<<目次へ 【意見書】自由法曹団
自 由 法 曹 団
はじめに ―― 戦争動員法案の審議開始にあたって
≪武力攻撃事態と発動≫
Q1 「武力攻撃事態」はどこまで広がるか
Q2 「事態」と対処はどこで検討されるか
Q3 「国会の承認」はどんな意味をもつか
Q4 自衛隊はどのように動き出すか
Q5 「対処措置」とはなにをすることか
≪事態のもとの戦争態勢≫
Q6 地方自治体はなにをさせられるか
Q7 地方自治・自治体の自主性はどうなるか
Q8 「指定公共機関」はなにをさせられるか
Q9 民間企業はどこまで巻き込まれるか
Q10 報道の自由・言論の自由は守られるか
Q11 対処の中心は「制服幹部」ではないか
Q12 協力を強要されるのはだれの戦争か
≪自衛隊法「改正」と国民の動員≫
Q13 「陣地構築命令」でどんなことができるか
Q14 医療・建築・輸送関係者はどうなるか
Q15 生産業者、流通・保管業者はどうなるか
Q16 国民の生活や財産はどうなるか
≪この国の明日は≫
Q17 自然環境や国土整備はどうなるか
Q18 NGOにどんな影響があるか
Q19 日本外交にどんな影響があるか
Q20 日本経済にどんな影響があるか
おわりに ―― 憲法55年のこのいま
4月17日に国会に提出された有事法制関連3法案(戦争動員法案)の審議がはじまっている。
提出を受けて急きょ編成された「武力攻撃事態への対処に関する特別委員会」は、連休明けの5月7日から連日の審議を続けている。これでは、政府や与党は、政治の腐敗への国民的な不信に目をそむけ、深刻な不況を克服するという焦眉の課題をよそに、とにかく「戦争ができる国」をつくりたがっているとでも考えるしかない。
その政府や与党に、「いまどこかの国が武力攻撃を仕かけようとしているから、そんなに急ぐのか」と聞けば、どんな答が返ってくるのだろう。日韓共同のワールドカップの準備が連日のように報道され、晴天にめぐまれたゴールデンウイークには多くの国民が久々の行楽を楽しんでいたのだから。
弁護士1600名で構成する自由法曹団は、法律家の立場から有事法制=戦争動員法の内容や危険性を検討・批判し、第一意見書「往くべきは平和の道」(3月5日)、第二意見書「戦争動員法案に反対する」(4月18日)を発表してきた。法案提出前の第一意見書では、有事法制が国民にもたらす状況を具体的にスケッチするとともに、パキスタン調査を踏まえたアフガン報復戦争の真実からこの国が進むべき平和の道を提唱した。法案提出の翌日に発表した第二意見書では、軍・官・民をあげて米軍追随の戦争態勢を構築しようとする武力攻撃事態法の構造を指摘するとともに、憲法違反の本質や沿革・ねらいなどを明らかにしている。
本意見書は、こうした第一、第二意見書を前提に、法案がはらむ問題点を抽出し、それぞれの「論点」について法文に沿ったコメントを加えたものである。この国のあり方を根本的に変える重大な法案の問題点が解明されないまま、審議が強行されることがあってはならないからである。
* 「おそれ」「予測」での事態は、米軍の作戦への追随にしかならないのではないか。
* 地方自治体にとっては、地方政治そのものの変容を意味しないか。
* 民間企業にとっては、企業活動の健全な発展を阻害するものになるのではないか。
* NGOの活動や、国土整備・自然環境、外交政策、経済政策などに、深刻な影響が生じるのではないか
これらは思想信条や与党・野党の立場を超えて、正面から考えねばならない重大な問題のはずである。
本意見書が、こうした重大な問題をはらむ有事
法制関連3法案=戦争動員法案の国民的な検討・批判や、厳正・慎重な審議に寄与できれば幸いである。
cf.本文中では多くの場合「案」「改正案」の表記を省略し、条文番号は第1条第1項=第1条@、第1条第1号=第1条1の表記を用いた。また、摘示した自衛隊法・安全会議設置法の条文番号はすべて「改正案」の条文番号である。
1 「おそれ」と「予測」の事態とは
有事法制関連三法案(戦争動員法案)のキーワードは新登場の「武力攻撃事態」。
武力攻撃事態法の定義では一応3つの場面があることになる(第2条1号、2号)。
(1) 武力攻撃(=我が国に対する外部からの武力攻撃)が現実に発生した場合
(2) 武力攻撃の「おそれ」が発生した場合
(3) 事態が緊張し、武力攻撃が「予測」されるに至った場合
このうち(1)の現実の武力攻撃は「事実」が要件だから、国民が発生を直接確認することができる。「発生した事実が武力攻撃にあたるか」の問題は残るが、公正で正確な報道が行われる限り、事実そのものに疑いはない。だが、日本への軍事侵攻の可能性はなく、「突然武力攻撃が加えられる」などという「日本有事」の事態はまず想定できない。
これに対し、(2)の「おそれ」と(3)の「予測」はいずれもまだ武力行使が行われておらず、外交交渉で平和的解決をめざすべき段階。この段階を武力攻撃事態にして戦争態勢に入るというのが武力攻撃事態法だから、外交交渉の場面に戦争態勢・戦争準備が割り込んでいくことになる。
2 武力攻撃事態の判断はだれがする
武力攻撃という「事実」が発生していない「おそれ」や「予測」は、だれかが判断し認定することになる。武力攻撃事態法でその「認定」は政府が行うものとされている(第9条@A)。「おそれ」も「予測」も外交や軍事に関わる主観的な判断だから、政府の政治判断次第でどうにでもなる。
「米朝関係緊迫に伴って日朝関係も極度に緊迫している。北朝鮮国籍と思われる武装不審船が日本海沿岸に出没した。原発集中地帯にゲリラ部隊を上陸させてくる事態が予測される」「米軍の軍事攻撃を支援している我が国に向けて、弾道ミサイルが発射態勢に入ったとの情報が米軍からもたらされた。武力攻撃のおそれがある」
政府がこんな発表をすれば、そのまま武力攻撃事態に突入ということになる。
3 恣意的判断に流れないか・・政府はなにによって「判断」する
もともと「おそれ」や「予測」といった主観的要件による武力攻撃事態の認定は、ほとんど「政府を信じてくれ」と言っているだけのもの。外交を行っている政府が、「外交緊張。武力攻撃が予測される」と発表したとき、国民が「そうではない」と証明することはまず不可能。だが、この国の政府の判断を無条件に信じられるだろうか。
それだけではない。発動場面が朝鮮半島などで米軍が戦端を開くときになるのは、周辺事態法やテロ特措法と同じ。実際にはアメリカの発動の要求が先行し、「要求がどれだけ強硬か」が判断基準になるに違いない。こうなると、「おそれ」や「予測」は「あとからつけた説明文句」ということにもなるだろう。
1 検討にあたるのは安全保障会議スタッフの自衛隊幹部
武力攻撃事態法では、武力攻撃事態と対処措置などの対処基本方針は、首相が閣議にかけて決定することになっている(武力攻撃事態法第9条D)。だが、「事態」も「対処」も軍事的なもので、「文民でなければならない」(憲法第66条A)閣僚に専門的な知識があるわけではない。だから、事態の分析や作戦・兵站(作戦軍のバックアップ)の検討にあたる専門スタッフがどうしても必要になる。
2 日米「メカニズム」から安全保障会議へ
制服幹部がスタッフになった専門委員会も、単独で検討・調整することはできない。武力攻撃事態法ではアメリカとの「緊密な協力」が要求され(第3条D)、対処措置には米軍への「物品、施設、役務の提供等」(つまり兵站)が加わっているからである(第2条6)。米軍への兵站の提供を含めた対処措置は、米軍の作戦も含めた協議・調整を行わなければ組み立てることは不可能。そこで、1997年の「新ガイドライン」でもうけられている「包括メカニズム」「調整メカニズム」が登場する。2つの「メカニズム」は、日米両軍の共同作戦のために平素から検討・調整を行っているもの、その内容は「軍事機密」のヴェールに覆われている。
(1) 2つの「メカニズム」で作戦・兵站を含めた日米両軍の入念な検討・調整が行われ、
(2) その内容が専門委員会から安全保障会議に反映され、
(3) 政府は米軍との調整ずみの対処基本計画を閣議決定して国会に提出する・・
これが武力攻撃事態法の予定する検討と決定のシステムである。
3 イニシアチブはだれが握るか
「日本に突如○○国が軍事侵攻して上陸作戦」といった事態なら、検討は日本側が中心になるだろう。「日本有事」の主役は日本にならざるを得ないからである。だが、こんな場面が起こりえないことは政府すら認めている。武力攻撃事態法が発動されるのはアメリカが朝鮮半島などで軍事行動を起こす場合であり、周辺事態法の「周辺事態」とほとんど変わらない。
するとどうなるか。アメリカは自国のための軍事行動の方針を単独で判断し、国連にも口出しを許さない。その米軍の作戦や兵站についての検討や調整のイニシアチブが、米軍側に握られることはあまりにも当然であり、この国の機関は「ただ米軍の方針を追認してついていくだけ」ということにならざるを得ないのである。
1 国会承認は最後の段階
武力攻撃事態法は、閣議決定があったときは、「直ちに対処基本方針につき、国会の承認を求めなければならない」としている(第9条E 条文は武力攻撃事態法)。だが、この承認は事後承認にすぎず、政府は国会承認を得る前にどんどん対処措置を進めていくことができる(同条Iはこれが前提)。
対処基本方針を組み上げるには日米両軍の入念な検討・調整が必要だから(Q2参照)、
(1) 「調整メカニズム」での日米両軍の協議・調整
(2) 安全保障会議(およびその専門委員会)での検討と答申
(3) 閣議決定と対処措置の開始
という段階を経た後の最後の段階で、「やっと国会に登場」ということになる。
「軍事機密」のヴェールで閉ざされた「調整メカニズム」や専門委員会で調整・検討が行われた内容が、閣議決定によって実施に移された後に、はじめて審議にあたる国会がどれだけのチェック機能をもつだろうか。
2 国会審議はどうなるか
その国会で十分な審議ができるだろうか。
提出されるのはアメリカが関わる軍事緊張と米軍の軍事行動への参加・協力についての案件である。カギはアメリカ政府と米軍が握っているが、アメリカの判断や米軍の作戦には国会はまったく手出しができない。
野党がどのように追及しようとも、「アメリカ大統領からは『核開発の確かな証拠を得ている』と通報があった。それ以上は外交の秘密だから答えられない」「米軍の作戦については答えようがない。米軍が我が国への武力攻撃を排除してくれると確信している」という答弁にしかならないだろう。だからといって、アメリカ駐日大使や在日米軍司令官の「参考人喚問」などできようはずはない。
国会は十分な情報のないまま審議させられ、責任だけを分担することになるのである。
3 国会は不承認にできるか
国会が不承認の議決をすれば、対処措置は中止されることになっている(第9条I)。だが、審議の間も対処措置は実行に移され、自治体や民間企業が戦争態勢に組み込まれ、自衛隊は陣地構築を進めていく。既成事実がどんどん積み上げられていくなかで、国会は対処基本計画を不承認にしてすべてを白紙に戻せるだろうか。
それだけではない。武力攻撃事態法は「事態が緊張して武力攻撃が予測される」場面で発動される。この場面で、国をあげて戦争態勢に突入して陣地の構築を続けることは、相手から見れば「日本は戦争を仕かけようとしている」ことになる。政府が緊張している事態をわざわざ悪化させているもとで、国会が「武力攻撃は予測されない」との判断を下せるだろうか。
1 防衛出動命令と待機命令・陣地構築命令
武力攻撃事態法の「武力攻撃(おそれを含む)」と「武力攻撃の予測」は、自衛隊法と対応しており(下記2のように微妙な「ズレ」があるが)、自衛隊の行動が対処措置に組み込まれることになる(条文は自衛隊法)。
(1) 武力攻撃(おそれを含む)の場合 防衛出動命令(第76条)
(2) 武力攻撃の予測の場合 防衛出動待機命令(第77条)、陣地構築命令(第77条の2=「改正」案で新設)
「おそれ」と「予測」という2段階の武力攻撃事態が、それぞれ防衛出動命令、待機命令・構築命令に対応しており、自治体や民間企業を巻き込んだ戦争態勢構築と併行して自衛隊が動き出し、軍・官・民をあげての戦争態勢に突入する仕組みである。
2 自衛隊はどう動く 防衛出動と待機・陣地構築
自衛隊の動きはそのまま戦争に直結する。
防衛出動命令を受けた自衛隊は、「わが国を防衛するため、必要な武力を行使できる」とされ、国際法規や慣例の遵守、「必要な限度」以外に法的制約はない(第88条)。現実の武力攻撃がない「おそれ」の段階でも防衛出動となるから、「先制攻撃」も法的には可能という理屈になる。「おそれ」段階での武力攻撃事態とは、自衛隊が直接の武力行使を行う場面であり、自治体・民間企業・国民はそのために動員されることになる。
「予測」段階の待機命令では、待機態勢をとるだけで武力行使はできないが、必要な移動や集結は行うだろう。重大な影響を持つのは、「改正」案で認められようとしている陣地構築命令。想定される「戦場」(海岸線や重要地域周辺など)に陣地を構築するのだから、待機に比べればはるかに積極的で好戦的な行為である(Q13参照)。「予測」段階の武力攻撃事態とは、ほとんど「宣戦布告」に等しい陣地構築に自治体や民間企業が協力を強要される場面である。
3 武力攻撃事態法と自衛隊法のズレ 「おそれの予測」の場面をどうする
武力攻撃事態法の武力攻撃事態の定義と、自衛隊法の防衛出動待機命令・陣地構築命令の要件(自衛隊法第77条、第77条の2)には、微妙なズレがある。自衛隊法では「武力攻撃(おそれを含む)」が防衛出動命令の要件で、陣地構築命令などの要件は「防衛出動命令が予測される場合」だから「おそれが予測される場合」まで含むことになる。
自衛隊法にあわせて拡張解釈すれば、武力攻撃事態は「おそれの予測」段階(ex.ミサイルを撃つとまでは予測できないが、発射態勢に入ることは予測できる)まで広がり、武力攻撃事態法の「武力攻撃」はすべて「おそれ」を含むことになる。逆に、2つの法律をそれぞれ厳格に解釈すると、武力攻撃事態には至らない「おそれの予測」段階で閣議決定もなしに陣地構築などができることになり、「軍部独走」の余地を残すことになる。
どちらに読んでも、危険は拡大することになるだろう。
1 もうひとつのキーワード 対処措置
武力攻撃事態と並ぶもうひとつのキーワードが対処措置。政府が「事態」を認定すると、武力攻撃事態対策本部のもとで総力をあげて対処措置を実行するというのが武力攻撃事態法の仕組みである。
対処措置は2段構えになっている(第2条6 条文は武力攻撃事態法)
(1) 武力攻撃事態を終了させるための措置
自衛隊の作戦、自衛隊と米軍への兵站の提供、外交上の措置など
(2) 国民の生命・身体・財産の保護や国民経済への影響を最小にするための措置
警報・避難・救助・復旧その他、生活関連物資等の価格安定・配分その他
作戦・兵站から総力戦に対応した価格統制・配給まで、すべて対処措置に含まれることになる。
2 だれがだれに提供する・・自治体や企業が米軍に
兵站(作戦軍のバックアップ)にあたるのが「物品、施設または役務の提供その他の措置」(第2条6イ(2))。これらはだれが提供するのだろうか。
対処措置は国(政府機関)だけではなく地方自治体・指定公共機関ぐるみで遂行され(第5条、第6条)、国民にも協力が義務づけられる(第8条)。指定公共機関というのはほとんどが民間企業だから(Q8、9参照)、「提供」するのは自治体や民間企業。こんなことも起こり得る。
* △△市は△△公園を陣地に提供し、保養施設を将兵の宿泊所に提供する。
* △△鉄道は弾薬と燃料の輸送にあたり、△△運輸は糧秣(食糧)を運ぶ。
その施設・物資や役務(業務)の提供先はどこか。対処措置には「米軍の行動が円滑かつ効果的に行われるため」の「提供」が含まれているから(第2条6イ(2))、「米軍の陣地」「米軍将兵の宿泊所」「米軍の弾薬・燃料・糧秣の輸送」も含まれることになる。
日本への武力侵攻など考えられず、発動が想定されるのは米軍が朝鮮半島などで戦端を開く場面だから作戦軍の主力はあくまで米軍。そうなれば、兵站を提供する相手もほとんど米軍ということになるだろう。武力攻撃事態法は、自治体や民間企業が米軍の兵站部門になると定めていると言ってよい(Q12)。
3 対処措置は無限定・・全面戦争体制も
対処措置はこうした「狭義の兵站」にとどまらない。兵站行為はまさしく戦争行為だから「米軍の兵站部門」の日本への攻撃(国際法上は反撃)も考えられるし、物資や業務を軍事優先で提供すれば経済混乱も避けられない。
だから、警報、避難=疎開、救助、復旧といったあの戦争の末期を思わせる措置が登場し、価格安定=統制や配分=配給まで組み込まれている。これでは、武力攻撃事態法は全面戦争・総力戦まで想定していると考えるしかない。
1 地方自治体の責務と総理大臣の指示権、直接執行権
武力攻撃事態法は、地方自治体が「武力攻撃事態への対処に関し、必要な措置を実施する責務を有する」としている(第5条)。周辺事態法では、地方自治体は内閣から協力を求められる立場にあったが(同法第9条@)、武力攻撃事態法では国とともに対処措置を実施する責任を負う。
しかも、地方自治体の首長に対する内閣総理大臣の指示権を認め、地方自治体がこれに従わず実施できないときには内閣総理大臣自らが実施でき、あるいは他の大臣を指揮して実施させることができるとしている(武力攻撃事態法第15条)。これは、政府と自治体との間に強力な上下関係を持ち込むものであり、自治体の自主的な判断や対応を否定するものである。
神戸市は、港湾施設条例にもとづき、非核証明書の提出のない艦艇の入港は認めないという方針を取っており(非核神戸方式)、非核証明書を提出しないアメリカ軍の艦船は神戸港に入港できない。しかし、武力攻撃事態法のもとでは、このような非核神戸方式は否定されることになってしまう。
2 自治体の施設や役務の提供
武力攻撃事態法の対処措置は、自衛隊の武力行使、部隊等の展開その他の行動、自衛隊及び米軍に対する物品、施設又は役務の提供などである(第2条6)。
また、自衛隊法第103条によって命令される医療・運輸・土木建築などの業務、土地・物資の収用、物資の保管は、地方自治体も当然その対象となる。つまり、自衛隊や米軍のために、地方自治体は、土地や施設、病院、公営交通(バス・鉄道)、港・空港などの提供を余儀なくされる。
自治体の職員も、医療や運輸・土木建築関係の仕事につかなければならなくなる。水道や下水施設なども、自衛隊や米軍のために優先して提供せざるをえなくなるのである。軍事が最優先されて住民サービスはあとまわしにされ、自治体の住民に対する役割が無視されることになるだろう。
3 自治体が住民の権利侵害の先兵に
自衛隊法第103条によれば、土地や施設・物資の使用ないし収用の命令、物資の保管命令、業務従事命令は、いずれも都道府県知事によっておこなわれる。自衛隊法「改正」案では、知事の発する保管命令やその実施のための立ち入り等を拒否した者に、懲役6ヶ月までの処罰規定を設けている(第124条、125条)。
戦争のために住民に仕事を命じ、土地や物資などを取上げるのが知事ということになる。住民避難や消防・警察の活動等についても、軍事が最優先され住民が犠牲にされかねない。地方自治体が住民の権利を侵害する活動をさせられることになるのである。
1 自治体の管理権限等が無視される
自衛隊法「改正」案では、地方自治体が管理している道路、海岸、河川、港湾、漁港、森林、公園などについて、知事や市町村長との事前協議や許可手続などの適用を排除する特例を設けている。自治体の管理権限等を無視して、これらを使用し、工事等を実施できるようにしている(第115条の6、同8、10〜11、13〜15、17〜21)。
地方自治体が管理している道路に、自治体の承認なしで自衛隊の部隊が通行するために道路工事をし、施設を建築するなど様々な工事をすることができる。保安林や自然公園の樹木を伐採し、湖や海岸を埋め立てて軍事基地や演習場に使用し、河川や海岸に陣地をつくり、指揮所・倉庫等を建築することなども、管理権者に対する通知一つでできる。港湾や漁港、都市公園、緑地保全地域や区画整理の土地なども同様である。
自治体と住民の努力で守ってきた公園などが軍事利用され、自然環境も地域経済も犠牲にされることになるだろう。
2 地方行政に自衛隊が関与
対処措置を実施するために、政府機関(指定行政機関・指定地方行政機関)の職員が地方自治体との総合調整を行うこととなる(武力攻撃事態法第2条4、第14条、)。この仕事を担当する武力攻撃事態対策本部の職員には自衛隊の地方隊や師団などの制服幹部が配置されて、主導的役割を果たすことになる(Q11参照)。自衛隊が地方自治体の組織や施策に関与し、あるいは影響を与える事態が想定される。
「武力攻撃事態への対応を円滑にする」という名目で、地方自治体の組織や日常の運営まで軍事最優先にされる可能性がある。
3 地方自治と自治体の役割を否定
「地方自治の本旨」(憲法第92条)を掲げる憲法は、住民の意思にもとづき住民自らの生活を守る立場にたった地方自治を保障している。地方自治体の基本任務は「住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」(地方自治法第1条の2@)とされている。
ところが、戦争動員法案では、自治体の仕事や組織・機能が自衛隊や米軍のために優先して活用され、自治体が管理する財産等についてすら本来の管理権限も行使できず、さらには自主的な判断も否定されてしまう。軍事が最優先され、住民の福祉増進などという地方自治体の役割は無視されることとなる。
「非核神戸方式」なども否定されることとなり、住民の意思によって行われている平和都市宣言や非核都市宣言など、各自治体の立場を主張することすら許されなくなってしまう。そればかりか、自治体は平和に反する活動を担わされることとなるのである。
有事法制関連3法案=戦争動員法案は、憲法や地方自治法で定められた地方自治の原則を真っ向から踏みにじるものである。
1 指定公共機関はどこで決められる
国(政府機関)や地方自治体とともに対処にあたるのが指定公共機関、「対処に関し、その業務について、必要な措置を実施する責務を有する」とされている(第6条 条文は武力攻撃事態法)。その指定公共機関は、
(1) 独立行政法人、日本銀行、日本赤十字、NHKその他の公共的機関
(2) 電気、ガス、輸送、通信その他の公益的事業を営む法人
とされていて、具体的には政令によって指定される(第2条5)。(1)の多くは特殊法人だが、(2)はほとんどが民間企業である。政令は法律と違って政府だけで決定できるから、あらかじめ広範な事業を指定しておくことも、発生した「事態」に応じて追加指定することも、政府の判断で自由自在ということになる。
作戦軍をパックアップする兵站に必要なライフラインや輸送・通信・建築・医療などの業務は、ほとんどすべてが民間の手で担われている。国鉄がJRになり、電電公社がNTTになったように、規制緩和や民営化の流れのなかで、公的な部門はどんどん民間に移されてきた。「市場原理」を理由に民間中心にした「公益的事業」が、こんどは戦争のために兵站部門として強制動員される。これではJRやNTTの労働者はたまったものではない。
2 指定公共機関にはなにが義務づけられるか
指定公共機関がやらされるのは「その業務について」の措置(第6条)。輸送業者は兵員や弾薬・燃料・食糧などの輸送に従事し、通信業者は軍事通信のための業務を担当する。
* 指定された船舶会社のタンカーが、米軍の燃料・弾薬を作戦地域まで輸送する。
* 指定された通信業者の通信技師が、△△駐屯地との連絡業務を担当する。
こんなことになるだろう。重大なことは、こうした「燃料・弾薬の作戦地域への輸送」や「作戦軍との連絡」は、それ自体が戦争行為とされていること。米軍の攻撃を受けている相手国の潜水艦がタンカーを雷撃することも、国際法上では反撃行為として認められている。現に、太平洋戦争での犠牲者の率は、帝国海軍の将兵よりも徴用された船舶に乗り込んだ船員の方が高かったのである。
3 民間企業への「指示」「直接執行」とは
指定された民間企業が、戦争行為への従事を拒んだらどうなるか。
まず対策本部で「総合調整」を行い、分担業務をやらなければ首相が「指示」を出し、それでもやらなかったら「直接執行」(自ら実施し、あるいは所管大臣に実施させる)することになる(第14条、第15条)。この「指示」と「直接執行」は「別に法律で定めるところにより」とされていて、その「別の法律」が制定されないと詳細はわからないが、「無理強いされる」ことには違いはない。
輸送を拒否した船舶会社のタンカーに、運輸省の役人と自衛隊幹部が乗り込んで、船長に燃料・弾薬の積載と作戦地域への出航を強要・・こんな事態も起こりかねない。
1 指定公共機関はどこまで広がる・・災害対策法とは場面が違う
武力攻撃事態法の「モデル」にされた災害対策基本法にも指定公共機関の規定があり(同法第2条5 内閣総理大臣が指定)、独立行政法人、道路公団などの公団、JR、電力、ガス各社、NTT、DDI、NHK、日本通運、日本赤十字、日本銀行などが指定されている(総理府告示)。こうした法人が武力攻撃事態法の指定公共機関とされるのは明らかだが、これにとどまる保障はどこにもない。
NHKを組み込んだからといって情報管理はできないから、他の報道機関に拡大される可能性は甚大。現に政府部内では、「新聞社や民間放送の組み込み」まで論議になっている(Q10参照)。「重要地域が私鉄沿線だ」「陣地構築予定地に鉄道が通っていない」・・こんなことになったら直ちに拡大されるだろう。JRが指定できて○○鉄道が指定できず、日本通運が指定できて○○急便が指定できない理由はどこにもない。災害と戦争とはまったく場面が違うのである。
2 「電気、ガス、輸送、通信」に限られるか・・指定公共機関は無限定
法文の「電気、ガス、輸送、通信」はあくまで例にすぎず、後に「その他」がついている。この「その他」がどこまで広がるかはまったくわからない。「公益的事業」というのが要件だが、事業というのは「人々のためになる」から成立し、発展するものだから、「公益的」だけではほとんど限定にならない。現に、「指定公共機関が無限定に広がる」との指摘に、小泉首相は「具体的な指定は総合的に判断する」と答弁し、限定がないことを認めている(4月26日衆議院本会議)。
対象の広がりを考えるには、「戦争遂行に協力が必要な業種とはなにか」を考えて見ればいい。負傷者が出れば治療にあたる医療機関が必要になるし、装備品を調達しようとすれば生産・流通・保管の業者がいる。将兵の娯楽のために芸能関係者の協力も必要だろうし、料飲業者の協力も求められるだろう。現に、あの戦争では、芸能人が慰問団に駆り出され、かの「慰安所」までつくられている。
「総力戦」では、全国民がそれぞれの持ち場で協力することが強要されるのである。
3 企業と経済はどうなる・・「およそ公益的でない業者」とは
こんな戦争態勢を予定したら、民間企業と経済にも影響は避けられない。「日赤病院にだけは行かないで。最初に戦争に動員されるから・・」「リストラされて運転手の口しかないが国際関係が緊張しているから不安だ」・・こんなことも起こるだろう。
「絶対に戦争に駆り出されないようにする」にはどうすればいいか。指定されるのは法人だけだから個人経営で事業を続けるか、「およそ人の役に立たない不穏当な事業」でもやっているしかない。就職するときも「ここなら安全」ということになる。
まじめに人々のために尽くす事業を大きくすれば、いつ米軍の戦争に駆り出されるかわからない・・こんなことで、企業や経済は健全に発展していくだろうか。
1 指定公共機関はNHKだけか
政府や地方自治体とともに対処措置にあたる指定公共機関に、NHK(日本放送協会)が加えられることは条文に明記されている(武力攻撃事態法第2条5)。この指定公共機関の定義は、「モデル」とされた災害対策基本法と完全に同じで、基本法でもNHKが明記されている(基本法第2条5 条文番号も武力攻撃事態法と同じ)。そして、現在のところ、民間放送局や新聞社は基本法上の指定公共機関に指定されてはいない。
報道機関の中でNHKだけが指定公共機関となっているのはなぜか。大災害の場合には被災の正確な情報を発信し続けて関係者に知らせることが不可欠であり、スポンサーの意向に左右されないNHKが一元的な情報発信機関としては最も適切なためだろう。
だが、武力攻撃事態すなわち戦争となれば同じようにはいかない。「NHKは米軍発表と政府発表ばかり流しているが、△△局は相手国側の戦争被害情報ばかりやっている」というのでは戦争態勢にならないからである。戦争では「正確な情報の伝達」より、「戦争遂行のための情報の管理とコントロール」が優先する。
だから、新聞社や民間放送局が「その他の公益的事業」として指定公共機関にされる可能性は大きい(現に政府では民間報道機関の指定が検討されている)。そのとき、報道の自由は制度的に抑圧されることになる。
2 自由な戦争報道は許されるか・・国民の協力義務と報道の自由
指定公共機関にされなかったからといって、自由な戦争報道が保障されるとは限らない。国民全体に「対処措置への協力義務」が課せられるからである(武力攻撃事態法第8条)。この対処措置には自衛隊の作戦も含まれるから、ジャーナリストを含めた国民全体に「戦争(作戦)協力義務」があると言っているのと同じ。米軍や自衛隊の作戦を批判する報道などは、まずここでチェックされるだろう。
それだけではない。「閣議決定をしたのは拙速だ。平和的解決の道を探れ」との社説、「陣地構築の前にNGOの平和的努力を支援しよう」との有識者のコメント、「△△の森を守れ 陣地構築に反対の住民集会」との報道などは、「国民が協力義務を守らないように扇動するもの」という烙印を押されるだろう。国民が戦争協力を強要される社会で、報道だけが自由ではあり得ないのである。
3 戦争批判の声は吹き消される?・・住民運動は・・学校は
言論表現の自由や教育の自由も、「協力義務」の壁につきあたる。
環境保護団体が自然公園への陣地構築に反対したら、「国民にも協力義務がある。この非常時になにが自然環境だ」。教壇で「戦争はよくない」と教えたら、「子どもに『義務を果たすな』と教える教師など追放しろ」・・戦争協力の名目で「日の丸」「君が代」がいっそう強権的に押しつけられるだろう。
「戦争協力義務」はあらゆる自由を圧殺していくことになるだろう。
1 武力攻撃事態法で自衛隊は
国(政府機関)・地方自治体・指定公共機関をあげて戦争態勢を構築する武力攻撃事態法では、自衛隊はほとんど登場しない(対処措置の「作戦」だけ 第2条6 条文は武力攻撃事態法)。だが、対処措置が自衛隊ぬきで行われるわけではない。
「行政組織の手続法」という性格をもった武力攻撃事態法では、防衛庁・自衛隊は「行政機関」として登場することになる。
政府機関として対処にあたる指定行政機関、指定地方行政機関は政令で定めることになっているが(第2条3,4)、指定行政機関には防衛庁や防衛庁設置法で「特別の機関」とされる統合幕僚会議や陸海空の幕僚監部が指定されるだろう。他の省庁の地方局にあたる機関は、方面隊(陸上自衛隊)、自衛艦隊・地方隊(海上)、航空総隊(航空)などだから、これらが指定地方機関にされるだろう。「指定行政機関の長」は権限を職員に委任できるから(第13条)、自衛隊幹部が委任を受けて権限行使にあたることになるだろう。
2 対処措置はだれが監督する
武力攻撃事態となれば、国、都道府県、市町村などの各レベルで対処措置の実行が必要になり、地方・地域ごとの対策体制が不可欠になる。地方・地域のセンターとなる県庁や市役所には、対応する自衛隊の幹部が入り込んで全面的に関与することになるだろう。
もともと対処措置は、自衛隊や米軍の作戦が「円滑かつ効率的に行われるため」に行われるものだから、実行は「軍服主導」にならざるを得ない性格を持っている。「民間人に戦争のことがわかるか。素人はだまって従っていればいい」というわけである。
こうなれば、「○○県庁に地元師団の幹部が入りびたりになって、職員が行う措置を監督する」「△△商船の船舶輸送を海上自衛隊の幹部がチェックし、士官を乗り組ませる」などという事態も日常茶飯事ということになるだろう。
3 武力攻撃事態対策本部も防衛庁・自衛隊が中心
自衛隊主導という構図は、政府がつくる武力攻撃事態対策本部でも貫かれる。対策本部長は首相だが(第11条@)、副本部長には防衛庁長官が任命されるに違いない。実際に対処措置の遂行にあたるスタッフはどう編成されるか。政府機関の職員から首相が任命するスタッフ(第11条F)も自衛隊幹部が占めることになるだろう。
米軍への「物品、施設、役務の提供等」(つまり兵站)まで含めた対処措置(第2条6)を組み上げるには米軍との調整が不可欠であり、実際には日米の「メカニズム」で処理される(Q2参照)。その米軍との調整を経た対処措置を、米軍の作戦に応じて整然と実行に移していける日本側のスタッフは、新「ガイドライン」のもとで平素から共同作戦研究や共同作戦演習を続けている制服幹部以外には考えられないのである。
武力攻撃事態法の予定するのは、上から下まで制服幹部が主導する軍・官・民をあげての戦争態勢なのである。
1 組み込まれている日米共同作戦
「『備えあれば憂いなし』というではないか」「外交交渉を尽くしても解決しない万一の時に備えて・・」。こんな「説明」がつきまとっている。だが、日本に武力侵攻を企てる国など考えられず、日本の外交が破綻して戦争寸前に至る事態も考えられない。武力攻撃事態法が発動されるのは、アメリカが外交交渉から戦争に転じて米軍が戦端を開く・・このことは法案そのものからも明らかである。日本が戦争態勢をとる法律でありながら、武力攻撃事態法には「アメリカ」や「アメリカ軍」が堂々と登場している(条文は同法)。
* 武力攻撃事態への対処は、アメリカ合衆国と緊密に協力する(第3条D)
* 米軍の行動が「円滑かつ効果的に行われるため」に、「物品、施設または役務の提供その他の措置」を行う(第2条6)
* 米軍の行動が「円滑かつ効果的に行われるための措置」についての個別法を、2年を目標に制定する(第22条)
アメリカの求めに応じて武力攻撃事態を発動し、米軍の作戦が「円滑かつ効果的に行われるため」に軍・官・民あげての戦争態勢をとると言っているに等しい。
2 兵站は米軍と自衛隊、作戦は自衛隊だけ・・これはなにを意味している
そればかりではない。政府が閣議決定し、国会承認の対象となる対処基本計画には(正確にはその中の対処措置には)、米軍の行動のための「物品、施設または役務の提供その他の措置」は記載されるが、米軍の「武力の行使、部隊等の展開その他の行動」は記載されない(第2条6)。「兵站は米軍と自衛隊、作戦は自衛隊だけ」というわけである。
だから、米軍は閣議決定や国会の承認にまったく拘束されず、自由自在に作戦を展開することができる。政府も国会も米軍の作戦には手出しができない。米軍がどこでどのような作戦を展開するかわからないまま、国民は米軍の兵站だけ提供させられることになる。
「米軍の作戦に口出しできないのは、国家主権が及ばない以上当然だ」と「説明」がされるだろう。それはそのとおりかもしれない。では、なぜアメリカの国家主権が及ばないはずのこの国と国民が、米軍の兵站を強要されねばならないのだろうか。
米軍の行動は日本の国土と国民を守るためではなく、アメリカの「国益」のためであり、そのアメリカは「悪の枢軸」と名指しした国への戦争の拡大を叫んでいる。武力攻撃事態法は、「米軍の侵攻作戦のための戦争態勢」という本質を「自白」しているのである。
3 行きつくところは「米軍軍属の国」
「有事法制はどの国にもある」こんな「説明」もされている。では、「他国の軍隊をフリーハンドで行動させながら、その軍隊への兵站の提供を国民に罰則付きで強制する有事法制を持った国があるか」と聞けば、その論者はどう答えるだろうか。
こんな有事法制を持った国は、もはや国際社会から独立国家とは評価されまい。有事法制関連3法案の生み出す国は、「米軍軍属の国」とでも言うほかはないのである。
1 「陣地構築命令」とは?
現在の自衛隊法で自衛隊が防衛出動するには、わが国にたいする武力攻撃(またはその「おそれ」)があり、かつ国会の承認を得てからでなければならない(第76条 以下条文は自衛隊法)。防衛出動が「予測」される段階では待機できるだけであるが(第77条)、「改正」案ではこの「予測」段階で自衛隊が出動して陣地を構築することを認めるとしている(第77条の2)。これには国会の承認は不要である。
この際の自衛隊の権限はきわめて強力である。必要なら土地を「使用」することができ、樹木などを移転・処分してもよい(第103条の2)。また、陣地構築にあたっては、さまざまな法律上の規制を適用除外され、または緩和される(Q17参照)。
2 どのような陣地が構築されるか
構築する陣地の種類、内容、規模などについては、いっさい制限がない。もっぱら軍事上の必要性によって構築されることになる。「敵」の上陸が予想される海岸線には、10〜20kmにおよぶ縦深陣地が構成されよう。そこには地雷からミサイルにいたるあらゆる兵器が配備され、塹壕や地下壕がはりめぐらされる。民間の港湾や漁港が「軍港」化されるだろう。
国立公園をつぶして航空基地やミサイル基地が建設されるかもしれない。都市防衛のための対空ミサイル基地が、都市公園を利用して建設されることもあり得るだろう。住宅地に隣接して火薬庫・弾薬庫が建設されるかもしれない。
つまりは、無制限なのである。
3 陣地構築は「宣戦布告」にひとしい
かつての国際法は、開戦の要件として「宣戦布告」または「最後通牒」を必要としていた。現在の国際法は戦争そのものを違法としているので、「宣戦布告」などを公認していない。
しかしハリネズミのような防御陣地をつくりあげることは、相手国からみれば、一種の「宣戦布告」とならざるをえない。あらゆる反撃に堪えられる陣地を構築することは、反撃を恐れずに攻撃をしかける態勢を整えたことを意味するからである。相手国にとっては、その防御陣地が完成する以前に攻撃することが「最大の防御」となってくる。「陣地構築命令」はわが国の安全を守るのではなく、かえってそれを危うくするものにほかならない。
しかも、いかに堅固な防御陣地といえども、たかだか軍隊の「安全」をまもるだけであって、一般住民の安全までをまもる陣地をつくることは不可能である。住民は、頼りにならない自家製の「防空壕」のなかに隠れるか、逃げまどうしかない。
こんな「陣地構築命令」の規定を、いま新設しなければならない、どんな理由があるのだろうか。
1 業務従事命令とは?
自衛隊が防衛出動をした場合、作戦地域外の医療・土木建築工事・輸送に従事する業者およびその労働者に対し、業務従事命令を発することができる(第103条2項 条文は自衛隊法)。範囲は政令に委ねられているが、「医療」には、医師・歯科医師・薬剤師から看護士、レントゲン技師や検査技士などが含まれるだろう。「土木建築工事」には、土木・建築技術者、大工、左官、とび職、土木建築業者とその労働者がふくまれ、「輸送」には、陸・海・空・港湾の輸送業者とその労働者が含まれるだろう。
業務命令の内容は、自衛隊の任務遂行のために必要な業務をおこなうことである。つまりは「徴用」である。
2 なにをするのか。
「医療」関係者は、後方の野戦病院の業務ばかりではなく、最前線の負傷兵の治療にあたらされることもあるだろう。
「土木建築」関係者は、施設部隊(工兵隊)の「軍属」となって、陣地の構築や道路・橋の改修などの業務に従事する。
「輸送」関係者は、最前線の部隊への補給物資を積んだトラックの運転、武器・弾薬を運ぶ船舶の航行、軍需物資を積載した航空機の運航などに従事する。
いずれも生命の安全が保障されない業務である。国際法の上では、医療関係者は攻撃の対象からは除外されているが、現実の戦場で安全が保障されるとは限らない。「治療していた傷病兵とともに砲弾で吹っ飛ばされる」ことも起こるだろう。陣地構築や軍需物資の輸送は戦闘行為そのものとみなされ、攻撃されても文句は言えないのである。
3 業務従事命令は拒否できるか
法案作成の過程では、業務従事命令の違反者に対する処罰規定を設けることも検討されたようである。提出された法案には処罰規定はもうけられなかった。とはいえ、与党内の一部には処罰規定を要求する主張もつよく、国会審議で復活する可能性もある。
処罰規定がないからといって、それほど簡単に業務従事命令を拒否できるわけではない。
多くの場合、業務従事命令は業者すなわち企業に発せられるだろう。企業のトップが拒否すればともかく、受け入れてしまえば労働者には業務命令として業務の遂行が求められることになる。拒否しても刑務所行きとはならないが、長年たずさわってきた業務から、「解雇」によって追放されることになるだろう。
生命の安全が危うくなるような業務だから拒否できそうなものだが(千代田丸事件最高裁判例)、第103条による処分(命令)は行政不服審査法の不服申し立てができないことになっているから(第103条Q)、法的保護を受けられない可能性は大きい。
「アメリカの戦争」のために、生命を失うか、職を失うか、の選択をこれらの労働者は迫られることになる。
1 保管命令と収用
自衛隊に防衛出動命令が発令された時、都道府県知事(緊急の場合は師団長なども。以下同じ)は、作戦行動地域の内外を問わず、物資の保管を命じることができる(保管命令第103条@A 条文は自衛隊法)。
保管を命じられるのは、物資の「生産、集荷、販売、配給、保管もしくは輸送」を業とする者。つまり、物資流通の「川上」から「川下」までのすべての業者である。武力攻撃事態法で指定公共機関に指定されない業者も含まれることになる(Q8、9参照)。
物資とは、自衛隊の任務遂行に必要なすべて。燃料、食料からトイレットペーパーまであらゆるものがふくまれる。保管とは、いっさいの移動、販売などを禁じられるだけでなく、物資の破損・盗難・腐敗などを防止することまでを含む。作戦地域内は特に危険性の重いところだから、業務は「命がけ」である。
同じく知事は物資の収用を命じることもできる(第103条@A)。収用とは取上げることである。業者および物資の範囲は保管命令の場合と同じである。
2 立入検査・報告義務など
物資の保管、収用のために必要なときは立入検査をすることができる(第103条L)。また、保管命令を出したときは、保管を命じた業者にたいし必要な報告を求めることができ、立入検査をすることもできる(第103条M)。危険性のきわめて重い作戦地域内の業者にもこのような義務を課しているため、業者はこの危険地帯から逃げだすことも許されないのである。
3 違反者に対する処罰規定
立入検査を「拒み、妨げもしくは忌避」した者、または保管命令についての「報告をせずもしくは虚偽の報告」をした者は、20万円以下の罰金を処せられる。ことさら拒否したり妨害したりしなくても、職員に応対しないなど嫌がる姿勢をした(忌避)だけで処罰されることになる。罰金刑でも逮捕・勾留は可能だから、「立入りに協力しなかった店主が現行犯逮捕」という事態もおこり得る。これでは「嫌がらず素直に従う」しか道はない。
保管命令に違反して物資を「隠匿」(かくすこと)、「搬出」(運びだすこと)した者は、懲役6カ月以下または30万円以下の罰金を処せられる。これらの処罰は、実行した者だけでなく、経営者である法人または個人も処罰される(第124条〜第126条)。
「収用」のための立入検査に関しては処罰されるが、「収用」そのものにたいする妨害などには処罰規定がもうけられていない。しかし「収用」とは公権力の行使そのものなので、これを妨害すれば公務執行妨害罪(刑法第95条 懲役3年以下)が成立する可能性がある。処罰規定を新設するまでもないのである。
生命の危険の重い作戦行動地域にとどまって物資の保管につとめ、あげくは処罰されてしまう業者の立場とは、いったい何なのだろうか。
1 国民の協力義務
国民は「対処措置を実施する際には、必要な協力をするよう努めなければならない」(武力攻撃事態法第8条)。
協力が義務づけられる対処措置のなかには自衛隊の武力行使が含まれるから(第2条6項)、この国民の義務は「国防義務」にほかならない。
地方自治体(同法第5条)や指定公共機関(同法第6条)の直接実行の「義務」と比べれば、「努力義務」の形はとっている。しかし、国民になんらの義務を課すものではないとして施行された「日の丸・君が代」ですら、学校の現場では抵抗しがたい「義務」として履行されている。「協力を拒んだから非国民」と非難されるのは必至だろう。
2 土地・建物の「使用」
やっとローンを払いおえた自宅の土地・建物。ある日、県庁職員と名乗る男が「公用令書」という一枚の紙を持ってきて、「お宅を自衛隊が使用します」という。移転先も保障されず、「どこへ行くかは自由」とのこと。迷彩服の自衛隊員が樹木を伐採し、建物を「変形」してしまう(自衛隊法第103条、第103条の2)。
この伐採などに抵抗でもすれば、公務執行妨害罪で懲役3年以下に処せられる(刑法第85条)。裁判所に訴えてやめさせようにも、不服申立の手続はできないことになっている(自衛隊法第103条Q)。「努力義務」などという範囲を超えた「義務」が国民に課せられるのであり、ここでは国民の財産権(憲法第29条)が凍結させられる。
資本主義社会で最も基本的な権利のひとつをここまで侵害する名目は「公共の福祉」。だが、平和憲法のもとで、「軍事上の必要」は「公共の福祉」とは認められない。「軍事上の必要性」を人権制約の根拠とする有事法制関連3法案の強行は、実質上の憲法「改正」にほかならない。
3 損失はどのように回復されるか
強制使用された土地・建物は武力攻撃事態が解除されれば戻ってくることになっている(攻撃を受けて建物がなくなっていない限り)。しかし、戻ってきた時は、土地の樹木は「処分」され、建物は「変形」している。国は「原状回復」の義務を負わない。
それによる損害は「補償」される。補償の額は「通常の範囲」であり、「亡き母が特別に愛していた桜の木」などの事情は考慮されない(自衛隊法第103条I)。それ以上に問題なのは、「補償の算定はいつを基準とするか」である。法案はそれについて規定していない。これが使用開始時とされると、国民の負担は著しく増大する。戦時にはインフレーションが発生するのが常識。物価が10倍になれば補償は10分の1となる。
補償されるのはあくまで使用による損失だけ。付近が爆撃を受けて灰燼に帰した。どうしてくれる・・。法案はこれにも何も語らない。「補償しない」ということである。
国民はこうした「痛み」にも耐えなければならないのか。
1 自衛隊には広範な「適用除外」
先進諸国に比べて遅れてはいるが、この国にも自然環境を保護するための法律はある。国土の開発・整備にあたって、公共性・住民の安全・手続の適正などを確保するための法律もある。ところが、自衛隊法の「改正」案によって、防衛出動または「防御施設構築」(新設)のために出動した自衛隊についてはその適用を除外し、またはその規制がいちじるしく緩和されることになる(自衛隊法第115条の2以下)。
適用除外または規制緩和される法律は広範におよぶ。自然環境保全・国土防災に関するものでは、森林法、都市公園法、海岸法、自然公園法および河川法などがふくまれる。国土整備に関しては、建築基準法、土地収用法、区画整理法、道路法、道路交通法、港湾法および漁港漁場整備法などがふくまれる。
2 自然公園に航空基地が・・・・
その目的はなにか。いっさいの規制からまぬがれて自衛隊が陣地を構築するためである。
上陸阻止のための防御陣地は海岸線に沿って10〜20kmの縦深で構築するのが現代戦の常識。沿岸漁場や養殖施設が破壊されるばかりか、陸地の奥深くまで陣地が構築される。対空ミサイル基地などは都会の真中につくられる。
民間の港湾や漁港までが「軍港」となる。
空港が不足すれば、自然公園を掘りかえして航空基地を建設することも可能になる。
これらによって発生する被害は甚大なものがある。とくに自然体系の破壊は不可逆であり、原状を回復することは不可能である。
3 「やむを得ない」か?
「日本が軍事侵略を受けたら、『自然保護』や『国土保全』どころではない」という意見もあり得るだろう。
だが、日本の近隣諸国のうちに日本に軍事侵攻を企てる国などあるのだろうか。近隣諸国との間に戦争にかけてでも解決しなければならない外交紛争もなく、日本に軍事侵攻する能力をもつ国もない。有事法制=戦争動員法案は、アメリカの戦争(北朝鮮への軍事侵攻など)に日本が全面協力するための法案である。そのためになぜ自然を破壊し、国土を荒廃させねばならないのだろうか。
「防御施設構築」のための自衛隊は、日本が武力攻撃をうけてから出動するのではない。その「おそれ」が「予測」される段階で出動する(Q4参照)。これには事前の国会承認も必要ない。武力攻撃の「おそれ」があると「予測」するにあたって使われる情報の多くはアメリカ軍の情報となるから、これが日本国民や国会議員にさえ明らかにされることはない。海岸や森林を破壊しつくして陣地を構築した後になって、「実は予測が誤っていた」ですむ話だろうか。
1 国際紛争とNGO
自然環境保全、地球温暖防止から人権の擁護、難民救援や差別・貧困の克服まで・・この間、非政府組織(NGO)が活躍してきた分野は広く、果たしてきた役割は大きい。この日本でも、NGOの活動はようやく市民的な広がりをもってきている。
20年来の戦争・内戦で荒れ果てたアフガニスタンで医療活動と給水事業(井戸掘り)を続けてきたペシャワル会の活動は多くの国民に深い感銘を与え、政府と経団連が参加するジャパンプラットフォーム(JPF)の存在はアフガン復興国際会議への出席拒否問題で国民に知れわたった。いずれも、2002年1月に現地調査を行った自由法曹団のパキスタン調査団が訪問したNGOである。
NGOが国際紛争の防止や緊急援助に果たしている役割はきわめて大きい。
2 武力攻撃事態とNGO
「『テロリストがいる』と言われ出して国際社会の支援が急速に弱まった。『アフガンの人々を餓死させるな』と考えて始めたのが『いのちの基金』だ」。ペシャワル会の担当者の言葉である。この「いのちの基金」に寄せられた日本各地からの募金は半年間で7億円余、日本政府が支出するNGO支援の年間予算5億円余を上まわっている。「テロリスト国家」という烙印や軍事報復と、平和的解決をめざすNGOの理念・活動の間の鋭い緊張関係を示している。
緊急支援NGOが活動する地域はいずれも深刻な矛盾をはらんだ地域であり、武力紛争の火種をかかえている。その緊張を平和的手段で解決しようとするか、武力攻撃事態を宣言して軍事力で鎮圧するか・・道筋は判然と2つに分かれる。この2つの道筋が両立しないことは、アフガニスタンにクラスター爆弾と食糧を同時に投下した米軍の愚劣な戦術がもたらした国際社会への不信を考えればわかるだろう。
武力攻撃事態で「テロリスト国家」に対して軍・官・民をあげての戦争態勢に入ったらどうなるだろうか。その国は「戦争を仕かけようとする国」のNGOの支援を信頼して受け入れるだろうか。「テロリスト国家」の民衆への支援を呼びかけるNGOは、「敵の手先」ということにされないだろうか。
3 NGOへの支援と平和外交こそが大道
戦争動員法の発動は「事態が緊張」して米軍が戦端を開こうとするとき・・それは平和的解決をめざして活動するNGOがほとんど唯一の信頼と対話の道を維持している段階である。その時、武力攻撃事態を発動することは平和の道を断ち切ることを意味している。
その戦争動員法が強行され、この国が「戦争をする国」になっていくことは、ようやく根づき始めたこの国のNGOの発展を阻害し、平和的貢献の道筋を封じていくことになるだろう。平和憲法をもつこの国が、紛争解決に最も寄与できる道筋、それは戦争動員法を許さず、NGO支援や平和的外交による平和の道を往くべきことではないのだろうか。
1 日本外交と自衛隊
唯一の被爆国でありながらアメリカに追随してばかりいる日本。太平洋戦争での加害責任について誠実な謝罪をしない日本。―だから、日本の外交は国際社会の信頼をえているとはいいがたい。それでも日本の外交が、戦後半世紀をこえて、軍事的恫喝を外交手段としなかったことは、世界、とくに東アジア諸国が評価しているところである。戦前の日本外交、現在のアメリカ外交と比べて、それはきわだった特徴となっている。
あまり知られていないが、じつのところ日本の自衛隊=軍隊は、きわめて有力な軍事力をそなえている。海上自衛隊のイージス艦(4隻)、航空自衛隊のF15戦闘機(200機)は高価すぎて西ヨーロッパ諸国の軍隊も保有していない。陸上自衛隊の戦車約1000両は、イギリスの保有数の4倍である。核兵器をのぞく通常兵器のレベルでは、自衛隊はイギリス軍を超える強力な「軍隊」なのである。
2 自衛隊+有事法制=侵略の軍隊
強力な「軍隊」にもかかわらず、自衛隊は東アジア諸国からみて必ずしも現実の脅威とは映らなかった。憲法第9条があり、有事法制が整備されていなかったからである。
現代戦は国家の総力戦だから、いかに強力な装備をもつ軍隊といえども、背後に国家総動員体制を整備していないかぎり、海外に侵攻することはできない。日本にはこれまで、有事法制がなかったから、自衛隊がいかに強力であっても、東アジア諸国には、日本の軍事的侵攻を恐れなければならない現実的根拠がなかったのである。
しかし、有事法制=戦争動員法が整備されたときの日本は、東アジア諸国からみれば、過去の戦争について真摯な反省もせず、東アジアで最もバランスのとれた強力な軍隊=自衛隊をいつでも海外に進出させられる国、とならざるをえないのである。
3 日本経済のグローバリゼーションと海外派兵
バブル崩壊後の90年代中盤、欧米に遅れること10年にして、日本は経済のグローバリゼーション(産業・資本の海外進出・移動)を完了した。グローバル化による国内経済の混乱は一顧だにしないこの国の支配層にも、懸念と憂慮をふかめる課題がある。「進出先の諸国=地域で政変や紛争が生じた場合、どのようにして資産や人員の安全を確保できるか」である。とりあえず、アメリカの軍事力に頼るしかない。そのためには、「アメリカの戦争」に協力する戦争動員法を制定しなければならない。
しかし、アメリカがつねに必ずわが国の資産・人員を守ってくれる保障はない。そのときには、自衛隊を単独で海外に派遣するしかなくなるのではないか。
だが、このような客観的状況は、東アジア諸国からみれば、恐るべき恫喝外交にほかならない。日本がいくら真摯に平和的外交を試みようとしても、もう相手は信用しない。
日本の外交は崩壊せざるをえないのである。
1 「指定公共機関」とその責務
有事法制=戦争動員法のもとでは、日本の経済はどうなるのか。
「保管命令」などや「業務従事命令」によって企業活動が規制されることはすでに述べた(Q15参照)。また、およそ「公共性」をもつすべての企業が、武力攻撃事態法によって「指定公共機関」とされ得ることもすでに述べたとおりである(Q9参照)。その「指定公共機関」は、「武力攻撃事態への対処について、必要な措置を実施する責務」を負うことになる(第6条 条文は武力攻撃事態法)。
「指定公共機関」とされた企業は、対処措置を実施しなければならない。
対処措置のなかには、@自衛隊およびアメリカ軍にたいする物品、施設または役務(労働力)の提供、A警報の発令、避難の指示、被災者の救助、施設および設備の応急の復旧その他の措置およびB生活関連物資等の価格安定、配分その他の措置がふくまれる(第2条6)。「価格の安定」とは物価統制、「配分その他の措置」とは配給制を意味する。自由主義経済の停止=統制経済そのものである。
2 具体的な適用はどうなるか
民間企業への対処措置の実施は、具体的にはどのようにおこなわれるか。
内閣に臨時に設置される「武力攻撃事態対策本部」(本部長・内閣総理大臣)が、指定公共団体=企業が実施すべき対処措置を「総合調整」する(第14条)。「調整」とは名ばかりの押しつけとなるだろう。内閣総理大臣による「指示」およびそれを拒否したばあいなどの「直接執行」は、2年以内を目標に「別に定められる法律」の制定までは実行されない。しかし、すでに法律によって「実施の責務」を負っている民間企業が対策本部長=内閣総理大臣の「総合調整」を拒むことは容易ではない。大部分の対処措置がこのような方法で実施されることになる。
日本銀行が「指定公共機関」とされている(第2条5)。日銀がその独立性を失い、金融政策を政府がきめることを意味する。そうなれば、「有事」のばあい、軍需産業優先の金融政策が強行されるであろうことは、容易に推測できる。
また、対処措置を実施する「指定地方行政機関」のなかには、自衛隊の地方組織=方面隊、師団(陸自)、地方隊(海自)、航空方面隊(空自)などが含まれる(Q11参照)。民間企業にも制服の自衛官が常駐し、対処措置の実施を監督・統制する態勢を整えようとするものであり、日本の経済は完全に軍事経済への移行を強いられることになる。
3 自由主義経済から統制経済へ
そればかりではない。戦争動員法の想定する事態のもとですべての交通・流通・生産が軍事優先となる。食糧自給率4割のわが国に飢餓状態が発生する。だからこそ、すでに見たような統制経済(価格統制・配給制度)の実施までを想定している。
これは「自由主義経済の死滅」に等しい事態だろう。
5月3日は「日本国憲法施行55周年」の記念すべき日であった。その55周年のこのいま、平和憲法と真っ向から矛盾する戦争動員法案が国会で審議されている。
「憲法55周年のこのいまなぜ有事法制が・・」。だれもが抱くこの根本の疑問に、まともな答は返ってこない。いわゆる「同時多発テロ」に軍事力で報復したアメリカが「悪の枢軸への反テロ戦争の拡大」を叫び、イラクや朝鮮半島に戦火が広がろうとしている・・このことだけが、憲法55年のこのいま、戦争動員法案で軍・官・民の戦争態勢を準備しようとするただひとつの「理由」と言うほかはない。
ならば問おう。なぜこの国は、そうまでして米軍に追随して、アジアに向けた戦争態勢を準備しなければならないか。それが本当に平和を築く道か。
軍事報復が開始された10月8日(日本時間)からすでに7か月になる。自由法曹団が指摘し、世界の世論が指摘したとおり、軍事報復は「テロの根絶」を果たせないばかりか、「暴力の連鎖」を生み出すことになった。いまなお続くアフガニスタンへの空爆と自衛隊の参戦にもかかわらず、「オマサ・ビン・ラディンの逮捕」も「テロの根絶」も実現せず、カシミールやパレスチナに「テロへの報復」を口実とした戦火を拡大してきたのが、この半年余の歴史の冷厳たる真実である。
あのときあたかも「戦争ヒステリー」の観を呈していた国際社会は平和の道筋に立ち戻ろうとし、イスラエル軍撤退は世界の世論になっている。いまこのとき、戦争を準備し、戦争態勢を構築しようとしているのは、アメリカ・ブッシュ政権とこの国の小泉政権以外には存在しない。
もう一度あえて問おう。
世界の声に背を向けて、「悪の枢軸」への戦争の拡大を叫ぶブッシュ政権への追随を続けるどんな理由があるというのか。あえて「嫌われ者ブッシュ」に追随して、「世界の孤児」の道を行くことが、この国や国民にどんな「利益」をもたらすというのか。
及ぼす事態・影響はあまりにも深刻である。
戦争動員法の発動は再びアジアに惨禍をもたらすことになり、強行そのものが緊張の要因となって平和外交を阻害するだろう。軍・官・民をあげての戦争態勢の準備は、経済や社会、文化にまで深刻な影響をもたらすだろう。ようやく根づきはじめた地方の自主性やNGOへの市民的参加の芽を摘みとり、不況克服に向けた企業や労働者の努力に水をかけることにもなるだろう。「国際関係が緊張」となればいつ動員されるかわからない不安を抱いた生活が、健全な社会や文化をはぐくむはずはない。それは、戦後55年にわたってこの国の経済や社会や文化を築いてきた努力を無にすることを意味していないだろうか。
この国が往くべきは日本国憲法が誓った平和の道。その道がいま世界の希望となり、課題となっている。
その道を往くために、戦争動員法案は許されてはならないのである。