を抜本的に改革することが期待され、最終意見でも踏み込んだ改革が提言された裁判官制度改革では、法案提出とするものは一つもなく、すべての項目が「必要な場合の所要の措置」もしくは単なる「検討」課題とされるにとどまっている。
また、刑事裁判についても、主として迅速化を目的とした新たな準備手続きの創設、証拠開示、連日開廷確保のための立法化は予定しているものの、被疑者、被告人の身柄拘束に関する改善(代用監獄の廃止、令状・保釈請求の見直し)や捜査状況の可視化(取り調べ状況の書面による記録化等)については「検討」ないし「所要の措置」とするにとどまり立法化の姿勢を示していない。
裁判官や検察官の大幅増員についても「所要の措置」とするにとどまり最終意見で明記した「大幅に増員」の言葉も削除されている。
4 特に、裁判員制度と労働裁判、行政裁判については極めて問題である。裁判員制度のもとでは、国民が刑事事件の裁判の内容に直接関与することになるが、裁判員制度が適正に行われるためにはこれまでの職業裁判官のもとで行われてきた調書中心の裁判ではなく、公開法廷における直接、口頭による証拠調べ中心の審理に変えることがどうしても必要である。調書裁判の改革なくして適正な裁判員制度はありえない。裁判員制度の制度設計において直接主義・口頭主義を徹底し、現行の刑事訴訟法を改正することが当然その中身になるはずである。ところが、骨子案は、裁判員制度の創設、刑事裁判の迅速、連日開廷の確保は「16年通常国会に法案提出」としながら、直接主義・口頭主義の実質化については単に「検討」課題とするにとどめている。これは直接主義・口頭主義の実質化をすることなく裁判員制度を法制化することを意味しており、事務局が事実上一方的に制度設計を策定したも同然となっているのである。仮に、調書裁判の現状を残したまま訴訟の迅速のみを実現すれば裁判員制度は調書裁判に習熟した職業裁判官主導のものとなり、国民の司法参加とはかけ離れたものとなる危険がある。
さらに、労働裁判に至っては、労働調停の導入すら法案化の対象とされず、労働参審制の導入はその言葉すらない。これでは、労働裁判に関しては、3年内の法案化の見送りを宣言したに等しい。
司法の行政に対するチェック機能についてはわずか1行で「総合的多角的検討」というだけである。
5 推進計画の名のもとに今後顧問会議や検討会で行われる司法制度改革の内容や方向が事実上決定され、その手足を縛ることは絶対容認できない。推進計画はあくまで計画に過ぎず、法案化の要否や制度設計の内容を左右するような拘束力を持つものであってはならない。立法作業は、あくまで国民の要求や意見に十分耳を傾け、顧問会議や検討会での論議を踏まえた上で策定されるべきである。司法改革推進法での国会付帯決議でも「広く国民の意見を反映することができるような機関の設置及びその他の措置を講ずること」(衆議院)、「広く利用者である国民の意思を反映することができるよう、・・・顧問会議、検討会の構成等に特段の配慮をすること」(参議院)が議決されているところである。
推進本部事務局は自由法曹団の申し入れに対し、「検討会は推進本部事務局と一体となって法案の立案作業をするという位置付けであり、法律案は事務局と検討会の共同作業の成果物となる」と答弁したが、検討会を一体となって立法作業を行う共同者であると位置付けるならば、推進計画で一方的に法案化の要否や優先順位をつけることはこの答弁に背くことになる。
また、最終意見はあくまで司法改革に関するスタートラインであって、これを所与の前提として改革の内容を固定化するべきではない(参議院の付帯決議で「司法制度改革審議会意見書の指摘する諸課題について、引き続き更なる調査、検討を進め、司法制度改革の推進に積極的に取り組むこと」が議決されているが、これは最終意見を金科玉条とせず、これを踏まえてよりよい司法改革を目指すことを求める趣旨である)。弁護士報酬敗訴者負担など国民の強い反対があるものは撤回することも検討すべきである。
したがって、自由法曹団は、推進計画の策定にあっては、第1に、推進計画で改革項目について法案化の要否や優先順位をつけるような記述を削除すること、第2に、推進計画が改革の方向や内容を拘束するものではないことを明記することを強く要望するものである。
以上
2002年3月7日
自由法曹団