<<目次へ 【意見書】自由法曹団
2002年12月26日 |
「裁判所における手続きの迅速化」に対する意見 |
〒112-0002 東京都文京区小石川2-3-28 DIKマンション小石川201号 自由法曹団 団長 宇賀神 直 |
(1) 裁判が迅速に行われるべきことは、国民の裁判を受ける権利の保障の観点から当然のことである。あまりに長期の裁判は、裁判を受ける権利を実質的に奪うに等しいものだからである。しかし、裁判の迅速化を考える場合、なぜ裁判が長期化するのか、その原因を究明することが出発点となるべきである。
これまで長期化する裁判となってきたのは、主として差別事件を典型とする労働事件、公害、薬害事件等の大企業や国を被告とする訴訟や医療過誤事件などである。その長期化の原因は、証拠が大企業や国に偏在しているにもかかわらず証拠開示が行われないこと、こうした被告の証拠非開示に対し裁判所が適切な訴訟指揮をせず放置してきたこと、多数当事者で主張・立証に労力を要すること、鑑定手続きに時間を要することなどにある。
また、刑事事件では、捜査が自白獲得中心で、しかも取調べ過程が可視化されていないため、自白の任意性・信用性を争う場合には、被告人や捜査官の双方から取調べ状況の供述を求めたり、他の証拠との整合性を判断等の審理をせざるを得ないことなどが原因となっている。司法制度改革審議会においても、長期化の主な原因について一定の類型化をして考察を加えているが、さらに司法関係者が長期化している事件を抽出してその共同研究を行い、終結した事件当事者からのヒヤリングなどもしながら、長期化の原因の探求と克服の方向について討議を重ねるべきである。
(2) 言うまでもなく裁判は公正、適正なものでなければならず(憲法31条、37条)そこに裁判に対する当事者と国民の信頼の基礎があり、裁判の公正・適正をないがしろにして、当事者の納得抜きの迅速性のみを追求することは許されない。
裁判迅速化法案のイメージによれば、民事・刑事の第一審の訴訟手続きを全て一律に2年以内に終局するとしている。しかし、審理期間を法定化する法律を導入することには以下の理由から反対する。
@これまで裁判の長期化が問題とされた事件は、証拠開示制度や立証責任の転換等の未整備、自白中心の密室捜査や人質司法などに主な原因があり、これらの裁判を長期化させてきた原因を除去せずに、単に審理期間を法定するだけでは裁判の迅速化を実現することは不可能である。むしろ、審理期間を法定し拘束力を認めれば、労働、公害、薬害、行政事件などでは原告側が不十分な立証しかできず、不利益を強いられることは明らかである。
A 当事者数・争点の数などを捨象して一律に2年とする期間制限に合理性がない。
B現在、医療過誤訴訟や知的財産権訴訟を除きほとんどの一般民事事件の第一審の平均審理期間は1年以内となっており、刑事事件も一部の否認事件を除いて1年以内に第一審が終了している。これら事件では既に「2年以内の審理期間」が実現しており、審理期間の短縮という意味では改めて立法化する必要性は乏しい。
C審理期間が短縮されている一方で、現在、裁判実務では、審理促進の名のもとに、現場検証や証人調べの採用を極力制限するなどの審理手抜き手法の訴訟指揮が横行している。これは迅速ではなく裁判の拙速化であり、裁判の公正・適正の要請に反する。こうした実務の運用は、裁判迅速化法を先取りしたものと思われるが、もし法案が成立すればこうした粗雑な審理を粗製乱造することになる。
仮に、「迅速化法案」を導入するとしても、裁判官の独立、裁判の公正・適正と両立させるべきであり、拙速裁判に陥らないような方策をとるべきである。
(1)担い手の責務について
@まず何よりも、国の責務として、迅速化を実現するための人的インフラ(裁判官,検察官、裁判所職員の大幅増員)、物的設備(地裁・家裁支部の拡充・増設)の拡充、司法予算の飛躍的な拡大を行なうべきである。裁判官常駐体制にない裁判所支部、200件以上の事件をかかえている裁判官、法廷の数の足りない裁判所、準備手続きや和解室の足りない裁判所では物理的に期日自体が入りにくいのであり、迅速化の基礎を欠いている。このようなインフラの現状がどうなっているのか、全国的な検証を行って、インフラ整備の計画をつくるべきである。そして、司法予算の抜本的な拡充の長期計画を国民に示すべきである。
A当事者の責務条項を設けることには反対である。
裁判官の独立、裁判の公正・適正手続きの保障を阻害する危険がある。
当事者に対しては攻撃防御権を抑圧する危険がある。たとえば、原告数が数百名に上る公害等の民事裁判など、事件の性質・内容からおよそ、2年で裁判を終えることは不可能であるような場合に、当事者に責務を課すことは、実質的には「裁判を受ける権利」を押さえ込もうとするに等しい。当事者の責務条項は、「迅速さ」の責務にとらわれた裁判所が、当事者の実情を無視して、強権的な訴訟指揮を行使する口実とすることも危惧され、個々の裁判の適正な進行に混乱をもたらすことを危惧する。
(2)総合的方策について
@法曹人口の大幅増員
特に、裁判官、検察官の数を10年間で2倍化することを数値目標化すべきである。
A訴訟手続きの抜本改革
民事訴訟の証拠収集手続きの整備、立証責任の転換、刑事訴訟における人質司法・自白偏重密室捜査・調書裁判の解消(捜査の可視化、保釈の原則化、直接主義・口頭主義の徹底)、検察官手持ち証拠の事前全面開示などの実現に向けたプログラムを策定すべきである。
(3)検証の仕組みについて
最高裁による検証システムには反対である。
検証の実施主体は、訴訟関係者と訴訟手続きを利用した市民からなる第三者機関にすべきである。