<<目次へ 【意見書】自由法曹団
自 由 法 曹 団
有事法制関連三法案(武力攻撃事態法案、自衛隊法「改正」案、安全保障会議設置法「改正」案)についての、審議経過の概要は以下のとおりである(6月4日まで)。
小泉純一郎首相、所信表明演説で有事法制国会提出を表明。 この後、政府側では「3月中旬ころ提出」「3月末には」「4月に入って」などと言明。 |
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4月 3日 | 政府・与党に「骨子」を提示。新聞報道。 |
4月 8日 | 政府・与党に「要綱」を提示。新聞報道。 |
4月16日 | 三法案・閣議決定、17日 国会提出。 |
4月26日 | 衆議院本会議で趣旨説明、代表質問。 |
5月 7日 | 衆議院武力攻撃事態等特別委員会で審議開始。 |
5月 7日〜20日 | |
委員会審議(開会日 7日、8日、9日、16日、20日) この間、政府は「武力攻撃事態対処法案にいう『武力攻撃事態』について」、「指定公共機関について」との文書を委員会に提出し、内閣官房「武力攻撃事態対処法案について」などの説明文書を作成・配布。 | |
5月21日 | 与党・公聴会の設定を単独で強行。野党は出席拒否に。 (地方公聴会=5月24日、27日 中央公聴会=5月27日、28日) |
5月22日〜27日 | |
野党出席せず。与党単独で委員会開会。 地方公聴会中止、中央公聴会延期。 |
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5月29日 | 委員会正常化、審議再開。6月5日、7日の地方公聴会を決定。 |
6月 3日 | 委員会は法案審議に入らず散会。 福田官房長官の「非核三原則発言」問題で首相の出席が拒否されたため。 防衛庁の情報公開請求者への身上調査が組織ぐるみであったことも発覚。 |
有事法制関連三法案の審議は、まともな審議を行おうとすらしない政府・与党の議会制民主主義を蹂躙した姿勢や、関係閣僚の問題発言などによって、「迷走」とでも言うほかない経緯を示している。
5月7日の委員会審議開始から21日の公聴会設定強行までわずか2週間、審議は5回30時間余にすぎない。「国民の声を聞き、審議に反映させる」という本来の趣旨とはうらはらに、「公聴会開催は採択のアリバイづくり」というのが実態だから、政府・与党はわずか2週間で「審議打ち切り・強行」を宣言したに等しい。
@ 「予測」「おそれ」の段階で政府が武力攻撃事態を認定し、
A 国会承認を待たずに軍・官・民をあげての戦争態勢に突入し、
B 地方自治体・民間企業に対処措置を強要し、国民にも「戦争協力義務」を課し、
C 軍事行動を行う米軍に「物資・施設・役務の提供等」を行い、
D 米軍に追随して自衛隊も参戦していく
という構造をもった三法案が、恒久平和・国民主権・基本的人権を基本理念とする日本国憲法と真っ向から抵触することは明らかであり、審議にあたっては慎重の上にも慎重を期さねばならないはずであった。
三法案の中心になる武力攻撃事態法案がわずかな期間の検討・調整で組み上げられたことは、提出予定日が次々に延期され、「骨子」や「要綱」が変動し続けた経過が示している。「急ごしらえ」の武力攻撃事態法案は多くの国会議員にも「法案を読むまではわからなかった」というもののはずで、国民の理解やコンセンサスなどあり得ないものであった。とすれば、国民に十分な理解を求めたうえで、なおさら慎重な検討を行うべきものであった。
「急ごしらえ」を反映してか、国会審議の政府答弁は、一方で「答弁矛盾」「答弁不能」「答弁先送り」などをさらけだし、他方では「軍事政権」の答弁と見まがうばかりのあけすけな軍事優先のものともなった。5月21日の「公聴会強行劇」は、矛盾を露呈するばかりの国会審議を断ち切るために仕かけられた暴挙と考えるほかはないのである。
この強行突破の暴挙は、すべての野党が一致しての批判・反対と、大きく盛り上がった国民の反対・批判の前に頓挫を余儀なくされ、委員会審議は5月29日に正常化された。政府・与党の暴挙が、国会や国民に受け入れられなかったことを示している。
ようやく審議が再開された6月初頭、福田官房長官の「非核三原則の変更」をめぐる発言が明らかになり、相前後して防衛庁の内局・陸幕・海幕・空幕が組織ぐるみで情報公開請求者の身上調査を行ってそのデータを部隊に流していたという驚くべき事実も暴露された。三法案の審議・採択を求める官房長官や防衛庁が、自ら国際関係の緊張を引き起こし、国民の人権を無視した言動を繰り返していて、正常な国会審議など行えるはずはない。委員会が散会せざるを得なかったのは、あまりにも当然である。
では、断続的に続けられた実質6日余(および代表質問)の論戦は、三法案がはらむ問題点をいかばかりかでも解消・軽減し、法案の「合理性」を国民の前に明らかにするものだったか。以下、論戦で問題になった主要論点ごとに国会審議を検討し、有事法制関連三法案をめぐる衆議院論戦を検証する。
註 本意見書は、6月3日付で発表した同名の意見書に6月3日の事態などの補筆・補充を加えている。検討には本会議速記録・委員会速記録(5月29日 未定稿)を用い、表記にあたっては議員質問と政府答弁を趣旨が変わらない範囲で要約し、質問をQ、答弁をAで表記している。
政府が「武力攻撃事態」と認定すれば、対処基本計画が閣議決定されて対処措置が開始される構造になっているから、「なにが武力攻撃事態か」(=武力攻撃事態の要件・想定)が決定的な意味を持つことになる。
武力攻撃事態法で定義される「武力攻撃事態」とは、
@ 武力攻撃(=我が国に対する外部からの武力攻撃)が発生した事態
A 武力攻撃のおそれがある事態
B 事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態
という「3段階の事態」が含まれている(第2条2)。
このうち@の武力攻撃は事実の問題であるが、Aの「おそれ」やBの「予測」は評価の問題であり、評価の基準・要件が明確になっていなければ「政府に白紙委任」ということにしかならない。この「おそれ」「予測」の定義に質問が集中するのは「理の当然」であるが、政府の答弁は抽象的な説明に終始した。その一例。
A おそれのある場合とは、自衛隊法第76条の防衛出動命令の要件と同じ。国際情勢や相手国の明示された意図、軍事的行動などから判断して、武力攻撃が発生する危険が迫っていることが客観的に認められる事態。予測されるに至った事態とは、自衛隊法第77条の防衛出動待機命令の要件と同じ。国際情勢などから防衛出動命令が発せられることが予測される事態(5月7日 中谷防衛庁長官 岡田克也議員に)。
これでは自衛隊法の説明でもって武力攻撃事態法の説明にあてたことにしかならない。
「武力攻撃事態対処法案にいう『武力攻撃事態』について」との政府文書にもとづいて、5月16日に福田官房長官が行った説明によれば、
@ 「おそれ」の事態
武力攻撃の意図を明示して、多数の艦船や航空機を集結させるなどの行為が行われ、武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると客観的に認められる場合など
A 「予測」の事態
おそれには至っていないが、国際緊張が高まる状況下で、我が国への攻撃のための予備役招集や要員の禁足、非常呼集や、我が国を攻撃するためと認められる軍事施設の新たな構築などが行われ、武力攻撃の可能性が高いと客観的に判断される場合など
ということになるが、それぞれの「行為」や「状況」は例示にすぎないから、結局は「政府の認定による」ことにしかならないことになる。
具体的事例を取り上げての論戦はどうか。
Q 98年8月31日の「テポドン飛来」について、8月13日に日本の公安筋が発射準備の具体的な情報をつかみ、8月14日には在日米軍からミサイル基地の活動を示す偵察衛星の写真も送られている。こういう事例をあてはめると「おそれ」か(5月9日 渡辺周議員)。
A その時の国際情勢と具体的な事象を踏まえて我が国に対する組織的かつ計画的な武力の行使にあたるかどうかを勘案して判断。一概に今の時点で言うことはできないが、武力攻撃事態になると判断されれば自衛隊は動く(中谷防衛庁長官)。
Q 93年から94年にかけて北朝鮮の核開発疑惑をめぐって米軍の軍事制裁に向けた動きが活発になり、北朝鮮も軍事訓練の回数を倍近くに増やして臨戦態勢を強化していると伝えられた。94年秋には、朝鮮半島西側の公海上で、米空母機動部隊と中国の原潜の間で一触即発の緊張状態が起きていた。この94年の事態は予測事態か(5月29日 赤嶺政賢議員)。
A 特定の事態に対して言えるものではない。あくまで我が国への攻撃の意図が推認されるかどうかで判断する(中谷防衛庁長官)。
いずれも現実に発生した事例が摘示されているが、答弁は「一概に言えない」「意図が推測できるかどうかで判断」で、該当は否定されていない。留意すべきは、「弾道ミサイル発射態勢」「臨戦態勢強化」などの情報が入手できるのは「米軍筋」「安保筋」などからで、「○月○日に日本本土に向けて発射する」などという声明など考えられないこと。「宣戦布告」がない時代の「攻撃意図」は入手した情報から推認するしかなく、「情報源」の「米軍筋」などの意向に大きく左右されるから、情報操作は容易ということになる。こうした「軍事情報」や「諜報」の世界で、政府や国会は「予測」や「おそれ」を「客観的に判断」できるのだろうか。
「武力攻撃事態」の前提には「武力攻撃」があり、「武力攻撃事態」の範囲は「武力攻撃」の範囲によって規定される。その「武力攻撃」についての政府の答弁。
A 公海上の船舶に対する攻撃が武力攻撃にあたる場合も排除されない。在外公館やPKO、周辺事態、テロ特措法で他国にいる軍隊への攻撃が、「我が国に対する計画的、組織的な攻撃」と認定されれば武力攻撃事態法が発動される(5月8日 福田官房長官 木島日出夫議員に)。
A 組織的、計画的なものであれば、規模の大小に関わらず武力攻撃であり、ミサイル1発でも武力攻撃とはいえる。武力攻撃事態ではあっても攻撃の意図が明白でなければ、外交交渉で解決もあり得る。その場合でも武力攻撃事態ではある(5月16日 福田官房長官 岡田克也議員に)。
A 周辺事態法で米軍の後方支援をしている状況下で、「予測」の武力攻撃事態になることもある。その場合の調整は調整メカニズムでやる(5月7日 中谷防衛庁長官 土井たか子議員に)。
いくつかの角度からの質問への答弁を抽出した。「規模の大小や程度は問わず、公海上や他国の領域での攻撃も含み、周辺事態法やテロ特措法などで行動中の艦船等への攻撃も含む」ということになる。重大なことは、武力攻撃事態にはこれらの攻撃が現に行われた場合だけでなく、「おそれ」や「予測」まで含んでいること。その結果、こうした攻撃が「組織的、計画的」に行われる「おそれ」や「予測」があると認定されれば、武力攻撃事態とならざるを得ないことになる。あらかじめ「組織的、計画的攻撃」を想定して戦争態勢を組み上げる武力攻撃事態法が、事態をいっそう緊張させるのは明らかではないだろうか。
こうした「武力攻撃」や「おそれ」「予測」の判断には、情報の収集・分析が不可欠であり、アメリカと緊密に協力し(第3条D)、米軍への兵站の提供を含めた対処措置(第2条)を組み立てるには日米両軍の調整が不可欠となる。
日米調整を行うのが「調整メカニズム」であることは、新ガイドラインによって定められているところであり、政府もそのとおり答弁している(前掲の土井議員への中谷答弁)。情報の収集・分析を行うために設けられようとしているのが安全保障会議の専門委員会である。この委員会はどう構成され、どんなことが行われるか。5月9日の渡辺周議員の質問に対する福田官房長官の答弁を抽出する。
A 安保会議の事態専門委員会の委員は、内閣官房と関係省庁の専門的知見を有する局長以上の関係者で構成し、専任にすることは考えていない。中間報告や国会への報告は、平時に何を想定しているのかというようなことにもつながるので、なかなか発表できないもの。国会の承認を最後に求めなければならないから、承認してもらうだけの情報提供は必要。その時の状況に応じて提供できる範囲がもしかしたらあるかもしれぬ。それはそのときに考えるべきことだろう。
委員を専任にしないのなら、日常的に情報収集等を行う「専任のスタッフ」が必要になるはずで、ここには日米メカニズム等に関わる防衛庁・自衛隊関係者が任用されるだろう。政府自らが「機密」扱いを自認しているから、どのような情報がどのように集められ、分析されるかはまったくわからない。実際には、質量ともに優る米軍情報が決定的な重みをもつだろう。
その情報をもとに武力攻撃事態が認定され、対処措置が実行に移されている段階で、ようやく問題になるのが国会承認。国会は「最後」で、開示できる情報が「もしかしたらあるかもしれぬ。それはそのときに考える・・」というまことに「正直」な官房長官の答弁のとおり、国会は追認以外の役割など期待されていないのである。
自衛隊の行動・武力行使についての規定を武力攻撃事態法と自衛隊法から抽出する。
@ 武力攻撃事態法
・武力攻撃事態は武力攻撃の「予測」「おそれ」の段階から
・「自衛隊が実施する武力の行使、部隊等の展開その他の行動」を含む対処措置
(いずれも第2条 定義)
・武力の行使は、事態に応じ、合理的に必要と判断される限度を超えてはならない(第3条第3項)
A 自衛隊法
・武力攻撃(おそれを含む)で防衛出動命令(第76条)
・防衛出動命令の予測で待機命令、陣地構築命令(第77条、第77条の2)
・武力行使に際しては、国際の法規及び慣例によるべき場合にあってはこれを遵守し、かつ、事態に応じ、合理的に必要と判断される限度を超えてはならない(第88条第2項)。
武力攻撃事態法の対処措置は「予測」の段階で発動されるから、これまでは防衛出動命令の国会の事前承認を得て積極的行動に移ることになっていた自衛隊の行動も「前倒し」にならざるを得ない。その理由や行動についての政府答弁。
A 脅威や武力攻撃の形態が非常に多様化して、防衛出動がかかってから防御施設を構築したのでは間に合わないという場合も想定されるために、防御施設構築命令を新設した。武力攻撃が現実に発生した場合に自衛隊がとる措置の準備を開始できるようにするのが、予測段階を含めた趣旨(5月7日 中谷防衛庁長官 衛藤征士郎議員に)。
A 予測の段階で、予備役の招集をするなどを考えると、即刻手をつけた方がいいから国会は事後承認にしている(5月16日 福田官房長官 岡田克也議員に)。
A 予測段階での対処は米軍と協議して整備する。日米ガイドラインにもとづいて、情報交換・政策協議を強化し、調整メカニズムの運用を早期に開始する。日本は来援基盤を構築、維持し、日米両国は情報収集、警戒監視を強化し、武力攻撃に対応するための準備を行う(5月20日 中谷防衛庁長官 中塚一宏議員に)。
A 予測段階の部隊等の展開は、陸上自衛隊では脅威の高いところに展開して陣地等を構築する、海上自衛隊は警戒監視等の行動を行うが地理的限定はなく、公海海域や同意のある第三国の領海での展開も可能。航空自衛隊は空中警戒待機などによる警戒監視を行う(5月29日 中谷防衛庁長官 赤嶺政賢議員に)。
衛藤議員の質問は防御施設構築命令新設の趣旨、岡田議員は「なぜ武力攻撃や『おそれ』の防衛出動命令が事前承認なのに『予測』が事後承認か」の質問。中塚議員の質問は武力攻撃以前の日米関係、赤嶺議員の質問は「部隊等の展開」の具体的内容。それぞれ「切り口」が違った質問だが、まだ「おそれ」もない段階で自衛隊が広範な軍事行動を展開することは政府答弁ですら認めている。
政府の説明によれば、「予備役招集」や「軍事施設の新たな構築」は、「武力攻撃の予測」のメルクマールとなっている。とすれば、防御施設構築、「予備役の招集」(福田答弁)等を行えば、相手の国から「日本からの武力攻撃の可能性が高いと客観的に判断」されることになる理屈。こうなっては「平和憲法を持つ平和国家」という信頼は崩壊し、ほとんど一触即発の緊張ということになるだろう。
ところで、このような「前倒し」の理由とする「脅威や武力攻撃の形態の変化」(中谷答弁)とはなんだろうか。一見すると「テロ」や「不審船」とも考えられそうだが、実はそうではない。「テロ」や「不審船」についての政府の最新の答弁。
A 第24条の「その他の緊急事態」は武装不審船や大規模テロなどを想定。それが国および国民の安全に重大な影響を及ぼす事態と判断される場合には、緊急事態。現行法でおおむね対応できるもので、今後は関係機関の緊密な連携を含めた運用面の改善などの措置を講じる(5月29日 村田内閣官房内閣審議官 上田勇議員に)。
「テロ」も「不審船」も武力攻撃事態ではないというのだから、「前倒し」を必要とする「変化」とは、周辺事態法で自衛隊が米軍の軍事行動の後方支援にあたることになったこと以外には考えられないのである。
「予測」段階で陣地を構築し、展開態勢をとった自衛隊は、どの段階で武力行使を行って戦闘行為に突入していくか。武力攻撃事態法では全く明らかにならない。
5月7日の志位和夫議員の質疑と福田官房長官の答弁。
Q 「予測」「おそれ」で武力攻撃事態に入り、対処措置の冒頭は「自衛隊の武力行使」が掲げてある。しかし、武力攻撃事態法には「予測」「おそれ」での武力行使禁止はない。となれば、「予測」でも武力行使が可能となる構造ではないか。
A 自衛隊第88条が発動要件でこれを遵守する。
Q そのことは武力攻撃事態法に書かれていない。武力攻撃事態法になければ、それにあわせて自衛隊法も変わるだろう。
A (答弁なし)
Q 武力攻撃事態法第3条には、自衛隊法第88条第2項の「国際法規及び慣例の遵守」が落ちている。落としたのは、米軍に追随して国際法規違反の先制攻撃を許容するためではないか。
A 自衛隊法第88条第2項が武力行使の要件で、先制攻撃許容は考えていない。
さすがの政府も「予測段階での武力行使」や「国際法違反の先制攻撃」を認めはしなかった。だが、その政府が強調し続けているのは「武力攻撃事態法は理念を定めたものだから、具体的なことはこれから考える」との説明。そうであれば、その「理念法」に基本原則が明示されていないことの意味は重大ということになる。予測段階で「前倒し」の戦争態勢を構築する武力攻撃事態法が、「前倒し」の参戦に道を開く危険は甚大と言わねばならないのである。
政府答弁のとおりなら、「自衛隊の武力行使は慎重に」ということになるか。
A 武力行使は、武力攻撃による現実の侵害があってから後だが、ミサイルが着弾したときからではなく武力攻撃の着手があったときから。この段階で自衛隊第88条の自衛権発動の三要件を満たしている(5月9日 福田官房長官 井上喜一議員に)
A 攻撃のためのミサイルに燃料を注入する等の準備を始めれば着手と考えていい。その場合に、防御するためにほかに手段がないと認められる限り、ミサイルの基地を叩くということは法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である(5月20日 中谷防衛庁長官 伊藤忠治議員に)。
武力行使の要件という「武力攻撃」そのものがどんどん拡張され、エスカレートしているのが理解できるだろう。「着弾しなくても着手でいい」→「燃料注入などの準備を始めれば着手だ」→「着手があればミサイル基地を叩くのも自衛だ」となれば、「○○国が弾道ミサイルの発射準備に入った。目標は日本本土と思われる」との情報が米軍からもたらされたら「武力攻撃だ。基地の空爆だ」ということになるだろう。弾道ミサイルを確実に防御する軍事的手段は、発射前に基地を叩く以外にはないのだから。
政府答弁は、「先制攻撃」を事実上認めたものと考えるしかない。
武力攻撃事態法には、2つの「武力攻撃」が使い分けられている。
第2条の定義規定の冒頭の2つ。
1 武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。
2 武力攻撃事態 武力攻撃(武力攻撃のおそれがある場合を含む)が発生した事態または事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。
1で定義される武力攻撃とはおそれを含まない純然たる武力攻撃、2の最初の武力攻撃が「おそれ」を含んでいることははっきりしている。では、2の後半の武力攻撃は「おそれ」を含んでいるか。5月8日の木島日出夫議員の質問と福田官房長官の答弁。
A 武力攻撃事態の定義の冒頭の「武力攻撃」には「おそれ」は含むが、それ以外の武力攻撃には含まない。「武力攻撃の予測」の武力攻撃におそれを含めていないのは、「おそれの予測」は「武力攻撃の予測」と同じだから。「武力攻撃を排除するため」の対処措置には、武力の行使だけでなく、「部隊の展開その他」が含まれる。
Q 対処措置の「武力攻撃を排除するため」の「武力攻撃」におそれが含まれないと、武力攻撃がなければ「展開」もできなくなるが。
A この場合の武力攻撃には「おそれ」を含む。
Q するとさっきの答弁と整合しないではないか。
A (答弁不能)。
武力攻撃は武力攻撃事態法の核心に位置づく概念であり、武力攻撃によって自衛隊の武力行使が可能になるというのが政府の答弁。ところが、その「武力攻撃」が「おそれ」を含むかどうかについて、法案を提出した政府自身が明確に説明できていない。福田答弁によれば、武力攻撃事態法に頻繁に出てくる「武力攻撃」について、解釈によって「おそれ」を含んだり、含まなかったりすることになる。「武力攻撃」はどのようにでも解釈運用できることになり、自衛隊の行動も解釈次第で伸縮自在ということになる。核心になる概念を政府解釈に委ねる「理念法」など、「そもそも欠陥法」と言うほかはないのである。
なお、福田答弁の「『おそれの予測』は『武力攻撃の予測』と同じ」との説明も法的には成り立たない。自衛隊法第76条の防衛出動命令の要件は「武力攻撃(おそれを含む)」、第77条、第77条の2の待機命令・陣地構築命令の要件は「出動命令の予測」である。従って、自衛隊法では、「おそれが発生して出動命令が出されることが予測される場合」(おそれの予測の場合)でも陣地構築ができることにならざるを得ない。「おそれ」と「予測」が自衛隊法に対応するという政府は、この食い違いをどう説明するのだろうか。
1999年に制定された周辺事態法では、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」を周辺事態としている(周辺事態法第1条)。
武力攻撃事態と同様に抽象的概念を並べた定義・要件であるが、法案審議の過程で概要以下の6つの例が政府統一見解として示されている(すべて「我が国周辺の地域」が前提)。
@ 武力紛争の発生が差し迫っている場合
A 武力紛争が発生している場合
B 武力紛争は停止したが、秩序、治安の回復、維持が達成されていない場合
C 内乱、内戦が拡大した場合
D 大量避難民の流入の可能性が発生した場合
E 国連安全保障理事会による経済制裁が行われた場合
こうした「周辺事態」において周辺事態法が発動されれば、政府は武力による威嚇、武力の行使にあたらない範囲で対応措置を実施し、自衛隊が軍事行動を行う米軍の後方支援を行い、地方自治体に協力を求めることができることになっている。
この周辺事態と武力攻撃事態とは、概念の上からも重なりあわざるを得ない性格を持っており、国会審議でも論戦の最大の焦点となっている。
有事法制関連三法案が最初に審議の対象となった衆議院本会議において、小泉首相は両者が併存することを認める答弁を行った。
A 周辺事態と武力攻撃事態は、それぞれ別個の法律上の判断に基づくものだが、事態の進展によっては両者が併存することはあり得る(4月26日本会議 小泉首相 伊藤英成議員に)。
これが「事態の併存」の答弁第一号であり、以後「併存」を前提として両者の関わりや「併存事態」での米軍・自衛隊の行動が重要論点になる。特徴的な質疑を抽出する。
Q 周辺事態についての政府統一見解(99.4)の「6つのケース」が、それぞれ武力攻撃事態にあたる可能性はあるのか(5月7日 玄葉光一郎議員)。
A この6つのケースすべて、状況によっては、我が国の武力攻撃のおそれの場合、または事態が緊迫して武力攻撃が予測される事態に該当することとなる可能性が完全に排除されているわけではない。入るか入らないかというのは、その状況等の推移をよく注視しなければならない問題(中谷防衛庁長官)。
Q 6類型の中には、「ある国における政治体制の混乱等により、その国において大量の避難民が発生し、我が国への流入の可能性が高まっている場合」がある。これが具体的にどのような状況になると武力攻撃事態になるのか(5月29日 赤嶺政賢議員)。
A 内乱とか避難民とか、そういった事態が発生するといったときに、状況によって武力攻撃事態という可能性はある。武力攻撃事態と併存するかどうかは、具体的な状況を踏まえて判断する(福田官房長官)。
いずれも周辺事態の「ケース」(類型 前掲)をとり上げて武力攻撃事態との併存の理由や条件を質問したものだが、政府答弁は「併存の可能性はある。状況により判断」に終始し、どの類型についても「併存はあり得ない」との答弁はない。
ところで、6つのケースには「武力紛争が停止後の秩序未回復」「内乱、内戦の拡大」「避難民の流入の可能性」など、それ自体としては「日本への武力攻撃のおそれ」が全く考えられない事態を含んでいる。「避難民が避難先を武力攻撃するか?」「避難民が向かっている国を、本国が武力攻撃するか?」を考えれば、このことは自明だろう。
政府がこうした場合でも「併存」を否定できないのには理由がある。「周辺事態」とは単なる「秩序未回復」や「難民の流入」ではなく、その場面で米軍が武力行使を行い日本が後方支援する事態のこと。相手国からすると「米日両軍の軍事介入」とならざるを得ないから、「日本への攻撃(反撃)の可能性も絶無ではない」となり、従って武力攻撃事態との「併存」を否定して足を縛るわけにはいかないということになる。
これでは、「米軍が動くから武力攻撃事態」と言っているのと同じで、玄葉議員が「それじゃあもう本当に拡大する」「周辺事態イコール武力攻撃事態じゃないか」と絶句し、赤嶺議員が「米軍の行動や日本の支援を抜きにして攻撃は考えられないから、周辺事態を念頭において武力攻撃事態がつくられた」と指摘するのも当然である。
その「併存事態」で、米軍と日本・自衛隊の関係はどうなっていくか。
Q 周辺事態と武力攻撃事態が併存している状況下での、支援可能な米軍の範囲や自衛隊の活動範囲はどうなるのか(5月7日 衛藤征士郎議員)。
A 周辺事態では武力攻撃に及ばない米軍支援。武力攻撃事態では、我が国としては、個別的自衛権の行使として自衛のための最小必要限度の武力を行使することができ、我が国を防衛するために行動している米軍に対する我が国の支援については、その支援が米軍の武力行使と一体化をすることであっても、自衛権発動の三要件に合致する限り、憲法・日米安保条約との関係で問題は生じない(中谷防衛庁長官)。
Q 周辺事態法から武力攻撃事態に移行する場合、つまり双方が併存している場合から、武力攻撃事態に重点が移ったとき、一時、超法規的なケースも生じるのか(5月29日 小池百合子議員)。
A 周辺事態が推移して、事態を引き起こしている国から武力攻撃が行われるに至った場合等は武力攻撃事態に切り替える。このスイッチを迅速的確に行えるように、安全保障会議の専門委員会で平素から専門的に検討する。状況によっては、2つの事態が併存する場合があり、周辺事態に対応する米軍支援は周辺事態法、武力攻撃事態に対応する支援は今後整備する米軍支援法でやる。万が一、法整備未了の段階でそういう事態が発生すれば、現在のあらゆる法令を活用。(安倍官房副長官)。
与党側からの質問ということもあってか、政府も「併存」や「スイッチ」が起こることを前提にあけすけに答弁している。では米軍の作戦にも関わるその「スイッチ」はどこで調整するか。
A 朝鮮半島で事態が起こった場合。周辺事態の支援と武力攻撃事態における米軍の支援とは区分して行う。日本が提供した武器弾薬を米軍が朝鮮半島で使用していいかどうか・・は一概に言えない。軍事面のオペレーションは日米間で調整していく(5月7日 中谷防衛庁長官 玄葉光一郎議員に)。
「朝鮮半島有事」を明示的に想定しての質疑。法の建前では区分するが、実際にはあらかじめ確定できないから、「軍事面のオペレーションは日米間」つまり「調整メカニズム」で調整するしかない。こうなると、「スイッチ」の主導権が、すでに軍事作戦を展開している米軍に帰属するのは明白だろう。
周辺事態法では、後方支援を行う自衛隊は、「現に戦闘行為が行われておらず」、かつ、実施期間を通じて「戦闘行為が行われることがないと認められる地域」で行動することになっている。だが、相手の国が後方支援の自衛隊に武力攻撃を加えたら(正確には、その「おそれ」や「予測」が発生したら)、直ちに武力攻撃事態となって「スイッチ」が入れられることになる。
その時、後方支援にあたっていた自衛隊はどうするのか。このあまりにも当然の想定に対する政府の答弁はほとんど支離滅裂というほかはない。
Q 後方支援をやっている自衛隊があぶなくなったら逃げるのか(5月7日 志位和夫議員)
A 武力攻撃のおそれの段階では米軍の武力行使と一体となった支援措置や我が国としての武力行使は行えないから、その地域を離脱する(中谷防衛庁長官)。
Q 後方支援中の自衛隊の艦船に組織的、計画的な武力攻撃が行われた場合にはどうなる(5月29日 筒井信隆議員)
A 周辺事態法やテロ特措法はそういう戦闘行為を想定していない。法理念としてはあると思う。その場合には、日本は日本でということになって共同対処にはならない(中谷防衛庁長官)。
Q 後方支援の艦艇に武力攻撃があり、戦闘地域に変わった場合、その地域で自衛隊による武力行使は可能か(5月29日 赤嶺政賢議員)。
A 法理論的、理論的にはあるかも知れないが、現実的にはそういうものを想定しているわけではない(福田官房長官)。
後方地域で支援するのだから相手は攻撃してくるはずがない。万万が一発生したら、戦闘地域では周辺事態法の活動はできない。集団自衛権を行使するわけにはいかないから、逃げ帰るか日本単独で応戦する・・これが政府のシナリオということになるのだろう。
これが現実の紛争・戦争と全く乖離した「絵に書いた餅」にしかならないことは多言を要すまい。相手国がシナリオどおり動いてくれる保障はなく、シナリオどおりの対応が確信できるなら武力攻撃事態との「併存」などあり得ない理屈である。「それならなぜ武力攻撃事態法をつくるの」(志位議員)、「だったら、武力攻撃事態の認定などいらないじゃないか」(筒井議員)となるのも、理の当然なのである。
周辺事態での武力攻撃と武力行使には言葉を濁し続ける政府も、米軍への兵站支援を積極的に行うことだけは隠そうとしない。
5月20日の木島日出夫議員の質問への答弁。
A 武力攻撃が発生する以前の段階で米軍が行う必要な準備行為について、武力の行使に至らない活動の範囲の中で、「物品、施設、役務の提供その他の措置」をとることができる。武力攻撃がなければ我が国が反撃することはできず、米軍もできない。米軍が必要な準備行動をとる場合には、武力の行使に至らない活動を安保条約及び地位協定の範囲内で行う(福田官房長官)。
A 提供する物品の中に武器弾薬を含むかどうかは、今後の事態対処法制整備で検討していくことになるので、いまは差し控える。周辺事態法やテロ特措法で武器弾薬が書いていないのは、米側からのニーズがなかったからであって、憲法上できないからではない(中谷防衛庁長官)。
要するに、「予測」段階で武力攻撃事態となれば、武力攻撃(や「おそれ」)がなくても、米軍への物品、施設、役務の提供その他の兵站供与を行うことができ、米軍が求めれば武器弾薬を提供することもあるというのが政府見解である。
ところで、米軍が提供を受けた物資等をどのように使うかは専ら米軍の判断に属していて、武力攻撃事態法にはチェックする道筋は予定されていない。対処措置には自衛隊の作戦は入っていても、米軍の作戦は入っていないのである。だから、「日本に武力行使がなければ米軍も反撃ができない」という答弁はなんの意味も持たない。米軍は「日本を守るための武力行使」はしないだろうが、「アメリカの国益を守るための武力行使」には躊躇しないからである。その時、政府は「約束が違うから渡した弾薬を返せ」とでも言うのだろうか。
その米軍に対しては、さらに米軍の行動が「円滑かつ効果的に実施されるための措置」を定める法律=米軍支援法の制定が予定されている(第22条)。その米軍支援法とはどのようなものか。5月7日の衛藤征士郎議員への川口外相答弁。
A 米軍へ陣地として使用される施設、区域を迅速に提供できるような、あるいは緊急通行についても今後検討していく必要がある。
自衛隊第115条類似の法令の適用除外を定めるというものと考えられるが、これにとどまる保障も実はない。5月29日の赤嶺政賢議員の質問と川口外相の答弁。
Q 施設、区域の提供は具体的にどんなことを想定しているか。
A 米軍に対する物品、施設又は役務の提供について今後検討していく。その趣旨に鑑みて一例をあげたもの。
Q 民間の空港や港湾、漁港など、既存の施設を一時的に米軍に提供することも考えているか。
A 今後、政府全体として検討していく。
どうやら米軍支援の内容にはまったく制限・限定はないと考えるしかない。
武力攻撃事態になれば、政府機関のみならず、地方自治体や指定公共機関に対処措置の実行が義務づけられ、国民にも対処措置への協力義務が課される。その武力攻撃事態は政府によって認定され、指定公共機関は政令で定められるから、自治体や民間の側からすれば政府の判断ひとつで戦争態勢に組み込まれることになる。また、実行を要求される対処措置は、自衛隊の作戦から自衛隊・米軍への兵站の提供、警報・避難・救助・復旧、価格安定(価格統制)・配分(配給)などにまで及んでいるから、戦争遂行に関わる事項はすべて対処措置に取り込まれることになる。しかも、それぞれが担当する対処措置は、政府主導の武力攻撃事態対策本部で「総合調整」され、「総合調整」に従わなければ「指示」や「直接執行」まで予定されているから、自治体や民間側の自主性が認められる余地はない。
これがこれまでの周辺事態法等にない武力攻撃事態法の構造であり、地方自治との関わりや、国民の人権との衝突が直接的に問題とならざるを得ない。
こうした構造をもった武力攻撃事態法案の審議にあたっては、
@ 自治体がどのような役割を担わされ、地方自治とどのような抵触を引き起こすか
A 民間企業等が政令指定される指定公共機関にはどのようなものが予定され、指定公共機関にはなにが求められるか。それが企業活動等の自由とどう関わるか
B 自治体・指定公共機関の双方に行われる「指示」や「直接執行」とはどのようなことで、どのようなことについて、だれがどんな方法で執行するのか
C 国民全体に課せられる協力義務は、国民のどのような権利をどのように制約するのか。その救済方法はどうなるのか。
などの、全面的な検討が不可欠なはずである。
ところが、政府は、こうした重大な問題について具体性を持った答弁を全く行おうとせず、すべてを「今後の検討」に委ねて「先送り」し、際限なく拡張しようとしているかに見える。地方自治体と指定公共機関についての答弁。
A 地方自治法の代執行とは中身がかなり違う。地方自治法の代執行は法定受託事務に限り、かつ受託事務の違法執行の場合だけ。今回は、法定受託事務であろうが自治事務であろうができる。こういう措置をどういうふうに組み立てるか、制度設計するかは、実はこれからだ(5月29日 片山総務相 重野安正議員に)。
A 武力攻撃事態法は指定公共機関に直接の義務を課すものではなく、今後整備する個別法律で具体的に定める。第6条には「責務を有する」とあるが、この責務から直接の義務を導くことはない(5月9日 福田官房長官 枝野幸男議員に)。
いずれも、具体的な答弁を求めた質問を「これから制度設計」「今後整備する個別法律」に「先送り」して、具体的な内容をなにも語らなかったに等しい答弁。「それなら『指示』などは意味のない条項ではないか」と枝野議員が憤るのもうなずける。
この「先送り」は決してフリーハンドで将来に委ねるというものではない。武力攻撃事態法には、警報・避難・救助・復旧・保健衛生・秩序維持・輸送・通信・国民生活安定と、網羅的な「事態対処法制」(=個別法)を制定することが掲げられている。個別法に自治体や指定公共機関が関わる場合に「指示」や「直接執行」の手続を加えることも、武力攻撃事態法で要求されることになる。「見出しと強制だけは決めておくが、中身はなにも答えずに『これから制度設計』で先送りする」・・政府はこう語っているのである。
地方自治体が直接なにを担わされるか。政府の「答弁先送り」もあって全貌は依然としてはっきりしない。しかし、
@ 自衛隊法第103条による国民の「徴用」「徴発」が都道府県知事の責務とされ、それには防衛庁長官(あるいは政令で指定するもの おそらく師団長など)の要請が介在するから、制服幹部が自治体の行為に関与することになること
A 自衛隊の陣地構築用地や米軍に提供される施設、区域が、自治体に要求されること
などは明らかである。
自治体の「自主性」などに関わる政府答弁をいくつか。
A 知事が協力を拒否した場合には、法定の受託事務について地方自治法に定める手続に従って、首相が是正の指示および代執行の措置をとることとなる(5月7日 中谷防衛庁長官 衛藤議員に)。
A 地方自治体の「適切な役割」のなかには、「国と一緒」、「国に従って」もあるし、自主的にやるものも含まれる。個別法で決まってからが本来だが、それまでになにを自治体に依頼するかも考える。災害対策の経験もあるから、それなりの対応はできる。静岡県はモデル県(5月8日 片山総務相 渡辺周議員に)。
A 指示や代執行について、地方議会が反対決議をしても、議会が決める権限はないから法的効果はない。政治上の議論は出てくるが、法的議論ではない(5月9日 片山総務相 末松義規議員に)。
5月7日の中谷答弁は自衛隊第103条の命令等を法定受託事務と理解してのものだが、武力攻撃事態法の「直接執行」が法定受託事務に限定されず、地方自治法の代執行とは大きく異なっていることは、片山総務相が答弁するとおりだろう(5月29日 片山答弁 前掲)。この片山答弁を含め、いずれも自治体の積極関与を要求する答弁である。
留意すべきは、5月8日の答弁では、「指示」「直接執行」を含む個別法の制定を待たずに、自治体への依頼が行われることを予告していること。自治体の対処措置は個別法の範囲に限定されるものではないのである。有事法制三法案が成立すれば、個別法を待たずに、自治体を組み込んだ「武力攻撃事態対処演習」が企画され、展開されることになるだろう。
民間企業にとってまず問題となるのは、指定公共機関がどこまで広がるか。モデルとされた災害対策基本法の指定公共機関が66団体・企業ということもあって、当初の報道などでは「この66団体・企業のこと」と考えられていた観もあった。だが、政府答弁は最初からそのような限定はつけていない。
A 公共機関の指定は、当該機関の業務の公益性の度合いや、その業務の武力攻撃事態対処との関連性などを踏まえ、当該機関の意見も聞きつつ、総合的に判断することとなる(4月26日 小泉首相 石井郁子議員に)
これが「指定公共機関は総合判断。限定なし」との答弁第一号。以後、「総合的判断」は確定答弁となり、政府の「指定公共機関について」との文書でも、
@ 公共的機関 = 業務目的自体が公共的活動を目的とする機関
A 公益的事業を営む法人=業務目的は営利目的等であるが、業務が公衆の日常生活に密接な関係を有する法人
と説明されている。「公衆の日常生活に密接な関わりを有する営利法人」とは、まさしく民間企業そのものであり、「日常生活とおよそ関わりを持たない企業」などまず存在しない。
では、具体的にどのような企業が指定され、どのような対処措置の実行を要求されるのか。
A 指定公共機関は政令で指定するが、個別法で指定公共機関に実施を求める対処措置の内容を具体的に定めた上で、個別法が定める事項ごとに、業務の公益性の度合い、武力攻撃事態との対処の関連性などを踏まえて、当該機関の意見を聞きながら総合的に判断していく(5月20日 福田官房長官 首藤信彦議員に)。
これでは、「個別法ができなければわからない」と言っているのと同じで、指定される側の民間からすれば全く答弁になっていない。首藤議員は、大学・金融機関・NGO等を具体的に摘示したが、政府答弁は「見込み」の域を出ていない。
民間企業のうちで唯一具体的な論議になった報道機関についての答弁を抽出。
A メディアについては、NHKを中心に考えているが、警報等の緊急伝達のために放送事業者が指定公共機関に指定される可能性はある(5月7日 福田官房長官 岡田克也議員に)。
A 新聞社は、その性格上、警報等の緊急伝達の伝達は一般には考えにくいが、新聞社がインターネットを使って即刻報道を通知することが現実に行われており、協力してもらうことが考えられないではない(5月16日 福田官房長官 岡田克也議員に)。
結局のところ、民間放送も新聞社も指定公共機関になることが否定されていない。
「警報」が眼目になっているかのように表現されているが、災害の「緊急伝達」は被災と避難、救援等にとどまるが、戦争の「緊急伝達」には作戦の展開や戦況、敵味方の言動等まで含まれざるを得ない。「警報」を口実に指定公共機関に指定されて戦争態勢に組み込まれた報道機関に「自由な戦争報道」ができるだろうか。
武力攻撃事態法では、国民に対処措置への協力義務が明記された(第8条)。対処措置には「自衛隊の作戦」まで含まれるから、「戦争協力義務」「国防義務」に等しい意味を持つ。施設の管理、土地・建物等の使用、物資の保管、収用、業務従事命令(自衛隊法第103条等)などの「徴用」「徴発」規定も整備されるから、国民の自由や財産を「非常時」の名の下に制約するのは有事法制の本質的な構造ということになる。
その制約はどのようになっていくか。
自衛隊法の命令と国民の思想の自由。政府の答弁から。
A 保管命令違反は、本人の戦争協力拒否などの内心とは関係なく、事実行為として悪質なものを罰する(5月7日 中谷防衛庁長官 志位和夫議員に)。
A 雇用関係による事実上の強制は、事業者と従業員の間の労使の問題で、政府側が関与する問題ではない(5月9日 福田官房長官 枝野幸雄議員に)。
前者は、保管命令を受けた業者が、戦争非協力という思想信条から拒否した場合の質問。徴兵国家でも「良心的兵役拒否」の保障が広がるなかで、武力攻撃事態法では「良心的徴用拒否」がまったく考慮されていないことを示すもの。後者は、業務従事命令等を受けた企業の従業員が拒否した場合の雇用契約上の不利益に、いかなる関与もしないことを明言したもの。いずれも、思想信条による協力拒否を全く認めないというものである。
直接の命令を受けた場合だけではない。国会審議では、武力攻撃事態法にない「民間防衛」が声烽ノ論議され、政府もその導入を表明している。
A 民間防衛と言われるのは、侵略や大震災等の事態で、国民の生命、身体等を守るために、主として軍事組織以外の組織が行う救助、避難訓練等の諸活動。今回の法案にはなく、国民の合意を得ながら今後検討する(5月9日 福田官房長官 渡辺周議員に)。
こうした「民間防衛」が、「保健衛生の確保、治安の維持」まで含む「事態対処法制」に取り込まれるとき、地域や職場が戦争態勢の末端として再編されていくだろう。「草の根」からの戦争態勢は、個別法を整備するだけでは十分ではない。だから次の答弁が登場する。
A 訓練について、平時から備えることが大事なことで、検討は考えている。今後、法制の整備にあたり、必要な組織や訓練のあり方などについて、十分国民の理解を得られるように考えていきたい(5月8日 福田官房長官 米田健三議員に)。
武力攻撃事態法が義務づける戦争協力義務は、「平時から」猛威を発揮するに違いない。
このような戦争協力義務のもとで、国民の言論・表現の自由はどうなるか。
Q 戦争反対を主張して集会をしたり、示威行動をしたりする、そういったことの自由は、この状況下で許されるのかどうか(5月9日 桑原豊議員)。
A 戦争反対の意思表示は、個人の権利、国民の権利。「公共の福祉に反しない限り、」ということで憲法13条の規定があるわけで、そういう意味において、集会や報道の自由は確保されている。しかし、それはあくまで公共の福祉に反しない限りだ(福田官房長官)。
ことさら「公共の福祉」が強調されていることは一読して理解できるだろう。問題になっているのは民主主義の基本にも据えられる精神的自由権の言論・表現活動、この答弁にはその精神的自由権の価値や優位性への考慮は全く見られない。言論・表現の自由よりも、非常事態の戦争遂行が優先されることの「理念的自白」とでも言うべきものだろう。
政府答弁の権利抑制の姿勢は、ある意味で一貫している。5月29日の前原誠司議員への答弁を列挙する。
A 国民の権利制限の内容は、個別具体的に対処措置を決めていく際に、制限される権利の内容、性質、制限の程度などと、それから権利制限によって達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合的に勘案して定められる(福田官房長官)。
A 憲法第19条の思想、良心の自由、第20条の信教の自由のうちの信仰の自由、第21条Aの検閲の禁止は絶対的な保障だが、それ以外の国民の権利、自由については、制約を受けることもある。その範囲、程度についてはさまざまな場合があり得るので、制約を受ける権利や制約の範囲をあらかじめ示すことは現段階ではできない(津野内閣法制局長官)。
要するに、「思想信条」「信仰」という内心の自由の侵害と行政権の事前検閲だけは許されないが、それ以外は制約され得るということであり、ここでは精神的自由権たる言論表現の自由も経済的自由権たる財産権も全く区別されていない。これでは、なにをどう制約するかは言えないが、制約することは武力攻撃事態法で確定すると言っているに等しい。
政府答弁が述べ続けているもの、それは「なにをどうするかはまだわからないが、自治体や民間企業を取り込み、国民の権利を制限することだけは間違いない」という、あけすけな「人権制約宣言」なのである。
これまで、有事法制三法案の本会議、武力攻撃事態等特別委員会の審議・論戦を、以下の4つの枠組みで審議・論戦を検証してきた。
@ 武力攻撃事態とはどのような場合で、どのように認定されていくか(→「武力攻撃事態と武力攻撃」)
A 武力攻撃事態が認定されたとき、自衛隊はどのように行動し、いつ武力行使を行うか(→「自衛隊の行動・武力行使」)
B 武力攻撃事態と周辺事態はどのように併存し、「併存事態」での日米調整や自衛隊・米軍の行動はどのように展開されるか(→「武力攻撃事態と周辺事態」)
C 戦争態勢に組み込まれる自治体、民間企業や、戦争協力義務を負担する国民はどのような立場、役割を要求されるか(→「武力攻撃事態と自治体・企業・国民」)
三法案をめぐる問題はこれに尽きるものではないが、今回の有事法制問題の本質的あるいは構造的な問題点は、この4つの枠組みに集約されていると考えられ、本会議・委員会の審議でもこれらが最重要の問題として取り上げられている。
全体を通じての答弁の特徴を指摘しておこう。
第一の特徴は、定義・概念や武力攻撃事態の発動場面について、具体的な説明を行う姿勢が全く見られず、抽象的な答弁に終始したことである。その結果、定義や概念についての質問は「問いをもって問いに答える」に等しい問答になり、武力攻撃事態の範囲や発動場面は無限定のまま残されて、「なんでも入れられる。すべてはその時の判断」との結果になっている。
「予測」と「おそれ」はどこまでも広がる、周辺事態はすなわち武力攻撃事態、指定公共機関も無限定、国民の人権や自由に広範な制約・・これらはこれまで自由法曹団が意見書等で指摘してきた三法案の問題点であった。政府はこれらの指摘に「そのとおり」と答えるに等しいあけすけな答弁を繰り返したのであり、政府答弁そのものによって法案の構造的な問題が浮かび上がったことになる。
第二の特徴は、武力攻撃事態における対処措置や自治体・民間企業の遂行義務、「指示」と「直接執行」の道筋、国民の協力義務と権利制限、米軍支援の内容や方法といった根幹にあたる事項について、「今後の検討に委ねる」との「答弁先送り」が乱発され、具体的な措置や手続、権限や義務については全く明らかにならなかったことである。
にもかかわらず、武力攻撃事態法では、上記の事項を定める「事態対処法制」の制定だけは確定されるのであるから、国会と国会議員は内容が全くわからないうちに「法律をつくる」ことだけを義務づけられることになる。「答弁先送り」を受けた多くの議員が、「それならなぜこの法案だけ出したのか」と詰め寄ったのも当然なのである。
武力攻撃事態などの基本概念・定義は全く限定せずに「その時にならないとわからない」に終始し、発動される対処措置には「これから検討するからいまはわからない」に終始した・・これが1か月間の政府答弁の帰結であった。これではこの法案を必要とする「立法事実」も、成立したときに発生する「効果」も全く明らかにならない。このような答弁しかできない有事法制三法案は、「構造的な欠陥法」案というほかはない。
では、なぜ政府は、「すべてに適用できる。その時に判断する」と言わんばかりのあけすけな答弁を繰り返し、「すべては先送り」と言わんばかりの無責任な答弁に終始したのだろうか。これは「急ごしらえの法案」というだけで説明できる問題ではない。
自由法曹団が繰り返し指摘したとおり、今回の有事法制問題の本質は、「日本有事」対応の有事立法研究を、「周辺有事」なかんずく朝鮮半島有事に対応する攻撃型の有事法制体系に組みなおすことにある。
その朝鮮半島有事が米軍の武力行使を抜きに発生するとはだれも考えていない。必然的に武力攻撃事態の発動は米軍の武力行使が先行する場面を想定するしかなくなり、米軍の作戦に口出しができない以上、発動場面は完全なフリーハンドを確保しておくしかない。そして、「同時多発テロ」を契機に米軍とともに反テロ戦争を遂行している現在こそ、「周辺有事対応」の攻撃型有事法制を強行する好機であり、すべての関係法制の準備など待ってはいられない・・。だから、「あけすけな答弁」と「先送りの答弁」に彩られるのは三法案の宿命なのであり、「構造的な欠陥法」案であることこそ、いまこのときの有事法制の本質であり、危険性なのである。
「自衛隊がある以上なんらかの有事法制も必要だ」という主張を聞くこともある。だが、「なんらかの有事法制が必要」という主張をする人々も、この有事法制関連三法案のようなものを本当に必要と考えているだろうか。ブッシュ政権がユニラテラリズム(単独行動主義)に傾斜を強めるいま、「すべてが米軍次第」と言うに等しいこの三法案を制定することが、この国のどんな利益になるというのだろうか。
福田官房長官の「非核三原則見直し」発言や防衛庁の情報公開請求者への組織ぐるみの身上調査は、政府中枢や自衛隊のなかに、軍事国家さながらの平和無視・国民敵視の思想が流れていることを明らかにした。「平和のために有事法制が必要」と政府が本当に考えているなら、その官房長官が「核武装宣言」に等しい発言などするはずがない。「国民を守ろう」と防衛庁や自衛隊が本当に思っているなら、その国民の身上経歴や思想信条を調査して内部に周知徹底することなどあり得ない。こうした言動が意味しているのは、「有事法制は平和のためでも国民のためでもない」という事実にほかならない。
衆議院審議が明らかにしたもの・・それはこの国と国民、そしてアジアの明日をかけて、有事法制関連三法案は廃案にするしかないという冷厳たる真理なのである。